「お芋掘りなんだって! 楽しそうだよね!」 少年ブックキーパークサナギは元気いっぱいにそう口火を切った。「蜜芋っていう、普通のさつま芋の2倍も糖度があるお芋がとれるんだって!」 などと今にも涎を垂らしそうに、だらしなく口を開いて物思いに耽り始める。彼の脳裏が見えるわけでもなかったが、スイートポテトだの、大学芋だの、お芋のモンブランだの、さつまいもご飯だのが横切っているだろう事は容易に想像がついた。 それから慌ててクサナギは口元を拭うと緩みきった顔を引き締めて続けた。「でね、スズメバチに襲われるんだ」 なんだか片言の単語を繋ぎ合わせて文章を作らされている気分になってくる。単純に、芋堀りの最中にスズメバチに襲われるという事でいいのだろうか。 相変わらずの調子でクサナギは続けた。「場所は、〈ONGAGAWA〉コミューンってところらしいんだけど……」 クサナギは〈AMATERASU〉ではなく、何故か壱番世界の地図を広げた。それで代用がきくらしい。 SAIと呼ばれるスーパーコンピュータによって人がコンピュータ管理されているという世界構造を抜きにすれば、AMATERASUは壱番世界に割と似た世界なのだ。 コミューンとは、人がコンピュータに管理されている事に疑問を持ちSAIの管理下から逃げ出した者たちによって作られた集落のことである。「九州の福岡みたいだよ」 遠賀川という漢字が読めなかったらしいクサナギは地図の博多の辺りを指さしながら言った。遠賀川はそこよりもう少し東にある。「案内はフウに頼んであるから大丈夫」 クサナギが笑顔で言うと、一匹の黒猫がひょいと姿を現した。しなやかな肢体を伸ばし、面倒くさそうに前足で顔を掻くと、ふてぶてしく腰を下ろす。クサナギがフウと呼ぶ黒猫――フーリンは前回AMATERASUで保護されたロストナンバーだった。現地に飛べないクサナギの代わりに、その見た目を生かしいろいろ情報収集をしているらしい。 ちなみに二者の関係について、クサナギはフーリンをペットと称しているが、どう贔屓目に見てもクサナギの方が面倒を見てもらっているようにしか見えないのだった。 それはさておき。「ここは20人くらいの小さいコミューンなんだって」 クサナギは導きの書のブックマーカーの挟まったページを開きながら言った。 若者は殆どがSAIを破壊しようと考えるレジスタンスに参加しているため、コミューンに残っているのは老人と子供が殆どだという。「お医者さんはいないし、薬と言えば山で取れた薬草くらい」 いや、たとえ医者がいたとしてもSAIの目を逃れて、管理都市にあるだろう薬や医療器具を入手するのは困難に違いない。 そんな集落がスズメバチに襲われたら……。「だから薬を用意してもらったんだ」 どうやら今回の任務は、スズメバチに刺された際の薬を届け、襲ってきたスズメバチを迎撃、巣ごと撃退、刺された者の応急処置をせよ、という事らしい。 ついでに、冒頭のクサナギの言葉を思い出すなら、芋掘りも手伝って蜜芋を分けてもらってきて、という事なのだろう。もしかしたらその背後には甘露丸がいるのかもしれない。「じゃぁ、これ!」 クサナギはテーブルに軟膏や吸引器と、それから白いシーツを置いた。「スズメバチは色盲なんだって! だから、これを被れば刺されないよ!」 ゴーストの仮装よろしくシーツを頭から被って見せるクサナギに、ロストナンバーもフーリンもため息を吐く。 目の部分が丁寧にくり貫かれている事はこの場合大した問題ではない。スズメバチに防護服ではなく白いシーツで対抗しろというのか。「それと、みんなにこれも渡しておくな!『勇者バッヂ』!」 それは金色の盾の形を模し、五芒星にクサナギ言うところの勇者を現したとかいう謎の図が描かれたバッヂだった。 クサナギが胸を張るとそこに付けられたバッヂが部屋の明かりを受けてキランと光る。「俺とお揃いなんだぜ!」 これを付ければやる気度アップ! そんなクサナギに見送られ、一同はAMATERASUへと向かったのだった。
●Welcome to <ONGAGAWA> 「あら、またフーリン様にお会いできるなんて、これは運命ですわね」 オフェリアは紅い双眸にやんわりと瞼をかぶせて優しく微笑んでみせた。“ど”が付くシスコン弟ディオンが嫉妬で歯ぎしりしているのも気づかぬ風情で「宜しくお願いしますの」とフーリンに優雅に一礼してみせる。 オフェリアはフーリンを怪盗家業の仲間に引き入れることをまだ諦めていなかったのだ。だって怪盗に猫の仲間がいたら可愛いじゃない。後は、いかにして保護者面しているクサナギからフーリンを掠めとるかが問題であった。物なら簡単に盗めるが、ハートを盗むのは至難。それが簡単に出来ていたら今だって既に恋人がいるはずなのだ。いや、それは事あるごとに邪魔をする弟のせいか。 その弟はといえば、オフェリアの思惑になど一切気づかぬ様子で、姉とフーリンの間に割って入っていた。男だろうがオスだろうが姉には指一本近づけさせない構えである。 フーリンがやれやれとばかりにため息を吐いた。オフェリアの頬が心なしかひきつって見える。 優が何をか感じとったようにディオンの肩にそっと手を置いた。 「ディオンさん……」 振り返るディオンに優が首を横に振る。猫相手に大人げない。 「フウさん、かわいいな。案内してくれるって言ってたけど、抱っこして行ってもいい?」 コレットが両手を伸ばしながらフーリンの顔を覗き込んだ。ディオンの恨みを買うのは面倒とばかりにフーリンはコレットの腕の中に収まる。 またライバルが増えてしまった。オフェリアは顔にこそ出さなかったが内心で呟いた。 「行くのです」 ゼロが出発を促す。 コレットがフーリンを抱き上げたことで、ひとまず安心したディオンが頷いた。 「ええ」 そうして6人は歩き出す。 「遠賀川ってどんな土壌なんだろうな?」 ディガーがおもちゃ箱を開ける子供みたいな顔で言った。だが、それが「土壌って」おいおい、と優が突っ込む。どんな所、というならまだしも、だ。 「でも、スズメバチってあの音が苦手なんだよな。なんか聞いてるだけで、ぞわぞわする」 刺されたら痛いが、それ以上にアナフィラキシーショックなんてものもある。 「そうですね。でも、クサナギさんが用意してくれた白いシーツがあります」 コレットはリュックに入った白いシーツを少しだけ覗かせて言った。憂えてばかりいても仕方がない。 「そうだな、蜜芋のためだ! 頑張ろう」 自身を元気づけるように優が言った。 するとディガーがそういえばとばかりに吸引器を取り出した。 「これでハチ捕まえるのかな? おもしろそうだよねー」 その様子を想像しているのか楽しそうなディガーに優とコレットが言葉を失う。 「土は吸えるのかな…そ、そんなことしないよ?」 呟いて、優とコレットの視線に気づき慌てて付け加えるディガーだったが、そもそも2人の視線は土を吸うといった事に対してではない。 「それはハチを吸うのではなく、ハチの毒を吸うのです」 ゼロが言った。 「え?」 どうりで小さいわけだ、と苦笑を滲ませディガーはそれをポケットに仕舞う。 「そういえば、スズメバチのローヤルゼリーって、とても美容と健康にいいらしいですのよ?」 オフェリアが言った。まるで「だから是非取ってきてね」と言ってるような口振りだ。是非一緒に取りましょう、というものではない。しかし。 「そうなんですか?」 一緒に頑張って取りましょうね、とコレットが満面の笑顔でオフェリアの顔をのぞき込む。天然なのかどうなのか。 「それは是非、姉さんのためにもゲットしないといけません!」 ディオンが殊更意気込んだ。優はお土産にいいかもなあ、などと考えている。ゼロはしきりに首を傾げ、ディガーはローヤルゼリーよりもイモ掘りに心奪われていた。 「ローヤルゼリーを売っても良いかもしれませんわね?」とオフェリアは更に一同を唆そうとする。 だが、オフェリアの思惑を台無しにして止まない弟がきっぱりと言い切った。 「売るなんて勿体ない! 確かにローヤルゼリーなどなくても姉さんの美しさは……(以下略)」 ディオンが必死に力説を始めたが、聞いている者はオフェリアを筆頭に残念ながら誰もいなかった。 とにもかくにも、そんなこんなで6人と1匹は、<ONGAGAWA>コミューンへ向かったわけである。 ▼ それは20人程度が住まうには想像より広く感じられる集落だった。申し訳程度に垣根のようなものがコミューンの周りを取り囲んでいる。 事前に収穫のための人手を貸すというような話がいってたようで、6人と1匹はすんなりコミューンに受け入れられた。因みにこの世界ではロストナンバーは“外国人”という事になっている。この国<NIPPON>の人間ではないという意味では間違いではない。実際にはこの世界の人間ですらないのだが。 コミューンのリーダーだという初老の男が6人と1匹を出迎えてくれた。コミューンの子供らが遠巻きに奇異の視線を送っている。 「わたくしは、コミューンの周辺を見てきますわ」 いつの間に着替えたものかクサナギのスズメバチ対策用シーツをヒントに用意した純白のドレスの裾を翻してオフェリアが言った。それがまるでウェディングドレスのように見えて、それどころではないディオンは姉のセリフをよく聞いていなかった。姉の結婚には相手が誰であろうと大反対だが、姉のウェディングドレス姿は見てみたい。いやいや、しかし他の誰にも見せたくない。そんな思考がぐるぐるして更に動悸息切れ目眩の三拍子によろめくディオンを気遣うようにコレットが声をかける。 「大丈夫ですか?」 「あ、はい」 いつもの事ですから、とディオンは立ち直り姉を振り返る。 「おや? 姉さんは?」 「フーリンさんと一緒に行っちゃいましたよ?」 優がコミューンの入口の方を指差した。しかし既にそこには彼女の姿はない。 「なんだってっ!?」 フーリンは猫だがオスだ。それはつまりディオンの思考回路的には姉の貞操の危険を意味する。 「どうして止めてくれなかったんです! 姉さん、待っていてください! 僕が助けに参ります!!」 言うが早いかディオンはコミューンの外へと駆けだして行ってしまった。 コミューンのリーダーがその背を見送り、それから残されたロストナンバー4人を「追いかけなくてもいいのか」という目で見た。それに4人はただ、一様に首を横に振っただけである。 とにもかくにもリーダーの先導で畑の方へと案内された。 「どんな掘り心地かなー、楽しみだなー」 ディガーが胸躍らせる。 「おイモ掘りは、幼稚園の時以来だから、上手く出来るか心配だな…」 コレットは少しばかり不安そうだ。 「ゼロは初めてなのです」 物怖じしない顔でゼロが言った。 「俺も久しぶりだけど、でも大丈夫だと思うよ」 幼稚園児でも出来るんだから、と優が笑った。 壱番世界でもよく見かけるサツマイモ畑は学校の運動場くらいに見えた。あくまで優の体感的なものであったが。 ディガーは畑を見渡し深呼吸をした。秋風が運んでくる土の香が心地いい。 「ここを掘るんだね!」 満面の笑顔で膝を付いて土を手のひらに掴み取りその感触を味わう。掘りやすそうないい土だ。彼の手の中のトラベルギア――シャベルが、自分の出番を待ちわびている。それ以上に逸る気持ちでディガーはコミューンリーダーのゴーサインを待った。 優とコレットもさっそく手荷物から移植ゴテを取り出す。 ゼロが遠巻きにしている子供らに気づいて歩み寄った。壱番世界でいえば小学生くらいの子供らが6人。 子供らは“外国人”を見たことがないのだろう。いや、コミューンの大人たちとて話に聞く程度で実際に見たことはなかったようであり、それは初めて自分たちを見たリーダーの反応からも伺い知れた。この世界には確かに<NIPPON>以外の国――外国が、あるらしい。だが彼らはそれを実際に見たことはないのだ。 ゼロは数歩離れたところで腰を下ろした。子供らと同じ目の高さになって声をかける。 「勇者の印だそうなのです」 そう言って胸に付けたバッヂを掲げてみせた。興味と不安をない交ぜにしている子供らに笑みを向けて、握っていた手の平を子供らに向ける。そこにはクサナギから余分に貰ってきた勇者バッヂが乗っていた。 「あげるのです」 一人の子供が恐る恐る近づいてゼロの手の平に乗ったバッヂを掴みあげる。それからゼロを見て、バッヂを見て、やがて、ぱあっとお日様のような笑顔を向けた。 「お姉ちゃん、ありがとう」 すると残りの子らもゼロに群がり、それぞれにバッヂを胸に飾った。 子供らが彼らに慣れるのは早かった。特に外見の変わらない優は打ち解けるのも早かったろう。 一人だけ、物怖じしているのか引っ込み思案なのか、輪に入れない子供を見つけてコレットが声をかけた。 「おイモ掘り教えてくれる?」 すると、その子供は緊張した顔でうん、と頷いてコレットを促した。 長く伸びた蔓の前で腰をおろし、さてイモ掘りと思ったコレットだったが、そこでスズメバチの事を思い出す。リュックには勇者バッジを付けたシーツがしまわれているが、すぐに出せるように入れ直しておこう。 かくてイモ掘りは始まった。 ●スズメバチ 「おかしいと思いませんこと?」 コミューンを出、暫くコミューンの周辺を散策していたオフェリアは開けた高台に足を止めて言った。そう、おかしいのだ。 ゆっくり視線を巡らせる。遠くに広がる玄界灘。更に視線を移す。眼下を横切るのは山陽新幹線、九州自動車道。いや、そんな名前で呼んでもいいものか。それらの行き着く先に管理都市<FUKUOKA>がある。 ここにはバイオロイドやサイバノイドといった科学力が存在している。オフェリアの好奇心をくすぐる技術力が数多ある。だが、前回訪れた管理都市<KYOTO>には、それらの片鱗を見ることは出来なかった。 壱番世界と似て非なる世界。しかしバイオロイドやサイバノイドが存在する時点で壱番世界よりも高い科学力を持っているはずであり、オフェリア自身その技術力を目の当たりにもしている。にもかかわらず、少なくとも<KYOTO>は壱番世界と変わらなかった。高度な科学力の恩恵を被っているようにはとても見えなかったのだ。 サイバノイドやバイオロイドの技術があれば医療の分野ではもちろん、不死とまではいかないまでも不老を手にすることが出来るのではないか。だが街行く人々は普通に老いているように見えた。ガラス越しの病院のロビーには車椅子や松葉杖の者たちがいた。 「そういうことじゃ」 フーリンが遠くに霞む管理都市のビル群を見ながら言った。 つまりはSAIがその技術力を独占しているのだ、と。 「それは面白いですわね」 オフェリアの目が光った。怪盗の血が騒いだのか。盗むのは何も絵画や美術品ばかりではない。そしてそれを盗もうと考えるのは勿論コミューンや誰かのためなどでもない。ただ、簡単に手に入るものを欲しいとは思わないだけだ。 と、葉擦れの音に振り返る。 「!?」 ▼ 誰もが楽しんでイモ掘りをしていた。中でも嬉々として一番はりきっていたのはディガーに違いない。正に天職!みたいな顔をして誰よりも掘りまくっていた。 その手がふと止まる。聞こえているわけではない。どちらかといえばその空気振動を捉えた。 「羽の音がするね。みんな家の中に入った方がいいかも。そろそろ来るよ」 ディガーが言ったが、コミューンの者たちは何のことかわからず首を傾げている。 コミューンがスズメバチに襲われることを知っている優とコレットとゼロがそれぞれに身構えた。 羽音の聞こえない優が尋ねる。 「一匹ですか?」 一匹だけなら、スズメバチの巣を発見するためにそのハチを捕まえ、目印を付けて離し巣まで案内してもらうという方法を試してみようと思ったのだ。だが。 「いや……一匹じゃないし、全速力の足音も聞こえる」 地面を伝う振動にディガーが言った。 「もう、誰か襲われたの?」 優は声をあげてトラベルギアを掴む。 「刺されるのは嫌だなぁ」 ディガーがぼやいた。 「ハチって黒に集まるんだよね?」 そう言いながら自身を見やる。黒のツナギに黒手袋。刺してくださいと言わんばかりの的である。ディガーはウェストポーチからクサナギに貰った白いシーツを取り出した。 「シーツって、流石にこれじゃ無理な気がするけど……被った方がいいと思う?」 と、傍らを振り返る。 「うん?」 果たしてそこには、膝をつきトラベルギアの刀を握り、頭から被った白いシーツから顔だけを覗かせてディガーを見上げている優がいた。 「大丈夫なんだね」 と、程なくして向こうから人が駆けてくる。コミューンの人間かと思ったが、よく見れば見知った顔のようでもあった。 「ディオン……さん?」 優が呆気にとられたようにその名を呼ぶ。 這う這うの態の後ろから大量のスズメバチが彼を追いかけてきていた。 騒然となる子供らにコレットは手荷物からシーツを取り出し被せた。 「ふふ。これを被ればスズメバチさんに刺されないんだって。スズメバチさんの退治はすぐに終わると思うの。だから、安心してね。ね、みんな!」 最後のは、ロストナンバーに向けられたものだ。 その声の先で、頷いたのはゼロである。 その姿にコレットはぎょっとした。袋を頭からすっぽり被っていたからだ。 「大丈夫なんですか?」 「ゼロは呼吸していないので、大丈夫なのです」 超強化ビニール袋の中から顔を出しゼロが答えた。それから、ビニールの口を結んで完全密閉する。 「これでゼロは、スズメバチに対して無敵なのです」 ゼロのくぐもった声にシーツの中の子らはポカーンとしていた。見た目が美少女であるだけにそのギャップについていけなかったようだ。 ゼロは黒い布を取り出すと、それを振りながら子供らから離れた。自分に引きつけるためだ。 色盲のスズメバチは黒いものに向かっていく習性がある。 コレットはスケッチブックを取り出すとトラベルギアで黒いクマの絵を描いた。それがうにょーんとスケッチブックから飛び出し実体を持つ。 「クマさん。お願い」 コレットが声をかけるとクマの絵はトテトテとスズメバチに向かって歩きだし、ゼロ同様自分に引きつけるようにしてコミューンの人々から離れ、片端からスズメバチを叩き落とし始めた。 どんな魔法か手品か、と子供だが拍手している。 一方、ディガーは動きを制約されるシーツに、被るのを諦めシャベルでスズメバチを叩き落としていた。体は丈夫な質なのだ。多少刺されても平気である。ただし、痛いものは痛いのだが。 「イモ掘りを邪魔するなんて…なんて酷い事するんだ…!」 若干怒りの矛先が違うような気もしなくもない。 何とか皆のいるところまでたどり着いたディオンに優はトラベルギアで防御壁を張った。 「大丈夫ですか?」 声をかけると、ディオンは息も絶え絶えに「何とか」と答えた。しかし刺された痕があちこちに見られる。全速力で走ったということは、毒が全身まわっていてもおかしくない。取りあえず優は吸引器を使って出来る限りの毒を抜き、軟膏を塗った。 「ありがとう」 「一体、何があったんです?」 「いや、それが……」 ▼ 事の起こりは数十分ほど前に遡る。 「おかしいと思いませんこと?」 姉の声がどこからか聞こえてきた。その声のする方に足を向ける。 「そういうことじゃ」 フーリンの声も聞こえてきた。 何がおかしいのだろうと訝しみつつディオンは足を早めた。姉は今、フーリンと2人きりなのだ。 「2人きり」 呟いた途端ディオンは頭に血が上った。周囲が全く見えなくなった。 そこにあったものが何であるのかも気にせず払い除けるようにして、ディオンはずんずん進み、姉とフーリンの元へ駆けつけたのである。 小さな川は斜面を下り大きくなって、やがて海へと注いでいた。これが遠賀川だろうか。その景色を一望出来る高台に2人はいた。壱番世界の地図で言えば、ちょうど博多の辺りに管理都市<FUKUOKA>がある。2人はそこからそれを見ているようだった。 「姉さん! ご無事ですか!!」 その声にオフェリアとフーリンが振り返る。 「どなたかしら?」 「僕の顔をお忘れですか!?」 いや、仮面の呪いもあり、仮面のままか或いは誰かの顔を借りる他ないディオンである。今の顔だって本当の自分の顔というわけではないのだから顔だけに言及するなら、オフェリアがわからないことは大いにある。勿論、内面から滲み出ているシスコン臭ですぐにわかるのではあるが。 「小僧……鏡を見た方がいいぞ」 フーリンが言った。 「黙れ、貴様の言うことなど聞けるか」 ディオンが吐き捨てる。 「ディオンちゃん」 オフェリアはそっと手鏡を差し出した。 そこに映った顔は、当然ディオンの知っている顔だったが、少しばかり歪んで映っていた。頬に小さな針が刺さったままになっている。スズメバチの。 「どうやら、この近くに巣があるようじゃな」 「…………」 だが、その巣を見つけるどころの騒ぎではなかった。ディオンを刺したハチが集合フェロモンをまき散らし、仲間を呼び寄せていたからだ。 「!?」 ハチの大群にディオンは刺された痛みも忘れて姉の前に立った。 「虫にはやはり殺虫剤。任せて下さい。蜂1匹、男1人、姉さんには近づけさせませんから!」 かくてディオンは殺虫剤を構えたのである。 ▲ 「あー、それは逆効果かも」 苦笑を滲ませつつ優は言った。確かに多少の効果はあるが、何百匹というスズメバチを相手どった場合、スプレー缶の1つ2つでは限度がある。下手をすればスズメバチを怒らせるだけだ。 「あれくらいじゃないと」 と、優が視線でそちらを差した。 その先ではコレットがフリーハンドで描かれた火炎放射器で、飛んでくるスズメバチを順に消し炭に変えていた。最初は大人しくシーツの中にいた彼女なのだが、シーツの端を踏んで転んだ後は何かのタガが外れたようである。 「…………」 ディオンの治療を終えて優が立ち上がった。 「タイム」 彼が声をかけるとフォックスフォームのセクタンが優の傍らで頷いた。防御壁による結界を解いた直後、タイムの火炎弾が炸裂する。それに呼応するようにシーツを脱ぎ捨て優はスズメバチの一群に駆け出した。 その背を見送りながらディオンはふうと息を吐く。このままでは自分はただの役立たずだ。 彼は手にしていたステッキをくるりと回し、飛んでくるスズメバチに向かってを構えた。 「火炎放射は出来ませんが……」 ステッキから飛び出すのは5回に4回までは催眠ガス。5回に4回までは。 飛び出す紙吹雪に、白いシーツから顔だけ覗かせ見守っていた子供らがパチパチと手を叩いた。 「…………」 ▼ とにもかくにも、ディオンもそれなりに活躍しコミューンにいたスズメバチを一掃したところで、巣の駆除に向かうことになった。 ディガーが羽音を辿って先導する。雑木林の合間にそれはあった。木々に隠れて遠くから様子を伺う。 「あの巣どうしよっか。埋める?」 ディガーがシャベルを手に言った。 「スズメバチでもハチミツって取れるのかな?」 「スズメバチは肉食だそうなのです。花の蜜を食べないのでハチミツも集めていないのだそうなのです」 オフェリアの言に疑問を持ってコミューンの者に聞いていたゼロが言った。 「そっか…残念だね」 「僕は姉さんのためにロイヤルゼリーを見つけてみせます!!」 ディオンが拳を握りしめた。ロイヤルゼリーとはハチミツと花粉を練り混ぜた女王蜂専用栄養食のことである。ゼロの話を聞いていたのか、いないのか。 「頑張れよ」 もしかしたら、あるかもしれないし、と優が言った。 「でも、その前にあの樹からまずは巣を降ろさないとな」 とはいえ巣の中にはまだスズメバチが残っているだろう。 するとゼロが何やら取り出した。円錐上の先に紐が出ているそれはまるで大きなクラッカーのようだ。その名も“ガンバルサンBee”。かのマッドサイエンティストたる世界司書Dr.ヴェルナーがかつてGと呼ばれるファージ退治用に作ったものの進化版らしい。 「隅々まで効くのだそうです」 ゼロはそう言ってガンバルサンBeeを構えた。要するに燻蒸・燻煙式殺虫剤である。 優があることに気づいた。 「Beeって、ミツバチじゃなかったっけ?」 似たようなもんだろう。ゼロが紐を引くと大量の煙が噴出し巣の周囲を取り囲んだ。スズメバチは煙に追い出されるように巣の外に飛び出してきたが、襲う気力はないのか程なくしてぼとぼとと地面に落ちた。 かくてあっさりと巣は陥落したのである。 ●秋茜の里 「何とかスズメバチは退治出来ました」 これで、もうコミューンがスズメバチに襲われることはありませんと報告するとコミューンリーダーの男はありがとう、と一人一人の手をとって労いと感謝の言葉を口にした。どうやら今までも、コミューンの外に出た者が襲われたりしていたらしい。 収穫したサツマイモはいくらでも持っていって構わないということで、再びイモ堀りを始めた面々を遠目に、ディオンは一人ぐったりと畑の隅に座り込んでいた。 「ローヤルゼリーは穫れませんでした……」 横切るフーリンにぽつんと呟く。思えば前回の<KYOTO>でも、杜屋のわらび餅をゲット出来ず、散々姉に詰られたディオンである。どうやら今回も同じ轍を踏むことになりそうだった。 姉にもあっさり撒かれ、しょんぼりしながらフーリンに手を伸ばした。 「……フーリン君。いや、フウ君」 嫌がるフーリンを膝に抱き頬擦りなどしてその毛並みをモフる。 「私達の仲じゃないですか」 どんな仲だとフーリンは内心で突っ込んだが、有無も言わせずディオンは彼を抱いて立ち上がる。 それを見ていたゼロにどこに行くのかと尋ねられる。コミューンを見て回りたくてとディオンが答えると、自分も見てみたいとゼロが加わることになった。 二人と一匹で畑を抜けるとコミューンの中心に広場があった。そこに一人の老人がベンチで日向ぼっこをしている。一見穏やかで平和そうに見える光景だったが、コミューンの奥には、SAIのバイオロイドに襲われた時のための非難所があり、闘うための武器庫があるのだと思うと、複雑な気分になってきた。この平穏をかき乱そうとする存在が確かにあるのだ。 「SAIに反乱した心強き者を私は知っています」 ディオンは躊躇いがちに老に声をかけた。 顔をあげてディオンを見やるコミューンの老の目にわずかながら不振が混じっているのが見て取れる。収穫を手伝ってくれるのは、ありがたいが、といったところだろうか。“外国人”なるものを今一つ信用しきれずにいるのかもしれない。 「あぁ、イチゴやサクコラさんは元気でしょうか……」 ディオンはまるで呟くように言った。半分は老の疑心を解くためであり半分以上は本気で。 ほんの数ヶ月前のことだ。ディオンがこの世界に飛ばされてきたのは。 イチゴ――風見一悟は異世界の住人たる自分を何の躊躇いもなく受け入れてくれた恩人であり、サイバノイドでありながらSAIの管理下から抜け一人でSAIと戦っている男だった。また、桜子はSAIと敵対するレジスタンスを支援する情報屋であり、このコミューンの橋渡しをしてくれた人である。 感慨に耽ってしまったディオンであったが、老の視線に気づいて慌てて話を戻した。 「あ、すいません。だから私はあなた方の味方です。SAIや、この世界について教えてくれませんか」 知った名前が出てきたことで多少は不振が解けたのか老は静かに頷いた。自分にわかることなら、と。 「SAIに支配されたのはいつなのです」 その問いに、老は困惑げに首を振った。 「わからん。数年前かもしれぬし、数十年前かもしれぬ。或いは数百年前かも」 「どうして?」 「わしの記憶が、正しいという保証がないからじゃ」 ディオンは思わず言葉を詰まらせた。 「じゃが、おそらくはここ数年の事じゃろう」 老が言った。ディオンの代わりにゼロが尋ねる。 「どうやって自分がコンピューターに支配されてる事に気づいたのですか?」 「最初は自分の意志と自分の行動に不思議な違和感を感じる程度じゃった。じゃがそれが段々と大きくなり、やがて自分が操り人形のような気分になってくる。そうして漠然と何かがおかしいと気づくんじゃ」 「操り人形」 ディオンは眉を顰める。 「SAIに管理されることに問題があるのですか?」 ゼロは問いを重ねた。 「管理都市の人間は生きておらん。あれを生きてるとは言わん。ただ死んどらんだけじゃ」 何も知らず何も知らされず、ただ決められた日常を送るだけの人形たちが住む街。老は管理都市をそんな風に言った。眠りたいと思っても体は眠ろうとせず。起きたいと思っても体は眠ろうとする。遊びたいと思っても働き、疲れて休みたいと思っても遊ぶ。脳内に埋め込まれたチップによって。山に登りたいと思っても管理都市から出ることは出来ず、往来出来るのはあくまで管理都市間のみであり、そこは自然とは隔絶された世界ともいえた。 「それが、機械統治の不都合なのでしょうか?」 ゼロは考えるように首を傾げた。機械に統治されるというだけでなく、生活の細部に至るまで管理されているということか。自然云々はともかく、眠りたいと思っても眠らせてもらえないという部分に、大いなる不都合を感じずにはおれないゼロである。人々の平穏を掻き乱すものがSAIなのか。 「以前、僕は管理都市に入ったことがあるんですが、彼らは僕らを普通に受け入れてくれましたよ?」 ただの人形であるなら、日常に組み込まれていない自分らを無視するのではないか、とディオンは思ったのだ。だが実際には黒猫探しを彼らは手伝ってくれたりもした。 「時々、人形であることに違和感を感じる者が出る。それが伝染せぬよう、よびしろのようなものを作ってあるようじゃ」 違和感を感じる者が日常と異なる行動をとることで齟齬が生じぬようになっているのだという。 「SAIを管理しているのは一体何者なんです?」 「わからん」 「SAIはどのようにして誕生したのですか?」 「わからん」 「サイバノイド達を作り出したのは誰なんです?」 「わからん」 老はただ、どうしようもないといった顔で首を横に降り続けた。 <NIPPON>の歴史も、SAIの歴史も、今やSAIによる教育によって施されたものであり、或いは脳内に埋め込まれたチップによって記憶を書き換えられたものであったから、自分の記憶のどこまでが真実でどこまでが偽造のものであるのかわからなくなってしまった、というのが正直なところのようである。 これでは埒があかぬとゼロは質問を変えてみた。 「誰があなたにSAIの事を教えてくれたんですか?」 すると老はしばし考えるようにして、それから答えた。 「<FUJI>コミューンのカグヤ様じゃ」 正確には、老にSAIの事を教えたのはこのコミューンのリーダーである。そして、そのリーダーはまた別の者から話を聞いた。それを辿っていくと彼女に突き当たるという事である。 カグヤという名前にディオンはハッとした。そういえば桜子も似たようなことを言っていたのだ。確か『カグヤ様なら知っている』と。 「カグヤ様とは、どんな人物なんです?」 ディオンが聞いた。 「直接会ったことはない。過去見の巫女と聞いておる」 「過去見の……巫女」 「カグヤ様がナギとナミはSAIであると仰られた。そして管理都市は作られた世界だ 、と」 「…………」 「最初はにわかに信じられんかった。しかし管理都市の外に出てわかった」 そうして老は、そちらを振り返った。彼の視線の先には雑木林があるだけだ。その先に、かつて老の住んでいた管理都市 <FUKUOKA>があったのだが、そこまでこの世界の地理に詳しくないディオンもゼロにもわからぬことであった。 長話に疲れた様子の老と別れる。 「フウ君。私はこの世界の者ではありません。ですが、何らかの縁を感じています。だから、この人達の力になりたいと思います」 ディオンはフーリンに頬擦りしながら言った。気分はいつしかセンチメンタルになっていた。人恋しい。むしろ姉恋しい。酸欠ならぬ姉欠乏症。そろそろ限界だ。 「姉さん……」 「そういえば、向こうでミツバチの巣を見つけたぞ」 フーリンがふと、思い出したように言った。 「本当ですか!? 待っていてください姉さん! このディオン、必ずやローヤルゼリーを姉さんの元へ!!」 そうして再びコミューンから出て行く懲りない男。一方。 「力になる……」 ディオンの言葉にゼロは首を傾げていた。 何故、SAIは人間を管理しているのだろう、眠りを妨げるようなことまでして人間を支配している理由がわからなかった。ただの支配欲――人工知能の暴走なのだろうか。人を管理支配することにどんな快感があるのかわからないが、元より機械の考えることである。 SAI側の言い分がわからない以上、闇雲にレジスタンスを支持するのもどうかと思われたが、一方でSAIに管理されることがこの世界の人々にとっていいことのようには思えないのもまた事実だった。この世界の人にとって何が最善であるのだろう。 「情報不足なのです」 と、そこへコレットが手に大きなビニール袋を抱えてやってきた。中に入っているのは落ち葉のようだ。コレットを囲む子供らも一様に落ち葉の入った袋を抱えている。 「あ、ゼロさんも手伝ってくれませんか?」 「落ち葉を運ぶのですか?」 「えぇ。これからおイモさんを焼いて焼き芋を作るんです」 それで、コミューンの中を案内してもらうついでに落ち葉拾いをしてきたらしい。 「ゼロも手伝うのです」 ゼロは考えるのをやめて、早速落ち葉集めに加わった。 「おじいさんも食べますか?」 コレットが広場のベンチに座っていた老に気づいて声をかける。 「そうじゃなぁ」 と言いながら杖を支えに立ち上がろうとする。それをコレットは慌てて止めた。 「大丈夫ですよ。焼きあがったら持ってきますから」 「すまんの」 「いいえ」 笑みを返してコレットはみんなの元へ戻った。 ディガーはシャベルの手を休め額の汗を拭い、陽の傾きかけた空を見上げていた。 「今日はいっぱい掘ったなぁ…いつもこんな依頼なら良いのに」 気持ちのいい汗をかいた。やりきった感で胸がいっぱいだ。彼の足元には掘り出したサツマイモが山のように詰まれている。他の面々も一様に頑張ったのだが、彼ほどの成果をあげた者はなかっただろう。あの大きなシャベルでよくも器用に傷一つつけずサツマイモを掘り出したものだ。 そうして一休みしているところだった。突然「がおー!!」といきなり背後から何者かに襲われた。 「わぁ!?」 勢いあまってもんどり打つ。それが白いシーツを被った子供らだと気づくのにはそう時間を必要としなかった。「『ハロウィン』というお祭りではカボチャの収穫を祝うため、いろんなオバケの扮装をして踊るそうなのです」とゼロに入れ知恵された子供たちである。ゼロ曰く、かぼちゃもイモも同じようなもの、ということらしい。 「トリック・オア・トリート!」 既にいたずら済みじゃないか、と苦笑しつつ、ディガーは今日の成果を子供らに差し出した。 「わーい!!」 子供らがイモを持って駆けて行く。やれやれ、と頭を掻きつつ立ち上がると優が隣の畑で手を振っていた。 「落ち葉拾ってきたから焼き芋にするよー!」 「ああ」 ディガーが残りのイモを運ぶ。そこではゼロとコレットがせっせとアルミホイルにイモを包んでいた。 「こっちが蜜芋で、こっちが普通のサツマイモだよ」 子どもらが二つの籠を指差すのに、ディガーはその中へ今日の成果を入れる。 アルミホイルに包んだイモを落ち葉の中に入れ優がタイムを促すと狐火が点火。後は焼きあがるのを待つだけだ。 時間を持て余し始めた子供らが、再び白いシーツのお化けで「がおー!」「がおー!」と焚き火の周りを踊り出す。 「焼けるまでにはまだ時間があるよね。少しコミューンを見てまわるかな」と、ディガー。すると。 「それなら、いいところがあるよ!」 一人の子供が言った。 「いいところ?」 優が興味顔で割って入る。コレットもゼロもそれに加わった。 「ナイショだからね」 子供は人差し指を一本立てて口にあてた。 「ナイショ?」 誰にナイショなのだろう。 「こっち、こっち」 子供が手を引かれていく。 「え?」 どうやらコミューンを出てしまうらしい。ナイショとは大人たちにということか。子供の秘密の基地。少しだけワクワクしながらついていく。紅葉に彩られた獣道みたいな雑木林を這い蹲ったりしながら抜けていくと、程なくして水音が聞こえてきた。田畑に水を引いたり、飲料水を確保するため川の近くにコミューンが出来ているのだから、当たり前といえば当たり前かもしれない。 ふと視界が開けた。それは金色の川。いや、川の水面が西日を反射し黄昏色に染まっていたのだ。 「綺麗な場所だね」優が言った。 「うん」コレットも頷く。 「ここの土もいい土だなあ」ディガーは相変わらず土の具合の方が気になるらしい。 「心地よく眠れそうなのです」ゼロがせせらぎの音に目を閉じまどろんだ。 「あれ? 誰かいる」 子供たちだけの秘密の場所に人影。だが、そこにいたのはコミューンの大人たちではなかった。オフェリアである。 「ちょうどよかったわ。迷子になっていたところなの」 オフェリアは笑顔で言った。本当かどうかは敢えて質さず。 「アキアカネだよ!」 子供らが指差す先。そこに飛んでいるのは赤とんぼだ。 「アキアカネって言うの?」 コレットが尋ねる。 「うん」 子供は元気よく頷いた。 「へぇ~」 ディガーは川辺に足を投げ出して座る。 「何か見つかりました?」 優がオフェリアに尋ねた。オフェリアはずっとコミューンの周辺を回っていたのだ。 「管理都市から管理都市には移動できるみたい。そのための幹線が整備されていたわ。ただ……」 「ただ?」 「幹線の外にも道があるのに、外には出られないようね」 「外には出られない?」 「ええ。外の道は整備されず放置されているって感じだった。それから、その道の脇には何があったと思う?」 「さぁ?」 「ふふ。民家やビル。といっても人はいなかったけど」 「え? 住民たちは?」 「今は管理都市に住んでいるのでしょう」 「それは……」 「どうやらSAIが<NIPPON>を支配したのは最近のようね」 SAIは科学技術を独占し、その圧倒的な力で人々を支配しているということなのだろうか。 オフェリアは川へと視線を戻した。アキアカネたちが川面を飛び交っている。 優もコレットもゼロもディガーも川に映る黄昏色を見つめた。管理都市の人々はこんな自然を見ることもなく、今も決められた日常をただ淡々と過ごしているのだろうか。 それはとても寂しいことのように思えた。 日が暮れるまで川辺で過ごし、コミューンへと戻る。フーリンが焚き火の番をしていた。 「ちょうど、焼きあがったようじゃぞ」 と言うのに、早速みんなで食べる。気になるのはやはり、糖度2倍の蜜芋だ。 「普通のイモより甘くて美味いな」 「本当に甘いですわね」 「うん。お菓子みたい」 「クサナギさんが楽しみにしているようなのです」 食事を必要としないゼロがせっせと焼きあがったイモを持ち帰り用に小分けしている。一応、動植物持込不可ということも考慮して、加熱処理済みの方を貰って行くためだった。 「あ、そだ。バターあるよ」 「ください」 「そういえば、ディオンさんは?」 コレットが思い出したように言った。 「ロイヤルゼリーを探しにミツバチの巣に行ったぞ」 フーリンが答える。 「え?」 心配げなコレットだが。 「あら、大丈夫ですわ。なんなら、置いていっても構いませんのよ」 ふふふ、とオフェリアが笑う。冗談めかしているようだが目が本気だった。 とにもかくにも。そんなこんなでスズメバチを撃退し、芋掘りを楽しみ、焚き火を囲んでちょっとした宴が催された後、土産の蜜芋もたくさんもらって彼らは帰路についたのだった。 ところでロイヤルゼリーを求めてミツバチと格闘していたディオンが、無事ロストレイルの発車時刻に間に合ったのかといえば……。 「置いてくわけにもいきませんから、ね」 という車掌さんの証言があるだけで、その姿を見た者はなかった。ただ、ハチに刺されて腫れ上がった顔を見せられないのだろう、という事で落ち着いた。 ■大団円■
このライターへメールを送る