荒れ果てた不毛の凍土が支配し、機械生命体『マキーナ』が跳梁跋扈する世界。 凍れる大気と死の使いに震え地下へ落ち、その安住の地すら奪われることを強いられた世界。 ――永久戦場・カンダータ カンダータより世界図書館への入電が、この物語の幕を開ける。『来る某日、地下都市ディナリア奪還作戦を決行す、援助されたし』◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆――カンダータ対西戎軍第弐連隊駐屯地、機械生命が暴威の爪痕も生々しい鋼鉄の敷居に囲まれた土地。 彼の地に降り立ったのは、4名のロストナンバー。 カンダータ兵に案内され、司令部に向かう彼らの眼に映るのは、塵を巻き上げながら低空を飛行する戦闘車両、装着型と思わしき厳しい装甲の外骨格、機械化した四肢・レンズ状の義眼さらす男……壱番世界においてはフィクションとされる兵器群、――そして、杖をついた老人、それを支える使い古した服にエプロンを着た婦人、足元を走り回るぼろぼろの服を着た子供達。 歩哨の立つ一際大きなテント、ロストナンバー達を案内したカンダータ兵と歩哨は一二言やり取りすると、ロストナンバー達を司令部へと通す。 司令部には、4名の男女がいた。 中央に立つのは、身の丈は2Mを超すであろう巨漢、その傍らには、長身の美丈夫。少しはなれ、全身を強化外骨格に身を包みヘルメットを脇に抱えた少年。そして、ミラーシェードで眼差しを隠し、ミリタリースーツに身を包む妙齢の女性。 「うわっはははっはっは!! よく来たなロストナンバー!! 歓迎するぜ」 まずロストナンバー達を迎えたのは、巨漢の豪快な笑い声。むくつけき笑顔を浮かべて握手を求め腕を伸ばす。「俺の名前はグスタフだ、ここの連隊長をしてる。よろしくな」 「ここにはうちの幹部達が揃ってる、紹介するぜ」「まず、このひょろっとしたのがセルガだ。俺とは20年来の付き合いだ。小難しいことは全部こいつがやってくれてる」 指さされた長身の男、セルガは、柔和な笑みを浮かべロストナンバーに一礼する。「ようこそカンダータへ、兵站と機動兵器及び情報戦を担当してるセルガと申します。このたびは我が隊への助力ありがとうございます」「次はこいつだ。おい、イアン挨拶しな」 声をかけられたのは、強化外骨格の少年。 グスタフの声に反応し、鋭い眼光でロストナンバーを一瞥すると、言葉もなく司令官室を去ってしまう。「おい! イアン!! チッ、礼儀がなってねえ糞餓鬼だ。おっとすまねえなロストナンバーさんよ。あいつにゃあ後でたっぷり教育してやっからよ、勘弁してくんな」「まあまあ……、イアン君は親族が世界図書館との戦闘で儚くなってますからね。彼については私から紹介しますね。彼は、我が連隊のマキーナ撃墜の年間レコードホルダーなんですよ。強化外骨格に身を包んでケンポーですか? 徒手空拳のみで戦闘を行います。小回りが利く軽歩兵の指揮を担当しています」「まあ普段の愛想はもうちっとましなんだがな、実力は確かだ。まあ可愛がってくれや」「で、だ、最後に……」「最後にって、随分ご挨拶な紹介ねグスタフ。自己紹介くらい自分でするわ」「私はミズカ、よろしくねロストナンバーさん。メカニックメンテナンスと潜入工作の担当よ。最も、マキーナ相手じゃ出番薄いけどね」「それに加えて、ミズカさんは室内戦のエキスパートでもあります。全身義体のため単独での戦闘力はイアン君に匹敵します」「まあ、こいつが一番つええのは寝台の上だがな、イアンじゃぜってえかなわねえ」「グスタフ先生ぃ、ちょ~っと今の聞き捨てなんないんだけど」「うるせえ、おめえのせいでせっかくの援軍が潰されちまったらどうするんだよ糞ビッチが」「ひっどいわね、ああそうだロストナンバーさん、もひとつだけ。ミラーシェードに触るのはヤメテね、指紋が着くから」 グスタフは厳つい顔を手のひらで覆い天を仰ぎ、セルガはやれやれと肩を竦める。◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆――カンダータ軍酒場 ドラム缶の上にベニアを敷いただけのテーブル、振舞われるのは混ぜ物だらけの合成酒に蒸かした芋。ロストナンバー達は、カンダータ軍式の歓迎を受けていた。 賭けアームレスリングに興じる青年、どうやら20人抜きを達成。堪えかねたのか隊のリーダらしき少年が挑む。札替わりのコルク栓が飛びかいやんややんやと大騒ぎ。 自らのボスの無茶に相槌を打ち、意気投合する二人の中年。互いの苦笑いの裏にあるのは確たる信頼か。 際どい話をする女に、場違いなほど紳士的な風体で、慇懃無礼な受け答えをとる男、馬鹿笑いする上司がいつ切れるか脂汗を流しながら遠巻きにする部下たち。 そんな空気に馴染めぬ男は一人、酒場を辞した。 カンダータ特有の寒風、戦地の空を見上げ一人佇む。「よぉ、どうしたぁ? もう上がりか? ん~?」「……」「なんでぇ、無愛想な奴だな。……まあいい、ちょっと付き合いな」 男の隣に座るグスタフは誰にとなく話す。「ここはな、ノアに取って都合の悪い人間を放逐する廃棄所よ。政治犯、思想犯、軍規違反、政争に負けて落ちぶれた奴、食い詰め者……掃き溜めだらけの最前線ってやつだ」 ぐびっと杯を呷るグスタフ。「胸糞わりい話だぜ、ノアが逃げるための時間稼ぎよ。あいつらは、異世界に侵攻はできてもカンダータは守れねえってよ。不毛の世界だろうがマキーナがいようが、ここが俺達の世界だろうが……」「まあ、お前さんらに凹まされて方針変換だとよザマアねえな。……おっと、悪く言ってるわけじゃねえぜ、まあよろしく頼むぜ」 グスタフは男の背を、大きな掌でぼんと叩くとふらふらと去っていった。◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆――作戦会議室、プロジェクターが写す映像とその反射光が部屋を照らす。 プロジェクターの移す映像をの傍らに立つセルガが話をはじめる。「それでは、ディナリア奪還作戦ミーティングを開始します」「まずは、敵戦力……地下都市に生息するマキーナ群について確認されている情報を説明します。本都市におけるマキーナ群は、社会性昆虫のような生態を持っています。役割によって能力、数が異なる模様です」 セルガが手元の端末を操作すると、次々と画像が遷移しマキーナの情報が表示される。・ワーカークラスマキーナ ワーカークラスマキーナは比較的戦闘能力の低いエネルギー回収を目的とした生態を持つ。 一定期間ごとにエネルギープラントへの回収行動が確認されている。 回収対象は、有機生に命体。 特徴的な個体は以下の二種類。 1)モスキート:立方体から注射針と羽が生えたような形状。注射針にて吸血行為を行う。伝染病を媒介する。 2)ミキサー:四肢の付いたフードプロセッサー。有機生命体をミンチにして回収する。 機体数:2000前後・ソルジャークラスマキーナ ソルジャークラスマキーナは、ワーカークラスの防衛、近隣への侵略を目的とした生態を持つ。 特徴的な個体は以下の二種類 1)ウォーカー:六脚の蟲のような形状、胴体に荷電粒子砲を備え、前脚から生える爪は高速振動剣である。天井、壁を縦横無尽に這いまわり、室内戦に強い。 2)フライヤー:巨大な蚊のような形状、生体ミサイル及びガトリング砲で武装する。ホバリング可能で屋外戦に強い。 ※生体ミサイルは、マキーナの体内で生成され熱反応を自動追尾するロケット弾 機体数:1000前後・ウォーリアクラスマキーナ ウォーリアクラスマキーナは、強力なソルジャークラスマキーナ個体を便宜上分けたものです。 生態は、ソルジャークラスマキーナと同様ですが、戦闘能力はより強力であることが確認されており、ソルジャークラスマキーナを率いているケースも確認されています。 特徴的な個体は以下 1)ウォーリア:直立した蟻、通称白い絶望。至近距離からであっても軽火器が通用しない外皮を持っています。音速に迫る機動速度を持ち背中の羽でホバリングすることも可能です。生体ミサイル、荷電粒子砲、4本の爪型高速振動剣を装備しています。 機体数:50前後 ・ジェネラルクラスマキーナ 不確定の情報が多いが、ウォーリアクラスマキーナ以上の能力をもつと目されるマキーナ。生態は不明。 わずかでも情報のある個体は以下 1)6本腕の人型の個体。胸部からガトリングガンを装備、6本の腕から単分子ワイヤーを放つ。ワーカークラスマキーナに付着させた追跡カメラにて存在が確認された。 2)光学迷彩で操る個体。全体形状は確認されていない。当該個体が戦場にいる場合に、中空よりエネルギー熱線が発射されることが確認されている。 機体数:2もしくはそれ以上「機体数は熱源サーチより判断されるおおよその数です、正確とはいえません」「また、この情報に加えて本マキーナ群については、社会性の頂点となる生態がいることが予測されます。これについては、作戦の詳細にて説明させて頂きます」――プロジェクタの表示が、カンダータ対西戎軍第弐連隊の兵力を示す表に切り替わる。 「これに対して我々の戦力は、ホバータンク30両、強化外骨格兵50、義体兵50、歩兵1000です」――プロジェクタの表示が、奇怪な風貌の機械生命体の姿から都市図に切り替わる。 その姿は壱番世界に現存する地下都市とは異なり、都市機能が地下にあるという体裁であった。「次に、侵攻を行う都市の情報を説明致します」「本都市は、行政府、エネルギープラント、上下水送発電施設といったインフラ設備、食料生成プラントを中心に、工業地帯、商業地帯、住宅街が同心円状に存在します。単独で自給が可能な都市ですが、防衛能力等取り立てて軍事的に優れているところはありません。地図を皆さんに共有しますので配置を覚えてください」――プロジェクタ上の地図に線が描かれ、発電施設へ赤い点とかえる。「最後に本題、この侵攻作戦の骨子です」「最重要ターゲットは、発電施設の奥にいると推測される、本マキーナ群の社会性の頂点となる個体、『クィーン』と呼称させて頂きます、です。ワーカクラスマキーナの挙動および熱源サーチからこの場所に、特別な固体が存在する可能性は高いと断じています。社会性の頂点が崩れれば、他のマキーナが統制が失われる可能性が推察されます。勿論、それが誤りで有る可能性はありますが、発電設備の占拠は、補給拠点の増加により、マキーナ殲滅戦を有利にします」「奪還作戦は、機動戦力によるエネルギープラントへの橋頭堡の確保を実施、然る後に強化外骨格兵と義体兵による発電設備の占拠。そして都市のマキーナの殲滅という三フェースにて実施します。なお、各種施設は今後の利用を考えているためなるべく損壊が少なくなるようお願い致します」――プロジェクタの表示が消え、部屋の照明がつく。「野郎ども、俺達の敵は誰だ? 異世界人か?」「「「NO! NO!! NO!!」」」「倒すべき相手は誰だ?」「「「マキーナ! マキーナ!! マキーナ!!」」」「命は惜しいか?」「「「NO! NO!! NO!!」」」「お前らは何のために戦う?」「「「カンダータ! カンダータ!! カンダータ!!」」」 グスタフが叫び、カンダータ対西戎軍第弐連隊は氣焔を上げた。◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆――ヒトマルマルマル、ディナリア奪回戦開始!!=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>コタロ・ムラタナ(cxvf2951) アキ・ニエメラ(cuyc4448) Q・ヤスウィルヴィーネ(chrz8012) ラグレス(cwhn8434) =========
『地下都市ディナリア』 理想都市ノアから離れ、かつてカンダータ人類圏最西端にあった都市。 現在は人類は駆逐され、機械生命体を主とする街。 ロストナンバー、そしてカンダータ対西戎軍第弐連隊はディナリアを奪還すべく機械生命体との戦端を開くこととなる。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ――狭苦しいホバータンクの中、割れた無線での会話が聞こえる。 「作戦、戦闘フェイズへの移行まで600」 「各隊、点呼報告せよ」 「報告。伊号ホバータンク、異常。呂号で牽引中」 ホバータンクの中は、ひどく狭く暗い。空調が故障したのか、兵の臭気、機械油、鉄の焼ける匂いが混じり殺人的だ。同乗者の表情は優れない。 「伊号、詳細報告せよ」 「伊号了解。駆動系に異常発生、電装系および兵装は可動。なお同乗者は、ロストナンバームラナタ氏以下5名」 「指令車了解、伊号は爆装……」「ふざけるな、整備は何してやがる!!!」 無線越し聞こえる、冷静に指示を出すセルガと怒髪をつくグスタフの声。 コタロ・ムラナタは、心底申し訳なさげに、ホバータンクの低い天井を仰ぎみた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「戦闘距離2000、マキーナ索敵範囲……入りました。レーダー波発射……反応およそ1000」 「戦闘フェイズ、開始まで後60」 指令車のレーダーサイトに映る無数の光点、個別化することも叶わぬ連続した形状がマキーナの数を無言で告げる。 「いやいや、聞いてはいましたが、敵側の戦力は凄まじいものが有りますな」 煙草を求めて胸ポケットをまさぐりながら、ヤスウィルヴィーネが呟く。緊張感のない間延びした声に聞こえるが、咄嗟に一服を求めてしまうのは、張り詰めた空気故か。 「あっと、失礼しました。車内は禁煙ですよね?」 あはは、笑いながら煙草を片付けようとする腕を、巨漢の腕が制止する。反射的に、隊長の怒りの表情を思い浮かべ顔を引きつらせるヤスウィルヴィーネ。 帰ってきた言葉は想像とは異なった。 「出しちまったもんを引っ込めるこたねえぜ、ロストナンバー、兵士には最高のメンタルでやってもらいてぇしな。……だから、一本奢ってくれ、頼む、な!」 拝み倒さんばかりのグスタフに苦笑を浮かべ、煙草を一本渡し、火を貸すヤスウィルヴィーネ。 「こりゃうめえぇ、おいロストナンバーいいの吸ってんな。戦闘終わったらうちのと交換しねえか?」 煙を上げる二人の男にセルガがぼそりとぼやく。 「指令車は一応禁煙です……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「6……5……4……3……2……1……0、作戦行動戦闘フェイズ開始」 作戦開始を告げるオペレータの声が無線を通じて車内に響く。 「誘導兵器ロックオン開始」 カチ、カチとスイッチを跳ね上げる小気味良い音が車内に響く。 コンディションゲージは、全てグリーンになり、機械生命を次々にロックする。 「標的前方マキーナ、全砲門発射」 「復唱、全砲門発射!」 無数の飛翔体は、無数の煙を吐き彼方へと連なる線を描く。 ――爆発 無数の線は光点となり、ディナリアの大気を朱に染める。 「レーダー反応消滅、マキーナ第一陣全滅」 「高熱源反応確認、反撃来ます!!」 「ホバータンク、全機俯角。対ミサイルフィールド展開」 「俯角了解、全機対ミサイル展開」 生体ミサイル、マキーナが体内から生成する高火力飛翔体。 線を巻き戻すがごとく機動でカンダータ軍に飛来する。 ――衝烈 鉄騎が揺れた。 ノイズ紛れの声が無線越しに響く。 「……被害状況報告。大破2機中破5機小破15機……第2波! 来ます!! フィールド間に合いません!!!」 悲痛な叫びに反応し、ホバータンクを扉を弾き飛ばし無数の飛翔体を前に仁王立つ男。 マキーナの放った爆発に灼熱化した地面が男の脚を炙る。常人であれば重度の火傷を負う熱も男の肉体を傷つけることはない。 強化増幅兵士 アキ・ニメイラ。一騎当千の超能力者がカンダータの呼び声に応える。 彼の精神状態は躁状態であった。 優秀な超能力者であるアキには意識せずとも、心の声が聞こえる。 オーブンレンジのラジオ、普段であれば雑踏の中の話し声程度でしかないが、大群が全て同じ熱もっているのであれば影響を受けずにいることは難しい。もとより、その声に応えるつもりであったのであれば。 「故郷に未練はないが、愛着がないわけでもない。あんたらの気持ちはよく判るし共感もする。…だから、手を貸すぜ!!」 風を切り迫る飛翔体を前に、額を指で軽く押さえ瞑目するアキ。 (……心を研ぎ澄ませアキ……、生体ミサイルだ。セ・イ・タ・イ……ならば、異質であっても捉えられる) 『――中から外へ、――外から中へ』 深化する内世界への主観。アキは今やマテリアルに囚われない眼を持っていた。 アキの眼前には、精神の織り成す、星の海が広がる。すべての心あるものが煌めき輝く。 ロストナンバー、カンダータ軍、マキーナども、そして今まさに生み出されたばかりの生体ミサイル。 精神波を捉えるものがいれば見れたであろう、アキの放つ意志の波が半円状に広がり、生体ミサイルの煌きを補足する様を。 生体ミサイルを精神知覚域に捕らえたアキは、物質の両腕を突き出し叫ぶ。 『キ・リ・サ・ケ!!!』 『風王』が放つ真空刃は、アキの精神波なぞり眼前に迫る全ての生体ミサイルを補足し霧散させた。 尖兵たる飛翔体を消失しさせたところで、破壊者の具現者たるマキーナの勢力は衰えない。 下僕の残骸たる爆炎を切り裂き、マキーナどもは雲海のごとくカンダータ軍に迫る 擱坐したホバータンクから副砲を引き剥がし、混乱冷めやらぬカンダータ軍を背に男は迫り来るマキーナの軍勢へ疾駆する。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ アキの活躍はカンダータ軍に、冷静さを取り戻させるに十分すぎるものであった。 強大なタレントが持つ英雄性が兵を鼓舞する。 「てめーら客人に先陣取られるたぁ、タマついてんのか!!」 「サー、カンダータ男児であります。サー」 「だったらマキーナ豚にとっとと突っ込むんだよ、オカマ野郎。やつらをファックするのは俺達だ!」 「サー、ファックするであります。サー」 不覚をとった羞恥もあろう下品な怒声を上げるのは、パワーアシストアーマーを装着し全高4mを超える巨体となったグスタフ。 「動かねえタンクは破棄しろお!! 全軍吶喊だ、遅れんなよ!! ……カンダータのために!!」 『カンダータのために!!』 唱和する兵士の号。カンダータ軍を包むのは混乱でも怯懦でもなく狂走と蛮勇。 カンダータ全軍がマキーナ目掛けて突撃を開始する。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 突撃をかけるカンダータ軍を尻目に半壊したホバータンクから、一人の男がノッソリと這い出た。 男の風体は、ダブルブレストのフロックコートに身を包んだ紳士然とした姿。鉄が燃え、火線の飛び交う戦場には、相応しいとはいえない。 「これは、由々しき事態」 男は心底悩ましげに首を振る、そのハムレットが如き懊悩は、戦場という非日常空間にあってなお、常からの解離を感じさせる。 「私、マキーナなる存在を知り大変心が踊っておりました。我が故郷の技術では為し得ぬ存在、否が応にも関心は膨大に、期待のあまり胸部は肥大化は不可避、まさに張り裂けんばかりでございます。挙動性能構造をつぶさに拝見しあわよくば、可能な範囲で部位を鹵獲したき所存」 男は、大仰に腕を広げ芝居がかった言を奏上する。劇場でもあるまい、その芝居がかった台詞を聞く相手は……一応いた。 「あの~、盛り上がってるところ、すっごく申し訳ないんですけどぉ。ここから出るの手伝ってもらえないかしら?」 男が背を見せる、ホバータンクの下から女性の声が響く。 女性は、マキーナの爆撃で変形したホバータンクの装甲に脚が挟まれ身動き取れない様子である。 ふくろうのように首だけを180度後ろに向ける男。観客を視認したせいではないだろうが、殊更演説を止める様子はない。 「又々あろことか、彼の者達、生体要素もあるといわれる。マキーナは金属塊、勝手な妄想でありました。明らかな不覚、明らかな浅慮。しかし、しかしですぞ、栄養の見込み迄あるとは俄然盛り上がってまいりました。このような稀覯なる名産に羞恥の限りではありますが、エア動悸も禁じえません」 「あのわかったからマジ助けてくんない? って後ろ、マキーナよ!」 呆れた女性の声は、鋭い誰何に変じる。 首をさらに180度、合計360度回し前方に向き直る男。 「これは、……前菜ですな」 ぼそりと呟くと男は両の腕を突き出す。 ヌルリと濡れた音を立て踊るように波打ち伸びる腕、否もはやそれは腕という有り様を残してはいなかった。触腕とでも言うべきであろうか、粘液質の肌色はマキーナを包み捕らえる。 「本件、正体の隠蔽即ち擬態の保持を不要と見做しておりますゆえ、悪しからず」 粘質の肉に捕らえられたマキーナ、零距離から生体ミサイルそしてガトリングガンを放出し抵抗を図る。 銃声が響く度、肉の所々が盛り上がる。 くぐもった爆発音が響き、肉が風船のように膨れ液体を撒き散らすが……僅かの間で元の形状に戻る。 「微細な接触が、不快と言いたきところ。後が詰まってますゆえ実食です」 触腕が波打ち、咀嚼を思わせる鳴動、金属を磨り潰す音が響く。 「美味とは言いがたいですな。金属・爆発物部分の占有率が高く有機体が少」 「……僭越ながら評価させて頂ければ、落第点ですな」 厳しい評価をつけた美食家は、一応存在を忘れてはいなかったのか、再度首を180度総計540度回し語りを続けた。 「しかし、あろうことか貴方方は、マキーナをファックすると言われた。軍の号令たれば意味するところ推察できます。戦勝者が戦敗者を食すという意味でございましょう」 「それおもいっきり間違ってるから……」 全く意志の通じぬ男に、助けを求めることを完全に諦め、脚部の分解を始める女性。 機械部の露出する脚部を覗き込む視線、覆いかぶさる影に気づき顔を上げた。 「何?いまさら助けてくれんの?」 大破したホバータンクをひょいとどかし、女性の脚をガン見する男。 「肉体と融合する機械、興味深く存じます。是非、その姿照覧したく」 げっそりした表情で溜息を付く女性はぼそっと一言漏らした。 「視界から消えて……、そしたら考えるわ」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 先陣を切り一点突破を計るアキ・ニエメラの英雄的な活躍に、気炎万丈たるカンダータ軍とマキーナは、ディナリアの中央道で激突した。 彼らの決死の戦いは、ある種の囮である。 ディナリア奪還戦、本丸はマキーナのクィーン。 主敵を倒すべく、カンダータ軍の遊撃隊がディナリア市街を進む。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 遊撃軍の先頭にいるのは軍装の男、コタロ・ムラナタ。。 彼が、カンダータ軍にて与えられた任務、それは遊撃軍の進軍路の確立。偵察と障害排除を兼ねた任務である。 前方、居住区画を縫うように見え隠れするマキーナの機影。 (三時の方向に二機。十時の方向に一機、…………) コタロの射撃手としての天性、自らの絶対射圏に敵が触れた認識が脳に走った。 ――刹那 疾駆は止まることなく、魔弾の射手は歯車でできた精密機械がごとく動き、クロスボウを抜きうつ。体に染み付く兵としてのサガ、テリトリーを犯したマキーナは、いかなる反応も返すことなく金属塊となる。 (……アキ殿らの活躍のお陰でこちらは手薄、ヤスウィルヴィーネ殿らの潜入隊を導くのは容易) 居住区を抜け、商業区画、工業地帯を進むコタロ。 無音・無光で発せられる魔弾、『見敵必殺』道行くマキーナは、コタロの進軍を阻むことなく次々と崩れ落ちる。 (軽い……、なんという心の軽さ。まるで枷を解かれたかのようだ) 兵卒という名の檻……、失われた魂の安息。駒として機能する喜び。 鉄が焦げ、肉が焼けるむせ返るような戦場の香り……コタロの精神は、故国の戦地を幻視していた。 幸福な幻視に浸ったのは僅かな時間であった。 射撃圏に割り込み、なお迫る二機のマキーナにコタロは戦場の緊張を取り戻す。 (……戦地にて戦場を忘れるとは) 魔弾を両断し接近する飛翔体、直立する白い蟻ウォーリアクラスマキーナ。 一方の放つ荷電粒子が空気を焦がし、もう一方は、背の羽を振動させ滞空、中空から生体ミサイルを落とす。 地を蹴り、横っ飛びにステップを刻むコタロ、火線は僅かに軍装を焦がす。 布が焦げる匂いが鼻につく。 (狙いは正確無比……回避は……容易だな) 返礼に見舞った、魔弾が生体ミサイルを貫き爆散させた。 亜音速で迫り間合いをマキーナ、コタロは珍しく嘲笑を浮かべていた。 (距離を捨て、獣の本能で迫るか。……能力が高くとも兵として三流以下だな) 高速振動する2対2体計8本の爪が、蟻の羽音がコタロの耳朶を鳴らす。 単調であっても高速、常人であれば寸断される斬撃の嵐。 紙一重で躱すコタロ、僅かに朱がしぶく皮一枚引き裂かれた。 (……たしかに早い、だが竜刻の地、かの巨人には圧倒的に劣る) 脚を沈め跳躍の素振りを見せる……コタロのフェイクに踊らされマキーナの爪が中空を切る。 ――一寸の勝機 コタロは体を落とし、地面蹴りマキーナの股下へ跳躍する。 二体のマキーナの間に、コタロが巻き上げた土煙が残る。 左脚がアスファルトを砕き跳躍の勢いを殺す、反作用で跳ね上がる上体、その勢いに任せマキーナに両手突きを放つ。 コタロが、如何に肉体を鍛えていようと生身でマキーナを制することはできない。 だがコタロには触れた機械が壊れるという特殊能力があった。普段はマイナスに働く能力もマキーナ相手であれば有効に働く。 たたらを踏むマキーナの背に、コタロは回し蹴りを見舞う。 突き飛ばされたマキーナを、反射的に抱きとめるもう一機のマキーナ。 コタロが指を弾くと、二体のマキーナは爆炎に包まれる。 体を沈めた際地面にまいた符、両手突きで貼りつけた符、回し蹴りと共に貼りつけた符が方陣となってマキーナを焼き払った。 (……ミッションクリアーか) 障害の排除を確認した、コタロは信号弾を打ち上げた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 信号弾の直下、軍装の男に慰労の言葉をかけるヤスウィルヴィーネ。 「コタロさん、やったみたいですね。ご苦労様です」 コタロは戸惑いながら片手を上げて応えた。 (やれやれ不器用ですね) 「それでは行ってきますので、ここは頼みますよ」 エネルギー施設内は、マキーナの巣という様相を呈していた。 避ける隙間もないほどの密度で放たれる火線は僅かな時間で死体を積み上げていく。 仲間の死骸を遮蔽としながらマキーナとの戦いは続く。 極小化した手裏剣、ほぼ針と見紛うそれを正確に装甲の継ぎ目に投じ、マキーナを撃退するヤスウィルヴィーネ。 だが減じたマキーナの壁は補充され、火線の返礼を放つ。 「これでは切りがありませんね……、さてさてどうしたものか」 攻めあぐねるヤスウィルヴィーネの後方から、慇懃な語り口が響く。 「これはヤスウィルヴィーネ殿、思索のお時間でありますかな。僭越ながら私、好奇の心を抑えることができませぬ故。先に参らせていただく所存」 通路を埋める火線を何処吹く風、ラグレスは颯爽と邁進した。 荷電粒子を浴び粉々になるラグレス。だが肉体が複数に分解したところで、なんの痛痒でもない。 細分化された彼は、各々マキーナに取り付くと先端を刃物に変じ、マキーナの体を切り裂き内部に侵入する。 粘液状のラグレスの端末が、マキーナ内部の有機物を消化し、内部構造を中枢を舐る。異物を排出しようと暴れるマキーナ……抵抗は無意味であった。肉を溶かされ、有機物が指示していた外皮が剥がれ落ち、次々と機能不全に陥り動きを止めるマキーナ。 いつの間に再生したのか、元の姿を取り戻したラグレスは惨劇の中央で哄笑を上げる。 「これは私喜悦を感じたと言わざるを得ません。素晴らしい、素晴らしいですぞ。……おお、失念しておりました。断面を見ぬわけにもいきませんぬな」 酸鼻な光景に鼻白むヤスウィルヴィーネ達に、後方から声がかかる 「こっちに非常用通路があるから、こっちから行くよ。あれはほっといたほうがいいわ」 ミズカに案内されヤスウィルヴィーネ達は、非常通路を進む。 「ここは、マキーナがいませんね……何故でしょう?」 「電子的にロックしてるからね、マキーナじゃ開けられなかったんじゃない?」 非常通路の先、エネルギー施設中枢の扉が視界に入った。 中枢の扉に迫る強化外骨格兵、彼らは一瞬のうちに両断され臓腑を晒した。 「なるほど……最強の兵がいるからには防御は必要ないと……ジェネラルクラスマキーナですね……」 ヤスウィルヴィーネは死線の緊張に喉を鳴らす。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ カンダータ主軍は、ESP能力を最大限駆使しマキーナの情報を伝達するアキ。彼の与える情報はカンダータ軍を有機的に動かした。常ならば、容易な相手ではないウォーリアクラスで会っても事前に位置を把握、包囲の上殲滅することで被害は最小限となっていたのだ。 アキの精神感応波が異常を捕らえるのとカンダータ兵の悲鳴が響くのは同時であった。 「ちっ、施設の中にいるんじゃねえのかよ、焦れて出てきやがったか」 前触れなく中空より発せられる死線、光学迷彩によって姿の見えぬマキーナ。 ディナリアを支配する猛威の一翼が、カンダータ軍を蹂躙する。 『こいつは俺がやる、みんなは手を出すな』 警告を発し、アキがマキーナに接敵するまでの時間は僅かであった。 その僅かの間、カンダータ軍は50の死体を積み上げた。 アキのESPは、一瞬でマキーナの本質を見ぬいた。 群体、多数の個体が集まり一つの個体をなしている。複数の個体が中空を舞、射線を放つ中央というべき存在がなく全てを倒さねば存在をやめぬマキーナ。 (どう戦う……考える必要はねえ。全部潰す) 群体マキーナの放つ死線を、処理回路を読み回避、重ガトリングガンのトリガーを引きながら短距離瞬間移動を繰り返すアキ。 マキーナの光学迷彩、アキの転移が空間に揺らぎをもたらす。 一瞬で射角の変わる、転移射撃。だが、マキーナは銃弾の速度を遙かに上回る速度で舞う。 (銃弾は囮だ!回避先がお留守だぜ) アキの精神波がマキーナの処理回路を予測する。 アキの念動が散弾のごとく放たれ、何もないはずの空間を揺らす……連続して金属音が跳ね上がった。 (捉えた!! 『静止』……そして、切り裂け『風刃』!) 一気呵成の攻撃。 真空の刃で、マキーナは姿を見せることなく粉砕された。 「他愛もねえぜ」 勝利の歓声を上げアキに近づく、カンダータ兵。 柔和な笑みを浮かべ答えるアキは……表情を硬直させ、カンダータ兵を突き飛ばす。 アキの腕が火線に切り裂かれ、はじけ飛んだ。 すぐさまアキは、射手である群体マキーナを念動で捕らえ引き裂く。 痺れる痛みと失血による嘔吐感が脳を貫く。脳から発せられた麻薬物質が一瞬で痛みを消し腕部を再生させた。 (群体の一部だけを飛ばしてきやがったのか、くそったれ。本体は…………エネルギー施設内か、まってろじきにスクラップにしてやる) 脳内麻薬で精神を高揚させるアキは、精神波の捉える先、エネルギー施設内群体マキーナの元へ転移した。 エネルギー施設内、ラグレスは珍しく焦れていた。 相対するは不可視の群体マキーナ、火線は致命的ではないがラグレスから有効な打撃を与えることができない。 「捕食も観察も儘なりませぬか。些か憤慨を感じますな」 「いやがったな群体マキーナ、今度は確実に留めてやるぜ」 千日手となっていた場に、アキが転移した。 高速で放たれる射線の洗礼。アキはその尽くを予測し、短距離の転移を繰り返し回避する。だが、反撃に解き放った風刃と念動の嵐もマキーナに到達することはなかった。 「本体と近いからか、動きの精度が半端じゃねえな。精神感応をしながらじゃ補足できねえ」 「アキ殿、アキ殿」 床一面に広がる不定形の物体、その中央にある顔がアキに話しかける。 「その念動なる力で、私を投擲して頂けますかな。通路いっぱいに隙間なく広がった私があやつめを補足できます故」 一瞬目が点になりつつも、その意図を解したアキは念動力でラグレスを吹き飛ばした。 「これにて逃げ場はありませぬなマキーナ殿。お覚悟召されい」 通路いっぱいに広がり、粘体をまき散らし飛翔するラグレス。群体マキーナは火線を放ち抵抗を試みる……が全く意味をなさない。全ての群体マキーナにラグレスの端末が付着した。 「さあ、アキ殿身を挺した私より上部が狙い目と存じますが如何に」 「ああ、分かってるぜ」 精神感応を切り全ての力を攻撃に向けたアキの風刃が、今度こそ群体マキーナを全て引き裂いた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ヤスウィルヴィーネ達カンダータ軍潜入部隊は、マキーナの前に劣勢を強いられていた。 距離を取ればガトリングガンの斉射、近づけば六本の単分子ワイヤーに両断される。 機動力一つとっても、凡そ常識の範疇にはいない。 一人また一人と無力化される潜入部隊 マキーナのガトリングガンを無力化した時には残存兵力は3……。 強化外骨格を装着する少年、全身義体の女性、そしてヤスウィルヴィーネ。 マキーナは6本のワイヤーを繰り、残存兵を襲う。少年の手業が二本のワイヤーを弾き、義体の女性が繰るワイヤーが二本のワイヤーを止める。 残る二本のワイヤーの機動を手裏剣で逸らしながらヤスウィルヴィーネは声を上げる。 「このままではジリ貧です。……二秒時間をください」 マキーナを前に二秒、暴挙といっても過言ではない。 ヤスウィルヴィーネの言葉を信頼したか、はたまた戦士の勘か。二人のカンダータ兵は奔る。 少年は右手刀、左手刀でワイヤーを払う。 さらに加えた一手は脚。足刀でワイヤーを払う……が完全には防ぎきれない、強化外骨格に包まれた左脚は裁断された。 義体の女性が操るワイヤーは二本、三本目を止めるには、やはり身を挺するしかない。 女性は右肩でワイヤーを受ける義肢は、軋む音を立て僅かに抵抗しするが……両断される。 決死が作る二秒、ヤスウィルヴィーネが放つ切り札は、操り術による封殺。 人の目にはおよそ捉えることのできぬ白糸が、ヤスウィルヴィーネの両手から流れる。 マキーナを捉えた糸には、操り術をかけるにはあまりに大きな抵抗。 直感が告げる持続時間は……1秒。 刹那に過ぎぬ時間だが、生死を分けるには十分すぎる時間。 外骨格の少年は残る脚で飛び、マキーナの頭部を砕いた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ エネルギー施設外苑、ここでも施設内部での戦いもかくやの死闘は続いていた。 母の危機を察し、殺到するマキーナ。潜入部隊の後背を守るべく迎え撃つカンダータ兵。 作戦は最終段階に至り、具体的な任が存在しない中、コタロが殿として残ったのは、自らの能力がエネルギー施設を害することを恐れた……というのは建前であった。 大地のために戦い、轡をならべ死ぬカンダータの兵士達の姿。……彼らの姿に、羨望した。全うし故郷の土となれる彼らに嫉妬した。 (……魔術符残り1) 疾駆……、交錯したウォーリアクラスマキーナが胴部から爆散。 (残0……) 残ることはただの代償行為、故郷のために死ぬ兵と共にあり彼らと共感したい。その気持ちがコタロの脚を止めていた。 「余力はあるか……ロストナンバー」 コタロの背越しに話かけるグスタフ。 パワーアシストアーマーに取り付けられた荷電粒子砲は焼け付き、頭部は表皮がめくれ上がり鋼鉄の頭蓋を晒している。両腕部に装着されたパイルバンカーは、多数のマキーナを串刺しにし、もはや機能をしていない。 「コタロ・ムラナタであります。……余力はありません」 片手で略式敬礼し返答するコタロ、彼の知己であれば、軽い驚愕を伴う光景である。 回答は事実である。高密度での戦場は、高度な体術をもつコタロであっても傷を受けずに済ますことは困難である。 避ける場所もなく発せられる火線に、左腕は焼かれ反応がない。ミサイルの破片が埋まり、全身が悲鳴上げていた。 「そうかぁ、だがまだ歓迎会は終わらねえ……ぜ……」 腹から生えた高速振動剣に台詞は中断される。喀血混じりの怒号をあげマキーナを振り払うグスタフ。 最後の力を使い果たし、倒れ伏す巨体の影からは未だ減じた気配を見せぬマキーナの影。 まだ動く右腕をマキーナの影に向けるコタロ。 絶望的状況を前に、口の端には何故か笑みが浮かんだ。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ コタロが次に意識を取り戻したのは、医療施設の寝台の上であった。 見慣れぬ光景に咄嗟に上体を起こすが、立ちくらみをおこし寝台から崩れ落ちる。 「気が付きましたか、急に起き上がったら体に良く無いですよ?」 騒音に気づき、声をかけるのは壮年の男。共にカンダータ軍に同行したヤスウィルヴィーネ。 コタロを助け起こし寝台に載せる。ヤスウィルヴィーネが切ったのか、ウサギさんカットされたりんごがサイドボードに乗っている。 「これでも食べて元気をつけてください」 「ああそうです、動けそうになったら近くの酒場に顔をだしてください。アキさん達がぶっ続けで戦勝パーティしてましたよ。ラグレスさんは、エネルギー施設に引きこもってしまいました。『僭越ながら赤裸々な内部構造を拝謁したく』だそうです。クィーンがよっぽど気に入ったみたいです」 戦闘は、ラグレスがクィーンマキーナに接触した時点で終了していた。 クィーンマキーナは、単体では戦うことも叶わぬ生産者にして支配者。 ラグレスによって首魁が制されたマキーナは、抵抗もなくカンダータ軍に殲滅されたのだ。 「それじゃオレは外いきますね。ここ禁煙なんですよ」 胸ポケットからカンダータ現地のものと思わしき煙草を取り出し、ヤスウィルヴィーネはそそくさと退室した。 りんごを取ろうとして伸ばした手に、箱が触れる。 装飾のない無骨な箱。 中には、ロストナンバーの名とカンダータ軍名が刻まれた認識票が収まっていた。 了
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