壺中天に潜む暴霊退治と聞いたメルヒオールの反応は、へぇ。という至極どうでもよさそうで興味もなければ熱意もない、ただ話は聞いていますよ? といったアピールに過ぎないようなそれだった。あたかも物語の中に入り込んだような、体感型のゲームとして人気を博しているらしいと熱心に続けられたところで、はぁ。と幾らか音が変わっただけで同じような反応。 説明していたティリクティアの額が僅かに引き攣ったのにも気づかないほど気乗りしていなかったメルヒオールが、今インヤンガイにいる理由なんて一つ。 人数が必要なだけで無茶は言わないから! とティリクティアに背中を押され。戦って倒してしまえばおしまいの簡単なお仕事ですわ~と、死の魔女に左手を取られ。ずるっずると押し遣られ引っ張られ、強制連行されたからに過ぎない。 勿論目の前にしていきなりテンションの上がろうはずもなく、隙を見ては逃げたいというのが本音だったが。「いい加減に腹を括りなさい!」「ここまで来て逃げ腰なんて、男が廃りましてよ?」 愛らしい少女二人に指を突きつけられ、けらけらと笑われ、何だか人生を一から振り返りたくなるような状況から逃れるには依頼をこなすしかないのだろう。 左手で目頭を押さえて色んなことを堪えたメルヒオールは、ようやく分かったと渋々頷いた。「ここまで来たんだ、やればいいんだろう」「それでこそ男ですわ」「それじゃあ、早速ゲームスタートね」 どこか嬉しそうな二人に、溜め息を連発しながらメルヒオールも続く。 興味はなかったが一応話は聞いていた、悪い魔法使いに浚われたお姫様を救出する騎士の話をベースにしたゲームらしく、その内のどれかになりきって物語を進めていけばいいのだろう。(俺が魔法使いになったとして、姫を浚うのやめたって言ったらどうなるんだ……?) ゲームの根底を覆すような意見をひっそりと抱きつつ、どうやらこのゲーム自体を楽しむ気らしい二人を見て溜め息を重ねる。 まぁ、彼のやる気が限りなくゼロに近かったとしても後の二人がうまくやってくれるだろうと、この場で唯一の駄目な大人は楽天的に考えていた。 の、だが。「……この配役に俺の意思は反映されないのかーっ!!」 選ぶ余地もないのかとここに来て一番の声で誰にともなく悪態をついているのは、姫の衣装を身に纏っているメルヒオール。どうやら魔法使いに既に呪いをかけられているというオプション設定までついているらしく、右手もしっかり石化したままだ。 そのメルヒオールの横でけらけらと楽しそうに笑っているのは、魔法使い役の死の魔女だ。自分の配役よりメルヒオールのそれを面白がり、さっきから遠慮なく笑い続けている。 きっと睨むように視線をやると、ようやく笑い飽きたのか出てもいない涙を拭う仕種をして視線を向けてきた。 くくっと、未だに肩が震えるのが無性に腹立たしい。「浚い甲斐のない姫ですが、我慢して差し上げますわ」 さぁ姫よ私と共に参れですわとばさりとマントを翻して死の魔女が告げたところに、待ちなさいと騎士が飛び込んでくる。「姫は渡さな……メルヒオール?」 死の魔女じゃなくて? と目をぱちくりとさせているのは、花柄のハリセンを振り被ったティリクティア。けらけらけらと、再び死の魔女の笑い声が響く。 ああ、もう。どうにでもなれ!=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>メルヒオール(cadf8794)ティリクティア(curp9866)死の魔女(cfvb1404)=========
目が合った。魔法使いじみたローブとマントを纏い、さながら死の魔王と言ったところですわねとご満悦そうだった死の魔女は少しだけ沈黙し。僅かに肩を震わせたと思ったら最後、遠慮会釈なく笑い始めた。 「さすがですわ、メルヒオール先生……もとい、メルメル姫!」 「誰がメルメル姫だ!」 変な呼び方はやめろと襟首を捕まえて揺さぶりたいくらいの勢いで突っ込むのに、死の魔女はけらけらとひたすら楽しそうに笑っていて止める気配もない。ああくそっと自由になる左手で頭をかいていると、ばたんと勢いよくドアが開いてついそちらに顔を向けた。 目が合った。髪を纏め上げ、騎士らしい服装でハリセンを構えたティリクティアは何度か瞬きをして僅かの驚愕を流し、小さく首を傾げた。 「あら、意外と似合ってるのね」 どこか感心したような口振りはからかっている節もなく、悪気がないだけに思わず拳が震える。 「っ、大体姫役なんて俺の役どころじゃないだろ!? 今からでも遅くない、どっちか代われ!」 これで暴霊が満足するとも思えないと主張するメルヒオールに、そうかしらとティリクティアが反論してくる。 「既に配役が決まってるんだから、今更交代したほうが暴霊の機嫌を損ねるんじゃない?」 「そうですわ。ここはこのまま遣り通すのが筋というものですわ」 どうやら自分たちの配役を気に入っているらしい二人の台詞に、メルヒオールはもはや怒鳴る気力もなくしてげんなりと項垂れた。 面倒臭い。心の底から面倒臭いし、帰りたい。さっさと暴霊をぶっ飛ばして片付けたいがどれがそうかも分からないし、ノリノリで話を進める気らしい二人を説得するほどの情熱もなければ熱意も持ち合わせない。 (これが暴霊の差し金なら、とりあえず見つけた時点でぶん殴る……っ) 物理的にできるかどうかはともかくそう心に誓ったメルヒオールは、開始を待ち侘びているらしい二人をどこか遠く眺めて溜め息を重ねた。 (俺待ちか。俺待ちなのか? しかしそもそも姫役って、何をすりゃいーんだ。浚われて話が進むんなら別に何もしなくていいんじゃないか?) まるで天啓を受けたが如く閃いたメルヒオールは、指を鳴らそうとして失敗したが気にしない。 下手に動いて邪魔をするより何もしないというのが正しい選択だ、そうに違いない、そうに決まっている。身代わりの人形を出したなら、後はベッドで隠れて眠っていたら問題解決! 素晴らしい名案に珍しく目を輝かせ、即座に実行に移そうとしたメルヒオールはしかし行動に移す前に死の魔女に覗き込まれて軽く身を引いた。 「まさかとは思いますけれど、身代わりの人形を出してご自分は寝ていればいい、なんて、まーさーかー考えてないですわよねぇ?」 「まさか。それはちょっと穿ちすぎよ、いくらメルヒオールでも現状把握はきっちりしてくれてるはずだもの。まーさーかー、そんなひどいこと考えるはずないわ」 可愛い少女二人に暴霊を押し付けて自分は寝ようなんて先生がそんなひどいことするはずがないわ、と分かったままにっこにこした笑顔でティリクティアが続け、死の魔女がそうですわぁとけらけらと笑う。 「もし万が一そんなことを考えておられようものなら、尾びれ背びれに鱗もつけて、身も蓋もない噂を流してしまうところですわ。例えば……先生には女装趣味があった、とか」 ターミナル中で除け者教師になること決定ですわーと高笑いをする死の魔女に、メルヒオールは喉の奥までせり上がってきた罵倒をどうにか飲み込んで目頭を押さえた。 落ち着け。落ち着け、俺。ここで理性とさよならして暴れたところで何も解決しないどころか、帰ってから二人に弄るネタを続けて提供するだけだ。今でも十分、ここから出た後が怖いのに……! ぎぎぎと歯軋りして色んなことを諦めるべく自分に言い聞かせているメルヒオールを他所に、それじゃあとティリクティアが嬉しそうな声を出した。 「そろそろ始めましょうか!」 「おーう、ですわ~」 勢いよく拳を突き上げる二人を遠く眺め、メルヒオールは深すぎる溜め息をつきながらもよれよれと片手を上げた。 ──これはひどく遠い場所、今ではないいつかの物語。 ある王国には、それはそれは美しい姫が幸せに暮らしていました。けれどその姫の噂を聞きつけた魔法使いが、次の満月の日、姫を浚うと告げたのです── 「しかしいつ来るか分かってるなら、もうちょっと迎撃体勢を整えりゃどうなんだ……?」 王国なら人もいるだろうに怠慢だと日頃の自分を棚上げしてぶちぶちと愚痴っているメルヒオールは、小さな紙片に幾つかの言葉を綴っている。 誰かが暴走した時の用心にと備えているのだが、果たしてこれがどれだけ効果があるのかは保証の限りではない。だがないよりはましだろうと書き上がったそれらを無造作にドレスに突っ込んでいると、 「メルメル姫! 迎えに来たぞ! ですわー」 何やら呑気な声をかけて窓から入り込んできた死の魔女に、メルヒオールは何とも表現し難い目を向けた。 「無駄なくらいにノリノリだな、死の魔女……」 「違うのですわ。今の私は死の魔女ではなく死の魔王、ですわ」 気高く魔王様と呼ぶがいいのですわとマントを翻す死の魔女に、はぁそうですかとやる気なく視線を落とす。その間に部屋に乗り込んできた死の魔女は、がしっと力強く左腕を取ってきた。 「さぁ、これから愛の逃避行なのですわ。この私と結婚式をするのですわ!」 「は!? ちょっと待て、何でそんな話になってんだ!?」 何だ愛の逃避行ってと慌てて尋ねるメルヒオールの言葉など聞いた様子もない死の魔女は、これでクリスマスは私もリア充大爆発なのですわー! とどこか違うほうを見て高笑う。 そこへ、ばーん! と扉を開け放ち、ティリクティアが駆け込んでくる。 「メルメル姫を放せ、死の魔王! 私が相手だ!」 騎士になりきってハリセンを突きつけるティリクティアに、死の魔女はけらけらと笑ってメルヒオールを窓辺に追いやった。嫌な予感しかしない、と先ほど書き付けていた紙片の一枚を取り上げた時、とーうっと掛け声をかけた死の魔女はメルヒオールを窓から突き落とした。 「ちょっ、死の魔女、ここ三階よ!?」 「大丈夫ですわー。メルヒオール先生なら抜かりなしですわ」 「お、おまえ、今死ぬかと思ったぞ……!」 用意しておいてよかったと打ち震えるメルヒオールが窓の外に浮かんでいるのを見て息を吐いたティリクティアは、どこまでいったっけと首を傾げる。 死の魔女はばさりとマントを翻し、非力な騎士よ! と芝居を続ける。 「メルメル姫は私と結婚すると決まったのだ、邪魔立てするなら容赦はしないっ。ですわー」 「王様はそのようなことお認めにならない! 私は命に懸けてもメルメル姫をお守りするっ」 「けらけらけら! できるものならやってみるがよい」 さらばですわと窓に足をかけた死の魔女は、すっかり他人事の顔をしていたメルヒオールに迷わず飛びついた。バランスを崩してわたわたと狼狽えたメルヒオールはけれど死の魔女を取り落とすことなくどうにか地面に降り立ち、助けたはずの死の魔女に引っ張られるまま駆け出した。 ティリクティアは慌てて窓から下を窺い、待てと声を張り上げかけて走り去っていく二人の背中を見つけ軽く頬をかいた。 「……私、馬に乗れるんだけど……。これじゃあすぐに追いついちゃうわ」 ちょっとここで待機するべきかしら、とティリクティアは悩ましく息を吐いた。 ──姫を浚った魔法使いを追いかけるべく、騎士は馬に跨り颯爽と駆けました。 山を越え、谷を越え、遙か遠く魔法使いの住む城に辿り着くまで、幾多の困難が騎士を迎えました── 「……えっと。何か、ごめん」 何となく謝らなくちゃいけない空気に基づいてティリクティアが謝ると、もう追いつかれましたわと呆れたように西の魔女が肩を竦めた。 「メルメル姫、体力がなさすぎですわー」 「そ、れを言うなら、おまえが魔法を使って移動すべきなんだろ!?」 どうして自力で走って逃げるんだ、姫を連れて! と肩で息をしながらも盛大に突っ込んだメルヒオールに、死の魔女は大きく瞬きをしてからけらけらと笑う。 「その手の魔法はメルメル姫の得意分野で、私の守備範囲外ですわ」 それに、手に手を取っての逃避行で楽をしてはいけないのですわと遠くを見て宣言する死の魔女を放ってティリクティアを見たメルヒオールは、どこか恨めしげに目を細める。幾らか気まずくなって馬から下りたティリクティアは、だってしょうがないじゃないと言い訳めいて口を開く。 「これでもしばらく待ったのよ、城で。まさか、まだこんなところでぐずぐずしてるなんて思わなくて」 「……まぁ、さっさと片付けてくれりゃ助かるからいいんだけどな」 溜め息混じりにメルヒオールは走らされた距離を振り返り、さっきまでいた城がまだ遠く見えることに気づかない振りをして目を逸らした。 ティリクティアは話を進めるべきだと思い出すと改めてハリセンを構え、そこまでだ死の魔王! と突きつけた。 「姫は返してもらおう!」 「おのれ~、忌々しい騎士め。私達の愛を邪魔するのでしたら、例えティリクティアさんでも容赦せんのですわ」 あいってなんだ、とぼそりとメルヒオールが突っ込んだ声を聞かなかったことにした死の魔女は、にたりと笑うと怪しげな呪文を唱え出した。 「アニメート・デッド! 死者は甦り我に味方せりぃ!」 テンション高く死の魔女が笑いながら手を振り翳すと、地面から骨だけの手が突き出した。がしゃがしょと賑やかな音を立てながら生えた骸骨は三体、ティリクティアはおろかメルヒオールも思わず腰を引かせる。 「さぁさぁお友達の皆さん、私達の恋路を邪魔する悪い騎士をとっちめてやるのですわ」 「必要か、必要なのか、この話の流れで骸骨どもが!?」 「くっ、さすが死の魔王……!」 「続けんのか!?」 「姫はどうぞ下がっていてください、この程度の敵、私がすぐに蹴散らしてみせますっ」 「よく言ったのですわ、騎士! 骨は拾ってやるのですわー」 「どっちのだ。骸骨のか、騎士のか」 「「いちいち煩い!」ですわ!」 やることないなら黙ってなさいと二人して怒鳴られたメルヒオールは、そうしますよおと拗ねた顔をして地面に座り込む。 その間にティリクティアはハリセンを閃かせ、ばしばしと骸骨を叩いていく。腕を飛ばされ、足を飛ばされ、頭を落とすとがらがらと崩れ落ちる骸骨を確かめてさっさと三体とも骨の固まりに戻したティリクティアは、ちょっと自慢げに胸を張った。 「ふふん。この程度か、死の魔王」 「うぬう、やりますわね、騎士。しかし! こんな事もあろうかと、優秀な弟子を用意しておいたのですわ」 まだまだ引く気がないらしい死の魔女は、再び嫌な予感がすると呟いたメルヒオールを相変わらず軽やかに無視してとんでもない物を召喚する。 「さぁ、おいでなさい! ノスフェラトゥ・リッチー!」 死の魔女の声が終わるか否かといったところで、暗雲が立ち込め始めた。地響きがして冷たい風が吹き、近くの木々が一斉に怯えたような音を立てて騒ぐ。 吹きつける風に乗せて耳元に響くのは、不気味な哄笑。 「愚かな人間どもよ、我輩の魔力に平伏し恐怖するが良い。そなたらのをはらわたを喰らい尽くし、このワイングラスをそなたらの生き血で満たして乾杯といこうぞ!」 クカカカカカと凄絶な笑い声を立てて現れたのは、暴霊もかくやといった有様の凄まじい不死者。寧ろもうこれ死の魔女なんかより魔王なんじゃね? つーかこれで魔法使いの弟子とかなくね? といったレベルで、これはどうしたらいいのーっとティリクティアもさすがに困惑の悲鳴を上げている。 死の魔女はひどくご満悦でけらけらと笑い、やっちゃうのですわー! とどこまで本気か分からない様子でざっくりした指示を与える。 我が意を得たりとばかりに口元を歪めたそれが本気で襲い掛かってくる前に、メルヒオールが咄嗟にティリクティアを引き寄せて紙片を破いた。どうにか二人を覆う結界が攻撃を凌いだが、次は到底持ちそうにない。 「死の魔女! おまえ、本気で俺たちを殺す気か!?」 「むむぅ。ティリクティアさんを庇うとはジェラシーですわー。嫉妬の炎が燃え上がり辺りを焼き尽くすくらいの勢いですわー」 半分棒読み、半分本気っぽく死の魔女が目を眇め、庇わないと死にそうな物を出したのはどこのどいつだとメルヒオールが頬を引き攣らせる。ティリクティアは何となくその二人の様子を眺め、考え込んだ。 (魔法使いに攫われた姫を騎士が救うなんて、とってもロマンチックな展開よね。暴霊は、ロマンチックな乙女なのかしら? だとしたら話をまともに進めなくちゃと思ってたけど、……姫と魔法使いのロマンスもとっても素敵じゃない?) うん、素敵。かなり素敵。二人の様子を見ていたら満更でもなさそうだ(予測断言)、ここは路線変更で進めるべきか。 決めるなりティリクティアは額に手を当て、眩暈を感じたように、ああ! と声を上げながらふらついた。慌てた様子で振り返ってきたメルヒオールときょとんとしている死の魔女を見て、私としたことがお恥ずかしいと緩く頭を振った。 「本当は、ずっと以前からお二人は想いを交わしておいでだったのですね!?」 「「は!?」」 思わず声を揃えて聞き返してくる二人に、皆まで仰られずとも構いませんと続けられそうな反論を浚う。 「姫と魔王では許されるはずもないと、誰にも知られないよう秘しておられたのですねっ。分かります、姫は王が第一子にして唯一、隣国の王子か最強を誇る騎士を婿として迎えねばならない宿命っ。どれだけ想いを募らせど、決して死の魔王とは結ばれないと……くっ、どれだけ涙で枕を濡らしてこられたのでしょう!」 そんな姫の健気な想いも知らず私は! と涙を堪えるティリクティアは、どこか羨ましく憧れるように目を細め、芝居だというのも忘れて本気で祝福を祈るように微笑んだ。 「あなたの婚儀の噂を聞き、死の魔王はきっと居ても立ってもいられなくなり、あなたを浚うという強硬手段に出たのでしょう」 「……おお騎士よ! 私の気持ちを分かってるくれるのか……っ。ですわっ」 不死者がぺちんと軽く攻撃して結界を解くと、死の魔女はティリクティアの手を取って膝を突く。勿論だとも! と大きく頷くティリクティアの側では、一人置いてけぼりにされているメルヒオールが何か言いたくてでも言葉を上手く見つけられず、酸欠の魚よろしくただ口を開閉させている。 「私とて姫に焦がれる者の一人……、だが姫が真実愛すべきを見つけられたのならばっ。私は……、私は身を引きましょう……っ」 「おお、我が友ティリクティアよ! そこまで姫のことを想うそなたのこと、私は決して忘れぬぞっ、ですわ」 ひしっと手を取り合い、一見すればこちらのほうがよほど恋人同士に見えるほど熱く眼差しを交わした二人は、計ったようにぴったり同じくメルヒオールへと視線を変えた。 びくっと本気で身体を竦めたメルヒオールは、じりじりと後退りする。 「我が愛しの姫よ、どうして後退りするのです? 騎士もこうして二人の愛を認めてくれたのですわ。後はもう、結婚式を挙げるだけですわー!」 「チョットマテダイブンマテイロンナホウコウニブッチギッテマチガイスギジャナイカ!?」 「姫、片言過ぎて分かりません」 「片言にもなるわー! 魔法使いを倒して、騎士が姫を助けるって設定だろ!? それを無視していいなら、寧ろそっちの二人が結ばれればいいだろ!」 「メルメル姫、分かってませんわー。王道にBLも百合もいらないのですわ」 「不肖この騎士、お二人の邪魔をするほど野暮ではありません! ……あ、ここを出てもちゃんと二人にしてあげるから心配しないでね」 大丈夫よ一人で帰れるわ、子供じゃないんだもの。でも後で甘い物一杯奢ってね? とにっこにこした笑顔で続けるティリクティアに、先生の財布はちゃんと掻っ払っときますわーと死の魔女も笑顔で答える。 慌てて踵を返そうとしたメルヒオールのドレスの裾を踏んづけて止めた死の魔女は、びたんと顔面から地面に突っ伏した相手の心情は一切気にした様子もなく、後ろから羽交い絞めするようにして抱き締めた。 「さぁ、姫。これで邪魔者はなくなった。誰にも咎められない遠い世界で、二人だけの愛の巣を作るのですわー」 「こ、……こんな結末、認めるかーっ!!」 メルヒオールの悲鳴が響き渡る後ろでは、まだ戻ってない不死者とティリクティアが何だか呑気に、幸せそうにぱちぱちと拍手を送っている。 ──騎士の友情と献身のおかげで無事に国を逃れた姫と魔法使いは、末永く幸せに暮らしました。 めでたしめでたし── 「めでたくないっ、納得できるかーっ!!」
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