~遭遇~ 「やっぱり、この世界は好きになれないねぇ」 ロストレイルの客車から降りた私はビルが天に向かって聳え立つ町並みに冷たい言葉を漏らす。 日本は経済大国ともいわれて、急成長をした国らしいが、心の成長が追いついていない。 他の国は生きるのにも必死なところだってあるというのに自殺志願者までいる始末だ。 「くだらない国だねぇ」 私はセカセカと余裕なく動く人波を避けるようにして、街を歩く。 欠伸が出て、眠くなってしまうほどに退屈な気分になるが、ここには仕事できていることを私は思い出す。 「そーだ、そーだ、ファージだったねぇ」 おなかをボリボリとかき、欠伸を噛み殺した私はふらふらとりあえず静かなところに向かって歩きだした。 眠くなるほど退屈なのに、気持ちよく眠れるとは思えない喧騒も日本が嫌いな理由のひとつでもある。 人通りの少ない裏路地をプラプラと歩く、人も少ないところであれば私は死の意識を感じることはなくまどろんだ気分を楽しむ余裕さえできた。 「どうせなら、もっと興味のある世界に住みたいよねぇ」 出身世界に興味を感じなくなったので、新しい世界を私は捜している。 ロストナンバーという役職でいろいろな世界を渡れるというのは好都合だった。 裏路地を抜けると、商店街に出る。 人が多いが、はじめに降りたビジネス街に比べれば人々の生の概念が強く、私の興味をそそるほうはこちらだった。 夕方ごろということもあってか、美味しそうな匂いが方々から漂いはじめる。 「腹減ったけど、ここの通貨もってないんだよねぇ」 問題のファージは未だ見つからないので、どうせならと思ってジーパンのポケットをあさるが金がなかった。 「早いところ用事をすますかぁ」 空腹を横においてファージを探そうとした私に強烈な死のイメージが襲ってくる。 『自殺したい……こんな世界に生きてなんていけない』 「どこの馬鹿だぁ、こっちは忙しいってのによぉ」 私は睡眠を邪魔されたようないらだつ気分でイメージの発している方向をにらみ付けた。 猫背であるく『チュウガクセイ』という職種であるのを見つけると急いで後をつける。 商店街を抜けていくと、カンカンと踏み切りの音が聞こえてきた。 『チュウガクセイ』はその踏み切りの中に入り、ボーっとしている。 電車が高速で近づき、ブレーキをかけるが少年の前で止まるかどうかはわからなかった。 「こういう自殺は面倒だなぁ……」 ぼりぼりとお腹を書いた私は『気』を練って衝撃波を飛ばす。 『チュウガクセイ』をひき殺そうとした電車は”死んだよう”に動かなくなった。 もちろん、私の力で”殺した”わけだが……。 「ここにいると面倒だねぇ。場所を変えるよぉ、君」 電車が止まりあたりが騒ぎだす中、私は『チュウガクセイ』の手を引いてその場から さるのだった。 ~混迷~ 「そんでぇ、君の名前は?」 「……工藤シンヤ」 私が公園につれていき、木陰のベンチで休みながら隣のチュウガクセイに名前を聞くと俯きながら少年は答えた。 小さな声をしていて、気弱そうな雰囲気をだしているシンヤからはまだ、死のイメージが消えない。 私としては面倒なことこの上ない相手だ。 「君さぁ、なんで自殺しようとしたわけぇ?」 「……ここに僕の居場所はないから」 シンヤの言葉に私は何も言えなくなる。 私も同じ、居場所がなくて渡ってきた……だが、この少年は普通の少年であり世界を渡ることなんてできない。 一番手軽な『逃げ方』は『死』なのだ。 「そうかぁ……でもさぁ、死ぬってのは簡単なことじゃないんだぜぇ?」 「だって……何にも面白いことないし、父さんも母さんも喧嘩ばっかりしてるし……僕なんていてもいなくても一緒なんだよっ!」 心にたまった鬱憤を吐き出すようにシンヤは叫んでベンチから立ち上がった。 「いてもいなくても一緒ねぇ……」 私はシンヤに対する答えが浮かばなかった。 今の私がそうであるように彼も道を探している。 その手段が生か死かなだけで、明確な答えが見えているわけではなかった。 「僕はもう、死ぬんだ! 何が何でも死んでやる!」 ヤケクソになった感じでシンヤが公園を抜け出ようとしたとき、周囲にいやな気配が漂う。 野良犬の群れがシンヤと私を囲んできたのだ。 「面倒なことになってきたねぇ」 私が欠伸をかいていると、群れのトップである一頭がその姿を異形のものへと変えていく。 「な、なんなの……こいつ、普通の犬じゃない!」 「あーらまぁ、探す手間はぶけちゃったねぇ? シンヤ君だっけぇ? 死にたいならくわれなよ」 私は怯えるシンヤに向かってベンチにどっしりと腰をかけて言い放つ。 相手はファージであるから、危険だが……私はこのシンヤという少年がどう動くか興味があった。 生か死か、究極の二択を前にすると生き物は本音を明らかにする。 だから、ぎりぎりまで見据えたかった。 『グルルゥァウ!』 ファージ変異獣と化した野良犬が吼えると、他の野良犬達がいっせいにシンヤに襲い掛かる。 「うわぁ、怖いよ!」 服を爪でひっかかれたり、噛み付かれたりしてシンヤの制服がぼろぼろになっていくものの、私は静かに状況を確かめていた。 (犬っころであるならぁ、リーダーをつぶせば終わりだよねぇ……となれば、あれをやるしかねぇかぁ) 「痛いよっ、お兄さん……助けてよっ!」 地面に転がったシンヤは私の方に生傷のある顔で手を伸ばしてくる。 その顔には恐怖と共に生にしがみつこうとする意思が見えてきた。 「さぁてと、じゃあ、お仕事しますかぁ」 シンヤの目をみて、私は力を使う。 彼の死のイメージから導き出されたものは巨大な剣だった。 持つにも重く、そして振り回して周りを巻き込んでしまう諸刃の武器である。 「今、な、なにを……」 「こいつがさぁ、キミの持っている死のイメージ。自殺なんて気持ちのいいものじゃないだろぉ?」 飛び掛ってくる野犬を蹴り飛ばしながら、私はファージに向かって駆けた。 ファージの方も私を先に食べてしまおうと変異した大きな口をあけて噛み付こうとする。 「私が思うにさぁ。死ぬことでこんなに強いイメージがあるんなら、生きるって方向にイメージをもっていきなよぉ。その方が世界は広がるぜぇっ!」 開いた口の中に向けて巨大剣を大きく振りかぶって投げ飛ばした。 グシャッと何かが潰れる音と共に口を貫いた巨大剣が抜けて地面に刺さる。 異形化していた体は霧散して、普通の野良犬となって私たち二人の前から消えていった。 「ふわぁぁ……お仕事かんりょぉっと。じゃあ、キミ。またね」 私は一仕事終えた解放感に大きな欠伸をもらすと、シンヤが私に話しかけてくる。 「あ、あの……ありがとうございました。ぼ、僕……がんばって、みます」 「こっちこそ、ありがとぉさん」 シンヤの話に私は手を軽く振って答えると、その場から去っていった。 ~帰路~ ガタンゴトンと規則正しい音を奏でる列車は揺りかごのようだとたとえられる。 どこでも寝られる上に、トラベルギアが枕な私にとってはどこであろうと関係ないが、移動しているこのひと時は気持ちのいい眠りにつきやすかった。 「世界から逃げずに……ねぇ」 あまり好きではない壱番世界で出会った、自分と同じ出身世界にいることができなくなった存在。 彼は死を選ぼうとしたが、立ち向かうことにきめた。 「私は……どうしようか……なぁ……」 壱番世界の住人も悪くないと思いながらも、私はその日の中で最高の眠りにつく。 今日もロストレイルの旅は睡眠で始まり睡眠で終わった。
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