ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
神託の都、メイム。この都を訪れる者たちの目的はひとつ、『夢を見る事』だ。 ミレーヌ・シャロンもその例に洩れず、石造りの建物の中にいた。燕尾服が皺にならないよう上着を脱ぎ、肌にふわりと優しい敷物に横になる。 そのままゆっくりと目を閉じれば、安眠作用のあるお香の効果もあってか程よい眠気が訪れた。 意識は深く落ち、夢の扉は開かれる―――― 「ここは……どこでしょうか……?」 気が付けば夜の帳が下りた森の中で、星と月の光が自分を照らしていた。よく見れば、その光を反射してうっすらと森が光っているようにも見える。 地面を確かめるようにトラベルギアでもある愛用の茶色のステッキをカツンと鳴らすと、まるでそれが合図だったかのように空からすっと下りてきた星々が木々に留まってまるで外灯のように灯りがぽん、ぽん、と点る。その灯りはミレーヌを案内するかのように道を作っているようだった。 「あらあら……不思議ですね、この道を行けばいいのでしょうか」 くるりとステッキを回し、それならばと少しだけ辺りを警戒しながらその道を歩きだす。 木々に留まった星がざわめき、しゃらんしゃらんと耳に心地よい音が響く。その音を聞きながらミレーヌはあの日の事を思い出していた。 師がいなくなった、あの日の事を。 書の行方を追って師が行方知れずになってしまったあの日も、自分はこうやって歩いて師を探していたのだっけとミレーヌがぽつりと呟くと、木の先からひとつ星がミレーヌの手のひらへと落とされた。 そっとその光を覗き込むと、あの日師の友人から渡された手紙を読んでいる自分が見えた。 師からの手紙には『書の行方を追わず平凡な生を生きてほしい』と書かれていて、暗に自分の行方は追うなと言う師の言葉にただ首を振りながら泣いている自分。 平凡な人生なんかいらない、師がいない人生なんて考えられないと呟いたあの日。 いつも隣にいて、時に後ろを追いかけて、このままずっと一緒にいれると思っていた師の存在はミレーヌの心にはなくてはならない支え、それ以上の存在になっていたのだと……。 「師は、きっと気付いてはいないのでしょうね」 手のひらでまたたく星が、ゆっくりとその光を消していくと見えていた光景も消えた。 旅に出た切欠を不意に見せられてミレーヌが穏やかな笑みを浮かべる。その笑顔はいなくなった師に少し似ている事にミレーヌは気付いているだろうか。 師の事を思う時のミレーヌの笑顔は、ミレーヌに向けて笑う師の笑顔のそれと等しく穏やかなものだ。それは、人が人を思う時の笑顔だ。 その事に、未だ気が付かないままミレーヌは先を進んだ。木々に留まった星の灯りを追いかけ、師を思う。 もしかしたら、この先に師がいるかもしれないと仄かな期待を胸に抱いているのかも知れない。 「―――」 宝物のように、そっと師の名前を口にすると先程のようにミレーヌの手のひらに星がひとつ、ふわりと舞い込む。 覗き込めば、そこには自分だけの秘密が見えた。 今よりもずっと昔の幼い自分、そしてその自分と同じ分だけ年若い師がその中にいた。 「師を、師と仰ぐ前に出会っていたなんて……きっと覚えていないでしょうね」 それは、師にも話していない事。 その時から、ずっと恋をしているなんて……誰にも、言えない。 弟子になったのも、それが動機なんて知ったら師はどうするだろうかと考えて、ミレーヌがくすりと笑った。 確かに学ぶ事は好きだったし歴史にも興味はあった。けれど、隣にいれば同じ景色が、同じ何かが見れると思って師事したのも確かだ。 なんて不順な動機だと自分でも思うけれど、隣に、貴方の隣に居たかったのだと。 好き、なのだと。 だから、今……貴方がいない事がとても、寂しい。 ミレーヌの瞳から、一滴の涙が頬を伝って手のひらの星へと落ちる。涙を受けて、星の光が消えると浮かんでいた秘密も消えた。 そっと指で涙を拭うと、ステッキをカツンと突いて歩き出す。 師が行方不明になった後、言い付けに背いて書を追った事。書の研究は確かに興味深いものだったけれど、それよりも、何よりも私には貴方が隣にいない事が耐えられなかったのだと……いつかその先で会った時にそれを伝えた時、貴方は怒るだろうか、困るのだろうか、……喜んで、くれるだろうか。 「わからないけれど、私は必ず師を……貴方を見つけ出す」 そして、いつか必ず伝えたい。 「貴方が、好き」 呟いた言葉は木々を駆け抜ける風に乗り、星へと宿る。 言葉を灯した星はより一層強く光って辺りを眩しく照らしだした。 眩しくて足元が見えないけれど、ミレーヌの足取りは確かに地を踏みしめ、前へと進む。 それが、師に会えるたった一つの術であるかのように。 眩しい光に包まれて、前が見えなくなっても歩く事を止めない。 僅かに開いた視界のその先に、優しい、穏やかな笑顔が見えた気がした。 「――――――っ」 跳ねるように飛び起きて、辺りを見回すとそこは薄暗い天幕の中でミレーヌは詰めた息をゆっくりと吐き出す。 最後に見えたあの笑顔は間違いなく、師の笑顔。 「きっと、会える…。ううん、絶対に会える」 夢の中で見た、あの笑顔をもう一度掴まえる。 今一度、そう決めたミレーヌの笑顔は師のように穏やかで優しい笑みだった。
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