クリエイター小倉杏子(wuwx7291)
管理番号1176-10560 オファー日2011-05-29(日) 17:35

オファーPC 臣 雀(ctpv5323)ツーリスト 女 11歳 呪符師・八卦仙
ゲストPC1 イー(cyda6165) ツーリスト 男 23歳 旅芸人

<ノベル>

 鬱蒼と生い茂る仄暗い森の中よりなお暗いインヤンガイのある地区に、臣雀とイーは居た。
 僅かな街灯があるにも関わらず、闇よりも黒く染められている印象がどうにも拭えないのは、なにもこの地区だけでは無いだろう。インヤンガイとはそういうところだ。
 あたりの建物は二人が元々居た世界では全く見かけないーというより、存在しない鉄骨で出来た愛想のない集合住宅が圧迫感を掻き立てる。
 小さな雀がインヤンガイの空を見上げようとすると、かなり首を曲げなければならない。まず上を見上げて、そのまま後ろに倒す。喉にぎゅっとした圧迫感がかかる。その度に小柄なこの身が少し憎らしい。隣に立つイー程で無くても良いから、10cmばかり分けてくれても良いんじゃないか。
 周りの建物には抉られたような傷がいくつも刻まれている。
 干されている洗濯物も漏れる明かりに反して極僅かだ。窓の外に置かれている不釣り合いな可愛らしい植木鉢も見あたらない。
 洗濯物や植木鉢の少なさと傷跡の少なさは反比例している。
 十中八九、この傷跡をつけた主は、雀とイーが退治を頼まれた化け猫であろう。
 最初に傷跡を見つけた時より、少しずつだが文字通りの爪痕が増えてきている。目的に近づいてきていると判断して間違い無さそうだ。
 化け猫に襲われた人々の話を聞いたら、全員ある廟の付近で襲われたという。
 目的があって廟近辺を歩いていたとか、ただブラブラと歩いていたとか、別の場所への近道だから通っただけとか、襲われた理由には廟の近くを歩いていたという以外の共通点は無さそうだった。大人から子供まで、千差万別だ。ただあえて言うのであれば、比較的子供は軽傷で済んでいる。
 「何でですかねえ」
 暴霊が情けをかけるというのもおかしな話だし、イーの疑問は尤もといえる。
 近所に買い物に行くような軽やかでのんびり落ち着いた声質はインヤンガイにそぐわないかもしれない。けれどこんな雰囲気だからこそ、隣に居る雀を少しばかり安心させてやることが出来ているようにも思える。
 チラリと下方に居る雀を見やれば、インヤンガイに降り立ったときよりも辺りを見回す動作が大分増えている。
 気配を探っているというよりも、どことなく漂う不気味な雰囲気に飲まれかけているのかもしれない。呪符師としての才能には恵まれ、戦闘の経験もきちんと積んでいる雀だが、やはりまだ少女の身の上である。得体の知れないものに対する恐怖感を飼いならすというのはまだ難しいのかもしれない。
 僅かにさしていた光もあまり届かない。
 時折窓から漏れ出でる明かりが二人を申し訳程度に照らすが、無いよりは良いが、お世辞にも頼りになるとはいえない。
 「不気味なところですねえ……。雀さん、ここは一つ迷子にならないよう、手をつなぎやしょう」
 「うん、いいよ。はぐれちゃっても困るものね」
 少しばかり舌足らずの愛らしい雀の返答に、イーは満足げに頷いてその小さな手をしっかりと優しく繋ぐ。
 成人男性の手とは思えないほど白くすべらかであるのに、雀のような少女とは明らかに異質の手であることが男性を連想させる。
 そしてそれは、雀の兄を思い出させる。
 少し歳の離れた兄を思い出すとき、今よりももっと子どもの頃、こうやって雀の手を引いてくれたような記憶の断片がいくつか転がり出てくる。イーのように迷わぬよう優しく手を引いてくれたわけではない。
 まだ少年然としたその手は、かるく手を振ればすぐにほどけてしまうような手の繋ぎ方ばかりだった。
 夕暮れ時の道を兄に手を引かれて歩く。迷子になったのを迎えに来てもらったのか、遊んで貰った帰り道か、共に向った退魔の帰り道か。明確な記憶は無い。
 兄は歳に似合わない飄々とした歩き方で、ゆるく結んだ手を歩く歩調に合わせながら振っている。
 小さな雀の歩調に合っていたのだろう、おにいちゃん、と呼びかける雀に振り返って応える兄の顔は逆光で見えず、言葉も耳に残っていない。
 喧嘩をしたことはなかったように思う。いつも出掛ける兄の後ろにひっついて回っていて、その度に兄は少し困った顔をして、それでも結局雀の手を引いてくれるのだ。
 自由に生きたい、と家を飛び出した兄にはどうしても確かめたいことがある。
 会いたいという気持ちよりも、いまだ邂逅適わない兄に思うことは、健やかでいてくれればいいというものが本音だ。元気で居てくれなければ、再開したときに思いのたけがぶつけられないではないか。
 ちょっぴりその可愛らしい眉を顰める雀を、イーは不思議そうな顔をして眺めている。

 「近づいてきてやすね」
 温かみの欠片もない鉄骨についた傷を空いている手で撫でる。
 今までは四つの爪あとが重なり合うことはなかったのに、徐々にそれが増えてきている。
 確実に廟に近付いていると思って間違いはないだろう。
 カラン、カラン。
 「ひゃっ!」
 ふいに流れた一陣の風が、行儀悪く投げ捨てられていたスキットルを倒した。ゴミが溢れたゴミ箱の上に放置されていたようで、付近の空き缶にスキットルが幾度かぶつかり、少しずつ音を小さくしていく。
 「風が出てきたね」
 「ただの風じゃあござんせん、路地一つにしか吹いてませんぜ」
 しゃがみこんで落ちている葉を広い、風が吹いている方向へと向ける。さあっと風に乗って葉は中を舞うが、本来見えないはずの風の足跡を示してくれる。
 「向こうに、居るのかな」
 「判りやせん。けど、ま、行ってみて無駄ってこたァ無いでしょう」
 小首をかしげる雀に、頭を振ってイーが応える。
 「じゃっ、じゃあ行ってみよう!」
 元気良く方向を示す雀のもう片方の手、つまりイーと繋がれている手にぎゅっと力が入る。
 今までは優しく繋いでいた手だが、励ますように少しばかりだけ力を入れて握り返す。
 

 風が向ってくる方向を目指して歩いて行く。
 カツンカツンと二人の足音に混じって、風の音が流れて行く。
 雀の長い髪とイーの髪飾りを揺らしていく。
 さらさら。ふわふわ。かつかつ。
 こくり。
 くぐもっているのにどこか高い水音。
 出した本人は気付いていなさそうだが、どうやら雀が息を呑んだらしい。喉の奥で鳴ったからそんな風に聞こえたのだろう。
 道を進んできたから、今までよりももっと明かりが乏しくなり足元も些かおぼつかない。
 風の音と一定間隔に置かれている街灯による乏しい明かりが生み出す長い長い影が時たま揺れる。
 不気味な雰囲気を出すには持ってこいのシチュエーション。尚且つここはインヤンガイ。
 「雀さん」
 「なに?」
 「暗いですから気をつけましょうや。もしおみ足を踏んじまったらすいやせん」
 「ううん、あたしも踏んじゃったらごめんね!」
 「いやはや、雀さんの可愛らしいおみ足でしたら、痛くなんてありやせんよ。猫の子に踏まれるようなもんでさァ」
 「えーっ? あたし、いくらなんでもそこまで小さくないよっ」
 額面通りに受け取って拗ねて頬を膨らませるのがまた可愛らしい。
 微笑ましくてくすくすと笑うイーに気付いた雀は、ぷいっと顔を逸らす。
 子どもっぽさを笑われたのかと勘違いされたのかもしれない。
 「ああ、すいやせん、ご機嫌直して下さいな」
 「べっつに! 怒ってなんて無いよ!」
 大またで歩くが、手は話しはしない。ずっと繋いでいたから、そのこと自体意識の外なのかもしれない。
 「そうだ、雀さん。 こんなハナシをご存知ですかい?」
 胡乱な目で振り返る雀と目を合わせて、にっこりと笑う。

 不気味で陰惨としたインヤンガイには全く似つかわしくない、軽快で陽気な口調でイーの独り舞台が広がって行く。
 与太話から法螺話、イーの居た世界の昔話から噂話まで幅広く。
 最初は聞き流す程度だった雀の反応は、一言ひとこと進むたびにどんどんと輝いて行く。
 さすがに元々旅芸人だっただけあり、人を惹きつける話術はお手の物だ。
 きゃらきゃらと、まさしく鈴の音のような澄んだ可愛らしい笑い声が街灯よりももっと一帯を明るくしていく。明暗度合いは変わっていないのだが、場違いともいえるほどの華やかさが出来ていた。

 「……ってなモンです。だからね、俺っち言ってやったんですよ、お前さん、そいつぁ捕まっちまうんじゃないかい?って」
 「そしたら? そしたら、その人はなんて答えたの?」
 「こうですよ。いいんだよ、俺は白熊なんだから罪にゃあならねェ、って。こうですよ、ひどいモンでしょう?」
 「え。それは全然面白くない。意味判んない」
 「おや、そうですかい? 俺っちの周りじゃあ大ウケでしたんですがねィ」
 ずっと笑っていた雀がピッタリと笑うのをやめて首を振る。イーはぽりぽりと頭を掻いて、じゃあこんなのはどうでしょ? とすっと手を差し出す。
 小首をかしげてその掌を覗き込むと、くるりとひっくり返す。
 ぽん、とその中から出てきたのは、赤く小さな花一輪。
 「こいつはお気に召して頂けやしたかね?」
 言葉よりも表情は雄弁である。
 途端に笑顔になる雀のリボンにすいっと差し込む。
 「生花じゃあありやせんけどね。花は女の子がさしてこそ生きるってなモンです」
 「えへへ……ありがと!」
 例の意味は二重。
 花をくれたことと、雰囲気に呑まれかけた気持ちを晴らしてくれたこと。
 理由を明確にしなくても、何となく伝わる気がして、あえて触れずに居た。イーはそれが伝わったのか、これにてお仕舞い、とでも言うように手慣れた動作で一礼をする。

 そのとき―

 「!」
 気付くのは二人同時だった。
 そよそよと流れていた風が一瞬にして変わった。
 まさしく闇すら切り裂く白刃が強襲する。
 跳ねてそれを避けた二人は見た。
 鉄骨の外壁がざりっと暗闇の中では判るほどに抉り取られている。
 「きたようですねェ」
 「うん」
 真っ暗な闇の中、真冬の月よりなお黄金色に輝く相貌が雀とイーを睨んでくる。
 にゃあ、と猫の声。
 世界が変わっても猫の声って変わらないんですねィ、なんて場にそぐわない暢気なことが頭を過ぎる。
 こと戦闘に関しては歳若くとも雀の方が手慣れている上に専門でもあるだろう。
 その雀は数枚の短冊のようなものを出してバッと投げる。
 それはまるで意思を持つように広がって空中に円を描く。真昼のような明るさが一帯を照らす。
 火の呪符で暗闇を飛ばしたのだろう。燃え盛る炎と呼ぶほど激しくないが、ちろちろと燃えるそれらは火の粉を飛ばさない。
 呪符によってその姿を晒したモノは、虎ともいえるほどの大きさをした、ビロードのような質感の毛皮を持った黒猫だった。
 柔らかそうな手足の動き、誘蛾灯の炎の様にゆらゆらする尾。宝石のような金色の瞳。
 しなやかな動きで円を描く様に動き少しずつ間合いをつめて行く。
 動き方はランダムで、早足になったかと思えば緩慢な動作。いまひとつ動きが読みにくい。
 「はっ!」
 呼吸とともに雀が呪符を繰り出す。
 さっきとは違い、今度は猫に対して!
 凄まじい速さでトンで行く呪符だったが、猫は巨体からは考えられないほどの素早さで壁を足場に避ける。
 対象を見失った呪符はひゅるりとわずにめくれて上に上り、するりと地面に落ちる。
 「早いなぁっ、もうっ!」
 負けじと矢継ぎ早に呪符を投げつけるが、恐ろしいほどの俊敏さで猫はかわしていく。
 空中で身体をひねり、爪という白刃をイーに仕向ける。
 「おおッと」
 なんでもないような軽い調子で避ける。が、着物の袂が僅かに裂かれている。
 「おやおや、一張羅なんですがねェ。後で繕わなくちゃ」
 呪符を投げつけてこないイーを組やすしと判断したのかは不明だが、猫は執拗にイーを狙う。
 軽業師でもあるからか、曲芸的な動きで風のような攻撃をかわして行く。今この瞬間だけを切り取ってみれば、漆黒の虎と大道芸人がゲイを披露しているようにも見えたかもしれない。
 イーが素早い動きで翻弄しているから、雀は横から風の呪符を投げつける。
 風、だからだろうか。他の呪符よりもずっと早く対象に届くように思える。
 しかし猫も風を切る感覚に気付き、寸でのところでかわす。
 にぃゃああうううああああ!
 妙に神経に障る絶叫。
 素早く動く猫もかわしきれなかったらしい。尻尾の部分が切られたようだ。暴霊だと思われるからか、血こそ出ていないものの、間違いなく、切れているのが肉眼でもわかる。
 痛みと怒りでより一層激しくなる声とともに、雀に向って一撃が繰り出される!
 
 まるで爆発音のような響きだった。
 岩と岩がぶつかり合い、お互いを砕いているような、そんな錯覚がするほどの音。
 しかし白刃―猫の肉球の下に雀は勿論居ない。
 ギアを使ったイーが反対方向へと抜け出したのだ。
 「いやはや、素早いおひとだ」
 「ひとじゃないよ。でも本当に素早い。当てるのにも一苦労だよ」
 「判りやした。一つコレで」
 すっ懐から取り出したのはふさふさした緑の―ねこじゃらし。
 「ささっ、雀さん。俺っちの肩に」
 「どうするの?」
 疑問はあるが、反論せずに雀がしゃがんだイーの肩に乗る。
 「俺っちがこのギアを使って背に飛びつきます。したらば雀さんは乗り移ってその短冊ですかい、ソイツで何とかして下さいな。 こっちは猫の動きを止めまさァ。ああ大丈夫ですよ、心配ご無用。俺っちにはイイモンがありますんでねぇ」
 「りょーかいっ!」
 返事を聞くや否や、イーはアスファルトを蹴る。その勢いを使って壁をよじ登り、跳んで―猫の背中に乗り移る。
 雀も素早く肩から降りて、思いのほか長いその黒い毛を片手でしっかりと掴む。動きが俊敏なので、非常に揺れる。まして今はイーが猫をねこじゃらしで翻弄しているのだ。
 雷の呪符を取り出し、タイミングを計る。毛をぎゅうっと握りすぎているかと不安になるが、毛の持ち主は全く意に介さず、左右に揺れている。
 宙返りをしたついでに鼻先を蹴る。
 くるくると回っている間に、器用に裂かれていない方の袂から小袋を取り出し、着地と同時に鼻っ面に投げつける。
 ぱふぱふとあたりに粉が舞い散る。
 「猫って言ったらマタタビでござんしょ」
 うなぁぁ
 甘えるような声を出すが、苦しんでいるようにも見える。マタタビの心地よさに身を委ねてはいけないとでもいうように。それは敵が居るからでは無い様に見えて。

 「えぇーいっ!」
 落雷のような激しい閃光と爆裂音。それに混じる猫の絶叫。
 イーほど軽やかにではないが、閃光の隙間を縫って雀が舞い降りる。両手を差し伸べてイーが迎える。彼の補助で着地は美しく決まる。



 閃光が治まる頃には、猫の姿も気配もなかった。
 「いやはや、一件落着って所でしょうかね」
 「みたいだね。でもなんだってこのあたりだけで襲っていたんだろ」
 ささやかな風は、その答えを運んできた。
 みゃう、にゃあ、と弱弱しい、今にも消えてしまいそうな声が聞こえたのだ。
 必死で聴覚を働かせ、たどり着いた先は廟の丁度影になっている場所。
 標準的なサイズの猫―だと思われるものと、立つのも覚束ない、まだ目も開ききらない子猫が居た。
 「もしかして、あの暴霊って」
 「母猫だったのでござんしょう」
 猫も人間も、誰の助けも得られない場所で子どもを置いて逝かなければならなかった無念から暴霊と化したのだろう。
 近くに穴を掘り、母猫を埋葬している間も、彼女が残していった子猫たちは儚げに鳴き続けた。
 埋葬を終え、雀は二匹の子猫を優しく撫でながらポツリとこぼす。
 「あたし……何も知らなかった」
 「知らなかったことが悪いんじゃござんせん。お袋さんは暴霊になろうとならなかろうと、この子達を守り続けることは出来なかったんです」
 冷たいともとれるかもしれない言葉だが、イーの声が、優しかったから。
 「だから、この子達を守ってくれるひとを探してあげれば、きっとお袋さんは安心してくれるんじゃあないですかね?」
 「うん……そうか、そうだよね! あたし、里親さん探しする!」
 「手伝いやすよ」
 その言葉が聞こえたのかは判らないが、「まずはどこで呼びかけようか」と相談し合っている二人の声と体温に安心したのか、子猫達はやっと鳴き止んで眠りについた。
 疲れた身体が子猫達の体温で労わられていくようだ。
 だからこの気持ちが、雀とイーの体温を通じて子猫達に伝わればいいと、心から思った。

クリエイターコメントはじめまして、この度はご依頼ありがとうございました。
少しでもお気に召して頂けたらば幸いです。

PC様方の口調、誤字・脱字等、お気づきの点がございましたらご指摘頂けると幸いです。出来る限り対応させて頂きます。
重ね重ね、この度はどうもありがとうございました。
公開日時2011-06-30(木) 21:10

 

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