オープニング

 どうして、とそれは嘆くように恫喝した。どうして彼女がそんな目に遭わねばならなかったのか、どうして彼女だけがそんな不当に晒されたのか。
 報告に来た相手は、仕方ないだろうと震えるほど拳を握り締めて噛み締めた。
「お前と想いを交わし、町を出ると言い出した彼女は、町の連中からすれば異端だ。お前が彼女の為に大人しくしているなんて誰も信じない、誰も──彼女さえ信じなくなった」
 だから殺されたのだ、と聞き取り難いほどの声で教えた相手さえもはや目に入らず、それは彼女の名前を呼ぶ代わりに慟哭する。悲しみと何より凄まじい怒りに染まった咆哮は、遠く離れた町にまで届いて人々を震撼させるだろう。
「よせ、落ち着け! お前が町に乗り込んだりしたら、連中はきっとお前まで殺そうとする!」
 構うものか! と、涙を落とせない代わりにそれは血を吐くような声で吼える。
 構うものか、彼女のいない世界になど興味はない、意味もない。独りを絶望し、死さえ覚悟した時にようやく与えられた唯一の光だったのに、安らぎだったのに。その彼女を殺した者を許せるはずがない、例えこの身が滅んでも彼女の敵だけは討たなくてはいけない。
「やめろ、お前が死んだら彼女が悲しむじゃないか──!」
 やめろと繰り返し止める声など、何の抑止力にもならない。
 悲しむという彼女は、もういないではないか。二度と再び触れてくれもせず、笑いかけてもくれず、あの柔らかな声で呼んでくれることもない──、
「ぅあぁあぁあああああぁあああぁぁっ!!」
 やめよう、考えたくない。正気を保つ必要性など感じないが、復讐だけは果たさなくてはいけないのだから。
 彼女がいない事は一時忘れる。すぐにも側に行く。すぐだ、ほんの少しだけ待ってくれればいい。
 彼女を喪わせた全てを破壊し尽くしたなら、その後はすぐ。再び呼んでくれる声が聞こえるまで近く……、側に、行くから。



「ヴォロスにて、狼退治をお願いできますか」
 どこか沈鬱そうな顔をした世界司書に声をかけられ、狼退治と繰り返す。それを聞いた司書は、退治と言いますかと複雑そうに言葉を継ぐ。
「厳密に言うと、町を破壊しないように説得若しくは妨害してほしい、と言うべきでしょうか。ただ相手に聞く耳があるとは思えませんので……、その場合は」
 退治という言葉をひどく重そうに発し、司書は大きな溜め息をつく。
「狼って、ひょっとして群れで襲ってくるの?」
「いえ、一頭です」
 一頭で町を破壊できるものだろうかと不審がる空気に、司書は言い難そうに続ける。
「見た目としては通常と比べて一回り大きいくらいの、赤金の毛並みをした狼です。ただ人語を解して風を操るようで、近隣の町では神獣として畏れられていたようです」
 今まで町を襲うことなどなかったんですが、と説明しながら導きの書へと視線を落とした司書に、何が理由はあるんでしょうと誰かが尋ねた。
「巫女として狼に仕えていた女性が町の人間に殺されたと聞かされ、全てに復讐すべく町を破壊すると決めたようです」
「待った。巫女は殺されたんじゃなくて、殺されたと聞かされた?」
 誰かが首を傾げるように尋ねると、司書は死体は見つかっていませんと導きの書を捲った。
「ですが毎日狼の元に通っていた巫女の訪いは三日前に途切れ、以降、誰も姿を見ていないそうです」
「生きてる可能性があるなら、巫女を探して狼と会わせれば暴走は止まるとか」
「可能性としては、大いに有り得ます。狼が我を失っていたとしても、巫女ならば止める術を知ってるかもしれませんし」
 間に合えばいいんですけどねぇと、小さく独り言のような呟きがどちらに向けられたのかは分からない。とりあえず痛ましげに目を伏せていた司書は、ゆっくりと目を開けると頼まれてくれますかと気乗りしない様子で依頼する。
「できれば狼が町を破壊せずにすむよう……、巫女と再び会えるように。手を貸してください」
 それが叶わない場合は、と導きの書を閉じながら司書は視線を落とす。
「町を守るべく、狼退治を」
 言ってしばらく閉じた導きの書を眺めていた司書が、ぽつりと一人ごちた。
「──誰が神獣を、害獣に貶めるんでしょうねぇ」
 遣り切れなさそうに緩く首を振った司書は、宜しくお願いしますと肩を落としたまま頭を下げた。

品目シナリオ 管理番号1227
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
クリエイターコメント町が破壊される前に、どうか狼の暴走を止めてもらえないでしょうか。

狼は町を滅ぼし、復讐する事しか考えていません。怒りに目が眩んで話を聞ける状態ではありませんので、どうやって落ち着かせるか、若しくは叩きのめすか、その方法をお聞かせください。
町の人は戦々恐々としていますので、実際に町が襲われるとパニックが起きる、若しくは反撃すると思われます。協力が必要な場合は申し出てください。

巫女を探してもらえる場合、具体的な手段と狼に引き合わせる方法も明記ください。
今回は場合によって失敗することもありますので、ご注意ください。

それでは、巫女の死を嘆いて叫びながらお待ちしております。

参加者
ベルファルド・ロックテイラー(csvd2115)ツーリスト 男 20歳 無職(遊び人?)
アコル・エツケート・サルマ(crwh1376)ツーリスト その他 83歳 蛇竜の妖術師
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
墨染 ぬれ羽(cnww9670)ツーリスト 男 14歳 元・殺し屋人形
九七式 中戦車(ctmv6647)ツーリスト 女 75歳 機械化部隊隊員

ノベル

 町に入る前に嫌でも目についた森の前で、知らず全員が足を止めていた。まだ昼前だというのに深く黒く、不気味なほど静かに広がっている。普段であればそこに住む動物の気配や音が満ちているだろうに、今は全てが息を詰めているかのような静寂のみが横たわっている。
(それはそうだよな)
 悼むように目を伏せ、ベルファルド・ロックテイラーは心中でぽつりと同意した。
 しんと静まり返った森の中、ひたひたと満ちている感情は一つ。側にいるだけで息苦しくなるほど、胸に痛い怒りだけ。外にいても伝わってくるそれは、足を踏み入れるなり牙を剥いて襲い掛かってくるだろう。
 誰も神の怒りを受けたいとは思わない、できるだけ小さくなって通り過ぎるのを待つしかない。
「さても悲しい気配に満ちた森じゃなぁ……」
 しゅるしゅると舌を覗かせ、悲しげな声を出したのはアコル・エツケート・サルマ。四枚の翼を持つ十メートルを越える巨大な蛇竜らしいが、今は三メートルそこそこの姿で森を窺っている。その声につられたように視線を向けたのは、会ってから一言も発していない袈裟を纏った少年。感情の乗らない視線で森を眺めた墨染ぬれ羽は、何かを探すように少しだけ視線が動いている。
「とりあえず、今すぐ襲い掛かってきそうな様子ではありませんね」
「なら先に、巫女さん探しでも始めるかえ?」
 メイド姿の少女──戦車の付喪神、九七式中戦車の言葉にサルマが提案し、ベルファルドも頷いた。
「誤情報が出回ってたまたま神の耳に入っただけじゃなく、実際に巫女が何日も現れない。……死んでないならどこかで捕まっているんじゃないかな」
「可能性は高い。というより、そう願うのう」
 人めいて息を吐きながら同意したサルマに、きっと無事だと硬い表情で森を睨むように見据えている坂上健が口を開いた。
「導きの書にも死んだとは出てなかった。町の人たちにも、そう簡単に巫女を殺す理由はないはずだ。……誰かが狼に彼女の死を吹き込んで、嵌めたんだろう」
 指先が白くなるほど強く拳を作った坂上の言葉に、墨染の視線がちらりと動いた気がした。口を開きそうな様子はないが、話は聞いているらしい。
「巫女が死んだと、わざわざ伝えた相手がいるのも不思議だよね。巫女を連れ去って捕らえているとしたら、犯人はきっとその人だと思う」
「どうしてそんな情報を教えたのか、非常に気になるのう」
 揺れるように頷いたサルマに、ベルファルドは自分の考えを口にしていいものか迷って唇を噛んだ。
 狼に伝えた理由が町を襲わせる為で、彼女がただ捕まっているなら話は早い。一刻も早く探し出して救出し、大神を止める。それだけでいい。
 けれど、彼女が自分の意志で逃げたとしたら? 若しくは犯人は彼女を思い、役目から解放しようとしているのだとしたら……。
「神に巫女の死を伝えた相手を、先に探したほうがいいかもしれない。事情を聞きたいのもあるけど、つけていけば囚われている場所も分かるかもしれないし」
「水を差すようで申し訳ないのですが、一つ疑問が。巫女もそうですが、どうやって探すのですか?」
 町の人に聞いて分かることでしょうかと九七式が首を傾げての問いかけに、ベルファルドは再び言葉に詰まった。
「えーと、……大神に誰が伝えたか尋ねてみる、とか」
「では、先に探すのは狼のほうですね」
 無邪気に聞き返され、しまったそれだと意味がないのかと考え込むベルファルドを見てサルマが楽しそうに笑った。
「まぁ、伝えた相手は分からんでも、町の人に聞けば巫女の名や家は教えてくれるじゃろう。匂いが分かればワシの嗅覚で追えるじゃろうて」
 まかせんしゃいと頼もしく請け負うサルマにほっと息を吐くと、今まで森を眺めていた墨染がふらりと踵を返した。声をかける間もなく町に向かうのを見て追いかけようとしたところに、坂上が背負っていたリュックを下ろした。
「巫女を探しに行くなら、このリュック持って行ってくれ。中に救急箱とロープと水筒と食料と懐中電灯が入ってる。怪我してたら水で洗って、」
 説明しながらリュックのポケットからスポーツ飲料の粉末を取り出し、
「この粉末溶いて飲ませてやってくれ」
 これと揺らして教えると元の場所に収められ、そこまで気が回っていなかったと周到な用意に感心しながら受け取ったベルファルドは、厳しい顔を変えない坂上に首を傾げた。
「坂上くんは? 巫女を探しに行かないのかい?」
「俺は最初から狼だ。ぶん殴って正気に戻してから彼女探しに加わる」
「私もこちらで迎撃体勢を整えます。町に損害を出さないことが第一です」
 九七式もにこりと笑って待機を宣言し、ベルファルドは躊躇いながらも頷いた。
「そうだね。巫女が見つかる前に町が襲われたら大変だ」
「坊の姿ももう見えんことじゃし、ワシらも早う探しに行くかの」
 先に行った墨染の姿を追いかけるように首を伸ばしたサルマにベルファルドも頷いたが、厳しい顔をしたままの坂上が気になって視線を向けた。気づいた坂上は、どうにか笑みらしく口の端を持ち上げた。
「どうあっても町には入れさせないからさ、彼女探しは頼むな」
 任せたと坂上の声に重なるように、森の奥から胸を衝くような遠吠えが届いた。
 森を黙らせた怒りは波紋のように震えて押し寄せ、ベルファルドは知らず目を伏せた。



 町の外に残った中戦車と坂上は、町から離れたほうがいいだろうと森に足を踏み入れた。あまり奥まで進む意味はないので振り返れば町が見えるところで足を止め、彼らが立てる音以外はしない静まり返った森で待機していると低い唸り声が聞こえて顔を巡らせた。
 二人がほぼ同時に声がした方角を窺うと、いつの間に現われたのかそこに狼が佇んでいる。通常の狼と比べて一回り以上大きな体格を見れば、これが例の狼だろう。日を遮る木陰のせいで暗く沈んだ赤金の毛を膨らませ、唸りながらこちらを睨みつけて木々の合間を縫うようにゆっくりと移動を始める。
 向けられるのは、敵意と警戒。即座に襲い掛かってくる気配はないが、いつでも飛びかかれる距離を保ったまま慎重に様子を探っているのが分かる。敵と見做せば襲い掛かってくるだろうし、取るに足らないと判じられれば即座に町に向かう気だろう。
 とりあえず、話して足を止めてくれる相手ではないらしい。ならば、どうするか。
『聞いてくれない相手とお話したい時には、砲撃が切り札になるんだよ?』
 脳裏に、冥王様の名言が蘇る。正に今がその時だろう。森の中なら、擬人化しているほうが動きは取れる。火力が落ちるのは難点だが、相手が落ち着けば引く必要がある今はそのほうがいいだろう。
「町に向かわせるわけにはいきません、攻撃して足止めします」
「っ、確かに話を聞く雰囲気じゃないな」
 狼から目を逸らさないまま両手に持ったトンファーを握り直した坂上が頷いたのを合図のように、唸り声が僅かに大きくなった。瞬間、叩きつけるような風が狼から放たれ二人して呆気なく吹き飛ばされた。後ろの木にぶつかり、みしりと嫌な音がする。
 中戦車の本体は文字通り戦車だ、擬人化していたところで骨や内臓が傷つく事はないが、坂上はごほっと咳をして苦しげに顔を歪めた。彼らを木に押しつけたまま止まない風に腕を向けた中戦車は、狼がいると思われる方角に向けて容赦なく実弾を撃ち込んだ。
 狼に当たった感触はなかったが、弾は押し戻されずに一先ず風も止んだ。坂上はその場に座り込んで何度か咳き込んだが大した怪我はしていないようで、ちくしょ油断したと顔を擦りながら立ち上がった。
 唸り声は低く、遠く近く聞こえたまま。どうやら無事に敵と見做されたのだろう、しばらくは町にも向かわないはずだ。
「このまま畳み掛けます」
 再び風を使われては面倒だと力押しを提案すると、待ったと坂上が慌てたように止めてくる。
「落ち着かせる為に多少はしょうがないけど、今の調子でやったら殺しかねないよな!?」
「町への損害さえ発生しなければ、無駄に殺し合う気はありません。相手が戦意を失ったならば、こちらも引きます」
 答えている間に再び襲い掛かってきた風を、今度は互いに跳び退って避ける。先ほどは一面叩きつけるようだったが今回は細く、けれど風圧は増しているらしく地面は深く抉れている。引く気はなさそうですねと呟き、木々の陰を移動している狼を探すように顔を巡らせて狙いをつける。
 互いに覚悟して殺し合うなら、それもいいだろう。正義の反対は、別の正義に過ぎない。どちらも譲れないなら戦うしかない、相手が人だろうと動物だろうと同じだ。
「私が受けた依頼は、町に損害を出さない事です。貴方が思い留まってくださるならそれでよし、最後まで交戦の意志を捨てないなら、捨てないまま死んで頂くまでです」
 狼に聞こえるよう声を張って告げると、間近から殺意が湧いた。咄嗟に腕を突き出し、向けられる殺意に実弾で返す。一発当たったような音はしたが立っていられないほどの強風で弾が流され、幾つか中戦車に当たりながら後ろの木々に撃ち込まれる。少し離れた場所にいた坂上は幸い掠りもしていないようで、そのまま避難してくださいと声をかけながら木を支えに立ち上がって再び狼に狙いをつける。
「っ、駄目だ! 殺したら『囁くもの』の思う壺だ!」
「『囁くもの』……?」
 思わず気を取られて顔を向けると、かまいたち状の風が幾つも向かってきた。坂上に腕を引かれて地面に伏せさせられ、視線だけを上げて窺えばどうにかその風を避けた阪上が狼に突っ込んでいくところだった。
 風を使って牽制されても引かない坂上に無駄を悟ったのか、狼は一度身を低くするとアーチを描くようにして飛びかかった。前足で坂上の胸を押さえるようにして押し倒し、躊躇なく首筋に噛みつく。助けに入ろうと身体を起こしたが、左腕くらいくれてやると、噛み締めるような坂上の声に足を止めた。
 よく見れば狼は首筋に噛みつく前に、金属棒で防護していた左腕をトンファーごと捻じ込まれている。激しく唸って噛み砕こうとしている狼の舌を握った坂上は鼻面に頭突きを食らわせ、
「いい加減目を覚ましやがれ、バカ犬! 彼女を助けるのが間に合わなくなるだろうがっ!」
 お前の巫女だろ! と怒鳴りつけると、相手が僅かに怯んだ隙に右手のトンファーで狼の側頭部を殴りつけた。
「信じろよ! お前を神獣だと敬ってる人が、巫女を殺すはずないだろ! お前の大事な人が、町の人と争うわけないだろ! 嵌められたんだ、彼女もお前も!」
 そのくらい理解できるだろ!? と狼の目を見据えたまま怒鳴りつけた坂上から身を捩るようにして離れた狼は、一定の距離を保ったまま唸り続けている。



 墨染の後を追うように町に入ったアコルは、ロックテイラーが町の人に話しかけているのを離れて聞きながら匂いを辿って近くの家の屋根を見上げた。藍鉄色の着物と黒い袈裟を纏った少年は、屋根の上から遠く地上を見下ろして何かを探しているようだ。
「上から探すなら、飛ぶのはお手の物なんじゃがなぁ。はて、何を探しとるのかのう」
 巫女の容姿も知らんじゃろうにと首を捻ったが、どういう事なんだと詰め寄られているロックテイラーに気づいて視線を変える。
「神獣がおかしくなったって、本当なのか?!」
「神獣は森の守り神だぞ、彼がいるから安心して森に入れるのに!」
 本当に町を襲うのかと青褪めた顔をした人々に詰め寄られ、ロックテイラーは戸惑いながらも落ち着いてくださいと宥める。
「大神はきっと、巫女が来なくなったのを心配しているんだと。誰か、巫女がどうしているか知りませんか」
「巫女なら神獣の元に通ってるはずだ」
「巫女が来ないって、いなくなったのか? まさか、ジンは一言も言ってなかったぞ」
 何の話だとばかりに聞き返され、これこれとアコルが口を挟んだ。
「ジンと言うのは誰じゃね?」
「ジンは巫女の幼馴染だ」
「神獣がおかしくなったと嘆いてたんだったか」
「そうだったか? あれはジンじゃなくて……、いや、ジンか」
「そうだろう、神獣に会えるのはジンだけだ」
 そのはずだよなと何故か不安そうに話す人々にロックテイラーは首を傾げたが、アコルに近寄ってきて声を低めた。
「そのジンって人が、大神に巫女の死を伝えた相手かな」
「そのようじゃが……、何か引っかかるのう」
 詳しく問い質そうと口を開きかけたが、その前に屋根の上にいた墨染が移動を始めたのに気づいた。アコルの視線を追ってロックテイラーも気づき、追ったほうがよさそうだねの提案に頷いた。
「何か見つけたんじゃろうしな」
 身軽に移動する墨染はすぐに見えなくなったが、彼の匂いなら辿れる。こっちじゃと先に向かい、追いかけてくるロックテイラーは走りながら問いかけてくる。
「墨染くんは、何を見つけたんだろう」
「さてなぁ。巫女の姿は知らんはずじゃし、あの距離でワシらの話が聞こえとったとも思えんがなぁ」
 言いながら耳を澄まし──厳密に言うと耳はないのだが──、向かう先からぽつぽつと聞こえる音を拾う。
 どうして神獣が、武器を用意、襲ってくるなら已む無し、やられる前に──、
 複数の人間の声は途切れ途切れだが、不穏な気配は嫌でも伝わってくる。その中に、待ってくれと宥めている人物が一人。何を言ってるんだジンと誰かの呼びかけに、そこに目的の人物がいると知る。
「ほ。当たりのようじゃな」
「ひょっとして、ジンくんが?」
 問いかけてくるロックテイラーに頷く間にも集団が見える辺りまで近寄り、墨染の匂いが近いとそちらに回る。どうやら墨染は、町の人がジンに詰め寄っているのを見越して探していたのだろう。
「墨染くん」
 小さくロックテイラーが声をかけると、視線を向けた墨染はすぐに集団へと戻した。
「こんな時に、巫女は何をしてるんだ!?」
「ジン、お前なら巫女の行方を知ってるだろう!」
「……神獣のところに行ったきり、しばらく戻ってない」
 苦痛そうに答えたジンの言葉で、町の人たちはまさかといきり立つ。ジンは慌てて頭を振り、大丈夫だと声を張り上げる。
「ユシを信じてくれ! ユシが生きてる限り、あいつだってこの町を襲ったりしない!」
「その巫女がいないじゃないか、神獣のところに行ったきり戻らないんだろう!?」
「どうするんだ、町を襲われたら……俺たちは殺されるしかないのかよ!」
 殺されるとパニックに陥りかける人々を、落ち着いてくれとジンが必死で宥める。
「ユシはあいつに怯えた事なんてない、あいつが大人しい狼だって知ってるんだ」
「狼……そうだ、神獣だってただの獣じゃないか」
「町を襲うならもう神獣じゃない、ただの獣だ。狼なら殺せる……!」
「よせ、やめろ! あいつを殺したらユシが泣く!」
 やめてくれと懇願するジンに、何を甘い事をと批難が突き刺さった。
「その巫女が既に殺されてたら!? お前だってあいつを殺したいだろう!」
 町を守る為にはやるしかないと目を血走らせ、ジンに詰め寄っていた人々は武器を取るべく散って行く。ジンは崩れ落ちるようにして頭を抱え、やめてくれと悲痛な声で繰り返した。
「あいつを殺したらユシが泣く」
 泣いてしまうんだと頭を抱えたままのジンにロックテイラーが複雑な顔をしていると、しばらくして手の陰になっていたジンの口許が歪んだ。
「泣いて泣いて……、解放される。もうあいつに縛られる事なんてないんだ、ユシ」
 馬鹿な奴らが殺してくれるからと呟いて立ち上がったジンは、地面に突いていた膝を払った。そうして冷たい目をして砂を落としながら、皆死ねばいいと低く吐き捨てた。
「ユシ一人に狼の面倒を押しつけて、犠牲になれなんて抜かした馬鹿どもが。精々暴れるあいつに噛み殺されるがいい。そうして町を救うべく、あいつを殺せばいい」
 共倒れを待つだけだと暗く笑ったジンに、アコルが不快を覚えて口を開く前。黙って眺めていた墨染は懐に手を入れ、ナイフを取り出すとジンに向かって駆け出した。
「! 待て待て、お主、何をする気じゃ!」
「待って、殺しちゃ駄目だ……!」
 そこの人も逃げてとジンに警告したロックテイラーは、今にもナイフを突き立てそうな墨染に向かって何かを投げた。ころりと地面に落ちたのは、赤いダイス。途端、何故か墨染の持っていたナイフの刃が半分くらいのところでばきりと折れた。



 ぬれ羽は今回、神獣を殺せると聞いてひどく喜んでいた。神獣と呼ばれるほどの狼だ、きっと殺し甲斐がある。楽しみでしょうがなかったのに、狼が嵌められたと聞いて何となくもやっとした気分になった。
 巫女がいなくなった。実際に殺されたかはどうでもいい、ただ狼は殺されたと聞かされて町の破壊を決めた。殺されていないのだとしたら、狼は嘘をつかれた事になる。
 狼に嘘をついた相手は、どこにいるのだろうか。狼に町の破壊を唆し、自分は安全な場所で眺めているのか。
「……、……」
 何となく気分が悪い。胸中に、薄暗い靄がかかったみたいで気分が悪い。理由は分からないけれど、何となく狼を騙した相手を探して殺そうと決めた。本当は真っ先に神獣を殺しに行きたいけれど、こんな気分のまま相対するのも勿体ない。別の相手を殺す間に少しは気分も晴れるかもしれない、楽しみは後に取っておこうと決めて嘘つきを探し始めた。
 狼が嘘に気づかないのは、他の人間と会って話さないからではないか。ならば狼の乱心を聞いた人々は、巫女に真偽を質すしかない。その巫女がいなければ? 別の狼に会える相手を探す、それが狼に嘘を吹き込んだ相手の可能性は高い。
 屋根に上って、人だかりを探すのは簡単だった。見つけて近くに寄り、嘘つきだと確定すべく話を聞いている間にサルマとロックテイラーも駆けつけてきたのは見たが、特に興味もなかった。
 ぬれ羽の興味は、ただただ嘘つきの確定だ。それは殺してもいい相手の確定でもある。だから芝居がかって頭を抱えていた男が膝を払い、町の人間も狼も殺されてしまえと笑ったのを見て確信した。これは殺してもいい相手だ、と。
 決めれば後は早い。ナイフを抜いて喉笛を切り裂く。そうしたら神獣を殺しに向かえると、薄っすらと笑みさえ浮かべてナイフを突き出したのに。
 ロックテイラーの投げた何かは当たらなかったはずなのに、ナイフがいきなり折れて地面に落ちた。有り得ない。手入れは欠かしていないのに、特に乱暴な扱いもしていないのに、いきなり折れるなんて理不尽があってはならない。
 眉を顰めて落ちた刃を眺めると、その近くに赤いダイスが転がっている。五の目が出ていようと赤かろうと白かろうとどうでもいい、ロックテイラーが投げたこれのせいで殺せなかったに違いなく、それなら先に邪魔者から殺すべきか。
 別のナイフを取り出してロックテイラーに狙いをつけかけた時、ぬれ羽の行動に呆然としているだけだった嘘つきが悲鳴を上げて逃げかけた。その爪先が引っかかり、体勢が崩れる。舌打ちしたい気分でナイフを収めると受身を取って無様に転ぶのは免れたが、間にサルマがぬっと首を突き出してきた。
「お主、無茶をするのう。殺せば巫女の居場所も分からんようになるじゃろう」
 控えてくれんと巻きついてでも止めるぞと覗き込まれ、ちらりと相手を一瞥する。今は三メールくらいだが十分な大蛇だ、巻きつかれては身動きが取れなくなるだろう。そのまま力を入れられれば全身骨折は免れない、不利を悟って渋々諦めるとええ子じゃのうとしゅるしゅると舌を出して誉められるが嬉しくない。
 むうとしたまま二人が嘘つきに事情を聞き出す横に突っ立っていたが、神獣を殺しに行ったほうがましだと思って踵を返しかけた時。
「やれやれ、お粗末な結果ですねぇ」
 残念極まりないと呟く声は、どこか楽しそうで耳に障った。
 顔を上げて声がしたほうに視線を動かすと、しばらく離れた場所で黒い服の裾が翻ったのを見つける。何となく気になって後を追い始めたがなかなか追いつけず、不審を覚えて僅かに眉を顰めると
「私に何か御用ですか」
 いきなり背後から声をかけられ、その場に凍りついた。
 ぬれ羽はこれでも暗殺者だ、背後を取られるなど滅多とない。ましてや動けなくなるなんて屈辱以外の何物でもないが、どうやら相手は変な術でも使うらしい。
「用がないなら、ついてこないで頂けませんか。私はもう帰るところです」
 心配しなくてももう干渉しませんよと笑ったように告げられ、何とか振り返るとおやおや動けますかと楽しそうな声が聞こえた。姿はどこにもない。
「はじめにしては面白かったですよ。森に満ちた一音も心地よかった。本当に巫女が殺されていれば……ああ、死体を見せてあげれば、もっといい音になったでしょうにねぇ」
 でも、まぁ、欲張りすぎはよくないですからねぇと楽しそうに笑った姿のない相手は、学ぶべきも多かったですしと言いながら少し離れた気配がした。
 見当をつけて投げたナイフは、何かに弾かれたようにして跳ね返って落ちる。
「闖入者の予想はすべきでしたねぇ。これからは気をつけます」
 楽しませてもらいましたよと少し離れた場所で頭を下げたらしい相手は、それでは御機嫌ようと言い残して気配ごと消えた。
「……」
 狼に嘘をついたのは、さっき殺し損ねた嘘つきだ。けれど今消えた相手こそ、そのまだ後ろで笑って眺めていた元凶にして観客ではないのか。
 不愉快な気分で落ちたナイフを拾い、その先に紙片がついているのを見つける。しばらく眺め、振り払うように落として片付ける。気分が悪い。
 とりあえず神獣を殺すという当初の目的を思い出して森に足を向けたけれど、何故か心は晴れなかった。



 健は距離を取って睨み合う狼に、幾らか迷いの色が浮かんでいるのを見て取った。唸り続けてはいるが風を繰り出してくるでもなく、九七式も攻撃すべきか迷っている様子だった。大丈夫ですかと声をかけられ、狼を見据えたまま小さく頷く。
 予め金属棒を巻いて防護していたし、同じようにトンファーを添わせたおかげで深く噛みつかれる事はなかった。それでも殺す気で飛び掛ってきた狼の威力は凄まじく、噛まれた箇所はずきずきと痛む。けれど自分の怪我の具合より、今なら少しは耳を傾けてくれそうな狼に声をかけるほうが先だろう。
「俺は勝手に囁くものって呼んでるけど。他のセカ──町でもあったんだ。力あるものに囁いて、狂乱させて……その町を壊そうとした事が。その時は間に合わなくて、救えなかった」
 拳を作ると、じわりと滲んだ血が服に染み込んでいくのが分かる。あの時は、ただ無力感に打ちひしがれるしかなかった。けれど今は違う。まだ間に合う。
「今度は助けたいんだ……、あんたも、彼女も。町の人もさ」
 頼むから少しだけ落ち着いて聞いてくれと重ねると、低い唸り声がそっと途切れた。九七式は油断せずまだ構えているが、狼はふと視線を外した。
<彼女は生きているか……、生きているのか?>
 縋るような声は直接頭の中に響いてくるようで、健は意気込んで頷いた。
「絶対の保証はない、でも生きてるはずだ。どこか見当はつかないか、彼女が閉じ込められていそうな場所。町の中でも他人に見つかり難そうな場所」
 町に仲間がいるからすぐに探してもらえると重ねると、狼は項垂れるように頭を振った。
<町には近づかない……、彼女が棲む場所も知らない。彼女だけが訪ねてくれる>
 何も知らないと嘆くような答えに、九七式は首を傾げた。
「それでは、貴方が直接町に行って探されてはどうでしょう? 巫女の匂い、貴方なら分かりますよね?」
「確かにそうできたら一番だけど、町の人を刺激しないか」
 町に神獣が襲うの噂が蔓延していれば、姿を見せただけで攻撃されかねない。いらない騒ぎを起こしそうだと健が心配すると、大丈夫ですよと九七式が笑顔になった。
「町の人が暴走した場合に備えて、機銃に暴徒鎮圧用ゴム弾を装填しておきましたので」
 攻撃してくるようなら先に撃ち込みますと笑顔で言ってのける九七式に、もう少し平和的解決策はありませんかと思わず敬語で尋ねてしまう。九七式は、分からなさそうに首を傾げた。
「侮られるより怒られたほうがいいですよ?」
「怒られるより気づかれないとか、もっと平和的に」
「では、私が戦車に戻って中に入られては如何でしょう。外からは見えませんし、攻撃されても防げます」
「戦車で町に乗り込む絵面も気になりどころだけど、中にいたら鼻が利かないよな……?」
 恐る恐る突っ込むと、それは困りましたねと顎先に手を当てた九七式が狼を見た。
「貴方はどうされたいですか? 暴れられるようならば強制的に排除させて頂きますが、そうでないなら巫女探しに協力するのは吝かではありません」
<彼女が生きているのなら探し出す……!>
 何があろうとと強く吼えた狼に、健も知らず口許を緩める。町に入れる方法を探すかぁとトラベラーズノートを開きかけた時、狼の耳がぴくぴくっと動いた。途端に町に向かって駆け出すのを慌てて追いかけると、森を抜けたところで空を仰いだ狼は瞳孔を細めて嬉しそうに吼えた。
<ユシ……!>
「シンラ!」
 上から降ってくる声に健も空を仰ぐと、ゆったりと空を渡る蛇竜の雄大な姿があった。地上に近づいたサルマの背から飛び降りたのは二人、内の一人は見覚えのない女性だった。即座に狼に駆け寄って抱きついている女性は、少しやつれているが元気そうだった。
「彼女が巫女ですか? 無事だったのですね」
「うん、怪我もなさそうでよかった。二人ともありがとうな。で、墨染は?」
 一緒じゃなかったのかと問いかけると、サルマが変なことを言うのうと舌先で森を指した。
「あそこにおるじゃろうに」
 言われて振り返ると、確かに森の入り口付近に墨染を見つける。いつの間に、いつからそこにと疑問は尽きないが、彼が感情の薄い視線で眺めている先にいる巫女と狼を見つけて改めて安堵の息をついた。
 狼を宥めるように撫でたり鼻先を押し当てられるままじっとしていた巫女は、視線に気づいたように顔を上げて立ち上がった。
「お礼とお詫びが遅くなって申し訳ありません。シンラを止めてくださったそうで……、ありがとうございました」
 お怪我をさせてしまったようでと申し訳なさそうな巫女の視線を受けた健は、このくらいと慌てて頭を振った。
「それより、大した怪我もないみたいでよかったよ。……捕らえてた奴は」
 どうしたのかとサルマとロックテイラーを窺うと、二人は巫女を気にするように視線を向けた。彼女は大丈夫ですよと微笑んで、シンラの鼻先を撫でた。
「私がいる以上、シンラに馬鹿な真似はさせません。ご迷惑をおかけしたのですから、あなた方には知る権利があると思います」
「彼女を捕らえてたのは、……幼馴染のジンくんだったんだ」
 言い難そうながらロックテイラーが話すと、狼が目を瞠った。けれど彼女が鼻先を押さえてゆっくりと首を横に揺らすと、不満そうながらも唸るに留まる。その様子を見ていて、彼に伝えた相手? と小声で確かめるとサルマが頷いた。
「巫女を役目から解放したかったんじゃと」
「それなら、彼は自分で狼と対峙すべきだったのではありませんか?」
 何故そうしなかったのですと不審げに聞き返した九七式に、サルマは彼女を見て狼に視線を変えた。
「一人では敵わんと思うたのと……、町の人たちも許せんかったんじゃろうなぁ」
「巫女に全てを押しつける町の人たちも、彼にとっては同じく彼女を縛る物だったんだと思うよ」
「身勝手な」
 眉を顰めて切り捨てた九七式の言葉に、ですがと控えめに巫女が口を挟んだ。
「ジンの様子が変わったのは、ここ一月ばかりの事です。それまでは、ちゃんとシンラの事も気遣ってくれていたのです」
「一月前に、何か変わった事でも?」
 囁くものは関係なかったのかと胸を撫で下ろしかけていた健は、何となく嫌な予感を覚えて尋ねる。巫女は小首を傾げて頬に手を添え、それがと少し言い淀んだ。
「誰か、町にいらしたような気がするのです。ジンがよく話をしていたような……」
 言いながら眉を顰める彼女に、健はまさかと拳を作った。
「その誰かが、ジンって人を唆したのか?」
「それが、よく覚えていないのです……」
 申し訳なさそうに俯いた巫女が首を振り、心配そうに狼が見上げる。覚えてないと戸惑って健が繰り返すと、ロックテイラーが町の人もそう言ってたと続ける。
「ジンくんも誰かに会った気がするって言ってたから、それとなく聞いてみたんだけど。神獣についてよくない噂はジンくんから聞いた、聞いたような気がする、他の誰かだったかもって、すごくあやふやなんだ」
「嘘をついとる様子もなかったし、誰か他におったようなんじゃがなぁ」
 独り言のように続けたサルマは、ふと思い出したように墨染を見た。
「そういえばお主、さっき誰かを追いかけとらんかったか」
「その誰かを見たのか!?」
 どんな奴だったと意気込んで尋ねる健に、退屈そうにしていた墨染は無感動な目を向けて小さく肩を竦めた。会ったのか会ってないのか、そもそも追いかけたのかどうかもその仕種からは読み取れない。
 けれど問いを重ねる前に、九七式が巫女に声をかけた。
「町に損害が出なかったのはいい事ですが、これからどうされるんですか?」
 町の人にとって襲いかけていた狼は脅威ではないでしょうかと淡々と尋ねた九七式に、巫女は静かに微笑んだ。
「私はもう町には戻りません。元よりそのつもりでしたし、この先は森でシンラと暮らします」
<ユシ>
 気遣うように名前を呼んだ狼に、巫女は決めたのと強く断言する。
「しばらくは、町の人もシンラを警戒するでしょう。ですが森に攻め入っては来ないでしょうし、そうされたところでシンラの意思なく彼を見つける事はできません」
 被害がなければ皆も落ち着くはずですと語る巫女に、ロックテイラーも頷く。
「ジンくんも、彼女と大神にひどい事をしたって反省してた。町の人は彼が説得してくれるはずだよ」
「巫女の意思で、犯人じゃったのは伏せておるからのう。また悪心を起こしたところで目の前に巫女がおらんのじゃったら、彼にもどうしようもないじゃろう」
 一先ず解決じゃとちろちろと舌を出して告げたサルマの言葉を受けて、墨染はさっと踵を返した。それを見て九七式も、任務完了ですねと笑った。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。町が救われたのもあなた方のおかげです、本当にありがとうございました」
「なに、町に被害がのうてお主らも無事に会えたのが何よりじゃ。それじゃあ、見失う前にワシらも帰るとするかのう」
 足の速い坊じゃと笑いながら墨染を追い始めたサルマに、九七式はスカートを持ち上げて一礼し、ロックテイラーも頭を下げて続いた。健も元気でと手を上げて先を行く四人に続き、振り返るとまだ見送ってくれている狼たちに大きく手を振る。
 狼に嘘を吹き込んだのは、健の思う囁くものではなかった。けれど、それを唆したのは? 考えると胸に薄靄のような不安は残るが、手を振り返してくれる巫女たちが幸せそうならよしとすべきだろう。



 ぬれ羽は結局神獣と戦う事もできなかったと、大分不満を抱えながら帰るべく足を進めた。最初から神獣を殺すべく動いていたほうがよかったかと反省しながら歩いていると、後ろから大きな遠吠えが聞こえて思わず振り返った。
 ここに着いた時に聞いたのとは違う、心から嬉しそうな安堵したような声。後ろにいた四人も顔を見合わせ、知らず嬉しそうに口元を緩めている。
 ざわざわと、森がざわめき出したのが分かる。今までずっと詰めていた息を吐き出し、そろりと身体を伸ばし、聞こえた主の喜びに答えるようにさざめき出す。
一音のみに支配されていた森が様々な音と感情を広げていつもの空気を取り戻していくのを聞いて、ぬれ羽は僅かに眉を上げた後、誰かと目が合う前に再び足を進め出した。
殺せなかった不満は募っているはずなのに、騒がしくなり始めた森を横に聞きながら微かに口元を緩めていた。

クリエイターコメント狼の暴走を止めて頂き、誠にありがとうございました。
狼の始末も考えていましたが、無事に巫女とも巡り合え、穏便に済ませる事ができました。皆様の優しいプレイングのおかげです。

プレイングからの言葉を借りて、囁くもの。いるようないないような、もやもやっとした感じで終わりましたが、一先ずこの町の騒ぎとしては終結しました。
また別のシナリオに繋がるかもしれませんが、それはまた別物として。今回の解決に心から御礼申し上げます。

今回は一部、凄まじく捏造したりぼやかしたりした箇所がございます。逃げとは思いますが、生温く見守れる程度の許容範囲である事を心から祈りつつ。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

相変わらず字数の関係で拾いきれないところも多かったですが、皆様のお心遣いは狼と一緒に受け止めさせて頂きました。
ご参加、ありがとうございました。
公開日時2011-03-28(月) 23:00

 

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