ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加ＰＣさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
乾いた風に混じって砂が舞い、ざらり、と頬を撫でる。その感触に目を細めながら、シューラは顔を上げた。漸く近づいた静寂の街に、『彼女』は頷く。 元来両性体であるが、今は『女性体』でいたい気分だった。 「あれが、メイムだね」 そっと呟きつつも、足は止めない。少しずつ近づく『神託の街』に僅かな期待をもちつつ、シューラは歩き続けた。 しばらくして、メイムへと入る。幾つ物石造りの建物を通っていると、目の前に『夢見の館』と書かれた小さな看板が目に入った。傍らには細身の女性が立っている。 （夢を見る以前に、そもそも眠るのが何千年ぶりなんだか） まぁ、出身世界では祈り子という特殊な存在であったが故、である。それでも彼女は『夢見の館』に興味を持った。 今入る事ができるか、と問えば、細身の女性は「ええ」と笑顔で答える。彼女はシューラを迎えると淡い黄色の天幕が下がった部屋へと案内する。ふわり、と漂う香りにどこか安らいだ気持ちになっていると、シューラの体から力が抜けていくような気がした。 （まあ、いいや。皆、久しぶりに寝ようか） ふと、心の中で呼びかける。同じ名を持つ存在の集合体である彼女はもう1度くすり、と笑うと優雅に、そっと、横たわった。 ――夢・とあるキッチン。 シューラは女性体の時に纏っている衣服の上に、エプロンをつけていた。そして、手際よく野菜を切っていた。新鮮な緑の匂いに、わくわくするような香辛料の匂いがあたりに漂う。 （いい匂いだな……） ふと、コンロを見れば鍋の中ではスープが程よく煮えている。そして、今度はコンソメの香りが形の良い鼻を擽る。 シューラは、色々な料理を作っていた。テーブルには既に幾つかの料理が並んでおり、そのどれもがとてもおいしそうだった。 ０世界には、色々な世界から人が集まる。それ故に、シューラが知らない料理も沢山あった。だから、面白くて仕方が無い。彼女は夢中で調理をし続ける。 楽しいから、時折、細身の女性の姿を取って、料理の材料を買いに出かけている。 （この蒸し料理は、壱番世界の物であっちの炒め物は、また別の世界のだったね。そうそう、この間知り合ったツーリストから聞いた煮込み料理も作ってみよう） そんな事を考えているうちに、自分の一部が……鳥籠国『インデューク』（七面鳥）のシューラが満たされて行くのを覚えた。暖かな幸せが、隅々にまでいきわたる。その心地良さに瞳を細めるも、どこかで空虚さが浮かび上がる。 それが何故か、シューラにははっきりと解っていた。料理の手を止めて、ぐっ、と胸元を掴み、瞳を閉ざす。 （そう、だね……。やっぱり、自分は、これでは……） シューラの脳裏に浮んだ、自分。鳥籠国『アルヒアプテーリクス』（始祖鳥）のシューラが満たされるのは、人を刺し殺すか殴り殺す時だけなのだから。 それでも、いい、と思った。そして、その空虚さすら、なぜか心地良いと思った。並んでいく料理の匂いが、光景が、『インデューク』のシューラを満たし、その心地良さがそう思わせるのかもしれない。 （でも、それでいいのかもしれない。だって、０世界では許されないからね） それをやったら終わりだもの、と内心で呟きながら、包丁を動かす。今度は魚を捌いていた。旅の途中で知った料理を再現しようと、丁寧に大きな魚を切っていく。 「これは、調理のし甲斐があるね」 人知れず呟くシューラ。その口元には、無邪気な子供のような笑みが浮んでいた。 出来上がった、沢山の料理を見て、シューラはふぅ、と息を吐く。これを、仲間と食べるのだろう。その出来栄えは見事というもので、誰が見ても歓声を上げるだろう。味も、きっと好評であろう。 （なんだか、早く食べてもらいたいな） そんな気分になりながら……辺りがぼやけていくのを覚えた。優しい心地良さが、すぅ……と、音を立てて抜けていくようだった。 （あっ……） シューラは、それが何なのか、ありありと分かった。『インデューク』のシューラが、名残惜しそうにしているのも、感じる。けれども、どこかで、自分である『アルヒアプテーリクス』のシューラが、くすくすと笑っている。 「そういう、ことだね」 自然と、シューラは笑っていた。薄れていく世界に、彼女は子供のようにくすくすと笑っていく。この光景が何なのか。そして、これがどんな意味なのか、はっきりと判ったのだから。 普通の人間だったならば、ぼんやりとしかわからない光景。けれども、同じ名を持つ存在の集合体であったシューラだからこそ、それが幾つ物角度から見れたからこそ、感じる事の出来る物だった。 （ああ、自分は今、目覚めるんだね……） ――ヴォロス・夢見の館 僅かな息を漏らし、シューラは目覚める。眠たそうに目を擦っていると、先ほどの女性が冷たいお茶を持ってきてくれた。 礼を述べてそれを飲むと、意識がはっきりしていく。先ほどまで自分が眠っていた事も、夢の内容もはっきりとし、それが面白くて思わずくすり、とシューラは笑った。 「いいお顔をされていますね、お客様」 「うん。いいものを見れたよ」 女性に問われ、シューラは答えながらも胸を押える。そして、心の中で『インデューク』のシューラへと呼びかける。 いいかい？ 乗っ取らせはし な い よ ？ くすくす、と思わず笑いながら、シューラは優しく胸を押える。と、どこかで『インデューク』のシューラが苦笑するように反応した、気がした。そして、他のシューラ達も笑うなり、問いかけるなどしてくるような気も。 どことなくくすぐったい思いをしながらも、シューラはゆっくりと伸びをする。久方ぶりの睡眠は、とても心地良く、とても楽しかったからだ。意識ははっきりしたものの、体はまだ少し気だるく、許されるならばもう少しゆっくりしたかった。 「種族によっては、睡眠をあまり必要としない方もいらっしゃいますね。そういう方々は久方ぶりに眠ると、なかなか体がしゃんとしないものですわ」 何かを察したのか、女性が優しくいう。彼女はシューラにお茶のお変わりを差し出しつつ、穏やかに言った。 「今日はお客様もあまりいらっしゃいません。ゆっくりしていってください。もしよろしければ、一緒にお昼ご飯などいかがですか？」 その言葉に、どうしようかな、と少し考えるシューラなのであった。 （終）
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