オープニング

 浅葱色の暖簾をくぐり中に踏み入ると、そこには台の上に駄菓子や御面を並べられていた。決して広くはない空間の中、手作りと思しき椅子がひとつばかり、台の前に置かれている。
 台の周りには小さな提灯がいくつか飾られてある。店内は薄暗く、提灯が落とす仄かな灯だけが場を照らしだしているのだ。
「おや、お客さんかい。こいつぁ驚いた。こんなしみったれた店に、まあ物好きなお客もいたもんだ」
 言いながら顔を覗かせたのは、顔面にヒョットコの御面をつけた作務衣姿の男だ。男は台を挟んだ向こう側に置かれた椅子にどかりと腰をおろすと、背で結んだ黒髪を掻きむしりながら言を続ける。
「うちで扱ってんのは、まぁ、見ての通りさ。きなこ棒やあんず飴、ミルクせんべい、ソースせんべい。ドロップもあるよ。それに御面も、ほれ、この通り。どれでも好きなものを試してみりゃあいい。お買い上げはそれからで結構ってなもんでね」
 並べられている面はキャラクターの面などではなく、狐や天狗、鬼、そういった神や化物の面ばかりだ。店主の言の通り、種類は豊富、取り揃えられている色や表情も様々だ。根付きは小さな可愛らしい狐のものが多く、振れば小さな鈴の音が鳴る。
 さて、このお面についてだが。店主は言葉を続けている。

「大きな声じゃァ言えねェが、この面、被れば夢が見れるんだとよ。起きているのに夢を見るんだ。どうだいあんた、面白いだろう。こっちの根付きは、強く願掛けしながら振れば、その願いがかなえられちまうかもしんねえってんだ。どうだいひとつ、買っていかねェかい」

 そう言って、ヒョットコ面をつけた作務衣姿の男は笑う。

「もっとも、どんな夢を見るのかは知らねェよ。それに、願がかなったときにどんな見返りを求められるかなんてのも知らねェ。まァいいじゃねえか、そんなこと。夢が見れて願がかなう。楽しもうぜ、お客さん」

 言った後、男は「ああ」とうめいて付け加えた。
「そういやあ、うちで売ってるモンについての説明をしてなかったっけなあ。まぁ、詳しくは紙に書いて、ほれ、そこに貼ってあるから、勝手に目を通しちゃくれませんかね」

品目ソロシナリオ 管理番号1734
クリエイター櫻井文規(wogu2578)
クリエイターコメント「御面屋」で取り扱っている品々、それに付加する効果は以下の通りとなります。

「御面」
狐面…過去に体験してきた辛い記憶を夢に見ます。色は様々ありますので、お好みのものを。
天狗の面…実際には経験した覚えのない記憶の夢を見ます。楽しい記憶であったりもするようですし、逆に恐ろしい記憶であったりもするようです。が、目覚めた後には内容のすべてを忘れます。
鬼の面…過去に体験してきた優しい記憶の夢を見ます。
駄菓子…まだ来ぬ未来の記憶の夢を見ます。それは願望であったりするのかもしれませんし、怖れや畏怖といった、忌諱を願うものであるのかもしれません。

ここで言う「夢」とは眠る間に見るものではなく、感覚的には白昼夢のようなものだとお考えください。

参加者様には上記の中からお求めの商品を選択いただき、お望みの「記憶」をご覧いただく形となります。
もちろん、店主であるヒョットコ男との雑談に終始するのでもかまいません。その場合には雑談ネタなどお寄せいただけるとさいわいです。

それでは、どうぞごゆっくり。

参加者
ヴェンニフ 隆樹(cxds1507)ツーリスト 男 14歳 半人半魔の忍者

ノベル

 自覚を持たない記憶の残滓も、面の力を借りれば夢に見る事が出来るのだろうか。
 黒い狐面を片手に持ち上げた隆樹の問いかけに、店主は曖昧に首をかしげて笑うばかりだった。けれど隆樹は光彩を宿さぬ漆黒の双眸をゆらりとゆるめ、狐面をゆっくりと顔に近付けた。

 視線を上にやれば、曇天をかすめ飛ぶ巨大な竜の背に乗り矢を構える女の姿が見えた。女が矢を射るのに続き、灰色の空から雨のように矢が降りかかる。
「――カキ! 気を――持て!」
 正しく聞き取る事の出来ない何事かを叫びながら、白狼人が刃を振りかざす。その向こう、離れた場所に、エルフの女が魔法を放つための呪文を詠唱しているのも見えた。
 隆樹の頬がゆらりと歪む。
 雨のように降りかかった無数の矢は、ただの一本も隆樹の髪の先にすら触れる事はなかった。狼が振り上げた剣が隆樹の皮膚を裂く事も、エルフが紡いだ魔法が隆樹の心身に影響を及ぼす事も、何一つとして届く事はなかった。
 矢は総て木っ端と化し、剣は折れて使い物とならなくなった。竜の両翼が風を起こし土埃をさらに巻き上げる。
 声は何ひとつとして隆樹の耳には届く事はなく。それでも、剣士も弓使いもエルフも全員がそれぞれに同じセリフを口々に叫んでいた。
「タカキ! 聞こえているか!?」
 彼らの攻撃も声も、総てを影が飲み込んでいく。隆樹の全身を包み込む、闇よりもなお深い暗色に染まった影だ。自在に蠢く影が矢を砕き剣を折った。隆樹の身体に巻きつく大きな蛇のようにも見えるそれは、カタカタと揺らいで声を発するでもなく嗤う。
 彼らが懸命に呼んでいるのは影が包み込むこの男の名前だ。一介の人間に過ぎない男の身体は、竜のそれに比べれば――否、比べるべくもなく脆弱だ。未だこの男の精神の総てを喰らい終えてはいない。むろん、たかが人間の精神ごとき、支配する事など容易な事だ。だが精神を支配し得たところで、人間の身体に入り込み動かす事は容易ではない。もっとも、その理由はひとえに”動かし慣れぬ体だから”という単純なものにしか過ぎない。いずれ時が解決するであろう、小さな問題でしかないのだ。
 もちろん、それでも人間の体は脆弱だ。無理な動きをすれば見る間に壊れてしまう惰弱な器だ。――それでも
「タカキ!!」
 狼が声を荒げた。刹那の間思案に耽っていた隆樹――否、ヴェンニフは、小さな舌打ちをひとつ落として視線をあげた。
 それでも、この惰弱なる人間タカキの身体に、人智を超える能力をもつ狼たちはかすり傷ひとつつけられずにいるのだ。剣先が髪の先をかすめることもなかった。矢が届く事もなかったのだ。
 ヴェンニフは嗤う。声にならない声でカタカタと揺らぐ。曇天を舞う竜が起こす風が一陣のつむじ風となって空気を大きく震わせた。
 ヴェンニフは嗤った。
 ――私は、こんなにも脆弱な連中に殺されたのか!
 自嘲のものとも知れない嗤い声をひとしきりたてて、それからすうと双眸を細め上空を睨んだ。
 次の瞬間、風を起こし飛んでいた大きな竜は影が広げたあぎとに奥に飲み下された。竜に乗っていた女が悲鳴をあげながら落ちてくる。白狼人が辛うじて女を受け止めた。そのすぐ横を、あざ笑うように影の槍がすり抜ける。槍はエルフの胸に大きな風穴を貫通させた。狼が怒号をあげる。ヴェンニフが嗤う。タカキの声でゲタゲタと嗤う。
 そう、タカキの体は脆弱だ。すぐに壊れる不出来な人形のようなものでしかない。それでも、ヴェンニフにとっては非常によく”馴染む”ものでもあった。
 ――この闇の竜王が! 
 この人間ごときの中に、影に巣食う事でしか長らえる事が出来なかったというのか。こんなにも弱く、一撃のもとに死んでいくような者達の手にかかり、死んでしまったというのか。
 怒りに咆哮する狼の心臓に影を突き立て、刹那の後に握り潰す。咆哮が途切れ、狼は女を抱えたまま大地の上に倒れこんだ。
 曇天に雷鳴が走る。矢数をはるかに凌ぐ勢いで雨が大地に突き刺さり始めた。土煙は激しい雨に抑えこまれ見る間に消える。今はもうタカキの名を叫ぶ声も剣も魔法を紡ぐ詠唱も矢も竜の羽ばたきも、耳障りだった総ての音が消えた。
 地を揺るがす雷鳴と、乾いた大地を瞬く間に濡らしていく激しい雨音と。ヴェンニフの耳に触れているのは、今はもうただそれだけだ。
 目を伏せ雨の勢いに身を任せていたヴェンニフは、しかし、その音の中に小さな違和があるのに気付き、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
 女だ。
 竜に乗り弓を構えていた、あの女だった。
 瀕死の重傷を得てざらついた呼気を落としていた女は、その途切れ途切れの呼気の中、何事かの呪文を詠じている。眦を流れるのは涙か、あるいは雨なのか。
 薄く水場と化した大地をゆっくりと踏みながらヴェンニフは女の傍へと近寄った。首をかしげ、女の顔を見下ろす。
 ――この女さえ殺してしまえばそれでしまいだ。この世界は我が闇のモノとなる。
 光に属する存在の中にヴェンニフを止められる者が残っているとすれば、もはやタカキのみだろう。そのタカキの精神はもうすでにヴェンニフの手中にある。それはすなわち、実質の勝利を意味しているのだ。
 ヴェンニフはふわりと頬をゆるめる。女の首を右手に持ち上げた。華奢な女の身体は軽々と持ち上がる。細い首を絞める右手にじわりと力をこめ、微笑む。
 さあ、終わりしよう。
 言を落とし、締め上げる手にさらなる力をこめた、その時。
 右手の動きを制するように、左手が右手を打ち払ったのだ。
 ――おまえは……! 
 女を締め上げていた右手は所在なく宙を泳ぐ。左手はすぐに力を失くした。解放された女は激しく咳き込んだ後、逃げるでもなく、愛しい者を抱きしめるような所作で両腕を伸ばしてタカキの身体にもたれかかった。
 ――タカキか!
 支配し終えていたつもりでいたタカキの意識が、ほんの刹那、頭をもたげ、ヴェンニフの行動を制したのだった。
 驚愕に目を見張るヴェンニフの耳元では、女が睦言を囁くような声で魔法を詠じる。ヴェンニフの表情が凍りついた。女を突き飛ばし、かたちを成さない叫びを口にする。
 女が詠じたのは、対象を異世界へと飛ばす魔法だったはずだ。
 雨に打たれ、女が微笑んでいる。泣いているのかもしれない。血に塗れ、もはや女の命はほどなく事切れるだろう。意味を成さない叫びを吼え続けているヴェンニフと対照的に、女はひどく穏やかに笑った。

「さよなら」

 女の声が耳に触れた。懐かしい、まったく知らない声だ。その笑顔が光の中に消えていく。



 狐の面が手を滑り三和土の上に落ちた音で隆樹は意識を戻し、顔をあげた。
 ヒョットコ面の男が煙管を吹かしている。薄暗い闇の中、煙が一筋、ゆらりと揺れていた。
「どうでしたかい?」
 男の声が問う。
 隆樹はわずかに右手を持ち上げて頭を撫でた。今まで見ていた夢を思い出し、額に伝う汗を指先で払う。
「……わからない」
 静かにかぶりを振った隆樹に、男は「そうでやんすか」と応えただけだった。

 懐かしい女の声が耳を離れない。けれど、あの女は何者なんだろう。わからない。あれは意味など何もない、ただの夢だ。

 落とした面を拾い上げて男に返し、隆樹はターミナルへと戻っていく。
 ふ、と
 呼ばれたような気がして振り向いてみたが、そこには誰の姿もなかった。 

クリエイターコメントこのたびはご来店まことにありがとうございました。
「黒」の狐面を選択、ということは、つまり、「影」であるヴェンニフ様の視点に寄るかたちでのカメラワークでよいのだろうかと判断させていただきました。
捏造歓迎のお言葉に甘えまして好き放題やらせていただいた感があるのですが…いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけていればと思います。

それでは、またのご縁、こころよりお待ちしております。
公開日時2012-03-02(金) 22:50

 

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