ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
メイムで見た夢は「本人の未来を暗示する夢」だという。とすれば、煌 白燕の見る夢は――。 *-*-* 香の焚かれた薄暗い天幕に入り、白燕が思い返すのは過去の自分。 国に土足で踏み込む現実の兵達。逃がされる自分。あの、瞬間。 大事な二人の魂を札に封じた。邪心からではない。ただただ生きて欲しいという思い、それが原動力。 だがそれは愚かしい行動だった。世界が白燕の行動を許さなかったのだ。 結果、白燕は覚醒した。 大いなる禁忌に触れてしまったために、世界から放逐されたのだ。 (ここでの日々は罰と言うのには甘やかで。罪と言うならなんとも惨い) 沢山の知り合いもできた。友と呼べる者もいる。白燕に優しく接してくれる者も多く、禁忌に触れた代償としては温かい。 けれども白燕の心には一つの思いが沈殿している。心の奥底で、時間が経つごとに澱となって凝っていくのだ。 本当は、二人の札を抱いて死にたかった。あの地で……あの場所で……。 新たな出会いは確かに白燕の心を癒す。だが、同時にぽっかりと開いた心の穴をえぐり、大きくしていく。 本当に一緒にいたい者はたった二人なのだから。他の者にその穴を埋められるはずはないのだ。 札の中の二人は、今どうしているのだろうか? 白燕には想像するしかなくて。想像で喪失感を紛らわせるしかなくて。 (夢の中でなら、会えはしないだろうか?) そんな縋るような思いで尋ねたメイム。敷かれた布団に横になり、香を吸い込む。瞼を閉じて段々と頭が、縫いとめられるように重くなっていく事で睡魔の到来を知る。 怒ってくれていい。いいや、怒って欲しい。 (そなた達に会いたい――) 意識の糸を引かれるように、白燕は眠りへと落ちていった。 *-*-* 「ここは……」 白燕は己が立っている場所に見覚えがあった。ありすぎるほどだった。 城の裏手、人の手は滅多に入ることがないが自然にできた花畑が見事な場所。 そう、忠星とよく来ていて、後に西嘉にも教えたこの場所。 白燕の、楽しい思いもつらい思いもこもったこの場所は、大切な大切な場所だ。 「白燕さま!」 「白燕殿」 「!?」 聞き覚えのある、いや、絶対に忘れることなどない二人の声が聞こえた。ああ、これは夢なのだ――悟ると同時に夢でもいいからと願った己の気持ちが膨らむ。 「忠星、西嘉?」 そっと、確かめるようにその名を紡ぐ。まだ振り返ることができない。 「白燕さま、お顔を見せて下さい」 「忠星、我が君は涙でぐしゃぐしゃになった顔を我らに見せたくないのだろう」 「泣いてなどっ……!」 西嘉の挑発じみたからかいに乗って振り返った白燕。視線を向ければ、二人は優しく微笑んでいて。 姿形もひとつも変わりない。忠星の黒髪はさらさらと風に凪がれていて、西嘉の茶の髪からは陽の匂いがしそうだ。 「やっとお顔を拝することができました」 「泣いてはいないようだな」 感慨のこもった声で静かに告げる忠星。対照的に呵々と笑って白燕の心を和ませようとしてくれる西嘉。二人はすっと膝を突いて腰を折り、頭を下げる。 「再びまみえるこの日を、心待ちにしておりました」 「再びこうしてあなたの部下として働けること、光栄に思います」 「な……なん……」 突然かしこまった礼をとる二人に、白燕の方が心に動揺を抱く。わかったのは二人が白燕との再会を喜んでいることだけだ。 「私は、二人に酷いことを……怒らぬのか。否、怒ってはくれぬのか」 禁を犯して二人の魂を札に封じた。本人たちの意向を無視して。怒られてそしられて当然のことをしたのだ。けれども目の前の二人の表情は穏やかで。 「白燕殿は我々が再会の喜びにむせび泣く間も与えてはくれぬというのか」 「違っ……そういうわけではない」 顔を上げていたずらっぽく笑む西嘉。隣の忠星も穏やかな表情をしている。 「お前達は、その……私との再会を喜んでくれるのか?」 本当は答えを聞くのが少し怖い。白燕には負い目があるからだ。たがいっそのこと責め立ててくれ、そんな思いもあって。複雑な気持ちで視線を向ける。 「我々が再会を喜ばぬ訳がありましょうか」 「だが、恨み事のひとつやふたつ、あるだろう?」 不安げに目を細める白燕。会えない時間が長かったからか、別の環境で長時間過ごすことに慣れてしまったからか、二人と再会できて心が喜びで緩んでいるからか、気の強い物言いをしつつも心が、表情が若干ついていかない。 「そりゃあないとは言わないが」 「再びお会いできた喜びで、全て吹き飛んでしまいました」 これでは駄目でしょうか? ――以前とひとつも変わりない忠星の優しさ。西嘉のおおらかさ。自然、白燕の表情も緩む。 「よい。私が許す」 精一杯以前のように振舞って告げれば、二人はあの頃と変わりない優しい瞳で白燕を見つめてくれる。 「できるならば……」 と、欲が口をついてでた。止めようと思っても止められなかった。心からの、願いだから。 「……あの頃と同じ笑顔を見せてはくれないか」 「「……」」 白燕の言葉に二人は顔を見合わせて。その沈黙が白燕を不安にさせる。付け足すように言葉が飛びでた。 「そうすれば、まだ頑張れる気がするのだ」 「それならば、いくらでも」 「頑張ろうとする我が君の助けとなれるならば、な?」 二人が白燕を見つめる瞳は優しい。そこに浮かんだ笑顔もまた、優しく。あの頃の笑顔に酷似していて、白燕の胸を締め付ける。 嬉しさはもとより、残りはきっと幾ばくかの罪悪感。札が現実の白燕もとにある限り、拭えないもの。 「感謝する。あいも変わらず我儘な君主ですまぬ」 胸の、現実で札を入れていた辺りに自然に手が触れる。今、札の中の二人は目の前にいるというのに。 「白燕殿の我儘には、我々が一番慣れている」 「そうですね。今更謝られましても……」 西嘉と忠星がわざとらしくため息をつきつつ、白焔へと視線を投げる。 「言ってくれるな」 白燕の口元にも、自然、笑みが浮かびはじめていた。 *-*-* 「夢……か」 夢の中でも構わないから会いたい、そう願ったのは自分のはずなのに、夢であることを惜しむ声が漏れた。夢が覚める前に拱手した二人の姿が瞼から離れない。 これは白燕の見た都合のいい夢なのかもしれない。無意識が反映された夢なのかもしれない。 三人でまた、あの頃のように。 けれどもメイムで見た夢は、旅人の未来を示すという。今見た夢が白燕の未来を幾ばくか示しているのだとしたら、もしかして――。 ゆっくりと身体を起き上がらせて、白燕は今しがたの夢を反芻する。 (もしも望むことが許されるのならば) 禁忌を犯した白燕にその資格があるのならば、願うのはただひとつ。 あの地に、三人でまた立ちたい。 【了】
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