「何、こいつ。変な格好!」 キアラン・A・ウィシャートは、小声で呟いた。 目の前に居る少年は、ハットを被り、サングラスをかけ、ハイネックにベスト、おまけにコートを羽織るという完璧に日光を遮断する格好をしている。 (暑くね?) キアランはちらり、と空を見る。本日も、モフトピアは大変良い天気だ。太陽の恵みがさんさんと降り注いでいる。 (勿体無い格好しやがって) キアランは、軽く溜息をつく。 年がら年中、いつでも太陽が空を照らす世界出身のキアランにとって、太陽の光は常に共にあるものだ。それを浴びないなんて、ありえない。 「あちぃ……」 「それだけ着込めば、暑いだろうよ」 初対面なので、あくまでも、軽く。かるーく、キアランは突っ込んでおいた。 それなのに。 「変な格好の奴に、言われたくないね」 少年、ナオト・K・エルロットはぴしゃりと返してきた。 「へ、変な格好だと?」 「だって、そうだろ? 何だよ、その薄着。肌、焼けてるし!」 ナオトから見れば、キアランの方が十分変な格好をしている。 何せ、ナオトの出身は、年がら年中いつでも闇が空を支配している世界なのだから。 太陽、何それ? のレベルだ。 その所為で、日射病にでもなりそうな勢いだ。 「太陽の光を浴びれば、自然とこうなるんだよ。てか、ボウズのそのなまっ白い肌はどうしたんだ?」 「仕方ねーだろ! 元々、太陽なんて無い世界だったんだからよ!」 「ほほう、俺の世界と正反対って事か」 キアランの言葉に、互いが納得しあう。 だから、互いに変な格好をしているのか、と。 「まあ、いいや。さっさと行こうぜ」 ナオトはそう言い、くるりと踵を返す。 「おい、どこ行くんだ?」 「どこも何も! 探すんだろ? 迷子のアニモフちゃんをよ」 ナオトの言葉に、キアランは「ごもっとも」と言って頷く。 その為に、二人はこうしてモフトピアに降り立ったのだから。 アニモフの一人が、山から帰ってこないという。手を貸して欲しいと言う依頼に、ナオトとキアランは揃って挙手をした。 別に、言い合わせていたわけではない。たまたまだ。 こうして、出身世界が正反対の二人は、同じ依頼へと着手したのだった。 「案外大きいんだな、この山」 出かけていったと言われている山を見上げ、ナオトは呟く。相変わらずのふわふわ具合の地面だが、ずもももっと聳え立つ姿は立派だ。 「だが、道自体は一本道みたいだ。手分けするほどでもないだろう」 キアランはそう言って、登山口を指差す。特に迷子になりそうもない、真っ直ぐな道がそこにある。 「道から、逸れたんだろうな」 「とにかく、山の頂上目指しつつ、逸れていきそうな所を探していくしかねぇなァ」 分析するナオトにキアランはそう言い、揃って登山道へと足を踏み入れる。 登山道には木々が程よく点在している為、光と影がバランスよく存在していた。対照的な二人の格好も、そこまで気にならない程度である。 そうして暫く歩いて行くと、傍らに洞窟があるのをナオトは見つける。 「なぁ、オッサン。あれ、怪しくね?」 ナオトが指差す先にある洞窟を見て、キアランは「あ、ああ」と頷く。 ほんの少し、様子がおかしい。 だが、気にせずナオトは洞窟へと近づいていく。キアランもそれについていく。 「……案外、暗いな」 中を覗き込みつつ、ナオトは言う。「中、ちょっと見てみるか?」 そう言いながら振り返ると、キアランは洞窟の前で固まっていた。覗き込もうともせず、ただその場に立ち尽くしている。 「おい、オッサン?」 怪訝そうにナオトが言うと、キアランは「あ、ああ」とだけ答える。 「だ、だがな。この洞窟、そんなに重要じゃないかもしれんぞ」 「何でだよ? この中に入り込んでるかもしれないだろ」 「そ、それなら……そうだ、ボウズ! お前、ちょっと行ってこいよ」 キアランの提案に、ナオトは「はぁ?」と聞き返す。 「だ、だからだな。本当に、子の中にアニモフがいるかどうかを、ボウズがちょっくら見てくればいいじゃないか、と」 「だから、何でそういう事を言うんだよ?」 不思議そうにナオトが尋ねると、キアランは困ったような表情をし、ちら、と洞窟を見た。 洞窟の中は、太陽の光が届く事がなく、暗い。 真っ暗だ。 洞窟の中をちらちらと見るキアランに、ナオトはにやり、と笑う。 「まさか、オッサン。暗いのが怖いとか?」 びくっ、とキアランの体が震える。 「え、何なに? オッサン、いい年して暗いのが怖いのかよ」 「ば、ばばば、バカ言え!」 明らかに、ナオトの言葉に動揺するキアラン。 「なら、平気だってのかよ?」 「あ、あったり前だ! 怖いわけ、あ、あルかぁあ゛!」 うおおおお、とキアランが吠える。 「よし、じゃあ行けるよな?」 ナオトはそう言って、ぐい、と親指で洞窟の奥を指す。その途端、吠えていたキアランの動きが、ぴたりと止まる。 「……無理」 「ん、何だって? やっぱり怖いのか?」 「こ、怖くねぇぞぉおお!」 「よし、行くぜ!」 「うおおおお!」 目をキラキラさせながら促すナオトに乗せられ、キアランは勢い良く洞窟の中へと走り出す! ――何も怖くない、怖い訳が無い。 ――暗いのが、怖い訳、無い……! キアランは、何度も心の中で叫びつつ、両足を動かした。 よって、その様子を満面の笑みで見つめているナオトに、気づく事もなかったのだった。 数分後、入った時の勢いもなく、どんよりしながらキアランは洞窟から出てきた。 「いなかったなぁ、アニモフ」 「……ああ」 「中が入り組んでなかったのは、残ね……良かったけど」 ナオトの言葉に、ぴくりとキアランは体を震わせる。 「ボウズ、お前今、残念とか言おうとしなかったか?」 「まさか」 満面の笑みで答えるナオト。明らかに、楽しんでいる様子だ。 キアランは小さく「くそ」と呟き、気を取り直す。 今は、アニモフを見つけることが大事なのだから。 暫く歩いていると、ばあ、と木々から開けた場所が見えてきた。 太陽がさんさんと降り注ぐ、光の広場だ。 「おお、明るい場所じゃねぇか」 ぱあ、とキアランの顔が明るくなる。先程の洞窟とは、正反対の明るさだ。 「……そうだな」 明るくなったキアランと前方とは反対に、ナオトの顔が暗くなった。眉間に皺を寄せ、小さく舌打までしている。 「んだぁ、ボウズ? どうした」 「なんでもねぇよ」 吐き捨てるように言うナオトに、今度はキアランがピンと来る。 「もしかして、眩しいのがダメなのかぁ?」 「……うっさい」 「あー情けねぇな! ほれほれ、明るくて気持ち良さそうだぞ」 「うっさい! ダメじゃねぇよ」 「またまたー。なら、行こうぜ。太陽の光をさんさんと浴びる為に!」 「そんな必要、ないだろ!」 「あるある! アニモフ探さないとな。その為に、眩し……前進しないとな!」 「オッサン、今『眩しい場所』って言おうとしただろ」 ナオトの突っ込みに、キアランは笑顔のまま数秒固まる。 そしてゆっくりと、口を開く。 「……前進しないとな?」 「いや、絶対違うし!」 ナオトは再び突っ込み、はぁ、と大きな溜息をつく。 「別に、いいじゃねぇか。ちょっと避けたってさ」 「そうは行かないな。たとえ、ボウズが眩しいのがダメだっつっても」 「ダメじゃねぇんだって! 苦手なだけだよ!」 「ほほう、苦手か。それは、ダメって事だよなぁ?」 キアランは、満面の笑みで言う。洞窟でのやり取りを、思い返しつつ。 「いや、苦手なだけだ! ダメじゃねぇ!」 「よーし、なら行こうぜ!」 勢い良く言うキアランに、ナオトが「ばっ」と口にする。 「……なら暗闇行くぞ、オッサン!」 「ばばば、バカ言うな! 前に進まないでどうする!」 明るい場所と洞窟との狭間で、言い合いが始まった。 そうして幾分が過ぎた頃、もじもじと森の奥から「あの」と声をかけられた。 「……あの、どうしたの?」 「どうしたもこうしたも!」 「前に進まないボウズがいてな!」 「どうして、進まないの?」 「洞窟を、もっとしっかり見てない事に気付いたからだよ!」 「ははは、眩しいのがダメだからだろ?」 「うっさい!」 「わわ。喧嘩は、駄目なのー」 柔らかい物腰に、ナオトとキアランは一旦黙る。そして、声の主を見た。 ふわふわの、もふもふの、兎がちょこんとそこにいた。 「……迷子になってた、アニモフじゃないか?」 静かに尋ねるキアランに、アニモフは恥ずかしそうにもじもじと体を揺らす。 「な、何で僕が迷子って、知ってるのー?」 照れた様子のアニモフに、キアランとナオトは顔を見合わせて苦笑しあう。 「無事、見つけられたな」 ほっとしながら言うナオトに、キアランは胸を張って「俺のお陰だな」と言う。 「俺が前に進もうと言ったからこそ、だな」 「いやいや、そこで俺が力強く拒否したからこそ、じゃないか?」 「俺のお陰だろ?」 「いや、俺だって」 じっと、二人は睨み合う。 「ええい、まどろっこしい! あっち行って話つけるぞ!」 ぐい、とキアランが指差すのは、前方の明るい場所。 「バカいうな! 話つけるなら、こっちだろ!」 ぐい、とナオトが指差すのは、後方の暗い場所。 「明るい場所ダメだからだろうが!」 「苦手なだけだ! そっちこそ、暗いのが怖いくせに!」 「こここ、怖くなんか、ねぇぞぉ!」 「もうー、喧嘩、やめるのー!」 キアランとナオトの言い合いに、アニモフが仲裁に入る。 キアランは、アニモフの頭をぽふぽふと撫でる。 「大丈夫、これは喧嘩じゃない。平和的に、話し合いの場所を決めてるだけだからな」 「そうそう、大人しくオッサンがあの洞窟に行けば済むだけだよな」 「ははは、そこは目の前の広場だよな」 「洞窟だよな」 「広場だな」 じっと、二人は見つめあう。否、睨み合う。 「や、やめるのー!」 アニモフは叫び、キアランとナオトの手をギュッと握る。 「仲直りなのー」 ずい、とアニモフが二人を見上げる。つぶらな瞳が、二人を捕らえて離さない。 暫くの沈黙の後、はぁ、と先に大きく息を吐き出したのはキアランだった。 「しゃーない。今回は、引き分けという事で」 「ったく、仕方ねぇな」 がしっ、と二人は握手する。 一体何の勝負だったのか、今となってはよく分からない。が、とりあえずの決着を見せたようだ。 「良かったのー」 ほっとした様子のアニモフを、二人はじっと見つめる。 「因みに、アニモフちゃんは暗い場所と明るい場所、どっちが好きなんだ?」 「断然、明るい場所だよな? 光が気持ちいいし」 「いや、暗い場所だよな? 落ち着くし」 二人に言われ、アニモフは「えっとね」と口を開く。 「この、木陰が好きなのー。光と影が、程よくあってねー」 アニモフに言われ、キアランとナオトは上を見上げる。 なるほど、確かにこの木陰は心地よいかもしれない。 「大人だ……」 「大人だな……」 キアランとナオトはほぼ同時に呟き、顔を見合わせて笑った。 正反対の場所から来た二人だが、今居る場所は確かに同じなのだと思いながら。 <揺れる木陰を感じつつ・了>
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