ヴォロスのある地域にエルフノワールと呼ばれる黒い髪、浅黒い肌が特徴の種族が住んでいた。 彼らが最も多く生活しているのがこの国、サントティアである。 そんな国の片隅に不思議な花が咲いていた――否、蕾んでいた。「ここのお花は咲かないの？」 遊びに来ていたエルフノワールの少年がそう訊ねたのは、花の近くで飲食店を営む店長・ビスにだった。 ビスは髭もじゃな顔を人差し指でカリカリと掻く。「ボウズにゃ見れないかもしれないなぁ、なにしろあの花は夜中にしか咲かないんだよ」「えー」「残念そうな顔をするな、ほら冷める前に食え食え」 少年を急かしつつ、ビスはケチャップをたっぷり使ったスパゲティーを勧める。 花は黄色い蓮のような形をしており、日中はすべて閉じていた。開いていない時は大きな葉の方が目立つ。 その花の名はビスも知らないが、昔から店の裏にある池に沢山浮いていた。寒くなっても元気にしていることから客の目を楽しませられるかと開店当初は思ったが、夜中しか開かないのでは効果は薄い。 しかしなぜかそれを池から取り払おうという気にはならなかった。（たまに中に何か入ってるから、取ってやりたいんだがなぁ……） ビスは窓から黄色い花を見る。 その中に何が入っているかも知らぬまま。● 世界司書、ツギメ・シュタインはバナナのような絵を集まったロストナンバーたちに見せた。 これは？ と訊くと、ツギメは真顔で答える。「今回の任務に関係ある花の絵だ」 花だったのか、と顔を見合わせるロストナンバーたち。「ほぼ記憶を頼りに描いたから分かりにくいかもしれないが、現地に行けばわかるだろう」 わかりにくいどころではないが、見ればすぐに分かるらしい。 ツギメは続けて竜刻という単語を口にする。「この花は昼間はずっと閉じており、夜になると開く。沢山あるその花の中に竜刻を内包しているものがあるようだ。皆にはこれを取ってきてほしい」 近くに飲食店、少し離れた所には人々の暮らす町もあるが、まだ皆ここの竜刻のことには気がついていないという。「だが……初めに言っておこう。この竜刻は一つではない」 いくつあるのかは分からないが、小さなものがいくつかの花の中に分散しているのだ。 しかも休憩日なるものがあるのか、夜になっても開かない花もある。 つまり――「ここには何度かに分けて向かってもらうことになるだろう」 そうツギメは言った。 全て回収し終えるのにどれくらいかかるか分からないが、いつかは終わるだろう。 今回は研究対象である竜刻を回収するだけなため、暴走の心配も少ない。「夜までの間、どこで何をして時間を潰すかは皆に任せる。ただし原住民の迷惑になることはしないこと。町にはすぐ行けるが、どうせなら近くの飲食店に入って昼間の花を観察するのも良いかもしれないな」 少し笑みを浮かべてそう言い、ツギメはバ……花の絵をロストナンバーの手に握らせた。
●着いた国で その日のサントティアは晴れていた。 晴天の下、駅に到着した二人――小竹卓也とベルファルド・ロックテイラーは改めて自己紹介をする。 「小竹卓也と言う者です。こっちはメーゼ。宜しくお願いしますね」 卓也は大きな耳とふわふわした尻尾が特徴のセクタン、メーゼを指してから軽く会釈した。 メーゼもそれに倣ってか否か、尻尾を左右に振ってみせる。 「こちらこそ。ボクはベルファルド・ロックテイラーだよ、今日は宜しくね」 さて、と道の向こうを見る。 この先にあるのは目的地である飲食店と池。そして近くの町だ。 「折角昼間の内に到着したんですし、町で買い物と飲食店巡りでもしてみましょうか」 「そうだね、夜までまだまだ時間があるし……花の所に行くのは夕方になってからにしようか」 町まで徒歩で移動し、まずは一番近い店を探す。 辿り着くまではヴォロスらしい自然豊かな道だったが、町が近づくに連れそれは整備されていった。中に入るとそれは特に顕著で、首都から離れているとは思えない程だ。きっと町長が綺麗好きなのだろう。 ……と、その時、卓也が「あっ」と小さく声を上げた。 とてつもなく大切な、それでいて重大なことに気が付いたのである。 「そういえばお金……」 それを聞き、ベルファルドが意味深な笑みを浮かべる。 そして言った。 「無いなら、現地調達！」 それはあっという間だった。 賭場を見つけたベルファルドがまず私物を賭けて勝利し、そこで得た金品を元に更に勝利して手持ちの金を増やしていったのである。 適度に勝った後はわざと負け、いらぬ疑いが掛からぬよう配慮する。 「これは……凄いですね」 「超幸運のおかげだよ」 感心する卓也に笑い返すベルファルド。 彼はたった一時間程度で、観光するには十分すぎる程の額を手にしていた。 一方卓也は昼食代にはなるかな、といった額を勝ち取っていた。自分の運の無さを自覚しているため、初めは見ているだけだったのだが、周りに勧められ一回だけ賭けに参加したのだ。 「最初にこのお金を使う場所は決めてあるんだ」 ベルファルドは良い香りの漂ってくる小さな店を見る。 「まずはご飯、だよね？」 にこりと笑い、行ってみよ～♪っと彼は卓也を引き連れて店へと入っていた。 店内は質素ながらも過ごしやすい雰囲気だ。入ってすぐにカウンター席があり、その右側にテーブル席がある。壁には鳥を簡略化した絵が掛けられていた。 店長と店員の女の子二人がにこやかにベルファルドと卓也を迎える。 「ご注文はお決まりになりましたか？」 席に案内され、簡単な御品書を見ていた二人に店員がそう声をかけた。 胃にドシンときそうなメニューから軽食、デザートまで幅広い。迷いつつ卓也は「人気のメニューでお願いします」と店員に任せた。 「それじゃあ……炒った木の実スパゲティーはいかがでしょう？」 「ではそれでお願いします」 去っていく店員を見送り、卓也はホッと一息つく。 「そういえばベルファルドさんとは初対面ですね。少し色々と聞いてみてもいいですか？」 「ん？ いいよー、なんでも聞いて！」 「では……まずは好きな物から。なにかあります？」 ベルファルドは考えつつ辺りを見回す。 「好きな物かぁ。そうだなー、こういう定食屋っぽい店は好きかも。この気軽な雰囲気が好きなんだ♪」 それと何でも美味しく食べられそうなところね、とベルファルドは笑って付け加えた。 ここならば普通の白米が出てきてもおかわりまでしてしまいそうだ。 「じゃあ今度はボクから！ タクヤくんはこの後どこに行きたい？」 「どこ、ですか？ うーん……。あるなら武器屋、とかでしょうか」 「武器屋？」 「そう。中世の武器が大好きです――でも」 ちょっぴり真顔になる。 「動物はもーっと好きです」 キリッ その言葉に思わず笑い、「じゃあ武器屋の後は動物の居る所を探そうか」とベルファルドは答えた。 ●買い物 木の実スパゲティーは香ばしいが味は濃すぎず、麺ともマッチしていてなかなかの出来だった。 そうして空腹を満たした後、二人は夕方までの間を色んな店を巡って潰すことにする。 初めに行ったのは卓也リクエストの武器屋。エルフノワールは腕に覚えのある者が多いらしく、品揃えはそこそこだ。店に飾られた大きな大剣は昔本当に使っていた者が居るのだという。 次に向かったのは農場。ペットショップと呼べるものが無いか住民に聞いてみたが、愛玩動物を売る旅人が年に何度か来る程度なのだという。ならば農場はどうだ、と二人は足を伸ばしたのだった。 結果はビンゴ。やはり家畜ばかりではあったが、異世界から来た二人にとっては目新しい家畜ばかりだった。 「あの羊みたいな山羊は凄かったなぁ……」 一度触ったら忘れられない触り心地を思い返しつつ、卓也はグー、パー、と交互に手を動かす。 「時間的に次が最後のお店になりそうだね？」 段々と傾いてきた太陽を見、ベルファルドが言う。 二人が今向かっているのは雑貨屋だ。 そうして見えてきたのは、青い屋根の小ぢんまりとした店だった。 「……耳カバー？ さすがエルフの多い場所だぬ」 そう呟く卓也の視線の先には『これで寒さもヘッチャラ！』っとイラスト付きで銘打たれた布製の細長い耳カバー。どうやら店長の手作りらしい。 店の奥の方へ入り、ベルファルドは一つの木箱を手に取った。 「うん♪ これいいね」 「なんです？」 覗き込む卓也に箱を開いて中を見せる。 入っていたのは古ぼけたキセルだった。意外そうな顔をする彼にベルファルドは慌てて補足する。 「タバコは吸わないんだけれどね。いい雰囲気だったから」 「あ、なるほど。ちょっとビックリしましたよ～」 笑い、ベルファルドはそれを購入する。人を落ち着かせる雰囲気のキセルだ、部屋に飾ってみても良いかもしれない。 卓也は物珍しさからエルフ用耳カバーを買ってみた。 ちなみに綿が多く使われているため、小さなカイロ入れに使えないこともない。使われている布が綺麗なので観賞用でも不都合なさそうだ。 「――さて、そろそろ行きますか」 西に沈みつつある夕日を見遣り、卓也が呟いた。 ●黄色い花 ビスはその日、店じまいをしようと立ったところで声をかけられた。 どうやら花の珍しさに惹かれてやってきた観光客らしい。 道中で花に何かが入っているという噂を聞き、それは花が可哀想だということで、入っているものを取りたいのだという。 「それはありがてぇな、俺もどうにかしてやりたかったんだよ」 ニカッと笑い、ビスは二人にボートを貸した。 ボートの上から水面を見下ろすベルファルド。 水面に映ったその顔に笑みが浮かぶ。 「ボート、貸してくれて良かったね」 「ですね。もし許可が下りなかったらメーゼに一肌脱いでもらうつもりだったので、許可をもらえて良かった」 さすがにこっそりと花を調べるには目立ちすぎるのだ。 二人はボートに乗ったまま、開いている花をひとつひとつ調べるために手を伸ばす。 長期戦になる覚悟はしていた。――が。 「あ、これそうだよね？ ラッキー♪」 「早い！？」 「ほらっ、これもそうじゃない？」 ひょいひょいと何かを花の中から摘まみ上げるベルファルドに卓也は何度も瞬きする。豪運はこういう所にまで作用するらしい。 じゃらじゃらと集まった竜刻を手の平で転がし、卓也は「ほー」と声を漏らす。 「実は竜刻って初めてみるんですよねー」 「そうだったの？」 「はい。何か不思議な物だなぁ……」 これが小さいものなのだとすると、巨大なものはどんな姿をしているのだろうか。想像がつかない。 卓也は革袋にしっかりと竜刻を入れ、口を縛る。 「このペースなら結構確保出来そう……あー、でもやっぱり蕾んでるものがありますね」 「無理やり開くのは悪いし、これは他の人に頼もっか」 ベルファルドはかっちりと閉じたままの黄色い花をつついてみた。 やや厚めの花弁だ。気温のせいか、少しひんやりとしている。 「それじゃー、最後にどれか……あっ！」 「おお」 池の端にあったひとつの花。 そこから発見したのは、今までのものより一回り大きな竜刻だった。 それでも普段見つかるものよりは小振りだが、最後のサプライズのような気がして、二人は自然と笑い合った。 ●かえりみち （やっぱりこれってどう見ても……） 「バナナ、だよねー」 「やっぱりそう思います？」 満場一致、どう見てもバナナです本当にありがとうございました、と言いつつ卓也はツギメ作の花の絵を荷物に仕舞う。 本物の花と見比べてみたが、上下を合わせてみても色しか合ってない。 「とりあえず今回はこれでお終い、かな？」 「そうなるでしょうか。――最初は、どうせなら一気に回収してしまえばいいのに……と思ってたけれど、結構良い一日だったかも」 「はは、ボクも実は女の子と一緒が良かったなって思ってたんだ。けどそんなこと関係なしに、今日は楽しかったよ」 ベルファルドは卓也の前に立って言う。 「君と旅ができてよかった！ これホント」 「光栄だなぁ。そして同意見！」 そろそろ駅が見えてくるはずだ。 とても日常的なことばかりを緩やかに体験した一日だったが、それらは良い思い出として二人の心に残っていた。 「またいつか、よろしく♪」 「ん、またいつか」 そう言葉を交わしたことも、ひとつの思い出。 それらを胸に抱き、回収した竜刻を片手に二人はサントティアから帰路につく。 二人が去った後、月は今夜もサントティアの黄色い花を照らしていた。
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