ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
「うっわぁ……」 思わず感嘆の声がでる。 予想通りというべきか、そこは竜が居た世界に酷似していた。そしてちょっぴり諦めのため息をつく。竜の居た世界ではなかったから。 よくよく見ると、文字の形がチョッピリだけ違っていたりお店の色合いが違っていたり、なかなか面白い。間違い探しを楽しむように、竜は街中を歩いていく。 買い食いしなければならない店は指定されていて、そこは通学路の途中にある商店街から少しだけ外れた場所にある中華料理屋が店の目の前で出している屋台だった。ご近所の奥様方だけでなく、どんな世代にも大好評の店だ。味は一級品値段はリーズナブル。竜も幾度か訪れたことがある。竜がよく買い食いしていた彼女御用達のキリサキミートが見えた。 全く同じではなく、キリミサキミートなんていう、胡散臭い感じになっていた。 精肉と一緒に特性のメンチカツやジャガイモコロッケなども売られていて、かなりの品。しかもリーズナブル。なんとコロッケ一つ60円。奥様方にも学生達にも大人気。 竜にしてみれば、あの味は食べた者全員を幸せな気持ちにさせる最高の一品なのだ。 「……時間指定とかされてなかったし。寄り道してもいいですよね!」 言うが早いか、ポケットの小銭入れを取り出して「おーじさーんッ!」と元気良く店主に声をかける。 「おっ、フェジダじゃあねーか! いつもありがとよッ!」 「ふ、ふぇじ……?」 思わず店主と顔をあわせる。店主が取り合わなかったが、どうやら竜そっくりの子がいるようだ。そっくりというよりもこの世界における竜なのだろう。 「どんな子なんでしょう。会ってみたいです」 揚げたてを待っている間、ベンチに座って足をぶらぶらさせながら、フェジダというもう一人の自分について思いを馳せる。 思いは渡された揚げたてコロッケで全て吹っ飛んだ。 「いっただきまーすっ」 大きく口を上げてコロッケを食べる。女の子がお行儀が悪いという無かれ。 サクサクに揚がったパン粉としっとり滑らかなジャガイモが素晴らしいハーモニーを魅せる。優しいと例えるのが最上である食感。ひき肉がもたらす肉のうまみ成分がじんわりと口の中に広がっていく。 素晴らしい。やはり素晴らしいクオリティである。 「ん~……。ふぁっふぁりふはらふぃれふねぇ……」 もぐもぐと租借しながら口をあけずに一人ごちるからもごもご喋りになる。やっぱり素晴らしいですね、と言っているようだ。 竜は実に幸せそうな顔だ。通りすがりの人が見たら、絶対に誘惑に勝てずに同じようにコロッケを買って行くだろう。 「おーい、コロッケひとつ」 ご馳走様でした、と手を合わせて満足していたところに、全身黒ずくめ且つ目出し帽の男がやってきた。白いプラカードを持っている。ビックリするほど胡散臭かったが誰も何も反応しないので、この世界ではそんなに珍しくないのかもしれない。 「すまねぇな、たった今売り切れちまったんだ」 主人が申し訳なさそうに、目出し帽の男に告げる。 「な、なん……だと……」 明らかに動揺している。 確かに絶品コロッケではあるが、そこまでだろうか。 目出し帽の男がチラリと、いや、竜を睨みつける。ガン見というやつよりももっと強烈で憎しみのこもった眼差しだ。 ーえ、まさかコロッケ一つで!? あんな(検閲により削除)するぞみたいな目で見られちゃうんですか? はっきり言って、”現代叙事詩”でもそんな物騒なことはない。 「貴様ァァァァァァァァァァ!!」 「っひゃあ!?」 怒り狂った男は持っていた白いプラカードを振り回した。その位は慣れているからあっさりとかわす。 「なんですか、いきなりっ」 抗議の声も男には届かない。というか聞く気はないようだ。 「お前等かかれッ」 男の指示で物陰からわらわらっと冷蔵庫や炊飯器、ポットなどの化身が次々と出てくる。 ここは”現代叙事詩”と良く似ている。店や言葉、種族だけではない。街の作りもだ。ならば地の利は相手だけにあるわけではなく竜の側にもあるということだ。 すぐ近くにあるスーパーの駐車場に誘い込めば周りを巻き込まずに済む。なるべく人様に迷惑をかけない、というのが人の道というものだ。 身構える化身達が一歩足(?)を出した瞬間、竜はパッと身を翻す。 人気が比較的少ない駐車場にたどり着き、振り向きざまに口を大きく開けて炎を繰り出す! 熱気があたりを包み込む。 化身達はあっと言う間に炎に飲み込まれて炭化――するはずだったがしなかった。 「なんでですかーっ!?」 化身は本来なれば竜の吐息で彼等は本来の姿―器物に戻るはずなのだ。それなのに。 何故彼等は元の器物に戻らず鳩になって大空を飛んでいくのか! しかも何故誰もそれを気に留めないのか! ぶぁさぶぁさぶわさぁぁぁぁぁぁぁ…… 聞きなれた音が空の彼方へ消えていく。 「お前は俺の夢を奪ったァァァァァ!」 「意味が判りませんっ、コロッケは明日もありますよ!」 「しかし今日のコロッケは今日しか巡り合えないッ!」 「あ。それは確かに」 妙に納得してしまう言い分ではある。 結構な涙声で絶叫しながら目だし帽はプラカードを振り回す。 ゴゥン!と派手な風切り音がする。当たってしまったらかなり痛そうだ。骨折で済めばいい、といったレベルだろう。 「覚悟ぉっ!」 言ってから、何を覚悟させる気なんだろうと若干疑問に思わないでもなかった。 ボウッ、と景気良く思い切り白いプラカードが燃え盛り灰燼と化、さなかった。 ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ。 竜と目だし帽の間に、黄色いからだの可愛らしいヒヨコの群れが。 ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ。 和む。 コケコッコー! 瞬きした瞬間、ヒヨコは何故か真白い体と立派で真っ赤な鶏冠を持った鶏になっていた。 だから何故。 「おおおおおおおうぅぅぅぅぅぅぅぅ」 目だし帽が地面に突っ伏して泣き始めた。 「えぇと……?」 流石にちょっと戸惑う。 「竜さんありがとうございます! 実はこのひとテロリストだったんです!」 「うひゃあ!」 流の背後から突然声がかかる、それは彼女をこに連れて来た世界司書だった。司書が着ていいのか!? そもそも来られるのか!? という疑問を問いかける前に、司書はどんどん畳み掛ける。 「本当はですね中華料理屋でエビチリを食べるんですけど実はえびアレルギーだったことが発覚して全身に蕁麻疹が出てテロ決行できないっていう予言でしただからエビチリを食べさせるために竜さんに先回りして餃子を食べて貰ってこの人にエビチリ食べさせる予定だったんですよでも結果オーライですねさあじゃあ帰りましょう戻りましょう!」 「え、ちょ、待って、まだ全然事態がってえええ!?」 ぱち。 ぱちぱち。 大きな丸い目を何度か瞬かせる。 「……夢でした」 ぐいんと大きく状態だけ起こして、幾度か頭を振る。そして見回すとやはりヴォロスの天幕の中だ。 無意識に口元から笑みがこぼれる。“現代叙事詩”に戻れたみたいで楽しかったのは偽りの無い事実だが、今目覚めてヴォロスであったことに喜びを感じているのも確かだ。 「楽しい夢でした。またいつか……あのコロッケを食べたいです」 天幕を出たその足取りは、跳ねるように軽やかだった。フライドチキンを買って帰ろうと心に決めた。
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