クリエイター小倉杏子(wuwx7291)
管理番号1176-9104 オファー日2011-02-11(金) 00:57

オファーPC イヴァン・アラーニャ(cevf1042)コンダクター 男 29歳 道化師
ゲストPC1 大屋貝 尊(ctxx8547) コンダクター 男 24歳 動物曲芸師
ゲストPC2 エレーナ・ミヤシロ(cxuy5490) コンダクター 女 22歳 空中曲芸師
ゲストPC3 カミーリャ・ダルカイス(cfsm3563) コンダクター 女 38歳 サーカス団長

<ノベル>

 「二人とも、大変大変~~~!!」
 イヴァンが片足で玉乗りをしつつフラフープを高速回転させるという荒技にチャレンジし、尊が形から入るということで、セクタンのキントンにピエロメイク(人はそれを悪魔メイクと呼称する)施していた時、エレーナが飛び込んできた。ミニ王冠がその勢いで少しだけずれたのをピシっと直す。何で止まっているかは彼女のみぞ知る。
 「あはっ! キミのがよっぽど大変そうだよ! だって僕は全ェ~然大変じゃない!」
 腰回りのフラフープが勢いを増す。そのうちに李小双顔負けのY字バランスでも繰り出しそうだ。ー足が引っかかって物理的に不可能だろうが。代わりに体をT字状態にしてそれでもフラフープを回している。
 「何しとんねん、こないに狭い部屋でそんなんしたらますます狭なるやろ! いっちゃんデカい図体してんやから、ちょう自重せぇ!」
 何度か頭にフラフープを当てられて、とうとうたまりかねた尊が怒りに任せてイヴァンの大玉をけ飛ばした。長い足から繰り出される一撃は恐らく喧嘩慣れしていないのであろう、大玉の芯を捉えていたとは言い難い。が、相手は球体である。ちょっぴりつついただけでも平面の上であればすぐ揺れ動く。
 ツツーっと尊の言うとおりに広くもない部屋の壁に向かって転がっていく。
 「ワーオ! 尊ナイスだよ、これ楽し~い~! ヒャッハー!」
 怒りの矛先たる本人は楽しんでいた。異様に長い足をまっすぐ高々と上げてくるくる回っている。体操選手じゃなくてフィギュアスケートも出来そうだ。
 「楽しんでんやないわ! 羨ましくなるやんけ!」 
 「いい加減にする!」
 痺れを切らしたエレーナがギアのリボンをイヴァンの腰元に巻き付け引き寄せる。
 「……二人とも。あたしの話を聞く気はある?」
 エレーナ、少しご立腹である。
 大変大変、と駆け込んできたのにも関わらず、二人の男共は全く聞こうとせずに己のことだけに集中しているのである。
 擁護するのであれば、職務熱心。二人は間違いなくサーカスの仕事を愛していたり、誇りを持っていたりする。だがしかし、手を止める余裕はあるはずだ。
 しかもエレーナが知り得て、持ち帰った話は彼女としては集団で覚醒して以来、ずっと探していた情報だったのだから。いつもより手厳しくても仕方ない。かもしれない。
 なんとなく正座をさせられていた、イヴァンと尊は(二人とも「お前のせいだ」と言わんばかりに足の裏を抓りあっていたが)、不服そうなのがミエミエではあるが、一応スミマセンとエレーナに謝る。
 普段は努力家で優しいエレーナだが、些か男には手厳しい。その為か、公演中ではないときもしょっちゅう騒ぎを起こすこの二人をよく窘めるのは、何となくエレーナの役目、という雰囲気になっている。
 それで態度を改める二人でもないのだが。更にその騒ぎを、今この場には居なく覚醒していない(と思われる)団員達が楽しんですらいる。
 「もう、判ったら早く行くよ! 支度支度!」
 「どこに行くのさ。夢の国? 夢の国ならボクも行くよ! あはっ!」
 「せや、何処に行くねん。それが判らんと準備のしようがないやん。そんくらい教えてくれてもええんとちゃう?」
 「だからっ、団長探しに行くんだってば。目撃情報掴んだんだよ? 団長にそっくりな人が入っていくのを見たって」
 「それ先に言えや!」
 「あ、あれ? 言わなかったけ?」
 「大変しか言うとらんわ、主語抜かすやな!」
 「そんなに怒鳴ることないじゃん」
 「先に大声出したのはどっちじゃボケ!」
 ……等と尊とエレーナは生産性のない論争に励んでいたので、イヴァンの極めて希少価値の高い真顔を拝するチャンスを逃した。その希少価値、ハレー彗星に匹敵。勿論大袈裟……いや、的確。
 で、なにを考えていたかと言えば。
 「団長か……うーん……どうでもいいや、楽しいところにさえ居てくれれば! あひゃひゃひゃひゃ!」
 彼にとっては団長が何処にいるかよりも、楽しいところに居るかどうかの方が、その方が遙かに大事なようであった。
 薄情である。

 ※
 一方そのころ。
 渦中のひとである、サーカス団Mysterious団長である、カミーリャ・ダルカイスはといえば。
 胃をさすっていた。
 血のように赤い髪。左右色の違う瞳。すらりとした細身の身体は一見しただけでは性別は判りにくい。
 イカれたサーカス団の団長は当然特別イカれて……いる訳でもない。正常だとは言わないが。
 「ここは……一体何処なのでしょうですかね」
 辺り一面、ガラス張り。というか鏡張り。ガラス張りだったら気を使ってますます胃が痛くなるところだった。意味が判らなければきっとそれは正しいこと。
 気がついたときから居る、ピンクのセクタンに、それとは知らず、一応アメリゴと名前はつけた。アメリゴは何もせずにカミーリャの頭に乗ったきりだ。それに一切気を配らずに、胃をさすりながらカミーリャはテキトーに、感性の赴くままに歩いていく。
 「ー誰か迎えに着てくれるでございましょう」
 気を取り直して、大股でザクザクと自由気ままに歩き出す。
 だって。
 永遠にこの鏡の世界でさまよい歩くのも、そんなに悪くない。ホラ周りを見てごらん、血だまりみたいな女が沢山居るもの!
 挨拶代わりに右手側の鏡にキスをする。
 その下に、指先を噛んで血を出し、その血液でメッセージを置いていく。そのうち誰かが見つけるだろう、と曖昧で希薄な望みとともに。


※・※・※

 「なんやねん、ココ」
 尊が周りを見渡せば、上下左右に居る尊も、左右反転してはいるが同じ動きをする。
団長ーカミーリャが最後に目撃された場所に入ったのだが、そこは一面鏡でできていた。
 床部分と思われる箇所も、鏡でできているようなのに割れそうな不安は無い。イヴァンが先ほどから跳ねたり転がったりしているが、不吉な音すらしない。
 カツン、という硬質な響きはあるものの、三人の体重程度で揺らぎがくるようなヤワな作りでは無いようだ。
 「壁も硬いんやろか」
 少し力を込めて壁を叩く。
 すると。
 ピシ。
 ピシィ。
 ピシピシ。
 パリン。

 高い響きが反響して、正面、イヴァンの真後ろの鏡面があっと言う間に割れていく。
 「なに、これ」
 呆気に取られながら三人が前に進んでいく。
 割れた先は、今までより少しだけ広い小部屋だった。正面・左右の壁はやはり鏡だ。真後ろは今まで通ってきた通路。
 「あっ」
 一番先手では(色んな意味で)危険なイヴァンが最初に声を上げた。
 「ひゃひゃひゃ! 取っ手見ーっけ!」
 「え、よく見えたね、イヴァン?」
 視力の良いエレーナですら、じっと目を凝らさなければ見えなかったくらい、見えにくかった。誰かの服に混じっていたのかもしれない。日本の引き戸のような取っ手だった。押すのか引くのか横に流すのかはまだ判らない。不用意に開けても安全なのかもまだ判らない。のに。
 「じゃーあボク正面! じゃね~」
 相談もなにもなしに、しかしそれはある意味想定の範囲内。イヴァンが勝手に正面の取っ手を押して思い切り開放し、中に入る。
 「せやからお前いつもなんでそうなんやっちゅーねん!!」
 全力で尊が突っ込むが、裏拳の行く先は鏡に移った尊本人。ゴキッと鈍い音がする。
 「どうしよう? なんともなさそうだけど、あたし達も手分けして行こうか?」
 「その前に、何でわしへの心配がないんや。尊くんごっつ可哀想やろ、二重に」
 「え。あ、ごめんごめん。 わーたいへんみことったらだいじょうぶー」
 「初めてや!こんなに心のこもってない言葉初めてや!逆に感動するレベル!」
 「そこまで話せるなら元気でしょ。団長捜さないと。きっと一人で寂しがってるよ」
 「平気やと思うけどなあ」
 「……ま、そこは否定しない、けどね」
 寂しがるより先に、胃痛を引き起こしてそちらに気を取られていそうだと、異口同音に小さくつぶやく。
 結局、右に尊が、左にエレーナが行くことになった。なにかあったり、団長を見つけたらトラベラーズノートで連絡、という約束をして、同時に扉を開けた。


*~イヴァン・アラーニャの場合~*

 ポン、と軽く身体が跳ねた。
 もう一度バウンドしたので、一回転して着地。10点満点金メダル。
 上空を見上げると少しくぼんでいた。奥の方は今までいた小部屋と同じ、鏡色。透明で水色で、自分達色。
 足下はやはり鏡でできている。
 下も見ても上を見ても。右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見ても、全部全部、全部に奇天烈ピエロ、イヴァンが写っている。
 どこからか、ジャグリング用のビーンバックをとり出し思い切り前方に投げつける。案外球速は出ていない。
 鏡であるにも関わらず、ビーンバックは跳ね返るどころかポチャンと水音を立てて正面の鏡に吸い込まれていった。
 「楽しいよー! これはとってもキモチワルクて楽しいよー!!」
 半分鏡に埋もれながら高速スピン。その遠心力を活かして大跳躍!
 鏡から鏡へ、吸い込まれるように移動する。最早最初に落ちてきた場所すら判らない。元々上下左右意味のない空間ではあったかもしれないが。
 スピンしたときの反動で、鏡が水滴の様に飛び散ったはずだが、着地してすぐ、周りの鏡に吸収されるように溶けていった。
 「便利だねー! この鏡がウチにもあったら、ボクもうエレーナに怒られなくてすむよー!」
 一体今まで何枚鏡割ったんだ、イヴァン・アラーニャ。
 「団長は多分元気にしてるから、ボクは遊んでから探そうっと!」
 既にイヴァンの心の重点は団長に無い。もしかしたら最初から無かったかもしれない。
 思い切り駆けだして、壁を蹴りあげた力を利用して、床鏡にヘッドスライディング!
 「とびうおタァァァァァァァァン!」
 別に誰も追い越してないだろう、というツッコミは意味がない。そんなもん、イヴァンが聞くわけ無い。
 空中をしばし漂ってーーそのまま着水するかと思いきや。
 ガチャガチャガチャン!
 野球ボールを窓ガラスにぶつけたような音が轟き、イヴァンは床鏡を突き破り、何枚ものするどい鏡を突き破って、不時着した。
 さすがに一瞬ポカンとしたが、頭からダラダラと流れる血を目に痛いほどの蛍光色で彩られた服の袖で拭う。
 「なになになに? 空と大地を突き抜けた先は本物の鏡の国!? ヤッフー!」
 少しは体中に刺さるガラス片に気を配った方がいいと思うぞイヴァン・アラーニャ!という天の声には当たり前だが一切反応せず、先ほどの水鏡とは違うことを確かめるべく、辺り一面の鏡を軽く叩いて回る。
 この空間では時間の概念は無いのか、どれだけ時が過ぎたかは判らない。イヴァンは時計を持っていない。
 ー要するに飽きたのだ。
 「な~んか。めんどくさくなっちゃったなぁ」
 言うが早いか、袖口から手品用兼ジャグリング用に使っている腕の半分程度の長さがあるロッドを取り出す。
 そして、ボールを投げたときよりずっと力を込めて振り下ろす!
 ガチャン!
 パリン、パキン、パラパラ
 最初に大きく、次第に小さくガラス片が割れていく。真ん中だけ開いているので、足とロッドで通れるだけの大きさに拡張していく。だが当然、先にあるのは鏡の世界。
 「あれ?あれれ? なんかまたちょっと楽しくなってきたよ!!」
 身体を不思議にくねらせる。割った感触とか鏡を踏みつけることが気持ち良いらしい。その動きは若干骨がどういう構造をしているのか調べたくなる程の高レベル。
 さすがmysteriousの看板ピエロ。
 「ヒャッハー!!!」
 ちょっと世紀末入った叫びだけど、そこは気にしたら負け。


*~大屋貝尊の場合~*

 扉を開けたらそこは辺り一面新緑色に彩られたまるでジャングルに思われた。
 「えっ、ちょっ、マジで?」
 今までいたのは鏡張りの部屋だったのに、草木や土の香りまでするだなんて。
 尊がくぐった扉は外へと通じるものだったのかと一瞬錯覚したが、そもそもここに至る道すがら、こんなジャングルの様な場所はなかった。ここまで雄大であれば、いくつかの建物に隠れても見えなかったり感じなかったりするわけがない。
 「はぐれたらアカンで、キントン」
 セクタンはサイズが小さいから、万が一はぐれてしまったら大変だ。
 「団長はわし等で最初に見つけたる」
 何事も負けたくはない。
 団長が無事かどうかを一切考えずに見つけることだけ最優先にしているのは、信頼の証なのだろう。多分。きっと。

 「なんや、同じところグルグルしてる気がしてきたわ……」
 鬱蒼と繁るジャングルを突き進む。
 ダラリと下がって前方を遮るツタを、その都度ナイフで切り裂く。最近、団内でナイフ投げが流行っていて良かった。コソ練大事。小さくてさほど鋭くはないがこのナイフがあって実に助かっている。無ければ今頃は手が緑の液体と木の皮だらけになっていたことだろう。ああなってしまうと、手が異様なまでに臭くなってしまうし、案外手が傷だらけになるのだ。応急手当もできないこういった場所では、わずかな怪我もしたくない。
 カサカサ。
 風で葉が揺れたかと耳を澄ます。
 わずかにたなびく風に乗って草木の香りではないものが尊の鼻を刺激する。
 野生のかおりとでもいうべきか。
 壱番世界に残してきた可愛い猛獣たちを思い起こさせる、尊にとっては香しい芳醇なにおい……!
 現れたのは、百獣の王・ライオン。
 血が疼く。
 猛獣使いとしての血が!
 目前のライオンは鋭い相貌に泰然自若とした足取り。王者の誇りか強弱の余裕か、彼から見た尊は小さな人間であるから、無意味に威嚇の唸りなど上げはしない。ただじっくりと尊とキントンを見つめるのみだ。
 一応生物であるところのキントンは気に飲まれたのか、尊の首筋に隠れてしまい、微かにその小さな身体を震わせる。
 長身の尊とさして変わらない体高だが、貫禄ある鬣が更に大きく見せている。威圧感で大きく見えている訳では無い。
 mysteriousにも勿論ライオンは居た。サーカスに猛獣は欠かせない。壱番世界になかなか戻る機会がないから、調教が出来なくて技術の降下が気にしていた所だった。
 ライオンが一歩迫る。
 尊も躊躇いなく、グッと一歩近付く。
 文字通り、手に汗握り、状況を見守っているのはキントンだけであった。


 「そうや! だからお前には出来る言うたやろ!」
 がばっと、ライオンの太く逞しい首に尊は力一杯抱きつく。
 少し離れ場所には、直径が三メートルばかりありそうな火の輪がごうごうと唸りを上げている。
 火はキントンが付けたとして、輪は強い蔦を絡めて作った。
 キントンも今は怖くないのか、祝福するようにライオンの鬣に埋もれながらピョンピョン跳び跳ねている。
 ライオンの方も、達成感が込み上げてきたのか、出会ってからの調教を思い出して感極まったのか。それとも尊の王様気質に敗北したのか。
 鋭かった目を丸くして潤ませ、尊を思い切り抱き締めた。
 「よっしゃ、次は火の輪くぐりキャット空中三回転や! 怖がらんくてもええ、わしに任せとき、必ずお前をmysteriousのトップスターにしたる!」
 こうなってはもう誰の声も届かない。ドSで王様気質の割には熱血タイプ。
 ライオンも触発されたようで、涙の次は炎を灯して大きな手を握りしめてやる気に満ち溢れている。
 キントンもきりっとしてはいるが、如何せん目が小さすぎて判別付かない。

 最早尊の脳裏には団長の捜索の事は、漂白剤で洗ったあとの白いシャツみたいにキレイサッパリ忘れ去られていた。
 「ハイ、そこで腰を捻るー!」

*~エレーナ・ミヤシロの場合~*

 団長捜索を一番まともにしていたのは間違いなく、彼女、エレーナであろう。全く過言でないのが切ない。
 「わぁ……」
 尊に背を向けて入った先は、可愛らしいおとぎの国のように飾り付けられていた。色鮮やかな鳥達が人語を解し、高く澄んだ声でエレーナに挨拶を繰り返す。バリエーションが少ない割には飽きはこない。
 草花は明るい色合いと光沢で、何処からか差し込む光によって一層の輝きを放っている。
 甘い香りが鼻腔をくすぐる。
 「……なんだろうね、クラウン」
 ドングリフォームのセクタンには先程から大働きしてもらっている。
 木や地面に目印をつけてもらっているのだ。
 そうすれば迷っても戻ってこられるし、イヴァンや尊、団長も気付いてくれるだろう。ただのマークでは“あの三人”のことだから見過ごす……どころか、気付きもしないだろうが、mysteriousのロゴマークにしておいたから、いくらなんでも目に入るだろう。
 トラベラーズノートでも何度かコンタクトをはかっているのだが、想像通りではあるが、反応は無い。
 「……ま、予想の範囲内だけどね。ね、クラウン?」
 草木のにおいではない。馴染み深い香りだ。
 ほんの少しだけ躊躇ったあと、ペロリと手の甲を舐める。
 「これ……飴だ」
 それと気付けば、草木の光沢は飴にしか見えない。
 「食べられるのかな?」
 葉を一枚手折ると、パキンと高い音がした。天然の葉では有り得ない。
 エメラルドグリーンの葉は薄荷に似た香りを漂わせているが、さすがに口に入れる気にはなれない。
 より強い甘い香りを辿った先には、ダークブラウンの池があった。
 「これはチョコ……かな?」
 屈んで鼻を近付ければ、やはりビターチョコレートの香りだ。
 「おとぎの国みたい! お菓子の家とかあるかな」
 しっかりしていてちょっぴり手厳しい感のあるエレーナだが、やはり女の子であるので、可愛らしいものは大好きだ。
 「どこかに時計ウサギ居ないかな~」
 ……ちょっと物語が混線しているみたいだが。


 エレーナはチョコレートの池で香りをしばらく堪能していたが、二人とは違い団長を忘れてはいなかった。
 いや、二人も忘れていたわけではないが、それよりも別のことにちょっと夢中になっちゃっているだけで。
 なかなか連絡が取れないあたりはそういうことが起きているんだろうと、簡単に想像はつく。あの二人の考えることならお見通しだ。
 怒りはするが、どうにも持続できない。「仕方ないなぁ」と、許容してしまう。それは仲間への友情もあり、実の弟妹同様、家族として愛しているからなのだろう。
 「そろそろ行こうか? 団長捜さないと。・・・あとイヴァンと尊も、ね」
 捜索範囲が広がってしまった。


 「やっぱりあった!」
 ウロウロとお菓子の森を探していたら、当初の予想通り、プレハブサイズのデコレーションされた家があった。
 生クリームがホイップ状に飾りたてられ、所々にイチゴやカラフルな丸いチョコレートで彩られて、目に優しく楽しい見た目だ。
 「すみませーん」
 とりあえず大声で呼びかけてみる。
 耳を澄ませてみても、中からの物音は聞こえてこない。
 もっと遠くの方で、ガチャンガチャンと何かが割れていく音も絶えず聞こえてくる。
 インターホンでもあればべんりなのに、とあたりを探してみるも、やはり無い。
 ドアは板チョコで出来ていて、ドアノブは練り飴に見える。
 あまり力を入れずにドアノブを引くと、あっさりと開く。
 「不用心だなぁ」
 開け放した扉からは、先ほどは全く聞こえなかった物音が、部屋の奥から小さな物音がしてくる。空気の漏れるようなそんな音だ。われながら良く聞こえたものだ。
 音の正体は判らないものの、不安や不振感を全く煽られない。それどころか妙に安心感すら生まれてくる。
 中へと進んで行くも、足音が全く出ない。床はクッキーに見える。
 家の中は存外大きかった。広いというよりは縦に長い。
 一番奥まった部屋は、ほんのわずかに扉が開いていた。空気の流れもそこから来ている。
 やはり何の不安も抱かずに、けれど慎重に扉を開ける。
 そこは唯一は入れた部屋と違って、比較的広くて、家具も置いてあって――
 「……ああッ!?」
 信じられないものを見た。


 ※・※・※


 真中に置いてある粗末な椅子とテーブルに、真っ赤な生物が突っ伏していた。
 目を凝らすまでもなく、mysterious団長、カミーリャ・ダルカイスその人だった。
 「ちょっ、団長! しっかりして、大丈夫?」
 肩を掴むも、気を失っていそうな相手を揺さぶっていいものかどうか、逡巡したが。
 「……ん、エレーナ?」
 「団長、団長無事なの?! ケガとか、ないの!?」
 心配するエレーナに反して、発見されたカミーリャは悠然と大きく身体を伸ばし欠伸をする。
 「久しぶりにゆっくり寝た」
 口の端からチョッピリよだれをたらしつつ、ビシッと親指を立てる。
 覚醒して以来、全く心配はしていなかってたものの、ずっと探していたカミーリャがあまりにも元気というか無事過ぎると呆気なさ過ぎて逆に心配なる。
 「あのさ、団長。ここが何処か判る?」
 「判ってたらもっと早くに出ているわ!」
 「だからどうしてそんなに自信に満ち溢れているの」
 「迎えにきてくれたのかしら? ありがとう、エレーナ。私を連れて帰ってくれてもいいのよ」
 「確かに団長を迎えに来たんだけど、イヴァンと尊も一緒なの。別々に探しているんだけど、これに反応してくれないし」
 取り出したトラベラーズノートには相変わらず応答はない。
 それすら知らなかったカミーリャにロストナンバーについて判明していることを、判る範囲でエレーナが説明をする。
 「なんだか面倒なことになっているわね。でもそれよりエレーナ、あずきバー食べたい」
 「今持ってるわけないでしょ! 持ってても今頃袋の中でグッズグズになってたわ!」
 「でも今疲れているから甘いものが食べたい。丼村屋の六十円で売ってた頃のあずきバーが食べたい」
 「ワガママ言わないで、もう。道すがらイヴァンと尊が見つかればいいけど」
 それでもあずきバーと唱えるカミーリャを横目に、二人が見つからなかったらそのまま置いて帰ろう、とエレーナがこっそり思ったのは言うまでも無い。


 チョコレートのドアを開けたら、巨躯のライオンに乗った尊が居た。
 「あぁあぁぁ!! 忘れとったぁ!!」
 両手で頭を抱えて天を仰ぐ。
 ああやっぱり、とエレーナは納得した。カミーリャは全く意に介していない。
 「イヴァン知らない?」
 「知るかァ! そんなことより勝負に負けたんや! わしゃ、団長探しの勝負に負けたんやぁ……」
 がっくりとライオンの背に突っ伏す。ライオンが尻尾で慰める。ちょっと打ち解けすぎだろお前達。

 「オイ、オ前達!」
 甲高い声が三人の足元から響く。
 声の方向には、手のひらサイズの人間が十数人居た。
 「なんでございますですか?」
 かがんだカミーリャが問いかける。兵隊達は一糸乱れぬ動きで敬礼する。そしてピッタリ声をそろえる。
 「実ハ先程カラ、我ガ家ノ一室ヲ破壊シテ回ッテイル者ガオル! ソ奴ヲ捜索シテイルノデアル!」
 「なんや。わし等は何も壊しとらんで」
 「割ル扉ナラバトモカク、みらーるーむノ鏡ヲ割ッテイルノハケシカラン!」
 「ああ、あれって扉だったんだ」
 「オ前達モ見ツケタラ、タダチニ我等ヘト通報スルノダ! 判ッタカ! 返事ハさート一度ダケデヨイ!」
 「お前等どこの鬼軍曹や」

 ガシャン!

 チョコレート池があった方向で、大きな大きな、硬質のものが砕け落ちる音が響く。
 上を見上げれば空というか、天井に大きな穴が開いていた。
 ただならぬ出来事に音がした方向へと駆け出して行く。

 ※

 チョコレートまみれになっているのにも関わらず、それはイヴァンだとすぐ判る。あの極彩色のピエロ衣装は見紛う筈が無い。
 しかし当の本人は珍しくグッタリとしている。
 「どうしたの?」
 池には入らないようになるべく近づいて問いかけると、異様に白い顔を更に白くして蚊の鳴くような声で答える。
 「……酔った……うぷっ」
 「え?」
 そう、イヴァンは鏡を破壊して回っている最中、鏡に映る無数の自分のあまりのカラフルさに酔ってしまったのである。
 「あーキモチワルイ。面白かったけどこれは良くないね、ミラーハウスって良くない」
 プルプルと頭を振ってチョコレートを髪から引き離す。
 酔ったといってる割には案外元気そうではある。
 「みらーるーむヲ破壊シテイタノハオ前カ!」
 「えっ」
 「あはっ、なにこのちっこいの! めっずらしーい!」
 ちっさい兵士達を見て途端にご機嫌になる。
 「聞イテイルノカ! 鏡ヲ割ッタノハオ前カ!?」
 イヴァンは首を傾げる。何故か片足立ちで。絶妙なバランス。さすがピエロ。
 「違ーうよん、ボクじゃなーくて、あそこのさんにーん!」
 その言葉を真に受けた兵士達が銃剣を構え三人を取り囲む。
 「なにテケトーなこと言うてんねん、このピエロ! お前やろ、知ってんねんで、お前がやってんやろ!!」
 「私は落書きはしましたですけど割ってはないですますよ」
 「あ、あたしだって!」
 三人とも何も嘘はついていない。誰も鏡は割っていない。けれど、その必死さが逆に怪しく見えたのかもしれない。どこから現れたのか、池周辺を覆いつくすほどの兵士が集っていた。それも、全員銃剣を構えている。
 兵士達が一歩近寄る。三人が一歩池側に退く。何度かその繰り返し。
 完全に取り囲まれて――



 ※・※・※

 「……なんで、わし、こんなちっこい皿洗っとんねやろ」
 「仕方ないでしょ、こうなっちゃったんだから」
 「そない言うたかて、わし等冤罪やん」
 「こっちも言い分聞いてもらえなかったでしょ、諦めよ。 っと、団長、それ違う、左端の一番上の棚!」
 兵士達に捕まった大サーカス団mysteriousの面々は、家事の強制労働という憂き目にあってしまっている。
 カミーリャは現れた食器の後片付けを。なんとも無さそうな顔をしているがたまに胃を抑えている。
 エレーナと尊は皿洗いと洗濯を。極小サイズなので力を入れすぎて割らないよう、かなり気を使っているので作業効率は悪い。
 イヴァンだけは何故か、曲芸を見せてあまつさえおひねりまで貰っていた。
 「……世の中って理不尽やなあ」
 「何を今更」
 「理不尽じゃなかったら世の中ある意味成り立たないよ」
 「あーひゃひゃひゃ! たーのしーいねー、皆も楽しんでくれてるー?」


 あ、強制労働は兵士達の気分で解かれるみたいです。

クリエイターコメントはじめまして、この度は真にありがとうございました。
そして、大変お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。
魅力的な皆様で、とても楽しく書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂けたのならば幸いです。

PC様方の口調、誤字・脱字等、お気づきの点がございましたらご指摘頂けると幸いです。出来る限り対応させて頂きます。
重ね重ね、この度はどうもありがとうございました。
公開日時2011-05-19(木) 21:30

 

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