ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
● 「……お兄ちゃん!」 元気な女の子の声。 あぁ、妹の声に似ている。 あの時、生き別れた妹。 生き別れ……あの時、妹を迎えに行こうとしていた時、自分は死にかけていた。 自分と両親は、大学受験を終えた妹を迎えに車を走らせていた。雨で路面は濡れていたけれど、決して無理な運転はしていなかった。 していなかったのだが、気づいたら避けきれないところに鋼鉄の塊。全身に襲い来る衝撃。 無事を確かめようと何とか声を絞り出したけれど、そのか細さに自分で驚いた。しかし、父と母からは返事がなかった。 どこから流れたのか自分のものかもさえわからないが、血でぬめる手を母へと伸ばそうとしたところで意識をまた失った。 気づいた時には、両親はどこにもいなかった。覚醒したのだ。おそらく、自分だけ。自分だけ助かった。 「お兄ちゃんっ!」 「え?」 ぐいっと腕を掴まれて、驚いて振り返ると、目に飛び込んできたのは紛れもない妹の笑顔。元気なウコットがそこに立っていた。 「やっぱり! やっぱりそう! お兄ちゃんもだったのね!」 「なんで……どうして……?」 どうして妹がここにいるんだろう。ここは壱番世界だ。自分達の世界じゃない。 「夢じゃないよな……?」 「夢じゃないわ!」 「夢みたいだ。お前が無事でよかった……本当に、よかった」 「それはこっちの台詞!」 けれど正直ねと妹は続ける。 「もうお兄ちゃんの事は忘れかけていたの。でも、たまたま私も平穏な日常の中で覚醒したの」 「お前もだなんて……」 「覚醒した時は、私もお兄ちゃんまで覚醒していたなんて夢にも思わなかったんだけど、登録名簿を読む機会があって、アミス・トクーシマと言う名前に気付いたの」 「壱番世界にいるって聞いたわ。だから慌ててやってきたの!」 「そうだったんだ……」 「お兄ちゃん、壱番世界で何してたの?」 「あ、あぁ……大学行ってたんだよ、大学」 「覚醒してからも大学に?」 「そういえば、お前の受験結果は……いや、その前に父さんと母さんは?」 無事に生きていて欲しかった。「元気よ。大変だったけどね」と笑う妹の姿を見たかった。ただ、それだけだった。 「…………」 でも、妹は無言で首を横に振った。 「……ごめん。お前一人に辛い想いをさせていたんだな」 妹の頭をなでる。幼い頃にもそうしていたように。 妹がまた無言で首を振った。何度も何度も首を振った。 「ごめん、ごめん……」 嗚咽を押し殺して肩を振るわせる妹の頭をなで続けた。 「お兄ちゃん、ごめんね」 「大丈夫か?」 「うん!」 短くはない時間が過ぎて、ようやく落ち着きを取り戻した妹に問うと、少し赤くなった目を擦りながらも元気な返事が。 「えっと、お腹空かないか?」 「うーん……少し」 「そこにカフェテリアがあるから、何か奢る」 「本当? やったぁ!」 無邪気に喜んでみせる妹に無理をさせて悪いなと思いつつも、アミスも妹に笑顔を向ける。 カフェテリアに人はまばらだった。すぐに席へと案内されてメニューを眺める。にこにことパフェやケーキをどれにしようと選ぶ姿も久々に見る。 (よく母さんと二人して半分こにしようとケーキを選んでいたっけ……) 「お兄ちゃん?」 「あ、いや、決まったか?」 「このチーズケーキと苺パフェがどっちも美味しそうで決めらんない……」 「両方頼めば? 余ったら食べてやるから」 「やったぁ!」 飛び上がりそうな勢いで喜ぶ妹の姿にまたアミスも笑って、店員を呼んで注文をする。あまり混んでいなかったので、あっという間にパフェはやってくる。 (変わらないなぁ……) 甘い者を食べる時の一口目。必ず妹は何か戦いに挑むような表情をするのだ。そして、口に入れた瞬間に溢れんばかりの笑顔を見せる。それは今日も一緒だった。 「たまごサンド一口貰っていい?」 自分が食べるものをねだってくるのも変わらない。 「でも、お兄ちゃんいいなぁ。私も一緒にこっちの大学とか通ってみようかな」 空っぽになったパフェグラスの中でスプーンをぐるぐる回しながら妹が言った。 「あぁ、それもいいんじゃないか?」 「ねえ! 大学の中もっと案内してくれる?」 「もちろん」 「この街の案内もしてくれる?」 「あぁ」 「ありがとうお兄ちゃん!」 広いキャンパスを半ば妹に連れ回されるような形で案内をする。 ここは何? あそこは? と次々と質問を投げかけてくる妹に答えていると、あっという間に夕方になっている。 「……でも、運が良かったよね、私達」 夕焼け色に染まるキャンパスから駅前の方へと歩きながら妹がぽつりと言った。 「そうだな。二人とも覚醒して、こうしてまた会えるなんて思わなかった」 「お兄ちゃん、いつも運が悪いのにね」 「そうでもないよ」 「そうだね……そう……」 「どうした?」 「お兄ちゃんと……一緒な……ら……」 「ウコッ……ト……?」 ………… ● 「……夢、か」 夢を見る為にメイムへと来た。だけど、こんな夢を見るとは思わなかった。夢だったけれど、まだ妹の声がまだ頭の中で響いている気がした。 いつか、壱番世界を第二の故郷として帰属出来たらと思っていたけれど、そこにウコットも一緒にいるのなら心強いなと思う。 現実になればいいのだが……そうも思うが、なかなかそうはいかないだろうなとも思う。 「というか、覚醒するのは俺だけでいい!」 夢は夢。 未来は誰にもわからない。だけど、もしもこれが現実になるのだとしたら、その時、自分はどうするのだろう。 それは、まだ誰にもわからない。
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