キリ、キリ、キリ…… インヤンガイの依頼の帰り、ロストレイル車中は静寂に包まれていた。 本題である依頼には成功していたが、なんともスッキリとしない結末が彼等を待ち受けていたのだ。 いや、もともと人生とは、こんなものかも知れないが……。 ――ガタン 「あのさ、ユウ……ご飯奢るからさ、この後ちょっと付き合ってくれないかな?」 ロストレイルの揺れを合図にしたように、日和坂 綾は口を開いた。 涙に濡れた自らの頬を拳で乱暴に拭う彼女に、相沢 優はハンカチを差し出す。 「ほら、コレ使えよ」 「ん、ありがと」 リーラの言葉を伝えたあと、涙を流す彼女の傍に優は座った。彼女が誰かの胸を必要とするのなら、と。 そっとしておくべきかと思ったが、自分にはできなかった。 「綾の気が済むまで付き合うよ」 そう応えた優の笑顔に、綾はもう一度「ありがとう」と口にした。 ターミナルのホームに降り立ち、綾はうん、と背を伸ばす。 「ちょっと待ってて」 「え? うん、いいけど?」 優は他のロストナンバーに駆け寄り、一言二言何か話している。優のごめん、という仕種といいよという他のメンバーの姿が目に映る。 綾がきょとんとしている間に優が戻ってきた。 「さあ、行こうか」 「え、報告は?」 「他のメンバーに頼んできた」 優の言葉に綾がギョッとする。 「駄目だよ、最後にリーラと話したのはユウなんだから、ユウも行かなきゃ」 優は世界図書館への報告は他のロストナンバーにまかせ、綾に付き合うつもりだった。 「私の用事はそのあと! ね」 もともとそのつもりだったんだから、と背中を押される。 「わかった。わかったから、綾。押すなって」 綾の触れた背がじわりと熱くなった。 「報告終りー! さあ、ユウ、付き合ってもらうよ!」 「お、おう」 バシンと叩かれた背がちょっぴり痛い。 先程とはうって変わって明るい調子で駆けて行く綾を見詰め、優は呟く。 「空元気、なんだろうな」 綾の気持ちを考えると、チクリと胸が痛んだ。 「ユウ、おっそーい!」 公園に据えられたワゴンの前に綾の姿があった。 「ごめん」 「ユウは何がいい?」 既に注文を済ませた綾が優にメニューを見せる。 「そうだなぁ……じゃあ、ホットドッグとコーヒーで」 綾が店員に注文し、優が代金のナレッジキューブを出そうとすると 「今日は私のおごりって言ったじゃん」 と、綾に止められる。 「そうだったな」 優が苦笑いで答えると、綾がニヒヒと笑った。 やっぱり、無理してるんだな。笑顔なのになんだか今にも泣き出しそうだ。 二人は公園の少し奥まったところにあるベンチに座り、食べ物を広げた。 「綾は何を頼んだんだ?」 「私はアメリカンドッグにチキンナゲット、フライドポテトにコーラ!」 まずはズズッとコーラを啜り、アメリカンドッグをがぶり。 「ん~、依頼の後の食事は最高っすなぁ~」 綾の言葉に優もホットドッグに噛り付き、コーヒーを啜る。パンに挟んであるウインナーがパリッといい音を立てて千切れた。 ジュワッと肉汁が溢れてホットドッグの旨味を増す。 「ん、美味い」 「あ、ユウもフライドポテト食べていいよ~」 「じゃあ、遠慮なく」 差し出されたフライドポテトを一本抜き取り、口に咥える。 しばらくハフハフとチキンナゲットを口に押し込み、咀嚼していた綾がふいに食事の手を止める。 「ユウ……私、自分のことばっかりなのかな」 ぽつり、ぽつりと綾の口から言葉が溢れ出す。 優は、そんな綾の横顔を見詰め、静かに次の言葉が紡がれるのを待った。 「ただ一度のハレの日だった花街行列メチャクチャにして、二人の思い出の品壊して、私たちと話した記憶もなくなるのに」 俯いた綾の表情は読み取れなかったが、震える声と、ぽたり、ぽたりと落ちる涙が彼女の痛みを伝えていた。 「浚われた縁起の悪い娘って噂だけ残って。あの子の手元に何にも、何にも残らなかった」 大粒の涙があとからあとから溢れ出て、綾の頬をぐしゃぐしゃに濡らしていた。 涙を止めようと、ぐっと目に力を入れてみたが駄目だった。 「わ、私、二人に幸せになって欲しい……そう、思ってたのに……」 「ユウ~」と綾は優にしがみつき、自分が悪かったのかと泣きじゃくった。 リーラの為と選ばせた選択肢がとても残酷なものであったことを、自分が同じ立場に立たされるまで気付かなかった。いや、気付いていても無意識に考えないようにしていたのだ。 彼女の心を傷付けてしまった自分を、綾は許せなかった。 そんな綾の体を優は抱きしめ、優しく撫でる。 綾が少し落ち着くのを待って、優は静かに語りかけた。 「綾、誰かの幸せを願う事は決して悪い事じゃない」 ゆっくり、自分の想いがちゃんと伝わるように。 「でも、その願いを抱いて行動しても、なかなか上手くいかない事も多い」 孤児の王、シエラ。白狼の仮面の少女。 優も願いを抱いて赴いた事があった。かの王の孤独を埋める事ができれば、と。 だが、結果はどうであったろうか。 「だけどな、俺達が彼女達の幸せを願って行動してたって事は、ちゃんと伝わっていると思う」 「そ、なのかな」 グスリと鼻をすすって、綾が答える。 リーラもシエラもありがとうと、もう寂しくはないと言っていた。 彼女達の笑顔が優の瞼に焼きついている。 「だから、今はいっぱい泣いて、後悔して。ちゃんと自分のした事受け止めて、その責任を持って。……そしてまた、頑張ろう?」 頑張ればいいのだ。そう言外に含め、綾の肩に乗せた手に力を入れる。 優の腕の中で、綾が小さく頷く。 「それでいい、のかな……」 「ああ、それに俺達にはまだやる事があるだろう? リーラの言葉をリオに伝える為、二人を再会させる為に出来る事をしよう。自分の為……そして二人の為に」 たとえ運命を変える事が出来なくたって、自分達の出来る事があるって信じたっていいだろう? 「そう、だね」 「それから、綾は一つ思い違いをしてる。あの玩具の糸を切ったのは俺だ。綾じゃない」 思い出の品を壊したのは俺なんだから、気にすんな。と優が笑う。 綾はしばらく優の笑顔に見とれていたが、自分の状態をはたと思い出した。 「うわ、わっ。ゴメン!」 綾は優から慌てて体を離し、居住まいを正す。顔が熱くなった。 「今日はゴメンね? 彼女さんにはナイショにしといてね」 申し訳なさそうな綾の言葉に、優がひょいと片眉を上げる。 「俺、前の彼女に振られて以来、彼女はいないぜ。だから心配無用」 「……にゃにぃ?! うぁう……」 両手を合わせ詫びる綾の髪を、優がぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。 あああ、恥ずかしい。穴があったら埋まりたい。髪をぐしゃぐしゃにされながらそんな事を思う。 「よっし、今日は無礼講じゃ! EKIBENに行こう。そして、エキベンバーガー全制覇だ!」 多少テンパりながら綾が高らかに宣言する。 「え?! まだ食うのか?」 「もちろん! 綾様の食欲はこんなもんじゃおさまりませんよ」 ええー、と言う優に綾が付け加える。 「あ、ユウにもエキベンバーガー全制覇手伝ってもらーうぞ☆」 バキュン、と両手を銃の形にして撃つ真似をする。 うっ、綾、それは反則だ。 まるで本当に撃たれたかのように優が胸を押さえる。 「心配しなくても私の奢りだから遠慮しないでね」 「……激しく遠慮シタイデス」 優がガックリと肩を落とした。 キリ、キリ、キリ 時計の針を逆に回しても、過ぎ去った時間は戻らない。 だから、どんなに後悔しても、胸を痛める結果になっても、前に進まなければならない。 停滞は何も生まない。 無為の時を過ごすくらいなら、痛みを抱えながら生きていよう。 それが、私の出した答え。 ――カチ。
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