クリエイター北野東眞(wdpb9025)
管理番号1158-9234 オファー日2011-02-15(火) 05:02

オファーPC 煌 白燕(chnn6407)ツーリスト 女 19歳 符術師/元君主

<ノベル>

 荒野に、甘い花の香りが流れた。
 蘭か、百合か、はたまた――生々しいその香りの元はなにかと思いつくままに花の名をあげたが、どれもしっくりとはこなかった。
 と。
 ぱらり――静寂を破ったのは人の手から放たれた札の音。

 考えに没していた男は顔をあげた。――しまった。

「参れっ!」
 凛とした声が放たれる。ほぼ同時にわぁああと鼓膜を破ろうかというほど兵士たちの咆哮。
 男が札に手を伸ばしたときには遅かった。勝負はついていた。

 前方の敵に注意が向けていると、男が陣を置く右手にある山からどっと兵士たちが流れ込んできた。
 注意を逸らさせ、一見、攻め込むのは無理だと思うところから奇襲をかける。――見事な策であった。

 ものの五分でカタはついた。
 男は兵士たちによって捕えられる屈辱の代償として、彼の美しい花を間近で見た。
 美しい白髪は結いあげられ、きりりとした赤い瞳――その花はまだ蕾でしかなかった。
「私の勝ちです」
 手折られることのない美しき蕾の名は――煌白燕。


 広いどこまでも続く大地に、百もの国があり、人は欲をもって争いをし、国は産まれ、滅びることが日常茶飯事なこの時代。
 民の嘆きとから生まれたのが「大戦符術」といわれる札による戦である。
 無血の戦といわれ、民も土地も疲弊させぬのに強く支持され、符術による戦が国同士において盟約されていた。
 そのなかに一人、名を馳せる者がいた。――煌白燕である。
 煌白燕は決して大国の主君ではない。また、国は他国を侵略する欲を持たぬ人柄で自ら進んで戦を仕掛けることはないが、かわりに民の幸せを願って土地を豊かにすることに目が向けられていた。
 しかし、皮肉にもその豊かさ狙い、他国の標的にされ続けてきた。
 白燕は主君として、若干十九歳であるにもかかわらず、多くの国と大戦符術で無血の戦を繰り広げ、己の領地と民を守ってきた。
 その名は大国すら知られ、誰もがこうよんだ――不敗の名君。


「私は、疲れたぞ。少し休ませぬか!」
 白燕は両手を天へと伸ばして声をあげる。その前には山のような書類が置かれていた。これを一人でせっせっと処理していくのは気が滅入るというものだ。
「だめですよ。今日中にこれを終えなくては」
 林忠星に咎められて、白燕は頬を膨らませる。
「そういってやるなよ。今日だってすごい活躍だったんだ。少しぐらい息抜きが大切だろう」
 と、言うのは張西嘉。
 その言葉に少しばかり林忠星が迷う顔をした。と、そこに女人の悲鳴が轟いた。
「た、たすけてくださいまし! かえるが、かえるが、どうして白燕さまの服のなかに!」
 三人の間に静寂が流れる。白燕は助けを求めるようにそっと視線を張西嘉に向ける。が、さすがにこれについては助けてくれぬようで明後日の方向を向いている。
「悪戯をする程度の気力があれば、書類の一つもできるでしょう」
「……うむ」
 休憩はなしか。
 自分がした悪戯に自分が首を締められるのではまだまだだと、ため息をつきながら筆を手に取り、仕事を再開した。

 白燕は、確かに名君であった。国を栄えさせる方法を探求し、大戦符術では敵なしといわれるが、まだ十九歳の娘であることにも変わりはなかった。明るく微笑み、前向きに物事を考え、少しばかり悪戯をすることが大好きな。
 彼女を陰に日向にと支えるのは臣下であり、友人の林忠星と張西嘉の二人。それに城にいる者たちみなである。
 国こそが彼女の愛する家族のようなものであった。

「私の勝ちだな」
「参った。参った」
 張西嘉が片手をあげて頭をさげた。林忠星がいぬ間に休憩と、二人して札で遊んでいたのだ。
「いつも思いますが、どのようにしてこうも鮮やかに己に良いようにと進めているのですか」
「そんなの簡単だ。己が勝つ姿を浮かべ、その道に行きつくようにと己ではない、相手に動いてもらえばよい」
 それが通常の人間には難しいことを、白燕は知らない。生まれながらにして彼女は名君なのだ。
「そういえば、その二枚は白紙なのですね」
「ん? ああ、新しい札を作ろうと思ってな。まだ札の内容は考えておらん……しかし、あやつめ、遅いな。また山のように仕事をもってこなければよいが」
「確かに遅いですな。それにずいぶんと……」
 遠くに悲鳴と馬の嘶き、鉄の音に二人は立ち上がる。
 音の意味はわからずとも、なにかが、不吉なものが迫っていると全身が粟立つのがわかった。
「お逃げください!」
 息を切らした林忠星が駆けこんできた。いつもはきっちりとした衣服を乱し、額から汗を流しているのはただ事ではない。
「何事だ!」
「攻めてきたのです。……敵兵が国へと流れ込んできたのです」
 それは、札の話かと白燕は言いたかったが、そうでないことは鼻につくこげくさい匂いでわかった。
「今日、札で敗れたあの王が、本物の兵を連れてここに……! もう王宮まで……お早く!」
 頭が真っ白になる。
 全身が震え、無意識に拳を握りしめていた。
「おのれ」
 震える声で白燕は吐き捨てる。
「一国の主君ともあろうものが……恥をしれ!」
 怒りとともに、遠くから聞こえてくる女人たちの悲鳴に白燕はいてもたってもいられなくなった。逃げるなんてことはしたくなかった。一人でもいい、多くの者を守りたかった。
「私は逃げぬ! 民を置いてはおけぬ!」
「白燕さま、あなたになにができますか」
 ぴしゃりと頬を叩かれるような衝撃を受けた。
「あなたが生きていれば、国はいつでも再建できます。みなの希望なのです! ……どうか、生きてください」
 林忠星の後ろから出てきたのは、白燕と年齢もかわらない女人だ。
「服をお貸しください。しばらくは私がなりすまして時間稼ぎを」
「しかし……」
 白燕が躊躇っているのに、女人はすばやく服をはぎ取り、自分のものと取り換えた。止めようと手を伸ばしたとき、後ろから張西嘉によって抱きあげられた。
「無礼をお許しください」
「こらっ! 降ろせ」
「無事にここを逃げ切れば降ろしますとも」
 そして白燕は無力のなか、ただただ逃げた。

 哀しかった。
 こんな風に守るべき者たちが自分を守ることが。本当は立場が逆であるのに。
 辛かった。
 何も出来ない己が。ただ逃げるということしか選べない自分が。

 一部の者しか知らない隠し通路を通り、裏にある山に逃げたとき、あたりは暗く、もう夜になっていた。
真っ黒に染まったなかでごうごうと燃えさかる紅蓮の花が見えた。
 あああ
 その両の目でしっかりと白燕は見た。
 ――私の大切な国、家族が、燃えてゆく。
 無力さに打ちひしがれていたのが、全身を火であぶられる痛みを覚えた。いま燃えているのは私自身だ。
 血を流すような怒りが白燕の心を真っ赤に染めていった。

 土と濃い草の匂いと空気の冷たいなかを、息を殺して進んでゆくと、がちゃがちゃと鉄の音が前方から聞こえてきた。
「敵が」
 白燕は汗ばむ腕のなかで、憎い、その男を見た。――荒野で一度だけ会った男。一度は白燕に敗れた。そしてすべてを奪い尽くした憎い男。
「ここにいたのか。ずいぶんと探したが」
 嗤う男に全身が吼えた。
「貴様ぁあああ!」
 今すぐにでも、この男の首を掻き切ってしまいたい。
 暴れる白燕を二人が抑えた。
「なにが目的でこのようなことを」
 林忠星の問いに、男の笑った横顔が火でちらちらと照らされる。
「花を、手折りたいと思ったのさ。白燕殿、あなたを貰い受ける」
 男の傍に控えていた数名の兵士たちが動きだし、白燕はぎくりとした。
 恐怖が全身を駆け抜ける。
「下賤が! 我が主君に手出しはさせん!」
「この方は我らが誇り、手折らせぬ!」
 林忠星と張西嘉が吼えた。
「白燕様、お先にお逃げください」
「しかし」
「必ずあとを追いかけます。我らをどうか信じください」
 二人の目に見つめられて、白燕は頷き、走り出した。

 背後で、鉄がぶつかりあい、濃厚な血の匂いと、誰かの絶望に落ちる悲鳴、命が断たれる濃密な死の空気が世界を満たして、見えない手となって白燕を追いかけてくる。
 何もかもが恐ろしく、そして悲しく、――それでも、彼女は生きることを望んだ。
 愛する民のため、身代りとなった女人のため、信じてくれている大切な友人二人のためにも。
 だから、山道を転びながら、擦り傷を作りながら走った。

 もう走れない、というほどに足の裏が痛みを発して、その場にへたりこんだ。
 それでも白燕は暗闇の、さらにその先を見た。
 咳が漏れ出し、肺が痛む。
 走っている間、涙はとめどなく流れていたが、それも乾いた。
 がちゃがちゃと鉄の音がしたのに、ぎくりと身を強張らせると、白燕の前に二人の敵兵が現れた。
「おい、いたぞ」
「生かしたまま捕えろとのことだ。傷つけるなよ」
 伸ばされた手に白燕は下唇を噛みしめ、力の限り暴れた。
「こいつ!」
 兵士が拳を高々と振り上げた。
 せめて目を逸らさずに睨みつけていると、どっと敵兵が崩れた。その後ろから大好きな二人の姿が見えた。
「御無事ですか!」
「あっ……!」
 たった数時間だろうか、それとも数分だろうか、もう会えないかと思った二人の友人が立っていたのに白燕はほっと全身から力が抜けるのを感じた。
 二人は約束を守ってくれた。
「おまえたち、無事でいたか」
 白燕が手を伸ばしたとき、二人の体がぐらりと地面に倒れる。
 嗅覚を刺激する、つんときつい臭い。
 駆けより、二人の身を抱きしめる。手にべったりとしたものがつく。あああ、考えたくもないのに理解してしまう己が恨めしい。
「だめだ、だめだ。だめだ!」
 駄々っ子のように白燕は叫ぶ。
 頭のなかが真っ白になって、本当に考えることを放棄してしまう。
「私を置いて逝くな」
 しかし、どれだけ否定しても二人の友の体は重くなる一方で、白燕の力だけでは運ぶことは叶わず、満足に治癒してやることもできない。だのにどんどん血は溢れていく。

 ぱらり、と服の中からそれが零れ落ちたのに白燕は目を向けた。
 真っ白な、まだ何も描いていない二枚の札。
 視線が札を見つめる。
 禁じられた術が頭をかすめる。いけないと思いながらも、喉を鳴らして、彼女は札を手にとる。
 このまま大切な二人すら無くして生きろというのだろうか。
これ以上喪えていうのだろうか。
 血まみれの姿で、札を手にとり、瞬きすら忘れて、白燕は動いていた。

 たとえ、それが禁であり、恐ろしい罰を受けるとしても、それがなんだという。
 今、この二人を失うのはただの屍になれといっているのと同じだ。
 だから、
 どこまでも堕ちよう。
 赦しなどはいらない。
 
 白燕は禁を犯した。
 札に二人の魂を封じ込めた。
 そして、
 彼女は罰を受けた。

 世界から放逐されるという罰を。――大切な二人の友人の魂を胸に抱いて。

クリエイターコメント オファー、ありがとうございました。
 覚醒のお話ということで、大変辛い経験をされたご様子。
 どうか、旅人となったあなたの進む道に光あれ。

 またご縁がありましたら。
公開日時2011-03-16(水) 22:40

 

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