クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
管理番号1149-8858 オファー日2011-02-19(土) 00:12

オファーPC 南雲 マリア(cydb7578)ツーリスト 女 16歳 女子高生
ゲストPC1 ボルツォーニ・アウグスト(cmmn7693) ツーリスト 男 37歳 不死の君主

<ノベル>

 常夜邸(とこよやしき)には、今日も静謐が降りている。
 石と煉瓦と漆喰でつくられた、古めかしい屋敷だ。
 門をくぐり、中へ足を踏み入れると、内部が外観からは計り知れないほど広大であることが判る。
 そして、荘厳ささえ漂わせた屋敷へと入り込めば、来訪者は、窓から見えるものが夜空だけであるということに気づくだろう。
 常夜邸、の呼び名が、なにゆえつけられたものであるのかも。
「今日も、お客さん……来てるみたい?」
 南雲 マリアは長い廊下を歩きながら擦れ違う人々と挨拶を交わし、慣れた足取りでいつもの場所へ向かった。
 常夜邸の主は、永の時を為政者として過ごす不死の君主だ。彼は厳然たる武人ではあるが鷹揚な人物で、休息や交流を求めて訪れる客人を拒むことはない。屋敷の扉は主が許す限り常に開かれ、人々を受け入れる。
「あ、皆、こんにちは」
 本で埋まった書斎と多種多様な武具で満たされた武器庫、双方の様相を呈した主の私室には、今日も様々なロストナンバーが集まっていて、めいめいに寛いだり、談笑したりしている。マリアは笑顔で挨拶をしたあと、そこに主人の姿がないことに気づいて首を傾げた。
 別段用事があるわけでもないのだが、主がいないのはどうも落ち着かない。
「お留守かしら?」
 主語が抜けたが、気づかぬものではあるまい。
「『図書館』じゃない?」
 マリアの問いに、この屋敷もしくは書斎の常連とでも言おうか、青銀の毛並みをした仔猫が、少女のような外見の舞師が、生真面目な印象の少年が、背に純白の巨翼を負った青年が、仲のよさそうな冒険者ふたりが、温和な雰囲気を醸し出した初老の男が、漆黒の喪服に身を包んだ男が、赤い目をした綺麗な造作の青年が……そのほか、諸々の訪問者たちが、口々に、様々な表現でもって、彼がいるであろう場所を教えてくれる。
「あ、そうなんだ。判った、行ってみるね、ありがとう」
 ふわふわした仔猫の毛並みを指先で撫でてから、礼とともにひらりと手を振り、書斎以上に書籍が溜め込まれた『図書館』へと向かう。
 途中、廊下の窓から見上げた空も、ベルベットのように滑らかな夜空だ。
「こんにちは……ううん、こんばんはかしら? ええと、ひとまずお邪魔してま……あれ?」
 挨拶とともに覗き込んだが、そこに目当ての人物の姿はない。
「用事があって、お出かけしちゃったのかしら?」
 首を傾げつつ、ふかふかの、恐ろしく上質で高価であろうことだけが判るカーペットの敷き詰められた『図書館』へと入り込み、マリアは蔵書を抱え込む書棚をぐるりと一望した。
「いつ来てもすごいわね、ここ」
 棚のひとつへ歩み寄り、重厚な背表紙を眺めると、『ビザンツ帝国史』『欧州中世経済史』『中世イギリスの法と社会』『中・近世ドイツ都市の統治構造と変質』『西ゴート王国の君主と法』など、ここが中世ヨーロッパに関連する書物を集めた棚であることが判る。
「歴史は繰り返す。歴史は移り変わる。……っていうけど、それは、どの世界でも同じなのかしら」
 マリアの他愛ない呟きに、
「同じかも知れないし、違うかも知れない。それを一概に言うことは難しいが、ただ、私に言えるのは、人間とは一定の法則を持って行動する生き物だということだ」
 背後から、唐突に――そう、足音も気配もないまま――答えがあって、
「うひゃあっ!?」
 マリアは色気も何もない悲鳴を上げて飛び上がった。
 ――それが誰であるのかは、声を聞いた瞬間に判っている。
 彼はいつでも神出鬼没だ。
 しかし、その事実を理解するのと、あまりにも唐突な登場に慣れるのとはまた別の話で、
「び、びっくりしたあ……」
 マリアは、跳ね上がった鼓動を持て余すように、胸元に手を当てながら振り返った。
「あ、やっぱりボルツォーニさん。皆が『図書館』だって言うから来てみたんですけど、どこかへお出かけだったんですか?」
「いや。探し物があってな、地下にいた」
 そこには、予想通り、銀に近い金髪と静謐な青の目をした長身の男が立っている。
 透けるような白皙と、かっちりした黒衣に身を包んだ様は、怜悧にして峻厳なる美丈夫の――クールビューティ、と言えばしっくりくるだろうか――に更なる彩りを添えるようで、マリアは、ロストナンバーって美形が多いから困っちゃう、などと思った。
 とはいえ、本人が気づいているかどうかはさておき、鮮やかな赤髪に赤みがかった銀の眼、すらりと素直に伸びた四肢を清楚な制服に包んだマリアもまた、凛とした美しさの持ち主なのだが。
「こんにち……こんばんは? お邪魔してます」
 気を取り直して挨拶をすると、この館の主にして不死の君主たるボルツォーニ・アウグストは鷹揚にうなずき、ゆっくりして行くといい、と返した。
 マリアはありがとうございますと笑い、それから、ふと思いついたことを口にする。
「訊いてもいいですか、ボルツォーニさん」
「……私に答えられることならな」
「あ、はい。あのね、この棚の本を眺めていて、時間って面白いって言うかすごいなって思ったんです。人間が積み重ねてきたもの、長い時間の流れの中でつくってきたもののことを歴史っていうのかしら?」
 世界や惑星という視点で見れば、発生してわずかに数千年の生き物が、火を、言葉を手に入れたことで力を得て、あちこちへ散らばり繁栄して行く。その中で築かれ紡がれたものを文明、文化と呼び、その積み重ねを歴史と呼ぶのだろうかという朴訥な問いに、ボルツォーニが小さくうなずく。
「そうだな。様々な書を紐解くに、大きな違いはないように思う」
「ボルツォーニさんは、ずいぶん長生きなんですよね? 長い時間、人間の歴史を見て来られて、どう思われました?」
 ツーリストとはいえ、戦闘系の人々のような特殊能力も持たず、普通の人間と変わりないマリアである。
 彼女の感覚はごくごく一般的なコンダクターたちとあまり変わりがなく、それゆえに、おそらく、何百年、何千年もの尺度で世界を――社会を、そしてヒトを見つめ続ける人々の思いを完全に理解することは出来ない。
 マリアの問いは、千年を超え、君主として領地を統率するかれにとっての歴史とはどんなものだろうかという意識のさせたものだった。
「……そうだな」
 ボルツォーニが首肯する。
 理知的な青眼が書棚を見上げる。
「始まりは、おそらくあまり変わらない。ヒトは誰しも、今よりも日々をよくしたいと願って働く。特に、千年も昔となれば、今のような豊かさは遠かった。ものが溢れるなどということはなかったからな」
「はい。人間は、状況を改善するために努力できる生き物っていうことですね」
「――だが、彼らは容易く過つ。民衆は特にそうだ。わずかな条件、匙加減の違いで、賢明にも愚かにもなる。集団で他者のために祈れるかと思えば、雪崩を打って罪なき隣人に襲い掛かる」
「それは、何故でしょう? どうして、賢明なだけではいられないのかしら。もちろん、愚かなだけでは困るから、『変われる』ことはとても大切なのだろうと思うけれど」
「いかにも。さもなくば、ヒトはここまでの繁栄を享受することはなかったはずだ。過ちを犯し、改善策を模索し、時に荒れ狂い、時に他者のために我が身を投げ出す。このアンバランスさ、柔軟性こそがヒトの成長の基盤なのだろう」
「弱さ、愚かさの中に、強さがある? それは、時として逆にもなり得るけれど」
「自己犠牲と博愛、愚行と利己。その双方があってはじめて、ヒトは成長を遂げたのだろう」
「そうね、同じ方向性のヒトやものが集まっていても、平和ではあるだろうけど変化はなさそうだもの。――あ、判った。それはつまり、反面教師、っていうことかしら」
「ああ。世界は、人類は、壮大なる反面教師によって進化を続けている、と、言えるかもしれない。もっとも、それは、私が見てきた世界や、書を紐解くことで得た知識の中では、だが」
「摂理の変わった別世界には、もっと変わったコトワリで動く世界もあるのかもしれませんね。これから旅するどこかで、そういうのを見つけるのかも」
「我らの眼には、さぞや奇妙に映ることだろうがな」
 想像して少し愉快な気持ちになったのか、ボルツォーニはかすかに笑みを浮かべた。マリアもそんな、不可思議な世界を想像してくすっと笑い、それから、柱の時計が指し示す時刻に気づいて声を上げた。
 話し込んでいるうちに、ずいぶん時間が経っていたようだ。
「あっ、いけない、そろそろ帰らなくちゃ。明日、依頼でヴォロスに行くんです」
「そうか……気をつけてな」
「あ、はい、ありがとうございます。次に来るときはヴォロスのお土産を持ってきますね!」
「ああ。また、いつでも好きな時に来るといい」
 暇乞いとともに礼をし、
「じゃあ、お邪魔しました」
 踵を返そうとしたところで、
「待て、マリア君、何か落としたぞ」
 ボルツォーニが何かを拾い上げ、マリアに手渡してくれた。
「あっ、あれ……? 鞄から落ちたんだわ。ありがとうございます、カーペットがふかふかすぎて音もなかったから、ボルツォーニさんが気づいてくれなかったらなくしちゃうとこだったわ」
 ボルツォーニが拾い上げたのは、コルクと蜜蝋で封がされた小瓶だった。
 中には、色とりどりのおはじきが――といっても、ボルツォーニがそれを『おはじき』という日本の伝統的玩具であると認識したかどうかはさだかではない――数枚、入っていて、室内の照明を受けてきらりと光る。
 ビンを傾けると、ガラスの触れ合うしゃりん、という涼やかな音がした。
「これ、わたしのお守なんです。なくさなくてよかった……!」
 マリアのホッとした気持ちが伝わったのか、ボルツォーニも心持ち目元を和ませてそうか、と返した。
「わたしの母がね、わたしくらいのころにお友達からもらったんですって。思い出の魔法がかかっているんだ、って、とても大切にしていたのを、わたしが十五歳になったときにくれたの。思い出の魔法が、どんな苦しみからも護ってくれるから、って」
 一言で言えば天然の、ほわほわとした母を思い出しながら、微笑とともに小瓶を見つめる。
 それから、
「……そういえば」
「ああ、どうした」
「これをくれたっていう、そのお友達なんですけどね。母が言うには、典雅な初老のおじさまと、そのこどもだ……ってことなんです。でも、ボルツォーニさんの使い魔君を見ていて、なんか母の言っていたのと似てるなあ、って思って。――まあ、そんなわけないんでしょうけど」
 話を聞いていたのか、書棚の一角からにゅっと顔を出した、目つきの悪い、しかし愛敬のある使い魔に微笑みかけつつ言うと、ボルツォーニが沈黙した。
「……」
「あれ、ボルツォーニさん? どうかされました?」
「いや、何でもない。戯れに訊くが、マリア君、君が暮らしていたのは、なんというところだったか」
「? わたしですか? 生まれも育ちも、銀幕市です。世界一素敵な街ですよ」
「……そうか……」
「あの、ボルツォーニさん?」
「――ああ、何でもない。つい引き止めてしまったな、気をつけて帰ってくれ」
 沈思黙考の態勢に入ったボルツォーニが、ややあって浮上してきたため、マリアははい、と返事をしてからもう一度礼儀正しくお辞儀をした。
「お邪魔しました。また、遊びに来させていただきますね」
 それから、鷹揚に頷くボルツォーニに朗らかな笑みを向けた後、機敏な動きで踵を返す。
(さあ、帰ったら明日の準備をしなきゃ……)
 冒険もまた楽しみだ、と弾むような足取りで帰途につくマリアの背を、ボルツォーニがじっと見つめていたことには気づかぬまま。

 * * * * *

 躍動感に溢れた少女の背が遠ざかっていくのを見送りながら、ボルツォーニは窓の向こう側に広がる夜空を思った。
(――貴方か、ルキウス)
 ぽつりとこぼれた名は、ボルツォーニの【代理人】たる永の友。
 二千数百年を生きた、デイ・ウォーカーの名だ。
(そうか……貴方の、あの時の眠り。あれは……)
 不死者たちのまとめ役たる『長老』の中でも特に強い力を有した、典雅にして優美な紳士を懐かしく――何せ、ボルツォーニにとって彼は偉大な先達であると同時に親しき友でもあったので――思い起こす。
 マリアの話を聞いて確信した。
 マリアの母の友人とは、かのデイ・ウォーカーと、その使い魔だ。
(あの夢が……まさか、こうつながっているとは)
 彼はある日、三日ほどの眠りに就いた。
 不死者たる彼らにとってはそれだけでも奇妙なことなのに、彼は、その三日間で、数年分の夢を見たと言い――その話の中で聞いたのが、銀幕市という地名だった――、さらにはその夢の中から持ち帰ったものさえあったのだ。
(ああ、あの指輪は……確かに、見事だった)
 紳士が、可愛い人から贈られたのだと愛しげに撫でていた、魔術的な意匠を施されたインペリアルトパーズの指輪を思い起こし、口角を上げるように笑む。
 不死者が夢を見ることはほとんどない。
 あるとしたら、そこには魔的な要素が複雑に絡まりあってくる。
 それは、ある種の啓示にも近かった。
(……この、意味するところは、何だ?)
 ボルツォーニは、彼からその話を聞いて間もなく覚醒した。
 そのため、ふたりの体験に大きな意味があることが感じられるのだ。
「縁、か……」
 ぽつり、つぶやくと、書棚上の使い魔が不思議そうにボルツォーニを見下ろした。
 窓の外には、門へと歩み去ってゆくマリアの姿が見える。
 ヴォロスでの依頼が楽しみなのか、足取りは軽やかだ。
 彼女は、おそらく気づいてはいないだろう。
 彼女の母親と【代理人】が知己であったことの中に、不思議なつながりがあったことを。そして、交わらぬはずの道の上で、自分たちもまた縁を得たことに。
 その、奇跡のような確率を、彼女はいつか知るのだろうか。
 どちらであっても面白い、と、ボルツォーニは感じる。
「……不思議な、ものだ」
 覚醒してはじめて知る、世界の広大さの中に、こんな巡り会いがあるものか、と。
「世界とは、様々につながっているものなのだな」
 だとしたら、こうして覚醒したことにも――0世界や異世界での出会いにも、彼が触れるすべての事柄に意味があるのだろうと、故郷への旅の途中に、それらを見届けるひとときがあるのも悪くないだろうと、少女のピンと伸びた、しなやかに美しい背を見つめながら、ボルツォーニはかすかに……愉快そうに笑ったのだった。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
そして大変お待たせいたしました。

運命とでも言うべき大いなる流れの意味を、どこか懐かしい街の名と、可愛らしいたからものの映像に載せてお届けいたします。

この覚醒、この邂逅には如何なる縁が絡まり、おふたりの行く先にあるすべてに、いったいどんな『意味』が待ち受けているのでしょうか。
そして、交わらなかったはずの道で出会ったおふたりと、お屋敷に集う方々は、この先どんな物語を紡いでゆかれるのでしょうか。

記録者は、それを、黙して見守りたい次第です。


それでは、どうもありがとうございました。
また、ご縁がありましたら、是非。
公開日時2011-05-06(金) 22:20

 

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