自らがあるべき世界を見失った者達が暮らす場所、ターミナル。 ある日、不死者もしくはそれに類するロストナンバーに招待状が届けられた。 世界司書の手を通さずに届けられたそれの差出人は不明。名前の代わりに記された文字は“死の翼”。 それが個人を指すものなのか組織の名なのかはわからない。 ただ、この招待状が友好の証ではないことはカードの文面から読み取れた。 この招待状を受け取り、集まった者は六名。「おや、お前達もそのカードを?」 一番先に言葉を発したのはタバサ・フォーゼ。「剣呑な文面だね。招待主の彼、または彼女が何故僕達にこのようなカードを送ったのか……。ともかくにも会ってみないと始まらないな」 イルファーンは穏やかな面(おもて)を崩さずに言う。「私の所にも届きましたわ。ラブレターにしては品性もクソも御座いませんけど」 死の魔女はケラケラと笑う。「僕の所にも招待状が届いていましたねぇ~。どうしてこんなことをしようとしているのか、会って話をしてみたいなと思ってきました。……思ったより多くの方にカードは届いているんですねぇ」 のんびりとした調子で喋る榊原 薊には緊張感というものが感じられない。「……自分のところにも、来た。死、ね……そいつ等にあって手に入れられるなら、喜んで受けよう。……どうせ口だけだと思うけど」 トーテの発した最後の言葉は誰の耳にも届かなかった。「あぁ、私が持ってるのと似たカードを持った人がなんだか集まってるね。……なるほど、そういう内容だったか……少し興味深いな」 最後に現れたのは眠たげなルーズーイイラ。招待状の内容もろくすっぽ読まずにやってきたらしい。 彼等の目の前にあるのは古びた教会。壁には蔦が這い、現在も利用者がいるのか判別つかない。 その教会の中、囁き合う者達がいた。「来たね、天の摂理から外れた者共よ」「さあて、どう料理してやるのがいいかねぇ」「歪みは正さねばならぬ」「そう、これは逆恨み。わかってるさ、わかってる」「……」「命がけで遊ぼうじゃないか」 彼の手から投げられたカードが壁に突き刺さる。 カードに記されているのはたった一文。 ――不老不死の貴方に死をどうぞ=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>タバサ・フォーゼ(cypb2027)イルファーン(ccvn5011)トーテ(cwyw3577)死の魔女(cfvb1404)ルーズーイイラ(cctv4934)榊原 薊(ctmc8462)=========
古びた教会の扉を押し開くと、今まで建物の隙間や床に留まっていた埃が舞い、振り注ぐ光を反射してキラキラと輝いた。 一歩足を踏み出すごとにギシギシと賑やかに鳴る床は、一行が足を止めるとすぐに静寂を取り戻す。 各々がぐるりと周りを見渡しても、目に入るのは蜘蛛の巣と建具に積もる埃ばかりで、人の気配は感じられない。 「あ……これ、見取り図?」 ルーズーイイラが壁に設えた案内図を指し示す。 「あら、ここ、地下もありますのね。でしたらカタコンベもあるかもしれませんわね」 「カタコンベ……」 ニヤリと笑う死の魔女とは裏腹にタバサ・フォーゼは顔をしかめた。 「そんな所へ何の用があるというのだ?」 「“お友達”がいれば心強いでしょう?」 そう言って笑みを浮かべる死の魔女にタバサは眉間の皺を深めた。 一人では危険だと制止するタバサを無視し、地下へ行こうとする死の魔女に舌打ちをする。 だが、彼女を放っておく訳にもいかない。 どうするかと思案していたら榊原 薊(さかきばら あざみ)が「自分が行きましょう」と申し出てくれた。 「頼む」 正直、死体に近付きたくなかったタバサはそっと息を吐いた。 彼等を見送ったタバサとイルファーンは案内図を前に対策を練り始めた。 「……似たようなカードを持っている人が集まってたから来てみたが、どうも様子がおかしいな」 来た時から感じていた違和感にルーズーイイラは首を傾げる。 もしかして、私に届いたカードと彼等に届いたカードの内容が違うのだろうか? 「ちょっと、そこのキミ。キミのカードを見せてくれないか?」 緩慢に辺りを見渡していたトーテにルーズーイイラは声を掛けた。 「……いいけど」とカードを差し出すトーテに礼を言い、ルーズーイイラは自分のカードと見比べる。 ――やっぱり。 カードに描かれている模様は同じ。だが、内容はルーズーイイラの持っていた物と異なっていた。 同じカードに違う文面。内部分裂を狙ったものなのか。これは少し調べてみた方がいいかもしれない。 カードをトーテに返し、ルーズーイイラは案内図を見ながら対策を練っている二人に声を掛けた。 「あー……ちょっとこの小部屋とかも調べたいんだけど、行ってもいいかな?」 「何か気になる事でもあるのかい?」 イルファーンの問いに彼等の目的を調べる為などと適当な理由をつけて答える。 「……相手方にどんな理由があろうとも、こっちには関係ないよ。目的とかも興味ないし。……どうせ、恨みとか好奇心とかそんなもんじゃないのか?」 にべもなく答えたのはトーテだ。 返す言葉がなくルーズーイイラが詰まっていると、トーテは更に続けた。 「……自分は興味ないけど、調べたい奴は好きにすればいいと思う」 計画が頓挫するかに思えたが、大丈夫なようだ。 ホッとしたルーズーイイラが改めてタバサとイルファーンに向き直った。 「では、誰かと一緒に」と言うタバサに手を上げ、 「いや、これでも私は神の端くれなんでね、一人で充分だよ」 と答えて奥の部屋へと進む。 「……でも、変だな。……自分達を殺したいならとっくに襲われててもおかしくないのに」 トーテが疑問を口に乗せる。 「もしかして僕達は嵌められたのでしょうか?」 「愉快犯の仕業だと? だが、どこかに罠が仕掛けられていてそこに誘い出そうとしておるのかもしれぬぞ」 タバサの言う事はもっともだった。 「……愉快犯の仕業にしろ、何の収穫もないのは面白くないな」 「そうですね。とりあえず一通り回ってみますか」 イルファーンの提案にタバサとトーテは頷き、多目的ホールの扉を押した。 「ありましたわ。鮮度の方はどうかしら?」 死の魔女は複数の棺を前にして満面に喜色を浮かばせる。 上機嫌の彼女を見詰めながら、榊原は思考を巡らしていた。 教会を造るだけならわざわざ古めかしいものにする必要はないし、棺だって不要の筈。チェンバーにしては、とても凝った造りをしていると。 「まるで礼拝をする為のものではなくてアトラクションを楽しむ為のもののようですね」 榊原は不思議に思う。 「もしかして、これはお化け屋敷的なもので、単にお披露目したかっただけとか?」 うーんと首を捻る榊原をよそに、死の魔女は“お友達”に声を掛けた。 「さあ、目を覚まして。私の為に蘇ってちょうだい」 死の魔女の言葉を合図に棺がガタガタと震えだす。 「死を操る私に死を与えるだなんて、随分と捻りのないジョークですこと。不愉快ですわ。……彼らには本物の“死の恐怖”を味あわせてあげる必要がありますわねぇ」 死の魔女は陰湿な笑みを浮かべた。 ガタリと棺の蓋を押し退け、死の魔女の“お友達”がその身を起こした時、 「まこと忌わしき不浄の者よ」 と、低い男の声がカタコンベに響き渡った。 見ると部屋の入り口に詰襟に似た衣服――スータンを着た男が佇んでいる。だが、首に掛けられた十字架を握る男の目には、聖職者には似つかわしくないほど暗い炎が燈されていた。 「ようやく御出ましになったようですわね。あなた達、出番ですわよ」 死の魔女が右手を上げると“お友達”が棺から次々と降り立ち、スータンを着た男――ヒューバートに襲い掛かる。 最初の一体が男に掴み掛かろうとした時、死の魔女の髪を掠めて飛んで来たものが“お友達”の手を吹き飛ばした。 「気を付けろ。私まで撃ち抜くところだったぞ」 「ゴッメーン☆ でも、助かっただろ?」 部屋の奥から銃を持った男がもう一人姿を現した。 ヒューバートとは対照的にこちらの男の服装は派手だった。歳も若いようだ。ヒューバートは四十代前後、もう一人は二十代半ば程だろうか。 「残念。アミューズメント的なものではありませんでしたか」 「心配するなよ。これからイヤってほど遊んでやるからさ。ただし、命懸けになるけどな」 「なんでこう、血の気が多いんでしょうねぇ」 派手な男――クレイの言葉に榊原はやれやれと首を竦めながらも手を上げる。 「あのですねぇ~、提案なんですけど、僕達少しお話ししてみませんでしょうか?」 「はなし~? 面白い事言うねぇ、キミ」 クレイは底意地の悪い笑顔を顔に浮かべ、銃を榊原達に向けたままで答えた。 「貴様等と話す事などない。私は私の責務を果たすまで」 一方ヒューバートはにべもなく切り捨てた。 「いやぁ、僕達話し合えば少しくらい和解できる部分があるんじゃないかと思うんですけど……」 「貴様等アンデッドは滅するのみ」 ヒューバートは榊原の提案を受け入れる気など毛頭ないようだ。 「……だって。俺もお話しよりキミ達と遊びたいなぁ。なあ、いいだろ?」 言い終わるが早いか、クレイは榊原の肩口目掛けて銃を放った。 榊原の肩は大きく抉れ、今にも千切れ落ちそうになっているが、彼に狼狽する様子はない。 「短気ですねぇ~。短気は損気って言いますよ?」 「忌わしき者共め」 肩を撃ち抜かれても平然としている榊原にヒューバートの顔は益々険しくなる。 「輪廻から外れた哀れな者共よ、今、私の手により浄化されるがいい!」 ヒューバートは柄が十字架の形をしたサーベルを腰から抜き、榊原に躍りかかった。 「ちょっと、あなた! なにぼんやりしておりますの?」 死の魔女は動く気配のない榊原の襟を掴み、棺の陰へと引き倒す。 「ああ、そんなに乱暴にしたら……」 千切れかけていた榊原の片腕が、ボトリと床に落ちた。 ガン、とサーベルが棺にめり込む。男はすぐさまサーベルを引き抜き、刃先を榊原に突き出した。 「滅せよ」 ヒュッとサーベルの刃先が榊原の眼前に迫る。 刃先が眉間に突き刺さる寸でのところで男の動きが止まった。死の魔女の操る“お友達”に羽交い締めされたのだ。 「ここから脱出しますわよ」 死の魔女が榊原を引き摺りカタコンベから脱出を試みる。その手助けをするように“お友達”がわらわらとヒューバートに纏わりついた。 「くそっ、離せ!」 ヒューバートはもがくが、彼の力では“お友達”は剥がれない。 「あーらら、なーにやっちゃってんの」 クレイが呆れながら次々と“お友達”を狙撃する。 クレイに撃たれた“お友達”は二度と起き上がる事はなかった。彼の弾は特別製なのだ。 「上に行ったか」 「多分ね。ってか、それ以外ないっしょ」 二人は死の魔女と榊原を追う為に一階へと向かう。 動かなくなった“お友達”の下から榊原の片腕がもぞりと這い出し、榊原の元へと戻るべく指を器用に動かして移動する。 それを追うように、別の部屋に安置されていた棺から新たな“お友達”が体を起こした。 榊原と死の魔女をクレイとヒューバートが、それをまた榊原の腕と“お友達”が追い駆ける。実に奇妙な図が出来上がった。 多目的ホールの扉を抜けると正面奥に据えられた舞台が目に飛び込んできた。 十分な広さを持つホールはがらんとしており、床には薄っすらと埃がかぶっている。 「何もありませんね」 「ああ、拍子抜けする程に……な」 「……からかわれたのか?」 トーテが少々不機嫌そうな声を出す。 三人は周囲に注意を払いながらホール中央まできてみたが、変化はない。 ――と、どこからともなくパイプオルガンの音が鳴り響いてきた。 だが、このホールからのものではないようだ。 「上か!」 三人が一斉にホール入り口に向かうが、イルファーン以外は多目的ホールの外に出る事はかなわなかった。 「あっはは! お前達にはこっちの相手をしてもらうよ」 突然飛んで来た鞭に体を縛り上げられ、タバサとトーテはホール中央に引き戻されていたのだ。 イルファーンが異常に気付いた時、既に扉は固く閉ざされており、どんなに力を込めて押しても開く事はなかった。 自らの失策に歯噛みする思いだったが、二階の礼拝堂から響くパイプオルガンの音にイルファーンは意識を切り替えた。 「あとで必ず助けに来ます」 激しく響くパイプオルガンの調べに導かれ、イルファーンは階段を駆け上がる。 ルーズーイイラは目の前の扉を注意深く押し開いた。 あのカードの意味を読み違えていなければ、自分は彼等の攻撃対象ではない筈だ。しかし、腕試しと称して襲われる事もあるかもしれない。油断は禁物だ。 薄く開いた扉の隙間から慎重に部屋の中を窺う。 「大丈夫っぽい……かな?」 するりと体を部屋の中に滑り込ませ、軽く息を吐く。 部屋の中には簡素な机とベッド、そして作り付けのクローゼットがあるのみだ。 机の奥には窓があり、昼間であれば照明をつけなくても充分な光が取り込めるようになっている。 ルーズーイイラは机の引き出しを一つ一つ開けてみたが、聖書とロザリオが置いてあるのみで、特に手掛かりになるような物はなかった。 聖書のページにもざっと目を通してみたが、使い込まれているだけでメモもなにもなく、目印といったものも見つけられなかった。 「まだ一部屋目、落胆する程でもないか」 部屋を出ようとした時、部屋の隅に飾られている絵画に気付く。部屋の扉側に掛けられていた為、入った時には気が付かなかったのだ。 どこかの部屋が描かれているだけの絵画。注意深く見ても、何らかのメッセージがあるとは思えなかった。 念の為に絵画の裏を確認してみたが何もない。 ルーズーイイラが単独行動に出たのは手掛かりを探す以外の理由もあったのだが、こちらも今のところなにもない。 「まあ、全ての部屋を調べ終わる頃には何かある筈だろうよ。……いや、そうでなけりゃ困るけどね」 意味深な事を呟き、ルーズーイイラは一つ目の部屋を後にする。 結局、一階にある小部屋を全部回ってみても、有力な手掛かりは見つけられなかった。 今のところすべての部屋に共通してあるのはベッドと机、作り付けのクローゼットに絵画のみ。 それにしても奇妙な絵画だとルーズーイイラは思う。 部屋の様相は様々だったが、人物や動物といった物が何も描かれていない。描かれているのは静物ばかりで生物が描かれておらず、奇妙な印象ばかりが残る。何の為に描かれたのか、どういった意図があるのかまったく汲み取る事ができなかった。 あとは二階と地下の部屋だが、地下には榊原と死の魔女が行っている。他の同行者とあまり鉢合わせしたくないルーズーイイラは、先に二階を目指す事にした。 礼拝堂の扉を開けるとパイプオルガンの音が不意に途絶え、一人の男が椅子から立ち上がる。 それはまだ、二十歳にもなっていない風貌の青年だった。 「君も“死の翼”のメンバー?」 “死の翼”というのが組織の名前なのか正確にはまだわかっていなかったが、関係者であればイルファーンの言わんとする意味がわかるだろう。 「……あんた、何?」 ソバカスに栗色の巻き毛、カントリースタイルの服装。いかにも田舎の少年といった人物が訝しげにイルファーンを見る。 「招待状を受け取った者だよ」 少年にカードを掲げて見せて、イルファーンは近付いていく。 「このカードに書かれてある言葉。これは君の本心?」 「そうだよ」 少年はイルファーンを睨みつけたままその場を動かない。 「どうして不死者を憎む? ……辛い事があったのかい」 「……質問に答えていない。あんた何? 不死者にしては綺麗すぎるんだけど」 少年は不躾な視線を浴びせながら言った。 「ああ、すまない。僕の名前はイルファーン、精霊だよ。寿命に限りがないから僕も不死者で間違いないだろうと思ってね。……ねえ、よかったら君の名前を教えてくれないかな?」 「嫌だね。お前達みたいなのに迂闊に名前なんて教えられないよ。操られたくないからね」 警戒を解かない少年にイルファーンは苦笑する。 「そんな事しないよ。……それに、僕は君を傷付けたりしない、約束する」 「嫌だ! お前達はそうやって優しい言葉で騙して僕達を殺していく癖に!」 ギリリと少年は唇を噛んだ。 「君は大切な人を不死者に殺されたんだね。これが証しになるかわからないけど……」 イルファーンは少年の手を取り、そっとナイフを少年の手の平に置いた。 「君が望むなら僕を殺せばいい。何回でも何十回でも繰り返し……」 「何言って……」 少年が驚いてイルファーンを凝視する。 「僕は死なないからね、気が済むまで何度でも僕を刺すといい」 ナイフを握った少年の手を取り、イルファーンは自らの胸に向け 「でも、僕は生身だから痛みはあるんだ」 「や、め……!」 ひとつ微笑んで突き刺した。 イルファーンは小さく呻き、少年の手を握ったままなおも笑う。 額を伝う汗が、イルファーンが確かに苦痛を感じているのだと少年に知らしめる。 「あ、あ……」 「これで、僕の事……少しは信用してくれるかい?」 ずるりと胸からナイフを抜くと、イルファーンの手から開放された少年はガタガタと震え、ナイフが彼の手から滑り落ちた。 いつか、自分の家族を、友人を殺した不死者達をこの手で葬り去ると誓った。その気持ちに変わりはない。 だけど……この人は違う。違うのだ。 「不死者にも心はある。しかし、永い時を経て心はやがて死ぬ。体は生きながら心は倦んで膿んでじわじわと……。それは想像を絶する生き地獄なんだ」 生きている間に感じていた感覚は薄れ、やがて無感動になる。 喜び、哀しみ、憎しみ、怒り――。 そんなものがどんどん遠くなり、やがて無と化す。生者にも死者にもなれず、ただ無機質に蠢くものになる。 一度失ったものはもう、どんなに足掻いても戻ってはこないのだ。 「どんなに望んでも不死者が君達になれないように、君達は不死者の痛みが理解できない」 「不死者にも心があるから許せと?」 「いいえ、ただ、知っていて欲しいだけ。おそらく君の大切な人達を襲った不死者は心を失いかけていたんだろう。その不死者にしかわからぬ苦しみに苛まれ、それを少しでも緩和させる為に生者を襲い続けていたのかもしれない」 すべて憶測でしかないけれど。 「……クリス」 ほとんど独白に近い声で少年がぽつりと呟いた。 「え?」 「クリス・テンダー、僕の名前」 「クリス・テンダー……。ありがとう、教えてくれて」 一口に不死者と言っても、生きている人間と同じ様にそれぞれが違っているのだ。 もちろん、なかには心など疾うに失って、ただの傀儡に成り下がった者の、本能のままに生者を襲う者もいるだろう。 だが、おそらくこの場に集まっている不死者は違うのだ。 ――でも、どうしてそこまで? 心に湧いた疑問をクリスはイルファーンに聞いてみる。 「僕はずっと人に憧れていた。彼等のように泣き、笑い、愛し合う事を求め、永遠に倦んで刹那に焦がれた。僕は人が大好きで、人に害を成す願いでなければできるだけ叶えたいと思っている。だから……かな?」 そう言って破顔するイルファーンが、クリスにはなぜだか少し寂しそうに見えた。 「ここも、変わりなし……か」 そして、接触もなし。 二階にはあと二部屋しかない。そのどちらかに手掛かりか相手方からの接触があればいいのだが……。 しかし残念な事に残り一部屋なっても進展はなかった。 「ここが二階で最後の部屋か」 この部屋は今まで調べてきたどの部屋より少し広い感じがした。もしかしたら教会の主の部屋がここなのかもしれない。 広い以外に特に代わり映えのない様子に若干気落ちしながらも机の引き出しを探ってみる。 「ん?」 聖書の中に数枚の写真が挟んであった。これが“死の翼”メンバーだろうか。中年男性と十~二十代の男女が数人映っている。 他にも何かないだろうかと他の引き出しを見たが、特にこれといった物は見つけられなかった。 改めて部屋を見渡すと絵画に目がとまった。この部屋の絵画にだけ人物が描かれている。 銀の長髪にラベンダー色の瞳。柔和な笑みを浮かべている男性だ。どことなくイルファーンに似ている。 ルーズーイイラが何気なくその絵画に触ろうとした時、パイプオルガンの音が鳴り響き、驚いたルーズーイイラはその手を引っ込めた。 「なんだ?」 少ししてから階段を駆け上がる誰かの足音が聞こえ、意識が完全に絵画から逸れてしまった。 するとどうした事だろうか、次に目を向けた時には絵画から人物の姿が消え、がらんとした部屋のみが描かれているものに変わっていたではないか。 「どういうカラクリなんだ? これ」 絵画から目を逸らしたのはほんの一瞬だ。時間にして数十秒。しかも、絵画と自分の距離は極めて近く、誰かが掛け替えたとは考えられない。 壁ごとひっくり返るというカラクリも考えられたが物理的に無理だ。自分の顔に当たってしまう。それほど至近距離にあったのだ。 ――クス。 困惑するルーズーイイラの背後で誰かが笑った気がして振り返る。 「驚かせてしまったかな?」 「!」 振り返った先の人物を見てルーズーイイラは目を見開く。目の前にいたのは先程まで絵画の中にいた銀髪の男だ。 「……このカードを出したのはキミ?」 動揺をおさめる為に一つ息を吐いたルーズーイイラは男に質問をする。 「ええ、そうですよ。ここにお越しいただいた皆様方に招待状を送ったのは私です」 「何の為にこんな物を? しかも私宛のものだけ内容が違うとはどういう事かな?」 「それは……あなたに私の仕事を手伝っていただきたかったからです」 質問を投げ掛けても答えは得られないかもと思っていたが、男はあっさりとルーズーイイラの問いに答えを示した。 「仕事の手伝い? 不死者を殺す?」 男は穏やかに微笑むだけで今度はなにも答えない。 「確かに、私の能力は広い意味での死……終の力。不老不死という仕組みに終わりを与えることも可能かも知れないけど……むやみに殺すのは私の役目じゃない」 「そうですか」 少し憂えた表情でルーズーイイラは続けた。 「勘違いされがちだけど、私が殺しに向いた力を持っているのはあくまでも世の理を守る為だ。決して殺しがしたいからじゃないし、死期というものがない彼等に関しても特別な感慨はない。故に君達の同志にはなれないよ」 「では、その力を私の仲間に使うのも嫌ですか?」 思いもよらない発言にルーズーイイラは言葉を失う。 驚きを隠せないルーズーイイラとは対照的に銀髪の男は穏やかな表情を崩さず、ただただ微笑み続けていた。 「このままではこちらが不利ですわ」 死の魔女はとにかく仲間と合流しようとしていた。 「そんなに慌ててどうしたんですか?」 思いのほか余裕のない様子の死の魔女を前に榊原は尋ねた。 「気付きませんでしたの? あの派手男の使っていた銃の弾、銀製ですのよ」 「ああ!」 合点がいった榊原はポンと手を鳴らそうとしたが、残念ながら今は片手しかないので代わりに膝を叩いておいた。 「あなた、随分と余裕がおありのようですわね」 「そんな事ないですよ~。どうしたらお話を聞いてくれるか頭を悩ませています」 あくまでも話し合いでというスタンスを崩さない榊原に死の魔女は頭を抱えたくなった。 地下へと続く階段から複数の足音と声が聞こえ、死の魔女の焦りは強くなる。 「とにかく、皆と合流しますわよ」 おそらくここにいるだろうと当たりをつけて、死の魔女は多目的ホールの扉を押した。 しかし、何らかの力で封印された扉は開かない。 「ここにはいませんの?」 死の魔女は扉に耳をぴったりとつけ、内部の様子を窺った。微かに音がする。 「中から鍵を掛けているんでしょうかねぇ~?」 榊原ののんびりとした口調にイラつきながら何度か扉を揺さ振るが、開く様子はまったくない。 「追い駆けっこはもうおしまいか?」 背後から掛けられた声に小さく舌打ちしながら死の魔女は振り返る。 「あら、どんくさいあなた方の足に合わせてお待ちしておりましただけですわ」 「減らず口を」 「まあまあ、お二方。そんなにヒートアップしなくても……」 「黙れ!」 二人の仲裁に入った榊原に向けて、ヒューバートはサーベルを横薙ぎに一閃。 幸いにも刃は榊原の腹を裂くことなく空振りに終わった。 「あぶない、あぶない。もう少しで僕の恥ずかしい姿を晒すところでした」 「ヘェ、恥ずかしい姿? それってどんなの?」 クレイがニヤニヤと聞いてくる。 「見ます? 僕の事理解していただくにはちょうどいいかもしれませんね。……少し臭うかもしれませんが我慢してください」 榊原がそろりと自身のシャツをたくし上げた。 「うわ……」 「なんと醜悪な」 剥き出しになった腹から内臓がどろりと零れ落ちる。 「ああ、いけない。先程激しく動いたので皮膚が裂けてしまっていたみたいですね」 床に落ちた内臓を拾い上げ、元の位置に収めながら榊原は詫びた。 腐敗臭が辺りに立ち籠め、クレイとヒューバートは顔をしかめる。 「不死者にもね色々と事情があるんですよ。貴方方がどういった経緯で不死者を憎むようになったのかはわかりませんが、少なくともここにいる仲間は自ら望んで不死者になった訳ではないですし、ましてや闇雲に人を襲う事もありません。ですから……」 「だとしても、私はお前達を許容する事などできぬ」 ヒューバートは榊原を睨みつけ、榊原の言い分など頑として受け付けようとしなかった。 「生ある者が死を拒むのは当然の事。つまり……怖いんでしょう? 生という概念に縛られない命を持つ私達が」 そんなヒューバートの神経を逆撫でするように死の魔女が口を開く。 「黙れ、黙れ! お前達になにが解る。妻と子がアンデッドになった時の絶望が、自分の手で愛する者をこの手に掛けなければならなかった私の悲しみが!」 「あら、結局は死が怖かったんですのね。そんなに愛していたのならお仲間になってしまえばよろしかったのに。……臆病な方」 「貴様!」 サーベルの切っ先を喉元に突き付けるが、依然不敵な笑みを浮かべている死の魔女にヒューバートは歯噛みする。 「ヒューバート……」 まるで子供の喧嘩のようなやり取りにクレイは溜息をついた。 「今からでも遅くないですわ。私の“お友達”となって、生と死に拘らない素敵な毎日を送りませんこと?」 ケラケラと嗤う死の魔女に対しヒューバートに我慢の限界がおとずれた。一旦引いたサーベルをヒューバートは死の魔女に向け大きく振りかぶる。 ……が、何者かにサーベルを掴まれ、ヒューバートはサーベルを振りおろす事ができなかった。 「クッ……!」 さらに足首も掴まれてまったく身動きが取れなくなる。ヒューバートの動きを封じたのは死の魔女の“お友達”だ。 「形勢逆転ですわね」 死の魔女がニィと嗤った。 「あの~、彼の手助けしないんですか?」 自分の事は棚に上げて榊原はクレイに尋ねた。 「いや、なんか気ィ抜けちまってなァ」 お互い敵同士の筈なのに二人の間には和やかな空気が流れていた。 「ま、マジでマズくなったら割り込むさ」 と顎をさすっているクレイに榊原はもう一つ聞いてみる。 「何故僕達はここへ呼ばれたんでしょうか?」 クレイは眉をひょいっと上げて榊原を見たあと、死の魔女とヒューバートに視線を戻して答える。 「さあなぁ……俺達はここに来る奴等――あんたら不死者を好きにしていいって言われただけなんだよ。実際のところはアイツにしかわからんさ」 「あいつ?」 「ここの主みたいな奴さ。……あ、アイツだよ」 階段を下りてきた人物を「来た来た」とクレイは指差した。 「手荒な真似してすまないね」 赤い髪のライダースーツを纏った女がタバサとトーテを開放しながら悪びれる様子もなく言い放った。 「まったく礼儀を知らぬ者共であるな」 タバサは不機嫌に睨みつける。 「まあ、これからやりあおうってのに、礼儀も何もないと思うけどね」 ホールの扉に凭れ掛かっていた青い髪の男がくすくすと笑いながら言う。 「お前達の目的は何だ? よもや我等不死者の肉が必要だと言うのではあるまいな」 「フフ、それは私達が負けたら教えてやろう」 ピシャリと女の鞭が床を打つ。 「君達不死者っていうのは天の摂理から外れた存在。そんな者達を屠るのが僕達の仕事なのさ。悪く思わないでおくれよ」 穏やかな口調で恐ろしいことを言う。 ――組織に雇われた暗殺者ではないかと思うたが、違うのか。 タバサは不老不死を研究するマッドサイエンティストを中心とした組織が“死の翼”で、彼等は不死者の肉を集める為に雇われた暗殺者ではないかと考えていた。 だが、男の口振りからは肉を集めるというより、ただ、自分達を葬り去るのが目的のように思える。 ――難しく考え過ぎたか。 どちらにせよ自分達が勝たねば意味がない。 「なるほどな。……我輩は好きな時に人を殺め、好きな時に人を生かす。貴様達が暇つぶしに相応しい人間か見定めてやろう」 タバサはアンティークなハサミ――トラベルギアを取り出し、構える。 トーテはだらんと降ろした手に黒いリボルバーを握りしめた。 「いくよ、覚悟しな!」 ヒュンと赤毛の女――リザベラの鞭がタバサへと飛ぶ。タバサはトンと床を蹴りそれをかわし、クルクルとターンしながら閉じたハサミの刃先をリザベラへ向け、切り掛かった。 リザベラは刃先が肌に触れる寸でのところで体を捩り、一定の距離をあけ、今度はタバサの足目掛けて鞭を振るう。 タバサはジャンプでかわしつつ、そのままの勢いでリザベラへと躍り掛かる。 「さて、僕達も始めましょうか?」 トーテが視線を向けると男の面から穏やかな笑みが消えていた。今は冷ややかな瞳でトーテを見据えている。 特殊能力を使って一気にケリをつけるかと思ったが、万一の事もある。トーテは以前の失敗を思い起こし、苦々しい気分になった。 「いきますよ」 男が手を振ると袖口から小型のナイフが現れ、男の手におさまる。 ……ナイフ使いか。 今、トーテと男の距離は2~3mほど。 こちらから仕掛けるにせよ距離を詰めなければトーテに勝機はない。 「なにぼんやりしてるんだい?」 台詞と共にナイフが飛んで来た。 ギリギリのところでかわし、銃口を男へと向ける。 ガン! 一発放つが当たらない。 トーテは銃の扱いが巧みな方ではなかった。それでも相手に気取られない為に引き金を引き続けた。 「どうしたんだい? まったく当たらないじゃないか」 銃撃を避けながら男はナイフを投げつける。 ナイフによる殺傷など、トーテにとっては無意味だったが、なるべく攻撃を避け、皮膚を傷付けられれば痛む振りをした。 トーテの放つ弾丸は男を傷付けられなかったが、男のナイフはトーテに傷を増やしていく。……筈だった。 「おや、やはり再生するんですね。でも、これならどうかな?」 男が一気に距離を詰め、トーテの腹部を深々と刺し、そのまま肩に向けて振り上げた。 「……っ!」 トーテは数歩よろめき、男を上目使いに睨みつけた。傷口から流れる血が足元に血溜まりをつくるが、トーテはかまわず震える手で銃口を男に向けた。 「おや、撃つのかい? どうぞ、お好きなように」 男は数歩下がり両手を上に挙げ、肩を竦めるポーズをとる。 「君が僕を撃つのと僕が君にとどめを刺すのとどちらが早いかな?」 男が一歩足を踏み出した時、トーテは男に向けた銃口を自分に向け、嗤った。 「なに?!」 ズガン! 「がっ……!」 トーテを撃ち抜いた筈の弾丸が男の背から鮮血を弾けさせる。 男はよろめき、どうとその場に倒れた。 トーテは男を蔑んだ目で見下ろした。 「相手が化け物でであれなんであれ、殺そうとしている人間が殺されない道理なんて無い。……覚えておけ」 ――ごぼっ わかっているさ。 男の言葉は声にならず、口からは泡と血のみが溢れ出る。 「アズべル!」 リザベラはタバサに鞭を振るいながら、倒れている男の名を呼ぶ。 リザベラとアズベルは出身世界は違うものの、馬が合うというのだろうか、一緒にいて居心地のいい相手だった。かといって恋仲になるわけでもなく、家族――姉弟のような関係を築いていた。 暴走するリザベラを諌めるのは彼の役目だったし、彼が相手であればリザベラもおとなしく従ったものだ。 異世界で出会った唯一無二の存在であると言ってもいい。その彼が倒れている。しかも尋常でない様子にリザベラは冷静さを失った。 「貴様、アズベルになにをした!」 トーテに向かってリザベラが吼える。 「……あんたがそれを言うのか?」 トーテは無感情な目でリザベラを見返す。 「お前の相手は我輩であるが」 タバサがイザベラの背後から彼女の喉元に刃先を当てて言う。 だが、イザベラは自身の喉元に傷が付くのもかまわず、タバサの手を振り払いアズベルの元へと駆け寄った。 「ああ、アズベル。しっかりして……」 イザベラの両手がアズベルの頬を包み込むが、彼の瞳は焦点を結んでおらず、唇が微かに動くのみだ。 「もとはと言えばお前達が仕掛けてきた事であろう? それを今更被害者ぶるとは……」 タバサは呆れ返り、戦意を喪失する。 ――と、多目的ホールの扉が開き、銀髪の男が入ってきた。後ろにはルーズーイイラ、イルファーン、榊原、死の魔女と“死の翼”のメンバーと思しき人物が数名いる。 イザベラは銀髪の男を認めると大粒の涙を流した。 「セラム、アズベルが……」 セラムと呼ばれた銀髪の男が足を折り、アズベルの様子を診る。 「……一応、急所は外したつもりだけど」 「随分とお優しい事で」 トーテの言葉に絡んだのはクレイだ。 「……これは、他の世界での討伐依頼じゃない。……ここで殺したらターミナルにいられなくなる可能性がある」 「なるほどねぇ」 なーんも考えてなかった俺達とは違う訳だ。 クレイはそう思ったが口には出さなかった。 「僕に任せてくれませんか?」 救いの手を差し伸べたのはイルファーン。 「彼を助けられるのですか?」 「確実に、とは言えませんがやってみます。急所を外しているのなら希望はあります」 イルファーンがアズベルの衣服の前をはだけ、傷口を検分する。少しアズベルの体を浮かせて背中へも手を這わし、傷の具合を調べた。 やはり背中の方が酷い。 イルファーンは背中の傷に触れたまま、治癒魔法をかけていった。 まずは背中の傷を塞ぎ、そのまま背中から胸に向かって内側から癒していく。 ある程度癒し終えたらアズベルの体を床に横たえ、今度は胸の方にある傷口に手を添えた。 少ししてイルファーンが体から手を離すと、そこにはもう銃創らしきものは残っていなかった。 「傷は塞ぎましたが、血がまだ足りていません。暫くは安静にして造血作用のあるものを食べさせるようにしてください。一度にたくさんではなく、食事回数を増やす方向でお願いします。彼自身の治癒能力を上げたので程なく快方に向かうでしょう」 「あ……ありがとう」 イザベラはイルファーンに礼を言い、アズベルをそっと抱きしめた。 「なーんで助けてくれんの? 俺達はキミ等を殺そうとしてたってのにさァ」 それはクレイの純粋な疑問だった。 「僕はこの場にいる誰にも傷付いて欲しくない、死んで欲しくないと思っている。僕にとって君達人間は、限りある命を懸命に生きる、眩しくてとても愛おしい存在。それを失いたくなかった僕の単なる我儘だよ」 かつてそれは愚かな事だと散々侮蔑されてきたけれど……それでも自分の想いは変わらなかった。 「ふーん、変な奴もいたもんだな」 双方の間にはもう戦闘ムードなど残っていなかった。 「興が殺がれたな。この茶番はこれで御開きであろうか?」 「ええ、終わりです。本日は私の招待に応じてくださり、ありがとうございました」 「して、御主の目的は何であったのか。それくらい教えてくれてもよかろう?」 タバサの言葉にセラムは苦笑した。 「貴女が先程申された通り、茶番ですよこれは。私は彼等の為に貴女方をここへ呼びました。彼等の欲求を晴らす為だけに」 「迷惑な話であるな」 「……ですが、貴女方も少しは楽しまれたのでは?」 「くだらぬ。ではもう一つ聞く。“死の翼”とはなんであったのだ?」 「貴女方に興味を持っていただく為に適当につけた符号のようなもの。深い意味はありません」 はぁ、とタバサは溜息をついた。 「では我等は貴様にまんまと乗せられたというわけか」 とはいえ、彼等が本気でかかってきたのは事実。まだなんらかの意図が隠されている気がするのだが、今更問い質しても意味は無いように思えた。 「……それは、何だ?」 トーテは先程からクレイが持っていた物が気になっていた。 「あ、これ? 間抜けな男の肖像?」 『間抜けと言うな』 クレイが脇に抱えていた絵画を見せながら答えた。絵の中にはこちらに背を向けてベッドに寝そべっている男が描かれていた。 絵の中の人物はヒューバート。先程まで死の魔女と対峙していた男だ。 死の魔女の操る“お友達”に首筋を噛み千切られそうになっていたところを、絵画の中に“保護”されたのだ。 絵画は彼等にとって安心できる場所であると共に檻でもあった。 一度絵画の中に取り込まれてしまえばセラムの許しなく外へ出る事はかなわないからだ。 だが、この中にいれば無差別に不死者を襲い暴走する事もない。だから、彼等はここを住処とする事を甘んじて受けている。 「いくぞ」 タバサが踵を返すとトーテ達もそれに続いた。 「気が向いたらいつでもいらしてください。歓迎しますよ」 セラムの言葉にタバサは「どのような歓迎だか」と心の中で悪態をついた。 「あら、では遠慮なく伺いますわ」 死の魔女は笑う。 ……結局、口先だけだったな。 まだ、自分は生きている。 死を熱望しなからも黙って倒される事を嫌悪する矛盾。 自分の中に存在するその矛盾にトーテは気付いているのか……。 イルファーンはまたここを訪れようと思っていた。 アズベルの様子を見る為とかつて自分の為に命を奪われてしまった人々へ鎮魂の祈りを奉げる為に。 榊原もまたここを訪れてみてもいいかもと思った。 もう少し時間を掛けて話し合いをすれば多少なりとも不死者に対する理解が得られるのではないか、次に来た時には今日よりは静かに話しができるのではないかと思ったからだ。 ――もしもの時には彼等を殺して欲しいのです。 ルーズーイイラの脳裏にあの時セラムに言われた言葉が蘇る。彼等を護りたいと言った同じ口から出た言葉。一見矛盾しているように思えるが、実はそうでもない。 セラムは彼等から相談を受け、その苦悩を知った。 不死者に対する押さえられない殺人衝動。 それが彼等の中にある限り、彼等が救われる事はない。 依頼であればその行為は正当化されるだろうが、ターミナルの日常においてそのような事を行えばどうなるか。 ――もしもの時には殺してくれ。 これはセラムがルーズーイイラに言った言葉であったが、セラムが彼等から言われた言葉でもあった。 だが、ルーズーイイラはその申し出を受け入れなかった。 命は使い尽くしてこそと思っているルーズーイイラにとって、どのような理由があれど人が生の途中で終える事を容認できない。 ルーズーイイラが手を下すのは、そうしなければ世界が崩壊する場合のみなのだから。
このライターへメールを送る