● 「あ」 買い物を終えて支払いの為にポーチを開いたら、中からコロンと転がり落ちる物があった。 小さな人形。木彫りのさかな。 そのまま支払いを終えて店の外に出てから、改めてそれを摘み上げてしげしげと眺める。 「そう言えば……ハル、元気かな」 いつか保護に向かった青年の姿を思い出す。その時にブルーインブルーで貰った木彫りのお守り。それを貰えなかったり貰ったりで一喜一憂してみせた青年の姿を。 元気にやれているのだろうか。 あれから、一度も彼と会うことはなかった。ロストレイルであちこち駆け巡る時も、ターミナルで過ごす時も、彼の姿を見かけることはなかった。案外会わないものだ。 何をやっているだろうか。 思い出してみると、彼のその後が少し気になってきた。 (探してみようかな?) この思いつきはそんなに悪くないと思った。暇だったし。 ツーリストとしてあちこち世界を駆け巡っていることが多いから、いつもロストレイルから降りるとやることも少なくはないのだけれど、昨日のうちに大体の用事は片付けてしまっていたから、これといってする事がない。 久々に会って世間話も悪くないのではと思う。 (彼となら気安く話せそうな気がするし……忘れられていなければ) ● どうやって探そうか。何の当てもないまま探すのは無謀だと思う。どこに住んでるのかわかればいいけれど、住所録とか……とまで考えて思いついたのは図書館だった。 図書館で報告書漁りと名簿の確認をする事にする。 まずは名簿を斜め読みで人名を漁ってみるが、同名の別人ばかりが引っかかる。比較的色々な世界でよく見られるような名前だったから、ここから探し出すのは骨が折れそうだ。そもそも彼のフルネームはハルでよいのだろうか。ひょっとすると物凄い長い名前の可能性も否定出来ない。「ハ」の項目だけで一冊二冊三冊……どうやら骨の一本や二本くらいじゃうまくいかなそうだ。 「ハル、うっかりさんっぽかったからなぁ」 ひょっとすると、まだ登録してないのではないかという疑惑もディーナの中で持ち上がる。 ロストナンバーになってゼロ世界に来ても、軽く二年ほど登録しなかったとか言うお茶目さんの前例があったからだ。そういう人はたまにいる。 その人は、来ただけじゃ駄目だろ、早く色々貰って来いと皆に総ツッコミされていた。 (ハルがそういう人だと言う気は……ごめん、すごくする) その頃、某所にて。 「っくしゅんっ!!」 「うわっきったね!」 「大丈夫? 風邪?」 「大丈夫。汚い言うなよー鼻水出てないぞ」 「そういう問題か」 「いやー誰か噂でもしてるのかな!」 「あぁ……そういう迷信あるとこあんだっけ?」 「あっ! ひょっとすると俺に恋する可愛い女の子が」 「「それはない」」 同時刻、再び図書館。 「十年くらい平気だって話もあるし…大丈夫だよね、多分」 もしも、まだ登録されていなかったら。 私たちの記憶にこうしてちゃんと残っていても、元の世界で誰も覚えていなくなれば、私たちは消えてしまう。そこにあった事がなかった事になってしまう。 きちんと登録すれば、免れることだから忘れがちになってしまってはいるけれど、私たちは本当になくなってしまうかもしれないのだ。 彼が言っていたような初デート直前失踪なら強烈に記憶に残りそうではあるけれど。 名簿から手がかりを掴むのは一旦諦めて、最近の事件の報告書を漁ってみることにする。少なくとも期間だけは少し絞れる分、名簿よりはマシだ。 「だけど……こうしてみるとけっこうあるのね」 取っ掛かりになるかとあの時の報告書を探してくる。懐かしい。 あの時は、異世界で途方に暮れていた……というよりはただひたすらぐったりとしていた彼を介抱したりなだめすかしたりでターミナルまで無事に(少なくとも生命は)送り届けた。 現地の人と揉めたわけでも、保護対象との戦闘があったわけでもなんでもなかったのだけれど、けっこうな苦労をしたなと思う。 「……やっぱり、ここから探すのも無理かしら」 大量の報告書の収まったファイルを閉じて、うーんと腕を天に伸ばす。 「乗り物苦手って言ってたけど……ロストレイル、ちゃんと乗れてるかな……」 あの時は船の上だった。話は聞いていたから色々と道具は用意したけれど、結局は意識を失った彼を寝ている間に運んだ。 ロストレイルに乗るときも相当駄々をこねて、最後はやっぱり意識を手放していた。彼が勝手に手放したんだったか、誰かに手放されたのだったか曖昧なのだけれど。 私たちの行動は全て、ロストレイルに乗れなくちゃ始まらない。乗ることも出来なくて鬱々としていたら……あまりに可哀想な気がする。 「もう少しだけ、探してみようかな」 これまで出会うような事もなかったのだから、生活圏がずれているのだろう。普段あまり行かない場所をうろつくことにした。 ● ディーナが最初に入ってみたのは、大きなスポーツ用品店だった。 「こんなところがあるのね」 広い店内では、バットやらクラブやらそんな道具からユニフォームまで幅広く取り扱っているようだ。 背の高い棚の間をうろうろして人影を確認する。何人かのお客さんはいたけれど、どうも目的の人はいないようだ。 最後、一番端の壁際には大小様々なボールの一角には野球の硬式球やサッカーボールが置いてあった。このあたりはターミナルでもメジャーだ。 「この大きさは何かしら……」 バランスボールサイズの木で出来た球体に首を捻る。こんなものを使って競技をする世界もあるというのだろうか。少なくとも自分の世界ではそんなものはなかった。 「ターミナルのお店だものね……仕入れが大変そう」 自分が店主になったら、自分が見たことも聞いたこともないスポーツの道具を集めたり出来るだろうかと思う。いや、まずスポーツ用品店の店主になろうとはしないかと思い直す。 いつか、元の世界に帰るとは言わずとも、どこかの世界に帰属する事が出来たら。 「私には何が出来るかしら……」 ひとまず、買う物もないのでお店から出る事にする。 チリンチリン お店を出た瞬間、通り過ぎる自転車に記憶が呼び起こされる。 「もう二度と自転車以外の乗り物なんか乗らない……」 そういえば、揺れる船の中でそんな事を言っていた。誰かがそんなに乗り物が駄目なのかと聞いたら、自転車だけは平気なんだって言っていたっけ。 「二人乗りの後ろには乗らない!!」 ただし、自分でこぐ分にはいいが、乗せられたらアウトらしい。難儀だなぁと思ったのを覚えている。 「ディーナさんなら、優しいから大丈夫かも!」 どういう理屈で大丈夫なのかその辺はよくわからなかったけれど、少なくとも介抱だけはしてあげちゃうんだろうなとは思う。 (それくらいなら、最初から二人乗りなんでしないけどね) まだ幼い子どもと保護者らしき人物の微笑ましい二人乗りが通り過ぎる。 「もし、ハルが自転車には乗っているとしたら、けっこう活動範囲は広いんじゃないのかしら?」 それでもやっぱり出会わないというのは、縁がないのだろうか。 その頃、某所にて。 「あー出会いが欲しい」 「ツーリストなんだから出会いは世界中に広がってるでしょう」 「そういうなら自分から出会いに行けよ」 「なるべくロストレイルに乗りたくないんだよ……」 「「わがまま言うな」」 「あー可愛い女の子と出会いたい……」 「それは無理だな」 「無理ね」 「なんで!」 「「女の子に無縁の相が出ている」」 同時刻、ターミナル内の占いの露店にて。 「失せ物は探すが見つからず……待ち人は来ない事はないけど忘れた頃にやってくるってところだねぇ」 「そうですか」 ハルは物ではないし待っているわけではないけれど、どうも分が悪そうな結果だ。 うろうろしているディーナを見て、何か探しているのかと問いかけてきたおばあさんについ頷いてしまったら、そのまんま小さな露店に引きずり込まれて、こうして占ってもらってみたけれど。 「お嬢ちゃん、他に気がかりがあるんじゃないかい?」 「他にも?」 「そう、例えば自分の居場所を見つけたいとか」 「え?」 少し言葉に詰まると、占い師はニヤリとした。 「ま、ツーリストなんて大体そんなもんさ」 「当てずっぽうですか?」 「私の占いには何の力もないからね」 「そんなこと言ってしまっていいんですか?」 「本物の予言者やらに出会う世界だからさ」 小柄なおばあちゃんの占い師は肩を竦める。 「じゃあ、おばあちゃんはなんで占いをお仕事にしてるの?」 ディーナの問いかけに占い師は悪びれずに答える。 「もう忘れちゃったさ。それだけ長い間、これが私の役割だったんだもの」 自分の役割はこなさないとねと占い師は言った。 「それにね、力がなくても良いこともある」 「?」 「私の占いは予言でもなんでもないから本当の未来なんてわからない。いくらでもひっくり返せるよ」 占い師は白い歯を見せて笑った。 ● それから、あちこち歩き回ったけれど、ハルに出会うことは出来なかった。 「おばあちゃんの占い、年季はいってるだけのことはあったかもしれない……」 どうやら自分には結果をひっくり返せなかったようだ。元々会えたらいいなと思っただけで、会えなくても困らなかったのだからそれでいい。それくらいの意志でひっくり返る程に占いは甘くなかったようだ。 「やっぱり会えなかった、かぁ」 ゼロ世界って、狭いようで広かった。 彼には会えなかったけれど、普段行かないところを散策するのはなかなか有意義なものだったと思う。こんな事でもなければ歩き回ることがなかっただろう。 今日一日、彼はどこで何をしていたのだろう? 「元気でいてくれると、いいな」 小さな木彫りの人形を握り締めて呟いた。
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