ターミナルはいつものようにあたたかな青空と陽射しを地上へと零れ落としていた。 司書棟では仕事に明け暮れる司書たちが忙しく行きかう。そんななか派手な衣服が入り口を壁のように塞ぎ、さらにセクタンのついたクリスマスリースなんかも飾っている季節感のまるで無視されたカオス司書室のソファにキサ・アデルはちょこんと腰かけて本日の宿題であるドリルをせっせっとこなしていた。「キサちゃん、ドリルは終わったかしらぁ?」「あ、カウベルちゃん、うん。おわったよ」「よかった! お願いがあるんだけどぉ、いいかしら? あのね、おつかいに行ってきてほしいの」「おつかい?」「そっ! 実はね、クッキーをつくろうと思うんだけど、材料がないから買ってきてほしいの」「……一人で?」「お願いできる?」「……」「無理にとは言わないわよ? 今日はおやつ抜きでいいなら」「や!」「はぁい、いいお返事ね! じゃあ、これが買ってくるリストよぉ」 ぴらっとカウベルがキサに差し出したのは紙には以下のものが書かれていた・情熱のバター・濃厚とろとろ牛乳・虫からむしりとった砂糖・殴り倒したい片栗粉 リストにキサは眉根を寄せる。カウベルはにこにこと笑って説明を続けた。「このバターと牛乳は食品店の『ドルチェ』さんのところで手に入るから」 リストの下にはご丁寧にも、汚い地図と牛のイラストまでついている。「で、砂糖はウィルさんのところで手に入るわ。『トゥレーン』ってお店ね! この片栗粉はぁ、画廊街の近くにある雑貨屋さん『ドードリア』。いいかしら? 間違えないでね? お金はぴったりしかいれてないからぁ」 カウベルはじぃとリストを見ているキサの肩に小さなポシェットをかけ、なかにはいっているお金をみせた。 そのあとキサと視線を合わせてカウベルはにこりと微笑み「寄り道したり、別のものを買ったり、あと、破片を暴走させちゃだめよぉ?」「うん」「じゃあ、いってらしゃーい!」 そうして笑顔のカウベルに見送られてキサはカオスな部屋をあとにした一分後「みんな、もういいわよ!」 ぷっさはぁああああ――なにがどう置いてあるのかもよくわからないカオスな部屋から本日の家庭教師兼見守りのロストナンバーたちが現れる。 カウベルに、いきなり隠れていてね(はぁと)と部屋の奥に押し込まれて、仕方なくじっと様子を見守っていたのだ。「じゃあ、早速、キサちゃんのこと追いかけてあげてね。はい、カメラ」 はい?「ほら、よくあるでしょ? はじめてのお使いよ。ちなみにね、キサちゃんは一人だとお金を間違えたり、迷ったり、下手したらよくわからない人に絡まれたりってトラブルに巻き込まれちゃうと思うの。ぜひぜひ、それをさりげなぁく、ばれないよぉにフォローしてあげてねっ!」 にっこりとカウベルは微笑む。「ぜぇったいばれちゃだめよ? これは、キサちゃんに自信をつけてもらうためなんだからね!」 ★「おい、カウベルって、あれ、キサと本日の家庭教師どもは?」 ドアを開けて覗き込んだ黒猫にゃんこ――現在はダンディな三十代の黒は、不思議そうに部屋を見回した。「クッキーの材料をおつかいにいってもらってるわよ? どうしたの?」「ああ、今までキサの教育にあたってくれた協力者からの報告で、そろそろ、キサの世界計の破片を自分の意志で取り出せそうだと思ってな」「じゃあ、キサちゃん、ご両親のところに帰れるの?」 ぱっとカウベルが笑うのに黒は頷いた。「両親との関係も良好だしな。そろそろ時期だと思う。お使いが終わったら、俺からキサに告げるつもりだ」 そして少しの間の後、小さな疑問を口にした。「お前、クッキーなんか作れたのか?」 カウベルは笑顔のまま元気にVサインを突きだす。「作れるわけないじゃなぁい、よろしくね!」
「……」 カウベルから改めてお使いコースと商品リストを渡されたエク・シュヴァイスは片手に持った帽子を胸にあてて、胡乱な目で耐えていた。つっこんだら負けだ、これは突っ込んだら負けだ! その横では 「カウベルさんのご用命とあらば、身を砕くつもりで頑張ります!」 「あら、ありがとお」 カウベルのためにごうごうと燃える炎と化したソア・ヒタネが拳を握りしめ 「あの、お洋服とかお借りしてもいいですか? このままだとはれちゃいそうですから」 「いいわよー」 「ありがとうございます」 とやりとりしている更にその横では 「初めての神の使いね。あたしがどきどきしちゃう! どきどきしすぎて天変地異起こしても……だいじょぶだいじょぶ、あたしだとは限らないからセーフ!」 ターミナル界のお騒がせ一つ目娘代表のイテュセイはない胸に両手をあてて慈愛深い瞳をきらきらとさせ、しみじみと語るのにエクに即つっこまれた。 「アウトだ、馬鹿!?」 「えー、セーフでしょー!」 「アウト、アウト!」 「セーフよお~!」 「おふたりとも、落ち着いてください。お待たせしました! 準備が整いました!」 「似合うわよ~」 ソアはカウベルのお墨付きに嬉しそうに笑う。その姿は黒い着物と頭巾で完璧な黒子の衣装である。 いろいろと考えた結果、目立たない服装イコール黒子になったのだ 「もしも、これでキサさんにばれそうになったときは牛に変身します。キサさんにはわたしが変身できること言ってないから、たぶん単なる通行牛としか思われないはずです!」 「……目立たないか、それ」 「え」 「いくらターミナルでも牛がホイホイもしてないだろう」 「え、ええ!? だめですか!」 「んもおおおお! エクはだめだめてか、つっこみばっかりで、そんなに男であることを主張したいの! なんでもかんでもつっこめばいいってもんでもないのよ! だからチェリーボーイは!」 「おま、ちょっとまてっ、チェリーっていうな!」 「ふ、このあたしにわからないことなんてないのよ」 「どうして、そんな情報が、ハッ! ……理沙子、お前なのか!? 信じていたのに!?」 「女はね、裏切るものなのよ。おほほほ~!」 腰に手をあてて勝ち誇って笑うイテュセイにがっくりと床に両手をつくエク。その様子にぴゅあなソアは首を傾げる。 「チェリーがどうかしたんですか?」 「知らなくてもいいことよ~。それより、早くいきなさぁい。キサちゃんのこと見失うわよ、はい。カメラはソアちゃんが持ってね」 「あ、はい。けど、機械は苦手だから、きゃあ!」 ぱしゃ! カメラを手の中に握ったはいいがよくわからないボタンを押してしまい、フラッシュにソアは目を回す。 「おい、大丈夫か。機械類なら、俺が担当する。フラッシュはキサにばれるからな設定を変えてっと……追跡や監視は、まぁこの場合適切かどうかはわからんが、探偵の領分だ。任せろ」 「そうよ、あたしがキサちゃんについてるんだから! 大船に乗ったつもりでいてよ! さあ、ゆくのよキサ! この戦いを制することであたしたちの真の計画にまた一歩近づく」 どすっとエクの鋭いつっこみがイテュセイの目を突いた。 「あぎやあああああああああああああああ、目が、めがぁああ」 「ちょっとは自重しろ、一つ目」 「あ、あわわ。大丈夫ですか、イテュセイさん」 「……もう、いつまでいるつもり? はやくいきなさぁい~」 じゃないと、カウベルちゃんもそろそろぶちきれ鬼おこぷんぷんしちゃうぞ★ ★ ☆ ★ 黒と白のドレス姿のキサはターミナルの街中をとてとてと歩いていく。まずは『ドルチェ』を目指すがふと足を止めて、周りを見てきょろきょろして不安げに俯いた。 その頼りない様子を透明化したエクと黒子のソア、さらにぜんぜん隠れていないイテュセイがじっと眺めていた。 あきらかにおかしい、あんたたちおかしいよ、どう考えてもおかしいよ集団である。 「キサ、迷子になったのか、いきなり……く、知識だけ集めて活用方法がわからないという間抜けなパターンか! ……世界図書館めっ」 正直、計算なんかはフツーに出来てほしかったが、冷静に考えたらまだ赤ん坊のキサにそんな高度技術はなぁ。 しかし、だ。 思えば今までのお勉強でキサが習ったことを振り返ると生活に必要な計算能力や読み書きとかそういう大切なところがわりとさらっと抜けていた。 「チャイ=ブレめ……! おのれっ」 「それより、今はキサちゃんですよ。どうしましょう」 「そうだな」 「?」 なんとなく見られている気配を感じ取ってキサが振り返るのに透明なエクはそのまま。ソアは咄嗟に黒子牛になってのしのしのし。もお~。 イテュセイは両手をひろげて片足を持ち上げてどこの世界の巨大看板のマネをした。美しき一つ目娘降臨を象った像のつもり! 「? ……気のせいかな」 キサはとてとてと間違った方向に歩いていく。 「いかん、キサ、そっちじゃないぞ。急いで追わねば」 「困りましたね」 「ま、か、せ、て!」 まだ看板ポーズのイテュセイはドヤ顔で宣言する。 「一切のトラブルを未然に防ぎこのお使いを無事に終わらせるようにキサの行く先の人の出入りを完全シャットアウト! 出会う人々はうつろな目で「ここはターミナルの街だよ」を繰り返すだけの存在と化す! 《ワールド・イン・めっこ》! 発動!!」 その声とともにキサの歩く先、半径100メートル限定でターミナルが白黒に染まり、虚ろな人々が闊歩する世界へと変貌する。 キサも雰囲気が変わったのには気が付いたのだろう、びくっと震えているがなんとか方向を知るためにも勇気を出して人に声をかけるが 「こ、ここは、ターミナルだよ」 「あ、はい。方向を」 「ここはターミナルだよ」 「あの」 「ここここここここ、はははははは」 「!? いゃあああ」 キサは全力で目的の店とは違う方向に駆けだした。 「あれ? どうしたのかしら、こんなあんぜひかぶぅ! めがぁあああ、レモン汁、レモン汁がぁああ!」 ソアがたまたまどうしてか持っていた今朝とれたて新鮮ぴちぴちのレモンを怒りの手刀で真っ二つに斬ると、思いっきりぶっかけたエクは黒いオーラでイテュセイを睨みつける。 「な、なによー、あたしはキサちゃんのためにもぉ」 「完全にキサが別方向に行っちまっただろうが! おまえ! ソアが急いで追いかけて方向を教えるはずだが」 エクははらはらと見つめる。 黒子のソアが一生懸命にキサに近づこうとしていた。 背後に回り込んでどこかの腕利き暗殺者のようにお前はすでに死んでいる、なんてささやかずに正しい方向に導くための助言を ひら、ひらひら 顔を隠している布が揺れる。 そんな、赤いひらひらしたものじゃないと ひらひら、ひらひらひ。 あ、だめ、体が熱い。こ、これは、なに、胸のなかかに溢れてくる、この黒い炎、あ、あああ! 「もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 ダーク・トランス・ソア・覚醒!? 説明しよう。 牛は別に赤ではなくてもひらひらしたものを見ると興奮するのである。それも黒い布を至近距離でひらひらしているのをみてしまったソアは、黒い布の誘惑に勝てず、なんとダーク堕ちしてしまったのだ! 「暴れ牛! え、え、いゃあああああ! おつかいこわい」 キサは泣きながら駆けだしていく。 「もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 声をあげてそこらへんにいる操り人形化した通行人たちに突撃していくソア。 「ぶー、ほらー、あたしだけじゃないしー」 「……」 無表情のエクはそっと懐からあらかじめ用心のためよーとカウベルに渡されていた吹き矢を取り出した。 「ふっ!」 「もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……がくっ」 首筋に見事にぶっささった矢によって倒れるソアにエクは恐る恐る近づいた。 「だいじょうぶか?」 「あ、あいたた。はい。だいじょうぶです。鎮静剤(牛用)! これ……!」 「カウベルが(トランス)ソアのために持たせてくれたんだが役に立ったな」 「か、カウベルさんが、わたしのために」 じーんとしているソアには悪いが、吹き矢を用意されているのとかいいのか、いいのかソア、なあとつっこみたいが愛の形にはいろいろとあるものだとスルーすることにした。ここ最近、スルースキルが無駄に鍛え上げられている、気がしなくもない。 「キサは……完全に見失った!」 「だいじょーぶよー、あたしの加護でキサに害があることはぜったいにないからー」 唇を尖らせてイテュセイは言う。実は使い魔たちをターミナル中に飛ばしてキサの居場所はばっちり把握している。 「んー、けど」 キサを傷つけず、困らせない、そんなターミナル。平和な街…… 「それで本当にキサちゃんのためになるのかしら? あたしたちはそんな無難で平和な物語を求めているのかしら? キサちゃんが困難に立ち向かって成長していく。あたしたちも一緒に苦労する、そういうのが美しい筋書きなんじゃないのかしら!? そうよ、そうよね! めっこ、まちがえてたわ! よーし、やめ! いくわよー、やるわよー!」 「おい」 「ちょっとドラマチックに! いま、めっこのコスモ(無駄に広い宇宙)よ、萌え、じゃない燃えあがれぇええええええ」 『おー』『やるわよー』『いくわよー』『もえろーもえろー』『本体ももえちゃえー』 いつの間にか集まった使い魔たちもを声をあげて、 イテュセイとちびたちの燃える黒いオーラが――塊に、隕石となる。 「めっこ流彗星! 一万五千億の一!」 ひゅおおおおおおん~! 音をたてて隕石が――ドルチェに落、ち、た! 「あー通りすがりの隕石がお店にー! キサちゃんに届け、この愛の電波」 むしろ、毒電波をびびびひ~! 「さぁ、キサちゃん、これでまよわな目がぁあああああああああああああ!」 レモン汁が飛ばされてイテュセイは悲鳴をあげる。 「お前、なにを考えているんだ」 「うおおおおおおおおおおおお、目が、めがぁああああああああ、ちょっとー、この痛みはガンジーも助走つけて蹴りを放つレベルよ! あたしが優しいからって」 「言い残すことはそれだけか」 ぴとっと額にあたる冷たい銃口 「ちょ、ちょっとお~」 「お前、キサがいく店を潰してどうするんだ!」 「てかげんしたぷー」 がっしゃん! エクの銃の安全装置が音をたてて解除される。本気でキレる一秒前。 「てか、肝心のキサちゃんはいいのー」 「めっこのおねえちゃんがなんかいってたような、ううう」 キサはすでによくわからない現象にめそめそと泣きながらもなんとかおやつのためにも歩いていると目の前になぜか看板が! 『ドルチェは右です』 『ドルチェは右!』 『あっちだよ』 の張り紙。 「ふえ?」 なんと一メートルごとに張り紙と立て看板がついているのだ。それに従って進むと 「なんか、潰れてるお店ある! え、ど、どるちぇ! どど、どうしようっ、お店あいてるかなぁ、あわわ」 なんか半壊しているお店にキサは恐る恐るなかにはいると 「いやー、いきなり隕石が落ちてきた、なんだったんだか」 ドルチェの店主はしきりと小首を傾げているが幸いにもお買いものはできるようだ。 「よかった、キサちゃん」 牛化して張り紙と立て看板をがんばって張ったソアはふぅと美しいため息をつく。 「あとはお買いものですね」 「ソア、すまん! あいつを簀巻にしていたら時間をくった」 「あ、エクさん、いいえ。大丈夫ですよ。キサちゃんがお店のなかにはいりました」 「よし、いくか」 二人は頷きあうと店内に客を装って入る。といっても黒子と透明人間化している妙な組み合わせに周りの視線……なんて気にせずさささ~まるでこの世で最も強い黒いあいつのように素早く動いて二人は距離をとってキサを見守る。 「えーと、えーと、なんだっけ?」 そりゃあ、まあ、ここにくるまでにホラー! ターミナルがおかしい現象やら暴れ牛やらに見舞われて挙句に迷子になればなにを買うべきかなんて忘れてしも仕方がない。 「ど、どうしましょう。迷ってます」 「くっ! こういうときに迷子のロアンが転がってりゃ、商品名を言わせて買うものを思い出させるとかするんだが……こういうときに限って見当たらないなアイツ」(カメラぱしゃぱしゃ!) ターミナルに無数にいるといわれる猫の亡霊は今日も今日とてどこかで自分の迷子を捜しているらしい。しかし、ここにはいない。本当に無駄に増えるだけで使えない暴霊である。 「こうなれば」 「どうするんですか?」 エクは透明化したまますすっとキサの背後に歩み寄る。考えに没頭していてまるでキサは気が付いていない。 「ねぇ~ちょっと、クッキーつくるんだけどー、材料はなにがいいと思う?」(超裏声) 「あっ、アタシしってるー。情熱のバター、濃厚とろとろ牛乳でしょ」(超超裏声) その声にキサはハッと買う物を思い出すと棚の商品を手にすると速足でレジに歩いていこうとして振り返った。 「いまのひとたち、いない?」 「く、喉がっ」 そして、またしても暗黒歴史を作ってしまった気がなくもないエクははぁとため息をつく。 「エクさん、がんばりましたね」 思わず、ソア、涙が出ちゃいそうです。 「あとは店員がおつりを間違えないだけだな」 「そうですね!」 あとはチャイ=ブレの気まぐれないたずら心が発動されて店員がおつりを間違える気配がぷんぷんするのにエクとソアは店員をガン見した。 間違えるなよ、間違えるな、間違えら……撃つ! 間違えないでください。間違えないでください、間違えたら……暴れます! その願いというか脅しがチャイ=ブレの心に通じたのかは不明であるが、キサは無事にお買いものを済ませて出ていく。 「よし、次は」 「やーん、エクったら、かわいい声ねー」 「な、イテュセイ、まて、おまえ、それは」 にやにやといつの間にか背後に立つイテュセイは何か聞いているようだが、それは 「エクの裏声、録音しておいたから!」 「!?」 暗黒歴史、ばっちり刻み付けておいたから! 次にキサはトゥレーンに訪れた。 「いらっしゃいませ、キサさま、砂糖ですか? まってくださいね」 マスターのウィルがにこにこと笑う。 「そういえば、虫からむしりとった砂糖って」 「なんでしょうね、あ、あれ」 建物の後ろに隠れて見ているソアとエク、イテュセイはどこぞに消えて使い魔の二号がついてきている。 三人が見守るなかウィルはにこにこと笑って店内から大きな蜂を連れ出してくると、思いっきりその腹を殴った。 「!」 「!?」 「あ、砂糖吐いたわー」 虫の口からさらさらと零れ落ちる砂糖をウィルは袋にいれるとキサに手渡した。 「だから虫からむしりとった砂糖なのか……待て。あれで、クッキー作るのか」 「じゃあ、殴り倒したい片栗粉って」 ソアとエクは顔を見合わせて苦笑いする。やめよう、考えるだけ不毛だ。 「まぁ、とにかくあと一軒で、ん、あれは」 キサは通行人に自分から道を聞いている様子にちょっとしっかりしてきたかとエクは微笑んでいたが、その相手はどうもタチがよくなかったらしい。あからさまに武器をちらつかせてキサを脅している。 「……ソア」 「……はい」 「行くぞ」 「はい」 「めっこもいくー! まかせてー!」 相手がどうして怒っているのかわかんない。こわい、こわいよ。 キサが俯いてしゅんとしていると ざんばああああああああああああああ! と元気な声がしてほえっと顔をあげる。 どどとおおおおおおおおおおおおおと派手な飾りをつけた牛が目の前を駆けていく。 いゃあああ、サンバのリズムに牛があばれちゃったー! めっこのせいじゃないんだからぁ! どっかで聞いたような声がする。 「あ、目の前の人、いなくなっちゃった。……よし、買い物!」 キサ の スルースキル があがった! サンバ牛にアタックされ、さらになにかよくわからないものに引きずられた男は建物の裏手に連れ去られた。 そこには鼻息の洗い牛とにやにやと笑うめっこ、そして 「貴様、覚悟はいいな?」 「え、ちょ、おい」 エクの目がぎらりと輝く。 さぁ、インヤンガイにいるハワード・アデル、その力を俺に示せ――エクはいつの間にか取得したらしいハワード・アデル・ソウル降臨させる。 黒豹の背後になぜか怒り狂ったまだらの狼の幻影を見た――男はのちに語る。 ようやくすべての買い物を終えて司書室に戻ったのにドアを開けると眩しい光に出迎えられてキサは目を細めた。 なに? そっと目をあけると影がずんずんと近づいてくる 「待っていたよ……君の戻ってくるのを……そしておめでとう、君は我々の試練に合格した。君は世界を救った!」 「え、イテュセイおねえちゃん? え、え、え?」 「世界滅ぼしてないんだから、救ったも同じでしょ?」 「ふえ? あの、まぶしい」 「あ、消そうか! んー、もうがんばったわねぇ! おねえちゃんはいっつもみまもっていたわよ!」 指を鳴らして謎の証明(使い魔たちによる演出)を切ったあとイテュセイは神々しい微笑みを浮かべる。 「はいこの一級ツーリストの免状をあなたにあげます!」 「ふえ……な、なに書いてるのか読めないよ、お姉ちゃん」 賞状を受け取ってキサは首を傾げるのにイテュセイはにこっと笑って抱きしめる。 「いいのよー、内容なんてものは! んふふがんばったわね!」 「キサさん、お疲れ様です」 ソアがにこにこと笑って拍手する。 「大変でしたね。けど、ちゃんとお買いもの、できたみたいですね! 本当にすごいですよ!」 ソアにとってはじめてのお使いは村でもターミナルでもお野菜だった。ターミルは故郷よりずっと変わった名前が多く、地形も複雑で大変だった。けれどお野菜を届けたときに笑顔を向けられて嬉しくなった。わたしもできるんだって自信がついた。だからカウベルの口にした『自信』のためにも今日一日キサを見守れて、嬉しかった。 バイトしているときも、そして今日も、自分はキサのためにちょっとはなにかができたかな? 「キサ、お疲れさま」 「エク」 「んふふ~。あたしたち、今日はキサの買ってきた材料で御菓子を作るのよ」 「そう、なんだ、あ、黒?」 三人の間から出てきた司書の黒は優しく笑った。 「キサ、おつかれさま。そして、おめでとう。今日一日のことは聞いた。それでお前に伝えたいことがある。お前の今までのがんばりから、お前の再帰属が決定した」 「え」 「お前なら、もう破片を自分の意志でコントロールして取り出せるだろう。チケットの用意は俺が整えておく、お前はそのための準備をしておけ」 黒の言葉にキサは茫然と立ち尽くす。 それに黒は忙しいからとさっさと出ていくのにキサの横にいたイテュセイがにこりと微笑んだ。 「ホント、がんばったわねぇ。いいこ、いいこ~」 その手がキサの頭に触れて。 ――もう、いらないわよねぇ~ 世界計の破片はキサが自分で望まなければ取り出すことはできないが、イテュセイは試しに手をさらに深くなかへと沈めようとしたのに、キサはイテュセイを振りほどいた。 「イテュセイお姉ちゃん?! な、なに!?」 「およよ? あっそっか。ごめん、ごめん。破片がないとキサちゃん赤ちゃんに戻っちゃうものねぇ~。それは、困るから破片があるのか。んー、じゃあ気を取り直してキサちゃんいきましょ! おいしいクッキー作りが待ってるわよ!」 「え、作るの? キサたちが? カウベルさん!」 カウベルは笑顔でVサインを送る。 「作れるはずないじゃない!」 「おやつー!」 「わたしも手伝いますから」 ソアが微笑んでキサの横にまわりこむ。 「せっかくだ。クッキーじゃなくて、ケーキとかはできないのか? キサの再帰属のお祝いだ。俺は、料理は無理だが、女性が二人もいれば出来るだろう、ああ、女性扱いしなくていいのがいるが、うん、まぁ」 「エク」 キサはエクの服の裾を握りしめた。 「私がターミナルからいなくなることはいいことなの? エク」 「俺は、理沙子と約束した、必ず返すと」 キサはじっとエクを見つめたあと俯いた。胸のネックレスが揺れる。 「うん。そうだね、キサはずっと帰りたかった。ママに会いたかった。だから、ずっとがんばってきたもん」 ゆるゆるとキサが笑う。 「お祝いならケーキがいいな。ねぇ、イテュセイお姉ちゃん、ソアさん、エクも手伝ってね。カウベルさんも!」 「まかせなさーい」 「がんばりましょう。ね、カウベルさん」 「むりって、強制なの? うーん、がんばるわ」 「俺も手伝うのか! ぐ、キサのためならしかあるまい」 わいわいと、また一人、ターミナルから帰るべき地へと行く者を祝福して楽しく和やかな雰囲気が広がる。 そのなか、キサの胸の上でターミナルにきてもらった鍵つきのネックレスが頼りなく揺れた。
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