クリエイター北野東眞(wdpb9025)
管理番号1158-14033 オファー日2011-12-04(日) 17:42

オファーPC グレイズ・トッド(ched8919)ツーリスト 男 13歳 ストリートチルドレン

<ノベル>

 そんな声も出せたのか。
 半ば呆然とした意識の彼方でそんなことを考えた。

 グレイズ・トッドの瞳は極限まで見開き、青い炎に釘付けになっていた。
そのときだけは体を押さえつける重みすら感じずに。
 呼吸の方法すら忘れて、ただ、ただ、ただ、見ていた。

 うあああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛!

 今まで聞いたことのない断末魔の叫びは、野犬の遠吠えにどこか似ていて滑稽だと、周りにいる男たちが笑う。
 ――本物の犬だな、こりゃ
 ――犬が犬らしくなったな
 ――おいおい、そりゃ、犬に失礼ってもんだ。こいつらは犬以下なんだから
 嘲笑う声はどこか遠くの潮騒のように鼓膜を震わせる。
 瞬くことも忘れた目が、真っ直ぐに貫くのは目の前で燃える青い炎。大人たちが嘲笑うように、確かにそれは滑稽なダンスだった。のたうちまわるたびに、ゆらゆらと、そんなものでは消えないと炎が笑って、彼を弄ぶ。
 ふいに顎を掴まれてようやく麻痺していた痛みが戻り始めた。グレイズを自分へと向けさせた男は黄色いヤニまみれの歯を剥きだしにして笑った。
「お前もこうなりたくなきゃ、ちょっとは考えろ。コイツみたいに客を喜ばす芸当でも身につけな、くそ犬」
 とんとんとこめかみを叩いて唾を吐き捨て男は笑う。
 青のグレイズの目は、炎だけを見ていた。

★ ★ ★

 この世界はクソ野郎が捻りだしたクソみたいなもんだ。だったら、そのクソのなかで綺麗事を並べてもどうしようもない。
それは口癖のようなものだった。そのたびに彼は人の良さそうな顔を困らせてグレイズを見つめた。
――青の。お前は優しいやつなんだ。だから、そんなことを考えるなよ。お前の心が壊れちまう
 ばかじゃないのか、そんなので生きていけると思ってるのか。
 ――俺が稼ぐよ、その分
 お前がね
 ――これでも売れっ子なんだぜ? だから、お前はあんまり無茶するなよ
 お前こそ、無茶するなよ
 ――大丈夫、うまくやるさ。青のグレイズ・トッド


 遥か彼方の話だと、得意げに話していたのはぼろぼろの服を身につけた前歯の欠けた老人だった。いつも酔っ払って、くだらないことを口にしていた。
 彼が好んだのはお伽噺。空から気まぐれに落ちてきた隕石が世界をハンマーで叩き壊してしまったという。
雑草よりもタチが悪く生き残った世界はそれまであった「キカイ」が消えて、かわりに「マホウ」が与えられた。きっと隕石からのプレゼントだ。というが、真意は誰も知らない。知りようがない。
 ――その老人は死んだ。冬を越すだけの体力と運がなかった。飢えたゴミと呼ばれる人のなりそこないに襲われて食われたのだ。

 グレイズ・トッド――野良犬という意味らしい。学がないから、そこまでグレイズは知らない。けど彼の知る限り、グレイズ・トッドはここら一帯の子供たち、みんなの名前だった。
名前も、親もない子供たちを大人たちがそう呼んだ。
大人たちは野良犬たちを一か所に集めると、粗末だが部屋と食べ物を与えた。そして適当に割り振ったチームに、毎月の生活費をもてくるように告げた。
それに刃向かったのは勇敢な赤のグレイズ・トッド。大人たちの振り下ろしたハンマーで頭をかち割られ、手足を切られた挙句に豚箱と呼ばれる最低の娼婦館送りになった――今では彼のことは馬鹿な赤のグレイズ・トッドと語られる。
 青色のグレイズ・トッドの仲間はピンク色の雌グレイズ、黄色のチビグレイズ、金色の雄グレイズだった。
 青のグレイズもピンクも黄も金もひょろりとした体で、小さかった。とても盗みも恐喝もできない。青のグレイズは貧乏くじを引いたと内心嘆いたが、意外にもこの三人は金を稼いだ。体で。
 この三人が仕事をするとき、客とゴミから守るのが青のグレイズの仕事だった。
 毎月、金をきっちりと支払っても、大人たちはなにかしら文句をつけては殴ってくる。それを仲間に代わって一人で受けるのも青のグレイズの役目だった。彼は大人たちの反感を買う方法を心得ていた。
 適当に割り振られての共同生活でもグレイズ・トッドたちは家族だった。ピンクは世話焼きで、しょっちゅう青と口喧嘩しては幼い黄の子守りをした。青と年齢的に近いのは金だった。彼は珍しいことに文字が書けたし、計算も出来た。大人たちを欺いて少しばかりの蓄えを作ると、みんなが出会って一年過ぎたお祝いにケーキを買って食べた。はじめて食べたそれはあまりにも甘すぎて白すぎて、みんなを驚かせた。

 クソの世界だが、青のグレイズ・トッドはそれなりに不満もなく、仲間と生きてきた。

 この世界では弱いものから死んでいく。
はじめに死んだのは黄のグレイズだった。仕事の終わり、散歩したいというのに青は付き合って、夜明けを一緒に過ごした。
その日の昼に、買い物に出かけたあと帰らないので探すとずたずたに引き裂かれた死体が路地に転がっていた。見つけたときにはゴミたちに――人間だったが、魔法と都市の破壊によって汚染された空気や食べ物の影響で生まれた理性のない化物。そいつらが黄の体をむしゃむしゃと食べていた。なんとか取り返したのは髪の毛だけだった。
 ピンクは大いに嘆き、復讐の鬼になった。いくら青と金が止めてもだめだった。溜めた金で銃を買って、必ず黄を殺したやつらを殺してやるんだと豪語していた。そして、ピンクも死んだ。稼ぎ過ぎた彼女の持っている金を大人たちが奪おうとしたのだ。ピンクは抵抗し、ハンマーで頭を割られ、挙句にさんざんなぶり者にされて死んだ。その死体も路地に放置されて髪の毛も残りはしなかった。

 ――なにをして生き残ってやる、そして復讐してやる
 青のグレイズは吐き捨てた。
 稼ぎ口が減っても、毎月の摂取されるぶんは変わらなかった。二人きりではとてもではないが払うことのできない金額だった。
しかし、青のグレイズがなにかしようとするたびに金は止め続けた。
 そのことで何度も口論になったが、結局最後は青がいつも不機嫌に壁を蹴って終わりだった。
 金の言葉など聞かずに、盗みだろうが、恐喝だろうがすればよかった――青のグレイズは魔法を使えのだから。
 しかし、金の言葉がまるで小骨のように喉に突き刺さって、動きを封じてしまう。

 ――お前は優しいやつだって俺は知ってる
 俺が、優しいね
 ――だって、青の。お前は仲間のことを悼んでる。こんなクソの世界でも俺たちは家族だった。家族を想う気持ちがある。だから落ちちゃいけない
 馬鹿だな、金の。
 お前みたいなやつが優しいっていうんだよ。

★ ★ ★

 なにが引き金だったのかはわからない。
 とてもくだらないことで大人たちの反感を買ったのだ。そして、さんざんいたぶられた。大人の誰かが二人のうち一人を見せしめにしようと口にした。
 ――俺を燃やしてください
 と、金色は自分を差し出した。
 馬鹿な金色の選択が、この結果だ。

 この世界は本当にクソだ。

★ ★ ★

 ようやく解放された青のグレイズは焼けたそれに近づいた。彼の知る優しい笑みも、髪の毛もほとんどなくなってしまっていたが、まだ唸ってる、動いてる。だから青のグレイズ・トッドは痛む体をひきずってそれを抱きあげた。重い。はぁと息を吐いた。臭いに釣られたゴミたちの目を感じた。青は奥歯を噛みしめ、氷の刃を放った。悲鳴があがり、逃げていくゴミを見て、狂った、悲痛な笑みがこぼれる。
「この力があるのに」
 なぜ大人たちに抵抗できなかったのか。好き勝手に殴られ、挙句に、金はこんなことになったのか。
 脳が考えることを否定し、どうしてもそれ以上のことが考えられない。
 青はそれを背負った。
 じゅっと背中に焼けつく痛みを感じた。寒さはどれだけひどくても平気だが、熱さはどうにも苦手だ。背負った金がまるでやめてくれとばかりに暴れたのに、ちっ、と舌打ちを零す。
「ばか、お前、歩けないだろう。黙っておぶわれろよ」
 それでも彼は抵抗したのに青はまた舌打ちして、頑なに背負い続けた。そうすると、抵抗はだんだんと弱くなった。
「ったく、ひでぇ目にあったな。金色」
 唸る声はまるで犬のようだった。返事をしているのか、ただの痛みからの声なのか。わからないが、それでいい。今は。
「……今回は本当にろくなめにあわなかったが、まぁいいさ。怪我を治せよ。その間、俺が稼いでやる。盗みだろうが、恐喝だろうが……見ただろう、俺は魔法が使えるんだ。なんでもできるさ……ちっ、犯罪するなっていうのかよ。お前は本当にお人よしだよな」
 くぐもった声に青は苛々と言い返す。
「だからこんな目にあうんだぜ? これでわかっただろう? 誰かのために何かするっていうのは無意味なんだよ。これからはてめぇはてめぇのことだけ考えろ」
 物欲しそうなゴミの気配を感じて、青は苛々と氷の矢を放って追い払う。何度でも。
「俺が本気になれば、いくらだって稼げるからよ。だからてめぇはてめぇのことだけ考えろ」
 だんだんと火傷しそうなほどの熱をもっていた金の体が冷たくなっていく。暴れることもなくなっていく。声が小さくなっていく。それを青は無視して歩いた。たとえゴミたちが物欲しそうに見てきても、振り払い続けた。
「オイ、金色」
 ずんっと重くなった肉体が何を告げているのか、わからないほど馬鹿じゃない。それでも青は苛々と呼びかける。
「返事くらいしろ、てめぇ」
 そこで青は足を止めた。
 もうやめろ、馬鹿なことは。自分のなかにいる冷静な自分が吐き捨てた。ああ、ああ、わかっているさ。

 金は死んだ。もう生きちゃいない。その死体を持っていてもゴミに狙われるだけだ。あれだけ追い払っても、まだついてきていやがる。青がいなくならなくては御馳走にありつけないことをわかっているらしく、物陰からチャンスを虎視眈々と伺っている。
 青は仲間を背負ったまましばらく悩んだあとそこへと向けて歩き出した。

 ゴミ溜め場。
 好き勝手に捨てられたゴミが集まって山となったところ。そこに仲間を降ろすと、青は地面に這いつくばってライターを捜し出した。まだ使えるのか試してみると、幸いにも火がついた。青は仲間に近づくと、奇跡的に残っている髪の毛に火をつけた。髪の毛は良く燃える。じゅっと音をたてて金色から黒色へ。
音をたてて肉が焦げる。皮膚がただれる。甘い肉の香りする。
空腹と吐き気が一緒に襲いかかってきた。
 青は不愉快げに眉間に皺をよせ、はぁと息を吐いた。
 ポケットのなかにしまってあった宝物のハーモニカをとりだすと、乾いた唇をあてた。
 甲高い鳥の声によく似た、落ち着いた音が漏れ出す。
 青が知っている曲はたった一つ、葬送曲だけ。これほど頻繁に弾く曲もない。黄のときも、ピンクのときも、この曲を一晩中奏でて送ってやった。青の隣ではいつも金が聞いていた。
 ――青の。お前の曲はきれいだし、優しいよ。だから俺が死んだら、同じようにしてくれよ?
 あのとき、馬鹿野郎と罵った。
 本当に金、お前は馬鹿野郎だ。

 青のグレイズ・トッドは目を細め、青く凍てついた炎を睨みつけた。この炎を俺は忘れない。
 これは俺の炎だ。
 復讐の炎。
 黄も、ピンクも、お前のぶんもだ、金色のグレイズ・トッド。

 誰も喜びはしない、身勝手で無意味なことだとわかっている。死んだやつは間抜けだっただけの話。
 それでも、今日奏でるハーモニカのように俺は俺のためにやる。
 金が死んだとき、青のなかのなにかが壊れた。押しとどめていた者はもういない。なら躊躇うことなく今までの自分を捨ててやる。

 青い炎に燃えるのは金色のグレイズ・トッド、そして仲間が愛した青のグレイズ・トッド。
 二匹の名もない野良犬は悲しいハーモニカの音に見送られて、葬られた。

クリエイターコメント オファー、ありがとうございました。

 ねつ造暴走してしまいました。少しでもイメージに沿っているといいのですが……問題がある場合はお手数ですが、事務局経由でお知らせください。

 グレイズさまの優しさとその終わりを第一に書かせていただきました。
 書かせていただけで、とても嬉しかったです。 
公開日時2011-12-23(金) 11:30

 

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