クリエイター北野東眞(wdpb9025)
管理番号1158-21302 オファー日2013-01-13(日) 12:55

オファーPC ボルツォーニ・アウグスト(cmmn7693)ツーリスト 男 37歳 不死の君主

<ノベル>

 ざぁああああああああ。
 雨が降っていた。寒々と冷え切った部屋にある木机の上で淡い灯りの蝋燭が弱弱しく揺れ、光が影と誘惑的なダンスを天井で繰り広げる。
部屋の主である年老いた男の虚ろな目は薄闇のなかのダンスを凝視し続けていた。すでに首を動かすことも億劫で出来ない有様だった。
 見る者が見ればいくら衰えても骨と皮ばかりの肉体に残った筋肉のつけ方が武人、もしくはそれに類した職の者であろうとことを察する事が出来ただろう。浅く繰り返される呼吸に薄い布をかけた胸が上下すると、ひゅう、ひゅうと雨音に混じって骨の軋む音が混じる。暖があるとはいいがたい石作りの狭い部屋には男の生活していたもの以外なく、看取る者もいない。


 ――あの方は、美しく聡明だった。
 男は瞼を閉じる。
 はじめに浮かぶのは金の髪。それは彼が生涯を捧げると決めた主の色だった。一目で心を奪われる、強烈な太陽色の髪、憂いと苦悩、理性をたたえたものうげな瞳。
男は生まれとある程度の才と家柄からいずれ家のためにも、その土地の領主に仕えることは必然であった。ゆえに男は父から武術や学門を、必要と思われるありとあらゆることを叩きこまれた。
 自分は幸福なのだろうと漠然と男は考えていた。仕えるべき主人は男の今まで知ったどんな人物よりも優れ、また聡明な、上に立つべき人であった。立場から社交界も見聞きしてきたが、自分の主人よりも優れた人を見たことがないことがささやかな自尊心をくすぐった。その主人に信頼され、息子の教育を任されたときの胸の高まりを、今でも忘れることは出来ない。
 少年は、白すぎる肌に主君と同じ髪と瞳を、しかし、これは雨の日の空を思わせるほど深く、溺れてしまいそうな力を秘めていた。
少年と出会ったとき、雨だった。

 ざぁああああああああああああ。
 勢いよく降る雨粒が硝子にぶつかる。
 母親を殺して生まれた血の儚げな少年は、赤絨毯の敷かれた豪華な部屋に、幼い身は多少不釣り合いとすら感じられるが、瞳の強さがその浅はかな考えを払拭した。
「私の息子だ」
 ボルツォーニ・アウグスト――主君は太い声で告げ、あとは二人に任せると部屋を出ていった。今、男は試されている。また少年も。
 部屋は寒すぎた。あえて暖をいれてないようでもあった。子どもは体を鍛えるべきであるが、それも知識がなければよい結果とはならない。外は雨が降っている。このままではこの子に良い結果とはならないだろう。
男は礼儀にのっとり、少年の前に片膝をついて視線を合わせた。少年は目を逸らさなかった。彼は微笑んだ。
「ご無礼を承知で申し上げます。雨が降っております、部屋を暖めませんと御風邪をひかれます」
 その言葉に少年の口元が少しだけ悪戯ぽく綻んだ、気がする。
「そうだな」
 子どもらしからぬ厳かな言葉づかいだったのに男は一瞬、虚をつかれて、はじめて知った。主君ではなく、この少年に自分は試されていたのだと。男は無言で頭をさげて礼を尽くした。

長子として少年は帝王学を、まるで与えられた水を飲み干すように吸収して自分の肉体に刻みつけていった。もともと聡明であった少年は男が舌を巻くほどの読書量からなる知識によって権力のしくみと動機を正しく理解していった。
 男にとっても一番穏やかな日々は主君の死によって硝子がハンマーに砕かれるように崩壊した。
 嵐の吹き荒れるような冷酷な現実が屋敷を襲い、敵と味方が入り混じった戦場が出来上がった。
 そのなかで男は深い絶望と孤独に沈黙を守った。それを見つけ出し、力強い目で叱咤したのは誰でもないまだ十四歳の少年だった。
 少年は深夜に男の部屋に注意深く、誰にも見つからないように訪れるとひんやりと胸を打つほど冷やかな雨色の瞳で見つめ、言葉を投げかけた。
 ――戦だ、と
 それまでにも不審な点は多かった。だが少年の言葉に疑問は確信へ、怒りに変わった。少年は冷静に男のするべきことを申し付けた。
 獰悪ともとれる命に主君をなくして無となっていた男の心は、否定しきれないほどの美しい歓喜に、激しい昂奮に満たされた。
 少年は群れを率いる野生の狼のように俊敏に情報を集め、敵の一手を封じるために合理的な判断を下し、なおかつ行動に移す必要があった。男はうまく立ち回り、少年に逐一報告した。さすがに、犯人の名を告げるときはためらったが、雨色の深い瞳は揺らぐことはなかった。
少年ははじまりの鐘を鳴らすため、自らが作り上げた舞台に愚かな弟と裏切り者の女を引きずり出し、完璧に演じてみせた。
その裏で男は少年の命のまま動いた。自分の仕えていた主君の血を半分とはいえ次ぐ子の兜に細工することもためらうことはなかった。

 ざぁああああああああああああああ。
 雨が降っていた。
 たった十四歳にして一国一城の主となった少年に男は改めて呼ばれた。美しい玉座は、棺のようにすら見えた。少年に片膝をつくことをためらうことはない、男の心は決まっていた。
 少年は新たに仕えるにふさわしい、完璧なお方であった。
 少年は無言だったが、僅かな幼さを感じることのできる唯一の手に男は躊躇いもなく誓いの口づけを落とした。
 男はそのときに気が付いた。うるさいほどの雨音がいつのまにか止んでいた。かわりに透明な窓から差し込む蒼白な月明かりが、少年を祝福するように照らした。


 ざあああああああああああああああぁああああああ。
 まるで女の悲鳴のように雨音が男の耳を打ち、現実に引き戻す。激しい痛みとむせ返るような吐き気に男は軽く咳き込み、体をくの字に曲げた。眩暈と熱に視界が白く濁るが視線は彷徨う、呼吸を荒げてあのときのような月の灯りを探し求めるように。
 ゆらっと蝋燭の灯りが揺れる。
 男は再び瞼を閉ざした。

 ときとして影のように、また鋭い牙を持つ猟犬のように、男は主君に付き従った。幼いゆえにふりかかる無知な人の目と残酷ともいえる世間の荒波から少しでも主君の目指す道を守ろうと動き続けた。
まるで舞踏会で踊り狂う人々のように日々は過ぎていった。
 主君は男に氷のような冷やかな声で労い、信頼を示した。それが男をさらに奮い立たせ、どんな仕事も、生まれを考えれば汚らしいと思うことも喜んで向かわせるほどだった。
 男は歳下の主君に心から陶酔していた。傲慢かもしれないが男は自分が彼の人の理想を真に理解しているのだとも信じて疑わなかった。

 だが、それは再び呆気なく、終わりを告げた。狂い踊るにも音楽はいずれ止む。
静寂を誘うのは月ではなく、太陽だった。強烈の日差しは世界を悪戯に苦しめ、命の水を奪い、植物を不作に陥れ、民は狂気の虜となった。

 ざぁあああああああああああああああ。
 やはり、その日も雨が降っていた。男はその兆しを前からうすうすだが察知し、再三助言していた。
 はじめて出会ったときから主君が男をそばに置くのはこうして処罰すら恐れず、主君の意見に口を出す臣であったからだ。
 男は怯えてもいた。このままでは最も不幸なことになるのではないかと予感を覚えていたのだ。

「革命だ」
「革命だ」
「あいつを殺せ!」
「俺たちが死なないためにも!」

 口角泡を飛ばして声をあげたのは粗末な農具、さびた槍を持って列をなす民だった。民たちの顔はどれもこれも絶望のなかに陥った者が持つ狂気、不幸のくまをくっきりと目の下につけていた。激しい殺意にはあまりにも粗末な武器は烏合の衆と言うしかない。
 男は雨に全身を濡らして主君への礼儀も忘れて部屋に飛び込むと切実な声で訴えた。不安は胸に黒いもやとなって広がり、熱を奪う雨滴はうっとおしいほどに髪の毛に、服にしみつき凍えさせた。
 主君はそのとき冷静に男に告げた。

 ――民が城に入るのに任せよ
 ――いかなる手出しも禁じる

 思えば主君のそばにいるはずの近衛の者は一人もいなかった。あまりにも静かすぎるということに混乱していた男は今更だが気が付いた。
 だから理解したのだ。
 主君の心はわが心のように、男は常にそうして寄り添ってきた。主君はすでに覚悟を決めている。怒りの業火に焼かれることも己の生まれたときから背負わされている責任を全うするのだと。
 出会ったときに見た、深い雨色の瞳に男は言葉を亡くして立ち尽くした。全身に広がる痛みのような冷たさも不思議と感じなかった。前主君を失ったときよりもなお深い深淵に飲み込まれるような絶望が押し寄せた。これを、この主君は知っているだろうか。もしかしたら傲慢ゆえに知らないふりをしているのかもしれない。男は思うだけだった。思うことで求めず、ただ己のすべてを捧げ、与え続けたのだから。
 主君はわかっているのだ。彼を止めることが男には出来ないことを。
 これが最後となるだろう静かな雨音に包まれた邂逅に主君はなんら感慨も見せなかった。男はじっと見つめて、待った。
「   」
 短い、それでいて深く、染み入るような声だった。
 男は何も言わず、背を向けて駆けだした。

 ざぁああああああああああああああ。
 まだ雨音がする。
 蝋燭の炎は消え失せ、真の闇が広がる部屋はなぜかぬくもりがあった。
 あの夜とまるで同じだと男は静かに笑った。
「あの時、私は、お前に自由に生きろと言って外へ出したが」
 静かな嘆息。
「お前は臆することなく戻ってきたな」
 自分の『主人』に相応しからぬ口調に男は視線だけ上に向けた。

 あの時の別れから変わらない、殺されたはずの主人。
 ボルツォーニ公の凱旋と呼ばれ畏怖と敬意を集める――死すら退けて帰ってきた主人は再び領地をまとめ上げた。
 男は影のようにはやく、猟犬のように忠実に、主人の元へと再び戻ってきた。人の身で、どれだけ助けられるか、どれだけの事が出来るかとは考えることはなかった。
 賢い鳥が良い木に集まるように、男は躊躇いも、恐れも、嫌悪もなく、ただ、ただ主人の元へと戻ったにすぎない。
 あれから長い長い、時間が経った。
 男は歳をとった。しかし、主人は変わらない。もうすでに人ではないのだ。その力は人の死すら引き止め、永らえる事が出来る。
 男は望まないものを、嘘も、偽りも通じない、いいや、する気もないからこそ主君は理解していた。
 雨音が響く。
 長くそばにいたというのに、こんな穏やかで静かな時間は今までなかったと感慨が広がった。
「長年の勤め、大義であったな」
 男は何か言おうとして乾いた唇を閉ざしたまま瞬いた。
 雨音がする。
 沈黙が、答える。
 男の呼吸がゆっくりと沈み。命を持つ者は誰もいない安息の闇に部屋が満たされる。
「……父上に、よろしく頼む。不肖の息子は天の国に至る門は叩けないようだ」



 雨音はいつの間にか止み、かわりにどこかで門が叩かれる音が、静寂を破った。

クリエイターコメント オファー、ありがとうございました。
 他のプラノベを読んで、練り練りしてみました。ちょっとでも楽しんでいただければ幸いです。
 いろいろと語ると野暮なので、気持ちはすべてノベルに押し込みました。

 キャッチコピーは良い主人に仕えることのたとえです。
公開日時2013-03-27(水) 21:10

 

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