クリエイター天音みゆ(weys1093)
管理番号1558-22463 オファー日2013-02-26(火) 02:46

オファーPC 桜妹(cudc4760)コンダクター 女 16歳 犯罪者

<ノベル>

 インヤンガイには様々なものが渦巻いている。中でも強いのが負の感情だろう。
 この街区の端っこでは、今日も人知れず野たれ死んだ浮浪者達の遺体が静かに増えていた。
 泥水をすすっても生き長らえることが出来なかった彼らは、一体何を思いその生命を散らしたのだろうか。


「小朋、お願いしますっ……!」
 オウルフォームのセクタン、小朋を飛ばして、桜妹は敵を探す。小朋は桜妹の指示通りに青い翼をはためかせて飛びゆく。視界を共有させている桜妹は慎重に『敵』を探していた。
「ひゃあっ!?」
 その時視界に入った光景に、思わず彼女は声を上げてしまった。浮浪者の腐敗した遺体が動いていたのだ。
 そう、今日の桜妹の仕事はこのゾンビの退治。放置された浮浪者達の遺体に暴霊が取り憑き、街区の人々を襲うという事件が発生してしまったのだ。桜妹はその解決に乗り出していた。
 だが……。
「いやぁぁっ、来ないでくださいー!」

 パーンッ! パンッ!

 桜妹の悲鳴と同調するようにして、手に持った小銃から弾丸が吐き出される。その弾丸は悲鳴からは想像できないくらい正確にゾンビの額を撃ち抜き、腐った脳漿を撒き散らかす。思わず桜妹はそっぽを向いてぎゅっと瞳を閉じた。
 しかしずっとそうしているわけにはいかない。敵は一体ではないのだ。小朋は上空からゾンビたちの動きを捉えてくれる。桜妹は地形と小朋のくれる敵の位置情報から彼我の距離を弾き出し、銃の射程ギリギリから引き金を引く。間近で姿を見たくないのだ。

 パンパンッ!!

 乾いた銃声が次々と姿を見せるゾンビたちを射止めていく。一ミリの狂いもない正確な射撃であるが、それを行なっている当の本人は恐怖で心が塗りつぶされてしまいそうだった。
 本当は泣いてしまいたいほど怖い。けれども視界が曇っては射撃に支障が出る。ぐっと下腹と眼の奥に力を入れて涙をこらえる。
 一体一体確実に倒していく。そうするごとに桜妹の心もすこしずつ落ち着いていくように思えた。あと少し、がんばろう、そう心に決めたその時。


「きゃー! 誰かっー!」
「!?」


 聞こえた。女性の叫び声だ。次いで少女のものと思しき悲鳴も聞こえる。桜妹は悲鳴が聞こえた方向へと走った。
 そこには逃げる最中に転んでしまったのだろう、痛みと近づいてくるゾンビの恐怖で動けなくなっている少女がいた。年の頃は桜妹と同じくらいだろうか。そんな少女に駆け寄って庇うように抱きしめたのは年かさの女性。恐らく母親だろう。
「くそっ……! 娘と妻は護ってみせる!」
 そしてその二人の前に立ちはだかるのは中年の男性。良き父親である意外、何の武芸にも秀でた様子のないその父親はそれでも妻子を守るように立ちはだかり、石を拾っては投げつけるという些細な抵抗を試みている。
 その光景を見た時桜妹の心で何かが弾けた。なんだかわからない、けれどもひどく強い何かが。

 パンパンパンッ!! パンッ!

 気がつくと反射的に銃の引き金を引いていた。
 父親を襲おうとしていたゾンビが右側から撃たれて首をぐてんと傾ける。歩みは止まり、振り上げようとしていた腕がだらりと下がって膝から崩れ落ちる。スローモーションのようなその光景を父親は目を見開いて見つめたまま固まっている。もう駄目だと瞳を固く閉じていた母親と娘は、銃声にゆっくりと瞳を開き、抱きしめる腕とこわばった身体から力を抜いていく。

 ど……さ……。

 腐った遺体が地へと崩れ落ち、取り付いていた暴霊も桜妹の銃弾のもとに消え去っていく。
「助かっ……た?」
 父親がつぶやき、銃弾の飛んできた方向――桜妹へと視線を移す。桜妹は若干複雑な思いを持ちながらぺこりと頭を下げてその場から立ち去ろうと踵を返した。
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとう!」
 背中にかけられる声を受けとめながら、何故かそれまで堪えられていた涙が堪えきれなくなって、あとからあとから溢れ出てきていた。
 パタパタパタと遠くから、小朋が追いかけてくる翼の音が聞こえた。


 *-*-*


 その街区の一等地にその探偵事務所はあった。建物のエントランスの壁は下品ではないほどの赤に塗られており、金で装飾されている。ちょっと目の痛いその空間を抜けた桜妹はソファに座り込んでいる。エントランスとは打って変わって探偵事務所内はクリーム色の壁で、装飾類も落ち着いているため、桜妹も落ち着いて息をつくことができた。
「おねえさん、だいじょうぶ?」
 声を掛けられてふとテーブルの辺りを見ると、6歳くらいの少年が小さなお盆に湯のみを乗せて立っていた。依頼を受けた時に確か探偵の後ろにいた子どもだ。ツォンミンという名前で、探偵がある事件に関わった時に養うことになったと聞いた。
「お茶を淹れて下さったのですか……ありがとうございます。ぐすっ」
 探偵事務所まで戻って来ても涙は止まらなかった。見かねた女探偵が「少し休んで心を落ち着けな」とソファに案内してくれたのである。
「お茶をいれるのはしょちょうだけど、運ぶのはぼくのしごとなんだ。どうぞ!」
 胸を張って言ったツォンミンは、そっと小さな手で茶托をもって、桜妹の前へと置いた。
「ありがとうございます」
 もう一度礼を言って、桜妹は湯のみを手にとった。掌から伝わってくる熱すぎず温すぎない温度が体中に染み渡っていくようで、少しずつ心がほぐされて行く気がした。こくりと一口飲めば、目から出た水分が補われていくよう。気づかないうちにカラカラになっていた喉にちょうどいい温さだ。
「そんなに泣くなら、何でこの依頼を引き受けたんだい?」
 すっとテーブルを挟んだ向かいのソファに腰を掛けた人物がいた。チャイナドレスに身を包んだその女性は、スリットからこぼれた長い足を惜しげもなく晒して組み、背中を丸めながらぐすっと鼻をすすった桜妹を見ている。彼女がこの探偵事務所の所長、ツォイリンだ。
「うぅ、絶対怖いってわかっていましたけれど……ここは桜妹の故郷と似ているので、お力になりたいと思って……」
「へぇ。たまに聞くけどそんなに似ているのかい」
 故郷に帰りたいのか、帰らないのかとは彼女は聞かない。帰りたくても帰れない者もいるし、一片たりとも思い出したくない者がいることもよく知っているからだ。
 桜妹はどちらかと言えば前者だろうか? 彼女の存在した『時間』はもうとうの昔で、国はそのまま残っているとしても彼女を知る者はおそらくひとりも残っていない。外見が変わらないのを不自然に思われない年齢まで故郷にいたが、そこを出ざるをえなくなってからの彼女の居場所はもう、『そこ』にはないのだった。
 桜妹はツォイリンからの問にこくりと頷いて、続ける。
「それに、いつか天国に行った時に、桜妹が怖いものが苦手なのにゾンビを倒した話をお父さまにしたら、褒めて下さるかもしれないと思ったのです」
「ふむ……」
 桜妹のその言葉からは憧れの、羨望のようなものが感じ取れた。いままでされたことがないから想像するしか出来ないが、お父さまが褒めてくださったらどんなに幸せだろう、桜妹はまだうっすら涙に濡れた瞳をうっとりと細めて。
「今日は桜妹の憧れる幸せな普通の家族を助けることも出来ました」
 涙が溢れてきて、声もかけずに立ち去ってしまったけれど。
 娘を庇う優しい母親。妻子を守ろうと身体を張る父親。ふたりに愛されている娘。
 あの一家は、何の変哲もない普通の家族なのだろう。桜妹の憧れる、手を伸ばせば届く、手を伸ばせば手をとってくれるそんな、普通の家族。
 桜妹の家族とは全く違っていて、それこそ住む世界が違っていて。
 だからこそ、人一倍憧れるのだ。
「もちろん桜妹はお父さまのために働けて幸せでしたけれど、最後まで……桜妹のことを好きになって頂けませんでしたし」
 桜妹は覚醒後も父の元で働き続けたが、不老を不審がられる前に故郷を離れなくてはならなくなるその時まで、父は桜妹のことを好きになってくれなかった。
 桜妹は父がくれた名前を大切に大切に思っているし、好きになって欲しかったから、大好きだったからこそ役に立ちたくて、父のために様々なことをした。自らの手を汚すことを厭いはしなかった。
 なのに……なのに。
 その大きな手は、一度も桜妹に差し出されることはなかったのだ。
「お母さまは姿すら見たことがありませんし……」
 日本人である母親も、桜妹の記憶にすら無い。物心ついた時から両親は遠かった。だから……今日助けたような普通の家族に強いあこがれを持っていた。
 涙があふれたのはきっと、ゾンビが怖かったからだけじゃなかった。あの時心の中で弾けた『何か』は、きっと寂しさや悲しさや辛さが、今まで抑えようとしていた何かがたくさん混ざったものが弾けたものだろう。
「ホー……」
「慰めて下さるのですか、小朋?」
 すりすりと、肘掛けに止まっていた小朋が桜妹の腕に頬ずりをする。まるで「ここにいるよ、そばにいるよ」と慰めてくれているようだった。桜妹は、鼻の奥がつんとなって視界が滲むのを感じていた。
 お父さまってどうやって褒めてくださるのでしょうか? お母さまってどんな匂いがするのでしょうか? どんな風に抱きしめて下さるのでしょうか?
 並べればきりがないくらい、知りたいことはたくさんあった。実感してみたいことはたくさんあった。でも、叶わなかった。
「そうですね、今は小朋が……それに、血は繋がっていなくても一緒に暮らしている家族がいて下さるのですよね」
 けれども今は一人ではない。そばに居てくれる人がいる。桜妹はそっと小朋を胸元に抱き寄せた。
「血が繋がってなくても、家族にはなれるさ。あんたの欲しい暖かさ、心地よさ。ぴったり合致するものじゃないかもしれないけど、『家族』の与えてくれるそれを味わえるはずだ」
 ギシ……ソファの桜妹の隣が軋む。いつの間にか向かいから移動してきたツォイリンが、そこに腰を掛けていた。
「私とツォンミンも血は繋がってない。けれども一緒に暮らす家族だ。支えあって生きる家族だ。ぶつかることもあれば、嬉しさや楽しさを分かち合うこともある。美味しいものを分けあって一緒に幸せな思いをすることもある。そうしてともに時間を過ごせる相手がいる、それはとても尊く、運命に感謝すべきことだよ」
 ぽんぽん、ツォイリンがネイルを施した細い指先を揺らして桜妹の頭を撫でる。涙が溢れだしていた桜妹は、ぐすっと鼻をすするので精一杯だった。
「何も父親と母親への憧れを、想いを捨てろって言ってるんじゃないよ。ただ、今の『幸せ』にも目を向けて、しっかり噛み締めてやんなよ」
「あぅ……ふぇ……」
 落ちつけたはずの心が再び波立ってきて。けれどもその波立ちは哀しいものでも怖いものでもなくて。
 なんだか胸が一杯になるような、温かいものだった。
「あんたはひとりじゃないよ」
 ふわりと良い香りがした。柔らかい感触がした。温かさが桜妹を包む。
 桜妹は、ツォイリンの胸に抱きしめられていた。
「私ですまないね、代わりにもならないだろうけどね」
 とくん、とくん……伝わってくる鼓動が桜妹を再び落ち着かせる。
 そっと目を閉じてしゃくりあげる彼女の背中を、ツォイリンはゆっくりとゆっくりとさすってくれている。
(お母さまの腕の中は、こんな暖かさなのでしょうか……)
 少しだけ、想いを馳せる。
 今だけ、今だけ。
 天国に行ったら、きっとお父さまは褒めてくださるから。お母さまは抱きしめてくださるから。
 だからそれまでは、前を向いて。
 怖くてちょっぴり泣いちゃうこともあると思うけど、がんばろう――今を大事に、いつかのために。



   【了】

クリエイターコメントこのたびはオファー、ありがとうございました。
いかがだったでしょうか。
創作可のお言葉に甘えまして、探偵とのやり取りをだいぶ創作させていただきましたが、
ご希望に添えていれば幸いです。

けなげに頑張る桜妹様、ずっとお父上を思い続ける桜妹様。
今の家族と前に進もうとなさる桜妹様……うまくかけていれば幸いです。
重ねてになりますが、オファーありがとうございました。
公開日時2013-05-18(土) 11:00

 

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