さて。 ここは、館長公邸の庭の一部、日本風の庭園――公開されているにも関わらず、あまり人が訪れない場所であるために、先日発足した使い魔ヒミツ倶楽部の会合場所として、なしくずしに設定されたところである。 日々、御主人さまたちに振り回されたり反対に振り回したり、ツンしたりデレたりどっちが保護者だかわからなかったりしているわけだが、苦労話にのせながらも、それでも御主人さまへの普段はなかなか口に出せない思慕と信頼を、使い魔たちは語り合った。 その結果、しばし語尾がニャになったり、ぞうきん絞りの刑に処せられてしまったものもいるようだけれども……、そこはそれ。 †*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†* パティ・ポップさんへ。 冬路友護さんへ。 チャルネジェロネ・ヴェルデネーロさんへ。 志野・V ノスフェラトゥさんへ。 ボルツォーニ・アウグストさんへ。 ヴェンニフ隆樹さんへ。 ブレイク・エルスノールさんへ。 初めまして。突然のお手紙、すみません。 ……初めまして、じゃないかたも、いらっしゃるかも知れませんね。 先日、ケロちゃんとポッポちゃんが、 使い魔さんたちにお世話になったみたいですので。 その節は、どうもありがとうございました。 もしよろしかったら、今度は、ご主人のかた同士でお話しませんか? 場所は……、 †*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†* ベンチに腰掛け、七人の「御主人さま」に手紙をしたためながら、松本彩野ははたと考え込む。 使い魔たちがこっそりと集まって交流を楽しんだことは、すでにターミナルの地域社会ネットワークの中では公然の秘密だ。だから、会合場所はここがいいだろうと思い、下見かたがた、やってきたわけだが。(皆さんにベンチに座ってもらうのって、大丈夫かな……?) せっかく集まってくださるのだから、何かおもてなしをしたほうがいいだろうか。 それなら、公庭ではなく、ターミナルのどこかのお店を借りたほうが……?「これ、そこな娘御」 悩む彩野は、突然、声を掛けられた。 料理レシピを片手に、庭園をうろうろしていた甘露丸だった。「……はい?」「ヒマかえ?」「あ、い、いいえ……?」「そうか。もし時間があれば、わしの新作料理を試食してもらいたかったのじゃが。珍しい茶や菓子もあるゆえ、できれば、ひとりでも多くの旅人の感想を聞ければと思ってのう」 ぽりぽりと甘露丸は頭を掻く。「あの……!」 彩野はひらめいた。 胸の前で手を組み合わせ、大きな瞳を見開いて、甘露丸を見つめる。「今度、ここに、何人か集まってくださる予定があるんです。そのときに、試食させていただくことって、できますか?」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>松本 彩野(czpp1907)パティ・ポップ(cntb8616)冬路 友護(cpvt3946)チャルネジェロネ・ヴェルデネーロ(cucc1266)志野・V ノスフェラトゥ(cxyf7869)ボルツォーニ・アウグスト(cmmn7693)ヴェンニフ 隆樹(cxds1507)ブレイク・エルスノール(cybt3247)=========
ACT.0★従者たちは見た! 彩野たんに声をかけた優男の正体は? 館長公庭に渦巻く愛憎とお菓子の行方や如何にそして新たなる謎が風雲急を告げ(以下略) 「……おい。コレはどーゆう事だー?」 彩野たんと甘露丸さんのやりとりを、ケロちゃん、もとい、カエル隊長と、ポッポちゃん、もとい、鳩吉軍曹は、木陰から見ていた。 「Σクルルッ! ……クルルゥーー……(訳:Σビクッ! ……え…えっとー……)」 鳩吉は翼を上下させてあたふたしている。ヒミツ倶楽部がひたすらに秘匿してきた秘められたヒミツの秘密が彩野たんバレしてるっぽいことを、カエル隊長に指摘されたと思ったのだ。 「アイツ誰だよー? 彩野に馴れ馴れしくしやがってー!」 ぐぎぎぎーーー! と、嫉妬の炎を燃やすケロちゃんに、ポッポちゃんは少しほっとした。 「クルッ……。クル、クルルル……?(訳:あっ……、そっちの事? うーん……。ご主人の彼氏とか……?」 「……。……。よし、鳩吉! アイツの背中に【僕を蹴って】って張り紙して来い!」 そしてカエル隊長は、甘露丸をおごそかに指さす。 鳩吉軍曹はピシッと敬礼した。 「クルルッ!(訳:了解!) 「あー、あとお前。今日から一週間オヤツ抜きな?」 「Σクルルルッ!(訳:Σえー!?)」 ポッポちゃんは、しゅんとうなだれる。 (ぐすん……。いいもん……。隊長に内緒でコッソリ食べるもん……) さて、本編が始まる前に、ここで説明しておこう。 ケロちゃんとポッポちゃんは、絵の化身である。したがって、同じく絵から具現化された食料しか摂取出来ないのだ。誤って普通の食べ物を食べると、消化不良を起こしてしまう。 それを治療するのは、「絵から具現化した医者」でなければならない。なので、そんときは彩野たんにお医者さんキャラを描いてもらうことになるんである。普通のロストナンバーの医者には手の施しようがないのだ。たとえ、黒マントにツギハギ顔の、法外な料金を代償に難病を治療する某天才無免許医師であったとしても。 それでは、誰かから差し入れをもらった場合、まったく食べることができないのかというと、そうでもない。 まず彩野たんが美味しくいただいたあと、その味と形状をイメージして絵に描き具現化させれば、間接的にではあるが、彼らにも食べる事が出来るわけである。 しかしながら、ポッポちゃんはそんな手続きを踏まずにふつーに試食しちゃって腹痛起こしそうなフラグを立てつつ、甘露丸さんはそれからしばらく、通りすがりのロストナンバーたちにやたら背中を蹴られつつ、当日を迎えたのでありました。 ACT.1★そんなこんなでご挨拶 「ようこそおいでくださいました。松本彩野です。いつも、ケロちゃんとポッポちゃんがお世話になっております」 次々に現れるゲストたちに、彩野たんは丁重に頭を下げる。甘露丸も、料理と飲み物をテープルに並べ始めた。 (こんにちはー) (おまねきありがとー) にょろろー、にょろろりん、と、可愛らしい小蛇が現れた。ミドリナメラのイェスィルーとカラスヘビのスィヤフである。今日は彼らの御主人さまも一緒だ。チャルネジェロネ・ヴェルデネーロ氏。出身世界では魔力の根源にしてずーーっと寝ていたい属性、御年100歳の、黒と緑のまだら蛇であった。 「試食会でござるか」 チャルさまは、彩野たんが差し出したコップをくるんと尻尾で持ち、甘露丸が注ぐヴォロス産ザクロジュースを器用に飲みはじめる。見かけによらず気さくなかたのようだ。 「くふふん、うむ、とっても楽しそうでござるよ。でも、ちょっともったいない気もするでござる」 「どうしてですか?」 きょとんとする彩野たんに、チャルさまは、「モフトピアの温泉で作った温泉卵じゃよ」という甘露丸の注釈を聞くや聞かずのうちに、イースターエッグですか的パステルカラーな温泉卵山盛りを、ずざざざざざーーーっと丸呑みし、その理由を身をもって証明なさった。 「拙者たちは基本、食べ物丸呑みでござるし。ごっくん」 「すごいっス!」 灰色の鱗を持つリザードマン、冬路友護は、にこにこしながら拍手をした。彼は、似たような境遇のロストナンバーたちとの交流を、とても楽しみにしていたのだった。今日はどんな話が聞けるのか、すでに期待でいっぱいである。 「オレっち、冬路友護って言うッス! 是非是非ヨロシクッスよ!」 『ったく、はしゃぎ過ぎて周りにあんま迷惑かけんなよ?』 相棒の翼竜型ロボ、フォニスは呆れ顔だ。とはいえフォニスだって、べ、べつに、以前話した皆とまた会えるのがすっごくうれしくって、べ、べつに指折り数えて待ってたってわけじゃないんだからな! という属性(属性……?)であるわけだが。 ゆらり、と、すがたを見せたボルツォーニ・アウグストは、無言ながら、彩野に向かって重々しく礼を取る。 「びゃう! びゃうぅう!(訳:たべものいっぱいなのだ!)」 つかいまは大喜びである。黒い子猫のかたちをした影は、むにっと両手(?)を伸ばして、追加提供された温泉卵を次々にぱくつき、もぎゅもぎゅしはじめた。 「……」 その首根っこを、ボルツォーニはひょいと掴むやいなや、きゅきゅっとねじり始める。つかいまを雑巾しぼりの刑に処したのだ。 礼儀を重んじる御主人さまとしては、主催者への礼と参加者への挨拶が先だ、と、いいたかったらしい。 「びゃぁぁあああああぅうう(訳:ごめんなさいなのだぁぁあああああぅうう)」 しかし、今日の雑巾しぼりは、ドSなボルツォーニさまとしては比較的ソフトであった。御主人さまなりの思いやりであろう。 (つっちーちゃん、おひさしぶりー) (カエルも鳩も蛇もロボも、相変わらず元気そうだな。いろんな意味で) ねじられた身体を元に戻すのを手助けがてら、黒蝙蝠のシャラと黒狼のジークは、顔なじみたちに挨拶をする。志野・V ノスフェラトゥは、ふっ、と、彩野に笑みを向けた。 「手紙をありがとう。使い魔たちの交流といっても見当がつかなくて、どんなものなのかと思って来てみたんだが」 「どうですか?」 「なかなか楽しんでいるようだ。ふだん彼らは、こういう時間を持ちにくいだろうからね。感謝する」 「よかったです」 お忙しい中、御主人さまたちは集まってくださるだろうか、と、少し心配だった彩野は、ほっと胸を押さえる。 「やあ。おてがみきたよー」 ブレイク・エルスノールが、癒し系童顔にふんわりとした笑みを浮かべ、手をぶんぶんさせた。この仕草は、彼にとって、最近のマイブームであるらしい。 「使い魔さんたちは知ってるけど、あるじさんたちは初見の人が多いかな?」 にっこりするブレイクの隣で、石像のガーゴイル、従者ラドヴァスターは、 『チャント挨拶シロヨ』 と、保護者のおもむきである。 「はじめまして。よくいる魔導師のひとりです」 『名前言エヨ』 「ブレイクです。ちなみに偽名です」 『登録名ッテ言エヨ』 「そんなわけでよろしくニャ」 『ドンナワケダヨ、ツカナンデ語尾“ニャ”ナンダヨ』 「語尾ニャを流行らせてみようの会、ただいま会員募集中です」 『ヤメロニャ。……ニャ!?』 「これこのように、あなたの可愛い使い魔にも、ごびにゃーの魅力を広めたい」 『元ニッッ、戻セニャーーーーー!!!』 * * * 少し遅れて、パティ・ポップは、4匹の使い魔とともに、公庭に向かっていた。 (使い魔と御主人が集まりますのね?? いったい、どんな使い魔さんがいらっしゃるのかしら? イタチとか、狼とか、熊……とか? それとも、もっと……) 色白低身長のキュートな25歳、パティ・ポップたんの語尾は「淑やか」である。そこにツッコむかと言われそうですがツッコみますともロリな外見と淑やか口調のギャップ、たまりませんよ。 おっと失礼、パティたんが微妙に生態系っちゅうか食うか食われるか狩るか狩られるかを意識しているのは、彼女も、彼女の使い魔さんであるところの、ロム・ラッキー・レミ・ルルも、ネズミ属性であるからです。 「はて、イタチが来たら危ないんじゃ?」「使い魔って魔法使いの基本要素だしー。多種多様になるのは仕方ないかもね」「あたしたちネズミの天敵はたくさんいるからねぇ……」「でも、どんな御主人さまや使い魔が来ても、何とかなりそうな気がするのよー」 口々に言い交わす4匹に、そうそう、ここ、ターミナルなんで、そういう心配しなくて大丈夫ですよー、と、まったく事情を知らぬはずの通りすがりのロストナンバーがフォローしてくれたりなんかして。 * * * なお。 真っ先に会場に来ていた隆樹くんとヴェンニフくん(くん付け失礼)は、テーブルを前にして、 ……。 ……。 ……。 なんか、いろんなご事情があるらしくって、牽制しあってました。 「使い魔……?」 『ワタシが?』 ……? …………! …………。 …………………!!☆!?! まあその。 お互い、「いやー、それってないわー」と、思ってらっしゃるわけなんですけどね。 身体がひとつだと大変だよね〜。 ACT.2★御主人さまは語る そんなこんなで、ごくごく一部で、どっちがどっちのテーブルに着くか揉めていたようだったがそこはそれ。 御主人さまと使い魔は、別テーブルに分かれてのご歓談と相成りました。 従者のエピソードについて、口火をきったのはブレイクさんである。 「んー、ぶっちゃけ、局に居た頃のお話はつまんないと思うな」 ――というわけで。 「そだね、この前ガンダーラ? いやいやカンダータにお出かけしたお話でもするよ」 どんなときにもボケを忘れないブレイクさんであった。そんな貴方を横抱きにしてかっさらって逃げたいと、名も無き某司書が図書館ホールの物陰で言ってたとか言ってないとか。 「すっごいメカメカした世界だったよー」 どうやらラドさんも機関銃などをブン回してハッスル(ハッスル?)していらしたそうです。いやいや楽しそうで何よりでした。 いろいろ新しいガーゴイルの製作案も出来たそうで、ラドさんもその内パワーアップするかもしれないようですよ。楽しみですね。 「……そいえば、オーダー完了したすぐ後の記憶がフッ飛んでるんだけど、なんでかな」 どうやらそれは、酔い潰れていたからのようでございます。 「あれは、蛇の集まる楽園に連れて行ったときのことでござる」 二番手、チャルさま、いきまーす! 「そこは結構広くて、障害物がない場所でござったよ」 スィルとヤフにねだられて、チャルさま、魔力波動砲を見せたことがあったのだそうな。 魔力波動砲……! 魔力、波動砲…………!! ついつい二回言っちゃうくらい、すっっんんんんごい技であるところのそれをお披露目したところ。 「二匹とも、固まったでござるな」 そりゃ固まりますよー、チャルさまぁ。 「あとで聞いてみたら、驚いたと言っておったでござるよ」 そりゃ驚きますよー、チャルさまぁ。 ほら、別テーブルでスィルたんも、 (だって、いつも寝てるんだもん……) って言ってるじゃあーりませんか。 友護は、ふと、使い魔たちが集うテーブルのほうをうかがった。 相棒のフォニスは、カエルや鳩吉と話し込んだり、4匹のネズミを微笑ましそうに見たり、スィルとヤフのエピソードを頷きながら聞いたり、シャラとジークの掛け合い漫才に笑ったり、ラドの冒険譚に目を見張ったり、つかいまの、小さな身体に似合わぬおやつの食べっぷりに驚いたりしている。 何を話しているのか、ここまでは聞こえてこないが、とにかく、楽しそうだ。 「フォニスってば、初対面からオレっちに軽口言って来たんッスよ」 ――おい友護! グズグズするな。さっさと行くぞ! そう、勝ち気な翼竜型ロボは、のっけからビシバシ仕切ってきた。 「正直困惑したッスけど、その時から、絶対仲良くなるって決めてたッス」 生意気で子どもっぽくて……、それでも、頼もしい存在であることは、すぐにわかった。 「オレっちはパートナー以上っていうか、家族みたいに思ってるんスけど、フォニスはどうなんスかねぇ?」 苦笑しながらも、友護は、テーブルに盛られた「ヴォロス産夏みかん入り冷やしドーナツ」をひとつ、口に運ぶのだった。 「私は、ケロちゃんと出会った時が一番印象的だったかなぁ……。急にキャンバスから出て来た時はビックリしちゃった」 彩野たんが、カエル隊長とのファーストコンタクトを語りはじめる。 「実は彼、油絵なの。凄く想いを込めて描いてたのを覚えているわ」 あれが、私の最高の作品。 今描こうとしても、彼以上の作品は描けないと思う。 そしてあの子は、絵から抜け出して自我を持ち、私の騎士になろうとしてくれている。 使い魔たちが集うテーブル席を見やり、彩野たんはいとおしそうに微笑む。 「イイ話っスね」 感動しやすい友護くんは、思わず涙ぐんでいる。 「それじゃ、鳩吉さんもそんな感じなんスか?」 聞かれて、彩野たん、首を横に振った。 「ポッポちゃんは最近描いたものよ」 「やっぱり油絵で?」 「ううんー。デジタルで」 でも、愛がないわけじゃないのよ、と、フォローする彩野たんだった。 「エピソード、なぁ……」 隆樹くんは、光の宿ってない目で、さーらーに遠い目をする。 いわゆる使い魔とはちょいとカテゴリが違うヴェンニフくんとの関係を問われても、皆さんが胸キュンするほほえましいあれこれがあろうはずもなく。 「勝手に店先の物を摘み食いするとか。身体を乗っ取られかけたとか。そんな程度しかないぞ?」 そもそも、隆樹くん、いつヴェンニフくんに憑かれたのやら、まったくもってわからないんである。 壱番世界らしき場所で、部室の扉を開けました。 ↓ 記憶飛んじゃいました。 ↓ 気づいたときは、インヤンガイの路地裏で、忍者っぽいコスチュームになって倒れてました。 ↓ その時点で、ヴェンニフくんが憑いちゃってました。なんかしんないけど、あれから10年経ってるっぽいです。 「その間の記憶は、まだ戻っていない。……いや、おぼろげながら、思い出したり、『見たり』は、したんだが」 うきゅー! 振られる尻尾。ふわふわで、もふもふの、やわらかな獣竜。あの4色の瞳と目が合ったときも。 御面屋で、「黒」の狐面を選択したときに『見た』光景も。 「まぁ、ただ。多分、元は敵同士だったんだろうな。互いに仕方なく利用しあってるだけというか、そんな関係だ」 仲間。主従関係。信頼。そんなものは、これっぽっちもない。 ――完全に思い出したら、僕が消えてしまいそうだ。 それでも知りたいと思うのは、人の性かもしれないけれど。 「あれを創ったのは、私ではない」 ボルツォーニさまがそう言った瞬間、テーブル全体が、えっ!!!?? という空気になった。 顔を見交わす一同に、 「拾った」 と、短い答えが放り込まれる。 友護が彩野に耳打ちをした。 (ってことは、つかいまさんって元野良なんスかね?) (……そぼふる雨の日、ボルツォーニさんは、黒い雨傘を差しながら歩いていたのでしょうか) (そんな感じがしまっス) (どこからか、自分を呼ぶ声がする……。かぼそい声のもとを探れば、そこにダンボール箱があった?)(わかったッス。そのダンボール箱には「使い魔募集中の親切なかた、可愛がってください。名前はありませんので、つっちーとでも呼んでください。ちょっと悪戯好きですが人なつこくてハイスペックな良い子です」的な貼り紙がしてあったんスね) 黒い雨傘を置き、ダンボールに手を伸ばして影の黒猫を拾いあげ、コートにくるみこむボルツォーニを、友護と彩野が想像しかけたところ。 「私があれを拾った時代には、ダンボールなどなかった」 (言われてみればそうっスよねー) (そうですよね) (……ん?) (あれれ?) ふたりの想像図はなぜが筒抜けだった。 結局、ボルツォーニがつかいまを拾うまでの実際の過程は、 「大した話ではない」 と一蹴してしまって分からなかった。 が、とにかく、つっちーは拾われたモノであるらしい。 いくら絞られても懐いているのは、拾われたことに恩義を感じているからだとすれば、あの使い魔は見た目以上に義理堅いのかもしれない。 「なるほど。実は俺も、使い魔たちを『拾った』」 一同の話に耳を傾けながら、ノスフェラトゥは、言葉少なに言う。 深い、山の中だった。 妖らしき黒い蝙蝠と黒い狼が、折り重なるように倒れていた。二匹とも、傷だらけだった。 傷の手当をし、飯をやったら、いつの間にか懐いていた。 事情は、聞かなかった。 聞いても仕方がないと、思ったから。 そしてそのまま、使い魔にした。 パティも言う。 「あたしの使い魔たちは、いつも元気ですわ。みんなして、好き勝手に動いてるし」 ――それだけを。 「倉庫で食料を荒らしてることもあって、そのせいで、イタチに狙われたりもして」 でも、元気ですわ。 いつも、4匹でがんばっているんですのよ。 ただ、それだけを。 ACT.3★使い魔は語る さてこちら、使い魔テーブル。 ラドさん節、ただいま絶好調である。 「主ノ魔術ニ続ク、オレッチノ的確ナフォローニヨッテ見事、マキーナノ軍勢ハ地ニ潰エタッテワケダニャー!」 ケラケラとラドさんは笑う。語尾ニャーの効果は絶賛継続中なわけだが、こまけぇことは気にしない。 「マ、オレッチニトッチャ、ソノ後ガ本当ノ戦イダッタワケダガニャーッ」 ラドさん、じぃっと、あるじのほうを見て、 「問題ハ帰ッタ後ダニャー。アイツニャ戦鍵者ノ教導官ガイルンダケドヨ!」 おもむろに、魔道書の頁のコピーを取り出して。 「コイツダニャー、『ゾムの嗜虐的悪戯』! タイトルノ時点デヤベェト思ッタラ案ノ定、自爆技ダニャーコレ!?」 そして、ラドさんは絶叫する。 「オレッチノ味方ハドコダニャーーー!!」 そして、ヴェンニフくんは、物理的なご事情により、御主人様テーブルのほうにいたわけだが。 「モフトピア産キュウリとヤマイモの塩麹の和え物」や「ブルーインブルー産サーモンと海老の生春巻」や「ヴォロス産ゴーヤチャンプル」や「インヤンガイ産ニンニク使用のスタミナサラダ」や「モフトピア産ジャガイモの冷製スープ」などに、片っ端からつまもうとしては、隆樹くんにテーブルに叩きつけられたりしていた。まあ、物理的な攻撃は効かないので、気分の問題ではある。 やがて、移動のために、隆樹くんの身体を包んで竜体になった。 隆樹くん、ちょっとご不満である。 「影分身すればいいだろ」 『それだとハナセませんし。それにフンイキというものが』 ヴェンニフくんは、なかなか空気を読める魔物であった。 『ミルモノゼンブがハジメテでメズラシクてついテをだしちゃうんですよね。タカキにヨクナグラレテます』 などと、使い魔の皆さんに、ディープな話を気さくに語りはじめる。 『キオクは、オモイダシテきてはいますけどね。タカキとワタシはモトテキドウシで』 私は、元いた世界の闇の王で、隆樹は闇の抑止力として世界に召喚された存在。 私は隆樹に肉体を殺されましたが、隆樹の影を喰らい、精神体で棲みつき、精神をも喰らって―― 後ちょっとで、世界が手に入ったんでしょうけどねぇ。 ……記憶消去と覚醒させられこんな様です。 気になるのは、今の隆樹の精神の正体です。 覚醒前に食べつくして、消えたはずなんですけどね? 『あ、タカキにはヒミツですよ? ウスウスカンヅイテはいるでしょうけど』 そして、山梨県産桜桃と沖縄産マンゴーを使用した二色ゼリーに手を伸ばすのだった。 (それって、以心伝心な一心同体の相棒、ってことじゃないかしら?) (それはそれで、悪くない関係のように思えるがな) 黒蝙蝠のシャラと黒狼のジークは、二色ゼリーを並んで食べていた。 (あたしたちは、まあ、いろいろあって、山の中に行き倒れちゃったの) (瀕死状態だったよな) (もうだめだ、って思ったとき、御主人さまが拾ってくれたの) (怪我の手当をしてくれて、ご飯もくれたっけな) (素性を聞かれなかったのが、うれしかった) (おまえたちは何者だ、とか、いったい何があったとか、何も聞かないで使い魔にしてくれた) (奥様はやさしいし、しあわせよね) (……そうだな) * * * スィルとヤフは、「ヴォロス産赤紫蘇ジュース」を、コップを尻尾に巻いて交互に飲んでいた。 なんで交互かっちゅうと、スィルちゃんが飲む時はヤフちゃんが、ヤフちゃんが飲む時はスィルちゃんがが支えてるからですよ。 そんでもってスィルちゃん、「ヤフ、湖に落ちるの巻」のエピソードを話しはじめました。 (まあ、ヤフがチャル様に仕える切っ掛けなんだけれどさー) ヤフちゃんが、まだ普通の名無しのカラスヘビだった時のことです。 いきなし、突風が吹きました。 近場に湖がありました。 転落しました。 ……がぼごぼ。 (息できないーってなって、意識失ったの) 気づいたら、何やら少々明るい洞窟にいました。 そここそが、チャルさんの寝床だったのです。ちなみに、スィルちゃんはすでにいました。先輩なんですね。 チャルさんは、起きておられました。 ヤフちゃん、チャルさんにビビって固まっちゃいました。 スィルちゃんは心配しました。 (ねえ、大丈夫? って聞いても固まってるんだもん) (だって、チャル様、見たことない大きさだったんだもん!) * * * 4匹のネズミたちは、ヴォロス産巨大スイカ(甘露丸さんが切って置いただけ)をがじがじ齧っていた。 「あ、そうそう。食べ物で思い出した。ほら、鳥の巣あるだろ? シラサギとかフクロウとか七面鳥とかペンギンとかいる」 「ああ、何とかいうお店ね。名前忘れちゃったけど」 「あそこ、いい食料多いけど、『アニモフ化ドリンク』なんて変なもんもあるしなぁ」 などと、ターミナルの飲食店について語りながらも、 「パティは冒険の際、いつも罠を解除することが多いんだわ」 「でも、下手に動くと罠にかかる場合があったしな」 「そんなときも、パティはあたしたちを守ってくれてるって感じだわ」 「うん、ぼくたちは非力な小動物で、熊に潰されかけたこともあったし」 「なんにせよ、イタチどもにだけは接触したくないぜ」 「それにしても、このスイカ美味しいわね」 「いつも、こんだけ食料あれば不足はないぜ」 「これで、イタチがいなければいいな」 結局はそこに行き着くネズミさんたちだった。 そして、あっという間に巨大スイカは皮だけになったわけであるが―― 特殊効果発動! スイカには、「苦手なものに変身する」効果があったのだ。 なので、4匹のネズミたちは、ぽぽぽぽ〜んな効果音とともに、4匹のイタチになりましたとさ。 * * * 表向きは、べ、べつに友護のことなんか気にしてないんだからな! という態度を取りながらも、フォニスくんは、御主人さまテーブルをときどき伺い、友護くんが驚いたり涙ぐんだりするのをみては、呆れたり、小さく笑ったりなどなど、同調するかのように百面相をしていた。 「本当に御主人さまが好きなんだなー」 しみじみというカエルに、 『ち、ちがう! あいつお化け屋敷に入るとすげービクビクしたり泣いたりすんだぜ?』 などと、ツンなことを言う。 『そ、それに、先輩ハンターに脅かされただけで、ビックリして逃げ回って何度もすっ転んでたぜ!』 使い魔一同、なんか、うんうん可愛いねぇ、という気分になり、誰もツッコまない。 『転んだ先輩にズボン引っ張られて下着姿見られて泣きそうになった事もあったっけなー』 アレなエピソードを勢いよく列挙しまくったあとで、 『ま、そーいう所が可愛げがあってほっとけねーんだけどな。』 と、ボソっと言ったりするのだった。 ちなみにデレるときは、友護くんのほうを確認し気づかれないようにするという、相変わらずの筋金入りである。 「……ぅびゃ……う」 マスターとの想い出を語る段となり、つかいまは、短い前脚で頭を抱えていた。 むにむに、ふにふに。 (どうしたの? つっちーちゃん?) シャラが、心配してそばに来た。 どうやら、頭を抱えるふりをして、下を向いて照れているらしい。 「ぅびゃ……びぅ……」 普段のつかいまは、もっと大きくびゃーびゃーと鳴き、幼子のようにストレートな自己表現をする。 なのに、今は、声も小さく煮え切らない。 (ほら、このお菓子、美味しいわよ?) 気を利かせて、シャラは「ヴォロス産チェリーのパルフェ」を、つかいまに差し出す。 そろそろ間が持たなくなってきてどうしようか、と思っていたつかいまは、パルフェをかぷっと豪快に食べ―― そのとたん、口が勝手に動いた。 「びゃうぁーびゃいびゃうあ!」 突然の、皆が驚くような大声。叫んだあと、はっと我に返る。 そして硬直すること3秒。 「びゃああああ!!(訳:いっちゃったのだああああ!!)」 その叫びとともに、つかいまは、すたたたたっとテーブルから離れ、近場のベンチの下に猛然と潜り込んで丸まってしまった。 どうやら、このパルフェには「愛を叫ばずにはいられない」効果があるらしい。 (ますたーひろってくれてありがとうなのだ!) それが、先ほどの絶叫の訳だ。 なんという露骨な大好き宣言だろうか。おそらくはもう、皆の前でもマスターの前でも二度と言わないに違いない。 不思議なお菓子の力でも、借りない限りは。 * * * 「俺はやっぱり、彩野と出会ったときが印象的だな」 「クルルー(訳:僕も)」 つかいまの告白に目を細め、カエル隊長は、改めて自分の剣を見つめる。具現化した戦士たる自分を見つめる。 ――わたしの描いたものが、現実にも居たらいいのになぁ。 油絵に託した彩野の思いは、たしかに伝わったのだ。 (ケロちゃん……!) 大きな瞳を見開いて、彩野は、泣き笑いのような顔で抱きしめてくれた。 あのときに思ったのだ。何としても、この子を護ってみせると。 そのために、生まれてきたのだから。 「クルルルゥ……(訳:いいなぁ隊長は。愛されててさぁ)」 「お前が具現化したときだって、彩野、喜んでただろ?」 「クル、クルル……(訳:そうだけど、デジタルだし……)」 ちょっとスネた鳩吉くんは、ぱたぱたとテーブルに降り立ち、モフトピア産ミルク使用のキャラメルプリンをつつきはじめた。 「お、おい、やめろ!」 「クルルル、……ルル!(訳:こうなったらヤケ食いだー! ……うわなにこれ超美味しい!)」 ACT.4★あなたのためのお菓子 「クルル、ルルゥ……(訳:あれ……? お花畑が見えてきた……。さよなら、隊長……」 キャラメルプリンを一気食いした鳩吉くんは、ぐたっとなってしまった。 「おい、こら鳩吉! しっかりしろぉーー! お前にもしものことがあったら、オレは、オレはぁぁ!」 カエル隊長は、御主人さまテーブルに走る。 「彩野! 医者を描いてくれ! 鳩吉を助けてくれ! 頼む!」 「……うん。ケロちゃん。もちろんよ、わかってるわ」 彩野たんは、すでにスケッチブックを広げていた。 ほどなく、お医者さんが具現化され――鳩吉くんは快癒した。 「ありがとう、彩野! 大好きだー!」 「クルル、ルルゥー!(訳:僕も!)」 「お菓子、食べたかったのよね? ちょっと待っててね」 テーブルに並べられたスイーツが、さらさらと描かれていく。 「めでたしめでたしでござるな」 そう仰るチェルさまの目は、め っ ち ゃ 冴 え て い た。 ザクロジュースの効果である。 スィルちゃんとヤフちゃんが固まっちゃったのは、いうまでもない。
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