クリエイター北里ハナ(wafm2045)
管理番号1249-15795 オファー日2012-03-01(木) 03:21

オファーPC アミス・トクーシマ(cztr4384)ツーリスト 男 24歳 大学院生&国際的ハッカー

<ノベル>



「……ん」

 カーテンの隙間から差し込む朝陽がアミス・トクシーマを照らしていた。瞼の裏側から感じるその光の眩しさでアミスは目を覚ます。普段は目覚ましに起こされて慌ただしく起きることも多いので珍しい事だ。 
 そのまま起きればいいのだろうけれど、二度寝も悪くないかもしれないとアミスは時計を見る。

――3時28分――

「……三時?」

 目覚まし時計の秒針は弱々しく10秒の辺りで上下に小刻みに揺れていた。どうやら電池がなくなっているようだ。

 つまり、止まっていた。

「ちょ、まて! 今何時!?」

 慌てて携帯をひっつかんで時間を確認する。セットしていた時間はとっくに過ぎている。

「やばいやばいやばい!」

 ギシッガタッドゴンッ

 ベッドから光の速さ(のつもり)で飛び降りて、何かにぶつかりながらパジャマを脱ぎ捨てて、つっかかって転びそうになりながら下着をはく。
 不幸中の幸いとでもいうか、寝坊は寝坊だけれど、まだ十分取り戻せる時間だ。朝食は抜きになってしまうけれど仕方ない。
 ドタバタと大きな音を立てながら洗面所へ走る。

 顔を洗いながら、タオルに手を伸ばす。

「……?」

 彷徨うアミスの手。いつもは手を伸ばせばそこにあるはずのタオルがない。横を向くとタオルかけのリングだけがプラプラと揺れていた。

「どこだ……どこ……あちゃー……」

 ゴミ箱の中にタオルが落ちていた。拾いあげはするものの、そのまま顔をふく気はしない。
 水滴を撒き散らしながら急いで洗面所を飛び出して新しいタオルを取りに行く。思わぬ事に時間を取られ、舌打ちをしながら新しいタオルで顔を拭く。
 タオルをタオルかけにひっかけながら、気を取り直して歯ブラシを手にする。ちゃんと歯磨き粉だ。洗顔フォームを塗るような初歩的なミスはするものかとアニスは思う。
 かなり時間短縮で歯を磨き、コップを手にして何故か感じる違和感。

 「虫……」

 しかも死んでいる。

 何故、人生(虫生)の最期をコップの中で過ごすことにしたのだ、この虫は。他にいくらでも場所があるだろう。いっそそこのゴミ箱で最期を迎えればいいのじゃないのか。
 そっとゴミ箱へとコップをひっくり返す。
 水でコップを濯いでみたものの、なんとなく嫌な気持ちになったので、仕方なしに両手で水をすくって口を濯ぐ。

 それでもなんとか家を飛び出す。慌てた甲斐があった。この時間なら十分に間に合うだろう

 駅にたどり着くと、一体どうしたのだというくらいの人でごった返していた。どうやら事故があったらしく、電車が止まっているらしい

「マジで?」
「●▲方面行きが××駅での事故により折り返し運転に……」

 不幸中の幸い。止まっているのは反対方面だけらしい。人を掻き分けるのに少し苦労するも、無事に電車に乗り込む。

(あぁよかった。目覚ましが止まったり色々ついてかったけど、なんとかなったよ)

 駅に着いた頃には遅れをすっかり取り戻し、無事に講義に間に合った。少し口うるさい教授だったからホッとする。寝過ごした分、睡眠時間は十分だ。冴えた頭で真面目に講義を受ける。

(でも、お腹空いたなぁ……)

 落ち着いたら思い出すのは空腹。途中で何か栄養補助食品的な物でも良いから囓って来れば良かった。今更思いついても遅いのだけれど。

 ぐおぉぉん……ぐきゅるるるっ

 お腹が珍妙な音を立てた。

(ちょ!) 

 静かな教室はよく音が響く。隣の人は多少感覚が離れていたが、アミスはそろーっと周囲を見回す。
 すぐ後ろに座っていた女子と目が合った。くすっと彼女が笑う。カーッと顔が熱くなってくる。自分の顔がおそらく真っ赤であろうことが容易にわかった。

(最悪だ……死にたい……もう死にたい……)

 きゅるるんっ

(静まれ……俺のっ……腹の虫……)

 情けなさに泣きたい気持ちを抑えてノートを取ることに集中(するフリ)をした。
 とにかく、この講義が終わったら速攻で学食へ行こうとアミスは決意した。食事だ。とにかく食事だ。

「いざ学食っ!」

「あぁちょうどいいところに……」
「はい?」
 振り返った瞬間、思わずゲッという顔をしてしまい慌てて取り繕う。次の講義の教授だ。だけど、アミスはこの教授の事が苦手である。やや神経質で厳しいところがある上に、生徒の事を召使いのように思っているような節があるのだ。
「あ、教授! こんにちは……」
「君、暇かね?」
 暇じゃありませんと言いたかった。今この瞬間にもアミスの胃袋は空腹の限界値を越え異世界の魔物かのような唸り声をあげているのだ。
「え、あの今……」
「昼の間にこれ100部コピー。次の講義までに頼むよ」
(うえぇぇーーー!?)
 渡されたA4用紙は五枚綴り。コピーは機械任せとはいえ500枚。楽ではない。
「私はこれから食事に行きたくてね。いやぁ丁度良かったよ。任せたよ」
(時間帯考えろよ! こっちだって食事に行きたいんだよこのシャイニング禿!!)
 軽やかに食堂へと向かっていく輝く禿頭に向かって心の中で叫ぶも所詮アミスに逆らうことは出来ないのだ。
「なんか今日はついてないなぁ……この量はないよなぁ……」
 途中でコピー機の用紙交換もさせられて思わぬ時間を取ってしまうも、
 まだ食堂はけっこうな人で賑わっていた。列に並んでぼんやりとメニューを選ぶ。

(あちゃー……売り切れ多いなー)

 でも、まだ日替わりA定食が残っているようだ。ボリュームたっぷりお値段お手頃。今日のメインは海老フライ。

(決まりだな!)

 まだ残っていてよかったと思う。メニューを選ぶ間にも列は縮んで行き、あと一人で自分の番だ。

「A定食一つー」
(おぉ、君もか。うまいよね)
「すみませーん! A定ー」
「あ、ごめんねーさっきので終わっちゃったー」
「えぇ!?」
 結局、かけうどんとおにぎりを注文する。美味しいことは美味しいのだけれど、何か釈然としなかった。しかしどこにも気持ちのやり場がない。
 黙ってずるずるとうどんを啜った。

「あ、そういえば書類提出今日までだっけ……」
 学生課に書類を出さないといけない事に気づいた。気づいてよかった。だが、学生課の棟はけっこう外れにある。
「よっし通り抜けするか」
 運動場を突っ切ると大分ショートカット出来る。のんびりと歩いていると、ぽつんと冷たい滴が頬を濡らした。
「あれ? 雨か?」
 そんな気配はなかったのに。
「ま、ちょっとくらいいっか……」
 少々の雨くらいでどうこういう男じゃない。
「ちょっとくらい……じゃない!」

 ザザアアアアアアーーーー

 あっという間に土砂降りである。

「本当に今日はなんなんだよ!」

 慌てて全力疾走。

 バシャバシャバシャ……バシャンッ

「……!?」

 水溜まりを通り過ぎた足音じゃない違和感。不意に軽くなった気がするポケット。慌てて立ち止まり足下を振り返る。

「ああぁぁぁぁ!!!」
 水溜まりに浮かぶ携帯。慌てて拾い上げて携帯を開く。液晶はメニュー画面を映し出している。
「セーフ!?」
 慌てて携帯を操作すると、ブラックアウトする画面。
「えぇぇ!?」
 ボタン操作で水が入ってはいけない部分に到達しショートしてしまったらしい。しばらくバッテリーを外したり戻したりと色々やってはみたが、これはもう乾かしても駄目そうな気配であった。自分でトドメを刺してしまった衝撃は大きい。
 どんよりとした気分のまま午後の授業へと向かう。

「おや? バラバラのままか」
「あ、はい」
「配る時間がもったいない」
「すみません」
(100部も五枚に綴じてられっか!!)
 面倒を押しつけられた挙げ句に文句をつけられて少しイライラしながらも、落とすわけにいかない講義なのでじっと耐える。耐えているがぶるっと体が震えた。

(あれ……)
 何だか少し寒気がする。雨に濡れたせいだろうか。額に手を当てると心なしか熱い。
(やっちゃったかなぁ……)
 早く帰った方がいいかもしれない。
(けど、今日バイトだ……しかも今日って……)
 アミスは塾講師のバイトを努めている。いつもは一時間半なのだが、今日は用事があったバイト仲間の授業も受け持っていた。
(いつもの倍……)
 何だか考えるだけで熱が上がってきそうだった。
 よっぽど誰かに代わりを頼みたいところだったが、携帯が壊れている。ほとんどの知人の連絡先は携帯の中だ。打つ手がない。それに、バイトを他に頼んだら頼んだで、来月の生活が苦しくなる。
(もうやるしかないっ……)

「携帯修理出さないとなぁ……」
 修理費の事を考えると頭が痛いが、ないとどうにもならない。バイト前にショップに立ち寄ってみるが、今日に限ってカウンターが埋まっている。
(いつもこっちのショップは閑古鳥が鳴いてるのに……)
 すぐ終わらないかなぁとしばらく新機種を眺めてみるも、思いっきり契約をはじめたところらしく終わる様子が見えない。
(だめだ。遅刻する)
 諦めてバイトへと向かう。電車の時間はもうすぐだ。
「……」
 改札で手前のおばあちゃんが挟まった。ホームからは電車の近づく音が聞こえてくる。
「っ!!」
 
 プシュウゥッ

 急いでホームへと向かったが、アミスの目の前で電車のドアは無情にも閉じた。

「今日は本当にツイてないなぁ……」

 この時間帯はすぐに次が来るからいいけどと自分を励ますが、立て続けの不幸に心が挫けそうである。
 乗った電車は電車で、同じ車両に香水のキツイおばさんが乗っていた。ただでさえ熱っぽく調子の悪いアミスにはキツイ。

(……死ぬんじゃないかな俺)

 最悪の気分で塾へと向かう。投げ出してしまいたかったが、生徒に罪はない。授業はきっちりとこなさなくてはいけない。そんな決意と共にしっかりと授業をこなした。こなしたのだが。

「まったく、どういう授業をしているんですか! 成績がこんなに下がるなんて!!」

 百歩譲って今日の授業に文句をつけられるなら、アミスもまだ受けいれられただろう。自分ではしっかりやったつもりでも熱で何かおかしかったかもしれない。けれど、この親御さんの子の成績に関しては、昨日今日の授業が原因の話ではない。
 彼は決して根は悪くなかったが、波がある子だった。特に彼女が出来て間もないのをアミスは知っていた。すぐに取り戻せるだろうとも踏んでいた。しかし、母親は違った。

「成績に多少の波はあるものですし……」
「大体、貴方の授業ときたら! もっと家の子に合わせて」
「他の生徒さんもいますし、授業計画が」
「終わってから個別授業をすればいい話でしょう!!」

(も、もんすたー……)

 この塾は実際個別授業をしていないわけじゃない。ただ、この親御さんは以前に個別授業で帰宅が遅くなったことにクレームをつけてきていたのである。
 見かねた塾長がわめき続ける親御さんを引き受けてくれ、アミスに帰るように促してくれたけど、もはやフラフラである。

「あ。そういや書類出してない……」
 携帯を落としたりですっかり忘れていた。もうアウトな気もしたが、放っておけなくて大学に戻る。まだ学生課には職員が残っていた。
「最終日は必ず君みたいな子達がいるからね」
「すみません」
「でもまぁ当日に来るだけ良い方ね」
 ぺこぺこ謝りながら書類を提出する。早く帰って寝ようと思った。今日はもう心底疲れた。

「あ、トクシーマくん!」
 まだいたんだねと声をかけてきたのは、お腹の音を笑われたあの女子だ。恥ずかしさに死にそうになる。
(まだ追い打ちをかけられるのか!)
「……書類提出忘れてて」
「あ、そうなんだ。でも、ちょうどよかった!」
「え?」
「ふふふ。講義中笑っちゃってごめんね」
「あ、いや……」
 笑っちゃうような音を立ててたのは事実だったのだから、もうこれ以上触れないで欲しいとアミスは思った。
「はい、お詫びにこれあげる!」
「今日ね、みんなに持ってきてたのだけど、とっておいたの」
 すごい音だったから気になっちゃってね。お腹がすいたら食べてと彼女は笑いながら小さな袋を差し出した。中はチョコマフィンだという。笑顔が眩しかった。
「あ、ありがとう!」
「いいえ、どういたしまして。またね」
「うん! また! あ、今度何かお礼する!!」
「本当? 楽しみにしてるね」
 社交辞令だとは思う。思うけれど、そう言って手を振って去っていく彼女を見送りながら、アミスは浮き立つ心を抑えきれなかった。

(今日は本当にツイてなかったけど)

 そんなに悪くない一日だった。

クリエイターコメントお待たせいたしました。

不幸体質の人ってお話で見る分には楽しいですが、本人きっと大変ですよね。
最後にご褒美をということでしたが、小さすぎたでしょうか。

ギリギリまでお時間をいただいてしまってすみません。
ご依頼ありがとうございました。
公開日時2012-03-30(金) 22:40

 

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