~戦災復興~ 「ひどいものじゃのぅ」 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは顔を顰める。 世界樹が沈黙したものの、ターミナルへ広がっていた根が多くの建物を壊していた。 この状態で日暮れからの寒さがあればつらいだろうが、夜の訪れない0番世界は救われている。 ナイフを使い動かなくなった根を刈り取っていると、視界に黒いゴシックドレスの少女 が入ってきた。 「もしや、おーい、飛鳥どのー!」 バスケットを片手に持っていた飛鳥黎子はビクッと背中を振るわせた。 少女はゆっくりと振り返るとジュリエッタと目を合わせる。 彼女の気の強そうな釣り目の目じりが下がった。 「ジュリエッタ!」 飛鳥は叫びながら、一目散に駆け寄るとジュリエッタを力いっぱい抱きしめた。 しかし、すぐに彼女は顔を赤くして後ろに逃げて、俯く。 「……って、来るのが遅すぎるじゃないっ!」 文句をいっているものの目を合わさず、声もいつもの半分くらいの音量だった。 「すまぬの、わたくしも色々とやることがあっての」 「ふんっ、まぁいいわ。元気な顔が見れたのだから許してあげても」 両手を腰に添えた仁王立ちのポーズを取り直し、飛鳥は慎ましい胸を張る。 「何ニヤニヤしているのよ!」 「いや、すまぬの。わたくしも元気な姿がみれてよかったのじゃ」 「まぁ、いいわ。ちょっとパンを配ってくるから、その後うちのお店に来て」 「わかった、わたくしもこちらの片付けに区切りがついたらまいろう」 周囲の状況が変わっても変わることのないやり取りを終えた二人は一度分かれた。 *** 少し欠けた部分のあるカップに香りの高い液体が注がれる。 キッチンのテーブルに座るジュリエッタの前には焼きたてのレーズンパンが籠にいれられ、割れた窓ガラスから差し込む光を受けていた。 「どうぞ」 「かたじけないの……ここも、無事ではなかったか」 「一番世界でいうところの『地震』っていうのかしら。ああいう感じだと思うわよ、きっと」 「そうか」 かける言葉が見つからずにジュリエッタが黙っていると、向かいの席に座る飛鳥がレーズンパンを食べながら話を始める。 「カフェテラスはアウトになったけれど、オーブンが無事だったのは幸いね。今日みたいにパンを焼いて復興を手伝いしている人やお腹すかせている子に配ったりできるもの」 「うむ、それはよいことじゃな。飛鳥殿の優しいところわたくしは好きじゃ」 「べ、別にやさしいなんてもんじゃないわよ。そ、そう! 今のうちに恩を売っておけばこれからのお客になってくれるでしょ!」 顔を真っ赤にし、身を乗り出してジュリエッタへと詰め寄りまくしたてた。 「そういうことにしておくのじゃ」 ジュリエッタがパンを口にして、紅茶を口につけて一息つくと、飛鳥がしぼんだ様に席に戻る。 「でもね、材料がもう足りないのよ……保存できるようなレーズンもこれで最後。小麦はあっても、ジャムもハムもなーんもないのよ」 「何か物足りないのを感じたのじゃが、そういうことであったのか」 「だから、どこかに探しにいこうと思うのよね……あては無いんだけど」 頬杖をついてハァと重苦しいため息をつく飛鳥にジュリエッタは静かにカップを置いて微笑んだ。 「ならば、樹海にいってはどうであろうか? わたくしも友人の飛鳥殿の力となれるのであれば同行するのじゃ」 「そうよ、樹海があるじゃない! ジュリエッタ、あんた天才ね。私には及ばないけど!」 ジュリエッタの提案に飛鳥は頭上に『!』が浮かんだかのように立ち上がり、右手の拳をぐぐっと握った。 「そうと決まればいくとするかの」 「チョコレートもあれば手に入れたいわ。ここ最近食べれてないんだからっ」 『さすがにチョコレートはないだろうなぁ』と思うジュリエッタであったが、乗り気な飛鳥の手前黙っておく。 二人の冒険が始まった。 ~樹海の冒険~ うっそうと茂る緑の天井に日光がまばらに差し込む景色が樹海には広がっていた。 流れ落ちる汗の量も街中にいるときよりも多い。 なるべく音を立てないように二人は歩き、周囲を警戒していた。 二人とも服装は遺跡発掘でもする探検家のような佇まいで、大きなリュックを背負う姿は普段はゴシックロリータで過ごす飛鳥には不釣り合いにみえる。 ときおり、羽ばたく音と共に何かの鳥のような声が響くので、そのたびにビクリと背中を飛鳥は震わせてしまう。 「ふふふ、さすがの飛鳥殿もこういう場所は苦手のようじゃの」 「直接殴ったり蹴ったりできないのは苦手なの!」 飛鳥が大きな声を上げると、ザワザワと目の前の茂みが揺れ始める。 ミシミシと木々を折る音が続き、横から大きな芋虫が人間を丸呑みできるような口をあけて飛鳥を食べようと迫った。 「雷よ! 迸れっ!」 唖然と見上げるままだった飛鳥を助けたのは凛の魔法だった。 ぶちゃっと目の前でワームが爆ぜて、緑色の体液が飛鳥にかかる。 生ごみのような匂いが周囲に立ち込め、熱気や湿気と合わさり名状しがたいものになった。 「助けてくれたのはいいけど、もうちょっと火力の調整できるようにならないかしらねぇ?」 こめかみをヒクヒクさせる飛鳥がギロリと凛をにらみつける。 子供ならなき、犬ならば逃げるような鋭さがあった。 「無事であったことが何よりじゃ……お、わたくしのマルゲリータが泉を見つけたようじゃぞ?」 頬をかいて飛鳥からの視線を避けた凛は探索に向かわせえたオウルフォームセクタンの視線へと切り替えて伝える。 「じゃあ、先ずは泉ね。本当に食材見つかるのかしら……ぜんぜん、それらしいのが見当たらないのにこんな目にあうなんて最悪よ」 文句をいいながらも飛鳥は案内されるがまま間に泉へと向かうのだった。 *** 「あれ、何かあるわね」 泉で水浴びをし、着替えを済ませた飛鳥が茂みに覆われた先をじっと見つめている。 「わたくしには見えないがの?」 「それにチョコレートの匂いがするわ。あっちよ」 クンクンと鼻を動かした飛鳥がリュックを背負い直してジュリエッタよりも先に進んでいった。 「飛鳥殿の鼻はすごいのぉ」 驚くを通り越して関心した凛は飛鳥の後をついていく。 「こっちよ」 道の無い樹海の中を飛鳥は一人突き進み、周囲の匂いをかいでは進む方向を決めていった。 「そんなに急ぐこともなかろうて、飛鳥殿」 早歩きで歩いていく飛鳥に追いついたかと思えば、すぐに飛鳥は次の道へと進んでいく。 その道が間違っていないのか、特にワームに出会うことも無く、不思議に広くなった場所へと二人はたどり着いていた。 妖しい鳥の声も聞こえず、風が木々を揺らす音が奇麗なメロディーを奏でている。 「樹海には似つかわしくないわね。ここも、あれも」 飛鳥が周囲をくるりと見回してから、一点を指さした。 「お菓子の家じゃのう。実物を見るのは初めてじゃ」 二人は近づいて家を調べる。 クリームで塗られた壁、ウェハースでできた屋根、チョコレートでできた扉、そしてガラスは飴細工だろう。 食欲をそそる甘い香りが二人の鼻腔をくすぐってきた。 「これは思わぬ収穫ね」 「確かにそうじゃが、怪しいのぅ」 「食料難につべこべ言わない。これで美味しいパンがやけるのだから大丈夫よ……うん、美味しい」 怪しむジュリエッタを余所に飛鳥はチョコレートのドアを蹴り壊して欠片を口にして味見をする。 「確かにそれもそうじゃな。どれ、わたくしはこのクリームを……甘すぎず、まろやかな口触りがして美味しいのぅ」 ジュリエッタも食べてみて味のよさに思わず頬が緩んだ。 「でしょう? これはさっさと持っていくに限るわ」 二人はビニール袋やビンにチョコレートやクリームを詰めていく。 すると、ザワザワッと茂みが鳴った。 「飛鳥殿はそのまま詰めておくのじゃ、わたくしがなんとかいたそう」 詰める作業を飛鳥に任せ、ジュリエッタがナイフを構えて飛鳥を守るように立つ。 音が止んだ。 次の瞬間、ぬぅっと大きな影が茂みから姿を見せる。 ズシン、ズシンと一歩一歩の音が大きく響き、大地を揺らした。 「あ、ああ……」 「どうしたの? ……あっ」 変な声を洩らすジュリエッタの方を飛鳥が見ると、10m近くはある巨大な人が二人を見下ろす。 「きょ、巨人!?」 「まさか旅団の残党か!」 何だかよくわからないことを口にして、巨人が二人に手をのばしてくる。 「でぇぇいっ、飛鳥キーック!」 巨人の手を蹴りで払った飛鳥はジュリエッタの手をつかむ。 「ほら、逃げるわよ。絶対こいつら、私たちを食べる気よ。このお菓子の家もおびき寄せるための餌に違いないわ!」 「そうじゃな……それならば、逃げるしかあるまい」 元来た道へいこうと二人が走ると、もう一人の巨人が大きな咆哮をあげて二人に駆け寄ってくる。 ズシンズシンと地面が再び揺れて、木々がざわめいた。 「別の道を探すべきか、雷よ! 彼の者を貫け!」 ジュリエッタは雷を駆け寄る巨人に食らわせる。 巨人が怯んだすきに、向きを変えた。 「あっちに道があるわよ!」 「うむ、参ろうぞ」 リュックを背負いなおし、二人は樹海を駆け抜ける。 ナイフを持つジュリエッタが先陣をきり、茂みをナイフで切りつつ追いかけてくる巨人達から距離をとるように走った。 「どんどん増えてるわよ」 後ろを警戒する飛鳥が一人、一人と増えていく巨人の数に声を震わせる。 しきりに巨人達は叫んでいて、二人の背筋に冷たいものを流させた。 「あれだけの数を相手にはできんのう」 ちらりと後ろを見たジュリエッタが唾を飲み込む。 走っていることもあり、心臓の鼓動が速くなっていった。 飛鳥は深く考える前にとにかく走っていた。 大量の汗が吹き出し、服をべたつかせる。 呼吸も荒くなってくると、巨人との距離が狭まった。 小さく見えた人の形をしたものが、自分たちを見下ろす大きなものへとなる。 目を閉じて必死に二人は走った。 体が震えるが知ったことではない。 「アブナイゾ! トマレ!」 巨人の声がかすかに聞きとれた瞬間、二人の体は熱い熱気から冷たい水の中へと移動していた。 ~冒険の終わり~ ザッザッ。 箒で床に広がる埃を掃き集める。 世界図書館として賑わった場所も、いたるところが壊されていて人影も少なかった。 「うーむ、何か昔も似たようなことはなかったかのう?」 「あったわよ。今回同様、人に迷惑かけた罰で図書館の掃除をさせられたのよ」 ぶつぶつと口を尖らせて文句をいいながら、飛鳥が瓦礫を蹴っ飛ばした。 「あの食材のせいで幻覚をみるし、止めに来たロストナンバーを蹴り倒し、黒こげにするとか最悪よー、もー!」 持っている箒でバシバシとひびの入った壁をたたくと、ガラガラと壁が崩れた。 「また、かたずける個所が増えてしまったのぅ……じゃが、わたくしはこうして元気な飛鳥殿と共にいられるのがうれしくもあるのじゃ。冥府から生還できてよかったと改めて思うぞ」 飛鳥の一連の行動を困った妹でも見る姉のような視線をジュリエッタは向けてほほ笑む。 その視線に飛鳥は顔を赤くして視線を逸らした。 「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ。そんなの言われたって嬉しくないんだからね!」 FIN
このライターへメールを送る