オープニング

インヤンガイのとある街区

廃墟となった屋敷の中に、少年と少女がいた。
ちょっとした冒険気分、少年は目を輝かせながら少女の手を引く、手を引かれた少女は、おっかなびっくりついていく。

 屋敷の奥には座敷牢らしきものがあった。その中には、白骨と不自然なまでに綺麗な髪飾りが置かれていた。
少年は、格子の間から座敷牢の奥に手を伸ばす。力を込めて手を伸ばす少年。格子は負荷に耐えかねて脆くも崩れ去った。
 少年は髪飾りを手に取り、少女に向けて誇らしげに振り向く。
 
 少女の両目は恐怖に見開かれ、震えながら後ろを指差していた。

―― 一寸前には存在しなかったものが、そこにはあった。

 時代がかった華美な衣装に身を包んだ、見目麗しい女性。だがそのようなことに気を向けることができないほどに、彼女は特徴的であった。
―― 女性の姿を通して壁が見えている

「ほーほっほっほ、自由じゃ、妾は解放されたぞ」
半透明の女性は歓喜の声を上げる。

「そなたらが、我が牢を砕してくれたのか、礼をせねばなるまいな。どれ、妾の永遠の従僕となる栄誉を与えようぞ」
女性の掌が二人を掴んだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

世界司書リベル・セヴァンがロストナンバーに依頼をする。
「インヤンガイにて強力な暴霊が復活しました。暴霊は近隣の住人に多大な損害を与えることが予言されております。現地ではモゥ探偵が調査を開始しています。彼と協力の上、暴霊を退治してください」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 ロストナンバーはインヤンガイに降り立ち、指定された場所に向かう。
探偵事務所の前では、女性が看板にペンキを塗っていた。
「お客さん達、モゥに用事があるの? ロストナンバー? にゃははははっ、来るの遅かったヨ。今日からここはただのメイ探偵事務所ヨ。モゥは死んじゃったからネ」
 メイ・ウェンティと名乗る女探偵の話によるとモゥ・マンタイは暴霊の情報を集めるために屋敷に向かって重傷を負い、探偵事務所の前で事切れたそうだ。モゥの死体は目立った外傷はなく、検死結果は衰弱死だったそうだ。
「モゥはがんばりすぎたのヨ。処置は間に合わなかったヨ」
 メイ・ウェンティはそう言うと事務所の奥からモゥ探偵が作ったと思われる資料と手記を持ってきた。
そこには以下の内容が記されていた。
 
 ・暴霊に関する資料 記:モゥ・マンタイ
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   【出自】
・暴霊は高貴な出自の女性、屋敷に虜となり若くして死亡した。
・名前はクォ・ホンユー
   
   【能力】
・暴霊に触れられたものは魂を食われ、その肉体は従僕となる。
・霊子機械も触れられるとエネルギーを吸い取られていた。
・暴霊はありとあらゆる物質を透過する。捧げ物を受け取けとっていたので選択的に透過しているようだ。
・剣や銃、果ては霊や術も通じなかった。魂を吸われた僕には攻撃は通じるらしい。
   
   【過去の被害】
・屋敷の住人をすべて殺した。
・近隣の住人を無作為に襲い、魂を喰った。
・生贄や珍しい捧げ物を与える事で一時的に大人しくなったらしい。
・珍しい話や芸などでも興味を引くようだが、終わった途端に襲われるのであまり意味がなかったようだ。
   
   【封印方法】
・かつては多大な犠牲を出しながら、暴霊が発生した屋敷の座敷牢に封印したらしい。
・肝心の方法は資料から散逸してしまったようだ。特定の物質で透過能力が失われる事だけは分かった。
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 ・モゥの手記
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 資料からは判明しなかった封印方法を調査するために、件の屋敷に向かう。屋敷に入るや否や暴霊に発見されてしまった。暴霊は顔色の悪い子供を二人伴って現れた。
 慌てて鞄からいんちきくさい店で買った対暴霊セットを取り出そうとする。
 ちゃちゃちゃー♪ ……場にそぐわないな軽快な音が響いた。慌てて鞄を漁ったせいで、携帯ゲーム機を取り出してしまったらしい。暴霊はゲーム機に大変興味を持ったようだ、目をきらきらさせながら寄越せと言ってくる。珍しいものが好きなのか? 携帯ゲーム機を渡すと暴霊は屋敷の奥に消えた。(モゥ! ゲーム機勝手に持って言ったネ。それ私のヨ)
 さらに屋敷を調査した。対暴霊セットを忘れずに装備する。屋敷は荒れ果てており特にめぼしいものは見つからない。屋敷の奥に座敷牢を発見する。牢の格子が壊れ辺りに散らばっている。これが暴霊を封印していた座敷牢だろう。元座敷牢の格子を手に取る、金属の棒のようだ。
 座敷牢を調査していると、誰何の声がかかった。暴霊だ、有無を言わさないすさまじい剣幕。くっ、ゲーム機はもうない、俺は対暴霊セットで激しく応戦した。無駄だった。全ての攻撃は暴霊を透過する。ああ、暴霊の手が迫ってきた。
 
 辛うじて屋敷から逃げる事ができたが、もはや体が思うように動かない。……そうか。暴霊の弱点は……(手記はここで途切れている)
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「肝心なところが書いてないヨ、モゥらしいネ」
「ところで、ロストナンバー達、おなか空いていない? ゴハンおごってヨ」

品目シナリオ 管理番号389
クリエイターKENT(wfsv4111)
クリエイターコメントモゥ探偵とメイ探偵は、ポンヨウである高幡信WRからお貸し頂きました。

暴霊の弱点は頓知になっています、フレーバー程度にお楽しみ頂ければ幸いです。。
本シナリオの肝は、暴霊の弱点となる物質を、いかに暴霊を出しぬいて回収するかになります。
単純に弱点となる物質に近づくと途中で暴霊に発見され、『ざんねん! わたしの ぼうけんは ここで おわってしまった!』になります。

暴霊の能力に関して少し補足しておきます。
・選択的な透過能力
暴霊が許可したもの以外は透過する能力、ただし特定物質によって能力が失われる。
透過できるものは物理的存在に限りません。
なおこの能力は、暴霊の五感にも及びます。

・魂を吸ったものを従僕にする能力
キョンシー化とでも思って頂ければ。加えて、暴霊の弱点の物質に触れなくなります。

・魂を吸収する能力
接触したら必ず吸うと言うわけでも有りません。

それではよろしくお願い致します。

参加者
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)ツーリスト 男 29歳 機動騎士
金 晴天(cbfz1347)ツーリスト 男 17歳 プロボディビルダー
アルベルト・クレスターニ(cnuc8771)ツーリスト 男 36歳 マフィオーソ

ノベル

「今少し早ければ会えたものを……。モウ殿の死は無駄にはせぬぞ」
 鍛え抜かれた上半身を諸肌剥きに、甲冑型パワードスーツのヘルムとレギンスのみ装備する特異な出で立ちのガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードは、慚愧と決意の言葉を発した。
 ガルバリュートに勝とも劣らない黒光りする体躯をもつタンクトップの男、金 晴天はそんなガルバリュートの様子を知ってか知らずか、腑に落ちない表情で呟く。
――あれぇ、モウって、この前は霊力機械で千切られて死んだ気が。
 
「それじゃよろしくネ」
 モゥの残した資料をガルバリュートに手渡し、探偵メイ・ウェンティは事務所に備え付けの安楽椅子に座り、雑誌『インヤンガイ歩行』を読み始める。
「……ところでメイ殿は来ぬのかな?」
「モチロン、行かないヨ。ご飯おごってくれるなら別ネ」
「なぜ拙者が奢らなくてはならぬのだ……」

 アルベルト・クレスターニ、獅子の鬣のような金髪と黒尽くめの格好の美丈夫は二人を呆れ顔で見やり、
「おいおィ、俺ァ先に行ってるぜ。なんかあったらノートで連絡してくんな」
 と事務所から出て行ってしまった。



 アルベルトの思索が友とするのは孤独と酒。アルベルトは、インヤンガイでも珍種といえるであろう酒度の高い黒酒の杯をあおる。口腔にトロリとインヤンガイの酒独特の甘辛い風味が拡がる。風味は、鼻腔をぬけ彼が身に纏うムスクの香りと混じり、えも言われぬ匂いとなる。
 アルベルトの手は自然と胸元に伸びる……が、目的のものは見つからない。(やれやれ……、口さみしくてたまらねェぜ)葉巻愛好家の口から漏れたのは、薫る紫煙ではなく微苦笑であった。(仕方ねェ、酒だけで我慢するかァ)
 両の手で余る杯を空け、大きく吐息をつく。アルベルトは、懐から手のひら大の箱を取り出す。精緻な細工がされた飾り箱だ。飾り箱をまるでコマのように指先で回しアルベルトは、今回の事件に思いを馳せる。
(資料によれば、暴霊は好奇心旺盛で自尊心が高けェ……、能力に関してもなかなかのもんだあなァ。ゆえに、ソコをつく。有る筈・出来る筈ってェいう暴霊の心理と思考を利用して、こいつと踊ってもらうぜェ。まァ、心理の落とし穴をついたイカサマってところだァな)
(しかし……こんな辛気クセェところにわざわざ来るタァ、俺も気紛れが過ぎるかねェ。だがなァ……)
(妙に、気になりやがんだよ今回の任務はよォ。全くなんなんだか)


 ガルバリュートは、メイに案内された機械屋で使えそうな機械を物色していた。
(金殿はメイ殿に連れ去られたようだな、まあ良かろう。金殿には悪いが、始終奢れと言われてはかなわぬわ)
「親父殿、ラジオか無線機のようなものを10基程用立ててもらえぬか、それとこのシンバルモンキーを頂けぬかな」
(視覚的には、かなり卓越した能力があるようだ。ここは無線機やラジオを利用した陽動が望ましかろう)
「変わった組み合わせだな、鎧の旦那。こんぐらいでどうだい?」
 店の親父は、指を三本立てる。

 無線機などを手に入れたガルバリュートは、身を乗り出し小声で店の親父に話しかける。
「ところでな親父殿、目からビームが出したいのだが……」
「鎧の旦那そりぁ随分ロックだね……、このパーツならどうだい? クールだろ」
 店の親父は自信ありげに、鋭角なデザインが特徴の赤い眼鏡をガルバリュートに投げ渡す。
「親父殿これは確かに、クールであるな」
 ガルバリュートの買い物は満足のいくものになったようだ。

 
 ガルバリュートが暴霊退治に向けての準備を進めていた同時刻、恐怖の舌を持つというメイ・ウェンティに連れ去られた金は、彼女の領域たる界隈に引き摺りこまれて行った。その魔域の深奥たる酒楼に近づいたとき、彼女は屈強な男すら恐怖の底に沈めるという魔的言語を発した。
「お腹減ったヨ金、おごってヨ」
 金は慌ててはいなかった。対策はしてある。メイの暴霊化した舌にはこれだ(鮑の煮つけを入れたビニール袋を取り出す)
 しかし、メイの悪魔的舌は人間の知恵ごときで対応できるものではなかった。メイは鮑の煮つけを吸い込むように平らげると戦慄の言葉を紡ぐ。
「足りないヨ金、早くお店入るネ」

 酒楼に入ると邪悪な皺を蓄えた老人が、退廃的呪句が刻まれた異形の聖典をメイに手渡した。去り際に老人は生贄たる金に、僅かな憐憫の表情を浮かべた。
 異形の聖典を受け取ったメイは、歓喜の表情でその呪句を吟じる。
『柳麺 湯麺 炒飯 叉焼麺 雲呑 餃子 炒麺 雲呑麺 雑麺 焼売 芙蓉蟹蛋 生碼麺 什景雲呑 蝦仁炒飯 白飯 水餃子 冷麺』
 金は微かな笑いを口元に浮かべた。
(対策は無駄ではなかった!! これならば耐え切れるはず)
だが、彼はすぐに自らの目測の甘さを認識するのであった。メイの唄には続きがあったのだ。
『白菜湯 蛋花湯 什景湯麺……』

 崩れ落ちる金……

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 準備を終えたロストナンバー達は、屋敷に入る前に作戦会議を行っていた

 ガルバリュートが屋敷の見取り図を開き、口を開く。
「拙者は、座敷牢に弱点ありと考えるが貴殿らは如何であろう?」
 金、アルベルトは共に賛同の意を示し首肯する。
「だが暴霊に発見されずに座敷牢に迫ることは難しい、そこで拙者は無線機を使った陽動作戦を提案する」
「なるほどねェ、そいつにゃァ、陽動と設置役、そして潜入役が必要だってことだぁなァ?」
「然りだアルベルト殿、しかし拙者はこの出で立ち、ここはアルベルト殿と金殿に陽動と設置を願いたい」
「OKだぜェ」
「おうよ、分かったぜ」
「よし、それでは各々方参ろうか!!」

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 屋敷の入り口、おそらく門があったであろう場所にアルベルトと金はいた。
「初めまして、スィニョリーナ。私、アルベルトと申しまァーす。貴女の無聊を慰めるために参りました奇術師でごザイいまぁーす」 芝居がかったアルベルトの声が、広い敷地内に木霊し響き渡った。

――刹那の静寂

 それに応えるように、耳元で囁かれるような距離感を感じさせない声がアルベルトと金に聞こえた。
「左様であるか、遠路大義であった。迎えの者をよこすゆえ、そこでしばし待たれよ」

 門前で待つアルベルトと金の前に、蝋人形のように肌が白く、生気を感じさせない少年がすぅっと姿を現した。
 少年は、生気のない白眼でアルベルトと金をしばし見つめと、くるりと背を向け屋敷に向けて歩き始めた。
「まァついて来いってェことかねェ」
 アルベルトの呟きに金も頷く。

 二人は従僕の少年に案内され、屋敷の中に入る。所々床が抜けていたり柱が折れてりと痛みの見える廊下を通り、屋敷の奥、事前に確認した見取り図では、客間に位置する場所に通された。客間は、屋敷の外や廊下に比べると痛みも少なく、調度も比較的小奇麗な状態であった。
 客間の中央、豪奢な調度がされた椅子に彼女は座していた。二人を案内した少年と同様に、生気がなく青白い肌で白眼の少女に傅かれる、時代が掛かった華美な衣装に身を包む美しい女性。
 ただそれだけであれば、感じるものもあるやも知れぬが、常人ではありえぬ透き通りすぎた姿。彼女が生と死の一線を超えた存在、暴霊であることは明らかであった。

 二人を見やる暴霊は、鷹揚な様子で話しかけてきた。
「そなたらが、奇術師とやらか。さぁ妾を楽しませよ、充足するものであらば褒美も取らせよう」
 アルベルトはその言葉を受け、大仰な礼をし
「ご拝謁に預り恐縮の至でございまぁすスィニョリーナ。まずはァ貴女の名前を賜る栄誉を頂きたく存じまァす」
 暴霊は鷹揚に頷く。
「良かろう。だが、まずは汝らから名のるが良い」

「これはとんだご無礼失礼を致しました。では紹介させて頂きまァす。こちらは手伝いやら雑用をやらせております、金でございます」
 突然振られた金は、とりあえずサイドトライセップスを決める。金の鮮やかな上腕三頭筋がアピールされた。
「そして私めは、伊国において神をも誑かす技を持つと言われた、稀代の奇術師!! アルベルトでございまぁーす」
おおっ、と思わず拍手をする、暴霊と従僕の少年と少女。

 拍手の手を止めると、暴霊は立ち上がり名乗りをあげる。
「妾の名はクォ・ホンユー。クォと呼ぶが良い」

 アルベルトは慇懃な礼をし
「ありがとうございまァす、クォ様。それではァ、まずは金がもつ珍品をお楽しみ下さい」

 アルベルトに出番を振られた金は、少し緊張気味に一礼する。
(ま、まず珍しい硬貨で騙すか。…ヴォロスとかブルーインブルーとか、壱番世界で普通に出回っているものだけど)
 財布から10円硬貨を取り出しクォに向かって突きつける金。だがクォは、それが如何したといわんばかりの表情を浮かべるのみだった。
「え、10円硬貨じゃ駄目、銅貨じゃ同化できない、あはは、冗談です。金貨はどうですか。金貨です、まじ」
 慌てて10円硬貨をしまい、財布を探る金。だが財布の中には先ほどしまった10円硬貨以外には、小銭がわずかに入ってるのみであった。
「あ、あれ? 金貨がないぞ。錫製の盃も。お、俺のなけなしの財産……」
 青ざめた顔の金、アルベルトがすかさず合いの手を入れる。
「彼が金貨をなくしたのには聞くも涙語るも涙の物語があったのです」

 金はがくりと膝をつき大仰に頭を抱える。
「そうか、あの食欲魔人に……、全てを吸い取られてしまったのか」
 クォは興味が沸いたのか、わずかに身を乗り出し相槌をいれる。
「ほほぉ、食欲魔人とな。どれ話してみよ」
(よし!! 食いついた)
 心の中でガッツポーズを決める金。

――メイに搾取された金の話が続く

「ほほほ、それは難儀であったのう。平民達の間には、斯様な化け物がおるのか」
愉快そうに笑うクォ。

 金はアルベルトに目配せをすると、揉み手をしながらクォの前に進み出る。
「そ、それにしても荒れ放題じゃないですか、貴方様のお屋敷、ぜひ掃除させてください。こんな美乳、げふん、美人に荒れ放題の館は似合いませんから、床掃除とか散乱したゴミの撤去、家財道具の修理をしましょうか」
 アルベルトは金の発言に、再び合いの手を入れる。
「こう見えまぁしてもぉこの金、清掃の匠と呼ばれております。美しく整った屋敷が、クォ様の目を楽しませる事をお約束致しまァす」

 クォはわずかに思案顔を見せるが、頷き
「よし、よかろう。清掃を許可する。二、三見せるには憚られる場所もあるゆえ、我が従僕に案内をさせる。ついて行くが良い」
 
 金は、従僕の少年と一緒に客間から退出する。


「さて、そなたは何をして妾を楽しませてくれるのじゃ?」
「お尋ね頂き恐悦至極、私めの用意いたしますは神代から伝わり続ける神秘の秘法、手に入れたものに幸福をもたらすと言われた品物でございます」
 コートを翻すと、アルベルトの手には精緻な細工がされた箱が現れた。
「惜しむらくは、秘法をしまうこの箱、一度閉めたら開けられなくなり、以来誰にも開けられない。しかぁし、私めには断言できます、この秘法は貴女様の手に至ることを待っていたのでございまァす。そのために頑なに自分を守っていたのです。さあクォ様、この秘法を貴女様の手で開放してください」
 アルベルトは跪き、捧げるようにクォに箱を渡す。

「なかなか風靡な細工がされておるのう」
クォは、半透明な手を箱に突っ込み探る、さらに両手で掲げる透かすようにじっと見る。
「中身が無い様に思えるが……、どうゆうことかの奇術師よ」

「クォ様、我が国にもクォ様のように直接見ずとも箱の中身を確認できるものがおります。ですが、この箱はそのようなやからからも秘法を守るのです。少々お返し頂けますか」
 アルベルトの指先が細工箱をなでると箱の形が魚のように変形した。
「ほぉ」
 とクォが感嘆の息をつく。
「このように然るべき手順で箱の形を変えていかねば中身を確認できぬ仕掛けとなっております。さぁ続きをお試し下さい」


 屋敷の外で待機するガルバリュートとメイ、ガルバリュートのトラベルノートに金からメッセージが入る。
『設置完了したぜ、後は任せた』
「ふぬぅ、準備は万端、拙者の出番であるな」
「さてメイ殿は、この時計が10:00を表示したときに、このラジオのスイッチを入れてくれ」
「わかったヨー、任せておいてネ」
 メイは安請け合いをした。
 返事を確認すると、ガルバリュートはパワードスーツのエネルギーを全開にすると屋敷の裏口目掛け突進した。


 アルベルトの細工箱に夢中であったクォは、何かに気づいたように顔を上げる。
「……鼠のようじゃな、様子を見てくるゆえ奇術師殿しばし待たれよ。入用のものがあらば、こやつに申し付けるがよい」
「行ってらっしゃいませクォ様、貴方様のお帰りを切にお待ちしております」
 深々と頭を下げ、クォの退出を見送るアルベルト。
 
 手持ち無沙汰になったのか、従僕の少女に話しかけるアルベルト
「なあお嬢ちゃん、葉巻とかもらえねぇかぁ?」
 少女の従僕は、棚からシガーケースを取り出すとアルベルトに手渡す。
(思ったより早く気づきやがったなぁ……、どうするんだガルバリュート)


 消音のブーストモードで屋敷内を疾駆するガルバリュート、兜に埋め込まれた赤色のマシンアイが暗闇を照らす。
 ガルバリュートの背中に、誰何の声がかかる。
「妾の屋敷をこそこそと這い回りよる貴様! 何者じゃ、面を見せよ」
 声を認識するや否や、腰から一閃、ガルバリュートは暴霊の足元に『シンバルモンキー』を投げつける。

 ピーピーピーピィ、シャンシャンシャンシャン

 間の抜けた音を立て『シンバルモンキー』は、暴霊の足元からガルバリュートとは逆の方向に遠ざかる。
 素早く身を消すガルバリュートと遠ざかる『シンバルモンキー』の間で迷いの表情を見せる暴霊。
 意を決し『シンバルモンキー』に向き直り、誰何する。
「ええい、面妖な申め!! そこに直れ!!」
 
 ピーピーピーピィ、シャンシャンシャンシャン

 そんな声で『シンバルモンキー』が止まるわけがない。


 ガルバリュートは暴霊の隙をつき、さらに奥に向かう。
(シンバルモンキーに興味を持ったようだな。しかし、あの筋立った容姿、あの凛とした声色、あぁこのような出会いでなければ)
ガルバリュートが暴霊を巻いてすぐに、屋敷のあちこちからラジオの音声が響き始めた。
「さあて、本日ご紹介致しますのはぁ、貴方の鉄の胃袋も満足させます。食べ放題のお店……」
(……メイ殿らしい、選局であるな、さて拙者は座敷牢を目指すとしよう)

 鋭角ターンを連続で決めながら屋敷の奥まった一角に到達するガルバリュート、日がささぬ、その場所に座敷牢の残骸があった。
「ここにあるのは砕けた格子のみか……、話を聞く限り髪飾りや骨があると思ったが。まあよい、回収し金とアルベルトと合流するぞ」
 ガルバリュートは砕けた格子を回収すると、トラベラーズノートに
『作戦成功せり、屋敷の外で待たれたし』
と記載し作戦の完了を報告する。
「さて、あとは暴霊を倒すだけであるな」


 ガルバリュート、従僕の少年を連れ立った金、アルベルトは屋敷の外に集まっていた。暴霊クォは、今だ無線機に翻弄され屋敷内を右往左往している様子であった。
「ガルバリュート、こいつはこの格子に触れない。予想通りのようだぜ」
「それじゃあぁここで、お姫様の登場をお待ちすればいいかな」

 無線機の音が止まり、しばし経った後。
 屋敷の中から従僕の少女を連れ立った暴霊が現れた。
「汝らは、妾が滅を欲するものであったか。下らぬ欲をかかねば褒美を下賜したものを。……まあよかろう、汝らには我が従僕とて永遠の刻をくれてやろうぞ」

 ガルバリュートは一歩踏み出し暴霊に言葉を投げかける。
「クォ殿を虜にした輩は全て死んだ。まだこんな事を続ける気か!それではあの輩と同じであるぞ!」
 ガルバリュートの言葉に、今まで一種超然としていたクォの柳眉が、見る見るあがる。
「軽々しく妾の名を呼ぶな、痴れ犬風情が!! そなたの発言、妾の何を知っての言葉か!!」
 暴霊の眼は今までにない怒りを溜めて、ガルバリュートを睨めつける。
 ガルバリュートは「グゥ」とうめくと膝をつく。
(た、たまらぬ……おふぅ)

 別世界に旅立ってしまいそうなガルバリュートを、元の世界に戻したのは、アルベルトであった。
「だめだぜ、この女を助けられる時はとっくの昔にすぎちまってるんだ。俺達のできることは最初から決まってんだろぉ」
「……そうであったな、拙者は拙者らのやるべきことを」

「ふぬぅうううう、おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 戦闘の口火を切ったのは、パワードスーツのエネルギーを全開にしたガルバリュートは雄叫びであった。
 トラベルギア『おふぅ…ランス』を構え、暴霊の正面から突進する。
「まずはこのビームを喰らえい」
 突進しながら目から赤光を発するガルバリュート、だが光は虚しく暴霊の体を突き抜ける。
「無駄じゃ、何者も妾を傷つけることは能わぬ」
「ぬぁあらばあああ、このランスだぁあ」
 ランスと一体となって突進するガルバリュート、まさに暴霊を貫こうとした瞬間。ガルバリュートは鋭角ターンを決めた。
「なんと!?」
 驚愕の表情のクォ、その表情はすぐに苦悶に彩られる。
 ガルバリュートが消えた視界の先には、見事なピッチングモーションの金がいた。ガルバリュートの巨躯を壁にしたフェイント。金の投げた格子が暴霊の腹部を串刺しにしていた。
 半透明の暴霊の姿は徐々に透明度をなくし、もはや暴霊を通して背後の光景を見ることもできなくなった。

「おのれ……おのれぇえええ」
 暴霊は格子を抜くこともできず苦しみ悶える。
「ゆるさぬ、貴様らゆるさぬぞおぉぉお」
 怨嗟の声を上げる暴霊。

 この時点で決着はついていた。戦闘に長けたロストナンバーと能力の特異性にだけに頼る暴霊。その能力が封じられてしまえば、結果は火を見るよりも明らかであった。
 咄嗟に主人を庇おうとした従僕達は、アルベルトのトラベルギア『34』と文字の刻まれたナックルダスターから発せられる雷に吹き飛ばされる。
 アルベルトの雷を追うように、一呼吸で間合いをつめた金が、突き刺さった格子を叩きさらに暴霊を悶絶させる。
 悶絶する暴霊の顔前に迫るガルバリュート、今度はフェイントではない。
「深窓のご令嬢に自由を……」
 ガルバリュートの突進を受け、暴霊の体は粉々になり散った。


『勇敢な探偵 モゥ・マンタイここに眠る』
 モゥの墓前で事件の報告をするロストナンバー達とメイ・ウェンティ。
「似たようなことを前にもした気がするな。メイ殿?」
 とガルバリュート。
「なんのこと?それよりご飯食べに行こうヨ、奢りでネ」
「さっきも奢ったばかりじゃねえか……」
 とゲッソリとした表情で呟く金。
「飯代ぐれェ自分で稼げ。つーか、モゥに貰ったろォよ?」
 とアルベルトも突っ込みを入れるが、メイの耳に入ったかは怪しいところであった。


 屋敷で受け取った葉巻に火をつけるアルベルト。
(あいつはぁ……まさかねぇ、まぁ気のせいだったんだろうよぉ。俺の勘もたまにゃあ外れるわなぁ)
 紫煙混じりを息を吐き、一人呟くのであった。

クリエイターコメント上の階には二人の姫君がいるようだ。
----------------------------------------
ガルバリュート氏、金氏、アルベルト氏におきましては、ご参加を頂きありがとうございます。
本内容にてお楽しみ頂ければ幸いです。
なお、頓智の回答は皆様正解でした。まぁ、透過能力があるのに座敷牢から脱出できないので、それ以外の解答はないわけですが……。

それではまた何れかの機会によろしくお願いします。
公開日時2010-04-11(日) 16:20

 

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