ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。=======
空に色があるとしたら、どんな色なんだろう。 リーミンが生まれ育った世界には汚染物質が蔓延し、「ダスト」と呼ばれる粉雪状の物質が降り注いでいる。遠い遠い空の彼方から降り注ぐそれを、いつも不思議な思いで見ていた。 それらは人体には無害であり、建築素材や日用品を作る工程で混ぜると形状に変化を付けるのが簡単になる上に強度が増すので、高く売買される。何故そのようなものが空から降りてくるのか。そして人はどうしてそれを加工すればいいという知識を持っているのか。 まだ【子供】であるリーミン達は上階層へはいけない。汚染物質は空気よりも重いようで、上へ行く毎に濃度が薄まり、肉体への蓄積率が下がっていく。代わりといってはなんだが、子供には超人的な能力が備わっており、大人になるにつれ――というよりも、上階層で住む期間が長くなるにつれてその能力は薄れていく。科学者や医者達は汚染物質の蓄積が大いに影響していて、それを知りながら【子供】達を放置している。 それは、塔がいうなればひとつの国家としてなりたっているこの世界では、塔同士が細い回廊で繋がっている。友好的に繋がっている塔は極僅かで、戦闘能力が高い【子供】達を兵として扱っているからである。 子供達は殆ど例外なく、物心ついたころには既に子供達だけのコミュニティで暮らしている。年少の子を年上の子達が面倒を見る。それが当たり前で、違和感を持ったことなど無い。 ある程度自分のことを自分でこなせるようになると、「ダスト」拾いに出かけてゆく。 貴重な収入源だ。 「ダスト」の採取方法とコミュニティごとの縄張りを年長者が教え、容器にある程度「ダスト」がたまれば、大人に売り渡しに行く。 その場所は数少ない大人たちと接することの出来る場所ではあるが、暖かい交流などは一切無い。大人たちはみな子供達に見せる表情は不気味を通り越して何も感じないほど無表情だ。この世界に能面があれば、大人たちは【大人】ではなくて、【能面】と呼ばれていたことだろう。 返答も機械的。ある意味では礼儀正しいのかもしれない。 換金次第なるべく足早に巣へと帰る。他のコミュニティの子供達に巻き上げられるかもしれないし仲間達の喜ぶ顔を早く見たいから。 居住区には小さな部屋がひしめき合っていて、リーミンの属するコミュニティは比較的人数が少なかったから、幸い各個人部屋が割り当てられている。各々自由に起きて、談話室と化した広めの部屋でのんびりしたり、早々に「ダスト」拾いに向かったりと行動はまちまちだ。 誰かが居る時は「いってきます」と言うし、誰もいなければ無言で行く。 「ダスト」拾いにSpazzacamino! と叫ぶ必要性は無い。「ダスト」は誰も物でもなく、全員の物だからだ。 大人と子供は敵対しているが、子供同士でも争いが絶えない。「ダスト」の採掘権や居住区の陣地など、争いごとの種は大いにある。大人同士がどうなのかは、リーミン達子供は知らない。 大人は子供を搾取するものだと判断しているし、子供は大人に不当に支配されているから敵対する。且つ、自分達も大人になれば搾取側に回るのだろうかという漠然とした不安が心のどこかにたゆたっている。 大人は子供を定期的に買い上げる。それは汚染物質の研究を進めていく為以外には無い。かなりの金額が動くから仲間やきょうだいの為に自ら名乗り上げて行く者も数多い。 圧倒的なちからを持つ子供達だが、塔間の抗争に尖兵として行くのは死にたくない・侵略されたくない、そんな気持ちだけでは無い。仲間を助ける為でもある。 大人達は敵対する連中を倒したら賃金と一度の抗争に勝利したら子供を1人返す、と確約を出している。 結束の固い彼らにその申し出は魅惑的に過ぎる。事実、勝つ度に仲間は帰ってくる。中には廃人同様な者も居たが、9割以上は心身共に疲れ切ってはいたが、しばらくのんびり過ごせばまた以前の様に戻っていった。 リーミンは他の塔のことはよく知らない。それどころかいつ世界がこうなったのかも知らない。 最初から汚染物質の中に誕生し発展していった生命体なのかもしれないし、何らかの事情――大災害や大規模人災――により人は塔へと追いやられたのかもしれない。 大人になれば上階層に連れて行かれ、ダスト回収の仕事は無くなる。子供達から買い上げる立場に変わるのだから。 そうなったら、世界の成り立ちについて知りたいと思っている。仲間にそれを話すと笑われる。成り立ちを知ったからってどうなる?と。知ったところで自分達の境遇も彼らの子達の不遇も無くなりはしないのだ。それが仲間達の言い分。 そうかな……といつもリーミンは頭を傾げる。 道具と同じだと思うのだ。 原理を知れば動かせる。 それが今の世界に応用出来ないと断定出来ないのではないか――漠然とだが。リーミンはそう思う。 これを笑うからといって、仲違いすることはない。リーミンは自分の考えがマイノリティである自覚はあるし、仲間達はそんなリーミンを好意的に面白いと言う。それに彼は戦闘時には的確な指示をくれる有能な指揮官でもあるのだ。子供達は例外なく対等な間柄だが、集団で暮らす以上、リーダーシップを取る人間は不可欠だ。 リーミンは年齢的には中堅だが、大人では無い、もう少し年上の子供達からも指揮官にと選ばれた。 死にたくないのだ、誰も。 戦闘時外では年上の子供達に頼ることも多い。 彼らは助け合い、寄り添いあって大人になり――やがて生まれてくる子供達を支配する。 リーミン達はまだ預かり知らぬことだが、この世界で最早自然妊娠と出産は望めない。不可能とまで言われている。何万人かに1人程の確率で生まれることもあるらしいが、幼少期より汚染物質が体内に蓄積されたせいであろう。からだは馴染めても、生殖機能の低下や劣化は回復出来ない。子供達は皆、人工受精を施され試験管に満たされた羊水で育まれていく。 母のぬくもりも父の頼もしさも知らずに育ち、見知らぬ……もしくは実の親達の指示で死地に赴く。 過去幾度も、それこそ今の大人達が子供であった頃から、それよりもっともっと昔から、子供達は大人に反逆してきた。だがクーデターが成功した試しは無い。 大人達は知っているのだ。 塔内部の何処に隙があるのか。 上階層を攻めるのに適した場所は何処か。 当たり前なのだ。そこは昔彼らが攻めて、そして野望が潰えたのだから。 だが子供達を殲滅してしまえば戦闘要員が居なくなる。再び成長するまでの期間、待てるわけがない。 それに何より、圧倒的なちからの差がある。大人が20人で取り囲んでも子供1人倒せまい。お互いが圧倒的に有利な立場でありながら、お互いが圧倒的に不利な立場でもある。 その連鎖を断ち切るのも、子供のちからで上階層に這い上がり支配するのも容易ではない。 だからこそどこまでも続く灰色の空に突き刺さる塔の最上階を見つめる。 その頂きには大きな窓があり、そこには灰色ではない何処までも広がり、リーミンを包み込む。 曇った鏡の前の自分自身を暫く見つめ、傍らにある帽子と手袋をきゅっと身につける。 定められた【大人】にならなければならないと誰が決めた?
このライターへメールを送る