オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号535
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
クリエイターコメントヴォロスで見る夢の一幕、どうぞお聞かせくださいませ。

胸が痛くなるような切なさも、焦がれるほどの苦しさも、何でもござれの夢ですから。ほわんとした甘い夢から、とびきりの悪夢まで。誠心誠意綴らせて頂きます。
ひたすら切った張ったのバトル夢は描写に不足が出ると思いますが、それでも、敢えて。とのチャレンジにはお応えしますので、お気軽にどうぞ。

願わくばその夢が、あなたにとって優しいものでありますように。

参加者
二階堂 麗(cads6454)コンダクター 女 30歳 売れないカメラマン

ノベル

 二階堂麗は、昼寝がてら神託を受けにメイムまで赴いていた。取材して来いとは言われたが夢を写真に撮れるでなし、ライターは本業じゃないとは何度も主張するところだ。たまには仕事という名目でお昼寝してやる、と浮かれた足取りで案内された天幕に入った。
(ま、神託なんてそんな大層なもんじゃないでしょ。でもいい夢見せてよね~)
 それではお休みなさいと寝る体勢に入ると、説明してくれていた女性が何だか意味ありげな視線を送ってきた。何か言い忘れでも? と首を傾げたが、女性は何も言わずにそっと微笑んで深々と頭を下げた。
「どうぞ、あなたにいい夢が訪れますように」
 祈るような声は耳に心地よく、とろりと目が閉じそうになる。気持ちのいい浮遊感に逆らう気にはなれず、抵抗しないで力を抜くとそのまますとんと眠りに就いた。



 夢を見ながら、ああこれは夢だな、と感じる事はたまにある。今回もどうやらその類らしく、麗はふっと目を開けながら、これは夢だと認識していた。
 けれど夢だと分かっていながらも奇妙な焦燥感に囚われていて、ここにいてはいけないと何かががなりつけてくるような気がした。
(ここから離れろったって、でもどうやって?)
 拗ねたように苛ついたように問いかける先には誰もいない、ただ足が動かなくて不安なまま自分の足元を見下ろして思わずひっと息を呑んだ。
 彼女の足が動かない理由は簡単だった、誰かの腕が逃がすまいとばかりに捉えているからだ。それが誰の腕なのか、知っているような気がした。したけれどそれを思い出しているどころではなく、気づけば離して! と叫んでいた。
 途端、その腕は何故か傷ついたようにゆるりと力を緩めた。ずきり、と胸が痛んだけれど、気づかない振りをして慌てて逃げ出す。
 足に、まだ生暖かい感触が残っている気がする。
(あるはずない、そんなはずない! だってあの人はもう、)
 あの人。そこで、ぶつりと思考が途切れる。
 あの人とは誰だ。自分の足を捕まえて逃がすまいとしていた、あれは知り合いなのか?
 知り合いだとすれば誰だ。何も分からず放り出された彼女を捉えようとするような無礼者に心当たりなんて、……、
(やめて!)
 知らない、分からない、知らない、覚えてない、知らない、知らないはずだ、分かるはずがない、記憶は封じた、もう知らない、覚えてなんかいない。
(違う、違う違う違う、覚えてないんじゃない、知らないの!)
 そう、知らないのだ。記憶の中にある誰かではない、怖くて消した記憶の中には誰も潜んでいない、だってもう二度とあんな思いはしたくない、だから誰も知らないいらない知らない──!
「やめて、やめてよ、どうしてこんな事するの!? いいじゃない忘れたって、だって忘れたいのよ忘れさせてよ忘れていいって言ったじゃない……!」
 誰が。誰に。いつ。誰に? どこで。あれは。誰が。
 暗くなる、目の前が暗くなるのと同じほど辺りからも光が消えていく。いつの間にか足を止めてしゃがみ込み、膝を抱えて小さくなった麗は、違う違うとそれだけを繰り返して耳を塞ぎ目を閉じた。
 思い出したくない、思い出せない、何の音もない、あの時も何の音もしなかった、ただ世界は真っ暗な闇に沈んで音も色も感情も何もかも消え失せて、ああ、だから目の前に広がるのもべったりと手にこびりついたのもただの闇だ。血じゃない、赤くない、決してそれはあの人の血なんかじゃ、
「やめてやめてやめて……!」
 忘れていいよと、あの人は言った。忘れたほうがいいよと、掠れるような声で最後に言った。それでお前が幸せになれるなら、と、あの人はあの時とても優しく微笑んで、そして……?
 ぱんっと、目の前が突然白くなった。閉じていたはずの記憶の蓋を、誰かがシャンパンの蓋でも開けるみたいに気軽に気安く開けて、しゅわしゅわと泡みたいに溢れてくる景色は鮮明。
 溢れて溢れてその勢いが止まるまで、だくだくと零れていくのは記憶か、酒か、鮮血か、悲鳴か。
「あ、……ぁ、……あぁああぁぁああぁああぁああぁぁぁっ!!」
 助けて、助けて、誰か助けて、誰か、どうか、私と引き換えにしてもいいから、だからどうかあの人を──!



 悲鳴を上げながら飛び起きた麗は、彼女の周りを何かと戦うように飛び跳ねている狐を見つけた。思わずびくりと身体を竦めてそれから身を引き、怯えたように眺めていると敵に向かって唸る犬みたいな仕草でこっちを見ている狐がセクタンだとぼんやり思い出した。
「カブ、ト……?」
 恐る恐る呼んだ名前は、胸を抉るほど痛い。怖いと知らず自分を抱き締めるようにして身体を折り曲げ、今何が起きているのかと現状把握に努める。
 カブトは少し離れた場所で、警戒するようにこちらを見たままうろうろしている。フォックスフォームのセクタン、カブトと名づけたのは彼女だ。いつも側にいてくれる。約束は違えない。
 彼女の肩に乗るのが好きなのは、そこが気に入っているからではなく、自分で歩きたくないからだ。今みたいに自分の足で歩くのは彼女の部屋でだけ、悪夢に魘された時はその小さな足で顔やら身体中やら踏みつけて起こしてくれる、頼りになるパートナーだ。
 ああ、と小さく息を吐いて、麗はそろそろとカブトに手を伸ばした。まだ警戒するようにこちらを見ていたカブトは、やがて鼻先を近づけて何度か匂いを嗅ぐような仕草をした後、てい、と後ろ足でその手を蹴飛ばした。
 いつも通りだ。ああ、戻ってきたんだと実感して、尽きそうにない涙を無理やり拭った。
「あー、怖かった」
 怖かったと、口にするのが辛い。何だか申し訳ないことをしているみたいな罪悪感で、胸がちくんと痛い。
 けれど碌に覚えていない夢の残滓は、それを契機にまたざらざらと流れ落ちる。髪から、肩から、砂の欠片みたいに落ちるそれを早めたくて思いきり頭を振った。
 まだ、大丈夫。
「ごめんね、カブト。まだ大丈夫、だよ」
 もう大丈夫、ではないけれど。まだ、大丈夫。だから、大丈夫だ。
 撫でたげに伸ばした手を避けたカブトは、けれどその腕をとっとっと駆け上がって肩に上ってくる。ふさふさの尻尾がふわんと揺れ、叩くように撫でるように頬に触れる。

 ああ。うん。まだ、だいじょうぶだ。

クリエイターコメント具体的にどんな夢がご希望となかったので、思いつくまま悪夢テイストになってしまいました……。
とりあえず喪失をキーワードに、見ているご本人様にしか分からない焦燥と後味は悪いのに他人様にはどうにも伝えられない気持ち悪さ、を目指してみたのですが。無駄に追い詰めていて申し訳ありません。

大分捏造箇所が多くなってしまいましたのでどこまでお心に副えているかは分かりませんが、起きられた、という安堵感はお届けできていたらいいなと祈りつつ。
ご依頼、ありがとうございました。
公開日時2010-05-17(月) 17:30

 

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