イラスト/御子柴晶(ixem2224)
人通りの少ない路地の奥に、ひっそりと静かな佇まいの店がある。しんとした空気を湛え、もう何年も時間の流れから取り残されたような。古びた印象は拭えないが、どこか懐かしい感じもする。「やあ、いらっしゃい」 人の気配を察してか、ドアを押し開けて店から顔を出したのは一人の女性。ちりんちりんと、ドアについた鈴が小さな音を立てる。「思い出の修理に来たのかな」 それならここで間違いないと、落ち着いた静かな声で言いながら女性は店から出てきて軽く一礼した。「わすれもの屋に、ようこそ」 さて、何から説明したものかなと女性は顎先に軽く手を当てた。「家が受けるのは、思い出の品の修理と創造だ。修理の場合は、奥にいる兄が受ける。手前味噌で恐縮だが、あの人にかかれば直せない物はない。何でも気軽に依頼してくれ」 但し、と女性は指を立てた。「兄にできるのは、形を元に戻すことだけだ。何も言わなければ新品同様にしてしまう。残したい傷や思い出は君にしか分からない、それは前もって話しておいてくれ」 直さずともいい傷はあるものだと頷いた女性は、優しく目を細めた。「勿論、リメイクも受けている。想いが刻々と変わるように、道具も姿を変えていいものだ。無から有は生み出せないが、カメラから湯飲みを作れと言ってもあの人ならやるかもしれないな」 どんな物になるかは保証の限りじゃないがと楽しそうに笑った女性は、次は私の紹介だなと軽く居住まいを正した。「私は、君の思い出から物を作る。どこかで失くしてしまった物、それと知らず置いてきてしまった物。せめて似た物でいいから手に入れたいと望むなら、何なりと。君の思い出を頼りに、作り上げよう」 材料を持ち込んでもらっても構わないぞと頷いた女性は、柔らかく優しく微笑んだ。「修理も創造も、すべては君の思い出次第。たまには過去を振り返り、思い出に浸ってみないか?」 どうしたいか迷っているなら相談にも乗るぞと気軽に告げた女性は、ご依頼お待ちしておりますと少しだけ丁寧に頭を下げた。
「修理を頼みたいんだけど」 ナオト・K・エルロットは言いながら白い銃を二丁、静かにカウンタに置いた。 「モンスターの鱗でも引っかかってるのか、ジャミングを起こすんだ。本来なら自分でやるんだけど、道具は向こうに置いてきたままで」 頼めるかなと尋ねると、勿論と頷いた店主は傷のあるグリップを示した。 「これは?」 「それは、ちょっとワケアリで」 頬をかきながら答えると、店主は察したように頷いた。 「それでは、銃を使える状態に直すだけの依頼で承ろう」 「ごめん、もう一個いいかな?」 尋ねながら取り上げた銃のグリップを外すと、ぼろぼろの写真が出てくる。少しだけそれを見つめ、店主の視線に気づいてにっと笑うと差し出した。 「これも綺麗にしてほしいんだけど」 無理かなの問いに返る応えの、どちらを期待しているのかは自分でも分からない。 店主はナオトの手にある写真を眺めると、大丈夫だとあっさりと頷いた。 「兄なら写真の欠片でもあれば復元してしまう。原形を留めているならわけもない」 聞いた答えに知らず息を吐いた自分に幾らか戸惑いながらも、それじゃあお願いしますと頭を下げた。 銃を渡して戻ってきた店主は、最近じゃないみたいだがと声をかけてきた。 「どうやら長く壊れていたようだが、戦うのに支障を来したんじゃないか?」 「ああ。大丈夫、あれは俺がいた世界でモンスターを倒す為の物だから。こっちに来てからは使ってないんだ」 「成る程。それでは次からの依頼は見込めそうにないな」 残念だと冗談めかして笑った店主に、ナオトも声を上げて笑った。 「それじゃ、別の物を壊した時には持ってくるよ」 「それは有難い。是非とも破壊行為に勤しんでくれ」 破壊神としての名を縦にしてくるといいと重々しく頷かれ、 「おうっ。必ずターミナル一のクラッシャーにって何この流れ、しないからね、そんな事したら間違いなくターミナルを追い出されるよね!?」 「くれぐれも家の名前は出さないように頼む」 「ちょっ、何その完全に俺を見捨てる気満々の発言! 捕まる時はわすれもの屋のせいだって断固主張するからね!?」 「……薬の常用者なら信用は薄いだろうか」 「やめて真顔で言うのっ。入る店を間違えた気がする!」 今からでも銃を奪い返して逃げるべきかと頭を抱えていると、楽しそうな笑い声が届いた。 「噂に違わぬ突っ込み体質だな」 薬の手配は面倒だからなかった事にしてくれと続けられ、手配が面倒じゃなかったら推奨しないよねと恐る恐る尋ねると笑みを深められる。洒落にならないってと苦笑したナオトは、気を使ってくれなくていいよと笑いかけた。 「聞かれるのが嫌なら、修理を頼みに来ないよ」 ボケ倒されても疲れるしと肩を竦めると、それは失敬と軽く謝罪される。 「日頃兄と二人ではボケる機会も少ないから、好機と思ったんだが」 「いやいや、季節イベントで好き勝手やってんでしょーが」 思わずびしっと裏手で突っ込むと、何の話だろうと惚けた店主に大きく溜め息をついたが。 話を逸らそうとしてくれる気遣いが嬉しいから、話す気にもなってちらりと店主を見た。 「……ちょっとだけ、昔話に付き合ってくれる?」 「ああ、聞かせてくれ」 どこか嬉しそうに微笑んだ店主に、懐かしい記憶を刺激される気分で目を細めた。 「──近所に、仲良くしてもらった兄さんと姉さんがいたんだ」 話し始めると、店主の視線がちらりと奥に向けられる。ナオトはその視線を追いかけるように、見えない思い出を遠く眺める。 「俺のいたのは太陽のない闇の世界で、モンスターが支配してたって言ってもいい。人は奴等の餌食になる為に存在しているようで、……俺はそれが嫌でさ」 皆が奴等に怯えて暮らさなくてもいいようにバスターになるのを決意したんだと続け、格好つけすぎかなと苦笑すると店主が小さく頭を振った。 「騎士のようで格好いいじゃないか」 「それ! 世界の鍵となる騎士になりたくて! だからバスターになった時、Kをつけたんだ」 覚悟を示す為、忘れない為。ナオト・K・エルロットと名を改め、二人にも会いに行った。 「写真はその時に撮ったんだ。バスターになるのを、心配したり冷やかされたりして。……銃に白いリボンがついてたろ? あれも、そこで二人に貰ったんだ」 それが何故なのか、未だに分からない。彼らはナオトがバスターになると聞いた時、どんな思いでいたのだろう? 思い出す場面はいつも同じ、けれど彼らがどんな表情を浮かべていたか明確には思い出せない。否、思い出すどれも違う気がする。 哀れむような、蔑むような。慰めるような、力づけるような? まだ何も知らなかったナオトと、全てを理解していた二人。数年経って敵対した時も、どんな表情を浮かべていたか……。 知らず黙り込んで握った拳を眺めていたナオトは、はっと店主の存在を思い出して顔を上げた。 先を促すでもなく、途切れた話に退屈を見せるでもなく。ただ彼が話し出すのを静かに待ってくれているのに気づき、面映い気分になって頬をかいた。 「間抜けな話だから、あんまりしたくないんだけど」 少しだけ言い訳めいた台詞に店主は微かに口許を緩め、それに勇気づけられたように続ける。 「二人ともヴァンパイアだったんだ。そういえば、いつまでたっても若いままだなーとは思ってたんだけど」 幼い頃は気づかないよね、だって小さかったんだし仕方ないって! と我ながら無理やりな主張をしていると、店主が言葉に迷っているのを察して頭をかいた。 どうしてナオトがそれを知ったのか。知って後、二人はどうしているのか。 誤魔化すのは簡単だが、それをする必要を感じないから屈辱を口にする。 「退治を依頼されたヴァンパイアが、その二人でさ。負けしました、物の見事に。悪かったね、ぼろ負けだよ大敗だよ完膚なきまでにトラウマなくらい惨敗だよっ」 吸血鬼なんて見たくもないと拳を震わせると、店主はそっと視線を外してくれた。気遣いが痛い。 「いっそ笑ってもらったほうがすっきりするんですが……っ」 「すまない、死者に鞭打つのは趣味ではなくて」 「って、そのほうがひどくない!?」 思わず立ち上がって抗議したところに、奥から男性が銃を手に出てきた。店主は大事そうにそれを受け取ると、ナオトに向き直ってきた。 「確認してもらえるか?」 言いながら渡された銃は手に馴染み、傷の感触も動かすたびに揺れるリボンもそのまま。そっとグリップを外して確認すると、写真も綺麗に直っている。覚えているままに、柔らかく笑った二人。 確認して元に戻し、撃鉄を起こすと何の引っかかりもなく弾が装填され、知らず詰めていた息をゆっくりと吐き出した。 彼の手に戻されたのは、バスターとしての決意。覚悟。何れこの銃を、再びあの二人に向けるだろう。 大好きだった。初めて知った時の衝撃も戸惑いもまだある。悲しみも憎しみも胸に凝るが、それを撃つと決めたのも自分だ。 対峙して、また狼狽えない保証はない。それでも戦う意志はある。戦えると認識して銃を握り直す。 「ありがとう。直してくれて」 「ご依頼の品、それで間違いありませんね?」 少し威儀を正して問いかけられ、真っ直ぐに目を見つめ返して確かにと笑うと店主も嬉しそうに口許を緩めて深々と頭を下げた。 「またのご来店、お待ちしております。いつなりと、あなたのおもいでなおします」
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