――アデル・キサの勉強を見てほしい。 インヤンガイに流れた世界計の欠片を宿した奇数な運命から保護されたキサは、自ら力をコントロールするために0世界で勉強中だ。 多くの触れ合いのなかで人の世を知れればと、司書からは定期的にキサの遊び相手兼勉強かがりをしてほしいと依頼される。 本日も黒猫にゃんこの執務室を貸し切って、宿題として渡された数学ドリルを必死に解いているキサを見守り、まったりしていたロストナンバーたち。 そのなかの一人がふと口にした話題がキサの興味を聞いた。「母の日、なに、それ」 キサの単純な問いにロストナンバーは少しだけ考えて答えた。「ママが大好きって日かなぁ。それで感謝するんだよ」「……」「キサ?」「キサもやるう!」「え」「キサも、キサもママ大好きだもん! 感謝する!」「え、えーと」「手伝って! 大丈夫よ。ドリルはちゃんとやったもん。終わった、終わったから、このあとはキサとの時間!」 キサがわくわくした顔で言うのにロストナンバーたちはドリルを見た。「す、すごい。ドリルが終わってる」「欠片の力?」「……う、うーん」 ロストナンバーたちの疑惑など無視して母の日をどうしようと考えてキサははしゃぎまわる。「なにしたらいいのかな。なにするんだろう! みんなでママ自慢するの? それともママのパーティするの? うーん、うーん、あ、けど、もしママに届けるときはキサはターミナルからまだ能力が不安定だから出ちゃだめなんだって、みんなにお願いしてもいい?」
「母の日ですかぁ? 壱番世界の日本だと、お母さんにありがとうの感謝を伝える日って認識だと思いますぅ☆その日は必ずお母さんにカーネーションを贈りますぅ☆普通は赤ですけどぉ、お母さんが死んじゃってる時は白色を飾るそうですぅ。でも最近あんまり色は関係ないかもですぅ。花束の構成は大体カーネーションと霞草ですぅ☆」 川原撫子の説明をきらきらと期待いっぱいに聞いていたキサは死んだ母親に贈るというくだりで顔を壮大に歪めた。 「ママは生きてるの! 死んじゃうとかのお話嫌い!」 「あうっ☆」 ぷいと顔を逸らすキサをセリカ・カミシロはやんわりとたしなめた。 「そうね、理沙子は生きているわ。けど、撫子が伝えたかったのは母の日はどういうものかってことよ。キサ、あなたが尋ねたんだから」 キサは頬を膨らませてそっぽ向いたままだ。 死の話題はどうもキサを過剰反応させてしまう。また保護された過程から極端に女性を恐怖したり、警戒する傾向の強いキサと今回の家庭教師は女性だけということで、どうも盛り上がりに欠けていた。 セリカは心配でならない。 現在、インヤンガイのアデル家に身を寄せるセリカは、もともと服などの日常用品をとりに戻るつもりだったので、このチャンスにキサに会おうと考えていた。自然に会う方法をどうするか考えていただけに家庭教師の依頼は渡りに船だった。 キサは私のこと、どう思っているのかしら? 考えると緊張して震えてしまうが、それをなんとか押し隠してセリカは表面上優しいお姉さんとして接していた。 「私もお母さん大好きですよ!」 一方、藤枝竜は同じ年齢のお友達としてキサに接していた。にこにこと笑って告げる屈託のない愛情表現はとても易しく、あたたかさがある。 元気いっぱいの撫子、姉として接するセリカ、同年齢として接する竜と三種三様の接し方はキサに多少とはいえ影響を与えていた。 「セリカちゃんや竜ちゃんのところもぉ、母の日はぁ、ありましたぁ?」 撫子はさりげなく話題を二人に投げかける。 「壱番世界のだけじゃなくってぇ、他世界の母の日についても知っておいたほうがいいと思うんですぅ☆ それで一番気に入った方法を選べばいいとぉ思いまぁすぅうう☆」 「そうね、母の日は、私の故郷にもあったわ」 とセリカは穏やかに微笑み、思い出すように目を伏せた。 「お母様は花が好きだった、小さい頃は野原で摘んだ花で花冠を作ってあげたりしたわ。お母様はいつも優しく笑ってくれて、子供心にとても嬉しかった」 でも、とセリカは付け加える。 「そのために私が危険なことをしたら、悲しい顔で叱られた。キサも喜んでもらうためにがんばるのはいいわ。危険なことはしちゃだめよ?」 セリカの言葉にキサは考えるように黙って、口をへの字に曲げた。見た目こそ大人だが、中身は腕白な子どもであるキサにとって先回りの注意は面白くないのだ。 けれどセリカの優しい言葉はキサに考える余地を与えたのは確かだ。 「ママが喜んでくれるならキサ、なんでもするよ」 「そうね。けど、ママはキサの元気な姿を見るのが一番うれしいの。今は離れているけど、自分の知らないところで怪我したり、苦しい思いをしていると知ったらきっととっても悲しく思うわ」 キサは自分の髪の毛のひと房だけまだらのところを掴んで、がしがしとかく。 「キサ、キサだって、ママが怪我したり、苦しんでいるのはいやでしょ」 「いや!」 「それと一緒よ」 間髪入れずに反論したキサにセリカは微笑み、頭を撫でた。 「あなたがいやなことは、ママも、ううん、他の人もいやなの。そういうことを覚えていって」 「……うん」 「セリカさん、完璧にお姉さんでぅ☆」 二人のやりとりに撫子がにやける。セリカは真っ赤になって照れた。 「竜ちゃんはどうですかぁ☆」 「私の世界は母の日ってなかったんですよ。けど、お母さん大好きなのはわかりますよ! キサちゃん、私ね、火を噴くんですよ」 ふぅと紅蓮の火を口から吹く竜をキサは物珍しげに見つけた。 「油断するとつい火が出て危ないんです」 「危ないの?」 「昔は今ほどコントロールができなかったんです。ええっと、私の世界は私みたいな力を持っている人たちが生きてる世界なんです。毎日わいわいがやがやしてました」 竜は懐かしそうに笑う。 「私の名前が竜っていうのは、生まれたての私が火を吹くのを見てお母さんとお父さんが同時に思いついて決めたそうなんです! だから、すごくお気に入りの名前なんですよ!」 「キサの名前もね、ママが思いついてくれたの!」 「素敵ですね! 大切にしなくちゃいけませんよ!」 竜の言葉にキサはこくんと頷いた。 「セリカさんや撫子さんは?」 「私ですかぁ☆ うーん、たぶん、母がせめて名前くらいはかわいくしたかったんだと思いますぅ☆」 「名前、母に聞いたことがなかったわ。けれどこの名前、気に入ってるわ。自分って気がして、しっくりしてるわ」 竜は優しく花冠を被った頭を撫でた。 「名前は両親からもらうはじめての特別なプレゼントですよ。私の場合、そのあとだって特別に燃えない布で服を作ったり買ったりしてくれたし、私が抱きついて燃えちゃっても頭撫でてくれたんですよ。きっと熱かったと思います。私つい好きすぎて燃えちゃうことありますけど、お母さんがいたから愛することに臆病にならずにいられたのかなって今更ながらに思います! ふふふ」 今ならある程度は抑えられるし、危険だと思えば距離をとることも出来る。けれど幼いときはそんなこと考えることもできなかった。 だーいすきー! 燃え盛るわが子を母は怯えも、躊躇いもせず両手を広げて受け止めてくれた。 あの抱擁があるから今の自分がいるのだと思う。 人を大切にする、想うこと、気持ちをちゃんと口にすることをためらわない。危ないときはちゃんと自分を抑えたり、離れたりも出来るようになったのも母が全身で竜を受け止め、教えてくれたからだ。 キサは竜を不思議そうに見つめる。 竜の言葉はまだ幼いキサには少しだけ理解することは難しかったらしい。どうして燃えてしまうのか、それで抱きしめることが大変なのか、いまいち想像できない顔だ。 けれど竜がいっぱいの愛情を母親からもらっていたことはわかるのだろう。見つめる瞳は純粋な羨望が混じっていた。 「たった二人の両親なんです。愛するべきです!」 それは母だけではない、父親についても告げていたのにキサは一瞬だけ困った顔をした。 「パパは」 「キサ」 セリカが気遣わしげに見つめる。 「嫌いなんですかぁ☆ ううん。ここは私たちだけだしぃ、言いたいことはずばっと言っちゃっていいと思うんですぅ。嫌いなら嫌いで、いいと思いますぅ☆ その理由を聞けば私たちも考えてあげられますぅ☆ パパってどうしても娘から嫌われちゃう存在ですしぃ☆」 父親を嫌っていてもそれを羽毛布団のようにふんわりと受け止める撫子の言葉にキサは唸ったあと 「パパは、怖いの」 ふぅとキサはらしくないため息をつく。そのときだけ悲しさと困ったものがまざった顔になる。 「怖い?」 「怖いんですかぁ☆」 「……そうね、ちょっと怖いわね」 セリカの同意にキサの父親を知らない竜と数回しか会ったことのない撫子は食いついた。 「どんな人なんですか? いかめしかったり、怒鳴ったりとか?」 「わかりましたぁ☆ マフィアだからもう威張り散らしていたりするんですねぇ☆」 「う、うーん。そういうことはないのよ。私には優しい、人に思える。ただ少しだけ不器用なのよ」 セリカは一生懸命に言葉を探して説明する。 「パパ、嫌いじゃないよ。……いろんな人がパパはパパで大変だって教えてくれたから。けど、それだったらキサはなんなのよ! もう!!」 キサは耐えきれなくなったのかぷなんすかと怒りだして、テーブルに用意されていたおやつのにゃんこケーキをざくっとフォークで突き刺して口にいれるともぐもぐしはじめる。 「あら☆」 「複雑なんですねぇ」 「キサ、喉につまっちゃうわ」 ごぼこぼと喉にケーキを詰まらせたキサが悶えるのにセリカはあわててその背を撫でた。 「パパのことはあっちにおいとく! 今はママよ! 大好きなママのこと!」 そうですねぇと撫子は思い出を探るため目を閉じ、うーん、うーんと一生懸命唸りつつこめかみを拳で軽くぐりぐりして刺激した。 「花以外だとぉ……お手伝い券とか渡したりでしょうかぁ☆私は肩がぶっ壊れるって怒られたので1回しかやったことないですぅ☆」 「それ、やったことあるわ。肩を壊すことはなかったけど」 「私もお母さんの誕生日にやりました。私の場合は、燃えちゃって大変でした」 子どもが出来るプレゼントは全世界共通なのかセリカも竜も同意する。二人とも当時のことを思い出して目を細める。 「やっぱりみんなやるんですねぇ☆けど、キサちゃんは難しいですね。それだと、他には……あ! その日の夕飯の支度からお母さんを解放するって名目でぇ、お父さんと子供達だけで夕飯作ったり、家族で外食したりでしょぉかぁ? 貯めたお小遣いでお母さんの好きなお菓子を買ってプレゼントとかもありましたぁ☆」 もちろん、そんな高級なものではない。けれど母の大好きなちょっと遠い場所にあるケーキ屋に喜んでもらうために一人でこっそりと買いに行くのはささやかな冒険だった。(あうっ☆ このころからぁ、私、冒険してたんですねぇ☆) バスの降りる場所を間違えないようにどきどきした。 ケーキ屋さんに一人で入るのも幼いときは勇気が必要だった。 買ったケーキを丁重に白い箱に包まれると嬉しくてスキップを踏んで帰った。いざ母に見せたとき中身がひどい有様なときはちょっと泣いてしまそうになった。けれど母は嬉しそうに笑って こんな素敵なケーキ、はじめてよ。とってもおいしいわ。撫子、ありがとう! 「うん。いい思い出です☆ あ、けどぉ学校でお絵かきしたり作文作ったりしてプレゼントっていうのもありましたけどぉ、あれって大人になってから読み返すと自分の黒歴史と言うか地雷になっちゃうこともある諸刃の剣なのでぇ、本当はあんまりお勧めしません~」 再びよみがえる思い出。母はご丁寧に保存していたそれらをときどき見てはにやにやしているのだ。そのたびに撫子は身悶えすることになった。 大好きママへ、撫子、ママみたいにあぐれっしゅぶになる、ママの大好きなとれーにんぐがんばる……おかげでこんな一人で生きていける怪力になっちゃいました。もしタイムマシーンがあれば当時に戻って説得したぃいい☆ それにママみたいな結婚をする、素敵な旦那さんをつくる……今だって恋は一直線☆ けれど当時の夢見がちな思考は思わず、タイムマシーンで当時に行ければ己にギアの放水アタックをかましたいでぇす☆ へたな母の絵をあげたり、それを近くのスーパーの母の日コンテストで飾られたのも 「はううううう☆ いやあああああ☆ だめですぅ☆ 胸が、く、くるしいですぅうう☆ 頬がほてりまぁす!」 撫子はあつあつの紅茶のカップを手に取って一気して、その熱さに悶えた。 「し、しっかり、撫子」 「あわわわ」 ぜぇはぁと撫子は顔をあげてキサを見つめる。 「このようにあとあとも思い出して苦しむんですぅ☆ だからおすすめしませぇん」 「……う、うん?」 キサは小首を傾げた。 「ねぇ、撫子ちゃんのいう黒歴史ってどういうものなの?」 「私みたいに悶えるこですぅ☆」 「地雷って?」 「私みたいに悶えるんですぅ☆」 「……撫子さんは、どうして悶えてるの」 「そ、それは……うーん、うーん、キサちゃんにどう説明したらいいんでしょぅかぁ☆ 出来れば同じ苦しみは味わってほしくないですぅ☆」 人生の先輩としてこの苦しみをどうにか伝えてやりたいがまだまだ生まれたてのキサには自分の過去の行動を思い出して酸いも甘いも苦しみも噛みしめる苦しみを理解するのは難しい。ああ、語彙の神様、どうかこの苦しみを説明できる力を! と思わず祈ってしまう。チャイさま、チャイさま、キサが黒歴史を作らないようにお守りください……! 「な、撫子、落ち着いて。それに、そんな心配は今からしても仕方ないんじゃないのかしら」 思わず祈りのポーズをとる撫子にセリカが声をかける。 「あまぁいですよぉ☆ 今から予防しておかないとぉ☆」 「けど、そういうのはどうあがいても作っちゃうものだと思うわ」 振り返るとセリカは哀愁漂う微笑みを竜とともに浮かべているのに撫子ははっとした。ここにも同士が……! 三人の目だけ語り合う黒歴史……思いっきりおいていかれているキサはむぅとする。 「三人とも、なんかわかんなぁーい! もう、三人で楽しんでー!」 わからなくていいのよ。いまは(セリカ) そのうちいやでもぉわかりまぁす☆(撫子) 体感するんですよ!(竜) まぁ、黒歴史なんて作った人間じゃないとわからないもんね☆(三人の心の声) 拗ねたキサをなんとかなだめてプレゼント制作が開始された。 「キサちゃんから理沙子さんへの初めての感謝の気持ちのプレゼントですからぁ、何でも理沙子さんは喜んで受け取ってくれると思いますぅ☆2回目以降は理沙子さんの好みの物プレゼントした方が良いと思いますけどぉ☆」 「けどぉ」 「感謝は形じゃないでぇす☆」 「そうよ。私も撫子と同じ、感謝はどんな形でもいいと思うの。もし形に残したいなら絵とか手紙とかいいと思うわ。全部やるのが難しいなら一つだけでもいいのよ。ものは私が引き受けるわ。私今度……インヤンガイに帰るから」 「手紙、いいと思います! ね、キサちゃん! あれキサちゃん?」 楽しそうに笑う竜の誘いにキサはもじもじと俯いた。 「キサ、文字、読めないの」 「読めない、の?」 「うん。知らないんだもん。欠片が教えてくれるから、こー、ふわんふわんってわかるの。欠片ちゃんがね、こー、ふにゅうにゅーって教えてくれるの。けど、なんかキサに害のあるものは知らなくていいって教えてくれない」 三人は顔を見合わせた。どうも要領のない説明だが、つまりは欠片はスーパー変換通訳機能(有害バリアーつき)らしい――無駄にハイテク。 「けど、それを言うとインヤンガイの文字ってどういうのでしょう? 図書館を探したら見つかると思いますよ!」 竜はキサの手をひいて歩き出す。 ねっと竜が笑うのにキサはこくんと頷いた。 その姿を見てセリカは微笑む。 理沙子、前に「ママになってあげる」って言ってくれたっけ……理沙子はやっぱりキサのママだと思うけど、嬉しかったな。私もこの機会に、感謝の気持ちを形にしてみようかしら インヤンガイを故郷にしようと決めた。それはアデル家が自分を受け入れてくれたから。 だから帰る。 「よし、私も書こう」 感謝と喜びと、これからのことをいっぱい詰め込んで、 キサと竜、撫子は図書館に向けて歩き出す。セリカはレターを用意するため、別行動中だ。 竜はキサに楽しげに話しかけた。 「お母さん大好き! っていう気持ちはとても素敵で大切なものです! そういうのは言えるうちに言っておかないとだめです!」 撫子は壱番世界を捨ててしまった。セリカの母は死んでしまった。竜は故郷を見失った。 それぞれ三人とも理由は違うが母に会えない環境だ。 だから純粋に母の日をお祝いしたいというキサのお願いを聞いて懐かしくなり、協力したいと思った。 「私なんて、もっとちゃんとお母さん大好き! って言っておかなかったから、もう、お母さんにそういうこともできないんじゃないかって、不安で、不安で、でも、キサちゃんはお母さんがいるんだし、ありがとうって言えるんですから、絶対に、言えるうちに言っておいた方がいいです、私も、絶対に、お家帰って、お母さんにただいまって、お父さんにも、みんなにも、言って」 ぴたりと竜のおしゃべりが止まる。 「どうしたの? 竜ちゃん?」 「んんんんんんんんんん!」 竜は声にならない声で叫ぶ。 大好き、大好き、大好き! どうしてそれをもっと口にしなかったのだろう? いつもでも言えると思ってしまった。 ここにきたときはすぐに会えると思ったけど、もう数年もたってしまった。はじめはターミナルで過ごすのも悪くないと思っていたが最近、どんどん故郷が恋しくなってきた。 会いたい。とってもとっても会いたい。本当にいっぱい愛してくれたお母さんに。思い出せば出すほどに自分はとっても大切に愛されていたのだとわかるから。 竜はぱっとキサの手を離して、そろそろと離れる。 「竜ちゃん?」 ぼぼぼぼおおおおお! いきなり燃え出した竜にキサは驚く。 「ちょっとごめんなさい!」 くるっと背を向けて猛ダッシュする竜。 「竜ちゃん、どうしたの?」 「んー。あれはぁ、竜ちゃんもキサちゃんと同じでぇ、実はママにとっても会いたいんですよぉ☆」 「竜ちゃん、お姉さんなのに?」 「お姉さんでもでぇす☆ 私もお母さんに会いたくなりましたぁ☆ みんなね、いくつになってもお母さん大好きで、甘えたいんですよぉ☆」 撫子は微笑む。一人で生きれるくらい強いけど、一人暮らしで寂しいとき電話したらいつも優しい声をかけてくれたのにこっそりと甘えていたことを思い出す。 キサと撫子は図書館から出来るだけ遠くの場所で美しい炎柱が上がるのを見た。 「ふぅー。すいません。帰ってきました」 ぷすぷすと煙をたてて竜は笑顔で戻ってきた。 「待たせてごめんなさい。あ、よかったらバーガーも買ってきたのでお昼に食べましょう!」 「わーい」 「キサちゃん、よかったねぇ☆」 三人は図書館に赴き、司書にお願いしてインヤンガイの文字についての本のある棚に移動した。 本棚いっぱいの本にキサは唖然とする。 「すごいです」 「本当ですねぇ☆」 「……欠片の力、使っちゃだめ?」 「だめでぇす☆」 「調べものを楽しみましょう! これとかわかりやすいかもですよ? あと、漢文も考えましょうか? ほら、漢字がいっぱいそうじゃないですか、あの世界は! ゼロ世界に詫びさびなんてないですけど!」 「わびさびってなに?」 「うっ☆ またぁ、キサちゃんが難しいこと聞いちゃいましたよぉ☆ 竜ちゃんのせいですからぁ☆ 説明パース☆」 「はぅ……! え、えーと、えーと」 じぃとキサに見つめられて竜の全身からぷすぷすぷすと苦悩の煙があがった。 ついうっかり燃えそうになったのに司書が慌てて駆けつけたのはいうまでもない。 「みんな、調べてるわね」 本を借りてきてうんうんと唸る三人にセリカは微笑んでもってきた便箋は甘い花の香りがするものを差し出した。 「あと画用紙とクレヨンも用意したの」 「わぁ! お手紙も書くよ。けど、こっちが先!」 キサは楽しげに絵を描き始めたのにセリカは微笑んだ。 インヤンガイの文字との格闘に頭から煙を出す竜やきゅーと倒れる撫子、疲れ果てたときは紅茶やバーガーで休憩してわいわいと手紙も完成した。 それをセリカは受け取った。 「確かに届けるわ」 「うん」 「あのね、キサ」 セリカはキサの手をとって視線を合わせる。 「一日でもはやく家に帰れるように祈るわ、私はあなたの家を守る。ずっと守るわ。だからいい子でいてね」 セリカの優しいまなざしにキサは少しだけ考えるように瞬き、小さく頷いた。セリカは黒のリボンを解いてキサのまだらのひと房をぎゅっと結ぶ。 「約束の証よ」 セリカはキサの手に指を絡めて、ぎゅっと握りしめる。 いつかの未来を夢見て。 セリカの腕のなかに想いがある。 「さぁ☆ 次はパーティですよぉ☆ キサちゃんが生まれてくれてありがとうって、実はぁ、セリカさんにケーキを買ってきてもらったんでぇす」 「私は花を用意しました。カーネーションですよ」 撫子と竜がにこりと笑って、こっそりと用意したケーキと赤いカーネーションの飾られたテーブルを見せる。 キサがきょとんとしているのにセリカは手をとって促した。 「みんなでお母さんが自分を生んでくれたことに感謝してお祝いしましょ!」 母の日に直接会えないから、せめて、産んでくれたことをここで、みんな揃ってお祝いしようと三人は考えたのだ。 撫子の作った豪華な夕飯、竜が飾った真っ赤なカーネーション、セリカの用意したケーキ。 キサは三人のお姉さんたちとママについて語りながら素敵な「母の日」を過ごした。
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