「竜ちゃんデートしよっ!」 藤枝 竜の背後から駆けてきたスイート・ピーは、彼女の腕をとって抱きついて開口一番そう言った。「スイートちゃん!? え、デート!?」「竜ちゃんあったかーい。うん、デートだよ」 驚いている竜に、スイートは2枚のチケットを取り出してみせる。どちらも壱番世界行きだった。 幾度かの依頼を通して仲良くなっていった二人は、スイートの提案で壱番世界へと向かった。「半分こしましょう!」「え、でも……」 行きのロストレイルの中、おにぎりを取り出した竜はそう告げて。戸惑うスイートの目の前で半分におにぎりを割ってみせた。片方を「はい」と差し出して。「これなら大丈夫でしょう?」「……ありがと!」 半分のおにぎりを手にして、スイートは明るく笑むのだった。 そうこうしているうちにロストレイルが到着したのは日本の北海道だった。まだ雪の残るこの地は広い。 函館の朝市では新鮮な魚介類のほか野菜・花・日用品・衣類まであり、大衆食堂も多く、朝は美味な朝食を求める客でひしめく。 五稜郭タワーからの景色もまた素晴らしく、その展望台からは別史跡五稜郭跡と函館市街地が一望できる。 夜景なら函館山。ロープウェイで登った先から見える市街地の夜景は絶景だ。 小樽にはおいしいと評判の洋菓子店から、美麗な硝子を販売する店、J-POPも交えた様々な曲のオルゴールを扱うオルゴール工房などが存在する。北の生物を中心に展示している水族館もある。 なにより小樽運河は運河に沿って造りの倉庫群や歴史的建造物などが点在していて、夕暮れ時にはガス燈の灯りが灯り始める。その光景は夕陽と相まってとても美しいものだ。 札幌には象徴とも言える時計台、大通公園と札幌の象徴とも言える場所がある。 かわいい動物のたくさんいる動物園や、変わった所ではチョコレートの博物館などが有り楽しい時間を過ごせるだろう。 日本最大級のショッピングモールもあるからして、楽しいく買い物というのもいいかもしれない。「どうしましょうか」「まよっちゃう、ねぇ~」 二人はガイドブックを覗きこんで、楽しく迷うのだった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>スイート・ピー(cmmv3920)藤枝 竜(czxw1528)=========
春先とはいえ北海道は関東地方に比べればまだ肌寒い。ましてや気候の変わらぬターミナルと比べれば、やや肌寒いと感じるかもしれない。特にキャミソール姿のスイート・ピーは見ている方も寒いので、薄手のパーカーを羽織っていた。 「竜ちゃんはどこ行きたい?」 「牧場でアイスクリームでしょう? かずのこ丼に海鮮丼、ホワイトチョコ! 塩チョコ! こしょうチョコ!」 首をかしげて尋ねたスイートに藤枝 竜が返した答えは食べ物ばかり! でもそれが彼女らしくて、スイートは嬉しくなって笑った。 「スイートはねえ、竜ちゃんと一緒ならどこでも嬉しい!」 「私だってぴーちゃんと一緒ならどこでも嬉しいですよ!」 ニパッと笑い返す竜。互いの笑顔が嬉しくて。二人で旅をするというのが嬉しくて、ワクワクが止まらない。 「じゃあまず朝市にいこう? 竜ちゃん、お腹空いてる?」 「もちろんっ! お腹の準備はいつでもOKです!」 朝市までの道順をガイドブックで確認して、二人は歩き出す。目覚め始めの街の風景がなんだか物珍しくて、ふたりしてきょろきょろと様子をうかがってしまう。さわやかな朝の風が頬を撫でていった。 だんだんと活気のある声に近づいていく。耳を刺激する声達を聞いていると、身体の中から刺激されてくるから不思議だ。 「ぴーちゃん、早く行こう!」 竜は自然にスイートの手をとった。触ったら危ないとしても、手がぴりぴりするとしても繋いでみたいと思っていた。だから、躊躇いはなかった。 「うん!」 スイートも嬉しそうに竜の手を握り返して。そしてふたりは足早に朝市へと向かっていく。 朝市は多数の観光客で賑わっていた。じゃがいもやとうもろこしなどの生野菜を始めとして、カニなどの海鮮類がところ狭しと並んでいる。日用品や衣類もあったが、竜の目が行くのはやはり食べ物。 「お嬢さんたち、試食してみる?」 優しいおばさんに声を掛けられると『試食』という言葉にぴゅんっと反応する竜。さっきふかしあがったばかりなのよとおばさんは小さな皿に切ったじゃがいもとバターを載せて差し出す。バターも勿論北海道の牧場で作られたものだという。 「んふっ、あつっ、あふ……へもおひひい」 「竜ちゃん、何言ってるのかわからないよぉ」 急いで熱々のジャガバターを口に入れた竜の言葉が安定しない。おかしくておかしくて、スイートは笑って。ふーっと息を吹きかけてある程度冷ましてからじゃがいもを口にした。 「うん、おいしいねぇ」 「うちのトウモロコシもどうだい?」 「え、いいんですかぁ?」 じゃがいもを咀嚼し終えた竜は、横から声を駆けてきたおじさんの申し出に目を輝かせて、つい甘えるような口ぶりになって胸元で手を組む。おじさんは輪切りにしたトウモロコシを「熱いから気をつけてな」と竜とスイートの手に乗せて。 「新鮮だから、美味いぞ」 「「いただきまーす」」 今度はふーっと息を吹きかけてからはむり、ふたりは大きく口を開けてトウモロコシに噛み付いた。 「ん~! 甘い!」 「粒もプリプリしてるねぇ」 さすが新鮮なトウモロコシだけあって、粒はプリプリ、塩茹での塩がトウモロコシ本来の甘みを引き立てていて美味しい。 「お嬢さんたち、こっちにもおいでおいで」 美味しそうに食べる二人の様子が気に入ったのか、通路の向こうの店で腰の曲がったお婆さんが手招きしている。野菜売り場のおじさんとおばさんにお礼を言ってそちらへ向かうと、そこは牧場で作られた品を扱っているようだった。 「牛乳飲める? おいしい牛乳の試飲とチーズの試食やっているのよ」 おばあさんはゆったりした動作で小さな紙コップに入った牛乳を手渡す。よく冷えているのか、触れた紙コップがひんやりしていた。早速ふたりは紙コップを傾ける。まろやかなのどごし、後味までしっかり濃くて、普段飲んでいる牛乳が水のように思えてくる。 「濃いですね! これ飲んじゃったら他の牛乳飲めなくなりそう!」 「チーズも美味しそうだよ、竜ちゃん!」 おばあさんがそっと差し出してくれたチーズを爪楊枝に刺して、一切れずついただく。口に入れるとそれだけでふんわりと濃厚なチーズの香り。噛み砕いて舌の上を転がると、ぶわっと旨味が広がって。このままでも十分美味しいのだが、調理に使えばとっても美味しい料理ができるのではないかと思える。 「おばあさん、ありがとうございますー!」 礼を言って手を振って、市場の中を通り抜けていくふたり。海鮮売り場では潮の香りがつんと鼻をついて、うにうにと足を動かしているカニや網で焼かれているホタテなどに思わず涎が出そうになる。けれども我慢我慢。だってふたりが向かっているのは、市場の中にある食堂なのだ。 「竜ちゃん、ここだよ、きっと」 そこは市場併設の食堂で、建物の中だけでなく外にもテーブルが出ている。食材は勿論市場で売られているものと同じものを使用しているから新鮮さは折り紙つきだ。 「どうしよう、迷っちゃいます!」 「まぐろのたたき丼とか、あ、海鮮三色丼とか美味しそうー」 「全部食べたいですー!!」 竜の瞳は恋する乙女のようにハート型になっている。相手は海鮮メニューだが……今は色気より食い気なのだ。 「スイートはまぐろのたたき丼にしようっとぉ。竜ちゃんは決まった?」 「うーん、海鮮三色丼定食にしようと思います。だって小鉢はマグロだっていうし!」 「じゃあ、決まりだねぇ」 食券を買い、外の席を取って出来上がるのを待つ。市場の喧騒に紛れながら、ふたりは言葉を交わした。 「スイート元の世界では女の子の友達いなかったから、フツーに街を歩いたりお買い物するだけで楽しいの」 「私で良かったらいつでも誘って欲しいです!」 「うん!」 竜はスイートの生い立ちの凄まじさに『かわいそう』と思っていると共に、触ったら危ないというのは自分と似ていると思った。でも、手は繋いでも平気だった。だったら次はむぎゅーってしてスリスリしたいと思う。触れたらピリピリするくらいの人なら竜の故郷にもいたし、同年代だから一緒に遊べば仲良くなれる気がしていた。現に、今こうして仲良くなれているではないか。 (ぴーちゃんは……守ってあげたい雰囲気がします。護ってあげます!) ぼっ。 「!?」 つい、意気込んでしまって燃えてしまった。ちょっとこれが困った所。竜の体質でもある。慌ててごまかそうとした竜を、スイートはしっかりと見つめていた。 「スイートね、竜ちゃんの体質の事知ってるよ。こないだ依頼で一緒になった時、言ってたでしょ」 「うん」 「スイートも同じなの。体液は全部毒」 「……」 ふたりの会話は周囲の喧騒に紛れて、周囲の人の耳には届いていないようだ。食堂のおばさんが注文の品を持ってきて、テーブルにおいて去っていったけれど、ふたりとも手を付けなかった。 「前はそれでいいと思ってた。この体がママの役に立つなら、それでママが喜んでくれるならって」 「今は?」 頼んだ品に付属していたあら汁の湯気がふたりの鼻孔をくすぐる。おなかがくぅ~と鳴いたが、竜はスイートを見つめ返して話の続きを促した。 「でも違ったの。ママがスイートの事好きなんて嘘だったの。スイートは利用されてただけ」 気づかなかったほうが幸せだったかもしれない。けれども気づいてしまったから、スイートは今強く思う。 「だから……この体質直したいな」 「きっと、直せますよ……なんて無責任でしょうか?」 「ううん、そんなこと無い。ありがと、竜ちゃん」 竜自身、その体質で苦労してきたこともあるから、スイートの気持は痛いほどわかる。 「あら汁が冷めないうちに食べましょう! お腹いっぱいになったらきっと元気になるから!」 「うん!」 スイートの頼んだマグロのたたき丼はその名の通りまぐろのたたきがたっぷり乗っていて、上に散らされた青ネギが鮮やかだ。ご飯とともに口に入れればとろっとした感触とともにマグロがすぅっと消えていく不思議。あら汁はいろいろな魚介のエキスが滲み出ていて、とても贅沢をしている気分になる。 竜の頼んだ海鮮三色丼定食は、ホタテ、いくら、ウニの三色丼にマグロの赤身が三切れ入った小鉢とあら汁付き。三色丼はどこから食べようか迷ってしまうほどだ。だが躊躇ったのは一瞬。ずいっと箸を入れて、ウニの部分をすくう。あーんとこれでもかというほど大きな口を開けて、口の中いっぱいに突っ込む。 「んん~ひんせんへおひひい!」 「新鮮で美味しいねぇ」 なんとなく、そろそろ竜が口に入れたまま喋る言葉もわかってきたスイートは、笑いながら相槌を打つ。一口ずつ交換とか、普通の女の子達がやっているようなことがしづらいのが残念だけれど、いつかきっと、体質が治ったらできると信じている。……やってみたい。 「あ、カニが入ってる!」 「ぴーちゃんラッキーですね!」 あら汁の中身を物色しながら、楽しい朝食の時間が過ぎていく。 *-*-* 市場ではじゃがいもやトウモロコシや魚介類などを箱買して家に宅配便で送る観光客が多いようだったが、さすがに0世界まで宅配便が届けてくれるはずはなく。ふたりはおいしいさを記憶に刻みつけて市場を後にした。 ショッピングモールに寄って、チョコレート類を見て歩く。お菓子ならば手荷物に入るから、持って帰ることもできるだろう。 お土産にはだいたい試食用のものが置かれていて、きゃっきゃっと笑いながらふたりはかたっぱしから試食していく。チョコの欠片を手にとってちょっとよそ見していたら竜の手がチョコでベタベタになってしまったなんてハプニングもあったけれど、スイートが持っていたウエットティッシュで拭くことで事なきを得た。 (ウエットティッシュ携帯なんて、ぴーちゃん女子力高いです!) 注意して素早くチョコレートを口に放り込みながら、そっと、お菓子の箱を手にして迷っているスイートを盗み見する竜。 「あ」 「え?」 「竜ちゃん、ここにもチョコついてるよ」 じっと見ていたことを気づかれたのかと思ったが、違ったようだ。スイートはもう一枚ウエットティッシュを取り出して、そっと竜の口元を拭く。 「これでだいじょうぶ」 「あ、ありがとう……!」 なんだか不思議と照れてしまい、更に護ってあげたいという気持ちが加速して、ぼっと燃えた。 *-*-* 小樽運河のガス燈は、夕暮れになると火が灯された。スイートと竜はゆっくりとガス燈の下を歩く。 「とっても綺麗……スイートがいた世界もネオンがぴかぴかしてたけど、こんなに静かでも綺麗でもなかったよ」 静かに灯り、暖かくあたりを照らすガス燈はネオンとは違って、静かにそこを暖めている。ネオンの鋭い光とは違って見えるのは当然だが、ネオンに慣れ親しんだスイートにはなんだか不思議であった。 「なんだかとっても穏やかな気分。竜ちゃんがそばにいてくれるから?」 「私も、落ち着いた気分です。あ、足元雪が残っているから気をつけて」 「あのね、竜ちゃん」 「……はい?」 竜が振り返ると、スイートはためらうように数歩後で歩みを止めていた。言い出しにくいのか、少し口ごもって。 「手を握っていい?」 返事をする代わりに、竜はすたすたとスイートに近寄って、そして自分から彼女の手をとった。両手で彼女の両手を包み、笑む。 「いつでもいいですよ!」 「……竜ちゃんの手あったかい」 「暑かったら言ってくださいね」 「ううん、へいき」 その暖かさを胸に抱くように導いて、スイートは俯いた。影になった彼女の表情は、竜には見えない。 「スイート、これからどうしたいかわかんない。ママの事は好きだけど、でも……」 独り言のように彼女は呟いて、そして……続ける。 「おうちに帰っても、もうママはいないの。スイートが殺しちゃったから」 「!?」 衝撃的な告白に、竜の肩が一瞬びくんと反応した。彼女の手を包んでいるても揺れてしまっただろうか。一瞬だけの動揺を、悟られてしまっただろうか。 「竜ちゃんはおうちに帰りたい? 家族の人やお友達に会いたい?」 「それは……帰りたいと、思っていますよ」 「もし故郷に帰ってもスイートの事忘れないでいてくれる?」 「勿論です!」 間髪入れずに竜は答えた。スイートの手をぎゅっと強く握る。忘れるもんか、忘れるもんか。大切な友達のことを。忘れるわけなんかない。 「現代叙事詩に帰ったとしても、ぴーちゃんのことは、今日のことも絶対に忘れません!」 「よかった……ちょっと安心したよ」 顔を上げたスイートは、儚げに笑った。だが、彼女に笑顔が戻ったのは一瞬だった。 「スイートはわるいこだからおうちに帰れない。これからどうしたらいいかわからないの」 「ぴーちゃんは悪い子なんかじゃありませんよ。絶対に、ぴーちゃんを必要としてくれる人が、必要としてくれる場所があります!」 本当に、心からそう思っている。言葉だけならなんとでも言えるから、それを証明するのは難しいけれど。竜は少しでも伝われとばかりにじっと、真剣な眼差しでスイートの赤い瞳を見つめた。 「……ありがとね、竜ちゃん」 スイートがまた儚げ笑ったから、竜は思わずスイートをぎゅっと抱きしめた。 *-*-* 形の残るおみやげを買おう、ふたりが訪れたのはオルゴール工房。吹き抜けの天井から間接照明の柔らかい光りに照らされて、無数のオルゴールたちが店内に広がっている。 ベーシックな箱型、ガラスケースに入った中身の見える形、陶器の人形の中に入ったタイプ、揺らすと音がするオルゴール・ボール。中にはオルゴールの音を収録したオルゴールCDなるものもある。 「おそろいだったらどれがいいでしょう?」 「目移りしちゃう」 「耳移り(?)もしちゃいますね!」 オルゴールの形態だけでなく、中の曲も決めなくてはならない。しかしこれだけ種類があると、なかなか決められなくて。 「じゃあ、曲はぴーちゃんが決めてください。私はオルゴールの形を見て歩きますから」 「うん、わかった」 竜はオルゴールの形と値札を見て歩き、スイートはゼンマイを巻いて曲を聞きながら店内を歩く。 そうしてしばらくしてスイートが決めた曲を、店員にお願いして竜が選んだオルゴールに入れてもらう。 「こちらでよろしいですか?」 作業が終わって差し出されたのは、合金のオルゴール。重厚感のあるそれは楕円形をした宝石箱型で、蓋や縁に金色で飾りが付いている。蓋の飾りは雪の結晶のように見えた。 箱の下部に付いているゼンマイをひねり、二人は顔を見合わせてから蓋を開ける。流れてくるのは、クラシックのメロディ。 「スイート、この曲好き」 「いい曲ですね」 「『トロイメライ』っていうんだって。聞いてるとなんだか切なくなる」 静かでゆったりとした曲は、なんだか切なさを帯びてて。綺麗な旋律は、望郷の念を煽るよう。 「『トロイメライ』は『夢』や『夢想』という意味なのですよ」 店員がそっと、教えてくれた。「ゆめ」と二人共口の中で呟いて。 「スイート、今日の事忘れない」 たとえ、夢だったとしても。 「私だって、忘れません」 夢なんかでは、ないから。 「竜ちゃん大好き」 オルゴールのメロディを背景に、にっこり笑んだスイートがとても可愛くて。 「私だって、ぴーちゃんのこと大好きです」 ちょっぴり対抗するように、竜も笑ってみせた。 ぜんまい仕掛けのオルゴール。旋律はいつか止まってしまうけれど。 止まったらまた、巻き直して。そうすればいつでも聞けるから。 いつでも今日のこと、思い出せるように。
このライターへメールを送る