クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-15652 オファー日2012-05-21(月) 00:20

オファーPC ジャン=ジャック・ワームウッド(cbfb3997)ツーリスト 男 30歳 辺境伯
ゲストPC1 ムジカ・アンジェロ(cfbd6806) コンダクター 男 35歳 ミュージシャン

<ノベル>

 投擲ナイフが円を描く的を目掛け放たれる。的の中にはいくつか円が描かれ、窺う限り、その円陣の真ん中に近い位置にナイフを突き立てた者がより高いポイントを得られるようだ。
 つまり、壱番世界におけるダーツのようなものなのだろう。
 ジャン=ジャック・ワームウッドは天鵞絨で作られたシルクハットの下、青の双眸をうっそりと移ろわせた。
 下卑た笑い声を響かせながら酒瓶を口に運ぶ酔客共は、どう譲って見たところでタチの悪いごろつきだろう。
 バーと呼ぶにはあまりにも貧相な仕立てのなされた建物ではあるが、砂塵を含んだ風や灼きつく強い陽射しを放つ太陽から身を守るには充分たる環境を揃えてもいる。切り出した木材で建てた屋根や壁の内側は昼であるにも関わらず薄暗く、ランプを灯さなければならないほどだ。
 酔客共に混ざり、品のない服に身を包んだ女共が踊っている。流れているのは弦を爪弾いたものだ。官能的に身をくねらせ踊る女共は、しかし、どれも美しい見目を持っている。その女の腰を取って店の奥に消えていく酔客もいる。つまり、この店はそういう商売もしているのだろう。
 ナイフが的に刺さる音がする。響く笑い声、そして罵声。――響いている音楽は美しいのだが、その美しさなど誰も理解などしていないのだ。少なくとも、今、この場にいるジャンと、ジャンの隣に座るムジカ・アンジェロの他には誰も。
 ヴォロスの西。海沿いに位置する小さな国は、かつて、罪過を犯した者に対する処遇が非常に厳しくあったのだという。罪過を犯した者は海を挟んだ向こうに浮かぶ島に流される事が多々あったらしい。ゆえに、その島は罪過を犯したならず者共で満たされ、長い歳月を経た今もなお毛嫌いされているのだそうだ。
 ろくに雨も降らず、森と呼べるものもない。赤茶けた大地が広がる、いわば死の土地だ。流されればあとは死を待つより他に手段のない末路であった、はずなのだ。が、罪人共はしぶとく長らえ、栄えた。そうして今にいたるのだという。
 ――むろん、そんな歴史が事実に基づくものであるのかどうか定かではない。史書を紐解けば難なく知れるものではあるのだろうが、とりたてて興味があるわけでもない。
 ジャンとムジカは本当にたまたま行き合っただけであったのだが、ゆえに交わす会話があるでもなく。ただ黙したまま、それぞれに酒を口に運んでいた。
 下卑な男共の声。ジャンの肩の上、ビアンカが気狂いたように笑う。まるで男共の賭け事を煽ってでもいるかのようだ。しかし主たるジャンはビアンカの行為を責めるでもなく、やがてふと、ムジカの視線が向かう先に目を向けた。

 入口から一番遠い位置、ランプの光も薄くしか届いていない一郭。その壁に、一枚の額が吊るされている。額の中には一枚の画が飾られていた。
 うっそりと視線を送ったジャンの目が捉えたのは、油絵具とも違う画材をもって描かれたらしい、赤黒い風景――否、それは風景と呼ぶのも相応しくはないような気がした。ただ赤黒く塗りこまれただけのそれの中央に、女がひとり立っているだけの簡素な画だ。
 ありゃァ地獄らしいゼ
 バーテンがムジカの視線に気付いたのか、自らも酒を飲みながら口を開く。
 地獄? ムジカが問う。ともすれば優男と評されても不思議ではない見目を持ったムジカは、薄い緑灰色の双眸をバーテンに移した。日頃よくかけている細身のサングラスは、薄暗い店内の中では不要だと判じたのだろう。外され、カウンターの上に置かれている。
 バーテンは酒臭い息を吐きながら首肯する。ああ、ありゃァ確かに地獄の画だ。忌々しげに眉をしかめた壮年のこのバーテンの顔を、ハットの下、ジャンの双眸が静かに見据えている。
 なぜだ? さらに問うたムジカに、バーテンは声を潜める。もっとも、潜めるまでもなく、バーテンの声は酔客共の声や女共の嬌笑、掻き鳴らされる弦楽器の音によって飲み込まれるのだろうが。
 初め、あの画にゃァな、あの女ァ、いなかったってんのさ。

 罪人共が流されたこの地には、当然のように深い怨嗟が篭もりだした。中には身に覚えのない罪状を負わされた者もいたのだろうし、あるいは元々住んでいた住民たちがいた可能性もある。
 しかしいずれにせよ、この島は荒くれ者共によって支配されることとなったのだ。
 
 この画ァ、そうやって身に覚えがねェのに流されてきた男が描いたモンらしいのさ。
 最初ァただの風景だったらしいんだがナ。気がつきゃァ、女が浮き出ていやがったてェことサ。

 バーテンはそう言って身を震わせる。それが本心からのものなのか、あるいは演技であるのか。むろん、そのどちらであったとしても何ら問題はない。わずかほどの興味をひくものでもないのだ。
 ムジカは席を立ち、画が飾られている一郭へ足を向ける。賭けに興じる酔客共の横をすり抜け、誘うように唇を濡らす女共には目もくれず。
 弦が狂ったように掻き鳴らされている。

 赤黒い画材で塗りつぶされたその画はあちこちが盛り上がり、盛り上がった箇所は澱んだ黒を浮きだたせていた。
 中央に立つ女は美しい裸体を隠す事もなく、両手を広げ、まるで見る者を慈しみ抱きしめようとしてでもいるかのようだ。
 まるで赤黒い荒野の中、女とその周囲だけが麗しい光彩に囲まれているような。まるで女が唯一の救済者であるかのような。

 ジャンがムジカの後ろに立つ。けれどムジカはジャンの事に気付いているのか否か、眼光を爛々とひらめかせ、画にぎりぎり触れない程度の距離を保ちながら指を伸べた。

 この赤が、もしも誰かの血と肉をもって描かれているのだとしたら? これは油絵とはまるで非なる画材を用い描かれたものだ。
 熱に浮かされた患者が放つうわごとのように、ムジカはとうとうと口を開く。
 ジャンは黙したまま、ムジカの指先を見ていた。
 まるで、触れたらそのまま吸い込まれていきそうなほどの何かを、画とムジカの間に感じる。
 ビアンカがけたたましい哄笑をあげた。

 ――例えば


 この地には元々住んでいた住民たちが存在していた。
 彼らの暮らしはある日海向こうから送られてくるようになったならず者共によって侵略される。殺され、犯され、奪われた彼らが積み重ねる怨嗟とは裏腹に、ならず者共は奔放な暮らしを送るようになった。
 むろん、流されてくるのは正しく罪過を負う者ばかりではなかっただろう。中には無実でありながら何らかの事情を負わされ流されてきた者もいただろう。
 悪に染まっていない者にとり、放り込まれた環境は劣悪なものであったに違いない。中には精神を病んだ者もいたかもしれない。

 ムジカは画から浮かぶイメージを、まるで観終わった映画の筋を語るかのような調子で愉しげに語る。

 ある日、ひとりの絵描きが島に流された。彼もまた身に覚えのない罪過を負わされた者のひとりだった。
 たどり着いた場所は劣悪たる環境下にあり、彼のこころは次第に病みだしていく。
 ろくな画材すらないこの地にあっても、彼は懸命に画を描き続けた。それだけが彼のこころを正気につなぎ止めていた。
 けれどその画は彼のこころが病んでいくのに比例して、次第に狂気をはらみ描くものへと変じていく。
 殺し合う者、
 屍の股から這い出る乳児、
 屠った相手の肉を貪る者、
 稚い幼児を陵辱する者
 やがて彼の画は住民たちの支持を得るところとなった。そのころには彼はもう狂気の徒であったのかもしれない。

 つまり、男がしていた行為は正気を留めるためのものではなく、むしろ正気を手放すためのものになっていた、と言うことか?
 ジャンが問う。ムジカはジャンの顔など見る事もなく首肯いた。
 創り手というのは大抵どこかネジが外れているもんさ。
 応え、口もとに笑みを浮かべるムジカの顔を、ジャンは表情もなく見据える。
 それで? 男はどうしてこの画を描いたんだ?
 訊ねたジャンに、ムジカは再びうたうように口を開けた。

 ――そうだな


 絵描きの前に、ひとりの女が現れた。女は罪人とするにはあまりに純朴で清廉だった。細身の体躯に褐色の肌、長く伸ばした黒髪。そのみの特徴から、女は流されてきたのではなく、元々の住人であったのだろうと思われた。
 絵描きは女を愛するようになる。まるで聖女のように崇め、大切に抱き寄せ、守っていた。
 だがならず者共は聖女にすら手を伸ばす。聖女は絵描きの前で汚されたのだ。なす術もなく、聖女が汚されながらやがて狂っていくのを絶望の底から見ていた。
 やがて聖女は身の汚れたのを厭い、自ら首を突き死出の旅に出る。
 残された絵描きは愛する女の骸を前に、女への愛を永久のものとして描写することで、不変の愛を誓約した。

 女の死肉を紙の上になすりつけたのだ。
 女の臓物を紙の上に塗り込めたのだ。
 女をぞろりと指先に絡め取り、ひと塗りごとに女への愛を深く込め。
 腐ってゆく女の唇からは蛆が這い出るようになっていた。絵描きは厭うことなく接吻する。
 腐臭を放つ作品は、絵描きの愛の造詣でもあった。絵描きは聖女への愛を紙の上で謳うのだ。


 熱に浮かされ続けるムジカに、ジャンはグラスを差し伸べる。
 グラスには薄茶色の塊が渡されていた。この地の砂糖らしい。ジャンが告げる。
 ムジカはようやくジャンを見た。グラスを受け取り、しかしまだどこか浮かされたままのような眼差しで首をかしげる。
 アブサン酒だ。ジャンは続ける。この地にもニガヨモギは自生しているらしいな。
 どの地にも酒というものは必ず存在している。ならず者共が寄り集まった地であるならばなおさらだろう。
 砂糖はアブサン酒で湿っている。度数の高い酒には火が点くものだ。
 ビアンカが何かをがなり立てている。それが歌だと知れたときにはすでに砂糖は着火していた。

 
 この画は地獄を描いたものだという。
 なるほど、赤黒く塗られた風景はそのままこの終末の島の大地を描いたものであるのかもしれない。ならば確かに描かれているのは地獄だろう。
 その地獄の真ん中で、他に冒されることなく光り輝くように立っている美しい女は、地獄に舞い立った聖女であるのかもしれない。


 けれど、
 ジャンは口をつぐむ。
 ムジカは言う。この画はじつに美しい。至高の愛を描いた美しい作品だ。
 ジャンはうっそりと目を細ませる。
 けれど、仮にムジカの語る夢想が事実であったとするならば、女はその時点で処女などではなかった可能性が強いのではないだろうか。
 むしろこのバーで身をくねらせ踊る女のように、身を売り暮らしていた類いの女であったかもしれない。
 ならば女は初めから聖女などではなかったのではないか。
 考えて、ジャンは画の女に目を向ける。
 女が浮かべている笑みは、どこか淫靡なものであるようにも思えた。

 描かれているのは文字通りの狂気だ。
 それを至高の美だと讚えるムジカもまた、どこかに狂気を内包しているのかもしれない。
 創り手というのは大抵どこかネジが外れているもの、らしいのだから。


 ビアンカが嗤う。弦が掻き鳴らされる。
 グラスの中、赤く燃える炎が、ムジカの笑みを仄かに照らす。
 ムジカは再び画を見ていた。指を伸ばし、画にぎりぎり触れない位置を撫でながら。

 ――なあ、


 後ろにいるはずのジャンに声をかけ、ムジカは肩ごしに振り向いた。
 けれどそこにジャンの姿はない。賭けに興じていた酔客共の姿もない。ただ、女が弦に合わせ退屈そうに踊っているばかり。
 緑灰色の双眸を細め、ムジカは静かに口を閉ざした。
 グラスの中、炎が揺れている。
 ニガヨモギ。――ワームウッド。
 蜜のように甘い砂糖を浸し、炎を纏わせるその酒は、中毒性すら秘めているという。
 その中毒のゆえに幾人もの芸術家たちを滅ぼしてきた酒。

 燃える炎を静めるように、ミネラルウォーターを注ぎ入れる。
 何かに憑かれ、熱に浮かされてさえいたような感覚を覚えながら、ムジカは酒を一息に飲み干した。

 窓の向こう、陽はまだ高い。外に出れば肌を射るような陽射しがムジカを迎えるだろう。
 サングラスをつけ、バーを後にした。
 引き留めるように響いた弦の音が、開いた扉の向こうに広がった白日の中に飲まれ、消えた。

クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました。お届けまで大変にお待たせいたしました。

オファー文を拝見しましたとき、これはわたしにはむずかしいだろうかと思いもしましたが、しょうじき、他の方に書かせたくないなーという欲もありました。
ぜんぶを地の文だけで済ませるというかたちをとらせていただきました。

楽しく書かせていただきました。
お二方にもすこしでもお楽しみいただけましたらさいわいです。

それでは、またのご縁、お待ちしております。
公開日時2012-09-28(金) 21:30

 

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