それは、ゼロがターミナルの広場でお昼寝していた時のことだったのです ゼロは黒いゴシック・ロリータ服姿の女性に声を掛けられたのです そして彼女は『貴女は暇なようだから、自分の手作りチョコレートの作成を手伝うように』 という内容の言葉をゼロに告げたのです びしっと指をさして、残念な胸を張る姿をゼロは今でも覚えています ~どきどきクッキング・準備編~ 命令されたままに枕をもったシーシーアールゼロが連れてこられたのは画廊街の一角にある小さなパン屋『メランジェ・ブーランジュ』だ。 手作りチョコといっても義理チョコらしいが数が多いので手伝ってくれというのがゼロを捕まえた飛鳥黎子の弁である。 「原材料のチョコレートがほとんど無いのです。まず、チョコのかけらを持ったまま巨大化するのです。そしてゼロだけ元のサイズに戻るのです。こうして必要な量のチョコを確保するのです」 腰まで伸びる銀髪のウェーブロングヘヤを揺らし、陶器のような白い肌をシルクで編んだような白い服に包むゼロは自信ありげな瞳で飛鳥を見上げる。 その一言にゼロをつれてきた飛鳥は腕を組み、考えた。 ゼロの言うことはもっともであるが、果たして義理チョコにそれだけのサイズがいるかといえばNOというのが飛鳥黎子。 次に顎に手を当て考えた。 店であまったチョコの欠片を潰して生クリームで嵩上げして作るにしても、あまったら自分が食べればいいという考えに頭をシフトさせた。 最後にかしげる頬を右手のくるぶしに乗せて考えて決める。 「普通に買ってくるほうが早いけど、予算を削るには丁度いいわ。ここを壊さない程度に大きくなって戻りなさいよ」 仁王立ちで指差し飛鳥はゼロに指示を出す 「大丈夫なのです。巨大化による不都合は無視できるのです」 ふふふと外見に似合わない大人びた笑みを浮かべてチョコの欠片を手のひらに握り締めて一瞬で巨大化、そして3分もかからずに元に戻る。 実にもったいないが、巨大化して悪と戦うのは別の仕事だ。 今回の目的はあくまでもチョコレートを作ることにある。 小さな町のパン屋から巨大な美少女フィギュアがでてきたと騒ぎにもなりそうだが、元々空気のような存在感を持つゼロはそんなことにはならなかった。 手にはチョコの欠片だったものが、両手で抱えるほどの物となって存在している。 「世界は広いわね‥‥便利でいいけれど」 念のためと端をパキッと折って食べながら飛鳥はしみじみと呟いた。 「でも、ゼロは食べないのでこういう使い方はしないのです。まどろめればそれで日々すごせるのです」 「そういうものなのね。いいわ、まずはこれを細かく砕いて溶かすわよ」 「なら、ゼロが巨大化して‥‥」 「同じネタは二度もいらないわ。普通に砕くわよ」 今度もゼロは巨大化を推したが、あっさりと飛鳥に却下される。 しかしながら、空手チョップで砕くのもどうかと思うゼロであった。 ~どきどきクッキング・製作編~ 飛鳥が空手チョップと包丁で砕いたチョコレートをとりあえず味見分だけ湯煎していく。 均等に刻まれたチョコレートの破片がボウルに入れられ、ぬるま湯の入ったボールに重ねるようにおかれて湯煎された。 ものめずらしい行動にゼロは少し背伸びをしながら覗く。 バラバラの固形だったチョコがだんだんと蕩けてゴムベラで混ぜられていた。 その手際は慣れたものであり、飛鳥の顔も指示を出すときの顔よりも優しく微笑んでいる。 メランジェ・ブーランジュで手伝いをしているというのも好きだかなのだとゼロはなんとなく思った。 「ほーら、これで下準備は完成よ。あとは型に流し込んだり味付けをしていくのよ。その度にいろいろと細かくかわるわ」 飛鳥がゴムベラでとろけたチョコを掬い上げると流れるようにチョコがボウルの中へと落ちていく。 その姿はまどろむ夢のように滑らかだ。 「食べ物はいらないのですが、作っているのを見るのは楽しいのです」 純粋にそう思ったゼロは先ほどとは違う笑みを浮かべる。 「そう、じゃあ‥‥まずはホイップを作るわ。ケーキのデコレーションにも使えるし、ドーナツの中に入れるというのもできるのよ」 得意げになだらかな胸をはって飛鳥は説明を始めつつ、冷蔵庫へと向かう。 冷蔵庫を覗き、材料である生クリームを探すが見当たらなかった。 「生クリームがないわ。おかしいわね、確かに昨日のうちに準備していたはずなのに‥‥」 「生クリームが無いのですか? 同じ乳製品ということで、バターと粉チーズを使用してみるのです」 いつの間にか一緒に冷蔵庫を覗いていたゼロが飛鳥が静止をする前に湯煎されたチョコへバターと粉チーズをだばだばと投下する。 食べることを知らない少女に『適量』などという言葉は分からない。 さらに言えば、今みた混ぜて変化するチョコレートに興味津々で自分もやってみたいと思ったのだ。 ゴムベラを使って飛鳥をまねるように、とろけたチョコを混ぜ始める。 バターはチョコレートの中にあっさりと溶けて混ざり合うものの、粉チーズは粒粒が残った形でチョコの海を泳ぎだした。 あたかも夜空に浮かぶ星のようにキラキラと粉チーズが光って見える。 「綺麗なのです」 「そうかもしれないけど‥‥味、保障できないわよ」 「いいのです。ゼロは食べないのですから‥‥」 ふふふと笑みを浮かべるゼロに飛鳥はこれ以上何もいえなかった。 「まだ、試作の少量で助かったわ‥‥まぁ、ギリチョコに混ぜれば別にいいわよね」 ぼそりと呟く飛鳥の声など聞かずにゼロはとろけたチョコの具合を何度も確かめて嬉しそうに笑う。 「混ぜるのその辺にして、小分けして冷ますわよ。それで次の準備」 「もっとカラフルなのがいいのです。たとえばタバスコの赤とか‥‥」 「却下!」 コンマ5秒ともかからずにゼロの意見は飛鳥に断られるのだった。 ~どきどきクッキング・完成編~ 「なんだか、いつもよりどっと疲れたわ」 キッチン台の上に飛鳥は服が汚れるのも気にせずにもたれかかり大きな息を吐く。 「そうなの? ゼロはとっても楽しかったの」 可愛らしく首をかしげるゼロは満足そうに頷いていた。 キッチン台の上には粉チーズ入りのチョコと、タバスコは免れたもののハバネロ味のスナックをデコレーションしたチョコがある。 味見をするのも飛鳥には恐ろしい気がした。 ハバネロなどは甘いものは好きな飛鳥には苦手な分野そのものである。 食べたら気絶できる自信だけはあった。 「まぁ‥‥いいわ。とりあえず数はできたことだし。味も多分悪くはないはずよ。つくり直すのも面倒だわ」 チョコを眺めていた飛鳥ではあったが、楽しそうなゼロを見るともう一度大きく息をついて立ち上がる。 「ここまで来たなら、チョコを冷やしたあとラッピングも手伝ってきなさい‥‥よ?」 飛鳥がゼロの方を振り向くと、枕を抱えたゼロが転寝をしていた。 はしゃぎ疲れたのか、用事が終わったからか、広場で見かけたときと同じ状態で眠っている。 枕をぎゅっと抱きしめ、すやすやと気持ちのよさそうな寝息まで立てていた。 「し、仕方ないわね‥‥この後は私がやってあげるわ!」 びしっと、仁王立ちで指差しポーズを決めるが、静かに眠る美少女が前だといささか寂しい。 飛鳥はなるべく音を立てないようにキッチンを後にした。 この後、恐怖のハバネロとチーズインバターチョコがターミナル内で密やかに配られたのはいうまでもない。 味は‥‥食べたものだけが知っている。 ちなみに、飛鳥は知らない、知りたくもなかった。
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