カンダータ軍によるタグブレイクで起こったセカンドディアスポラ、ダンクス少佐とのお茶会を経て今でも気の抜けぬような状態ではあるが、ロストレイルに乗っての冒険はまだまだ続く。 今まで廻って来た世界は勿論、セカンドディアスポラによって明らかになった新世界もその対象になっていた。「今回、皆に行って貰いたいのは『不毛の熱砂・ナイアーラト』。そこの、とある遺跡よ」 世界司書の証である「導きの書」を手にして、瑛嘉はトラベラー達にそう切り出す。 セカンドディアスポラを切っ掛けにして明らかになった世界の一つ、不毛の熱砂・ナイアーラト。壱番世界で言うと中世アラビア風、要するに砂漠世界らしいそこは、まだ未着手の遺跡が数多くあるという。「遺跡――といっても、そんなに堅苦しいものじゃなくて、そこで失くしてしまった落とし物を皆に取って来て貰うものだから重く考えなくて良いわ」 そこは、罠も設置されておらず現地での調査などは既に全部終わってしまっている。人々が住む街にも近く、今は追い掛けっこや隠れんぼなど子供の遊び場みたいになっているような所であるらしい。道幅はおおよそ大人が一度に二人通れるくらいで、天井はそれよりも余裕があるという。 だが、それなら何もトラベラー達でなくても現地の住民だけで事足りる筈。その事を承知しているのか、瑛嘉は一つ頷いてから言葉を続ける。「それだけなら、皆に行って来て貰う必要は無いわよね。落とし物、っていうのも気軽に遺跡の中に入った子供がつい落としてしまったもので、本人が探すなり現地の人達が探すなりすれば良い所なのだけれど……つい最近、そこの遺跡にムカデとヘビが大量に発生して立ち入り禁止にしたばかりなの」 ナイアーラトにも他の異世界にあるように危険な存在は居て、今回の場合は壱番世界で見るものよりも多少大きい程度でまだマシな方であるらしいがそれでも危険が高い事には変わりない。 現地での用心棒のような生業も存在しているが都合が付かず、内容も落とした物を取りに行くだけというものなので受けるような者も居ないだろうという事だった。「中に入ってみないと詳しくは分からないけど、問題のヘビやムカデは一帯に沢山集まっている所もあれば、一匹や数匹ずつという所もあって、結果的に遺跡内全体に居る風に考えた方が良いかもしれないわね」 人の気配があれば、まず確実に襲って来る。知能の方も壱番世界に住んでいるものと同じレベルで、意思の疎通は無いと考えた方が良いだろう。「遺跡の方には現地の者が一人、赴くから皆はその護衛という事になるわね。それと落とし物、っていうのは、そうね……掌に乗せられるくらいの、ブリキのおもちゃを想像して貰えたら分かりやすいかしら」 金属製のちょっとレトロなロボットのような、と瑛嘉は如何表現したら良いものかと眉を下げつつもそう説明する。遺跡内の何処に落としたかのも分からないので、それを探す事も重要になって来るだろう。 遺跡の方は立ち入り禁止にされるまで子供の遊び場にもなっているという事だけあって、分かれ道などはあっても全体として見るとそれ程複雑な造りにはなっていなかった。 照明などは無いので真っ暗ではないが些か薄暗く、積み上げたような石造りの遺跡内部での服装等に関わる寒暖は特に気にしなくても良いようだった。「同行人は皆の事は承知しているから、現地の事や他の分からない事は訊いてみると良いと思うわ」 まだ情報の少ない新世界。これからナイアーラトでの遺跡に関する依頼も予想され、あちらでのそういった配慮もあっての事だった。 それじゃ後は頼んだわね、と告げ、瑛嘉はトラベラー達にチケットを手渡した。
さらさらと、音を立てて砂が流れていく。 緩やかに滞り無く流れ行く砂は、全体として見ると何一つとして変わりないようにも見えた。 「此処がナイアーラト……乾いた砂の世界」 既存の異世界とは、また違った雰囲気を受ける。依頼を受けて件の遺跡の入口で背後に広がる一面砂の光景に陽の光を遮るように目を細めながら、カノ・リトルフェザーは小さく呟いた。 視界を埋めるようなその光景は壱番世界の何処かの地方を思わせるようで、しかしそことはやはり違うのだろう、と密かに高鳴る胸を押さえる。 「……どんな世界なんだろう?」 「今後、互いに良い関係が築けたら良いですね」 漏れたカノの呟きに応じるように、アルティラスカがそう言葉を漏らす。 異世界とそこに訪れる異邦人。トラベラー達が異世界に訪れた所で「旅人の外套」効果で現地の人間はロストナンバー達の事は忘れてしまうが、それでも御互いの関係を良いものにしておくに越した事は無い。それは、往時のカンダータ関連の事についてだけではないのだろう。 「先の、インヤンガイでの事ですが御身体の方は宜しいのでしょうか?」 「……身代わりの符が無かったら、危なかった。今はもう大丈夫だ」 ふと、ある冒険旅行での出来事を思い出してアルティラスカが問うと、チェキータ・シメールは緩く首を振る。 あれもカンダータ軍の、その残党絡みだった筈。自身も同行した者達も相当大変な目に遭っただろう事を思い返しながらも、この依頼をこなすには問題無いと答える。それと同時、遺跡の入口付近で立ち止まっていた一行の方へ同行者が走り寄って来た。 「……すみません、少し色々な手続きで手間取ってしまって」 ロストレイルの発着場から件の場所までの案内と今回同行する事になった一人の少年は、申し訳無さそうに頭を下げてからトラベラー達をひとまず遺跡の中に誘う。 今は灼熱の太陽が空高くに君臨する昼間。このまま何もせずに立っているのでは、下手すれば熱中症になりかねない。依頼をこなす為にも陰のある遺跡内に入っていきながら、チェキータは現地人であり同行者でもある少年に尋ねた。 「元ロストナンバーだと聞いたのだが、それは本当だろうか?」 「えぇ。……改めて自己紹介致しますね。僕は『ロウ』と申します。普段は色々とやっていますが、此処……ナイアーラトの依頼に関しては基本的に僕が仲介して世界図書館の依頼になる、という事になると思います。……今回は、まぁ流石に初めから危険なものを御頼みする訳には参りませんので……他の世界ならともかく、この不毛の熱砂は言葉通り『華』が無いという事でもありますけれど」 役割としては、ブルーインブルーの太守とインヤンガイの探偵を掛け合わせたものに近いだろう、とロウは苦笑を漏らしながら元ロストナンバーらしい例えで説明をする。 博物誌の編纂も出来ていない上にロストレイルの「駅」もまだ世界が繋がったばかりなので建設中であるらしいが、あまり深く考えずとも大丈夫だという言葉を聞きながら、カノは一行の方へ振り返った。 「あの、今日は宜しくお願いします」 些か遅れ気味感はありながらも、カノはそう言って礼儀正しく挨拶と共に一礼する。何となくぎこちなくなったのは、気の所為だと思う事にした。 「皆さんと一緒に、落とし物を探しましょうね」 「トラベラー同士、何でも頼ってくれて構わない」 「は、はい。……俺は距離が確保出来るトラベルギアだから、後ろの方についています」 ふわりとたおやかに微笑んでみせたアルティラスカと、外に居た時は細くなっていた瞳孔を暗さの為に目一杯広げたチェキータの言葉を受け、カノは少しだけたじろぎつつも答える。傍らに居るセクタンのハオが何か言いたげに羽根をばたつかせているが、それを気にすると色々ドツボに嵌まりそうだったので何も言わずにしておいた。 一応依頼には護衛も含まれているので、手分けして同行者の前後と横を守って進んだら如何だろうかというカノの提案により、前はチェキータが、横はアルティラスカが、後ろにはカノが居るという事になる。 遺跡の内部は外とは違い、暑くもなければ寒くもない。風の通りも良いのだろうか、空気が澱んでいるようにも感じなかった。 「内部と外、見た限りでも違うのか――っと」 遺跡内を先頭になって進むチェキータが、不意に足を止める。その数瞬後に、天井からボトリと鈍い音がして一匹のヘビが落ちて来た。 今は人型を取っているので襲われないように注意しつつ、足元に落ちて来たヘビを軽くつま先で蹴って払い除け、天井の方を仰ぐ。薄暗い中ではあるが、とりあえず落ちて来たのはこの一匹だけらしい。 「毒は持っているのか?」 チェキータが念の為に問うてみると、答えは「否」と返って来る。解毒やその辺りの心配はしなくても良いようだ。 「ですが、それでも怪我しないように気を付けなければなりませんね」 壱番世界のものと脅威としては然程変わりないとはいえ、充分に注意は必要だろう。アルティラスカはそう言うと、静かに息を吸ってから鎮静の歌を紡ぐ。 ――眠れ、と子守唄を歌うように。整った口唇から、全てを包むような優しさを伴った旋律が紡ぎ出される。 慈しみさえ滲むようなその音律は周囲の壁だけではなく、他の存在へにも緩やかな効果を以って染み込んでいく。あまり長くならないその旋律が絶えた後でも、暫く余韻が残っていた。 「……綺麗、だな」 「ヘビ除けの為なのですけれど……有難う御座います。歌が御好きなのですね」 歌に思わず聞き惚れてぽつりと独語したカノに、アルティラスカが緩く首を傾ける。自身の呟きが外に出ていた事にそこで漸く気付いたカノは、一瞬硬直した後に曖昧に頷きを返した。 他の存在の為なのに、つい気を取られてしまっていた。その為である事にも名残惜しさは覚えながらも、今は依頼をこなさなければと気を取り直して持参して来たコンパスを見る。腰に下げておいたランタンの灯りが、ぼんやりとコンパスが示す針の位置を照らした。 「落とし物はちゃんと探さなければなりませんけれど――この世界についても、教えて頂けませんか?」 ただ探索するだけでは息も詰まってしまうだろう。アルティラスカが傍らに居る同行者であるロウに尋ね、前を歩くチェキータもぴくりと耳を動かして其方に意識を向ける。 迷わないようマッピングするようにメモを取っていたカノも自分からは訊き出さないものの耳は傾けているようで、それを見取ってからロウはナイアーラトについて簡単に説明する。 「世界司書の方や以前此方にいらっしゃった方々の記録からも伺えると思いますが、ナイアーラトは世界の大部分が砂に覆われた世界です。昼は暑く、夜は寒く――人々は水源のある場所を中心として、街を築いて生活をしています」 此処までだけを言うのなら、壱番世界のある地方と同じようなものだろう。説明の口調もまるで教科書通りのようで、そこまではほぼ一息に言うと更に言葉を続ける。 「この世界に住んでいる種族は僕のような人間――それがほぼ大半を占めています。次に……そうですね、トカゲが二足歩行したような……リザードマンとでも言いましょうか。彼等が人間の比率と比べると二割程度居ますね」 角を曲がる前にカノが後ろからカンテラで道を照らし、何も出て来ないかを確認する。何も居ないと判じ掛けた所で細く黒っぽいものが過ぎったものの、それは如何やら縄の切れ端らしく探し物ではなかった落胆とムカデの類ではない安心が少しだけ込み上げた。 チェキータも用心深く周囲に注意を向かわせつつ、少し考え込むようなアルティラスカに眉を潜める。 「如何した?」 「いいえ。……デュンのような方々なのでしょうかと思っただけです」 面識が無い所為か一同は不思議そうな顔をしたものの、アルティラスカはただ穏やかに微笑んでそう答える。 暫し知己を思って耽溺していた為なのか、僅かに漂った沈黙の合間を縫うようにして石造りの内部にはそぐわない森林を思わせるような芳香が鼻腔を擽った。その香りはアルティラスカの身体から滲み出ており、道の端を見てみると這っていたムカデが此方を避けるようになっていた。 「ロストレイルの発車場の街には、大きな木もありましたね。他の街には無いようですし、何か特別な力も感じました」 街一つを丸ごと覆ってしまうような大樹。あれにも何かしら特別な力があるのだろう、と本来担っていた役目をつい思い出してしまいながらアルティラスカは呟く。 意識せず目を伏せがちにしたその様子をカノは気遣わしげに見遣りながらマッピング代わりにメモを取っていると、とある通路に差し掛かった所で筆記する手が止まる。先頭を歩いていたチェキータは、逸早くそれを感じていたのか直ぐに足を止めた。 「これは……」 内部はそう狭くはない筈なのに、やたらと狭い道。不審にしか思えないそこをカンテラで照らしてみると、床や側面の壁、天井にびっしりとムカデが張り付いている。耳を澄ますとそれが蠢く音すら聞こえてきそうで、石造りの面が見えない程だった。 これは何処から涌いているのだろう。カノが襲われないように用心して目を凝らすと、足を挟み込める程度しかない隙間から件のムカデが這い出して来ているようだった。 「この先に、何か気になる反響があったのですが……」 行くには、此処を通るしか無さそうだ。幻覚で惑わそうにも此処まで数が多いと些か対処に困り、アルティラスカは小さく漏らす。 出来るのなら、あまり殺生はしたくない。憂い顔になっているアルティラスカの様子を見て、チェキータが其方へ首を向ける。 「それなら、一先ず退けるだけしてくれるだろうか?」 何か考えがある様子らしいチェキータの言葉を受け、短く頷きを返してアルティラスカは幻覚でムカデ達に向けて天敵であろうものを見せて追い払う事を試みる。 果たして、五感の類が曖昧なムカデ達は何を見たのか。それは分からないが、四方に張り付いていたムカデ達が幾らか退く。 しかし、それだけでは歩く時に直ぐ元に戻ってしまう。それを見越し、チェキータはトラベルギアを発動させた。 ちりん、と涼やかな音が響く。銀の色をした鈴の音は周囲の温度を下げ、それと共にムカデ達の動きも鈍らせた。 「戻る時にはまた何かしないといけないが、今の内に」 あまり温度を低くし過ぎると、此方にまで影響を受けてしまう。そう促され、一行は止めていた足を再び動かす。 「確かに……これでは、現地の方々は近付き難いかもしれませんね」 「それでも、砂獣よりはマシな方です」 「砂獣?」 アルティラスカが漏らした言葉に続けたロウの台詞に、チェキータがそれは何だと尋ねる。 砂獣。このナイアーラトに生息する存在であり、現地の者達にとっては脅威となっている存在であるらしい。多くは爬虫類を模した姿が多いらしいが、それに限らず種類は様々で砂漠に棲む生物の中で最も恐れられているという。 「その砂獣……の討伐も、これからの依頼の内に含まれて来るのでしょうね」 途中ではぐれたのか一匹しか居ないヘビやムカデは一匹ずつ睡眠効果のある香りでアルティラスカが眠らせながら、ふとカノは傍らの壁に手を触れようとしてみた。 「触っても大丈夫ですか?」 念の為に同行者であるロウに聞くと、構わないと返って来る。こうしてヘビやムカデに溢れなければ元々は子供の遊び場のようになっていたのだから、危険性は少ないのだろう。おずおずと手を伸ばしてみると、アルティラスカが視界の手助けになるようにと眩しくない程度の光の玉を浮かべる。 「あっ……有難う御座います」 セクタンの能力やカンテラで照らす前に明るくなった視界に少し驚きながらも礼を言い、カノは壁に触れた。 温かさの持たない、どちらかといえば冷たいかもしれない無機質な石。様々な所に旅してきたが、壱番世界で触れていたものとはそれ程変わりないようにも思える。石と石の隙間からは、空気も漏れているようだった。 「この遺跡の建造年代と目的は分かりますか?」 話に依るともう既に発掘調査は終わっているという事だったので、その辺りの事は判明しているだろう。何気無い口調でアルティラスカが問うと、ロウが静かにそれに応じる。 「目的の方は、如何やら倉庫か何かだったようですね。建造年代は……先程、少々話題が途切れてしまったのですが、今でこそ砂に全てが覆われたナイアーラトは嘗て機械文明が隆盛し、緑に溢れていたそうです」 しかし、ある時何かが起こって今の砂の大地となった――その原因は今でも分かっていない。 数ある遺跡の中でもこの遺跡はその機械文明が在った頃よりも後、つまり砂に埋もれてしまってから出来たものであるらしい。 「しかし……此処に入ってから言うのも何だが、こうして現地の人間でもないロストナンバー達がこういう事に関わるのは良いのだろうか?」 今更と言えば今更ではあるが、ふとそんな事が過ぎってしまってチェキータが言うと、ロウは何でもないような顔であっさりと否定する。 「……勿論、色々と問題はあるのでしょうけれど。でも、ナイアーラトには政治も軍事も無いに等しい状態なんです。皆さんがロストレイルから降りた場所……その街に建つ塔に『王』は座していると言いますが、誰も姿を見た事は無く『王』から何かしらの命令が出た事はありません」 「という事は、その『王』というのは象徴的なものなのか」 基本的には人々がその地で細々と自給自足を行いながら生きている、そんな所だろうか。 「この世界の事は……僕に訊くのも一つの方法ですけれど、これから皆さんに御助力を御願いする事もありますから、その度に此処の事を知って頂ければと思います」 説明ばかりで、飽きてしまっているだろう。そんな思いを含めつつ、気を取り直すと壁に手を触れていたカノが持っていたメモに再度目を落とす。 簡単な手書き地図ではあるが、構造を把握するには充分な精度だろう。それを頼りにしてみると、かなり進んだように思えるが中々探し物は見付からない。どちらかといえば、途中で遭遇するヘビやムカデの方が多そうだ。 「もしかして、何処かに見落としているとか……」 穴か何かに引っ掛かっているかもしれない。カノはそう思いながら、傍らを飛んでいるセクタンのハオを呼んで視覚を共有させる。 カンテラで照らすよりも詳細に周囲が分かるようになるも、それでも全てを見通せるという訳ではない。 「もう少し、よく探してみましょう。まだ全て回ってはいない筈ですよね?」 それ程広くないという事だったが、実際と感覚とでは違うかもしれない。とにかく進むしかないだろうという事で、ただただ探査を続ける。 辺りは幾らかの変化はありつつも、基本的には同じような石造り。何となく、同じ場所をぐるぐると廻っているようにも下手したら錯覚してしまうだろう。 「……最初の、入口辺りの方に戻って来た……? ――否、違った……」 紙にメモした手書きの図面にカノが目を落とし、訝しげに独り言を漏らした所でほぼ同時に言葉を止める。 確かに、メモを頼りにするのならば入口辺りに戻って来てしまった所だ。しかし、入口に繋がるであろう通路に差し掛かるその直前、薄暗い中でも更に見辛い隅に意識が行く。そのカノの注視に気付いて、チェキータも其方に歩み寄った。 特徴的な猫を思わせる瞳孔が、ぐっと大きく開かれる。その視線の先には、暗がりと隅の僅かな隙間に落ちた物体があった。 「これか……」 呟き、チェキータはそれに手を伸ばそうとする。その瞬間、ざわりと周りの闇が蠢いた。 「! 危ない!」 瞬時に異変に気付き、チェキータが手を引っ込めたと同時にカノはトラベルギアの能力でその蠢いた闇を切り裂く。動きと共に揺れたカンテラが、バラバラに切り裂かれたムカデ達を照らした。 「御怪我はありませんか?」 「大丈夫だ。有難う」 アルティラスカが素早く問い、それに答えながらチェキータはカノに礼を送る。カノは気にしないようにと首を横に振りながら、カンテラを改めて先程の所に向けた。 切り裂かれたもの達に紛れ、古びた鉄の塊が照らされる。念の為にもう一度周囲を確認してから、チェキータはそれを手に取った。 少し錆付いた、鉄の塊。何となく、壱番世界で言うとブリキのロボットのようにも見える。 「もしかして、これか」 「触っても良かったんですか?」 「あぁ、大丈夫ですよ。中身がありませんから、動きませんでしょうし」 またもやあっさりとしたロウの言葉に、アルティラスカはその理由を問う。 前の説明でこの世界は嘗て機械文明が発達していたというからこれもその類に入るのだろうが、「中身」とは如何いう事なのだろうか。普通に考えれば、エンジンなど動力という位置付けにはなるのだろうが。 「壱番世界で言えば、機械類といえばエンジンやら『核』に値する部分と言いましょうか……このナイアーラトではロストレイルの発車場に在る巨木の『果実』が、それにあたります。僕達、現地の人間は『機械の人達』と呼んでいるのですけれど、そういった存在の動力源は巨木から成る恩恵故と言われています」 本当に詳しい事はわからないらしいが、少なくとも動力に関する部分が無い分には動かない上に何か危険な事も無いらしい。 「ともかく、無事に見付かって良かったですね」 「そうですね……皆さん、御疲れ様でした。同行してくれた方も……また御会いしましょう」 最初の挨拶と共に丁寧な仕草で頭を下げたカノに対し、アルティラスカとチェキータは暫く顔を見合わせた後に笑う。 「その御言葉は、まだ早いですよ? 届けて、ロストレイルに戻るまでが依頼ですもの」 まるで、帰るまでが遠足ですとでも言うような言葉。柔らかく優しげな微笑のまま、おっとりと言うアルティラスカの横でチェキータも静かに笑みを堪えていた。 はたはた、と大きくない翼をはためかせてセクタンのハオがカノの肩口に止まる。言葉を受けて少し呆けていたカノだったが、 「……はい。最後まで、宜しく御願いします」 そう言って、微かにはにかむような笑みを浮かべた。 了
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