● 「どうなのよ? 少しは慣れたの?」 「うん、色々な世界を見たりしたよ」 「みんなに迷惑かけてないでしょうね?」 「たぶん、大丈夫だと思うよ」 数ヶ月ぶりの二人でのお出かけ。 相変わらずリエラはとってもしっかりとした女の子だ。おませさんっていうらしい。でも、リエラっておませさんなんだねと言ったら怒られた。その言葉を教えてくれた人はとても優しい笑顔をしていたんだけども。 今日はパフェを食べに行くわよと彼女は言った。今日は迷子ではなく、ちゃんと了承を得てきていて、お母さんからお金も預かっているらしい。 お財布を肩から提げている小さなポシェット――お母さんの手作りの猫さんの形の物――の中に大事そうにしまい込んだ。 今日はおごりなのよと言われる。ぼくもお金はあるから大丈夫だよと言ったけど、この前の借りを返さないといけないのだという。これが人づきあいというものらしい。 「パフェってどういうもの?」 「……パフェも食べたことないの?」 「うん」 「とっっってもおいしいんだから!」 「うん」 力をこめてリエラは言った。彼女はパフェがとっっっても大好きみたいだ。 初心者はチョコレートパフェからはじめるといいわと言う。 「チョコ大丈夫?」 「うん。熱いものじゃなかったら平気かな」 「パフェが熱かったら溶けちゃうわ」 「アイスクリームと一緒だ」 「というよりアイスも入ってるのよ」 どんなものなんだろう? リエラが言うにはアイスクリームなんて目じゃないらしい。 「楽しみにしてなさい」 繋いだ手がポカポカしてきていた。だから、ぼくは、よっぽどすごいものなんだろうなぁと思った。 ● 連れてこられた先はオープンカフェというところだった。今日もお天気が良いのだからお外で食べた方が気持ちがいいだろう。 案内された小さな席に向かいあって座る。お水を持ってきてくれた店員さんにリエラはサッと注文をした。 「チョコレートパフェを二つ!!」 「チョコレートパフェがお二つですね?」 「えぇ」 「少々お待ち下さいませ」 アイロンのきいたシャツに黒いベストを着た男の人は、音も立てずにお水のコップをぼくたちの前にそれぞれおいてくれた。そして、おぼんを腰の方で両手を揃えて持ちながら、注文を繰り返した。最後にきれいな角度でお辞儀をして、背筋をぴっと伸ばしたまま店の奥へと消えていった。 パフェが出来上がってくるまでの間が待ち遠しい。 「そわそわしないのよ」 「うん」 「パフェはそんなに時間かからないわ」 「そうなんだ」 「もたもたしてたら溶けちゃうもの」 そんな事を話していたら、今度はスラッとした女の人がやってきた。 「お待たせいたしました」 笑顔で背の高いグラスを二つ、ぼくたちの前におく。 「ごゆっくりどうぞ」 女の人はそう言うとすぐにまた他の席へと向かっていった。 「これがパフェ……」 「すごいでしょ!」 リエラが胸を張って得意気に言った。確かになんだかすごい感じがした。 細長いガラスの器のなかいっぱいにパフェは詰まっていた。一番上にこんもりと乗っかっているのは前にも食べたアイスクリームとバナナを切った奴だ。細長い棒のようなお菓子も一本刺さっていたりする。 グラスはきれいに磨かれていたから、中の様子がよくわかる。なんだかしましまだ。 茶色、まっしろ、きつね色。また茶色、まっしろ、きつね色。 「これがチョコソース、それで生クリーム、で、ここはワッフルコーンなの。最後の段にはチョコレートケーキも!」 リエラが指をさしながら、しましまの正体を教えてくれる。 「ひとつずつ食べてもおいしいの。でも、ちょっとずつ混ぜて食べるのがやっぱりおいしいの!」 グラスに負けない細長い銀色のスプーンでクリームをすくう。口に入れてみると、アイスクリームよりもやわらかく滑らかだ。あまり冷たくない。そしてじんわりと口の中で溶けていった。 「おいしい、ね」 彼女に教えてもらった言葉を忘れずに言うと、リエラはにっこりした。 「そうでしょ」 本当に幸せそうな笑顔で彼女は笑うなと思う。 「いちごパフェもステキなのよ。ヨーグルトやチーズケーキの入ったものなんかまであるけど、私は特にムースの入ってるのが一番だと思うわ」 「へぇ」 「でも、やっぱチョコパフェはすごいわ。いつでも大体食べられるし。チョコにアイスにクリームに全部おいしいものしか詰まってないなんて信じられないわ」 彼女の語るパフェのすばらしさをよく聞きながら食べ続けていると、不意にリエラがぼくに手を伸ばした。 「髪の毛につくわよ」 「あ、ごめん」 リエラは、ぼくの髪の毛を一房つまんで、パフェグラスに入り込む前によけてくれた。 「あなたの髪、とても長いものね」 長いなら長いで身だしなみは大切なのよと言われる。 「きみの髪はいつも綺麗になってるね」 「いつもお母さんがやってくれてるの」 「そっか、上手だね」 「それは当然よ。私のお母さんだもの。でも、それじゃ駄目なのよ」 「?」 「自分で綺麗に結べるようになりたいのよね」 ここ最近、ずっと練習をしているらしい。 でも、自分でやると後ろの方なんかがすぐに見えないので上達が難しいのだという。 「……」 「どうかした?」 ぼくをじっと見つめている。 「ちょっと練習台になりなさいよ!」 どうしようかな。色々と親切にしてくれる彼女の役に立ちたいとは思うけど。せっかく隠してある右目が顔を出してしまったらどうしようか。 少し考えてみる。前髪がそのままなら大丈夫だろうと思った。 「前髪以外なら……」 そう申し出ると、リエラは少し口をとがらせた。 「えぇー? すっきりさせればいいのに!」 「それはだめ」 「目に良くないわよ?」 「だめ」 繰り返して言うと、リエラはじっとぼくの目を見る。でも、ここはゆずらない。その気持ちが通じたのか、リエラは肩をすくめると諦めた風に言った。 「……わかったわ。前髪はいじらないから」 だったら練習させてくれるのよねと言うので、ぼくはこくりとうなずいた。 ● 「それじゃはじめるわよ」 ぼくは大きな鏡の前に座らされていた。お母さんが結婚する前から使ってる大事な鏡台なんだって。 ここは、リエラのお家。早々に帰ってきたぼくたちにお母さんは少しびっくりして、事情を聞いて笑った。ぼくにはごめんなさいねと謝りながらも、買い物の用事があるようで、ぼくたちを残して行ってしまった。 「動かないでよ」 そう言うとブラシを握りしめてぼくの髪を梳かす。さらさらと髪が流れていく。鏡越しの彼女の表情はとても真剣だ。 邪魔をしちゃいけないので、じっと鏡を見つめる。 分け目をつけて二つにされた髪。片方は黒いヘアゴムでゆるく結ばれる。そして、もう片方をまた梳かしなおして更に三つに分けられた。それを交差させたり、ひねったり、あっちこっちと引っ張られる。ぽろっと髪の一房を掴み損ねてばらけてまたやり直し。 彼女の顔がゆがむ。それでもまた、負けるもんかとでも思っていそうな表情で同じ動作を始める。今度はゆっくりと慎重にことを進めているようだが、どうもおかしな様子になっている。 これはどうも三つ編みをしようとしているみたいだけど…… 鏡の中の自分は不格好な事になっていたけど、、なんだかこんな姿に見覚えがあった。 それはぼくが幼い頃、ぼくは同じように髪の毛をなんとかまとめようと苦心していた。それは、まだ故郷にいた頃だ。 『……いたっ!』 ぼくはまだ小さかったから、あちこち転がり回っていた。身体が小さい分、色んなところに入り込めるものだから、森のみんなの枝に引っかかる事は一度や二度ではなかった。 髪はろくに梳かす事もなかったから髪の毛はところどころ絡まっていて、その絡まったところに引っかかろうものなら、けっこう取るのが大変だ。 ――ちょっと、毎回ひっかからないでくれる?―― ぼくも痛いんだけど、髪を外すのに枝を引っ張られる方も迷惑だったろう。 『ごめんなさい』 謝っても、うっかり枝を折ってしまったらもうどうにもならない。 ぼくは丈夫な枯草をねじって紐にして髪の毛をまとめてみることを思いついた。それを思いついた時はなんて名案と思ったけど、そこからは大変だった。 だって、絡んだ髪を梳かすブラシだってない――誰も必要じゃなかったから――絡んだ髪を指で一生懸命に解いて、そしてまとめようとする。でも、どうもうまくいかない。 泉にどんなものになったかと自分の姿をうつして見た時、ぱらぱらとこぼれ落ちる髪の間からのぞくぼくの顔はとてもしぶい顔をしていた。 でも、誰かに相談しようにもお手本となるものがないんだ。 苦心に苦心を重ねて、何度も結びなおして、時間をかけてなんとかうまいこと髪をまとめる事が出来た。 泉にうつるスッキリとしたぼくの姿を見た時、それはとてもとても嬉しくて。森のみんなに見せて回ったりもした。 今ではいい思い出だ。 鏡の向こうでは相変わらずリエラのしぶい顔。過去の自分の姿と重なる。自然と笑みがこぼれていた。 「なに笑ってるの?」 自分の髪を結う腕を笑われたのだろうかと勘違いしたらしく、憤慨した様子だ。ぼくは慌ててそうじゃないよと言った。自分も髪の毛を結ぶのが大変だったからと。 「かわりばんこに結んで練習しよう?」 そう提案すると彼女は目を輝かせた。 「それはいいわね。えっと、ギジュツコウリュウは新たなワザを生むのよ!」 三つ編みの練習が出来ればと思ったんだけど、なんだかすごい髪型ができるんだろうか。 ぼくはちょっと首を傾げたが、彼女は早速やりかけだった髪の毛をほどいてしまうと、交代よと言った。 リエラが座り、ぼくがその後ろに立ってブラシを手に取る。ひっかけて痛い思いをさせてしまわないように丁寧に髪を梳かし、ゆるゆると編み込みをはじめた。自分でやるより、どんな事になっているかずっと見えていていいなぁと思う。 「……出来た」 最後まで編み終わり、最後にリボンをキュッと結んであげる。 「……」 鏡にうつるリエラは眉間にしわを寄せて黙り込んでいる。 「へた?」 おそるおそる聞いてみると、リエラはバッと振り返ってぼくに言った。 「あなた男なのに私より上手いじゃない!!」 リエラはしばらくぷんぷん怒っていたけど。 「ステキだわ」 そっぽを向いたまま、髪の毛をつまんでポツリと言った。 それから、リエラが綺麗に三つ編みを出来るまでぼくは付き合わされて、気づけば夕食までごちそうになる事になったのだけれど。 ぼくは、誰かの髪を結んであげることはステキだなと思った。
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