クリエイター北野東眞(wdpb9025)
管理番号1158-22581 オファー日2013-03-02(土) 11:43

オファーPC セリカ・カミシロ(cmmh2120)ツーリスト 女 17歳 アデル家ガーディアン

<ノベル>

目を覚ますと天井の白が視界に飛び込み、セリカ・カミシロに戦いのはじまりを告げる。
 ベッドから飛び起きて、顔を洗い、手早く身支度をすませるとキッチンでトーストとコーヒーの簡単な朝食を済ませて壁に貼ってあるカレンダーに目を向ける。今日の日付には赤ペンの丸で囲まれている。
 セリカの足取りは戦いに赴く戦士のような義務の重々しさと、どこか少女らしい期待をこめた軽やかさがまじりあっていた。
 セリカは昨日の夜から用意していた荷物を背負い、家に鍵をかけてロストレイルに向けて駆けだしていく。
 今日はインヤンガイにいるハワード・アデル宅に行く日だ。

 週に二回、セリカはハワードの妻、理沙子のサポートのため屋敷に訪れる許可を得ていた。
 それは理沙子が誘拐された事件の当日のこと。
セリカは彼女のなくなった両足を見てひどい責任感を覚えた。
 セリカはいつでも自分の選択に怯え、後悔し、他者が見ても痛々しく感じるほどに底なし沼に足を囚われたように自分を責めてしまう癖があった。
 事件のあと理沙子と二人きりで会話しているとハワードがやってきた。
 理沙子はすぐに共犯者の笑みを浮かべて唇に人差し指をあてて先ほどの会話は秘密だとセリカにこっそりと合図した。
「御邪魔したかな? お嬢さん方」
 ハワードが肩を竦めて笑うのにベッドにいる理沙子も笑った。
「いいえ。もう終わったところよ。ね、セリカさん」
 セリカは頷いた。話は既に終わっていたが、このまま仲間たちとターミナルに戻るのには躊躇いが生じた。
 頭のなかでは理沙子の言葉がぐるぐると渦巻いていた。
「え、ええ……あの、ハワードさん、お願いがあるんです。私を理沙子さんの護衛兼、小間使いとしてここで働かせてください」
 セリカの突然の申し出に二人は鳩が豆鉄砲を食らった顔をした。
「私でも理沙子さんの、盾にくらいはなれます。理沙子さんがなにかするときは腕を貸せます、足もあります」
「しかし、君は」
 セリカはびくりと肩を震わせた。やはり彼は自分のことを察している。
「いいわ。雇いましょう」
 凛とした声で理沙子がセリカとハワードの微妙な間に割ってはいった。理沙子はにっと唇をつりあげて微笑んだ。
「いいでしょ? 彼女がいれば頼もしいわ」
「わかったよ。ただし無茶はいけないよ。無茶は。私の寿命が十年は縮む」
「そんなこと言ったら、あなたすぐに死んじゃうわよ。セリカさん、これからよろしく。毎日は大変だし、うちに来る日を決めましょう? ねっ」
 理沙子がてきぱきと仕切ってセリカはその日のうちにこれからいつ来るかの予定をたてた。一度ターミナルに戻ったセリカは動きやすい服などを購入後、勢いこんでインヤンガイに戻った。しかし、礼儀作法などは学んだことはあっても、介護はとんと素人のセリカは両足がないため身動きがとれない理沙子に腕を貸そうにも方法がわからず、何もできなかった。唯一できたことといえばおしゃべりの相手と洗濯、掃除の簡単な雑用だけで歯がゆい思いをした。
 ターミナルの図書館にはある介護の本を片っ端からセリカは貪るように読み、家でも訓練を重ねた。スカートよりもズボンのほうがいいことも学んで、白黒のシンプルな上はシャツ、下はズボン。髪の毛は一つにまとめて赴いた。
 今日こそは理沙子の役に立つと勢い込んでいたが

「だめー!」
 セリカを見た理沙子は叫んだ。
「え、あの、なにが」
「なにがって、全部よ! せっかく可愛いのに、なぁに、そのダサい恰好!」
「けど、スカートだと、理沙子さんが立つとき手を貸せないわ」
「そんなもの、いいから。あなた女の子なのよ? 可愛いかっこうしなくてどうするのよ!」
 理沙子はぷりぷりと怒ってセリカに化粧台に行くように命ずると、車いすに乗ってセリカの髪をとかしはじめた。
「女の子はね、可愛くしなくちゃ」
「……それだと役に立てないわ」
 椅子に座ったままセリカは言い返した。鏡に理沙子の呆れた顔が映る。
「何言ってるのよ、あなたは役に立ってるじゃない。私とこうして一緒にいてくれてる」
「けど」
「けどって、いつも言うけど。理想が高いのね。それってしんどいし、苦しいと思うわ。ねぇセリカって呼んでもいい?」
「え」
「私は理沙子でいいから。敬語もなしね」
 理沙子は強引に、よーし、決まりと勝手に決定して、セリカは反論する隙を与えなかった。
 セリカの髪をいつもの二つ結びにした理沙子は次に化粧を施しはじめた。肌にクリームが塗られる、他人に触れられたくすぐったさと緊張にセリカは身をかたくした。
「私、あなたの役に立ちたいのに、こんな」
「あなたのいう役に立つってどういう定義? 強さについてハワードといろいろと言い合ったそうだけど」
「それは……私、人と違って、少しだけ、特殊なんです。けど、それはあまりいいものじゃなくて……だから、私は一人で生きていくんだって決めて。だって、こんな私だと誰も幸せにできないから……」
「都合のいい言い訳を探すのやめたら? 不毛よ、それ」
 セリカは眼を大きく見開いた。
「あ、動いちゃだめよ」
「ごめんなさい。都合のいい、言い訳……?」
「悪いけど、私にはそう聞こえるわ。あなたは具体的になにを求めているの?」
 セリカは拳を握りしめた。
「だって、私……私は、目の前の命を救えなかったり、仲間に迷惑かけたり、傷つけたり……そんなことばかりの自分に嫌気がさしていたの。だから本当にハワードさんに私が必要なのかはともかく、理沙子さんの言葉は素直に嬉しくて」
 頬をむにゅっと掴まれてセリカはびくっと肩を震わせた。
「理沙子でしょ。次いったらいっぱいキスするわよ」
 顔を覗き込んで笑う理沙子にセリカはぎょっとした。
「私の人生なんてほとんど失敗の連続よ。けど、生きてる。生きていればどうとでもなれる。そんなかんじよ? ばかね、人はみんな失敗するの、後悔するの。だから出来るだけそれが少ない選択を人は探すのよ」
 理沙子は笑って、セリカの体をしっかりと抱きしめた。
 ――あなたが好きよ
 ――大好きよ
 なんの躊躇いもなく心が繋がって流れ込む言葉にセリカは瞠目して、顔を歪める。
理沙子が笑っていられる強さがセリカには羨ましく思い、どこからそんな力が湧いてくるのかと訝しんだが、今ならわかる。娘がいて、その子を大切に思っているから。
ハワードは理沙子がいなければ獣になるしかないと、理沙子と娘がいるから人でいられるのだと。
 人と人が繋がり合う強さ、それはセリカの知らないものだ。きっとこれから一生、知ることはないもの。けど
 理沙子はあっさりとセリカを腕から解放した。
「私は卑怯で卑劣。あなたの劣等感、わかっていて利用してる。……ハワードのことをあなたに頼んだら、きっと大丈夫と思うのも、あなたが真面目で、一度約束したら受けてくれると感じているからなの」
「そんなこと、まだアイリーンのことを気にしているの?」
「あのときも言ったけど、私がアイリーンなら、どんなことをしても私のことを殺すわ。蛇みたいにしつこい女だもの。だから、あのとき言ったのは、私が死んだら、あなたにハワードのこと愛してほしいってお願いしたのよ」
 セリカは驚愕に絶句するのに理沙子は腹を抱えて笑った。セリカはおろおろと反論した。
「そんなの……! 私、お二人に憧れてるんです。そんな風に強いこと……力も知識も不足しているけど、努力し続けて、この家の幸せを守るために働けるようになりたいと思って、それを許してほしくて……」
 絶対に守りたい。けど、絶対なんてこの世にはありはしないことをセリカは心得ている。不安と恐怖の未来を考えて言葉が震える。
 両頬がそっと包まれてセリカは理沙子を見た。呆れたような笑顔を向けられた。
「バカね、あなたもそのなかに含まれてなくちゃ意味がないでしょ?」
「私、私は」
「自分が幸せじゃなきゃ、他人を幸せにできないわよ。どうして逃げるの? 掴めばいいのよ。欲しがればいいのよ。貪欲で、我儘で、いいじゃない」
「だって」
 震える声でセリカは反論しようとして、額にキスが落とされた。そこにこめられた愛情をセリカは確かに感じた。
「セリカのお母さんが聞いたら怒られそうだけど……私がセリカのママになってあげるわ。セリカが我儘言って、泣いたり、笑っていいの。私が死ぬまであなたを支えるわ。かわりにあなたは私が死んだら約束を果たして、どういう形でもいいから」
 セリカはじっと理沙子を見つめた。瞳から溢れる涙が止まられなかった。
「だめ、だめよ。私はっ! それにそんな悲しいこと、いわないで、理沙子、お願いだから」
「ごめんね、セリカ。大切なことだから聞いて」
 ――幸せになることは怖くないわ。素敵なことよ、人を好きになることは。だからうんといっぱい好きになって
 なにもかも許すように抱きしめられて心のなかに流れ込んでくる声にセリカは恐る恐るしがみついていた。
「私、弱くて、すがって、そんなことしたら、誰かの足手まといになるって」
「バカねぇ。甘えても、すがってもいいのよ。そのあと、ちゃんと立てば……いいのよ」
 セリカは幼い子どものように声を荒らげて泣きながら理沙子の胸に顔を埋めた。


 広いキッチンでぐつぐつと煮立つ鍋をピンクのエプロン姿のセリカはじっと見つめていた。昼は手料理を振舞う約束をして材料を買ってきていたのだ。
普段料理はしないので出来るものといったらポトフくらいだと言っても理沙子は大喜びしてくれた。
野菜いっぱいにウィンナー。形は出来ればかわいらしくしようと星やハートマークを作った。
 ポトフはセリカの思い出の料理で、これだけだったら完璧に作れる自信があった。
 ドアが開く気配にセリカは振り返った。
「待って、理沙子……ハワードさん! あの、キッチンお借りしてます」
「まるで新妻みたいだな。理沙子は部屋でキサと仲良くしているよ。取引が随分と早く終わってね。まったくつまらない会議だったので早々に帰ってきたんだが」
 既に理沙子とキサに挨拶を済ませたらしいハワードはキッチンのなかにはいってくると物珍しそうに鍋のなかを覗き見ると、手を伸ばすのにセリカはあわてて制した。
「だめです! まだ」
「ちぇ」
 ハワードは舌打ちして肩を竦めた。
「あの、昼は?」
「ここでとるつもりだ。理沙子は外で食べようと言っているんだが」
「あ、じゃあ、支度しないと、それだと椅子は」
 セリカはつい言いよどむ。
「椅子は三つ、皿も三つ」
「……私、座ってもいいんですか」
 ハワードは声をあげて笑った。実に愉快げなその態度にセリカは眼を瞬かせた。
 つ、と手が伸びてセリカの頬を撫でる。獲物を追う狼のように鋭い目で、まっすぐに見つめられて逃げ場をなくしてしまう。
「君の気持ちはどうなんだい、今の君の気持ちは」
「わ、私は……私、以前、事件があったとき仇のことを思い出したわ。けど、もう考えないって決めたの。だって、故郷には信用できる人がいて、その人にすべて任せてあるから……今は、……私はまわりにいる人を守りたくて、大切にしたいって思っているの……だから、同じ席につかせてほしい。私は、私はあきらめたくないから」
「……いいだろう。歓迎しよう。セリカ・カミシロ」
 ハワードはセリカの華奢な腕をとり、腰を優しく抱いて顔を覗き込む。赤ずきんを食べてしまった狼のように意地の悪い笑みを浮かべて額にキスを落とした。それにこめられた親愛と敬意をセリカは正確に読み取った。
 はじめて、ハワードに認められ、同じ立ち位置に立つ事が出来たことを許されたことへの喜びに心はのぼせたようにぼんやりとする。
ハワードはあっさりとセリカを解放した。
「では、食事を楽しみにしているよ。ああ、楽しみだ。今日は天気がいい」
 出ていくハワードをセリカは茫然と見つめて額に触れた。
「責任、重大ね」
 そうつぶやきながらセリカの口元に笑みがこぼれる。
 鍋にあるポトフ。
 母の得意料理。セリカの大切な家族との思い出が詰まった品。
今度はセリカが自分で作った大切な人たちと思い出を増やしていく番だ。

クリエイターコメント オファー、ありがとうございました。

 セリカさんの内側の葛藤や思いなどをこねこねしてみました。
 
公開日時2013-03-04(月) 22:00

 

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