ブルーインブルーでしばらく過ごすと、潮の匂いや海鳥の声にはすぐに慣れてしまう。意識の表層にはとどまらなくなったそれらに再び気づくのは、ふと気持ちをゆるめた瞬間だ。 希望の階（きざはし）・ジャンクヘヴン――。ブルーインブルーの海上都市群の盟主であるこの都市を、旅人が訪れるのはたいていなんらかの冒険依頼にもとづいてのことだ。だから意外と、落ち着いてこの街を歩いてみたものは少ないのかもしれない。 だから帰還の列車を待つまでの間、あるいは護衛する船の支度が整うまでの間、すこしだけジャンクヘヴンを歩いて見よう。 明るい日差しの下、密集した建物のあいだには洗濯物が翻り、活気ある人々の生活を見ることができる。 市場では新鮮な海産物が取引され、ふと路地を曲がれば、荒くれ船乗り御用達の酒場や賭場もある。 ブルーインブルーに、人間が生活できる土地は少ない。だからこそ、海上都市には実に濃密な人生が凝縮している。ジャンクヘヴンの街を歩けば、それに気づくことができるだろう。●ご案内このソロシナリオでは「ジャンクヘヴンを観光する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてジャンクヘヴンを歩いてみることにしました。一体、どんなものに出会えるでしょうか？このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが見つけたいもの（「美味しい魚が食べられるお店」など）・それを見つけるための方法・目的のものを見つけた場合の反応や行動などを書くようにして下さい。「見つけたいものが存在しない」か、「見つけるための方法が不適切」と判断されると、残念ながら目的を果たせないこともありますが、あらかじめご了承下さい。また、もしかすると、目的のものとは別に思わぬものに出くわすこともあるかもしれません。
「えぇ天気やな～！海は青いし、お天とさんは燦々や！」 ジャンクヘヴンに居れば、何処からともなく流れてくる潮の香りを胸一杯に吸い込みながらフィン・クリューズが背伸びをしつつ空を見上げる。 帰りの列車に乗り込むまでの暫しの時間を有意義に使おうと、ジャンクヘブンの街中を悠々と歩く。 折角の見渡す限りの海を目にして釣り好きの血がざわめくのはご愛嬌、通りがかった街の人間に声を掛けて釣具屋の場所を尋ねる。 「この辺で、良さそうな釣具屋ってあらへんか？」 フィンの艶やかな青い肌と、イルカにも似た愛嬌のある顔をほんの少しだけ珍しそうに眺めてから、声を掛けられた娘が笑顔で答えた。 「それならこの先の道を真っ直ぐ行って、右に曲がった所にあるわ。小さいけれど、とても親切なお爺ちゃんがいるお店なの」 教えられた道行きを持参のメモ帳に書き付ける。 「ありがとな～、早速いってみるわ！」 教えてくれた娘にちょんっと頭を下げて、言われた道を行く。道行く人々はとても陽気で、フィンもなんだか楽しくなってしまう。 うきうきとした気持ちでお目当ての釣具屋を見つけると早速扉を開いて中へと入る。確かにそこは娘が言ったとおり、こじんまりとしたお店だったけれど置いてある品はいい物ばかりだ。 今回は依頼の後だという事もあり、釣具自体そんなに持ってきていないのとルアーコレクションも増やしたいと言うフィンの希望もあってゆっくりと店内を見て回る。 最初は釣り餌、それから釣り糸に釣り針を選ぶ。それからルアー売り場を眺めると、多種多様なルアーに目を奪われてフィンが感嘆の声を上げた。 「ぎょーさんあんねんなぁ、しかも滅多に見れへんのもあるやんか」 「ほっほ、釣りはお好きかな、お客さん」 そう店主に声を掛けられ、フィンがもちろんやと答えると嬉しそうに店主がひとつルアーを手に取ってフィンへと見せる。 それはフィンが一番最初に目を留めたルアーで、色が白く少しキラキラと光る物。一番のお勧めだと言われたのもあって、それに決めた。 必要最低限な釣具を手にし、レジでお会計をすませて店を出る前にフィンが店主へと声を掛けた。 「なぁお爺さん、大物が居たり面白い魚が居たりしてる釣り場ってあらへん？」 「そうさなぁ、それならそこの坂を下って行くとすぐ海に着く。そこを左に行くと岩場があってな、そこで釣りをするのがえぇかもしれんのう。結構な大物がいるはずじゃて」 大物、と聞いてフィンの円らな緑の瞳がきらりと光る。 「行ってみるわ、ありがとなお爺さん！」 「毎度あり、あんたに海の恵みがありますように」 海の恵みがありますように、と言う言葉にイルカの様な尻尾をくるんと揺らして店を出た。 坂を下って歩くと、潮の香りが一段と濃くなった様な気がする。波音も近い、魚が跳ねる音さえ聞こえる様だ。 左に向かうと、教えてもらったとおり岩場があった。ふっと覗くと、そこには先客が数名いて既に釣りを楽しんでいる。 邪魔にならないように声を掛けると陽気な声が返ってきて、フィンは嬉しくなって手を振った。 「さー、ボクも張り切って釣るとしよか」 フィンのトラベルギアでもある【セプテムマーレ】は釣竿型で、戦闘時には頼もしい相棒でもあるけれど、釣りをする時にも使える優れものである。 【セプテムマーレ】の釣竿の鎖を買った釣り糸と釣り針に付け替えて、釣りの準備を整える。慣れた手付きでルアーと釣り餌を付け、いざ海釣り！ 「狙うは大物っ！釣ったるで～～！！」 気合は十分、波のコンディションもばっちりだ。 ひゅんと釣り糸を垂らし、魚が食いつくのをじっと待つ。 焦らずに、ただゆっくりと潮の音を聞き心地よい太陽の光を浴びるのはなんと言う贅沢だろうと思う。うっかり昼寝をしてしまいたくなるくらいだけれど、そうすると魚の動きが分からなくなるからぐっと我慢する。 そうして暫く待つと、くんっと糸を引く感触が釣竿からそれを掴む手へと伝わって、魚が掛かったのだとフィンに伝えた。 きりきりとリールを魚の動きに合わせて回し、慎重に魚を引き寄せる。ぐいっと竿を引っ張られる感触に、大物ではないかとフィンの胸に期待が走る。 「逃さへんで～～！絶対釣り上げたるからなぁ！」 その声に隣で釣りをしていた男が顔を上げて、タモを用意してフィンの横に付いてくれた。 「兄ちゃん、大物かい？」 「そやったらえぇな～って思ってるとこなんやけど、っとぉ！」 餌に食い付いた魚との根競べはフィンに勝利の女神が微笑んだようで、今だと竿を引き上げたその先には銀色に光る魚があった。 すかさず慣れた手付きでタモを持った男がそれを掬い入れて、我が事のように喜びながらフィンへとその魚を差し出してくれる。 「こりゃー中々の大物じゃねぇか、やったなぁ兄ちゃん！」 ４０ｃｍはあるかという魚に、フィンも驚きと喜びをあらわにして男に笑顔を返す。 「おじちゃん、よかったらこれで撮ってくれへん？」 フィンから差し出されたカメラを快く引き受けて、男が構えるとフィンが腰に手を当て釣った魚をもう片方の手で持ってポーズを付ける。 パシャリと一枚、もう一枚、と撮ってもらうとカメラを受け取って頭を下げた。 「ありがとうやで、おじちゃん！」 「いいって事よ、今夜はそいつで豪勢にやんな！」 そう言われ、ふと時計に目をやると列車が出る時刻に針が近くなっていた。 「あかん、ボクもう帰らんと。よかったら、おじちゃんがこいつもらってくれへん？」 釣り上げた獲物をそっと男へを差し出す。 「なんでぇ、持って帰らねぇのかい？」 「うん、ボク持って帰る用のボックスもあらへんし。こいつを持ってったらちょっと迷惑かけてしまうかもしれへんから」 旅行者なら仕方のない事かと男も納得し、フィンから魚を受け取ると代わりにこいつを持ってきな、とフィンに小さい包みを渡す。 「握り飯だけどな、よかったら帰りの船で食いな！」 船ではなく列車だけれど、そこは黙っておく事にした。 「ありがとう、おじちゃん！」 「いいって事よ、こっちこそいい魚が持って帰れんだ。女房と子どもが喜ぶってもんさ」 自分が釣った魚が、誰かの喜ぶ顔に繋がるならそれはとても素敵な事だとフィンの頬が綻ぶ。 海の恵みがありますように、釣具屋を出る時にお爺さんが言ったその言葉がふと脳裏に甦る。 「おじちゃんにも、海の恵みがありますように！」 「おぉ、兄ちゃんにも海の恵みがありますようにってなぁ！」 海の恵みは人から人へ、巡り巡っていつしか自分にも来るのだろう。 岩場を後にして、列車が待つ場所へと歩き出す。 道行く間、すれ違う人々にも海の恵みがありますようにと心の中で呟く。 その歩く姿は、海を自由に泳ぐ魚のように軽快で楽しそうだった。
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