オープニング

「無人島で盆踊り大会があるらしいんだ」
 バードカフェ『クリスタル・パレス』の店長、ラファエル・フロイト氏が、無名の司書嬢に大量のチケット発行を依頼する数日前のことである。
 神楽・プリギエーラはつい最近行き来の始まった異世界、万象の果実・シャンヴァラーラへのチケットを手にロストナンバーたちを見渡した。
「浴衣を身につけての盆踊りの他、浜辺では面白い催しがあるらしい。要するに、夏の終わりを――いや気候的にはまだ終わっていない気もするが、まあ、それを皆で賑やかにすごそう、ということのようだ」
 神楽は、0世界から離れられない彩音茶房『エル・エウレカ』の料理人にしてパティシエ、本職は世界司書のロストメモリー、贖ノ森火城に頼まれた、と言ってから、
「私は『エル・エウレカ』で茶や菓子を出す仕事に従事する。その際にはよろしく頼む」
 そう言葉を継いで頭を下げた。
 じゃあ何でシャンヴァラーラへのチケット? という問いに、
「ああ、そうだった。屋台で使う食材や、催しの景品に出来そうなアイテムを集めてきてほしい、と言われたんだ」
 そんな答えが返る。
 せっかくなので、交流の始まった異世界から珍しい材料を調達してこよう、ということらしい。
「多重構造結晶体のようなエネルギー規模の大きなものはまだ持ち出せないが、食品やちょっとした雑貨なんかは調整が済んだそうだ。今回は青羊アクアとその夢守五嶺(ゴリョウ)と話がついていて、かれらの支配する領域でのアイテム採集が認められた」
 青羊アクアは『補-S』クラスの力を持ち、また与えもする、水、河や海、流れや液体、癒しを司る羊で、かれの支配する領域で得られるアイテムも、それらに順ずるものだという。
「ちょうどいいことに、屋台と言えばカキ氷だと聞いたことがある。珍しい、面白い氷を手に入れて来て、愉快なカキ氷屋をやったらきっと楽しいだろう」
 そう言って、神楽はチケットを手渡し始めたのだった。

 * * * * *

「やあ、いらっしゃい。ぼくは五嶺、青羊アクアの化身。話は夜女神から聞いているよ、ゆっくりしていってね」
 一行を出迎えたのは、身長160cmくらいの華奢な人物だった。
 顎までの長さの、鮮やかな蒼の髪と、黒曜石のように光沢のある黒の双眸を持つ、少女のようにも少年のようにも見えるその夢守は、身体にぴったりと添う、ゴムと絹を混ぜ合わせたかのような漆黒の衣装を――後にそれをスキンスーツと呼ぶのだと教わった――身にまとい、立っている。
 身体のあちこちに、無機質なソケットやプラグ、コネクタがあり、またあちこちからチューブやコードが伸びていて、それが、夢守を、ヒト型でありながらヒトではない存在だと認識させる材料となっていた。
「氷がほしいって聞いたんだけど……まあ、あちこちに色々あるから、探してみてよ。あ、こんなのとかどう? 等身大その人型氷」
 言って五嶺が軽々と持ち上げたのは、全長二メートル弱の大きな氷塊で、
「はい」
 手渡されたロストナンバーが思わずそれに触れた瞬間、氷はその人そっくりのかたちになった。透き通ってさえいなければ生き人形ですかと思わず戦慄しただろう程度には精巧な『その人』っぷりだった。
「これ、溶けないからねー。部屋に飾っておいたらひんやりして気持ちいいと思うよ。あ、でも、なんかたまにポーズが変わってるらしいから、びっくりしないでね」
 どこの呪いの人形か判らないような説明の後、
「あと、人間が食べて美味しいのは、虹氷晶かな。内部に光を持っていて、光の色が変わると味も変わるんだ。それに、自己再生機能があるから、削っても削ってもなくならないんだよ。どこにでもあるわけじゃないけど、根気強く探せば見つかると思うから、頑張って。たくさん集められたら削る道具もプレゼントしちゃう」
 目玉商品的なアイテムへの言及があり、その他、色々と珍しくて面白い品があるから好きに探してみて、というお墨付きをもらっての解散となる。
「手伝いが必要なら呼んでね、ぼく、この階層ならどこにでも一瞬で移動できるから。他の夢守も、暇な奴なら呼べば来てくれるかもしれないけど、確約はしないでおく」
 そこで一旦言葉を切り、
「ああ、一応警告しておくけど、たまーに凶暴な氷がいてね、これ、猛獣氷晶とか、獰顎氷晶とかいうんだけど、襲ってくることもあるから、気をつけてね。あいつらに飲み込まれたら、一生結晶内に閉じ込められて死ぬこともできなくなるよ。――まあ、それも綺麗かもしれないけど。そうなった時は、ぼくがきみたち入りの氷をもらって、永遠に飾っておこうかな」
 無邪気な笑顔でちょっと怖いことを言ってから、五嶺は、じゃあ、あとはご自由に、とロストナンバーたちを送り出したのだった。

品目シナリオ 管理番号867
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント皆さん今晩は。
コラボパーティシナリオに賑やかしを加えるべく、通常シナリオのお誘いに上がりました。

今回は、黒洲のオリジナルワールド・シャンヴァラーラにて、基本的には気楽でゆる~い、時々ハプニングあり・ツッコミ大歓迎のすったもんだなどたばたアイテム探索を行っていただきます。
盆踊り大会及び浜辺での催し並びに屋台に関する詳細は、各パーティシナリオのOPをご覧下さいませ。

内容と人数の関係から、恐らく今回はいつもほどの長編にはなりません。
おひとりさまにつき1500~2500文字程度の、サラッとしたノベルになるのではないかと思います。たぶん。……プレイングによってははっちゃけてしまうかもしれませんが。

ともあれ、複雑で重厚な心情描写やシリアス展開のない、軽いノベルになる可能性が高いですので、ご納得の上でご参加くださいませ。ちなみに、ツッコミ属性の方がたくさんおられた場合、コメディになる可能性も高いです。

ご参加の際には、
1.どこを探すか(アクアの支配領域の不思議風景について空想など)
2.どんなものを見つけたいか(不思議食材・アイテム空想。ネタも歓迎)
3.氷に襲われてみたい方は反応及び対処方法を(いざとなれば夢守が助けてくれる……かも?)
4.突っ込み気質の方は、面白空間にどういうツッコミを放ちたいか
5.その他、やってみたいことがあれば(採集に関わりない内容の採用率は低めです)
などをお考えいただければと思います。
(プレイングによっては他属性の羊や夢守を呼ぶことも可能ですが、まだノベル内に登場していない羊・夢守に関しては、司る属性への予測がふたつ以上正解の場合のみ出現する……ということにしておきます)

あまり厳密な判定は発生しないと思いますが、プレイングによってはPCさんの登場率・活躍の割合に大きな開きが出てしまうこともあります。黒洲の判断基準は、もちろん優劣もですが、基本は『思いの丈であること』ですので、その辺りをお考えいただければ、と思います。

※なお、拘束力はありませんが、なるべくたくさんの方に入っていただきたいので、OP公開から最初の24時間は(たとえ空席があったとしても)1PL様につき1PCさんのエントリーでお願いしたく思います。口うるさいことを申しまして大変申し訳ありません。


それでは、幻想の蒼に揺らぐ【箱庭】にて皆さんのお越しをお待ちしております。


※プレイング日数が短く設定されております。ご注意くださいませ。

参加者
緋夏(curd9943)ツーリスト 女 19歳 捕食者
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
理星(cmwz5682)ツーリスト 男 28歳 太刀使い、不遇の混血児
チェキータ・シメール(cden2270)ツーリスト 女 22歳 自由人。時々ペット。
湊晨 侘助(cfnm6212)ツーリスト 男 28歳 付喪神
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
ロウ ユエ(cfmp6626)ツーリスト 男 23歳 レジスタンス
ナオト・K・エルロット(cwdt7275)ツーリスト 男 20歳 ゴーストバスター
雪峰 時光(cwef6370)ツーリスト 男 21歳 サムライ
鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師

ノベル

 1.ウォームアップ中の人々

 足元から冷気が這い上がってくる。
 シャンヴァラーラ随一の異質な【箱庭】、【電気羊の欠伸】の中の、青羊アクアが支配する領域は、壱番世界の単位で言えば氷点下十度前後の世界だった。しかし、アクアの化身五嶺が言うには、これでもロストナンバーたちのために温度を上げているのだそうだから、実際にはもっと厳しい場所なのだろう。
 といってもここはアクアの属性の側面であってすべてではないけどね、とは五嶺の言葉で、別の階層にあるアクアの支配領域には、南国の海を髣髴とさせるリゾート地のような場所もあるのだそうだが、それに関しては割愛する。
「よし」
 天井まで百メートル以上はありそうな巨大な洞窟で、
「では張り切って探すかのう」
 防寒用のコートを羽織り、厚手の手袋をしたジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、腕まくりの仕草とともに周囲を見遣った。
 ちょっとした町がすっぽり入ってしまいそうな広大な洞窟は、全体が青系統のグラデーションに彩られた、幻想的で美しい場所だった。五嶺が言うには面積の半分が氷で出来ていて、採集可能なものもあるそうだ。
「……不思議な場所だの」
 ゆっくりと色合いを変えてゆく青の世界。
 時折、どこかの氷が立てているのか、キィン、イィン、という涼やかな音が聞こえてくる。
「現実味を見失ってしまいそうな美しさじゃ」
 感嘆を込めてジュリエッタが言うと、隣の理星が純白の翼をはためかせて頷く。
 こちらは、身体にぴたりとした薄い黒の武装に色鮮やかなショール状の布を巻いただけという出で立ちだが、鬼や天使という人間とは一線を画した存在の血を引くがゆえなのか、彼が寒さを感じている様子はなかった。
 将来有望な美少女であるジュリエッタと、凛々しく端正な顔立ちの理星が、美しい背景の中で並ぶ様は大層絵になる光景である。会話は至って無邪気なものばかりだが。
「壁とか、天井とか、綺麗だよなー。あそこらへんの氷も食べられるのかなぁ」
「そうじゃの、あちら側はミント、こちら側はブルーベリー味……じゃったら面白いのだがのう。ただ、空を飛べぬわたくしたちでは収穫は難しそうじゃな。その時は理星に頼むとしよう」
「うん、じゃあ採ってくる。……“鬼ノ角”で一気に削ったら怒られるかなー」
「おにのつの? というのは何じゃ?」
「え、鬼族が身体の中に持ってる大太刀」
「ほほう、そんなにすごい威力なのかえ?」
「んー、気合いの入れ方にもよるけど、頑張ったら城壁とか真っ二つに出来る」
「それはすごいのう。しかし、天井を真っ二つにしてはアクア殿や五嶺殿に申し訳が立つまい」
「だよなー。地道に削ろう」
「そうじゃな、その方がよい。地道な努力が報われた時ほど喜ばしいことはないからの」
「うん、なるべく頑張る。そのうち面倒臭くなって一気に削りてー! ってなるかもしんねぇけど」
「まァ、それも仕方あるまい。その時はわたくしも手伝おう」
 ふたりが、仄かに危険な会話をほのぼのと交わしていると、
「おーい、理星、一緒に探そうぜ……って痛ァ!? ちょ、ホリさん、ちょっとくらい暖取らせてくれたっていいじゃ……いたたたたたたッ、悪かった悪かった俺が悪かったから蹴らないで引っ掻かないで頭齧らないで痛い痛い痛いッ!」
 賑やかな悲鳴とともに、薄ピンク色の髪をした、背の高い青年が現れた。
 悲鳴の元となっているのはフォックスフォームのセクタンで、青年の頭の上で獅子奮迅の大暴れというか乱暴狼藉の限りを尽くしている。
 痛みに涙目の彼は鰍、鍵師であり探偵であり、飴細工師もやれば香具師もやる、どれが本業なのか今ひとつはっきりしない器用な青年である。断じて器用貧乏と言ってはいけない。
 理星とは飴細工が元で知り合った仲で、鰍の恩師は理星の憧れの人でもあるらしい。
「あー、かじかじさん。どしたの、それ。滅茶苦茶齧られてるけど」
「いやうんいつも通りの格好で来たらちょっと寒かったからホリさんにカイロになってもらおうと思ったら壮絶に抵抗されてるわけなんだけど『じ』の数がおかしくないかな理星!」
「え、あ、ごめん、つい。かじかじかじさんも大変だなー」
「いやいや何か増えてんですけどそれ!?」
「……あれ?」
 思わず目を剥く鰍、無邪気に可愛らしく小首を傾げる理星。
 世話好きで面倒見がいい所為で、背丈こそあるものの中身は童子めいている理星に強く出られない鰍は、遠い目で諦観っぽい溜め息をひとつついた。
「いや、まあいいけど。しかし寒いなここ。しっかり動いてないと風邪引くどころかマジで凍りそう」
「そうじゃのう、暖房器具を持ち込むわけにも行かぬしの。いや、しかし日本にはストーブを持ち込んで寛ぐかまくらなる風習もあるようじゃからおかしくはないのか」
「かまくらは雪で作った簡易テントみたいなものだからここの状況とはちょっと違うかなー? そもそも暖房の所為で氷が溶けちまっても本末転倒だし、まあこのまま頑張るか。……つーか理星は寒くねぇの、それ」
「ん? 俺壱番世界の北極とか南極もこれで平気だけど。あ、かじかj鰍さん、もし寒かったら俺の羽にくるまってもいいよ」
「うん、何かまた一文字多かったような気がするけどまぁいいや。って、うん、確かに温かいなこれ。ふわふわだし」
「ほほう、わたくしも触らせてもらってもよいか、理星」
「うん」
「おお、これはアレじゃな、要するに最高級の羽毛布団ということか」
「あー、言われてみりゃそういうことだよな」
「うもうふとん。……よく判んねーけど、それ、すごいもの?」
「うむ、すごいものじゃ。つまり、理星の羽はすごいということじゃな」
「へー、そっかー」
 羽毛布団についての知識はないようだが自分の翼が褒められたことは判ったらしく、理星が相好を崩す。ほのぼのとした和やかな空気が流れるが、一行の目的は理星の羽に埋まってほっこりすることではなかった。
「さて……ひとまず氷を探さねばな」
「うん、量も要るだろうし早めにやっちゃおうぜ。美味しい味の氷が見つかるといいなあ」
「だな。俺、向こうでカキ氷屋やるつもりだから、材料は多目に集めときてぇし」
「あっ、かじかじさんカキ氷つくるの? じゃ俺食べに行きてーなー」
「うん、食べにおいで……って、うん、一文字、な……」
 無意識と思しき理星と惰性のように指摘する鰍。
 ジュリエッタはそれを微笑ましく見遣ってから、
「ふむ、量が必要ということは、なんぞ入れ物を用意した方がよさそうじゃのう」
 そう言って周囲をぐるりと見渡した。
 この階層ならどこでも一瞬で移動できるから何かあったら呼んでね、という夢守の言葉を思い出しつつ、
「五嶺殿、五嶺殿はいるかの」
 と、ジュリエッタが呼んだ途端、
「はいはーい」
 軽い口調とともに、地面から五嶺がにゅるっと生える。
「ぅわあ!?」
 唐突過ぎて鰍が仰け反り、理星も驚いたのか羽がぶわっと逆立った。
 ジュリエッタももちろんびっくりはしたが、あれはあれで便利でよいのうなどと少しずれたことを考え、少女のようにも少年のようにも見える青羊の化身と向き合う。
「ん? 驚かせちゃった? ごめんごめん。それで、何か用?」
「うむ、虹氷晶や美味な氷を集めたいのじゃが、道具を借りることは出来るじゃろうか?」
「えーと、それは収納用のってこと? それだったらこの自立型お供採集機器『ツイテクールHG』を使うといいよー。これに入れておくと絶対溶けないし。幾つか解放しておくから適当に声をかけてやってね、ついてくるから」
 五嶺の言葉とともに、自分の身体の三倍は大きな籠を背負った柴犬サイズの二足歩行型機械羊が現れ、電子音っぽい声でゥンンバアアアと鳴いた。
「ほほう、これは便利でよさそうじゃ。ありがとう、使わせていただくとしよう」
 鷹揚で大らかなジュリエッタは泰然自若とばかりに微笑んで頷くだけだったが、鰍はツイテクールHG(後で聞いたところHITSU-Gの略らしい)を凝視しながら慄いていた。
「どしたのかじかさん」
「……あまりのそのままっぷりに、まずどこから突っ込めばいいかを模索せざるを得ねぇ……!」
「そうかな? 判りやすくていいんじゃね?」
「いやまあそうなんだけどさ、なんていうかこう、ね! ああもう、今のこの心境をどう伝えればいいのかさえさっぱりだ……!」
 スルースキルのないツッコミ属性としてのサガが疼くのか、両手をわきわきさせながら悶える鰍。残念ながらボケにもツッコミにもなりきれない“オーディエンス”の理星は、銀の双眸で彼を見つめつつ、可愛らしく小首を傾げていた。
「ではまず虹氷晶を探すとしよう。本で読んだのじゃが、『氷晶』は氷の結晶じゃな。確か普通の氷と違って温度が低すぎても高くても生成されにくいと聞く。密集しやすく温度が一定に保たれ水気あるとなると、水の溜まっている洞窟じゃな。……となるとここは最適の採集場じゃろう」
 ジュリエッタが意気込みとともに言うのへ、あれっという顔をした五嶺が口を開く。
「あっごめん、その氷晶とここの氷晶ってまったく別物」
「うむ?」
「ジュリエッタの言う氷晶はあれだね、君たちの世界でいうところの、『大気中の水蒸気が0度以下の時に昇華されて生じる氷の微細な結晶』だね。君たちの世界の、高度五千メートル以上の上空にある雲はすべてこの氷晶によって成り立ってるって聴いたことがあるよ。でもここの氷晶は、『きらきら光る純度の高い氷状結晶の集合体』って意味なんだ。何せホラ、ただの水から出来てるわけじゃないしね、ここの氷って」
「ふむ、そうじゃったか、それは失礼した。しかし興味深い話じゃのう」
「いやいや説明不足でごめんね。まあ、君たちにしてみれば非常識で面白い氷もたくさんあるから頑張って探してみて。じゃあ僕はこれで」
 手を振った五嶺が、現れたのと同じ唐突さで、地面にしみこむように消える。
 それを見送った後、互いに顔を見合わせて、
「ではわたくしはこの洞窟を満遍なく探してみるとしよう」
「俺、きのこみてーに隅っこの方に生えるんじゃねーかなーって思うんだけど」
「俺はさ、虹っていうくらいだから、滝つぼみたいな水蒸気がよく発生して光の当たるところにあるんじゃないかと思うんだわ」
 めいめいの思うところ目指して歩き始める三人である。



 2.隅っこに入り込む人々

 緋夏はこの猛暑にうんざりしていた。
 だからこの依頼を受けたのだ。
 が。
「やー、最近あっついからねぇ。涼みたいよねー、すず……さむい。ナニココサムイ」
 巨大で凶悪な火蜥蜴の子孫とされる緋夏は、暑さは好きではないが平気で、涼しいのは好きだが寒さには弱い生き物なのだった。
「あ、なんか身体の先っちょが凍えて痺れる……さむいさむい」
 おまけに避暑気分でやってきた緋夏はいつも通りの格好だ。
 防寒もくそもない。
「ま、まあいいや、氷こおり……うう、さむい」
 両腕で身体を抱くようにしつつ、よたよたと氷探索を開始する。
 体内に火を飼う緋夏の呼気は熱く、彼女がさむいさむいとつぶやくたびに真っ白な息が吐き出され、周囲をぼやけさせた。
「きれいな……場所、なんだけど……」
 濃淡の違うあおで彩られた、幻想的な洞窟である。
 洞窟と言っても、天井部分は高いところで百メートルを超えているし、恐ろしく広いので閉塞感はない。
 岩肌なのか氷なのか判然としない、薄青の岩壁には、きらきら輝くダイヤモンドのような結晶が群生していて、触れてみるとそれは痺れるように冷たいのだった。
「もう少し、あたたかいと、うれしかった……なー」
 ここで立ち止まったら冬眠してしまいそうだ、と、白い息を吐きつつ懸命に身体を動かして結晶を採取してゆく。
 トラベラーズノートで同行のジュリエッタが伝えてきたところによると、荷物を運んでくれる道具を夢守が出してくれたそうなので、ありがたく拝借する。残念ながら、名前のそのままぶりにいちいち突っ込むほど緋夏はツッコミ属性ではない。
 ツイテクールHGの籠の中に結晶を放り込みながら、
「今回の目玉……ええと、虹氷晶? っていうのも、探さなきゃ。せっかくだしー」
 緋夏は『いかにもお宝がありそうな場所』を脳裏に思い描く。
「んー、やっぱ、洞窟の奥とか、かな?」
 セオリーだけど確実っぽいかな、と、周囲をきょろきょろ見渡すと、成人がひとりようやく通れそうな小さな穴が目に入った。
 きらん、と緋夏の目が輝く。
「これこれ、こういうの」
 宝探しはこうじゃなくちゃ、とうきうきしつつ身を屈め、穴をくぐる。
「しまった冷たい! 手が凍るー!」
 わーわー喚きながらも四つんばいで進むこと数分で、穴は何とか立ち上がれるだけの高さになった。
「おおー、お宝だー」
 なおも進んで辿り着いたそこは、色とりどりの、宝石のように輝く美しい氷の群生地だった。欠片を口に入れてみると、それぞれ味の違う、濃厚な果実のような風味で、緋夏はいい場所を見つけた、とにんまりした。
 これをたくさん集めて帰ったら喜ばれることだろう。
「でも、美味しいだけじゃなくて面白い氷も欲しいんだけどなー。虹氷晶と見せかけて、黄色がカレー味で青が青汁味で赤が唐辛子味のカラフルな氷とか」
 せっかくだから縁日に悪戯を仕込みたい緋夏がきょろきょろしていると、そこへ、
「あっ、尻尾なし蜥蜴!」
 耳慣れた声がして、小さな毛の固まり――もとい、猫の姿をしたチェキータ・シメールが飛び込んできた。
「ここは私が見つけたんだぞ、横取りするなこの常夏頭!」
 本来は人型のチェキータだが、探索を容易にするために猫型になっていたらしい。
 しかし今の緋夏にその辺りはどうでもよかった。
 罵倒されているのも気にせず、
「湯たんぽーっ!」
「なななナニすんだこの蜥蜴ー!」
 物凄い勢いでチェキータに殺到、彼女を抱き上げて――というより掻っ攫って――腕の中に抱え込み、そのぬくもりを存分に楽しむ。
 ふわふわもふもふの、血の通った毛皮は大層暖かい。まさに生きた湯たんぽである。
「ああー、あったかい……バカ猫が初めて役に立ったよ……」
「言いたいことはそれだけかー!」
 本人的には褒め言葉だったのだが、どうやら一言余計だったらしく、全身の毛を逆立てたチェキータに壮絶な猫パンチを喰らい、幸せ笑顔のまま吹っ飛ぶ緋夏である。
「まったく……」
 人型に戻ったチェキータは、フンッと鼻を鳴らして両手をはたき、吹っ飛んだ拍子にどこかを打ったらしく痛そうな顔をしながら起き上がる緋夏を見下ろした。
「仕方ない、特別に尻尾なし蜥蜴にも採取させてやるから、感謝しろ」
「えー、そんなこといったって、デカ猫がそっちから入ってきてあたしはこっちから来たってだけのことじゃないの? だったら半分こが筋だと思うんだけどー」
「うるさい、いいからさっさと働け、皆に景品をたくさん持って帰ってやらなきゃいけないんだから」
「はいはい」
「はいは一回でよろしい!」
「はーい。あ、デカ猫、そっちのそれ美味しそう」
「ん、ホントだ。蜥蜴、そっちの上の方の、採れるか? ほら、そこ、ルビーみたいだ。苺味かな」
「あたしは唐辛子味でもいいけどなー。……ん、ちょっと届かないみたい?」
「仕方ない、台になってやるからちょっと採って来い」
「はいはーい。さすがデカ猫、大きいなー」
「それ、褒めてるのか貶してるのか、どっちなんだ……」
 殺伐としているのかほのぼのとしているのか判然としないやりとりを交わしつつ、何やかやで仲良く、効率よく氷を採集してゆくふたりだった。



 3.戦々恐々とする人々

「こ、後悔しているでござる……!」
 雪峰 時光は事情を知って絶望した。
 時光も壱番世界にある無人島を使っての盆踊りには参加するため、何か手伝いをと思ったのは確かだが、
「壱番世界は猛暑と聞いたでござるから、思わず氷採取の仕事に飛びついてしまったでござる」
 全身にねっとりした濡れ毛布を被せられたような暑さ、と聞いただけでうんざりしていた時光は、よく確かめないまま【電気羊の欠伸】行きを決めてしまったのだが、
「し、しかし……蓋を開けてみれば、何でござるか? ポーズの変わる氷? 襲ってくる氷? そ、それはまさしく怪談ではござらんか……! せ、拙者、魑魅魍魎の類だけは駄目なのでござる……!」
 どう考えても普通の、単純に氷を採ってくればいいだけ……とはなりそうもない内容の依頼に、洞窟内が青いからというだけではなく、時光は蒼白になっていた。
「こんなことならロストレイルに残っていればよかったでござる……」
 しかし、仕事は仕事である。
 受けてしまったからには果たさないわけには行かない。
「くう……こうなったら、早く見つけて早く帰るでござるよ……!」
 この世の終わりのような表情で拳を握る時光を、
「まぁまぁ、そう深刻にならんとき。そないな怖いものばっかりちゃうって、たぶん。それに面白そうやん、ポーズが変わる氷なんてそうそう見られるもんとちゃうで?」
 何となく面白いものがありそう、というゆるーい好奇心で参加した湊晨 侘助が宥めている。……あまりフォローにはなっていないかもしれないが。
「そうそう観られるものでなくて結構でござる……というか観たくないのでござるよ……!」
「えー? そないなこと言わんと。あっほら、時光さんの後ろに!」
「ヒィ!? なななななんでござるか……!?」
「……うん、氷があるな、て」
「拙者のか弱い心臓を虐めて楽しいでござるか侘助殿おおおおおおおおお!?」
「え、せやなぁ、わりと?」
 半泣きで侘助の両肩を掴み、ガクガク揺さぶる時光、あっけらかんと笑う侘助。
 双方が整った顔立ちだけに、ものすごく締まらない光景だが、同行のナオト・K・エルロットと日和坂 綾はそれに頓着する様子もなかった。というより、それどころではなかったというべきか。主にナオトが。
「イケメンタヌキのおニィさん、元気だったぁ?」
 ピッケル2本、ヘッドライト付ヘルメット、リュックサック2個を持参し、更にダウンのコートを身にまとって肩にフォックスフォームのセクタンを載せた綾は、ナオトを呼ばわりながら彼の腹筋にフライングボディアタックをぶちかましていた。
「あーうん元気だっ……おぶッ!?」
 綾は満面の笑顔だったが、出会い頭に腹筋に頭突きされた方はたまったものではなく、
「こんな唐突に頭突きされるなんて……鍛えててよかった、よ……」
 ナオトは、寒さの所為などではない、もっと物理的直接的な理由で青褪めつつ、腹を押さえてよろりと一歩下がった。といってもそこで痛いとは言わない、痛みを我慢するのがナオトのプライドと言えばプライドだが。
「ま、まあとりあえず氷を探しに行こうか。やっぱ目玉の虹氷晶をたくさん持ち帰りたいところだよな」
 一分の硬直の後、呼吸を整えたナオトが言うと、にんまり笑った綾はピッケルとリュックサックをひとつずつナオトに手渡し、
「じゃあ、これにたっぷり詰め込んでね! よろしくぅ!」
 思う存分自分ルールを発揮していた。
「ええッ!? 俺の都合とか予定はオールスルー!?」
「だって、さすがの私もふたつ一緒は無理だよ~。ってことで、責任持って拾ってきてね、出来ればふたつ以上!」
「ヒトの話全然聞いてないしね!?」
 晴れやかなまでにゴーイングマイウェイな綾、目を剥くナオト。
 しかし、押しの強さでは勝てないことを察したか、ナオトは盛大な溜め息とともにリュックを背負い、ピッケルを担いだ。
「まあ……どっちにせよ集めなきゃいけないわけだし、採集物を入れる袋が出来たと思おう。ツイテクールHGだっけ、それも活用したいところだな」
「だねー。私はあの、猛獣氷晶っていうのにも興味あるんだ。氷だけど、斃して削ったら肉の味がしないかなぁって」
「さあ、それはどうだろ? そもそも氷が収縮性蛋白を持ってるかどうかって話だよな」
「なにそれ、収縮性蛋白って」
「ん? ミオシンとアクチンって言って、筋肉を構成する主要物質。俺たちが普段食べてる肉って、要するに動物の筋肉から成り立ってるわけだか……うぐッ」
 周囲を探りつつ薀蓄を垂れていたナオトの腹に、綾の拳が埋まる。
 ストリートファイターとしての経験も充分な綾の拳の一撃には、しっかりした重さが載っており、不意を突かれたのもあってナオトは身体をふたつに折って苦悶せざるを得ない。
「ちょ、綾ちゃん、ナニ……」
「あっごめん、難しい説明聞いてたらなんか手がうずうずしちゃって、つい」
「うん、そっか……『つい』で腹肉凹まされたらたまったもんじゃないけどね……」
 遠いところを観る目でアルカイックスマイルを浮かべるナオト。
 えへへごめんねー、とまったく悪びれていない綾に、ナオトがすでに疲れの伺える溜め息をついた時、

「ぎゃあああああああああああ!?」

 まさに魂消るようなと称するのが相応しい、ちょっと断末魔のようでもある悲鳴が響き、すわ猛獣氷晶の襲撃かと身構えたふたりの視線の先で、
「あらー、見事な人体パーツ氷やわぁ」
 時光が今にも失神しそうな表情で腰を抜かし、侘助は面白そうに時光が掘り起こしたものを観ている。
「ここここここ」
「どないしはったん時光さん。鶏の幽霊にでも取り憑かれたん?」
「ヒィ、幽霊!? い、いいいいやそうではござらん、ここここのようなものが何故埋まっているのかと……!」
「ああ。せやなぁ、なんでやろ。……この辺りで、恨みを呑んで死んだ人がいはるのかもしれんなあ」
「やややややっぱり怪談……!?」
「まぁまぁ、そう怖がらんと」
「怖がらせているのはどこのどなたでござるか……ッ!」
 半分泣きつつ、真っ青になってガタガタ震える時光の足元では、びっくりするほど精緻でおどろおどろしい、透き通っていなければ本物と間違えそうな、苦悶の表情を浮かべた生首や、異様にリアルな、体毛まで表現されている人の足や手のパーツが氷になったものが、洞窟内のあおい光を受けて輝いている。
 洞窟が美しいからこそ、人体パーツ氷のおどろおどろしさが引き立って見えるというものだ。
「うわー、あれも食べられるのかな。案外甘くて美味しかったらどうしよう」
「ありえないわけじゃなさそうなのがここのおっかないところかな」
 俺は食べたくないけど、と若干頬を引き攣らせつつ言い、ナオトが岩壁に生えた一際大きな氷の結晶を取り外した、その時。

 がこんッ

 ナオトと綾の立っている辺りで、なにやら不吉な音がした。
「ん?」
「え……」
 顔を見合わせ、首を傾げたところで、ふたりの地面が消える。
 ――当然、次の瞬間、自由落下。
「スゴーい、遊園地みたいだねー」
「綾ちゃん暢気だね!? あー、おふたりさん、また後で――――ッ!!」
 楽しげな綾の声と、突っ込まざるを得ないナオトの声が反響しつつ遠ざかってゆく。
「……」
「……」
 残されたふたりは無言で顔を見合わせ、収穫物をツイテクールHGに収納してから、まあ死なんだろ、と、何ごともなかったかのように移動を始めるのだった。



 4.堪能する人々

 ロウ ユエは、巨大な洞窟を少し奥に進み、幻想的な氷樹林を超えた先で湖のようなものを見つけていた。
「……噂には聞いていたが、想像以上だな」
 空を見上げてもあるのは透明に近い青から濃紺と称するのが相応しい風合いの、あおい岩肌、あおい氷ばかり。
「昼も夜もないのか……なら、日焼けを心配する必要はなさそうだ」
 つぶやきつつ、周囲を見渡す。
「ここで、氷や景品になりそうなものを探せばいいんだったか。……さて、この辺りにあるかな……?」
 ぐるり、と見遣れば、向こう岸が見えないほど広大な湖の傍らには、様々な植物が生えている。
 しかし、それらは、よくよく見てみると、すべてが無機物なのだった。
 しりん、しりんと涼やかな音を立てて生育する硬質な輝きの野草、光って点滅する氷の樹、クリスタルガラスめいた輝きでわずかな風に揺れる花、ちらちらと瞬きながら飛び去ってゆく真っ青な蝶――これも触れてみたら氷だった――など、奇妙で美しい、生き物なのかそうではないのか判然としない存在があちこちに点在している。
「……まるで夢の中にでもいるような光景だな」
 故郷にも、うっかり花芽を踏むと風刃が飛んでくるような植物が存在したが、ここの植物もどきたちはそこまで危険ではないようだった。
「まあ、栄養分とかどうやって繁殖しているのかとか種子はどうなっているのかとかはあまり考えない方がよさそうだ、眠れなくなる」
 言いつつ、なるべく美味しそうな見た目の草を刈り取り、氷樹の枝をいくつか拝借し、特別青い花を摘み取り、鮮やかな色をした氷の石を拾い上げ――ちなみにどれもとてつもなく冷たかった――、自立型お供採集機器の籠の中にそっと仕舞い込んだ後、首を傾げて水面を覗き込む。
「しかし……湖だよな、ここ?」
 不思議な湖だった。
 見る角度によって、『水』の色が変わるのだ。
 角度によっては、虹色に見える部分もある。
「小瓶に詰めたら景品になりそうだ。……ん、泳いでいるのは魚か? 美しいが、あまり美味くはなさそうだな」
 どこかとろりとした質感の水中を、優美なひれを持つ真紅の魚が泳いでゆく。
 あれも氷なんだろうか、と興味を覚えたユエが水面に触れた途端、彼が触れた部分を中心に、水がさあっと凍った。
「……ん?」
 訝しく思って手を放すとすうっと溶ける。
 小首を傾げて触れるとまた凍り、放すとまた溶ける。
「変わった湖だな」
「ほんまやねぇ」
 声は、湖からした。
 正確には、湖の上から。
「……侘助、時光……それに、ジュリエッタ」
 触れると凍りつく特性を利用して、向こう岸から渡って来たのだろう、そこには、同行のロストナンバーたちが――ちなみに時光は若干腰が引けている――、めいめいに手を振っていた。
「君たちも来たのか」
 ユエも微笑んで手を振る。
「面白いもん、見つけられはった?」
「ああ、まあ、色々と。そちらはどうだ?」
 ユエが言うと、侘助は、洞窟の放つ仄かな光でもきらきらと輝く、青い葡萄のような氷を掲げてみせた。
「……綺麗だな、それ」
 ユエの言葉にジュリエッタがうむと頷き、
「触れると凍ってしまう水じゃろう、収穫するのはなかなか大変だったのじゃ。侘助が刀になってくれての、水が凍ってしまう前に切り取って、どうにか採ることが出来たのじゃが、苦労した甲斐のある美しさよな」
 目を細めて青い果実を見遣る。
「虹氷晶はどうだ?」
「こちらではふたつほど。ユエはどうなのじゃ」
「まだだな。だが、この辺りをもう少し探せばあるかもしれない」
「さようか。わたくしはこの虹氷晶をトマト型に削って癒し要素を加えた景品にしたいのじゃ。色合いや味わいを変えるトマト型の氷が飾られた盆踊り会場……想像しただけでも心躍る光景じゃ。そうは思わぬか」
 無類のトマト好きというジュリエッタがうっとりとそんなことを言い、ユエは首を傾げつつも頷く。
「ふむ、そういうものか。俺は盆踊りというものには馴染みがないので、よく判らんが」
「わたくしもそれほど詳しくはないのじゃが、盆踊りというものは、道中や踊りの中心に建てている櫓の周りに提灯をつけて華やかにすると聞いている。自己再生機能と光の色が変わる性質を利用し、提灯の中に入れて電飾として利用すれば面白いじゃろう? まァ、ただし、それだけたくさん採集できれば、の話じゃが」
「なるほど……面白そうだ。では、しばし頑張ってみるとしよう」
 と、各自湖周辺に散開し――時光は「そ、その方が効率がよいでござるからなハハハ」と言いつつ常に誰かの傍にいたが――、氷樹林や岩壁のきわ、岩壁に出来た穴の中や湖のほとり、草むらや樹の根元などをめいめいに探してまわる。
 彼らが踏んだ通り、この周辺は多種多様な氷の宝庫だった。
 虹氷晶も、電飾として利用出来るほどではないものの、景品として提供するには申し分のない数が集まり、ひとまず収集部隊としての面目躍如といったところだろうか。
 その他、
「おお、この氷は面白いでござるな。見てくだされ侘助殿、林檎型の氷でござる。しかも中に光が灯っているのでござる。めるへんというやつでござるかなあ」
「へえ、綺麗やねぇ。わぇも面白いの見つけたで~。これな、中で雷みたいのんが弾けてるねん。食べてみたら、壱番世界の駄菓子みたいな、パチッとした楽しい食感やったわ。あとこっちは綿菓子っぽい食感で、冷たい水あめみたいで美味しかった。探せばあるもんやねぇ」
「そうでござるな。こういう、怪談ではない探索は楽しいのでござるがなあ。襲ってくる氷やポーズの変わる氷は要らないでござる。このまま心穏やかに採集が出来るよう、この先何もないように祈っておくでござる……」
 ここへくるまでに何かあったのか、フウ、と若干アンニュイな溜め息をつく時光の傍らを、これもトマト型に削るのじゃ! と大喜びのジュリエッタが、成人男子の頭部ほどもある真っ赤な氷を抱えて通り過ぎてゆく。
 ユエは人々の収穫物を興味深く見遣りつつ、自分もまた探索に精を出した。
 結果、
「他にも、こんなのはどうだ」
 小瓶に詰め込んだ虹色の水、中に金属っぽい質感の植物(のように見える何か)が入った氷晶、大量の水を蓄えられる珠、どんな熱いものでも乗せると凍らせる永久氷晶などなど、壱番世界ではなかなかお目にかかれないであろう珍しいアイテムを発見することが出来たのだった。
「これだけあれば、皆、喜んでくれるだろう」
「せやねぇ、大砲に詰め込まれて吹っ飛ばされる甲斐もありそうやわ」
「……そういえば、そのような催しの景品なのだったな。わりと過酷な気がするが……」
「そんなんへっちゃらや~ていう気合いの入ったロストナンバー、多そうやもんねぇ」
「確かに。では、猛者の気合いに応えられるような景品を引き続き探すとしようか」
「せやね」
 数日後に行われるお祭り騒ぎのため、景品集めはまだまだ続く。



 5.運の悪い人々

「うん、そうそう」
 ナオトはフッとニヒルに笑ってみせた。
「怖い氷なんて、昔ちょっと苦戦したアイスモンスターを思い出すよ。スゲーこえーの! そう、まさにキミらみたいなーって、やっぱりそういうの引いちゃう俺!?」
 ――穴に落ちて転がって転がってあちこちぶつけて悲鳴を上げながら辿り着いたら、目の前には巨大なあぎとを開いた鰐状の獰顎氷晶さんたちがいらっしゃいました。
「おいおい、こんなことなら誰でも入れる世界司書生命保険に入っとけばよかったよ……」
 最大で全長五メートルのワニさんな氷晶たち、ぎらぎらと眼を――これももちろん氷だ――輝かせ、明らかに食欲と判る殺意を立ち昇らせる連中を目の前に、ナオトはフゥとアンニュイな溜め息をつく。
 生きた氷の数は全部で五体。
 どうやらナオトが転がり込んでしまったのは、この鰐型獰顎氷晶たちの巣に相当する場所であったらしい。
「なんで俺ってこういうのばっか引くかな……え、もしかしてそういう運命なの? これからもずっとこんな感じ? 若干凹むわー」
 貧乏籤の寵児とでも名乗ればいいのか、覚醒以前も以後もあまり変わらない自分の属性に思わず哲学者のようなポーズで沈思黙考に入りかけたナオトだったが、鰐たちがガラスを引っ掻くような不快な咆哮を上げ、臨戦態勢を取ったのでそれどころではなくなってしまった。
 氷点下十度の世界なのに、鰐たちの放つ食欲まじりの殺意の所為で、妙に暑苦しく感じる。
 ナオトはもう一度溜め息をついてから、
「舐めるなよ……」
 ホルスターから銃を引き抜く。
 貧乏籤属性のツッコミマスターだろうが腐ってもゴーストバスターである。
「お前らみたいなモンスターは何回も相手してきた!」
 ここで怖じて尻込みしているようで、故郷の太陽に――暗闇の中で輝く光になることなど出来るだろうか。
 ――否。
「いいぜ、来い」
 身構えながら、ナオトは不敵に笑った。
「俺の銃でかち割ってやんよ」
 巨体に似合わぬ俊敏さで鰐型氷が襲い掛かってくる。
 一匹の前脚と、もう一匹の顎をかわし、流麗な動作で銃弾を撃ち込む。
 ガラスの破砕音に似た響きとともに、前脚を砕かれた鰐が怒りの咆哮を上げると、仲間意識があるのだろう、ほかの鰐たちがナオトを取り囲み、圧殺せんと殺到する。
「ぅおっ……とぉッ!?」
 それを見事な体捌きで紙一重に避けると、た・たんとステップを踏んで地面を蹴り、鰐の懐に肉薄、
「よいせ、っとぉ!」
 充分に重さを載せた蹴りで鰐の体制を崩させて、バランスの崩れたそいつの顔面に向かって引鉄を引く。
 金属とガラスを混ぜ合わせて振り回したかのような、耳障りで不快な絶叫。
 顔面を粉々にされた鰐型氷は、しばらくびくんびくんと痙攣していたが、しばらくすると長くごつごつとした尾をだらりと投げ出して動かなくなった。
「さぁ、次々来いよ、俺は急いでるんだ」
 ナオトは、にやり、と獰猛に笑ってみせ、低く唸る鰐型氷に向かって再度身構えた。
 と、そこへ、
「イケメンタヌキのおニィさんったらずるいッ! ひとりでそんな楽しいことしてるなんて!」
 耳慣れた声が響き、いやいや別にお楽しみってわけじゃ……とナオトが突っ込むより早く、トラベルギアである鉄板入りシューズに炎を纏わせた綾が飛び込んで来て、
「肉! 肉味の氷!」
 欲望に忠実すぎる叫びとともにファイティングポーズを取った。
「いやいや、だから肉の味がするかどうかは……大体にして鰐だし。鰐の肉って結構クセがあって食べにくいって聞いたことあるしなー」
「あ、そうなんだ? じゃあイケメンタヌキのおニィさんに毒見……もとい味見してもらってから食べようっと」
「うん、なんかもう俺の都合とか事情とかある種の人権とかまで丸無視だけど、まあそういうこともあるよね……」
 アルカイックスマイルを浮かべつつも、ふたりになったことで心強さが増したことは事実なので、並んで四体の鰐型氷を迎え撃つ。
「あーもうっ、楽しいなあ……!」
 嬉々とした表情で綾が飛び出してゆく。
「そういうときの綾ちゃんってホント活き活きしてるよねー」
 ナオトは苦笑しながらその後を追った。
 フォックスフォームのセクタンが繰り出す炎をトラベルギアに纏わせ、火属性を付加した蹴りを放つ綾に合わせて、熱で弱った部分に銃弾を撃ち込み、次々と猛獣氷晶を撃破してゆく。
 狭い『巣』に、不快な絶叫が反響した。

 * * * * *

 ナオトと綾が獅子奮迅の立ち回りをみせる『巣』から少し離れた場所では、チェキータ・シメールが熊型の猛獣氷晶に襲われていた。
 熊は全長七メートルほど。
 口からはすべてを凍りつかせる極寒のブレスを吐き、研ぎ澄まされた爪は刃のようだ。
「ふふん……」
 だが、チェキータは余裕の態度を崩さなかった。
 自身のトラベルギア、己の身体を薄く覆う特殊な冷気を吐き出す銀の鈴を発動させ、身体に接触するかされるかによって相手の触れた部位を凍結させるという冷気を固めて氷の鎧を作成、完璧な防御体勢を取っていたからだ。
「さあ、どこからでもかかって来い」
 ぐおおう、と吼えた――どこに声帯があるかは謎だ――熊型猛獣氷晶が恐ろしい勢いで突進してくる。
 振り上げられた前足が氷の鎧を直撃し、ガッ、と鈍い音を立てたが、チェキータはふふんと笑って拳を固め、熊の横っ面を殴りつけた。
 熊が怒りの咆哮を上げる。
 氷の爪がまたチェキータを襲ったが、やはりあまり効果はない。
「ふはは、馬鹿め、すでに凍ってるから利かないぞ!」
 高笑いするチェキータに、熊が怒りの声を上げ、そして――……チェキータに向かって極寒のブレスを吐いた。
 ブレスの威力は絶大で、あっという間に全身が凍りつき、身動きひとつ出来なくなる。
「あ」
 氷属性の攻撃を無効化できるとしても、ブレスに飲み込まれて鎧ごと凍らされてはどうしようもない。
「……」
 勝利の雄叫びを上げ、のしのしと近づいてくる熊型氷晶を前に、あれこれってもしかしてピンチ? と一瞬沈思黙考に入りかけたチェキータの耳を、
「ナニやってんのデカ猫」
 呆れたような声が打ち、それと同時に吹き付けられた火のブレスが、彼女を覆い尽くし拘束する氷の檻を瞬時に熔解させる。凍りついたのと同じくらいあっという間に自由を取り戻したチェキータは、
「……尻尾なし蜥蜴」
「貸しだからね」
 フフンと笑った緋夏に言われ、しまった、と苦虫噛み潰し系の顔をする。
 とはいえ助かったことに変わりはなく、
「……この、猛獣氷晶だっけ、食べられるのかな?」
「さあ。あまり美味しくはなさそうだけど。どちらにせよ斃さなかったら先に進めなさそうだしな」
「まあねー」
 対極である火を持つ緋夏に警戒の声を上げる熊を前に、
「あたしが火で牽制するからデカ猫はとどめってことで」
「判った」
「あんまり力加減してる余裕なさそうだし、巻き込んだらごめんね? あ、そういえば丸焼きになったデカ猫って美味しいのかなあ」
「……何故そこで喰う選択が出る……」
 どこまで本気なのか判らない、とぼやきつつ、ふたり並んで身構えるのだった。



 6.間の悪い人々

「氷で出来た河かー、やっぱ魚みたいなのがいるのかね?」
 きらきらと光を反射しながらゆったりと流れてゆく氷河を――壱番世界でいうところの氷河はここまでアクティヴには流れないが、便宜上そう呼ぶ――見下ろし、鰍はトラベルギアを取り出した。
 伸縮自在のウォレットチェーンに、先ほど収穫したバッタ型の氷を引っ掛け、河に垂らしてみる。
「さーて、何か釣れるかなー?」
 川べりに胡坐をかいて腰掛け、鼻歌など口ずさみつつ釣り糸ならぬ釣りギアを垂れる鰍の傍では、理星が甘い味のする氷を夢中で集めている。
「理星、何か美味いの見つかったか?」
「うん、チョコレート味のとアイスクリーム味の! 俺、0世界に来て初めて食べさせてもらったんだけど、あれとそっくりですげー美味いの。俺これ絶対持って帰るー! そんで、かじかじさんにカキ氷にしてもらうんだー」
「そうか、そりゃよかった。ま、たくさん集めて持って来いよ、いっぱいつくってやるから」
 名前の誤用に関してはやや諦観の域に達している鰍は、無邪気に氷集めを楽しんでいる理星を保護者然とした眼差しで見つめながら、『魚』を誘うべくチェーンをゆっくりと引いたり緩めたりを繰り返していた。
 と、コツン、とギアの先端に何かが触れたような感覚があって、鰍が、当たりか? と期待した時、

「ぎゃあああああああでででででで出たでござるううううううう!!」

 後方で断末魔めいた絶叫が上がり、何ごとかと思って振り向けば、いつの間にやってきていたのか、少し離れた場所で、時光と侘助が狼型の猛獣氷晶に追い詰められているのだった。
 全長三メートルほどのそれは、白銀に輝く身体を持つ、獰猛にして優美な、危険と判っていて見惚れずにはいられない、あまりにも美しい猛獣氷晶で、鰍は、あのふたり大丈夫かな、などと思いつつも、ついつい感嘆ととともに狼を見つめてしまっていた。
「すげぇな……こんなに躍動感あふれて、生き物にしか見えねぇってのに……あれも、氷なのか」
 思わず見学に回る鰍の眼前で、侘助が時光の背後に隠れつつ、
「わぇか弱い付喪神やし、頑張ってなー。それも一応氷やし、倒して採集するとええんとちゃうかなー」
 と、まったくもってやる気のない声援を送っている。
 当然、時光は半泣きだ。
「なななな何故拙者を盾にするでござるか侘助殿! 拙者魑魅魍魎の類いは駄目だとあれほど……ぎゃあああああこっちに来たでござるううううううう!!」
 鋭い眼光を放ちながら狼型氷が一歩踏み出すと、時光はものすごい絶叫とともに懐を探り、『悪霊退散』と書いてある古びた札を取り出した。
「なっ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏迷わず成仏!! せせせ拙者など食べても美味しくないでござるよ頼むでござるから早く三途の川を渡って下されというか助けて下されアクア殿ー! 五嶺殿ーっ!」
 鰍は、この世界で成仏って言葉は使えるのかなーっていうかここにも三途の川ってあるんだろうか、などと他人事のように思いつつ傍観していたが、時光が必死で呼ばわっても青羊とその化身は現れず、狼型氷とふたりとの距離は縮まって行くばかりだ。
 時光が失神寸前まで青褪め、あららら絶体絶命やわぁなどと侘助が他人事のように呟く中、ぐるりと頭を巡らせた狼の視線が、川べりで四つんばいになり、夢中で氷を探している理星を捕らえる。はたはたと揺れる大きな翼は大層美しく、また和みもするが、目立ちすぎるほど目立ってしまっているのもまた事実だ。
 きらり、と、狼の、白銀の双眸が――奇しくもその色は理星のそれらとそっくり同じだった――輝き、
「理星、危ねぇぞ!」
 鰍が危険を告げる暇もあればこそ、次の瞬間には跳躍した狼が、白銀のきらめきを纏った氷点下のブレスを放つ。
「えっ……うわぁッ!?」
 咄嗟に前方へ飛び込むようにして身を捩り、直撃は避けたものの、体勢を崩して転倒する理星。
「う、うう……」
 何とか起き上がったものの、どこか怪我をしたのか驚愕の表情でぷるぷるしている。
「大丈夫か、理星!」
 鰍が大慌てで駆け寄り、寄り添うと、
「は、羽……」
「どうした、羽に怪我をしたのか」
「凍っ……」
 みなまで言えないまま、理星の白銀の眼に大粒の涙が盛り上がる。
 えっと思って見遣れば、彼の美しい両翼の先端が、先ほどのブレスの所為だろう、凍り付いて固まってしまっていて、
「こ、ここではそんな酷いことするヒトいないと思ってたのに……ッ」
 要するに楽しすぎて油断していたということなのだろうが、よほどショックだったのだろう、理星は顔を覆ってさめざめと泣き出してしまった。
 もちろんそれを放っておける鰍ではなく、すぐに溶かしてやるから大丈夫……と狼を警戒しつつもフォローにまわろうとしたのだが、そこで唐突に、
「あーあ、泣かした」
「の、ようだ」
 空から声が降って来たので、理星の背を宥めるように撫でつつ上を見上げ、首を傾げた。
「お客さん泣かすとかもう最低ー。なに、【電気羊の欠伸】にそんな恥かかせたいってこと?」
「それは困る。沽券に関わるというやつだな」
「えーと……五嶺、と、あんたは?」
 少年のようにも少女のようにも見える青の夢守の傍らには、男にも女にも見えない、自ら光を放つような黒髪に黒曜石のような髪を持つ、五嶺と同じような出で立ちの人物が浮かんで、「えっ」という顔をしている――案外知能が高いのか、物凄く人間臭い表情だった――狼型氷とロストナンバーたちを見下ろしている。
「私か? 私は一衛(イチエ)だ。黒羊プールガートーリウムの化身だな」
 ふわり、と地面に降り立った夢守の傍らに黒い羊の姿はない。
「え、なんでここに」
「完全に物見遊山だ。個人的な興味だな」
「何を……ってか何に対する」
「無論、ロストナンバーへの」
「……見世物ですか俺ら」
「有り体に言えばそうだ」
 まったく悪びれない口調で言って、不思議な模様のある双眸を細めた一衛が鰍を見つめる。
「?」
「……お前からは懐かしい匂いがするな」
「はい?」
「星の匂い、空のにおい……滅びのにおい。不思議だ……何故、こんな感情が私の中に在る? 『彼』は、誰だ……?」
「???」
 鰍の『向こう側』にいる誰かを見つめているかのような謎めいた物言いに、彼が首を傾げている間に、五嶺が狼型氷に「お座り」をさせていた。
「そりゃまあ自由に生きるのがこの世界の掟だけど、もう少し配慮したっていいと思わない? ほら、せっかくあんなに楽しんでたのに、泣いちゃってるしー。あーあ、悪いんだー」
 猛獣だろうが氷だろうがここの支配者とその化身には弱いのか、狼は飼い犬がよくする『悪いことをしてご主人様に叱られている』顔をしていた。大きな頭を項垂れさせ、ふさふさの尻尾はしょんぼりと垂れ下がっている。
「……そういうことが出来るのなら最初から言ってほしかったでござる……」
 それを見て、ぐったり疲れた表情で時光が言う。
「せやねぇ。けど、大きな狼さんがあんな顔してるとちょっと和むわぁ」
「まあ……それは否定せぬが。意思疎通が可能と知っていればもう少しやりようもあったでござるよ……」
 ふたりの目の前では、しゅんとした狼がえぐえぐ泣いている理星の羽を舐めて氷を取り除き、それを見た鰍が苦笑して理星の頭を撫でる、というなんとも和やかな光景が展開されている。
「まぁ……ハッピーエンドっぽいからいいんじゃないの?」
 鰍がそう言った、そのときだった。
 一連の騒ぎの中でも河の中に垂れたままだったギアが、ぐんっ、と強い引きを示したのは。
「おっ、何か来た!?」
 鰍がチェーンを力いっぱい引くと、

 どっっっぱ――――――んんんん。

 川面から飛び出してきたのは、鮫型の獰顎氷晶だった。
 洞窟の光を反射して、無数の牙が――感情のない赤い眼が凶悪に光る。
「ぎゃー!?」
 全長は五メートルを超えるだろうか、鰍は予想外のサイズに思わず叫び声を上げていた。
「いやいやいやなにゆえそこで鮫っていうチョイスかなってまずここ河ですけど!?」
 びたーん! と腹から河原に落ちた鮫が、氷の欠片を辺りに振り撒きつつ、自分が釣り上げられたのはお前の所為だ的な怒りを立ち昇らせ、びちびち跳ねながら鰍に向かってくる。
 鰍は顔を引き攣らせた。
「バッタで鮫を釣るとか……エビで鯛を釣るってレベルじゃねーしホントはワカサギとか鮭とか鮪とか期待してたんだけどね!」
 言ったところで無駄と知りつつ叫び、
「ああもうチクショウ死なばもろともだっ!」
 犠牲者を増やすべく仲間たちの元へ走る鰍、
「ちょ、鰍殿、こっちへ来ないで欲しいでござる! そして侘助殿はいい加減拙者を盾にするのをやめた方がいいと思うでござるよ!」
 生け贄に差し出されて驚愕の表情の時光。
 鮫は、びったんばったん大暴れをしながら時光を跳ね飛ばし、傍観していた侘助を下敷きにし、狼と仲直りしてようやく笑顔を見せた理星を突き飛ばした後、大きく跳ねて鰍を巻き込んだ。
 触れると冷たいと言うより痛い塊に全身を満遍なくローリングされ、鰍はなすすべもなく地面に張り付く。
「ぎゃーっ!」
 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
 ――すっかり改心した狼型猛獣氷晶が、鮫型獰顎氷晶の尻尾を咥えて河にぽいっと捨ててくれるまで、悲鳴交じりの大騒ぎは続いたという。



 7.渋々持ち帰る人々

「あー……ひどい目に遭った……」
 集合場所付近の洞窟にて。
 ぐったりと憔悴しているのは、鰐型氷との戦闘の後、美味しそうだと思って口にした緑色の氷が激烈に辛かったり、葡萄味かなーと紫色の氷を食べたら猫耳が生えたり、赤色の氷を食べたら一時的に語尾がオネェ言葉に変わったり、とにかく何かしら口にするたびに何かが起きたりしたナオトである。
 そこは学べよ、とは常識人・鰍のツッコミだったが、せっかくこんな面白世界に来たのに試食しなかったら男が廃る……と思っているナオトなので、ある意味自業自得と言うべきなのかもしれない。
 しかし、語尾は何とか戻ったがふさふさの猫耳は続行中で、可愛らしく彼の頭部を彩っており、このまま帰ったら友人知人に何をいわれるか判ったものではない。ロストレイル内で効果が消えることを切に祈るナオトである。
「いいんだ、これ、全部持って帰ってカオス空間を創ってやるから……!」
 若干腹黒いことを呟く彼の傍らでは、涙目の時光がおどろおどろしい人体パーツ氷を五嶺に押し付けられ、ぶんぶんと首を横に振って拒否している。
「けけけけ結構でござる! こ、このようなものを持ち帰っても誰も喜ばないでござる、主に拙者が!」
「まあまあそう言わずに。だいじょうぶだって、この目玉型氷なんか、たまに瞬きまでしちゃう優れものなんだから。こっちの口型氷は時折呪いの言葉を吐いてくれるんだ、面白いでしょ」
「ははは、そうでござるな、大層面白……どこに面白さを見い出せばいいでござるかっ!? どう考えても悪夢突入間違いなしでござるよ! 結構でござるううううう!」
「ん? それは大変結構なことでございますねって? よかった、そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」
「ちょ、事実を歪曲するのはやめた方がいいと思うでござるよ!」
 すでに涙声で叫ぶ時光のツッコミも、確信犯のカホリのする五嶺には通じた様子もない。
「じゃあ、なんだっけ、あの乗り物に積み込んでおいてもらうね」
「少しは人の話を聞いてくだされーっ!」
 ――時光の受難はまだまだ続くようだ。
「いやあ、しかし楽しかったねー。面白い氷いっぱい集められたよ~。残念ながら等身大その人氷は見つからなかったんだけど」
「そうじゃのう、わたくしも虹氷晶に果氷晶、蜜氷晶に彩氷晶……美しくかつ美味な氷がたくさん集められたのじゃ。トマト型氷もたくさんつくれそうだしのう、これだけあれば、皆喜んでくれるじゃろうて」
「そうだな、それに興味深い世界だった。なにがどうなってこのような生態を有するに至ったか、一度じっくり調べてみたいものだ」
 綾はキャンディのようにカラフルな氷をたくさん集めてご満悦、ジュリエッタはトマト型氷が彩る盆踊り会場を想像してうっとり微笑み、この中でいちばんたくさんの景品を集めてきたユエは【電気羊の欠伸】そのものに対する興味を覚えたようだった。
 宝石のように輝きが美しく、色鮮やかで、濃厚でジューシーな味わいが楽しめる氷を大量に集めてきたチェキータと緋夏は、
「まあ、なんやかやで結構楽しかったかな。常夏頭とずっと一緒だった、ってのさえなければ」
「えー? あたしのお陰で助かったくせに、バカ猫は物覚えが悪いんだからー」
「何か言ったか、尻尾なし蜥蜴」
「べっつにー? デカ猫の聞き違えじゃないのー?」
 喧嘩するほど仲がいい、を素で実践している。
 と、そこへ、
「おーい、皆、待ってー」
 白銀の氷からなる狼型氷晶とともに、理星が集合場所へ戻って来た。
 どうやらすっかり仲良くなったらしく、狼は名残惜しそうだ。
 その首筋を、また遊びに来るから! と撫でつつ、理星が狼の背中から引っ張りおろしたのは、
「……理星?」
 氷で出来た理星像だった。
「違うよー、触ったらこうなったんだ。これ、五嶺が言ってた等身大その人氷だよね? なんか面白いからかじかじさんに上げようと思って」
 そう言って、氷の塊に全身をローリングされた所為であちこち擦り剥いたりしもやけになったりしてぐったりしている鰍に、特に重さを感じている風でもなく自分像を差し出そうとする。
「いやいやいや、ちょ、待って理星!? それもらってどう喜んだらいいかな、俺!?」
 地面におくと、氷は元の塊に戻ったが、鰍は戦々恐々としながらそれを見下ろした。
「要するに俺が触ると俺になるってことだろ。枕元に立たせとくと絶対夢に出るよねソレ……って誰が触ると思うか!」
 ネタ以外のなにものでもないブツに、ぶんぶんと首を横に振って拒否する鰍。
「まあ待て、鰍」
「なに、ロウ、ほしいの?」
「いや要らんが。時々勝手に動くんだろう、空き巣よけにいいんじゃないか」
「……0世界に空き巣っているんだろーか。っていうか盗られて困るようなものも特にないし、やっぱり要らな……」
「えー、かじかじさん、せっかく採って来たのに要らないの……?」
 要らない、と言おうとしたら、理星がしょぼんとした。
 その傍らで、狼もしょぼんとしている。
「あーあー、かじかじさんが理星さんと狼さんいじめてはるわ~」
「かじかじさんじゃねぇし虐めてもいね、」
「……要らないの?」
「うっ」
 上目遣いの理星の言葉に詰まったところで、侘助が天井付近を指差し、
「あっ」
「えっ」
 思わずつられて見上げたのち、何もねぇじゃん、と視線を戻した鰍に、
「はい」
 件の氷を押し付ける。
「あ、うん――……って、なにその騙し討ち!?」
 不意打ちだったのもあってほぼ無意識に受け取ってしまい、次の瞬間には鰍そっくりのその人氷が爆誕する次第である。
 この世の終わりのような顔をする鰍の内心はさておき、すらりとした身体を持つ彼のかたちをした氷は、すっきりとしたまとまりで大変見目もよろしく、五嶺が楽しげに笑った。
「わー、出来がいいねこの氷。よし、このまま固定してあげるねー、その方が持ち帰りやすいだろうし」
「いやいやいやなにその親切の押し売りっていうかやめて固定しないでえええええ!?」
 五嶺の申し出に目を剥き拒否するもときすでに遅し。
「あ、ほんまや、触っても変わらへんようになったわ。よかったなあかじかじさん」
「かじかじさんじゃねぇっつってんだろっつーかどっこもよくねえだろオオオオオオ!?」
 とはいえ、このままここにおいて帰るのも怖いので――釘など突きたてられたら同じ場所が痛みそうな精巧さだ――、喜んで押しいただく理由はないものの渋々お持ち帰り決定である。
 人体パーツ氷を持ち帰らされる時光とどちらが不幸だろうか、などと打ちひしがれながら考えた後、ハッとなって念を押す。
「仕方ねぇから持って帰るけど、いいか、絶対カキ氷にはすんなよ! 絶対だぞ!」
 ――もはやフラグでしかないと、鰍本人が気づいていたかどうか。
 この先、盆踊り大会で展開される鰍の受難は脇に置いておくとして、その辺りで時間切れとなり、
「さて、ではお暇するとしようかの。五嶺殿、楽しい一時をありがとう、また機会があればいずれ」
 ジュリエッタが流麗で優美な所作で五嶺に謝意を告げると、五嶺は頷きとともに笑って手を振った。
「うん、僕も賑やかで楽しかったよ、また来てね。次は温かい海空間でリゾートしにくるといいよ」
 五嶺の背後で、青い羊がまた来いとばかりにゥンバアアアアと鳴く間の抜けた声を背に、【電気羊の欠伸】をあとにする一行である。

 ――もちろん、盆踊り参加メンバーに関して言えば、騒ぎはまだ終わってはいない……というか、始まったばかりなのだが。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました!

募集時期とは打って変わった涼しさの中での公開となりましたが、大騒ぎの面白氷採集の中に過ぎ去った夏の暑苦しさを感じていただければ幸いです。

今回、さらっとと言いつつ結局字数ぎりぎりまで使っておりますので(お前に短文は無理だろ、という天からの声が響いたような気がしました……)、皆さんが仕込んでくださったネタを方々にちりばめることが出来ました。
素敵なプレイングをありがとうございました!

パーティシナリオにもご参加くださっている方々に関しては、これらを踏まえた上での描写をさせていただきますので、どうぞ今しばらく楽しみにお待ちくださいませ。

それでは、どうもありがとうございました。
また、次なるシナリオでお会いできるよう祈りつつ。
公開日時2010-09-25(土) 20:00

 

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