ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
ふと気づくと、ワード・フェアグリッドは見覚えのある道に立っていた。 (あア、ここハ) かつて黒に染まった道だ。 【災禍の王】の望みのままに、【災禍の従者】と呼ばれ、怖れられたものたちが、血と火と泥に染め上げた道だ。 ――しかし、今、この道には賑やかな音楽が響いている。 前方を見遣れば、賑やかで楽しげな、陽気な音楽とともに、この道を黒く染めた当人たち――そう、まさに、かつて人から【災禍の従者】と呼ばれた――が歩いているのが見えた。 大切な大切な仲間だ。 否、仲間よりももっと深い、兄弟、同胞、根幹を同じくするもの……それ以上の言葉が思い浮かばない、そのくらい大切で愛おしい世界の住民たちだ。 (かつての罪ハ、赦されたのだろうカ) 彼らは死を、破壊を、恐怖をばら撒いた。 どこに善悪があったのか、ワードには判らない。 ただ、起こったすべてを事実として見守り続けることしか出来なかったワードに、何を言う資格もない。 同胞たちが声を涸らして、望んだ戦いではなかったと、望んで振り撒いた災厄ではなかったと、本当は戦いたくなかったし奪いたくなかったのだと叫んだところで、大切なものをうしなった人々の慰めになりはしないだろう事実と同等に。 (あア……けれド、もしかしたラ) 彼らを見ていると、祈るような思いで、それが真実であるようにと思わざるを得ない。 道には歓声が満ちている。 音楽は途切れることなく続き、人々は楽しげに踊り、歌い、ワードのきょうだいたちと手を取り合って笑っていた。 同胞たちも、楽しそうだ。 そして、幸せそうだ。 (よかっタ……) 安堵がどっと押し寄せる。 (彼らガ、幸せになっテくれるなラ、僕も幸せなんダ) しかし、ワードには、彼らに近づくことは許されないだろう。 (僕が、消えてしまったかラ) あの日から、彼らの存在は大きく歪んだ。 彼らの創造主は狂い、【災禍の王】へと転じ、妖精獣たちもまた【災禍の従者】へと変質した。 (戦いも知らなかっタ、争いなど望みもしなかっタ、そんな彼らガ) 武器を取り、血と死と火を――憎悪を撒き散らし、世界に災厄をもたらす存在となった。 平和だった世界は、滅びにまみれた。 (その元凶ハ、僕なのだかラ) ワードは今も自責の念から逃れられずにいる。 自分があの日、消えていなければ、彼らは平和な世界の住民のままでいられたはずだ、と。 (ベルゼは許してくれタ、ケド) 他の従者たちに、今更合わせる顔などあろうはずがない。 (行こウ……ここにハ、いられなイ) ワードは踵を返し、その場を立ち去ろうとした。 と、不意に、尻尾を引っ張られる。 誰が、と思いつつ振り返ると、白くて小さな蝙蝠が、ワードの尾にしがみ付いていた。 一目で、自分の一部だと判った。 どうしても切り離せない、自分の弱い部分が、ワードの心に直接語りかけてくる。 『ひとりは嫌ダ、寂しイ、悲しイ』 泣きすぎて涙も涸れ果てたと判る目で見上げてくる自分に言葉を失い、ワードは小さな己を抱き上げて、抱き締める。 「僕だっテ、本当は戻りたイ、ヨ」 けれど、でも。 ――もう戻れないことが判っている。 だからこそ、余計に、苦しい。 * * * * * 目を開けると簡素な天蓋が目に入り、ワードは溜め息をひとつついて起き上がる。 同行を頼んだ朱金の髪の巫子が、温かいお茶を差し出してくれた。 「ありがとウ……」 ワードは礼を言ってカップを受け取り、ぽつりぽつりと夢の内容を語った。 「これハきっと、罰なんダ」 「罰?」 「本かラ、あの世界かラ切り離された僕ハ、もう戻れなイ。戻りたくてモ、戻れなイ。僕ガ消えなけれバ何も変わらなかっタ。誰も罪ヲ侵さずニ済んダ。――その、罰なんダ」 話しているうちに哀しくなって来て、目尻にじわりと涙が滲む。 帰りたい、還りたい、戻りたい。 狂おしい、せつない願いがあふれて来て、破裂してしまいそうだ。 「せめテ、皆に謝りたいケレド、それだっテきっと、許されなイ」 糸口のない、堂々巡りのような自責の念に、胸が痛くてたまらない。 神楽は、そんなワードの言葉をじっと聴いていたが、 「私には、その罰と言うのはよく判らないが」 ワードが鼻を啜り上げたところで、大きな梨を目の前に差し出した。 芳しく甘い香りが、ワードの鼻腔をくすぐる。 「ア、これ」 「そこの市で売っていた」 「……僕ニ?」 「ああ。美味いものを食べると、幸せだろう?」 「うン……」 「なら、今は、それだけでもいいのでは?」 神楽の物言いは単純明快だった。 「そういウ、ものかナ」 「同じ場所をぐるぐる回っていても、いい考えなんて浮かばない」 齧り付いた梨は、華やかなやさしい甘さでワードの心を和ませてくれた。 「うン……そうだネ。少し、ゆっくりしテみるのモ、いいかナ」 出口の見えない苦しみ、哀しみ、罪の意識。 それらはまだ消えそうにないけれど、今ここにこうしていることが何かの導きであるのなら、しばらくそれに従ってみるのも悪くはないだろう。
このライターへメールを送る