クリエイター夢望ここる(wuhs1584)
管理番号1187-16067 オファー日2012-03-05(月) 14:46

オファーPC 煌 白燕(chnn6407)ツーリスト 女 19歳 符術師/元君主

<ノベル>

▼ミスタ・テスラ、コルロディ島の屋敷にて
 ジングという名の少年型オートマタがいた。10歳前後の、愛らしい子どもの顔つきをしている。東洋風の長い衣に身を包んでいる。
 二人の少女が、そんな彼の腕を抱くようにくっついていて、離れない。年頃は同じくらい。むき出しになった球体間接から、その少女たちもまたオートマタであることが分かる。
 ぼーっと眠たそうな表情をしながらも、ジングの腕をしっかりと掴んで離さない少女は、ミオ。
 ミオとは反対側の腕に抱きついて、唇を尖らせながら抗議の視線を彼女に送っている少女は、ティンカーベル。

「ジング……わたしと、遊ぼ……」

 途切れ途切れに言葉を口にしながらも、はっきりとした声でミオがジングを誘う。彼の腕を引っ張る。

「むーっ。ねぇジング、ミオは放っておいて、ベルと一緒に遊びましょうよー」

 ティンカーベルはミオに敵意をむき出しにしながら、負けぬようにと張り切ってジングを誘う。彼の腕を引っ張る。

「ご、ごめん、僕はこれから師匠と稽古があって……」

 苦笑いをしながら、戸惑いがちにジングが返す。

(やれやれ、仲が良いことだ)

 煌・白燕(こう・びゃくえん)はそんな彼らの様子を、庭先にある木陰から眺めていた。半分は微笑ましそうに、もう半分はあきれ混じりに。
 ジングは、腕に絡みつくやんちゃな二輪の花の乙女を、やんわりと払って。ぱたぱたと逃げるように、白燕のもとへとやってくる。

「師匠、本日もよろしくお願いします」
「うむ。それでは稽古を始めよう」

 胸の前で、掌へ握った拳を軽くあてて、礼をし合う。
 マスターである白燕と、彼女が教育を担当するジングとの稽古が、厳かに始まる。

 †

 その日の夜。
 食事や入浴、オートマタの子達の整備も終え、寝巻き姿に着替えた白燕のもとに、ジングがやってきた。部屋の中に彼を入れると、席につくや否やこう切り出してくる。

「師匠……私は、どうすれば良いのでしょうか」

 白燕は、まだ何も口にはしない。ただ黙って、ジングの言葉に耳を傾ける。

「私は、皆を大切な仲間と思っています。そこに差はありません。ティンカーベルもミオも、マヤやイーリスや瑠璃も、皆を大切にしたいのです……」

 ジングはおろおろと迷いをにじませながら、言葉を紡ぐ。

「けれど、あの二人はそれを望んでいません。自分だけを選んでと、強くせがむのです。
 しかし私には選べません。どちらかを切り捨てるようなことなど、できません。それでは二人を傷つけてしまう……。けれど……うぅ……」

 ジングは重い溜息をつき、肩を落とすようにうなだれた。
 今まで黙っていた白燕がおもむろに席を立ち、窓を開ける。
 外は夜の闇に満ちていた。遠巻きに見えるぼんやりとした灯りの群れは、工業区の光だろう。昼夜を問わず、オートマタや従業員が工場を稼働させているのである。窓枠を額縁とすれば、まるでそうした景色を描いた一枚絵のようでもあって。
 白燕は、ジングにこれを見せるようにしながら、静かに話し出す。

「例えばジング。外に見えるこの風景を、一枚の絵におさめたとしよう」
「はい」
「次の日、この同じ場所で同じように絵を描く。昨日の絵と今回の絵は、同じものになるか?」
「似たような絵にはなると思いますが、細かい部分はやはり違ってくると思います。光の数や量がいつも同じとは限りません。それに、絵の描き方も」
「そうだな。ひとの心も、それと同じなのだ」
「同じ……? 絵と同じ、ということですか」

 ジングがきょとんと目を瞬かせる。白燕は腕を組みながら、夜の景色に改めて視線を注いだ。

「風が吹けば、葉は揺れて花弁が舞い、草木がそよぐ……同じものは、その一瞬にしかない。外からの影響を受けて、景色は常に変化していく」

 やんわりとした風が窓から入ってきて、カーテンの布地をふわりと揺らす。

「心も同じだ。ミオやベルのジングへの気持ちは、これから変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
 しかし、全く同じままというわけではない。毎日の生活の中で、彼女らがジングをより慕うことになるかもしれない。
 ジング自身も変わり、あの二人を慕えるようになるかもしれない。彼女たち以外の誰かに、想いを寄せるようになるかもしれない」
「心とは、不安定なものなのですね……」

 ジングは力の無い笑みを浮かべながら、ぽつりと返した。どこか寂しげに、自嘲を漂わせて。

「……ですが、私の心はあまりにも不安定であるように思えます。答えを導くことすら、できていません。これは私の内部回路に、何か問題があるからなのでしょうか……」
「それは違う」

 ぴしゃり、と白燕が言い放つ。ジングへと翻り、凛々しさを漂わせる視線を向ける。

「心とは、明確にひとつのかたちを保ってはいられないのだ。今日、出した答えが、明日になれば揺らぐこともある」
「……」

 ジングは椅子に座ったまま手元へ視線を落とし、苦そうな表情をしていた。納得ができない、という表情。口にこそ出さないが、納得がいかなければこうして顔に出てしまうのが、ジングという子であった。
 良くも悪くも正直だな、と白燕は微笑ましい気持ちになる。
 開いていた窓を閉じ、カーテンを閉めて。ジングは口許をやんわりと緩めながら、じっと動かないジングのもとへ静かに歩み寄る。

「……心の揺らぎは、迷いであると言えよう。しかしそうした葛藤に何度も悩まされ、風に吹かれる木の葉のように彷徨いながら、ひとは生きていくのだ。想いに迷うということ、己に悩むということは、心がある証拠だ」

 そう言いながら、ジングの頭にぽふりと手を置き、撫でた。そして肩膝をつき、座ったままのジングと視線の高さを合わせる。戸惑うように目を漂わせる、ジングの不安そうな顔が見える。
 白燕はジングの手をそっと取りながら、穏やかにゆっくりと話す。

「ジング、君は悩んでいるな」
「……はい」
「そうして悩むことは、恥ずべきことではない。すぐに答えを見出せなくとも、一向に構わんのだ。全く悩まない者など、そうはいない。
 大切なことは、間違いを恐れないことだ。考え、悩み、迷い、失敗する。そうしたことを繰り返していくことに、意味がある」
「失敗を、繰り返す……」

 主の言葉をかみ締めるように、ジングが言葉を口にする。
 ジングの手は、人肌のような温かさはない。一部にのみ使用されている人工皮膚の柔らかさも、どこか造りものであるような違和感がある。それは彼が、オートマタという機械であるからだ。
 けれど、白燕は思う。彼らは決して、物言わぬ鉄の玩具ではないと。生まれた過程や理由に、ヒトとは相違があるとしても。その心が発達していく様子は、ヒトと同じように思う。
 だから。
 そっと握った彼の手が、微妙な質感の人工皮膚であっても。そこから感じるのが、金属のような体温であっても。それが愛しいと、白燕は思うのだ。
 愛に満ちた気持ちは、彼女の表情や声に表れている。母が子を慈しむようなあたたかい眼差しと、優しさに溢れた声音に。

「考えることや悩むことに疲れたら、休んでも構わない。
 けど……決して、考えることをやめてはいけない。思考を放棄した者は、生きていても死んでいると同じになってしまう。生きることは悩むこと……それは、忘れてはいけないよ」

 自然と、口調が変わる。強く言い切る戦士のような言葉遣いは、少し薄らいで。君主でありながらも少女であった、あの頃のような口調が。今は少しだけ、戻っていて。

「ジング、君はオートマタだ。機械の身体を持っている。けれどその胸の中には、ひとの心が宿っている。例え手足がつくりものであったとしても、心は君だけのものなのだ。自ら悩み、考え出した答えは、つくりものなどではない。意味のあることなんだ」
「意味の、ある……」
「あぁ。そうだとも」

 普段から表情の変化に乏しい白燕の顔が。口許が、目元が。ふわりと緩む。
 にこり、と白燕が笑う。

「自分だけのもの、それは命。心とはすなわち命。命とは生きるということ。生きるとは考えるということ。
 たくさん悩み、考え、失敗し、そこから何かを得る……そうやって生きなさい、ジング」

 そして白燕は、ジングの身体をそっと抱き寄せる。
 ジングはどうすればいいか分からず、まごまごとしていたけれど。しばらくしてから、そっと抱き返してくれて。

 †

 その晩、白燕はなかなか寝付けずに居た。あの後、何気なく問いかけてきたジングの言葉が、頭の中でこだましていた。

 ――師匠にも……悩みは、あるのですか。悩みを抱き、葛藤していることがあるのですか。
 ――ははは。悩みもなく、気楽に過ごしているように見えるか?
 ――いえ、そういうわけではありません。ただ……師匠は常に心穏やかで、まるで波の立たない水面のような方です。悩みが心を揺さぶるのであれば、なぜ師匠の心の水面は揺らぐことがないのでしょうか。

(揺らぎ、苛まれているさ。過去に)

 白燕は、自嘲の笑みを浮かべた。
 かつて犯した過ち。禁忌の術を用いたこと。それが覚醒につながってしまったことは、偶然ではあるけれど。
 今でも、あれが本当に正しかったどうかは、白燕には分からない。確かめたくとも、今はそれすら不可能となってしまった。
 符に封じた、友の魂。大戦符による召喚能力は制限されてしまっているため、その力を完全に引き出すことはできない。符の中の、物言わぬ兵隊となった友の声を、聞きだすことはできない。
 使い手として経験を積めば、符の兵隊とも心を通わせることができると言う。いつか召喚能力が、本来のかたちに戻って。その時までに、自分が充分に成長していれば。符に封じた友の魂と対話することができるかもしれない。

(その時、おまえたちは……何と言ってくれるのだろうな)
 
 自分を肯定するだろうか、否定するだろうか。思い出に残る友の声音は様々な感情をにじませて、白燕にたくさんの言葉を投げかけてくる。
 友の反応は、想像するしかできない。どんな声でも受け止めたいとは思う。
 けれど、自分の中で考えはまとまっている。少なくとも、あの時の自分は禁忌を犯してでも、友の命を救いたいと強く願った。死を肯定するわけにいかなかった。それは事実だった。
 ジングとのやり取りが、つい先ほどの事のように感じる。己の言葉と彼の言葉とが、脳裏に響く。

 ――常に私は悩んでいるよ。私はね、友の命を犠牲に生き延びたんだ。一日たりとも、そのことで悩まない日はない。
 ――お辛くは、ないのですか。
 ――そうだな……その過去は、時には私を励まし、背中を押してくれる。時には私を苛んで、悲しみに沈ませる。考え続けることは、やはり辛くて苦しい。
 ――忘れたいと思ったことは、ないのですか。
 ――逃げ出したくなったときもあるさ。だが私の生は、その友の結末と共にあると言ってもよい。私の命は、私だけのものではない。例え、涙や血にまみれても。私は、この過去をずっと背負っていくつもりだ。

 過去を背負う白燕を、ジングはまるで己のことのように感じていたようで、辛そうにしていた。優しい子になってくれて嬉しい、と彼の頭を撫でた。
 ジングの成長や変化を微笑ましく思いながら、白燕は寝台の上で己の過去に想いを馳せる。

(あれが正しいか間違っているかの答えは、ひょっとしたら見つけられないかもしれない。散々迷った末に、私は死を迎えるかもしれない)
(だが、それでも構わない。友の死を抱え続けるということが、私の決意であり、使命であるのだから)

「そう思うだろう? なぁ、我が友よ」

 白燕の中にいる二人の友は、何も言わず。
 ただ、その口許が僅かに笑んでいることだけは、救いであったかもしれない。

 †

 次の日。
 稽古をする場所に、何故かあの二人の少女オートマタが、わくわくした様子で待っていた。白燕やジングのように、東洋風のゆったりとした長衣に着替えてもいて。

「師匠、こ、これは」
「彼女たちも変わってきている、ということだろう。ただ気持ちを求めるだけではなく、自ら寄り添うことで、何かをつかもうとしているのだろうな」

 苦笑しながら返す白燕は、ジングに二人への指導を命じる。
 ぎこちなく少女に技を教える、ジングの背中へ注ぐ白燕の眼差しは、母性に溢れていて。とても、優しい。

(白燕と子ども達との生活は、続く)

クリエイターコメント【あとがき】
 ――というわけで、ミスタ・テスラを舞台とした『機械仕掛けの子ども達はヒトの夢を見るか?』のシナリオの、ちょっとした外伝リプレイをお送りしました。

 特にオファー文のほうで具体的な指定はなかったため、ジングとのやり取りを中心にしつつ、何か過去ノベルや設定にもつなげて――というコンセプトで、曖昧なイメージから少しずつ作り上げていきました。
 彼女が犯した禁忌、罪。それが清算される日は来るのでしょうか。
 ジングは、そうした師匠の背中を見て。己に悩みながらも、きっと強く真面目な子に育っていくことでしょう。ミオやベルとの関係がどうなるのかも、あたたかく見守りたいところですよね。二人の乙女に挟まれる、ジング君の明日はどっちだ。
 ちなみにジングの一人称は、師匠や目上のひとと接する時には「私」なのですが、普段は「僕」というイメージです。

 納品済シナリオを元にさらに掘り下げたものを、という形式は初めてでした。また同じ舞台を利用してくださったことに感謝を込めつつ、筆を走らせた次第です。期待通りのものに仕上がっていれば、嬉しく思います。
 それでは、夢望ここるでした。ぺこり。これからも、良き幻想旅行を。

【『教えて、メルチェさん!』のコーナー】
「こほん。
 皆さん今日和。メルチェット・ナップルシュガーです。
 ジング君は、真面目でかわいい子ですね。あの二人のどちらかを選ぶにしても、何だか苦労しそうだわ……。でも、ジング君はそうやって好かれるくらいに、優しくて良い子なのかもしれませんね。
 さ、それじゃあ今回も私と一緒に、漢字の読みかたをお勉強しましょ……と言いたいところですけれど、今回はお休みですよ。だってこれくらいでしたら皆さんは当然、全部読めますよね?
 もちろんメルチェは大人ですから、当然すべて完璧です(きぱ)」
公開日時2012-03-26(月) 22:30

 

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