ひっそりと、その催しは図書館ホールの隅に貼られた一枚のチラシだけで告知された。 ――館長公邸・オープンガーデンのおしらせ。 オープンガーデンとは、個人宅の庭を一般に開放し、訪れた人が庭の花樹を愛で、家人のもてなしを受けることでと交流を愉しむというもの。英国では古くからある習慣だ。 今はアリッサだけが暮らしている館長公邸は、七つもの庭園を持っている。うち二つは、つねに訪問者に開かれているが、あとの五つは平素は非公開。それが、このオープンガーデンの日だけは立ち入りが許されるというのだ。「……でも、裏手にある『妖精の庭』だけは、今回も立入禁止なの。ごめんね」 アリッサは言った。「でも、あとは自由に見学してもらえるわ」 今回見学できる4つの庭とは以下のとおりである。・キッチンガーデン菜園とハーブ園からなり、公邸の厨房でつかわれる野菜とハーブの一部はここで育てられている。頼めば、少しなら収穫物を分けてもらえるかもしれない。・ローズガーデン本来は特別な賓客にだけ公開されている薔薇園。多種多様な薔薇ばかりが植えられ、丹精こめて育てられているほか、温室もしつらえられている。・ワイルドガーデンイギリスの自然の風景を再現した庭。荒削りな、丘陵地帯を模した土地で野趣あふれる灌木や野草が観察できる。・プライベートガーデン公邸の中庭。典型的な英国風の庭で、規模は小さいが、あずまやや噴水などが目を楽しませてくれる。「見学は数人ごとの班に分かれてもらって、キッチンガーデン、ローズガーデン、ワイルドガーデンを時間差で巡ってもらいます。最後に、プライベートガーデンで、お茶の時間にしましょう」 紅茶とスコーン、サンドイッチなどが用意され、ちょっとしたガーデンパーティーを楽しめるという。「どうしてオープンガーデンなんて思いついたの?」 ロストナンバーのひとりが、アリッサに尋ねた。 すると彼女は小首を傾げて、答える。「ロバート卿から薦められたの。みんなが公邸の庭に興味を持ってるようだからって。素敵なアイデアだって思ったわ。とっても楽しいイベントになりそうだったし」~飛鳥御一行~「いいわねぇ、こういう雰囲気のところ。私としては定休日にここでのんびりしたいわ」 緑につつまれた庭園に吹く風を頬に浴びて飛鳥黎子は空気を胸いっぱいに吸い込んだ。 つつましい胸部が上下し空気が入れ替わり終えたことを伝えてくる。「いやぁ、お待たせいたしました飛鳥さん。お茶会へのお誘いありがとうございます」 そんな飛鳥の背後から大きなトランクをもった奇抜な衣装のハッター・ブランドンとバスケットをもった眼鏡の優男であるハンスが姿を見せた。「二人とも早いじゃないの。ハンスは当然だけどね」「相変わらずひどいなぁ‥‥もう慣れた自分がちょっと嫌になる」 ハンスは世界樹旅団という組織に属していたが、色々とあって今はターミナルで生活することになっている。 その仕事先が飛鳥の『メランジェ・ブーランジュ』なのだ。「時間に余裕をもつのがビジネスマンの嗜みというものさ」 奇抜な格好のハッターは肩に乗せたオウルフォームセクタンを撫でて微笑む。 ロストレイルで旅をしながら服の取引をするバイヤーのハッターはこうして遊びにくることはまれだった。 だからこそ、余計に楽しみで早めに来てしまったのである。「今日はキドニーパイをやいてきたよ」「ふふん、いいチョイスね。冷める前に食べれればいいけど」「暖かいお茶と一緒にするか、ミニオーブンでもだしましょうかね」 しばらく3人が談笑していると、今回のお茶会に誘われたロストナンバー達と共に庭師の男がやってきた。 庭師は老兵といってもいいような甲冑を着ている。「我輩が貴兄らを案内するトランプル伯爵であるぞ」「はぁ? 庭師でしょうに、何で爵位なんてもっているのよ、なんだか‥‥先行き不安だわ」 妙な口ぶりの老人に案内される飛鳥は複雑な思いで呟くのだった。!注意!シナリオ群『オープンガーデン』は、同一の時系列の出来事を扱っています。ひとりのキャラクターの、『オープンガーデン』シナリオへの複数エントリーはご遠慮下さい。また、見学は小班に分かれて時間差で行われ、ガーデンパーティーは班ごとのテーブルになるため、『オープンガーデン』シナリオ間でのリンクはあまり気を使わないでお願いします。
~楽しみな明日~ オープンガーデンの告知は広く影響を出していた。 数少ないチャンスにロストナンバー達は興味を持つ。 「アリッサの家か。なかなか興味あるな」 普段は壱番世界で生活しているアミス・トクシーマもたまたま訪れた世界図書館の貼り紙に例外なく心惹かれていた。 大学以外にでかけるのはアルバイトくらいなアミスでもこの不思議な催しに思うところがあったらしい。 「お菓子がいっぱい食べれるんだね。ぼくも参加したいなー」 立ち去ったアミスの後で貼り紙に気づいたバナーもくりくりとした大きな瞳を輝かせてどんなお菓子がでるのか楽しみにしていた。 また、より気合をいれている人もいた。 ディーナ・ティモネンがそうである。 前日の今日はバイトも休んで明日の為にお弁当の準備をしていた。 「冷めても美味しいもの……季節は違うけどミンスパイ? オープンガーデンの後のガーデンパーティ……サンドイッチとスコーン、でちゃうかな?」 色々と考えるほど迷ってしまい、時間だけがすぎていく。 「でも、せっかくだから……何か、持って行きたい、な。サンドイッチは……多分、キュウリ? なら……卵焼きとコンビーフのホットサンド、とか。美味しかった皮蛋撻(エッグタルト)も作りたいし、キドニーパイも上達した、気がする」 冷蔵庫に入っている 食材を確認しながらできるものなどを呟きディーナはよいよ決めた。 「……全部、作ろ」 昼間でも 薄暗いキッチンで口元に笑みを浮かべてディーナは早速作業に取り掛かるのだった。 ~薔薇の園で~ 「はじめまして、飛鳥、ハンスさん、ハッターさん。どうしてもオープンガーデンに参加したかったから助かったわ。お誘いありがとう」 スカートの裾をつまんでリーリス・キャロンがお辞儀をする。 見た目は飛鳥よりも年下だが、優雅な物腰は大人びた印象がした。 「くっ、なんだか負けている気がするけど、よろしくしてあげるわ!」 成長具合が同じ程度の胸を張って飛鳥はリーリスの挨拶を受け、続いてハンスにハッター、そしてトランプル伯爵もそれぞれ一言ずつ挨拶の言葉を述べる。 「なるほど、飛鳥がツンデレでハンスさんが下僕でハッターさんが服屋なのね。うん、覚えたわ」 「「それは違うっ!」」 自己紹介を聞いたリーリスは花のような笑顔で自分なりに納得するが、飛鳥とハンスに思いっきり否定された。 「私についても若干違いますね、バイヤーですから」 「それじゃあ、ハッターさんは自分で服を作るんじゃなくて生地や服を売買するお仕事なのね」 ただ一人優しく訂正をしてくるハッターに腕を組むような形でリーリスは絡む。 「ところでそなたがハンスとやらか。苦労しておるようじゃのう。どうじゃ、わたくしの伴侶とならんかの?」 挨拶もそうそうにナンパ(?)をハンスにしてきたのはジュリエッタ・凛・アヴェルリーノだ。 今日のジュリエッタは飛鳥とお揃いを意識したのか黒地の白ラインのゴスロリにミニスカート、頭にはミニシルクハットをアクセントに乗せている。 羽織っているカーディガンが品の良さと、スカートから伸びる足の長さを強調していた。 飛鳥と大きな違いはスコートを履いて見られないようにしていることと、飛鳥よりも胸があることである。 「ちょっと、あんたウチのハンスをどうするつもりよ!」 「はっはっはっ、冗談じゃよ。本に飛鳥殿は愛らしい反応をするのう」 ビシッと指をさしてジュリエッタを威嚇する飛鳥に彼女はコロコロと笑うだけだった。 他の参加者もこれらのやりとりで肩の力が抜けたのか挨拶をすましていく。 「よろしい。では、皆の者……我輩について参れ、いざ案内をいたそう」 妙に芝居がかった仕草のトランプル伯爵の案内でまずはローズガーデンへと向かう一行だった。 *** しばらく歩くと胸いっぱいになるくらい薔薇の香りの充満する庭へと入る。 色取り取りの薔薇が咲く様は絵画のように綺麗だった。 「カリス様が、好きそう。別にここ、カリス様のお庭じゃ、ないよね?」 ディーナのいうカリスとは≪レディ・カリス≫の称号で知られるエヴァ・ベイフルックのことである。 その質問には答えづらいのか、トランプル伯爵は口を閉じてしまう。 「ところで、ハンスは飛鳥の執事みたいで……似合ってるよ」 「それは褒められてる気がしないなぁ」 話題を変え、彼女はハンスの隣に移動して話しかけた。大きなバスケットをお互いに持っているので程よいペースで歩ける。 「ちょっと明るくなった、気がする」 「ここの世界に慣れたのがあるかも……」 新居を探して貰い、働き口もできてハンスは安定した生活スタイルが作れてきたとディーナに話す。 「これが『スイートジュリエット』じゃな。咲き始めはレモンの香りがするというが本当かのう?」 「ここにあるのは咲き始めである。手に取らずに嗅いでみるがよいぞ」 伯爵の許可を得たジュリエッタがクンクンと鼻を揺らすと強いフルーティな香りが鼻腔をくすぐってきた。 「つぼみから花になったときはまた別の香りがするのである。育てやすい品種であるから気にいれば育てて見るのもよかろう」 ジュリエッタの目を見開く反応にカイゼル髭を指で整える伯爵の顔も嬉しそうだった。 ~ギブ・ミー・ハーブ~ ローズガーデンの次に案内されたのは菜園とハーブ園からなるキッチンガーデンだった。 公邸の厨房で使われている野菜とハーブの一部があるとの説明を伯爵から受けると口を揃えて頼み始める。 「すまないが、珍しいハーブを分けてもらえないか? 料理に使いたいんだ」 料理をするのが好きなアミスが先頭にたった。 「わたくしも摘みたてのハーブティーが飲みたいのでいただけぬかのう?」 今日一番の楽しみにしていたジュリエッタが続く。 「えっと、ハーブを使ったお料理が充実して、ないから……レシピ付きで欲しいな」 最後に遠慮がちにディーナが手を上げていた。 「ふむ、我輩も許可を貰っているので一株づつならば良いのである」 「それは助かる。いい香りがするのが欲しいな」 アミスが目を光らせて伯爵のあとに続くと、ディーナもついていく。 残った人はジュリエッタのハーブ摘みを手伝うことにした。 「なんだか、地味なところよね。ローズガーデンはとっても綺麗だったけど」 相変わらずハッターと腕を組むリーリスがつぶやく。 「気が合うわね。私もこういうのはね。菜園の方が興味あるわ」 「まぁ、飛鳥殿。ハーブを使った新作パンでも作ると思ての」 「仕方ないわね、友達の頼みだから聞いてあげないこともないわ」 ぶつぶついいながらもハーブ摘みを始める飛鳥の姿をハンスに見せてジュリエッタが耳元で囁いた。 「これが飛鳥殿との上手な付き合い形の手本じゃな」 「こらっ、あんたが仕事しないでどうするの。ハンスもサボるな!」 二人を見咎めた飛鳥がぷんぷんと怒り始める。 いつもの光景のようだが、はたから見ているリーリスにはこう映っていた。 「やっぱり飛鳥はツンデレよね」 ~閑話休題~ 「ハッターは洋服屋に勤めてるのか? 俺に似合う服はあるか?」 「ええ、ターミナルにありますから是非一度おいでください。オーナーのアリスも喜ぶでしょう。さて、アミス様を仕立てるのであれば……」 ワイルドガーデンへの道すがらお互いに打ち解けてきたのか色々な人と会話が盛り上がる。 ハッターはアミスの姿を上から下へと眺めるとトラベルギアのトランクを開けて中から幾つかの服をだしてはアミスに合わせてしまっていく。 「アミス様は知的な印象ですので明るめのセーターにワイシャツとネクタイの組み合わせ、ボトムはシックな色合いのジーンズがよろしいかと思います」 「帰ったら買いにいくよ」 鮮やかな手並みに感心しつつアミスは答えた。 「オープンガーデンなのに、どうして1つだけ見せて貰えないお庭があるのかなぁ。だってここ、アリッサの住んでるおうちよね? 全部アリッサのお庭なんでしょう?」 見てきている範囲で興味を引く結界や術具がなかったリーリスは伯爵に率直な質問をぶつける。 老齢な庭師の腕をぎゅっと握り上目遣いでたずねる姿は愛らしくも、妖艶さがちらちらと見えた。 「このオープンガーデンは何でも開放するのではなく、家主であるベイフルック家の御厚意にてプライベートな庭を見せて頂けるという催しである。ゆえに見せたくない場所もあって然りである」 嬉しいそぶりをちらりとも見せず厳格な態度で伯爵は返す。 「それじゃ凄く珍しい品種のお花でも咲いてるのかな? トランプル伯爵はみたことある? ドードーさん達が育てているお花より珍しいのかなぁ?」 めげないリーリスは少しでも情報を得ようと伯爵に食いついた。 「妖精の庭は陰湿なところでな、花は咲いていないと聞いているだけであるな。我輩の担当はローズガーデンであるからな」 「そっかぁ、お花がないのは残念だな」 伯爵に尋ねても仕方ないとあきらめたリーリスではあるが、妖精の庭への興味はより強くなる。 (どうしてそんな場所が非公開なのかしら……いつか、入りたいものね) 「あ、そうだ。ハッター、セクタンを触らせてもらえないか?」 「かまいませんよ」 「おお! これが噂の……」 モフモフとオウルフォームのセクタンをアミスが堪能しているとワイルドガーデンへと一行はたどりついたのだった。 ~ワイルドガーデン~ 華やかな色合いの多いローズガーデンや香り豊かなキッチンガーデンとは違う荒削りな丘陵地帯が一行を出迎えた。 「ここがワイルドガーデンであるな。自然の調和を再現したのである」 「日本には枯山水なる庭があるが、また趣が違い手入れが大変そうじゃ。一度探検したいものじゃのう」 日本人の祖父と暮らしているジュリエッタは女子高生でありながらも変わった目線で目の前の庭をみている。 「探検はさんせー。僕の住んでた世界もこういう風景なんですよー。懐かしいなぁークルミとかあるかなー?」 大きなリスであるバナーは今日一番のはしゃぎ振りを見せた。 くりくりした大きな瞳を輝かせ、毛並みのいい尻尾を揺らしている。 思わず抱きしめたくなる可愛さだった。 「可愛らしいですわ」 ぎゅっとリーリスが尻尾に抱きつく。 「ふ、ふん、まぁまぁじゃない……別にそんな風にしたくないしね」 一歩踏み出した足を下げて飛鳥が聞いてもいない事を口にしだした。 「飛鳥って、わかりやすい」 「面白い人だよな」 ハンスとアミスはその光景を眺めてボソボソと話しをしている。 「探検をしてもらうのは次の機会であるな。そろそろ昼食の時間でもある故にここを通り抜けて最後のお茶会に参ろう」 微笑ましい光景を眺めていた伯爵は思い出したかのように懐中時計を取り出し時間を確認した。 楽しい時間はあっという間に過ぎる。 伯爵に言われると一部の人のお腹がくきゅーと声をあげた。 「お茶会お茶会、おっかしお菓子♪」 リーリスに抱きつかれたままでバナーはスキップするようにワイルドガーデンの遊歩道を進んでいった。 ~プライベートガーデン~ 白いテーブルとイスの用意された 「あ……あすかさ、まだっけ? 髪の手入れ大変だろう?」 お茶の席で丁度隣に座ることとなったアミスは通称ドリルとよばれる縦ロールに手を伸ばすが、ずびしっとはたかれる。 「ちょっと、馴れ馴れしく触らないでよねっ!」 「飛鳥殿は照れ屋なのじゃから、あまり気にするでないぞ」 先ほど手に入れたハーブでいれたお茶を味わうジュリエッタが微笑を浮かべてアミスを宥めた。 「ちょっ、あんたはねぇっ!」 八重歯を尖らせ猫のように威嚇をはじめる飛鳥だが、頬がほんのり染まっているので照れ隠しにしかみえない。 「わかった気にしない。このキドニーパイうまいな! 材料が入るならまた俺も作ってみるか」 「本当に美味しいよ、ハンスさん」 ハンスのお手製キドニーパイを口にしたアミスとリーリスは飛鳥のことをスルーしておいしさに舌鼓をうった。 「あ、くるみパンがある!」 「ふふん、『メランジェ・ブーランジュ』の看板娘飛鳥様特製よ。よく味わいなさい」 はもはもと食べるバナーの姿に飛鳥は機嫌を取り直してない胸を張る。 なんとも単純なことだ。 「この味はそうかー、飛鳥さんが作っていたんだねー。よくいってるんだよー」 「最近は俺もやってるけどね。ディーナさんどうしたの?」 「う……うん、キドニーパイが美味しいな、って」 美味しそうに食べるアミスやバナーと違ってどこかぎこちないディーナにハンスが心配そうに顔をのぞきこむ。 それもそのはず、ディーナはキドニーパイを作って来たもののハンスが先にだしてしまっていたので出せないでいた。 さらには上達したと思っていたが、味ではまだ追いつけないことを実感したのである。 「ディーナさんのエッグタルトやミンスパイも美味しいよ。すごくがんばってきたのがわかる。俺も色々なの作れるようにならないとなぁ」 「じゃあ、こんどオリジナルメニュー考えて来なさいよ。ちゃんと売り出してあげるから」 「よかったのぉ、ハンス殿」 「うん……おめでとう、ハンス……」 パチパチパチと拍手がおき、暖かい空気に場が包まれた。
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