「招待状じゃい」 どこか不機嫌そうに、マッドサイエ……もとい世界司書、アドルフ・ヴェルナーは数枚の封筒を集まったロストナンバーに見せた。 何の招待状? と、うち一人が当たり前の質問をぶつける。 「この間、AMATERASUでちょっとした出来事があってな」 スーパーコンピュータSAIによって人がコンピュータ管理されているという世界構造を除けば、壱番世界と比較的似た世界AMATERASUは、人を管理するSAIと、人がコンピュータ管理されることに疑問を持った人々が組織するレジスタンスとで敵対関係にある。 前回、ロストナンバー、彼らが言うところの外国人は<FUKUOKA>にて、SAIと敵対関係にあるレジスタンスは全滅するという予言が導きの書に書かれていて、それを回避するために手を貸した。 結果、SAI側には全滅したかのようにみせかけられ、レジスタンス側に被害はけが人のみ、という結果に終わらせることが出来た。 その礼がしたいと、レジスタンスの本拠地がある<FUJI>コミューンからの招待状が来たらしい。 招待主の名前はカグヤ。 AMATERASU全国に広がるレジスタンスの総帥。 「クサナギにお前さん達に渡してくれと頼まれたんじゃが、適うならばわしが行きたかったわい」 何故? と問えば、ヴェルナーは悔しがるばかりで答えてくれない。 「そういや、SAIの方からも招待がきとるようじゃ。日取りは同じ日じゃが、まあはちあうこともなかろうて」 ぺっと差し出された招待状を、ロストナンバー達はめいめい受け取るのだった。※※※ ――AMATERASU、FUJI 「ようこそ、<FUJI>コミューンに!」 やたらと元気な青年に迎え入れられた。 「カグヤ様からの招待状拝見しますね! はい、オッケーです! この中は迷路みたいになってますので、僕が先導しますね!」 須柄弥汰、と名乗った青年は、レジスタンスの一員だそうだ。 「まあむしろ迷路っていうよりアトラクションですね、アトラクション! なんていうか、侵入者対策の筈だったんですけど、凝りに凝ったらこんなんなっちゃいまして!」 僕ハマリ性で凝り性なんですよねー、と能天気に須柄が笑う。彼が手がけた部分が多いらしい。 「けど、今回は残念ながらあんまり時間無いですからね、3エリアくらい通過する感じで行きましょうか!」 迷いも無くずんずんと進んでいく彼の背中を追いかけていくと、大きな大きな鉄製の扉があった。 「まず第一エリアは体力勝負でロッククライミングしてもらいまーす! あれ、フリークライミングっていうんでしたっけ? まあ細かいことは気にしない方向で! それの練習用として使われている人工岩場でやってもらいまーす! これ体力は確かに大事ですけど、次にどの凹凸に手足をかけるかってのも大事ですからね!」 運動が不得意のものも居るだろうが、予めルート最上部の強固な確保支点に通した確保用のロープにて安全を図りながら登るトップロープクライミングと言われるルートもあるから大丈夫らしい。 「お次は知力勝負です! このカードに書かれている【風】【林】【火】【山】ってありますよね。で、次の八語はある性質に従ってこの四枚のカードに振り分けて欲しいんです」 須柄の手のひらサイズのカードを見せられる。 【久】【川】【月】【幻】【夜】【宝】【侵】【幽】 一見したところでは、どんな性質かまでは判らない。 「ヒント? ヒントですか……うーん、実際に書いてみてみるといいんじゃないでしょうかねー?」 なんともいい加減に、一応ヒントらしきものはくれる。しかしこの胡散臭いまでの満面の笑みを素直に信頼してよいものかどうか。 「こちらはクライミングと違って一人でも正解者が出ればオッケーです! で、最後はやっぱり時の運ってことで、くじ引きでーす!」 えっ。 ロストナンバー達が呆気に取られる。くじ引きのどこがアトラクションだというのか。 「だってこういうのに欠かせないのは知力・体力・時の運でしょ?」 そんなこと言ったって、壱番世界出身者にしか判らないだろうに。 「それじゃあみんな! カグヤさまに会いたいかー!?」 ――訳の判らないノリになってきた。 「あ、そ・れ・と。制限時間内にクリアできないと罰ゲームがありますからね! お約束ですいませんけど、頭から水バッシャーン、っていうアレです。クリアできたら当然ご褒美プレゼントもありますからねー!」*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・!注意!このシナリオはあきよしこうWRの「【天照】空の木」と、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによるシナリオへの複数参加はご遠慮下さい。*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
「レジスタンスの総本山でござるか」 艶やかなしっぽを左右に振って、豹藤空牙はぽっかりと空いている入り口を伺う。 彼とカンタレラは前回の<FUKUOKA>でレジスタンスと接触していた。あの時は拠点の一つであったからどれほど規模に違いがあるのか。興味深い。 そのカンタレラといえば、以前着用していた忍装束もどきを身に纏っている。靴はハイヒールほどではないが細いもので、空牙からすればそれでよく歩けるな、というシロモノなのだが、カンタレラは危なげなくさくさく歩いている。 シーアールシー ゼロと川原撫子は連れ立っていた。可愛らしい二人組で、外見だけではこちらもロッククライミングなど出来そうに見えないが、撫子は子供の頃から両親につれられて夏の山岳地帯縦走をしていたのだ。 準備運動している撫子を凝視するゼロが尋ねる。 「撫子は登れるのですか?」 「はぁい☆ ゼロさんより小さな頃からやってますもん、任せて下さぁい☆」 「凄いのです。ゼロには難しそうなのです」 主に体格的に。 壱番世界の小学校低学年程の体型であるゼロは運動神経・体力ともにクライミングに差し支えがなかったとしても、手足の長さといういかんともしがたい現実が山より高くそびえ立つ。 「大丈夫ですぅ☆ 私がおんぶしていきますよう☆」 「良いのですか?」 「だぁって、一緒に登っちゃダメっていわれてないですしぃ☆」 同意を求めるように巣柄を振り返ると悩んだ振りの後、許可を出した。 どんな状態が一番楽か、落ちにくいか、ときゃいきゃいと盛り上がっている女性二人を横目に、空牙は自分の肉球をじっとみる。一部の人間にやたらと狙われているこの手。これで凹凸のある壁を登るのは至難の業だ。壁登りとは色々と違う。踏み台でもあればいいが、あの突起はそうなってくれる程の大きさはない。たすんと壁に手を添える。予想よりは滑らない。人工的に作られている突起をうまく利用すれば、何とかなるだろうか。制限時間が厳しくないことえお祈るばかりだ。 「カンタレラ殿はそうでござるか」 「問題無いのである!」 常ならばフラメンコドレスなのだが、空牙はこの忍び装束のカンタレラしか知らない。この格好であれば見た目だけの判断でも面子の中で一番動きやすそうだ。しなやかな指の爪も手入れされていて、割れる心配も少なそうだ。 忍び装束ではっきりと判ってしまう体のラインに狼狽える男性はこの場には居ない……須柄がチラチラと見ていた。当のカンタレラは全く気にしていないのか気付いていないだけなのか、クライミングの壁に向かっている撫子の隣に立っている。なので空牙は須柄を無視した。 空牙は端に吊してあるロープをくいくいと引っ張る。かなり太くて丈夫だから、なんとか登れるだろう。突起物より肉球に優しいようだ。 ゼロと撫子はどの体勢が一番良いかの議論の末、撫子が用意してきたリュックに入るということで落ち着いた。 「すごく大きいのです」 「はぁい☆下準備はしておくに越したことはありませんからぁ☆」 ちなみに中身は全て須柄が持つことになった。 カンタレラは靴を持たせていた。 「じゅっ、準備は……よろしい……です……か……」 大荷物を抱えて息も絶え絶えである。 「ス、スター……ト……!」 かちり、とストップウォッチを押した音が、かけ声よりも正確な合図となった。 ※ やはり早いのは撫子だ。 外見に似合わず、指立て伏せとか指倒立とか普通に出来る、超アウトドア派。 指三本で石を掴めれば、実は足さえかけずに岩壁登攀出来るし、一人であればスピード重視でさくさくと登っていただろうが、今回はゼロを背負っているので極力安全を重視しているようだ。 撫子が先程壁をずっと見ていたのは、ある程度頭の中でルートを組み立て、指でその岩が滑らないか体重保持できるか確認していたからだった。 (本当はトラディショナルがが好きなんだけどね) 等と思っていても口にも顔にも出さずに、傍目にはホイホイと簡単に体重移動しながら登っていく。シューズとグローブは専用のもので私物らしい。 「景色がよいのです」 「それなら何よりですぅ☆」 こんな地下道にこんな巨大な壁が良く作れたものだと感心しながら(見た目だけは)華奢な腕で危なげなく、ゼロと談笑しながら登っている。 「川原殿は凄いでござるな。拙者も負けていられないでござる」 撫子の勇姿を視界に入れつつ、空牙はロープをにゅっと掴む。爪を出しすぎなければ、普通に登るよりずっと楽だろうと判断した。 「えいでござる」 ぐっと力を入れて、器用に登り始める。 後ろ足、しっぽも巧みにロープに絡めてスピードこそ出せないものの、着実に登っている。 「よいしょでござる」 指球と掌球の間にロープがするりと入り込ませることに成功し、このペースなら制限時間余裕でござる。そう楽観視して登っていたら。 ゴツン。 「痛ッ」 頭部にぶつかった謎の硬質物体が空牙を強襲し、ずるるっとロープから足がすべり、べちん! と大袈裟な音を立てて腰から地面に落下する。 「あ。すまないのだ」 犯人はカンタレラだった。 人工の突起が埋め込まれているとはいえ、元は天然の岩壁だ。そこいらじゅうに岩石がむき出しになっている。カンタレラは人工の突起物を初心者とは思えないほど巧みに利用し、裸足でスイスイと登っている。元々の知識が無いものだから最短ルートを辿っているわけではないが、その女性らしい体つきからは思えないが腕力はあるようだ。 そしてその腕力による勢いが余って、石をひっつんかんでポイっと放り出し、それがたまたま近くに居た空牙の頭に激突した、と。 「大丈夫であるかー?」 「……だ、大丈夫なわけ……ないでござる……」 衝撃による痺れで蚊の鳴くような声しか出ない空牙を一応心配しているらしく、登りかけているのを中止してその場からカンタレラは声をかける。 「石投げゲームなのです?」 「そんなわけないでござる! 良い子は真似しちゃだめでござる!」 恐怖のためかしっぽをピーンと張り詰めて、空牙は抗議する。 フイに飛んできた石ですらあの痛みとオドロキである。狙われたときの恐怖やいかばかりか。 「楽しそうである! 避けるのだ空牙!」 「かるいイジメでござる! みんなひどいでござる!」 「えー、でもぉ、空牙さんが避けられない子ならイヂメになっちゃいますけどぉ☆ 空牙さんは避けられる子だから大丈夫ですよぉ☆」 「どこまで本気でござるか川原殿!?」 うふっと可愛らしいが底の知れない笑みを浮かべる撫子に戦々恐々しつつ、空牙は再びロープに前足をかける。 扱いが悪いでござる、としょんぼりしながら昇り始める。 上を見るとカンタレラが無駄な動きが多い割りにすばやく昇っている。もうすぐゴールにたどり着くようだ。ここまで離れていたら石がぶつかることも無いだろう。 撫子+ゼロ組は、お手本のような昇り方をしている。彼女達が昇ってきたルートを振り返ると遠回りに見えたはずのルートが最短距離であると気付く。 「到着ですぅ☆」 「お疲れ様なのです、撫子さん」 ピッと決めポーズの後、リュックを下ろしてゼロを取り出す。抱えられたときにゼロが小さな手で撫子の頭をぽやぽやとなでる。 「ありがとうございすぅ☆ 私達が一番でしたねぇ☆」 二番は多分カンタレラさんかなあ、と下に視線をやると、何故か彼女は撫子たちの居るゴールではなく、ロープのほうへと向かっている。 案外と距離があり、銀髪と黒毛の豹が小さい。勿論聞こえてくる声も小さい。 「こ……たら……で……」 「やめ……ざる……危……る……」 僅かに会話の端々が聞こえてくるが全貌はつかめない。落ちないように身を乗り出すと、会話は聞こえないが何をしているのかが見えた。 「なにをしているですか? ゼロには見えないのです」 「カンタレラさんが空牙さんのロープ揺らしてますぅ☆」 要するに。 -これ動かしたらどうなるのであるか? とカンタレラがロープをぶんぶん揺らし。 -やめるでござる!危ないでござる! と空牙が必死で抵抗している。カンタレラと言う女性は、見た目こそクールな雰囲気ではあるが、内面はかなり子供っぽ……いや天然……もとい、無邪気であるようだ。 そんなことに思考を飛ばしていたら、かすかに空牙の声が、「ぎゃあああ」という絶叫が耳に届いた。 しばしの沈黙。 ざかざかざかっとカンタレラが昇ってきた。 「三番目であーる!」 「お疲れ様なのですー」 「お疲れ様でしたぁ☆ 罰ゲームなしで良かったですぅ☆」 こんなとき、女は年齢関係なく結託する。 そして割を食うのは何時だって、男なのだ。 ――罰ゲーム、豹藤空牙。 ※ 「散々な眼にあったでござる……」 ぷるぷると全身を震わせて水気を払う。女性陣から離れたところでやるあたり、紳士的だ。 彼はカンタレラに落とされた後、当たり前ながら最期にゴールをし、ビリとなる。 罰ゲーム♪ 罰ゲーム♪ と女性陣+須柄にノリノリで水をかけられた……というか、水被り罰ゲームは所定の位置につき、足元のボタンを押すと一気に水がざばーっとタライがひっくり返されて中の水が、という仕組みであった。無駄にハイクオリティ。 ただ、空牙のびしょ濡れっぷりを見た撫子はキチンと着替えを持ってきて正解だったと内心胸をなで下ろす。ビニール袋に丁寧に包んで持ってきたが、使わないなら使わないで構わないのだ。それだけミスせず各ゲームをクリアしたということなのだから。 「では第二ステージ! 知力の間ですよ!」 全く空気を読まずというか読めずに須柄が大きな鉄製と思われる扉に手を添える。パッと見でノブなどは見あたらない。 「パスワード……っと」 かざした手のひらの箇所だけベコリと内側に吸い込まれるかのように沈む。 沈んだ箇所の下方からパネルがせり上がってくる。 パネルは純白で汚れなどがほとんど見あたらない。そもそも、あまり人が触れた形跡が見あたらない。 「この中に入るのですか?」 「ちょっと待ってて下さいね」 心なしか須柄の声が苛立ちを含んでいる。ゼロに向けられたものではなさそうだ。扉を開けるパスワードを忘れたのだろう。 その背中が途中、わずかな時間固まった。上を仰ぎ見たり上半身を回してみたり、何やら落ち着かない様子だ。 「中に入ってまたぱすわーど、は二度手間な気がするのです」 背伸びをしてパネルをのぞき込むゼロに、須柄はあっさりと場を明け渡す。 「これ」 ゼロが撫子、空牙、カンタレラを呼びつけ、パネルを一緒にのぞき込ませる。 そこには、【風】【林】【火】【山】の文字と、パネル下方部には侵川幻幽宝夜月久の文字が小さくあった。風林火山はその文字より四倍角。 「タブレットみたいですねぇ」 動くのかなー、としゅっと適当に指先を滑らせると、侵の字が【山】にガチンと硬質な音を立ててはじかれる。 「あ、やっぱりですぅ」 「しかしこれは入り口で教えてもらったクイズと同じでござるよ」 「そうなのだ。……カンタレラだってちゃんと判っていたであるぞ! 当たり前なのだ!」 「ではなぜ須柄はパスワードを解こうとしたのですか?」 振り返る。 当の本人は穴を掘っていた。 ゼロ、空牙、カンタレラのには判らなかったが、撫子は理解した。 このAMATERASUは壱番世界に酷似している。言語も同じだ。なので、須柄はうっかり普通にパスワードを入力しそうになった挙げ句それを忘れていてそこまできてやっと、「あっ、ここのアレ、問題にしてた」とでも思い出して、穴があったら入りたい気持ちを実行してしまったのだろう、まで判っていたが、敢えて意味を伝えて彼が正常であるとしらしめる必要もないだろう。 「そんなことよりぃ、私この答え判っちゃいましたぁ☆」 「言ってはダメなのだ! カンタレラが答えるのだ!」 「じゃあー、制限時間ギリギリまでは黙ってますねぇ☆ あ、ヒントが必要なら言って下さぁい☆」 むむっとパネルとカンタレラが睨み合う。 「ゼロも見たいのですー」 ピョンピョンと跳ねるゼロを、カンタレラが抱き上げる。身体的に色合いが似ているせいか、若い親子にも見えて、なんだか微笑ましい。 と、思ったのもつかの間。 「あの、二人とも。拙者もみたいでござ、いやまだ判らないからじっくり見たいっていうか、た、確かに拙者の肉球では文字を動かすことまかりならないけども! い、いやでござる! 肉球は人様にあげられるものではないでござる!」 「私が出ている文字教えましょうかぁ?」 あまりにがっくり来ている空牙を哀れんだのではなくて。 「その代わりぃ、しっぽか耳、もふもふさせてくれますかぁ☆」 ーそのくらい、一向に構わないのだが。 ちょっと自分に女難の相が出ているような気がしないでもない。 「書いて見るといいですよぉ」 「ふむ」 撫子のアドバイスを受け、器用に、都合良く落ちていた細長いサインペンを加えて壁に文字を書いてゆく。先ほど誰かの声で「あっれ誰か僕のペン知りません?」と一人、捜し物をしていたようだが、まあそれは聞かなかったことした。 「何か共通点があるのでござろうか……」 一つ一つは繋がらなくても、規則的に並べたら意味がある等々。 「カンタレラ」 「なんであるかゼロ」 「判りましたか」 「ふっ……任せるのである」 と見得を切ったはいいものの、正直なところ、気もそぞろだ。 目の前の文字ではなくて、タブレットの文字をつるつると滑らせる、ぷにぷにのゼロの指のせいだ。 白くて柔らかい指先が動くたびに、ゼロのほっぺを触りたい衝動を必死に抑える理性は辛うじて残っている。 子供特有の高い体温が伝わってきて、ぬくもりの安らぎと、抱きしめてすりすりしたいという欲望が絶妙にブレンドされる。 そんなカンタレラには一切気付かず、ゼロは文字をぶつけていた。 「むー。正解だとしたら反応は変わるのでしょうか?」 言葉ほどには困っている風ではないゼロは、手慰みのように指を滑らせる。 「カタチ……は関係ないであるかなぁ」 「似ているものはなさそうなのです」 意図せず二人は左右逆に首を傾げる。 解けないものは仕方ない。 ただ、負けるのが面白くないだけだ。 須柄がそんなゼロとカンタレラを見てちょっと嬉しそうにしたので、睨みつけて黙らせておいた。 ピッという高い無機質な音が鳴る。 「あと5分切りましたよ!! 全員水び」 「あっ」 まだ制限時間にはたっぷり余裕があるにも関わらず勝利したように勝ち誇る須柄を無視したのか全く気付かなかったのか。 空牙が口上の途中で遮る。 「判ったでござる! コレ書き方純の数字で分けられているのでござるな!」 「はぁい、私もそれが正解だと思いますぅ☆」 「画数であるか?」 「風は九画だから、同じ字は侵と幽。林は八画で夜と宝。火は四画で月と幻。残りは山で三画なのは久と川。ってことですぅ」 撫子の解説は空牙の書いた文字と併せた。 「これパネルの字と違う気がするのです」 しゃがんで文字も見つめるゼロがざっくりと空牙の心をえぐる。 肉球の手で書き慣れない文字なんて上手に書けるわけないでござる……と尻尾を垂らして消沈する彼を余所に、女子三人はきゃっきゃして文字をくっつけている。 元の文字と回答の文字をくっつけるとカチャンと鳴り、弾けるエフェクトが花火のようで、なかなかに凝った仕上がりになっている。 四文字全て合致させると、鉄製の扉が勿体付けて開いていく。 「今回は誰も濡れなかったのです。ちょっと残念なのです」 「大丈夫ですぅ、次がありますからぁ☆」 「そうなのである、諦めるのはまだ早いのである」 「励ますのはいいとして何故こちらを見るでござるか三人とも……」 ※ 中はがらんどうだった。 床の真ん中には大きな円が書かれている。更にその中心には紐が十本ほど伸びていた。 「くじ引きです」 「もう少しやる気出すでござる」 「外れはどのくらい入っているんでしょうねぇー」 軽く引っ張ってみると、あそびの部分はたっぷりとあるが根はかなり強く設置されているようだ。 ボタンを押すとするっと抜ける仕組みらしい。 「くじ運って使い果たしていそうな気がするんですよねぇ~、普段からぁ」 「そうなのでござるか?」 そんな二人の会話を僅かに耳の奥へと入れながら、何故かカンタレラはもじもじとし始める。今までは本人すらすっかり忘れていたが、空牙以外とは初対面であるのだ。 気付いてしまった途端に気恥ずかしくなって、我先にくじの紐を選べなくなってしまった。こっそりと一本の紐をゆるく引くがすぐに手を引っ込める。ゼロ、撫子、空牙が選ぶ前に自分はできない、と言わんばかりに余所見をしながら、視界に入らないように、入ればいいなとでもいうように何本か触っては離し、を繰り返す。 「カンタレラ、どれを引くか迷っているのです?」 「いっ、いや!? カンタレラは迷うなどと、ばんなそかな!」 「そういう時はいい方法があるのです、ゼロの後に続いてやるといいのです」 「う、うむ」 カンタレラの動揺は意にも介さず、ゼロはてこてこと並べられた紐の前まで歩いていき、ぴっと人差し指を立て大きく息を吸う。 「ど れ に し よ う か な ち ゃ い ぶ れ の い う と お り なのです」 一言ずつにあわせて紐を示していき、【り】の時点で止まった紐をきゅっと握る。 どことなく言うことを聞いたらいけない響きなのは無視することにした。 「これでバッチリなのです。やってみるのです」 「了解したのである」 同じようにカンタレラも紐を選んでいく。 「こ、これになったのだ」 「ばっちりなのです」 「私も決めましたぁ☆ あっ、空牙さんはこれでいいですよねぇ☆」 「えっ」 空牙と話していた筈なのに撫子はしれっと手頃な紐を掴む。そして同じように決めていなかった空牙には適当な紐をぐっと押し付ける。 「……まあ、いいか」 どれにするか決めかねていたのだから誰かが決めてくれた方が楽は楽だ。そう思いなおし、合図があればいつでも紐が引けるよう、咥え(させられ)た紐を噛み千切らない程度に力を入れる。 「じゃあいきますよー。 三、二、一……ハイッ」 がちっ。 ぐいっ。 須柄が合図と共に足元のスイッチを入れる。それにあわせて四人が紐を力いっぱいひく。 途端、線だけであった円の部分が奈落の様に壱番世界にあるエレベーターのようなスピードでせり下がっていく。 ※ 「あれ? 全員当りですかぁ?」 拍子抜けしたように撫子があたりを見渡す。 ゼロは特に上方を見渡し、カンタレラは足元の材質の感触を確かめるかのようにハイヒールをカツカツと鳴らしている。空牙は鼻をヒクヒクとさせている。 「向こうに誰か居るでござる」 暗くは無い、室内運動場のような空間の端にいるらしい四人は、同じように端にいる相手を見つけた。 相手は座って何か書き物をしている様子だ。うつむいているので顔立ちはわからないが、長くまっすぐな黒髪は一目瞭然だ。 「カグヤ様」 須柄が声をかける。 降りてきた音には無関心だったはずのカグヤと呼ばれた相手は、くるりと振り向いた。 年の頃は撫子と同世代だろうか。中肉中背の、美しいと称するのに問題の無い顔立ちの女性が小走りで寄ってきた。 「どうだった? 楽しかったかしら?」 挨拶もせずに、にこにこと四人に話しかける。 「わあ、女性だったんですねぇ~☆ 男性か女性か超絶美形かスパコンか知りたかったんですぅ☆」 「はじめましてなのです。ゼロはゼロなのです。楽しかったのですよー」 「カンタレラである! 石投げゲームは楽しかったのである!」 「本当? 楽しんで貰えたなら何よりだわ! 外国人の皆には何度もお世話になっているのだし」 「いや石投げじゃないでござる。そんなことした覚えないでござる」 じゃあ石投げって? と小首をかしげながら問いかける仕種は、百を超えるといわれるコミューンの総帥には見えない。 「いやそれが実は」 「まあ楽しんで貰えたのなら良かったわ。 頑張って作ったのよ」 「たまには拙者の話しを聞いてくれでござる」 そんな空牙の叫びは勿論届かなかった。 ※ 「カグヤさま」 「なあに?」 様付けで呼ばれるのが慣れているのか、ゼロの呼びかけに振り返る。 「カグヤさまは元“外国人”なのです?」 「え? ……ううん、私は違うわよ。どうして?」 「あ、私も思いましたぁ☆ SAIの支配がおかしいって、違和感を感じることが出来るのは異端だからじゃなくて同族だからじゃないのかなって思いましてぇ」 「え、ええ?」 カグヤは眼をぱちくりとさせる。ゼロと撫子の問いかけにカンタレラが囃し立てる。 「ではSAIを作ったのは、カグヤさまではないのですか?」 ヴェルナーがこの場所に着たがっていたということから、ゼロはそう問いかける。だがカグヤはビックリしたまま固まってしまった。 「どうしたのだ」 「……ああ、ごめんなさい。ちょっとびっくりし過ぎて。私にSAIを開発できる能力があればこんな世界にはしていないわ」 「権力闘争で敗れたとかですか?」 「どこでそんな言葉覚えてきたのお嬢ちゃん……」 ゼロを姿どおりの子供だとカグヤは思っているらしい。 しかし言うとおり、カグヤがSAIを開発しているのであれば、例え権力闘争に敗れて反旗を翻したのだとしてもレジスタンスの活動は“外国人”の力を借りずとも順調に行くか、SAI側がもっとカグヤを危険視しているだろう。 「カグヤはこの世界をどうしたのであるか?」 躊躇いがちのカンタレラに、カグヤは首をかしげながら目を合わせる。その行動にカンタレラは反射的に目を逸らす。ひとの目は苦手だ。 「どう、って?」 「……革命とやらが成功したらば、その後は? 今の生活が急激に変われば、良い方向へだろうと暮らしている者たちは戸惑うのではないか?」 AMATERASUの住民を心から憂いて出た言葉ではない。急激な生活の変化は、ここにいる四人は誰もが味わっているだろう。やむをえない事情があった自分達は受け入れるしかなかった。だが積極的に“事態を変えようとしている”側は、将来的なものを見据えていなければならないのではないだろうか? 「カグヤさまの望む未来を知りたいのです」 「私はね」 歓迎会を開いて盛り上がっている空牙と撫子をチラリと見て、カグヤは視線をゼロとカンタレラに戻す。 「ただ、人間は人間らしい生活を送るべきだと思うの。チップを埋め込まれて、決められた時間に起きて、食事をして、仕事をして、遊んで、眠るなんて、それは人間らしい生活と言えるかしら?」 だから、と彼女は続ける。 「利用できるものは利用する。SAIは都市管理機能もあるし、チップを外して少しずつまともな生活に慣らしていくのにも邪魔にはならないもの」 「カグヤさまはどうして違和感に気付いたのですか?」 「違和感?」 「はいなのです。レジスタンスを興そうと決めたきっかけは何だったですか?」 「うふふ。内緒」 「つまらないのである」 「次の機会にね。……もっとじっくり、お話しできる機会があればね」 目線がそれる。その先には大きな時計があり、それはもうターミナルに戻らなければならない時間を示していた。 「……きっとこれからも、いいえ、これからはもっと、貴方達“外国人”の力を借りることは多くなるわ。その時は、どうぞ宜しくお願いします」 ※ その言葉に、ロストナンバー達は即答は出来なかった。 カグヤの話だけを聞けば、SAIは所謂“悪”であるといえる。 それを事実だと思い込むには、SAIの事情に浅すぎる。 全面的にレジスタンスに、またはSAIに協力するかは決めかねる。 お土産ですよ、と渡された大きな大きな段ボール箱は付け届けではない……と判断する。 「……何が入ってるのでしょうかぁ」 自分宛の箱を覗き込みながら、撫子はむうと唸る。 「ゼロより大きいのです」 本人がすっぽりと入ってしまう大きさの箱をゼロは見上げる。 「というかこれはなんでござる」 鼻を近付けて空牙は匂いを確かめる。 「初めて見たのである」 中の一つを摘み上げて、カンタレラは色んな角度からそれを眺める。 ――お土産は<FUJI>名物“信玄餅”一年分です!! 「賞味期限とか大丈夫でござるか?」 期限切れを食べて体調を崩す繊細な面子ではないと思うが、これだけあると食べる前から食べ飽きた気分にもなる。 「非常食ゲットですぅ☆」 箱に頬ずりをせんばかりに撫子は喜んでいるし、ゼロとカンタレラは早速食べ始めて、口の周りにきな粉をまとわりつかせている。 空牙もこれは仲間へのお土産にしようと、とりあえずそっと蓋を閉じる。 ふと、カグヤの言葉を思い出す。 ―これからもっとロストナンバーの力が必要になるのは、それはAMATERASUに滅びが近付いているからでないか、と。
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