オープニング

 何らかの理由によって真理に目覚める代わりに、帰属数を見失うというロストナンバー。覚醒の際に起こるというディアスポラ現象によって異世界に飛ばされる彼等を、保護する事も世界図書館の使命でありトラベラーとなったロストナンバー達が受ける依頼の一つである。
 異世界に飛ばされたロストナンバーは覚醒したばかりなのでパスホルダーを持っていない為に消失の恐れや、その世界の言語、常識が分からないが故に起こる混乱や騒動が懸念される。その説明や0世界に一先ず行く事の説得なども想定しなければならないロストナンバー保護の依頼だが、今回は壱番世界にて転移が確認されたらしい。
 毛先が茶色がかった金髪を揺らし、世界司書の瑛嘉はトラベラー達に依頼の説明をする。
「今回、皆に保護して貰うロストナンバーの事なのだけど……ちょっと、困った事が幾つかあってね。まず、転移した場所は壱番世界のとある街の一区画である事は間違いないのだけど……何処に居るのか、その詳しい場所が分からなくてね」
 何処に居るのか分からない――故に、探す必要があると言いながら瑛嘉は言葉を続ける。
 転移したのは壱番世界のとある市街地で、そこは多くの店が立ち並ぶアーケード街のような所らしい。
 若者向けのファッションを取り扱った店は勿論、和洋中からファーストフードといった飲食店も多く、ゲームセンターなどいった施設もある。それに、それだけではなく買い物に来た主婦方を相手にした実演販売を店先でしているスーパーマーケットや生活に密着したホームセンターまである所だった。
「それと、そのロストナンバーの見た目は人間じゃなくて『物』……それも『刃物』らしいのだけど、それ以上の詳しい形状? って言うのかしら、それも分からないのよ。人数……この場合は普通に数、ね。それは複数ではなく、単数である事は判明しているわ」
 人間ではなく、「物」。壱番世界に転移したというからコンダクターではなく、ロボットや動物のような見た目をしたツーリストは多数存在しているから、覚醒したロストナンバーが「物」であってもおかしくはないかもしれない。転移が確認されたのは今から数時間前という事らしいが、今の所何か大きな騒ぎやらは起こっていないという。
 曰く、その「物」――というかロストナンバーは自我を持っているようで、意思の疎通自体はトラベラー達とは可能らしい。いわば、意思を持った、生きる物体といった所だろうか。
 しかし、意思の疎通が出来るのはその「物」、もといロストナンバーを「持っている時」だけ。自力で移動する事は出来ず、それを持った者と意識を共有させるような状態になるのだという。
「問題は、その『物』というかロストナンバーが如何いうものなのか理解していないと、意識の共有や意思の疎通は出来ないようね。皆にはこうして説明しているから、大丈夫でしょうけれど」
 では、何も知らない一般人の場合は如何なるのか。自然と浮かび上がる疑問を察したように、瑛嘉が言う。
「何も分からない状態で手にしたのなら、何だか無性に切りたくなる衝動に駆られて人前で何かを切らずにはいられないそうよ」
 だが、「人間」は切る事が出来ない。「人間」に対しては、切りたくなるような衝動が湧かないらしく、転移が確認された周辺では今の所大きな異変は無いので、それが逆に居場所が分からなくさせているのかもしれない。
 そう説明しながら瑛嘉はロストレイルに乗車するチケットを取り出し、トラベラー達に向かってにっこりと微笑み掛ける。
「ロストナンバーの保護はこなして貰わないと困るけど、ちょっとついでに御買物とか色々楽しんで来ても構わないわ。それじゃ、行ってらっしゃい」

品目シナリオ 管理番号841
クリエイター月見里 らく(wzam6304)
クリエイターコメント 壱番世界にて御送り致します、月見里 らくです。今回は壱番世界のとある場所に転移したロストナンバーの保護となります。
 詳細や手掛かりはOPを参照に、危険度はほぼ無いに等しいです。また、世界司書が付け足していますが赴いた先でついでに楽しんで来て頂くのも歓迎です。
 描写は特に危険な内容を想定しておりませんので、プレイングによっては探索よりもついでの方に文が偏るかもしれません。
 それでは、皆様のプレイングを御待ちしています。

参加者
華城 水炎(cntf4964)コンダクター 女 18歳 フリーター
ツヴァイ(cytv1041)ツーリスト 男 19歳 皇子
同田 鋼太郎(chnf3216)コンダクター 男 22歳 金属マニア【末期】
緋夏(curd9943)ツーリスト 女 19歳 捕食者

ノベル

 人が沢山集まる場所は、自然と活気が満ちる。ちょうど休日と被っているのか、訪れたその場所は普段よりも人が集まり賑やかさが溢れていた。
「壱番世界も久々だなー」
「……そうなんですか?」
 軽さが混じる口調で呟いた華城 水炎に、思わず同田 鋼太郎は些か訝しむように眉を潜めて問い掛ける。
 此処は、依頼である保護するロストナンバーが居るという壱番世界のとある街の一区画。懐かしい商店街というよりは今時のショッピングモールに近く、交通の便も良いそうで平時も結構な人入りがあるらしい。少し周りを見ただけでも、若者連れから親子連れ、買い物に来たらしい主婦など幅広い年齢層の人々が歩いていた。
 偶々なのかこの辺りにはコンダクターなどは住んでいないが、面々の方は周囲に溶け込んで不自然には思われていない。セクタンも、ちょっと珍しいぬいぐるみ程度に思われているようだった。
「うーん、あたし、コンダクターになって結構経ってるし、他の世界にばっか行ってるからさぁ」
「へぇ、そうなのか。俺も壱番世界は久し振りだし、まっ、宜しくなレディ? 緋夏もよく会うみてーだけど宜しくな」
 人懐っこい笑みを浮かべて成程と相槌を打ちながら言うツヴァイに、物珍しそうに周囲を眺めていた緋夏も其方に向いて頷きを返す。
「うん。とりあえずお腹いっぱいになりたいな。此処、沢山食べる所あるんでしょ?」
「まず腹ごなしってやつか。何だっけ、腹が減っては何とも出来ぬって言うしな」
 様々な店があるらしい、という前情報通りに、この辺りには飲食店も多く見られる。和洋中にファーストフード、来る年齢層に合わせて店のバリエーションも相応に豊富であるらしい。
「あの、私達はロストナンバーの保護に来た筈では」
「そうだけど、ちょっと遊ぶくらい良いって言っていたし。あんまり問題とか起こってないって言っていたから、焦っても見付からないんじゃないかなー。……あっ、この店、新しくオープンしたみたい。緋夏、そこで良くない?」
「ほんとだ。じゃあ行こー」
 同田が些か控えめに口に出した言葉に、華城はあまり危機感無くぼやくように返すと目に付いた一軒の店を指差す。確かにそこには新規オープンと書かれた看板があり、中ではリズム良く材料を刻む音が響いていた。
 この辺りの事には詳しくない上に特に強く好き嫌いを主張する訳でも無かったので、緋夏も異論無く其方を見遣ってから足取りも軽く店の方に向かっていく。
 確かに色々楽しんで来ても構わないとは言っていたが、それは「ついで」という前置きがあった筈。もしかして自分の方が割と思う以上に深刻に考え過ぎになっているのかという疑心暗鬼にもうっかり陥ってしまいそうになりつつ、同じくのんびりとした様子で尻尾を揺らしているセクタンのバレットを同田は見遣りながら、一先ず新しく開店したという店の中に入ってみる。
「すみません四人お願いしまーす」
 店の中は新規オープンというだけあって新しく、如何やら今風にアレンジしたレストランに近いようだった。カウンター席からは、調理している姿も見られるらしい。
「あ、これ美味しそうー。一口貰って良い?」
「じゃあそっちも一口ちょーだい」
「なぁ、どんだけ野菜食う心算なんだ?」
「いえいえ違いますよ、どんどん店の人の方が持って来るだけです……にしても、これは多過ぎなような」
 仲良く御互いに一口ずつ分け合う華城と緋夏の一方で、ツヴァイは半ば感嘆混じりに同田の方を見遣る。其方の皿には、うず高くキャベツの千切りが盛られていた。しかも、処理する暇も無く端から言ってもいないのに追加されていくというオマケ付き。厨房から聞こえて来る、やたら小気味良い音がやけに耳に付く。
 別に何もしていないのに、サービスと言うよりも寧ろ一種のイジメに思える。同田が思わず溜め息を吐いてしまうと、その間にもう食べ終わったのか緋夏が席から立ち上がった。
「あー、美味しかった! それじゃ次はゲーセンに……遊びに行ってきまーす!」
「え、ちょっ、わぁっ、待っ……!」
 まだ山盛りキャベツ残っているのに。その抗議はともかくとして、同田は相棒である銀蜻を抱えながら慌てて後を追う。華城とツヴァイの方は割合適応が早かったのか、既にその先を行っていた。
「何だか、すごい楽しそうー。見ているあたし達の方も楽しくなりそう」
「おっ、お前も楽しけりゃOK的なヤツ? 気が合いそうだな、俺達っ!!」
 どちらも気楽な口調で言葉を交わし合いながら、近場にあるゲームセンターまで向かう。その様子は、見事なまでに周囲に溶け込んでいて違和感を覚えさせない。
 向かったゲームセンターもかなり新しく出来たものであるらしく、所狭しと様々な筐体が並んでいる。
「うわっ、また負けちゃったよー」
「ほ、本当に遊んでいるんですね……」
 緋夏が興じているのは格闘ゲームに大型筐体のFPSで、ゲームセンターには御決まりのものである。筐体操作独特の音が賑やかな中で響きつつ、演技や見せ掛けだけではなく本当に楽しんで遊んでいる様子に同田は思わず再び今回の目的を思い返してしまう。
「あれ、今回って遊びに行く任務だったっけ……?」
 ぼそぼそと声を落としながら、持ったスチールケースに話し掛ける。否、厳密にはそのスチールケースの中に入ったもの、だ。相棒である銀蜻はこの壱番世界では抜刀しないまでもそのまま持っていると見た目から軽犯罪法、所謂銃刀法違反にあたるのでスチールケースの中に厳重に保管していた。これならただの荷物だと思われるし、万が一中身を尋ねられても他人には銀蜻を鞘から抜けないので、イミテーションの刀と言い張れば多分通用する筈だろう。何だか、スチールケース越しから相棒の文句が聞こえてきそうな気もしないでもないが。
「仕方無いだろう、こうでもしないと怪しまれ……」
「……お前、何さっきからブツブツ話してんだ?」
「うわあぁっ!?」
 前言撤回。既に怪しまれていた。何時の間に近付いて来たのか、背後からツヴァイが声を掛けて来て同田は思いっ切り肩を揺らして声を上げてしまう。その後に賑やかな筈のゲームセンター内が、一瞬静まり返ったような気がした。
 その数瞬後、周囲から此方へ視線が集まる。注目が集まるのは嬉しい場合もあるが、この場合に限ってはそうではない。幸運にもそれは長くなく、数秒程度で元の賑やかさを辺りは取り戻したものの居たたまれなさは残っていた。
 いきなり大声を出した事もそうだが、その前にぶつぶつとスチールケースに向かって話し掛けるというのも思えば結構に目立つ光景のような気もしないでもない。もしや声を上げずとも注目されていたのか、と思うのは些か切なくなるので止めておこうとした所で、緋夏と華城が此方へ走り寄って来た。
「これ見てー、あの大きいUFOキャッチャーで取ったんだ」
「お土産代わりに、だってさ。これなんかセクタンそっくり」
 目の前に差し出されたのは、数個の小さなぬいぐるみ。言われると確かに、細部は違うがセクタンに結構似ていた。
「あー、楽しかった。……あれ、何かしないといけない事があったようなー」
「えーっと、俺達がここに来た目的……って何だっけ。そうそう、ワケわかんねーロストナンバーの保護!!」
「そうです、刃物のロストナンバーの保護です」
 漸く本題になった。この機会を逃すとまた色々脱線しそうな気がするので、外に出ながら話を切り出す。
 今回の依頼はこの壱番世界に転移してしまったロストナンバーの保護。世界司書が言うには「刃物」であるらしいのだがそれ以上の詳しい情報は、無いと言って等しい。
「んー、それならホームセンターにでもあるんじゃない?」
「刃物とはいっても、剣やナイフの類とは限りませんね。もしかしたら高枝切り鋏かもしれませんし、鉛筆削りの可能性だって否定出来ません」
 楽観的な調子で言う緋夏に、同田は自らの考えを口にしながら顎に手を遣って思考する。華城も危機感自体はあまりないものの、此処に来る前に言っていた事を思い出していた。
「あんまり問題になっていないって言っていたし」
「ま、瑛嘉の予言は曖昧だったけどさ、騒ぎになってないって事を考えりゃあ包丁か彫刻刀辺りだろうなー。どっちにしろ動いてみねーと始まんねーし、とりあえず町ン中歩いてみるか!」
 今の所は、何の問題らしい事は起きていない。それは、現地に到着した現在でも同じだ。
 来た時よりも時間は経過しているが、陽はまだまだ高い。賑わいも衰えてはおらず、暫くうろうろとしていても怪しまれる事は無いだろう。
「あの服かわいいー!」
「おっ、あの服なんてお前に似合いそうじゃねーか?」
「どうせなら纏めて、とか買いたいなぁ」
 周囲を見ていると、如何しても目に入るのは若者向けの店が多いだけあってショーウィンドウに飾られた服で。その気は全くなくとも、何となく自然とウィンドウショッピングのような形になってしまう。
 買い物客に装うのは怪しまれないという点では良いのかもしれないが、また元来の目的を忘れてしまうような。そんな懸念が何処からか過ぎりそうになっていた時、ちょうど一行はショッピングモールの中でも日常生活に密着したものが扱われているらしい所まで来たらしい。そこは店と店の間にあるようなスーパーマーケットで、入口の近くには人だかりが出来ていた。
「あれは何でしょうか?」
 眉を潜めて其方を見る同田につられるようにして、華城も其方に目を向けてみる。
「んー……もしかして、実演販売、かな?」
 此処はちょうどスーパーマーケット、そこにある光景と世界司書が言っていた事が同時に思い出される。
 目の前の場所が場所なだけあるのだろう、エプロン姿の販売員を取り囲むようにして群がっているのは妙齢の御婦人方ばかりで。皆、物珍しそうに眼前の販売員の語り口に耳を傾けながら見つめていた。
「そういや、例のロストナンバー持つと人前でパフォーマンスしたくなるんだっけか」
「何か面白そうー」
 何気無しに呟いたツヴァイの傍らで、緋夏は興味津々といった様子で主婦方の群れに向かっていく。興味本位という気持ちは充分にあったが、刃物といったら真っ先に浮かぶのは包丁。そこの実演販売の代物も、「よく切れる包丁」としての触れ込みであり、聞かされた特徴から怪しむのは当然の故だった。
 営業慣れした販売員の軽快なトークに耳を傾けつつ、主婦に混じって実演販売の様子を見る。実演というだけあって、果物やら野菜やら本物の食材を切っていた。
「おおー、凄い」
 大袈裟というか、実際はそれ程大差無いものにしても、見ていると何だか凄いものに思えるのは不思議なもので。ざくざくと小気味良く切られていく様子を、華城は目を瞬かせながら凝視する。
「なぁ、俺もちょっとやってみたいんだけど良いか?」
 呼び込みのトークの中、明るく声を上げたのはツヴァイ。ちょっと触ってみたい、という言葉は実演販売の場である事も考えると、それ程不自然な言葉でもない。
 仮にあの実演販売の包丁がロストナンバーだとすれば、触った時点でコンタクトが取れる筈。当たりならば、換えておいた宝石とを交換したら良い。販売員も特に怪しまれる素振りにも見えなかったのか、試し切りは歓迎だと包丁を貸し出した。
「どう?」
 暫くの沈黙。トラベラー達を除くと包丁を持ったまま何も切る事もしない、という状況にしか見えないので、販売員も主婦方の不審そうな視線がばしばしと容赦無く浴びせられていた。
「いーや、何も無いな。普通の包丁だ」
「じゃあ、ハズレって事?」
 念の為にと能力も使ってみたが、結果は見た目通りただの包丁。販売員に包丁を戻してツヴァイが首を振ると、緋夏は少し残念そうに声を零す。
 怪しいと踏んだものの、結果は外れ。それは如何にもならないので、向けられる不審げな視線もそこそこにその場を後にする。
 スーパーマーケットの隣にあったのは、ホームセンター。此処も、刃物類が豊富に置いてある場所になるだろう。探す候補としてホームセンターは考えてあったので、其方にも向かう事にする。
「人前で何か切りたくなるっていうから、ハサミとか?」
「確かに、司書さんは『何か』を切らずには、と言っていました。……つまり、大概のものは切れるという事ですから、専用の道具の可能性は低いでしょうね。人間を切る事が出来ないとも言っていましたから、多分、日用品かとは思うのですが」
 手でハサミのシルエットを作る華城の言葉に対し、同田は自身の考えを口にして周囲を見回す。
 とはいえ、刃物類と一口に言っても懸念していたように数多い。ハサミも通常の文具ハサミから美容師が使う特殊なハサミに剃刀、文具ではカッターもポピュラーなもので日曜大工に使うノコギリや鉋――大型の紙裁断機も刃物といえば刃物の類には違いない。世界図書館からの依頼では何かを退治するというものも数多いので忘れそうになるが、武器以外にも刃を持つものは日常に溢れている事が伺えた。
 パッケージングされているものは除外するにして、候補を絞るとしても物品が多過ぎる。一つひとつ調べるには効率が悪く、見落とす可能性も否めない。
 これは中々大変そうだ。口には出されずとも自然と浮かぶ思考にやや閉口してしまっていると、近くを買い物客らしき者達が会話しながら通り過ぎていく。
 盗み聞きをする気は無く、ただ耳に入っただけの事。その話では、如何やらこの辺りで新しく出来た店は何やら変わっていたという事らしい。
「何でも、そこは頼んでもいないのに野菜の山盛りが出るって……」
「……あれ、それって何か……」
 おかしな既視感が。思わず、面々で顔を見合わせてしまう。
 「刃物」、と言っても種類は数多くある。その分、探す場所が多くあるのも然り、だ。
 物が売っているのはホームセンターや刃物店になるだろう。しかし、刃物を使う場所、という事も考えるとそれだけに当て嵌まらない。
 刃物を扱うであろう職種がある所――園芸店や彫刻を扱う店、そして何より、飲食店。
「俺達が入っていった所だよな」
 他に思い当たるような場所は思い浮かばない。恐らくそこしかない、とアタリを付け、一行は元来た道を戻る。一度寄って来た所なので、間違える事は無い。
 食事時を過ぎた所為だろうか、一度寄っていった時よりも客は格段に少ない。再びの客の来訪に何か忘れ物でも、と尋ねるホールの店員を適当に誤魔化しつつ、カウンター席から目の前で調理をしている者まで近付く。入って来た時から此処まで、包丁のリズム良い音しかしていなかった。
 まな板の上で切られているのは、キャベツを始めとした数々の野菜。絶え間なく切られていくその様子は、一時の風景として見るのなら確実に見過ごしてしまうものだっただろう。料理人の手に持つ包丁は一目見ただけではよく見るような一般的な包丁と変わりなく、何処も怪しい所などなさそうに思えるものだから尚更だった。
「えーっと……ちょっと、ごめんなさいっ」
 料理人はじっと見つめる一行の事など、目に入っていないかのよう。タイミングを図って話し掛けるのも難しそうで、華城は思い切って料理人が持つ包丁を取り上げる。
「大丈夫ですか?」
 まずは料理人に、次は包丁を持った華城に同田は問い掛ける。料理人は暫く何が起こったのか分からないかのように茫然とし、その後に今まで何をしていたのか分からずに目を瞬かせていた。
 とりあえず、説明やらは適当に茶を濁す事にしておいて、あまり心配するような事は無いらしい。それを判じた後に華城の方を見ると、現在説得の真っ最中だった。
「だから、此処は元居た場所? とは違って、このままじゃ消えちゃうかもしんないから、一緒に来る必要があるの。詳しい事は連れていった先でするから!」
 何だかとてもアバウトな説明。若干世界図書館の方に説明を丸投げしている感が無くもないが、一応義務としては間違っていないので悪いとも言えない。
「分かったって!」
 如何やら説得に成功したらしい華城が、他の三人に向けて顔を上げながら報告する。どのように説得したのか、というよりもどんな風に納得したのかはこの包丁のロストナンバー自身にしか分からない。
「帰りのチケットは……刃の先端にブスッと刺しときゃ良いのかな?」
「それならついでにこれも付けとこうよ」
 首を傾げながらもその通りに思い切り良くツヴァイは包丁の刃先にぶっすりとチケットを出し、緋夏の方はマスコットが付いたストラップを柄の方に付ける。如何やら、ゲームセンターに行った時に取って来たものであるらしい。勿論、ロストナンバーの包丁の意見は聞かずに。
 先端にチケットを刺し、柄にはストラップが付いた包丁。何だかこの上無く、不可思議な物体に見えるだろう。
「何というか、これは……」
「かわいくない?」
「……、ともあれ、見付かって何よりです。このまま持っていると流石に怪しまれますから、これで包んでおきましょう」
「そっか、人間切れないって言っても危ないもんね」
 可愛いかどうかの議論は、敢えて避けた。華城より前に包丁を持っていた料理人に話を聞いてみると、覚えが無い様子。経緯は暈かして譲って貰うように言ってみると、持ち物の心当たりが無かった所為もあってか問題無く譲り受けられた。
 若干見た目が個性的になってしまった包丁、もといロストナンバーを手持ちの手拭いで巻き、銀蜻を収納してあるスチールケースに入れる。同じ場所に押し込められて、文句が飛んで来なければ良いのだが。
「……ところで、銀蜻もパスホルダーを持ったツーリストという事でいいんだよな? そうじゃなかったら、倉の中で消失していた筈だもんな」
 ふと湧いた疑問。今回のように意思を持った「物」という事なら、同田の相棒である銀蜻も同じ類という事になる。
「前の主と一緒に登録を済ませたのか? というか、どうやってホルダーを携帯している? もしかして、目貫がホルダーで、小柄がギアとか……その辺、どうなんだ? 今まで、聞いた事なかったけど」
 一度疑問に思うと、他の事も気になり出してしまうもので。ああなのかこうなのか、と色々とスチールケースに向かって話し掛けてしまう。それでまた少し意識が余所に行き、銀蜻の返答を聞く前に緋夏が肩を叩いた。
「何話し掛けてるの? 保護終わったし、今度こそ遊びに行こうよ」
「終わったらロストレイルに、では、というか、先程も遊んでいたのでは」
「ロストレイルの乗車にはまだ時間あるだろ? 何か今年は猛暑だったっつーから、冷感グッズがブームみたいなんだよな。それも色々買おうぜ」
 後半は綺麗に無かった事にされた。寧ろ、それは些細な問題であったのかもしれない。
「常温冷感っつーベッドパッドとー、ひんやり枕とー、冷却スプレーとー、低反発ジェルマットとー……請求書は城に送って貰えば良いよな。そうそう、いっぱい遊んどかないとな! こっから一番近い遊園地とかねーかな」
「来たの久し振りだし、新しいのとか色々ありそう」
「ほら、早く行こうよー」
 次々と挙げられる願望。本当に、遊びに来たのか依頼の為に来たのか分からなくなりそうである。
 確かに、ロストレイルの乗車時間までにはかなり余裕がある。車内で無為に時間を過ごすよりは、その方がある意味有意義ではあるかもしれない。
 依頼を達成するのは目的の内ではあるけれど、それ以外に裂く時間もロストナンバーに許されているのだから。

クリエイターコメント 御待たせ致しました、リプレイを御送り致します。御届けに御時間掛かりまして申し訳ありません。今回は「刃物」のロストナンバーの保護でした。
 刃物=包丁はストレートにそのまま、そして居場所の正解はしれっと書いてあった飲食店でした。オープニングの段階での候補はスーパーマーケットの鮮魚コーナーやら園芸店も考えていました。それっぽい実演販売やホームセンターはフェイクです、すみません。皆様の「ついで」は勿論、居場所などの御考え、とても興味深く拝見しておりました。
 最後に、この度はシナリオに御参加頂き誠に有難う御座いました。
公開日時2010-09-13(月) 19:50

 

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