「やっぱ狩猟にはコレよねぇ」 フカ・マーシュランドは最新型の狩猟武器をかざしながら目を細めた。 フカが今手にしているのは、【重砲】と呼ばれる扱いの難しい武器だ。この最新鋭の武器を完璧に使いこなせるよう、時間があれば訓練を重ねている。 最新鋭の武器の破壊力は強大で、うまく使いこなせるようになれば、自分達獣人を脅かす海獣も難なく倒すことができるだろう。フカはそう信じて疑わなかった。 「命中率は悪くないよのねぇ。弾を装填する時間と正確さが問題……か」 元来フカ達の一族は銛を主な武器として狩猟を行ってきた。 しかしフカは、最新鋭の狩猟武器を華麗に扱える事こそが狩人として最も誇れる事とし、昔ながらの武器である銛を手放し、最近になって発明されたばかりの火薬を使う機械式長射程武器の使用を始めたのである。 「これなら危険な海獣に接近しなくても倒す事ができるのに……」 何故か父を始め、一族はいい顔をしない。 確かに殺傷力の強い重砲を使えば海獣退治は今より楽になるだろう。しかし、海獣ハンターは海獣を倒すだけでなく、その獲物の皮や肉を他の獣人に提供する事で生計を立てているのだ。その為、大幅に海獣の体を破損させるおそれのある重砲は好まれないのだと、フカはまだ気付いていない。 「まあいいわ。私がうまくこれを扱えるようになれば、父さんも見直してくれるはず」 父は大掛かりな狩りをする時は、妹を必ずと言っていいほど連れて行く。昔は自分も一緒に狩りをしたものだが、最近はとんと父から声が掛からない。 いくばくかの寂しさを抱えながらも、フカは重砲を手放さなかった。 遠くから明るい歌声が響いてきてフカは顔をあげた。 「マグロね。ほんっとにあの子は歌うことが好きなんだから」 呆れながらも、フカの顔には笑みが浮かぶ。 マグロ・マーシュランドは暇さえあれば歌を歌っている。 たまに音程を外す事もあるが、そこがまた元気があっていいと町の皆からは評判が良い。 「あ、お姉ちゃん!」 「おかえり、マグロ。成果はどうだった?」 「バッチリよ! 獲物の皮も肉も良い値で売れたってお父さん喜んでたよ」 「そう……。ね、疲れたんじゃない? 家に帰っておやつでも食べない?」 一瞬フカの顔に見えた翳りにマグロは首を傾げたが、“おやつ”という単語にパッと顔をほころばせた。 「賛成! 実は僕、お腹ペコペコだったんだー」 お・や・つ、お・や・つ、なに食べよう♪ マグロが即興で歌を歌い始める。 あまーいお菓子? 甘辛おつまみ? どれにしよう♪ ホントにもう、この子はいつも楽しそうだね、とフカは笑う。 「うーん、もう少し弾の強度があるといいんだけど……」 フカはマグロの友達で鍛冶士のヨソギを訪ねていた。 ヨソギはぼんやりとした風貌とは裏腹に鍛冶の腕前は確かであり、この最新の狩猟武器を作ったのも彼なのである。 「どうも的に当たった時にすぐ破裂しちゃうみたいで、広範囲に傷を与える割には致命傷にはなりにくいみたいなのよ。もうちょっとどうにかならない?」 もう少し強度があれば海獣を一撃死させる事も可能なのではないかとフカは考えていた。 弾の飛距離は申し分ないが、巨大な海獣や皮膚の固い海獣に使用した場合、体の表面を少し抉るだけで逃してしまうパターンが今までに何度かあった。 「強度を上げる方法はあるにはあるんだけど、調合に必要な鉱石が底をついてて難しいんだよねぇ」 ヨソギはいつもはぼんやりとした顔を歪め、うーん、と唸っている。 「あら、じゃあ採りに行ったらいいじゃない」 「簡単に言うけどね、その鉱石は稀少なもので近場の採掘場では手に入らないんだよ」 「それに」とずずいっとフカに顔を寄せ、ヨソギは言った。 「稀少と言うにはもう一つ理由があってね、その鉱石が採れる場所にはとても凶暴な海獣が住み着いてるって噂なんだ。だから、うちのじいちゃんが昔採りに行ったっきり、誰も採掘しに行ってないらしいんだよ。まあ、それだけに重宝されてもいるんだけどね」 できれば僕も手に入れたいよ、とヨソギは溜息をついた。 「じゃあ私とマグロが護衛について行くってのはどう?」 「良い考えだと思うけどね、大丈夫かなぁ」 フカの提案にヨソギはいまひとつ乗り気ではなかった。それもそのはず、ヨソギは今まで狩猟も経験した事もなかったし、身を護る術もなに一つ持っていなかったからだ。 「それにボク、泳ぐの遅いしさぁ……」 「大丈夫よ! あんたと私の体をロープで括って泳ぐからさ」 フカがドンと自分の胸を叩いて言う。 「うーん、じゃあお願いしようかなぁ」 半ばフカに押される感じで鉱石採掘の旅は決まった。ただ、準備の関係で出発は3日後の早朝という事になったが。 「おっはよーう♪」 「やあ、おはよう、マグロちゃん」 元気良く挨拶してくるマグロにヨソギは挨拶を返した。 マグロちゃん可愛いなぁとぽやんとしていたら、 「なに鼻の下伸ばしてんのよ!」 とフカにエルボーをかまされた。痛い、地味に痛い。 出発の前に三人は地図で目的地と休憩地点を確認する。遠方とあって、行き帰りで二日くらいは見ておいた方がいいだろうと意見は一致したが、それでもかなりな強行軍となるだろう。 フカは重砲を、マグロは大銛を携帯していた。 重砲の扱いには若干不安が残るフカだったが、父親から重銛術の免許皆伝を授かっているマグロが一緒だったので、心配はなかった。 ヨソギは鉱石を入れる為の袋とフカと繋いだロープを体に巻いての出発となった。 「さあ、行くわよ!」 「うわっ!」 フカにぐん、と体を引っ張られ、ヨソギはバランスを崩したまま海中を泳ぐ破目になった。ちょっと情けない。 「順調、順調」 休憩をしながら目的地を目指し、ようやく半分位まで来たところで本日一体目の海獣に出くわした。 だが、重量が中程度以下の海獣は二人の敵ではない。 「やあ!」 スピードはあるものの、移動がほぼ直線のこの海獣は、狙いを定めたマグロの大銛に貫かれ、体の自由を奪われる。マグロはそのまま大銛に繋がれた鎖を近くの岩に巻きつけて海獣が衰弱するのを待った。海獣は暴れて逃げようとするが、銛が体に食い込んで逃げる事は叶わず、逆に己の体力と血を大量に失う事となり、ほどなくして動かなくなった。 「どんなもんだい!」 マグロが自慢気に鼻を鳴らすと、ヨソギから歓声が上がる。 フカとマグロは手分けして捕らえた海獣の皮を剥ぎ、肉を大きく切ったものと薄くスライスしたものに分けた。 ブロック状に切ったものは食事用にと火にくべて、薄く切ったものは食事をしている間、保存食にする為に天日に干しておいた。 「運動したあとの食事はおいしいねー」 「そうね」 二人のダイナミックな食事ぶりにヨソギは一瞬ぽかんとしたが、「ヨソギも食べなよ」とマグロに促され、焼かれた肉に口をつけた。 フカに引っ張られる形となって自分ではほとんど泳いでいなかったとはいえ、それなりに体力を消耗していたようだ。渡された肉に齧り付くと、じゅわっと口中に溢れ出した肉汁が、体の隅々に浸み渡り、体の疲れを癒しているような感覚に陥る。 「はぁ~」 満ち足りた表情で溜息を漏らすヨソギに、フカは「どんどん食べな」と肉を押し付けてくる。 「そんないっぺんに食べれませんよぅ」 食事を勧められて嬉しい反面、ヨソギはほんの少し困る。フカ達と比べてヨソギは少食なのだ。 少しの休憩の後、干し肉を皮袋に詰めて一向は再び出発した。 それからというもの、驚くほどスムーズに旅は続いた。思っていたよりも随分と早く目的地に着いたようだ。 それというのも、あれから海獣に襲われる事がなかったのが一因かもしれない。 海獣の気配はあったが、不思議な事に何故か皆遠巻きに窺うばかりで、襲撃してくる様子がなかったのだ。 三人は訝しげに思ったが、わざわざこちらからちょっかい出して面倒臭い事態になるつもりは毛頭なく、深く考えないでそのままの状態にしておいた。 あとから後悔する事になろうとは、この時は思いもよらなかったのだ。 「あ、あそこだ」 ヨソギが示す島の周りは一段と海底が深くなっており、一見すると浮島のように見える。だが、実は島の底が柱状に細く海底に伸びているという変わった形状をしているのだ。 元々は普通の島のように末広がりになっていたのだが、嵐の時期に海流が荒れ狂い、島がどんどん削られていったのが原因だった。 島の周りは断崖絶壁状態で上陸するのは難しいと思われた。 どこか入り口はないだろうかと島の周りをぐるりと回ると、海中に浸かった島の側面に奥に繋がっていると思われる横穴が見つかった。 「あ、あそこから入れるんじゃない?」 「そうだね、行ってみようか」 他に入り口になりそうな場所は見つからず、三人に選択の余地はなかった。 横穴はフカ達が一列になってようやく進めるくらいの広さしかなく、しかも先が見えない。フカ達が不安を覚え始める頃、ようやく水面から上がれる場所を見つけた。 「あー、もう、駄目かと思った」 海面から上がったフカの第一声である。 「ホント、このまま島の反対側に突き抜けちゃうかと思ったねぇ」 「まったくだね」 ヨソギが持ってきていたライトを点けると島の内部を窺う事ができた。 「わあ、すごい。キレイ!」 ライトに照らされた壁面からキラキラと輝く鉱石が顔をのぞかせている。島の内部は通ってきた横穴とは逆にひらけており、三人を解放的な気分にさせた。 マグロはこんなにたくさんの鉱石を見たのは初めてで興奮していた。 「キレイだねぇ、お姉ちゃん」 マグロの興奮をよそにヨソギが目当ての鉱石を探し出し、フカとマグロに差し出した。 「これと同じ鉱石を集めてくれるかな?」 この場所には数種類の鉱石が埋まっていたが、ヨソギが探していたのは金と銅のちょうど中間の色合いをした石だった。 「あいよ」 とフカは快く引き受けたのだが、マグロはちょっと不服そうだ。 「ねえねえ、この石しか採っちゃ駄目なの?」 マグロがヨソギに尋ねると 「ああ、他の石も合間に採る分にはかまわないよ」 と言ったので、マグロは目を輝かせた。 「やった! 僕頑張るよ」 俄然やる気が出てきたマグロは鑿を手にして鉱石を掘り始めた。 「さあ、このくらいでいいんじゃない。これだけあったら暫く採りに来なくていいと思うし」 「へえ、そうなんだ。また採りにくる時は声をかけてね。こんなにキレイな石があるとこなら何度でも来るよ!」 「そうそう。町からの距離はあったけど危険はそれほどないとわかったし、また付き合ってあげてもいいわ」 「うーん、危険な海獣が住み着いてるっていうのは単なるデマだったのかなぁ?」 ヨソギは疑問を口にした。どうも納得がいかないのだ。 「そうさね、こんなにたくさんの鉱石が採れるんだ。誰かが独り占めしようとして流した可能性はあるわね」 考えても答えが出るはずもなく、三人は採掘の為の道具をしまい、帰る準備を始める。 そろそろ日没の時間が迫っていたが、ここに留まる気にはなれなれず、少し戻ったところにある島で夜を明かす事になった。 天井から細く零れる光から、何箇所か外と繋がる穴があることは知れたが、その心もとない光源に閉塞感は拭いきれず、長く留まると息苦しさを感じてしまうのだ。 来た時と同様にフカとヨソギはロープを体に結んで海面に飛び込み、マグロがその後に続いた。 来る時はあんなに長く感じた横穴も、不思議なことに帰りは短く感じられた。 出口が見えた始めた頃、一瞬波の抵抗を感じてフカとマグロは首を捻った。 「どうかしたの?」 何も感じなかった風のヨソギの台詞に二人は気のせいかと思った。だが―― ゴウン 横穴から飛び出たフカとヨソギの間に黒い影が横切った。かなりの大きさの海獣だ。 黒と灰の斑模様の皮膚はざらざらしており、少しでもその体に触れようものなら、あっという間に傷だらけになってしまいそうだ。 フカとヨソギは海獣の通った荒波に飲み込まれ、錐揉み状態になった。 一方、マグロは横穴へと体を押し戻されていた。 フカとマグロは体勢を整えられたが、ヨソギの体はまだ不安定に流されていた。 そのヨソギに向かって海獣が猛スピードで襲いかかる。 「チッ!」 フカが重砲を構え、海獣目掛けて弾を発射する。 弾は海獣の体に着弾し弾けたが、致命傷には至らない。一部分の皮を削いだだけに終わった。 傷を付けられた海獣は怒り狂い、体を反転させ、今度はフカ目掛けて突進してきた。 海獣が体を反転させた時にフカとヨソギを繋いでいたロープに海獣の鰭が当たり、千切れてしまっていた。 ロープが分断された反動と波でまたもヨソギの体は翻弄されてしまう。 「ヨソギ!」 マグロは目を回しているヨソギに近付こうと必死に泳いだ。 フカは岩と岩の間に体を滑り込ませ、弾を装填する。 「くっ! 海獣達が近付かないはずだわ。このあたりの海域はアイツのテリトリーだったのね。……あっ!」 海獣がフカのいる岩に体当たりを仕掛ける。幾分岩は砕けたが、フカ自身に傷を与えることはできなかった。 海獣が向きを変え、島の方へと泳ぎ始めたのを見て、フカは岩場から飛び出し、海獣の後を追う。 海獣が口を開けヨソギを飲み込もうとする。 「危ない!」 マグロは咄嗟にヨソギの体を押し退けた。大銛を構えるが間に合わない。 ガッ 海獣の直撃を食らったマグロが飛ばされる。海獣の皮膚に傷付けられ、マグロの体は無残にもボロボロになっていた。裂けた傷口から流れる血が海水に滲む。 「マグロー!」 フカがマグロの名を叫ぶが反応がない。意識を失っているのか。 海獣は動かなくなったマグロに近寄り、大きく口を開く。 フカは全速力で海獣の眼前へと躍り出た。 「食らえ!」 フカが海獣の口を目掛け、トリガーを引く。 ガキッ! 「えっ?!」 弾が出ない。 「クソ、こんな時に!」 詰まった弾を取り出そうとするが、焦りで指が上手く動かない。 「マグロ、マグロ……」 妹の名を呼びながら顔を上げると、彼女の姿は既に海獣の口内へと吸い込まれていくところだった。 「あ、ああ……」 絶望を感じながらフカは閉じる海獣の口を見詰めた。 こんな事になるなら妹を連れてこなければよかった。 放心するフカの手から重砲が滑り落ちる。 「どうして……」 私じゃなくマグロが……。 後悔しても、もう遅い。 フカの全身から力が抜けた。 暗い……暗い海底にゆっくりとフカの体が吸い込まれる。 もう、どうだっていい……。 フカの視界も程なくして闇に包まれた。 お姉ちゃん、僕ね 僕、この石をお姉ちゃんに渡したかったんだぁ でも、もう、 届かない……ね……
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