「それで、どこ行く?」 ロイドの誘いにセリカ・カミシロはあからさまに顔をしかめた。ロイドは気にせず手元の携帯電話で検索をはじめた。「んー。映画は、確実に寝るし。静かなたところだと植物園? 川を舟で下りつつ景色見るのとかはさすがに寒いか? 天地街で買い物か、それとも桃原郷公園?」「待って。私、あなたに相談したのよ。なんでデートなの」 ハワードとの冷たい日々にロイドの助言もあってセリカは病院に行くことを止めた。 しつこくすることでハワードの警戒をこれ以上強めるわけにはいかないし、もし自分の存在が邪魔なら引き下がるしかなかった。 自分の気持ちも求めるもとてもシンプルに一つしかない。けれどそれに固執するあまり焦りすぎたと反省した。 自分は無力だから、出来ることは少ないから……山のような問題に冷静にとりかからなくてはいけない。 彼の痛みを自分のものとして、一緒に悩んであげたいと思うから かわりにロイドを病院からほど近いファミレスに呼びつけ、相談したのだ。 ハワードと二人きりで、誰にも見られないところで会えないかと―― だのにいきなりデートコースを口にされてセリカは戸惑った。そもそも彼が自分を口説いているのも、イェイナのことを考えればからかっているのか、自分を犠牲にして何かしようとしているのではないかと思えてならない。 ロイドは携帯電話の画面から視線をあげると小首を傾げた。「俺がお前とボスを二人きりで会わせられるかの答えはノー」 ロイドはコーヒーカップを手に取ると口に運んだ。「その理由はだいたいわかるよな? 部下である俺にそんな力はない。もし騙してつれてきたとなれば俺がボスに殺されるし、あの人は誰も信用しなくなる。あの人の今の精神状態言っただろう? 人目につかいなところに二人きりにしてお前が攻撃しないと保障はない」 余りの言葉にセリカは言葉を失ったのにロイドはいたずらぽく笑ってつけくわえた。「まぁ、お前が殺されるだけだよな」 最悪な結末を口にされてセリカは俯いた。「俺がお前に与えられる助言は一つ。マダムに接近した旅人がいる。受付から不審なやつがマダムを訪ねてきたって連絡がきたんだ、あの病院にマダムがいるのを知るのは俺らと、お前らだけのはずだしな。そいつに協力依頼するか、そいつからマダムのことを聞きだすのがてっとりばやいんじゃないのか? そいつがマダムに会っているなら何かしら聞いてるだろう……で、お礼してくれるんだろう?」「お礼って、デートが?」「そう」「なにを考えているの?」 セリカは挑むようにロイドを睨んだ。「あなたが私を口説いて協力したいと口にしたのはどうして? 私なんかと遊んでもつまらないでしょ」「それって別にお前が決めることじゃないだろう」 ロイドは挑発するように笑い飛ばした。「ま、そういう考えのお前じゃ、つまらないよなぁ。俺個人として興味があった。以前、お前たちと同じやつがマダムを襲ったとき助けにお前もいたな? それにイェイナのときお前は俺の場所を正確に判断しようとした、アイリーンのときもボスにいい具合に食いついていっただろう? 俺、お前のその目は好きだぜ」 セリカは青い目を瞬かせる。自分の瞳が好きなんて言われたのははじめてかもしれない。「いろんなものを憎んで、憎み切れてない。悪い言い方をすると中途半端に見えるんだよ」「わ、私のどこが」「お前、この世界にいようって思ってるのか?」 セリカは身をかたくした。 セリカは誰かの幸せのために生きようと最近は思えだした。たとえ呪いがあったとしても、誰かのためには生きれるのではないかと希望を抱いた。 それはハワードや理沙子に会って、二人が幸せであれば、それを自分は蔭ながら支えられたらいいと思ったのだ。 けど、セリカはこの世界に再帰属を本当に望んでいるのかという迷いもあった。 アデル家の幸せを望むが、彼らの傍にいるイメージが具体的にできない。理沙子が望み、ハワードが手を伸ばしても、どこかで自分は旅人のままでも、見守っていければとすら頭の端に考えていた。 それにはキサが真理数を失ったあと自分が得てしまった罪悪もあった。 私はいいの。どんな形でも、再帰属できようと、できまないと――そうセリカは一歩引いて考える。「お前、ボスとどうなりたいと思ってるわけ」「どうって」「マダムを押しのけて本妻、もしくは愛人とか? マダムのほうが大切だとしたらボスを敵に回すとか」「……」「別に二人が大切なら、それはそれでいいけど、そのアデル家の幸せのなかにいるお前をイメージって出来ないし、そうなるとお前がこの世界にいたい理由っていうのもいまいちわからない。旅人って急にこなくなるっていうのもあるんだろう? お前のその曖昧さならぱったりこなくなるのかもな」「そんなこと、そんなことは」「なにをためらってるんだ」「それは」 躊躇うセリカの手をロイドの手が重なって、握りしめた。ぎくりとセリカは顔をあげた。「ボスもマダムもお前を認めて、いてほしいと口にしたんだろう? けど、お前はそれだけ信頼されても結局一歩下がって、自分の必要性を感じてないし、ここにいるという自信もない。 お前は結局大切なことを自分の口から俺らに告げちゃいない。いつも一歩さがって、にこにこと笑ってるが、それで、俺たちが本当に幸せだと思うのか? なぁ、セリカ、お前のその態度がボスを不安にさせて警戒させるんだ。お前の望みはなんだ? お前の欲はなんだ。何を抱えてる?」 セリカの沈黙にロイドは笑って手を離した。「俺の気持ちも、お前の気持ちも、このデートが終わったら答えを出そうぜ。それで、どこにいく?」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>セリカ・カミシロ(cmmh2120)=========
騒がしい店内から外に出たとたんに太陽の眩しさからセリカ・カミシロは手袋をした右手を空に掲げた。 「セリカ」 背後からの気配にセリカは振り返る。 「行く場所は、あなたに任せるわ」 かたい声で返事をしたあと、すぐにいけないとセリカは自分の態度を心のなかで反省した。 彼にはいろいろと助けられている、お礼をしろと言われればするつもりではいた。それがデートなどと風変りなものでも、受けると口にしたのは自分なのだから後ろめたい気持ちを抱えた難しい顔で向き合ってはロイドも楽しくないだろうし、失礼すぎる。 インヤンガイには何度も訪れているのにかかわらず、この世界のほとんどのことを知らない現実にセリカは直面した。 依頼のためなら訪れるからショッピングや観光なんてしてはいけないと思っていた。 「ほら」 「え」 「手」 伸ばされた手にセリカはおずおずと手を重ねた。 「エスコートするぜ、お姫様」 茶化した言葉にセリカは眉根をつりあげた。 「私はお姫様じゃ」 「はいはい。セリカ」 セリカは、もうっと文句を零した。 ロイドがセリカをはじめに連れてきたのは天地街――西倶乱街の最大のファション街。ブランドの店が軒を連ね、屋台も多く、ここで手に入らない物はないとまでいわれる場所だ。人の多さにセリカは圧倒され、煌びやかな雰囲気に目を奪われた。つい自分の服装を見る。いつものフォーマルなドレスは動きやすさを重視したもので、ここにいると色褪せてしまう。 「ほら」 「え、あ、ちょっと」 ロイドはセリカを連れて一軒の店のなかにはいった。黒と白の落ち着いた雰囲気の服が並ぶのにセリカは目を瞬かせる。 「せっかくだし、買い物しろよ。財布は俺がもってやるから」 「そんな、悪いわって、え」 「悪いけど、こいつを可愛くしてやってくれない?」 有無を言わさずロイドがセリカの背を押してきっちりとしたスーツ姿の女性店員に差し出した。 セリカでもかっこいいと思える女店員はにこりと微笑むと、セリカの華奢な肩を手を置いて奥へと案内する。 「さぁ、お客様」 「え、え、え」 セリカは目を白黒させた。 鏡張りの広い試着室でセリカはサイズを測られ、すぐにあれこれと服を用意されたのにきょとんとした。 「服、楽しみってつもりはないの……動きやすくて、礼儀に欠けていなければいいって思っていて」 「お客様は可愛らしいのにもったいないですよ」 「もったい、ない」 理沙子も介護のためにジャージ姿を見て憤慨していた。 私は、こんな身体だから、人並みの楽しむなんて思いつかなかった……生きることは戦うこと。だから楽しんでも、いいの、だろうか? 差し出された服にセリカはこわごわと手を伸ばした。 「どう、かしら、へん?」 着替え終わったセリカは店にあるソファに座って携帯電話をいじっていたロイドは顔をあげると肩を竦めた。 「似合うな」 「そう?」 白色の衿ビジューのついた黒のノースリーブ、淡いピンクのスカート姿のセリカはもじもじと俯いた。 ロイドは満足そうに店員に支払をして、セリカがもともと着ていた服のはいった店の袋を片手にもった。 「あ、荷物は私が」 「普通男が持つんだよ、こういうときは」 「そう、なの」 「デートもしたことないのか、お姫様は」 むっとセリカはロイドを睨んだ。可愛い服を着て、少しだけ心が浮き立ったがすぐに申し訳なさを感じて口にした言葉を笑わると、本来の勝気さが顔を出した。 「私はお姫様じゃないって、何度言えば……それに、こういうのは、あまりしたことがないの」 「どうして」 「どうしてって、それは」 私の身体が……常に一人で生きていくのだと思った。だから……もごもごするセリカを無視してロイドが歩き出すのにあわててそのあとを追いかけた。 いくつもある店は、以前、一度だけ、知り合いに連れていってもらった遊園地を思い出すほど賑やかだった。 覚醒してから何度か楽しいイベントにも参加したけれども、こんな日常のインヤンガイを間近に見るのははじめてかもしれない。 楽しげに笑って歩いている人々のなかにいると好奇心が刺激される。 セリカとてまだ十代の女の子なのだ。ショッピングも、かわいいものも、大好きだ。それをいつもは必死に抑えていたが、今はいい、心から楽しもう。 昼は近くの屋台での食べ歩き。肉まんとあたたかなお茶は本当においしかった。屋台で売る品はセリカの興味をいたく刺激した。 ロイドがあれこれと案内してくれるのにセリカは知らず知らず微笑んでいた。 たのしい いつも気を張っているから静かで、癒される場所を無意識にも求めてしまう癖があったが、他の人がいても楽しいと、はじめは人の多さに警戒したがそれが不愉快ではない。 広い公園に足を踏み込むとセリカは目を眇める。豊かな緑と花々の咲いた穏やかな空間に心が和んだ。 「こんなところもあるのね」 「あるさ」 「……私の過去を聞いてくれる?」 語るのには抵抗はあった。けれど今更、もう取り繕う必要もない。 「故郷にいたころ、私の両親は死んだの……私、それなりな家に生まれて、不自由のない生活を送ってて、将来の夢もあった……でも、母が死んでから人生が変わったの。母のことが好きだったとかいう変な男に突然襲われて、父は殺されて、私は一生消えない呪いをかけられて、夢も断たれた。そいつ、私には苦しみながら生き続けて欲しいんですって」 思い出すだけでも反吐が出る。あのときの怒り、悲しみ、屈辱……負は残り続けた。絶対に忘れられない、呪いがセリカの身体には刻まれているのだから。 「そんな私は、あるひとに引き取られたの。絶望のなかにいた私を支えて、慈しんで、守ってくださった方……シズネ様というの。私は本当にあの方に守られて、愛されていた」 シズネ様……多くの代償を支払っても、セリカを守ろうとしてくれた人。あの人がいるから今、セリカはここにいるのだ。 生きることを教えてくださった方。 シズネがいなければセリカは自分で自分の命を断っていただろう。 歩くセリカの前で小さな子どもが不意にころげて泣き出した。セリカはあわてて駆け寄って、その子を抱き起すと膝についた砂を払うと安心させようと微笑んだ。子どもはきょとんとした顔でいたがすぐに笑顔になり駆けだしていく。 ロイドはセリカの横に歩み寄った。 「……自ら命を断たない、希望を持っていきる、そう誓ったの。それが私を支えてくれてる」 シズネとの誓い、あれがセリカを今の今まで生かしてくれている。あの人の大きな愛が、優しさがあるから―― 覚醒したあと、セリカは迷い続け、苦しみ続けた。 ここにはシズネはいない。 一人ぼっち。 どうやって希望を持てばいいのか、どうやってこの孤独を支えればいいのか。幼いセリカは必死に考え続けた。 「だから一人で生きようと決めたの」 「一人で? 希望を持って生きるのにか」 「希望や夢は一人でも見れるもの」 こんな私でも生きてもいい、それが希望。けれど生きていくとどんどん欲は強くなっていった 強くなりたいと思った。何かを守るため。その何かが気が付いたらインヤンガイのアデル家の人々になっていた。 「私、前に理沙子に護衛兼小間使いにしてってお願いしたの。それが私のなりたいものに一番近いから……あの家を守って、頼まれごとをして、家事もして、けど、いまは家族みたいに辛いことも話し合いたい、分かち合いたいって思ってるの。私は、シズネ様みたいになりたいの。シズネ様みたいにハワードさん達を支えたい。まだ役不足でも……中途半端かしら?」 セリカはじっと子どもが駆けていった方向を見つめていたが立ち上がるとロイドを見る。どんな形でもいいといいながらどんどん欲は深くなっていった。 「セリカ、それは」 「なに」 「ガーディアンになりたいってことか」 聞き慣れない言葉にセリカは目をぱちぱちさせる。 「本当は未婚の娘を守る女のことだが、家を守る女の意味もある。主人のために尽くす女に与えられる役職名、というか古くからの呼び名だよ」 「ガーディアン……そんなものがあるのね。知らなかった」 「言えばよかったんだよ、言わないから誰も答えないんだろう。いいんじゃないのか、なっちまえば」 ロイドがあっさりと肯定してくれてセリカは逆に驚いた。 「い、いいのかしら」 「いいだろう」 セリカは唇を噛みしめて、俯いた。口にして、こうしてあっさりと認められたことが少しだけ嬉しかった。 だから口にしようと思う、ずっと心を占めている重みを。 「私が受けた呪いはね、耳が、聞こえないの。それを人に言って、奇異な目で見られたくなくて、ずっと黙っていたの」 「……そうか」 ロイドは驚かないし、聞き返さない。ハワードはセリカの体質のことを知っている節があった、あえて傷つけようとするときそういう素振りをしていた。それと同じでロイドも薄々は理解していたのかもしれない。 けれど彼らは誰も口にしなかった。ただただじっとセリカの告白を待っていた。セリカを受け入るために。 勇気を奮いだしてセリカは口にする。 「ずっと、苦しかったの。言えないことが、騙していることが……仲間にわからないように振舞って、イヤホンとか使うときは機械類に弱いと嘘をついたりして」 懺悔するようにセリカは苦しげに告げる。 今まで騙していたことが辛かった。 身勝手で、利己的だとも思いながらも許されたかった。誰かに言葉として受け止めてほしかった。こんな自分を。 「貴方に言えて、少しだけほっとしてるの。ずっと言いたかったから、聞こえるようになりたいとは思わないの。ただずっと自分がついた嘘のことで苦しんでいたから」 ほらやっぱり私は自分のことばかりだわ。こうして話してラクになりたいって思ってる。 セリカの頬にロイドの冷たい手が触れる。びくりとセリカは顔をあげた。ロイドが何か口にしているのに視界が歪んで読めない。 「私っ、キサをインヤンガイに帰してあげたい。けど、叶うなら、私はこっち側で迎えてあげたいの。本当はずっとここにいたい、ハワードさんの傍にいたい、再帰属したいっ……!」 衝動的にセリカは叫んでいた。 出会って、別れて、受け入れられて。大切だと思う人たち。彼らが幸せであればいいという気持ちに嘘ではない。けれどそれ以上に一緒にいたい。一緒に歳をとりたい。私もそのなかにいれて! ここにいたい。 ここに帰りたい。 私は、ここで、生きて、幸せになりたい。 どんな願いも今の私には聞こえない。だから踏み出せない。口にだしては叶わなくなるから。だから期待しない、望まない。けど本当――違う。違う、違うの! こみあげる涙を止められずセリカをロイドは抱きしめ、好きなだけ泣かせてくれた。今までため込んでいた苦しみを全部洗い流していいと許すように。 「幻滅した? 私はこういう人間なのよ」 ようやく落ち着いたセリカがロイドから離れようとしたが、しっかりと抱きしめられていて離れない。 ロイドの大きな手がセリカの涙をぬぐう。 「いっぺんしか言わないから、聞いてくれ」 「なに」 「ここに帰ってきてくれ」 「……かえ、る?」 「ああ。俺もセリカ、お前がこの世界に帰ることを望む。マダムやボスみたいに。だからここに帰ってこいよ。本当は惚れさせて、この世界を知ってもらって好きになってもらって、お前がここにいたいと思わせたいと思ったが……不要だろう? はやく帰ってこいよ、ここに」 来るのでも、訪れるのでもなくて 此処に帰る 不安や恐れも多いけれど陰と陽が混じりあうインヤンガイを故郷として アデル家を家族として 「ここに帰ってこいよ。それから俺はお前をちゃんと口説いて惚れさるから覚悟しろよ」 「なによ、その自信満々なセリフ!」 セリカは泣き笑う。 「けど、ありがとう……それに聞いてくれて。すっきりしたわ。もう、呪いのことも怖くないわ。今後は他の人たちにも話せると思うわ」 「なら、まずはマダムとボスにちゃんと伝えてやれよ。家族になるんだろう?」 ロイドはセリカの手を握りしめて引く。セリカは歩き出す。大切な人たちのもとへ。帰るべき人たちのもとへ 病院に訪れたセリカは依頼途中だという探偵に会った。 急いで訪れた病室でアデル夫妻はセリカを出迎えた。 「おかえりなさい、セリカ」 ただいま。話したいことがいっぱいあるの
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