オープニング

 ブルーインブルーでしばらく過ごすと、潮の匂いや海鳥の声にはすぐに慣れてしまう。意識の表層にはとどまらなくなったそれらに再び気づくのは、ふと気持ちをゆるめた瞬間だ。
 希望の階(きざはし)・ジャンクヘヴン――。ブルーインブルーの海上都市群の盟主であるこの都市を、旅人が訪れるのはたいていなんらかの冒険依頼にもとづいてのことだ。だから意外と、落ち着いてこの街を歩いてみたものは少ないのかもしれない。
 だから帰還の列車を待つまでの間、あるいは護衛する船の支度が整うまでの間、すこしだけジャンクヘヴンを歩いて見よう。
 明るい日差しの下、密集した建物のあいだには洗濯物が翻り、活気ある人々の生活を見ることができる。
 市場では新鮮な海産物が取引され、ふと路地を曲がれば、荒くれ船乗り御用達の酒場や賭場もある。
 ブルーインブルーに、人間が生活できる土地は少ない。だからこそ、海上都市には実に濃密な人生が凝縮している。ジャンクヘヴンの街を歩けば、それに気づくことができるだろう。

●ご案内
このソロシナリオでは「ジャンクヘヴンを観光する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてジャンクヘヴンを歩いてみることにしました。一体、どんなものに出会えるでしょうか?

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが見つけたいもの(「美味しい魚が食べられるお店」など)
・それを見つけるための方法
・目的のものを見つけた場合の反応や行動
などを書くようにして下さい。

「見つけたいものが存在しない」か、「見つけるための方法が不適切」と判断されると、残念ながら目的を果たせないこともありますが、あらかじめご了承下さい。また、もしかすると、目的のものとは別に思わぬものに出くわすこともあるかもしれません。

品目ソロシナリオ 管理番号593
クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
クリエイターコメント こんにちは。阿瀬春です。
 ジャンクヘブン散策、旅の合間に如何でしょうか。

 海があります。市場があります。海に続く路地があります。珊瑚の積まれた塀があります。海へ伸びる桟橋があります。他にも、探せばきっと色々。
 のんびり散歩したり、何かを探したり、路地に迷い込んだり。旅の一幕をお届けできればと思っております。

 ご参加、お待ちしております。

参加者
ポポキ(ctee8580)ツーリスト 男 14歳 クムリポ族の戦士

ノベル

 茶虎の尻尾は潮風と遊んでゆらゆらり。
 お陽さまの熱を含んだオレンジ色の毛皮が、潮風にふかふか揺れる。桟橋の下から元気な波の雫が跳ねる。尖った大きな三角耳に、悪戯っぽく波の雫が触れる。
「にゃっ」
 耳にくっつく波の珠を、柔らかな桃色肉球の手で拭う。ついでにピンと張ったひげも、滑らかな毛で覆われた手で撫でて、
「良い釣り場がいっぱいありそうだにゃ~」
 ポポキは降り注ぐお陽さまと同じ、金色した眼を細める。雪国育ちな上、毛皮をまとった身体に、ブルーインブルーの青い海と空に輝くお陽さまの光と熱はちょっとばかり厳しいけれど。
「釣りにゃ、海釣りにゃ~」
 ぴかぴかのひげとふかふかの毛で潮風と青空の光を受けて、肩に担いだ釣竿を持ち直す。片手に小さなブリキのバケツも持って、二本の肢で桟橋を歩く。故郷でも、こうしてよく釣り場を巡った。一番の趣味だった。
 雪の道を歩いて、森を流れる川を辿って、湖へ。たくさん釣れた魚は湖畔で料理したり、集落に持って帰ってあの子へのお土産にしたり。
 故郷を思い出して、あの子を思い出して、ちょっとだけ寂しくなる。けれど。故郷にはいつかきっと帰る。きっときっと、帰ってみせる。クムリポ族の名に恥じない、立派な戦士になろう。そうすれば、きっと故郷へ帰ることが――
「海釣りにゃ~」
 心の真ん中にその想いを据えて、今日はのんびり魚釣り。だって張り詰めてばかりは身体も心も疲れてしまう。いざと言う時に備えて、遊ぶも休むも徹底的に。
 故郷には海はなかった。海釣りはしたことがなかった。旅の途中ではあるけれど、今日は時間もある。こういうときこそ、遊びどき。
 ポポキが今居るのは、海上都市ジャンクヘブンの端っこ。陸の少なさを補うためか、陸の代わりに木製の桟橋が波の上、縦横に渡されている。場所を変えれば、例えば、桟橋を幾本も辿って市場や都市の中心に行けば、陸もそれなりにあるけれど。あちこち散歩しながら探せば、良い釣り場がきっと見つかる。
 桟橋の下、鱗をぴかぴか光らせて、小さな魚が泳いでいる。
「お魚にゃ~」
 桟橋の端に思わずしゃがみこむ。桟橋の影に隠れようとする魚の影を眼で追いかける。海に落ちそうなほど乗り出すポポキに、
「落ちるぞ」
 桟橋の先端に腰掛け、釣り糸を垂らしていた老爺が明るい笑い声を掛けた。
 ポポキは二足歩行の猫の獣人の姿をしている。ブルーインブルー世界の海上都市群の盟主、希望の階・ジャンクヘブンに住まう者は皆、壱番世界の人間と変わらない姿。ポポキの姿を見れば、普通は驚いてしまう。けれど、チケットを持っていれば、『旅人の外套』の効果が働く。そんなに目立たずに済む。
 老人には、ポポキの姿は遠い異国からの旅人に見えているのかもしれない。
「今日は釣れますかにゃ?」
 金色の眼を人懐っこく輝かせて、ポポキは老人の傍に近寄る。老人は釣り糸をのんびり波間に垂らしたまま、つるつる頭にお陽さまの光をぴかぴか輝かせる。
「ボウズじゃの」
 無精髭じみた白髭をごつい指先で引っ掻く。脇に置かれたバケツは空っぽ、透明な海水だけがたぽたぽ、揺れている。
「ま、趣味みたいなもんだ」
 そう言って陽に焼けた顔を皺しわにして笑う老人の横顔を見ながら、ポポキも笑う。
「この辺では何が釣れますかにゃ?」
 桟橋の道が渡されている辺りは浅い海。青く透明な水の底には、波の模様になった白砂が透けて見える。鮮やかな蒼い鱗した小魚が、群を作って波に揺れている。
 老人はポポキの聞いたこともない魚の名前を幾つか上げた。
「銀と青の派手な魚での。揚げると美味い」
「にゃ」
「七色したでっかいのも、……あれは岬の方で釣ったかの」
 虹色の魚。ブルーインブルーの海にこういう魚も居るかにゃと前から想像していた魚の話に、ポポキはわくわくと釣竿を握り締める。
「オイラより大きなお魚とかもいるのかにゃ?」
「沖に出ればいくらでも居る」
 海魔のようなのも、と脅すように付け足して、
「こんな天気のいい日は海魔のやつらもきっと昼寝しとるじゃろて」
 そのすぐ後に歯の抜けた口を大きく開けて笑う。
 老人と手を振り合って別れ、ポポキは桟橋を気まぐれに辿る。向こうに見える、賑やかな市場のある港に行ってみようか。帆を畳んだ船の傍にも色んな魚が居るだろう。
 それとも、桟橋の群を抜けた先に見える岩場を歩いてみようか。白い砂浜の海岸があるかもしれない。砂浜から海に向けて、釣り竿を大きく振って、釣り糸を投げてみるのも楽しそうだ。
 軽い足音を立てて、桟橋を幾つも幾つも、渡って歩く。港の市場から賑やかな声が聞こえてくる。
 ――さあ、どこへ行こうかにゃ~。
 

 色とりどりの日除け天幕の下には、木箱いっぱいの貝や魚や野菜に果物、焼きたてのパンに焼き菓子。貝細工が、真珠の飾りが、鉱石飾りがきらきら光る。小さな店舗いっぱいに積み上がるのは、何処かの遺跡から発掘されたらしい、用途不明な複雑回路の箱型機械。
 港の市場の喧騒を楽しみながら潜り抜ける。人の熱気の隙間を縫って、鼻に届いた涼しい風に惹かれて、細い路地に入り込む。身を寄せ合うような建物の窓から窓に渡されて、石鹸の匂いをまきながら、洗濯物が揺れている。
 狭い路地を抜けた先には、岩石を積み上げた無骨な岬。白塗りの灯台が、青空に向かい静かに立つ。赤煉瓦色の尖った屋根に、何羽もの白い海鳥が羽根を休めている。お陽さまの光を集めた暖かな岩石の道を辿る。波を被る岩の隙間から、鮮やかな黄色の花を満開に咲かせた枝が伸びている。花の樹の影に腰を下ろす。手にしていたバケツを置く。
 見渡す限りに、海。どこまでも緩やかな弧を描く、青い水平線。その水平線の果て、眼が痛くなるほどの光に満ちた青空。遠い波間に、白い帆に風受けて走る大きな船が見える。
 木陰に座れば、毛皮にたっぷり集まった熱を潮風がさらっていく。
 ここがいい。
 いい場所を見つけた嬉しさに、思わず、にゃあと小さな歓声が零れる。
 青い空と潮風、お陽さまの光と磯の香り。ブルーインブルーの自然をめいっぱい感じながら、のんびりと海へ釣り糸を垂らす。ちゃぽん、と波間に浮きが揺れる。
 潮風に茶虎の長い尻尾と銀色のひげをゆらゆらさせる。お陽さま色の眼をふうわり細める。
 浮きは動かない。仕掛けに惹かれる魚の影も気配もしない。
 それでも、ポポキの表情は楽しげなまま。釣竿を手に、のんびりのんびり、ひげや毛皮を潮風になびかせる。ピンと立った耳を波音に傾ける。息をしているかのように動く、穏かな海面を金の眼に映す。波に翻るお陽さまの光に眼を細める。
 魚が釣れなくても、それはそれ。
 尻尾はご機嫌、海と一緒にゆらゆらり。



クリエイターコメント ブルーインブルーはジャンクヘブンでの一幕、如何でしたでしょうか。
 潮風浴びてのんびり釣り、いいですよね。
 魚が釣れなくても、それはそれ。
 でも、この後、虹色の魚や大きな魚、釣れたかもしれません。


 ポポキさま。
 描かせて頂いている間中、頭の中がずっともふもふ状態(?)でした。
 ポポキさんの持っておられる、何とも言えない柔らかな雰囲気を、上手く描けておりましたらいいのですが。

 楽しんで頂けましたら、幸いです。
 ご参加、ありがとうございました。
 またいつか、どこかでお会い出来ますこと、願っております。
公開日時2010-06-05(土) 20:50

 

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