☆これまでのあらすじ☆ 博物屋はターミナルにある、店主の趣味丸出しの妖しいお店。 博物学と魔法の融合。 店内には店主により集められた様々な世界の生物の標本や魔法アイテムがひしめいており、時折姿を見せる幻影は客から聞いた珍しい生物の話を魔法で投影したものだとか。 ナラゴニア襲来により被害を受けた店舗は、唯一のバイトであるカウベルと、たまたま巻き込まれたシーアールシーゼロの活躍により、寝室が防災シェルター化。素晴らしい安眠空間と変化する。 あと店主とゼロのちょっとしたロマンと出来ごころにより、地下店舗からアーカイヴ遺跡への秘密の通路が空いちゃったりして、博物屋はターミナル随一のハイスペック店舗への道を歩み始めた。 しかし店主が旅団員を匿っていたことが発覚。 リベル司書より出された”掃除”の指令の元、獣竜フラーダとカウベルは博物屋で旅団員を捜索、発見する。交戦の後、対話の場に着かせることに成功したものの、「生死」を決めることすら諦めている旅団員の対応に苦戦。 とりあえず四人で饅頭を食べてお茶をしたのち解散したのであった(まる)◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆「ん、なんだこれ」 結局、博物屋で一時的に身元預かりとなった旅団員は、報告に帰ったカウベルとフラーダが居なくなってからもとりあえずお茶を啜っていた。 ふと、ズボンの尻ポケットに違和感を感じた旅団員が、手のひら大のソレを引き出してテーブルに置いた。 『難民パス』 眉を寄せた店主がトラベラーズノートを開く。そこには図書館長の名で全体に向けたメールが届いていた。 ナラゴニアで行われた、世界図書館と世界樹旅団の代表者による会談における取り決め…「1、旅団のツーリストに対し、『難民パス』が発行されること。 2、希望者には旅客身分が与えられること。 3、ナラゴニアの統治は、当面の間、図書館の監督下で旅団が自治する。 4、ターミナル、ナラゴニア間の移動は許可制とする。 ……詳しくはこれを読めよ」 店主は旅団員にノートを渡してやる。 しばらく口を尖らせて読んでいたが、ノートを閉じると言う。「移動は許可制ってもうこっちに居る場合どうすんだ?」「許可取ればいいんじゃないか?」 しばし沈黙。「消える道は無しかー。結構悪くないかなーと思ってたんだけどぉー。俺の運命ってどうなんだこれもぉー」 数時間前に思いっきり切った啖呵を思い出しちょっと赤面する。「そんなもんじゃないか、運命って」 店主は茶をすする。「結局、図書館も旅団も平和に仲良く暮らしましょうっつーんだろー。暴力と血の匂いのしない永遠の平和の世界……やっぱ死ぬか……」「まぁその辺は、カウベルの人選の結果を試してからでもいいのでは……?」――誰かちゃんとわからせてくれよ。死なない理由をくれよ。まぁ死ねっつーならいつでも死ぬさ その台詞を受けてカウベルは後日、図書館員から数名の説得要因を連れてくることを宣言していた。「生きる理由なんてそんな綺麗なもんあるのかねぇ」 迷える旅団員は自分で出した希望に叶うモノがあるのか懐疑的だった。「そいや、お前名前は」 数週間居座った挙げ句暴力をふるい続けていた相手に、初めて名前を聞く。ちょっとした勇気のいる行為だ。しかし答えはそっけなかった。「名前は魔法の糧に使ってしまっていて名乗れない」 旅団員は姿を消す能力は持っていても、魔法というもの自体が出身世界に無い。そういうものか、と思うとともに、図書館の司書のような、記憶を捧げてしまう危うさを店主にも感じた。自らが時を止めるまでの記憶もないのに生きるのが楽しいと言った、あの巨乳の女も。いまひとつ得体が知れない。「俺はサキっつーんだ、店長さん」「サキ」 店主の薄い色の目が細められた。◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆*図書館と旅団の取り決めにつきましてはノベル『新しい日のはじまり』をご参照ください。*博物屋の店舗現状や旅団員については『博物屋~NoLifeKing~』:大掃除編(1)および(2)をご参考にしていただけましたら幸いです。
「ではぁ、この度、サキちゃんの説得をしていただくべく、三人の図書館メンバーを選んで参りましたぁ。これはぁ破格の待遇ですからねぇ、心して臨むようにぃ。 ただし、一人は遅れて来るそうですぅ」 「遅刻かよっ」 サキはカウベルを睨みつけた。 「ちょ、ちょっと買い物があるそうですよ……」 勇気を振り絞って口を挟んだソア・ヒタネは、サキに睨まれて麦わら帽子を握りしめたまま首をすくめた。 「なんだこのチンチクリンはっ!」 「チンチクリンとはなんですかぁ!」 カウベルにベシッと後頭部を殴られサキは机につっぷす。テーブルの上のクッキーの山が崩れた。 「おうおう、女性に向かってンな口を聞くたァ、男としてイケてねぇンじゃねぇのォ」 椅子の後ろに体重をかけてギシギシ言わせつつ、ジャック・ハートがヤジを飛ばす。 「ところで! 店長、その腕は何事ですかぁ?」 サキ以外の視線が、白い布で釣られた博物屋店主の左腕に注がれる。 「たまには抵抗とかしてみようと思ったら、ベッドから落ちた」 ――ベッドで何を…… という質問を一同が飲み込んだ。ゴホンとカウベルが咳払いをする。 「暴力はダメだって言ったでしょう、サキちゃん!」 「サキちゃん言うな!」 「次やったらナラゴニアに強制送還ですからねぇ! えーっと、もう一人が来るまでの間に紹介をしようかしらぁ」 サキが口を尖らせながらも黙る。 「こちらの可愛い子はソアちゃん。癒し枠!」 「はわわ、癒しだなんてそんな」 慌てて頭を下げるソアに、「枠……」と呟きながらもサキも軽く頭を下げた。 「こちらのヒャッハーさんはジャックさん。パワー枠!!」 「おッ、パワーねェ、了解了解、よろしくナァ」 ヒャヒャ笑うジャックにちょっと身を引きながらサキは頭を下げた。 「もうひとりはぁ」 ――バーン ドアが開け放たれたかと思うと逆光を浴び、背に翼を生やしたかのような姿が皆の目に映った。 「どーん☆」 ――ボッフゥ。 真っすぐ放たれたソレはサキの顔面に直撃し、イスごと倒す。一拍間を置いてジャックが爆笑する。 「あ、知的枠さんですぅ」 カウベルの紹介が白々しく響く。 サキが掴んで立ちあがったのは、「希望」と書かれた枕だった。 「ってっめぇえ!!」 ジャックがまだ笑っている。 「……とまぁ、掴みはこんなもんでいいのかな? ハローハロー、初めまして、そのへんによくいるかもしれない魔法使いです。 名前はブレイク。 偽名だけど、まぁよろしくねー」 「よろしくナー」 ほのぼのと手を振る”知的枠”ブレイク・エルスノールの後ろで使い魔のガーゴイル“ラドヴァスター”が一緒に手を振っている。さっき逆光で見えた翼は彼のものだ。 「はろぉはろぉ、オーケイ、これでみんな揃ったわねぇ、 じゃ、勢いそのままに、ブレイクさんからいっちゃって貰えるかしらぁー?」 ブツブツ言うサキを無視して、カウベルは一発芸を披露して貰うが如く軽く言った。 ☆ 「案外片付けてる合間に見つかるかもしれないね、そーいうのはそのへんにぐったりと寝転がってるものだよ。 ……“生きる希望”なんてモノは、ねぇ?」 ブレイクがニコニコと言うのを、サキは辛抱強く聞いていた。 ――とりあえず、さー、匿っててくれた店長さんへのお礼も兼ねて、お店の片付け始めてみる? 迷いもなくさらりと言った提案は、「それいいね!」という店主の同意もあり、あっさりと実行に移された。 カウベルは少し不満そうな顔だったが、「それなら力になれそう」と思ったソアの顔は明るかったし。サキとジャックは同時に『ああン?』と言ったが、ラドがサキをちょっと強くどついたので、結局掃除をすることになった。 ――大掃除編だしね。 そもそも寝室の扉の横には、サキ確保時の戦闘で某モフモフくんの魔法で生み出された、大岩が転がったままになっていたし、勿論二階の掃除は手つかずのまま放置状態でもあった。何故か地下店舗内は店主より「立入禁止」の令が出たが、わざわざ藪をつついて掃除の範囲を広げる気も無かったので、誰もつっこまない。 「ソアちゃんって力持ちねぇー」 「カウベルさんこそー」 にこやかほのぼのと大岩を持ちあげ運ぶのは女性陣二人。残りのメンバーでこの岩を何の能力も使わず持ちあげられるのは、使い魔のラドくらいではないかと思われる。しかし彼は主人に掃除の様子をじぃぃぃぃっと見てるだけの地味ーな仕事を言い渡されているので、その様子を「じぃぃぃぃっ」と見ているだけだった。 「何であの岩怪物を使わねぇんだよ」 というサキの質問に、 「久々に“ガーゴイルらしい”仕事を押し付けてみました☆」 と、のらりくらりと返すブレイクである。 「答えになってねぇし!」 「いやいや、君が掃除しなきゃ意味がないでしょー。てきぱき動く」 箒の先で二階を指す。「こんなことに意味が……」ぶつぶつ言いながらも二階へあがるサキである。 「おぃ店長さン、アンタぶっちゃけ邪魔だからさァ。布団の上にでも乗ってろヨ、下掃くから!」 「ああ、悪いね」 片腕を吊った戦力外店主がベッドの上に正座する。ジャックは支給されたエプロンが似あうような似あわないような微妙なカンジだが、律義に掃除をしていた。 ソアにはわざわざサイズの小さい、裾にレースのついた可愛らしいエプロンが支給されたが、これはカウベルが『ジ・グローブ』まで走った結果だ。見た目は大事にするタイプ。 「お二人はどんな話をしていらっしゃるんですかね」 「どうかしらぁ? 魔法使いって店長と一緒だし、なんとなく掴みどころのないかんじが似てるかしらぁって思ってブレイクさんを呼んでみたのだけどぉ」 「え、それだけですか?」 岩を抱えながらキョトンとする。 「人の気持ちを変えるって大変なことでしょう? 店長に説得できるくらいの覇気があればイッパツだと思うんだけどぉ」 「それで似た人を……」 ソアはちょっとドキドキする。じゃあ自分が呼ばれたのは何でだろう。“癒し枠”とは言っていたが、そんな力が自分にあるだろうか? 今はサキとも離れ、こうしてただ掃除をしているだけである。カウベルも掃除をしているし、ジャックも掃除をしている。これでいいのだろうか? ソアがグルグルと考え始めたのを、カウベルは気づいていなかった。玄関の扉をあけて、外に大きな声で叫ぶ。 「あ、ドンさぁん! あとでぇここの岩どっかにどけてくださる!? あら、そのピンクのツナギ素敵ねぇー!!」 「ガーゴイルに監視されながら掃除をする俺。ここは刑務所かなんかか」 サキは羽根製のハタキで器用に剥製の毛にもぐりこんだガラス片を床に落としていく。 「サキ君はタダ飯食ってたらしいしねぇ。三食昼寝付きって刑務所の代名詞だっけぇ」 端から床を掃いていたブレイクは言葉を続ける。 「どう? “生きる希望”は見つかった? そうスグには見つからないって?」 「俺の探し物はゴミの中から出てくるのか? それともアレか?」 サキはラドの抱える「希望」枕を指差す。ブレイクは笑って首を振った。 「いやいや、まぁそーだね、ある意味レアなラッキーアイテムみたいなものだし、簡単には見つからないかもね」 しれっと言われた言葉に、サキは呻く。 「じゃあ、アンタは持ってんの?」 「んー」 ブレイクは箒を掃く手を止めて、ちょっと答え方を考えた。 「……生憎、僕は貴方の“生きる希望”なんてのは持ってないよ、そんな女々しく『ないもの強請り』されたって困るなー」 「じゃなくて! アンタ自身の生きる希望ってやつだよ!」 サキは剥製に刺さっていた金属片を力任せに引き抜く。バカにされてるように感じた。 「でも、どっかの誰かさんの“生きる理由、死なない理由”なんて、他所の子からして見れば、くだらなかったりするもんだよ。 きっと貴方からしてみれば、僕の“生きる理由”なんてくだらないものだったりするんじゃないかな?」 「くだらないかなんてわかんねぇじゃんかよ」 言ってから苦い顔をする。何か自分の言っていることは…… 「へぇ、サキ君に励まされちゃった気分ー」 案の定、軽い調子で返されサキは地団太を踏んだ。 足の下でガラス片がパリパリと割れる。 「ま、片付け終わったらジャックさんかソアさん辺りがどっか連れてってくれるかもだし、気長に探せばいいよ。なんとなくね、サキ君は生きるのに向いてる気がするなあ。僕は」 いつの間にかブレイクは枕を受け取って、隅で転がって休んでいる。ラドが代わりに床を掃いていた。 「片付け終わるのかよ……」 サキはモゴモゴと口の中で言いながら、掃除を再開した。 ☆ ☆ 「あの、こちらですー、足元に気をつけてくださいね」 掃除が終わり疲れた面々を無視して「さぁ次いきましょう!」と声をかけたカウベルが次の案内人に選んだのはソアだった。「はい! 頑張りますっっ。よろしくお願いしますっっ!!!」と力強く頷く健気な姿に、男性陣は文句が言えずについてきた。そのあとエプロンをつけたまま外に出て、サキにつっこまれ赤面しながら慌てる姿も愛らしかった。「洗ってから返しますっ!」と言ったのに、カウベルに「いいのわよぉあげるわぁ」と言われた時にポカンと口を開けて固まってしまったのも良かった。サキを除く三人の男性は、頷きあう。 ソアが案内したのは、まだ復興の進んでいない旅団襲撃の跡の目立つ地区だった。そこに瓦礫の山に埋もれかけたチェンバーの入り口がある。 「わたしが間借りしているチェンバーなんです。中は無事なので、安心してください」 チェンバーの中はソアの言うとおり、荒れた様子は無くとても綺麗なところだった。 太陽の光が降り注ぎ、風に草木がサラサラと鳴っている。足元は草が抜かれてはいるが、舗装のされていない土の道が延び、近くで川の流れる音がする。蝶がひらひらと道を横切り、木々の間に消えていく。 「みなさん、こちらです」 左手の小高い土手を登ると、ぽつぽつと整地された畑が見えてきた。 「素敵なチェンバーねぇ、牛心が騒ぐわぁ」 「ソレ、突進してェとかってンじゃないよナ?」 「まぁ! 失礼ね、牛は温厚な生き物ですぅ」 「このチェンバーの中にも何頭か牛さんが居ます。みんな大人しい良い子ですよ」 ソアが微笑んだ。恐らくそれは家畜の牛なのだと思われるが、カウベルもソアも特に気にした風ではない。 温かい光に、博物屋のほこりと保存料の匂いが抜ける感じがした頃、一同は緑の中にキラキラと赤の輝く畑に辿り着いた。 「ここは、私の畑なんです。是非みなさんに採れたてのトマトを味わって貰いたくて……」 ソアは自分より背の高く育ったトマトの枝から丁寧に果実をもいで、一人ひとりに手渡した。 「ここのチェンバーは、とある世界の気候と連動しているんです。だから、晴れの日もあれば、雨の日もあります。嵐も来るんです」 井戸水から引かれた小川で野菜を洗ってから、近くの木陰に移動し採れたての味覚を味う。その間もソアは一生懸命話をした。 「だから、育てていた花や実が落ちてしまうこともあるし、枯れてしまうこともあるんです。でもその中で、こうやって綺麗に育ってくれた時はとても嬉しいし、その野菜を採って、誰かに食べて貰う時がとてもとっても嬉しいんです」 「やりがいがありそうだね」 ブレイクがニコニコと頷く。カウベルとラドは別の畑できゅうりを採らせて貰っている。 「畑を耕すのもとても力がいるんですけど、私は幸い力持ちなので、他の畑の方のお手伝いもできちゃったりして」 「面倒臭そうな気もするけどな……別に、作るのはお前みたいなヤツにまかせて、俺は食べる側で、いいような気が……」 サキはそこまで言って口をつぐんだ。ソアが眉を寄せて非常に難しそうな顔をしていたからだ。 「た、確かにそうです。私が好きなだけで、サキさんが好きなわけではないですもんね……」 博物屋は口を挟まず、カウベルがラドに抱えあげられて空を飛んでるのを見ている。隣の果実畑を狙っているようだが、あれは採っても大丈夫だろうか。 「私は生きる理由なんて考えたことなかったです。私は生きているし、その中で嬉しい気持ちになれるよう頑張るのが普通だと思っていました」 「いや、俺だって、こうしろって言うヤツが居て、その通りにやって楽しかったし、考えた事なんてなかったけど……」 「ふゥン? じゃ、子牛ちゃんの言うことでも聞いて畑仕事してればいいンじゃネ?」 「むかねぇだろうが。アンタもどっちかというと俺みたいなタイプかと思ったけどな」 「ああン? おまえみたいな甘ったれと一緒にすンなクソ坊主」 「ケンカはやめてください……!」 サキとジャックの口論をソアが精いっぱい止めた。 「あの、サキさんはちょっとこちらに、一緒に来てください!」 ギロリとサキが睨むが、無理やり手をとって皆の目の届かないところまで駆けていく。 「血の気が多いところは似てるかもねー」 ブレイクがトマトを齧りながら笑った。ジャックは首をひねりながら言う。 「アイツァ本当に死にたいのかね? どォも生きたいようにしか見えねェンだが」 「目的を見失ってるだけでしょ。そういうこともあるよぉ、若いんだし」 「あ。わたしは若いんで」 博物屋が口元をあげながら手を振る。 「アンタみたいなンが拾ったのが、そもそもの間違いじゃネェかと」 「それは少し反省している」 「少しかー」 残された男三人は二人が走り去ったほうを窺った。 「あの、これ、貰って下さい」 ソアが差し出した袋を受け取りサキは中身を見る。また野菜でも入っているのかと思ったが、そこに入っていたのはナレッジキューブだった。 「大した量ではなくて、申し訳ないのですが……その、先日の戦いで必要で、半分渡してしまったので……」 「じゃあアンタもあの物騒な武器を使うのに手を貸したわけだ? なんだ、結構ヒデェこともしてんじゃん」 「そ、それは……」 素直なソアは口ごもってしまう。確かに自分は旅団への攻撃へと使われるとわかっていてキューブをレディ・カリスの首飾りの動力として渡したのだ。 「あと、アンタ、あの女のファンなんだって? だから今日は良いとこ見せたくて張り切ってたんだろ? 俺なんてついでみたいなもんだよなぁ」 サキの顔が歪んだ。おぉ俺、調子出てきたじゃねぇか、と思う。弱い者を虐げ、強い者も卑怯な手で殺してきた。ついこの間までだ。旅団の為に行動し、侵略の為に生きてきた。それで何の問題もなかったのだ。ほのぼのと畑を耕す生活など、踏みにじってきたものの象徴のようなものだ。 しかし、ソアはそのままうつむいている程弱くはなかった。 「……サキさん、私が武器を持ったのは、サキさん達が侵略してきたからです。私だって、守る為なら戦うんです。でもそれは今は関係ないです」 キッと目をあげて言った。 「カウベルさんのことも関係ありません。私はサキさんが生きる理由を見つけて欲しくてそれを渡しました。それで、サキさんのチェンバーを作って、自分の理想を模索されてはどうかと思ったのです。……足りないかもしれません、足りなかったら今後も私が稼いだキューブはサキさんにあげます」 真剣な目だった。 「暴力を振るう相手が欲しいなら、私にぶつけてくれて構いません。店長さんを痛めつけてそれで気が済む程度なら、私で十分なはずです」 「それでお前に何の良いことがある? あの女が褒めてくれるからか?」 「べつに」 ソアが顎を上げて言った。 「そうしたら私の気分が良いかなって思っただけです! 理由なんてそれだけで十分でしょう!?」 言い切ってから、ちょっと恥ずかしくなって慌てて頭を下げる。そして他の皆が待つ場所まで駆けだした。 「何か言いきっちゃいました……」 顔が熱い。でもちょっと誇らしい気分だ。 「すっきりしちゃいました!」 風が気持ち良い。 ☆ ☆ ☆ 「で? 何で、子牛ちゃんは牛っこちゃんの後ろに隠れて出てこないンだァ? ンで、牛っこちゃんは何でそんなに羽根まみれな訳ダ?」 「先住民のカラスとバトルになっちゃってぇ」 ブレイクは詳しくは後でラドから聞くことにしよう、と思い口を挟まず歩く。 ――テメェらもまとめて連れて行ってやるゼ? 俺のバイト先の《色男たちの挽歌》にヨ、ヒャハハハハ 色男と書いて、ロメオと読むらしい。 息を切らせたソアが戻ってきて、羽根まみれのカウベルとラドが戻ってきて、しばらくしてからムッツリとした顔のサキが戻ってきて。ジャックが俺の番だナ!と、道を先導した。 ソアとサキがどんな話をしてきたのか、サキが生きる理由を見つけられたのか、そんな質問は誰もしなかった。カウベルとジャックを中心に会話をしながら、太陽の無い道を歩く。もう夕刻だろう。「夕日が見たかったな」と呟く博物屋に、「また来てくださいね」とソアが顔を緩めた。 《色男たちの挽歌》は大通りからは少し外れた場所にあった。 「イヨォ店長? 久しぶりに客を連れてきたゼ? 儲けは店の総取り、損害が出たら俺が被るから構わねェよナ?」 ジャックはそこまで言ってから、店長にだけ聞こえる声で、サキを指差してから続けた。 「死にたがりの暗い奴ァ熟女に受けるゼ? バイトに良いと思ってヨ、面接と思って見ててくれよナ?」 店内は渋みも効いた高級感のある色調で広々。ソアは雰囲気に圧倒されてますますカウベルの後ろに入り、カウベルは入り口でウェイターに丁寧に羽根を払われていた。 「ホストクラブかぁ、僕ははじめてだなぁ」 「わたしもそうだねぇ」 ブレイクと博物屋はいそいそとソファに座って囁き合う。ラドは入店をお断りされたが、数時間だけ石像としてバイトすることを承諾し、今はカウンターの横でカッコつけて固まっていた。割と店内に似あっている。サキは物珍しげにあたりをキョロキョロ見回していた。 「おまたせぇ、ちゃんと綺麗にしてもらったわよぉ」 カウベルがやたらと堂々とした様子でホールを突っ切り、ソアが麦わら帽子を手に後ろから小走りに走って来る。全員が着席したところで、スーツに着替えたジャックが鮮やかな足取りでドリンクを運んできた。 「ロメオへようこそ、お姫サマ? 最初の一杯は俺の奢りだ。出来れば次は自分の金で遊びに来てくれヨ?」 全員に飲み物を配りつつ、カウベルとソアにウインクをする。気障ったらしいのが、また非常に様になっていた。 「ここは遊びに来た姫たちに夢のような時間を過ごして貰う場所サ。姫が満足すりゃ時間の対価を払って貰える」 歌うように言いながらサキを見る。 「テメェみてェな思春期モラトリアムは熟女受けするゼ、母性本能くすぐるらしくてヨ? 姫たちに夢見せて稼いでみねェか、ンン?」 「ハァ? 何、ここで働けっつってんの、何だそれ」 「ア? 何だそれって他に何だっつンだよ、客にでもなるかお嬢ちゃン?」 「なわけねぇだろうが! クソ!!」 怒鳴りながら立ちあがったのでテーブルが激しく揺れる。 店長がジェスチャーで「静かにしろ」と指示を飛ばしてきたが、ジャックはヒラヒラと手を振った。 「バカ、まだ客が少ねェとはいえ騒ぐな、場所と空気は読めよナ? バトりたきゃもうすぐコロッセオが直るから延々訓練でもすりゃァいい。死にたきゃ墓場の娘に手を出しゃいい……俺がすぐ殺してやるゼ?」 「……」 ジャックがニタリと笑うのを見て、サキが黙って座り直す。 「ターミナルにゃ他にも面白れェ場所はいっぱいあるぜ? 魔神の経営者がゲームに負けて巻き上げられたゲーセンとかヨ? 一時期アリッサも大嵌りだったらしいし、行きゃ面白ェと思うゼ? 人生破滅しかねねェくらいにナ!」 ヒャヒャヒャヒャヒャと、ジャックは笑った。 「まぁ、ターミナルに限ることはネェ。図書館に所属しちまえば、他ン世界にもイケるわけダ?」 「色々見て回るのはいいかもしれないね」 珍しく博物屋が同意を示した。ソアもコクコクと頷いている。 「っつか、テメェ女遊び1つ知らねェのが問題なんじゃねェノ? サッサとパス貰って他の世界へ愛語りに行ってこいヨ」 「誰が女遊び1つしらねぇっつんだよ!!」 サキが顔を真っ赤にしてもう一度立ちあがった。 「ムキになるのがイイ証拠ってナ?」 ジャックが煽る。 サキの姿が一瞬かき消えたかと思うと、テーブルがひっくり返り、グラスの割れる激しい音の後にはサキの拳を受け止めたジャックの姿があった。 「ちょっとぉ、暴力は禁止ですぅー!」 カウベルと店長が大きく手でバツサインを作るが、二人は聞かない。 お互い能力を使い派手に店を荒らしながら殴り合いを続ける。 「うわあ、始まっちゃったなぁ」 「最初から合わないと思ってたんだよね」 「あ、やっぱり?」 ブレイクと博物屋がこっそり意気投合する。ソアはアワアワしながらカウベルにひっついていた。 「てっめぇ、いくつだかしらねぇが人を子供扱いしやがって、俺だって伊達に歳はロストしてねぇんだよ!!」 「歳をロストって新しいィナ童貞小僧がァ!! さっき子牛ちゃんと何話て来たンだァ、思春期丸出しだろォがヨ!!」 「きゃー! わたしの話はやめてくださいぃ!!」 ソアが顔を青くすると同時に、ジャックの拳がサキにヒットする。 ふっとんだサキがカウンター脇の臨時石像に当たってノビた。ソアが慌てて駆け寄る。 「ヒャッハァ、パワー担当なめンなヨ!!」 「サキちゃんにソアちゃんを取られちゃったかしらぁ。まぁ男の子には女の子が必要よねぇ。お疲れ様ぁー今日はアタシがおごりまぁす。領収書は『世界図書館』でぇ」 「あ、それでいいんだぁ。カウベルさん僕たちって必要だったの?」 「今日は割と楽しかったね。ブレイク君のおかげで、うちも片付いたし」 「博物屋さんもこれでいいんだぁ」 ブレイクが呆れたように言う。 「まあいいのか。そのうち彼が生きる希望を見つけたら教えて貰いたいなぁ。くだらないって笑ってあげたいよね」 「ウフフ、ブレイクさんも人が悪いわねぇ」 「おい、アイツがここのバイトになるか、賭けねェか? 俺はなると思うネ」 「なるんじゃないのぉ。あの子お仕事ないしぃ。ケンカっぱやいから図書館ではしばらく雇えないと思うの。博物屋で雇うなら別だけどぉ」 「うちはいらないなぁ」 「じゃ決まりだねー」 「ヒャハハ、賭けになんねェ」 若い二人を無視して、四人は乾杯する。 (『博物屋~NoLifeKing~』:大掃除編・終)
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