――最初に考えるのは勝った後のことだ。次に守らなきゃいけないもののこと。だが全然違うことを考えるやつもいるんだぜ。どんな事かって? ……そうだな、言葉にするとなると。……ああ、楽しい。こんなに強い相手と闘えるなんて! かな? ―― (コロッセオ新米管理人”ウエポンマスター”リュカオス・アルガトロス) 扉が開いた。 駆け込んだリベルは、コロッセオの観客席が埋まっていることを悟る。 その歓声はチェンバーを超え、ターミナルにまで響いているかのようだ。 もちろん、大半はコロッセオの演出である「幻覚」 だが、席のあちこちには0世界で見かけた顔もある。「遅かった?」 観客席からは広い円形闘技場。 地面は薄く砂が敷いてあり、動作の邪魔になる一切のものは置いていない。 闘技場から見れば高い壁に囲まれ、その上に観客席があるように見えるだろう。 薄明かりの中、スポットライトは二つの扉を同時に照らす。 映し出されたそこから二人が歩み出る。「すでに大将戦……。ここまでの勝敗は? 犠牲者は?」 問いかけるリベルに、近くにいた観客がスコアボードを映し出した。 ひとつは、ごつごつした岩肌が特徴的なフロア。 ひとつは、簡素な作りの石部屋。部屋の全てが濡れていた。 ひとつは、細くて長い廊下。砕けた壁面と、その石屑が浮遊していた。 一拍置いてそこに記載された勝敗表を見ると、そのままリベルは絶句する。「そ、そんな……」 呆然とするリベルの前、闘技場中央に世界司書アマノが立つ。「両者、中央へどうぞ」 アマノの合図とともに扉が開く。 最後の二名はゆっくりと中央へ歩み寄った。 靴は砂を噛み、さくっとした感触を伝える。「両者ともに、チームメイト三名の協力の上でここに立ちます。まずは、チームメイトたる彼らに拍手を」 観客席から一斉に拍手が巻き起こる。 モニターには、それぞれの戦場跡が映し出された。「大将戦は素手喧嘩(ステゴロ)です。己の肉体や技を除いてはトラベルギアを含め、一切の武器の使用を認めません。闘技場はここですので、特別な仕掛けも何もありません。両チームのメンバーを代表して――」 もはやアマノの声は大観衆の声に紛れ、掻き消されている。 アマノの左にラジカセを持ったポラン。その後ろに、顔を伏せて三角の耳もぺったりと寝かせたクロハナ。 観衆の興奮は抑えられない。 幻覚の観衆ではあっても、その声援は心を奮い立たせるに十分だった。 何より、自分を後押しした三人がいる。 これから闘う相手も当然、三人分の思いを乗せて断っているはずだ。 手加減はない。 ――いらない。 周辺の観客の熱狂は幻覚。 血に、暴力に、狂気に狂った群集のまぼろし。 それに気圧されることはない。呑まれもしない。 何より、闘技場の二人の顔に、無謀を行った後悔は微塵もない。「最終戦、第四の輪は僕、世界司書アマノが承ります。己の肉体のみを武器に、思う存分。――はじめ!」
「選手入場、どうぞ」 世界司書アマノの合図で、二人の男が進み出る。 朱雀の方角から、ジム・オーランド。 身長2メートルを超え、体重は150キログラム。 絵に描いたような巨漢である。 ごきごきと首を鳴らし、皮のジャンパーを脱ぎ捨てる。 その下から現れた肉体は、まさに筋肉ダルマの形容詞が相応しい。 彼はちらりとスコアボードを眺める。零勝壱敗弐引分。 「なんでぇ、だらしねぇなぁ。ここは一つ俺様がかっこいい所を見せてやるかね」 おおっと忘れてた、ガチだったな、と呟き、彼はパスホルダーからコンバットナイフを抜いて、闘技場の隅へ放り投げる。 開いた左の手のひらに右手を打ちつけ、パシっと心地よく鳴らした。 「さぁ、楽しい殴り合いを始めようじゃぁねえか」 そういって彼は口元をゆがめ、獅子や狼を彷彿とさせる笑いを浮かべた。 玄武の方角から、楼月(ロウ・ユエ) 決して低くはない彼だが、ジムの前では小男のように見える。 長く伸ばした髪は紐で結わえ、アオザイのような闘衣をまとっていた。 こちらもトラベルギアである剣を控えのスタッフへと渡す。 真っ白の肌、薄い胸板、細い腕。 ジムと比較したその体躯は、小兵であり、頼りない。 だが、彼は悠然と微笑んだ。 手を開き、握る。 「ここで実戦訓練をやる機会が無かったから久し振りだ」 顔をあげると不適に嗤うジムが目に入る。 その頭上越しの観客席に、彼はリベルの姿を見つけた。 「……あ、来るだろうと思ってたら、やっぱり来たか」 止めに入られるのかと懸念はあったが、どうやらその様子はないようだ。 彼女は責任者は誰か、と声をあげていた。 世界司書アマノの合図が入った。 七歩の距離を二人は同時に走り、詰め寄る。 「行くぜぇっ!!」 「来い!」 ジムの攻撃は単純明快。 構えて、殴る。 ロウの防御は格闘技術。 腕を添えて受け流し、力を利用して投げる。 日和坂の合気と同様、敵の力が直線的であり、強い程に威力を増す。 ジムの身体を一回転させて地面に叩きつけるつもりが、ジムの巨体は闘技場の壁まで吹き飛んだ。 突進力はロウが想定した何倍だったのだろうか。 「大した威力だ。まともに食らったらと思うとぞっとする」 「はっはっはっ! なかなかやるじゃねぇか!」 壁に亀裂が走り、一部が崩れる程に叩きつけられたジムは、しかし、あっさりと立ち上がった。 ぱんぱんと埃を払うと、ゆっくりと近寄る。 ロウの方は構えたまま動かない。 距離を三歩まで詰める。 「今度は本気で行くぜ」 「冗談だろ、あれで本気じゃなかったのか」 軽口の直後。 ジムの腕が思い切り地面から空へ突き上げられる。 一歩退いて、そのアッパーカットを交わしたロウは反動を利用して距離を詰めた。 右腕が振りあがった状態のジムの腹部目掛け、十分に勢いの乗った膝蹴りを叩き込む。 がんっと強い衝撃がロウの膝に伝わった。 ジムがにやりと嗤う。 次の瞬間、ジムの頭がロウの胸板を突き飛ばした。 「げはっ……」 思わずバックステップの体勢を取ったロウのわき腹に右回し蹴りがあたる。 今度吹き飛ばされるのはロウの方だった。 壁にあたる前に受身を取り、体勢を立て直す。 無防備なわき腹を思い切り殴って尚、こちらの拳にダメージがあった。 「冗談みたいな固さだな」 「てめぇもな、へへっ、頭突きでノせると思ったんだがなぁ」 「誰がまともに食らうものか。何だ、今の。バックステップ中に食らって、まだ内臓が悲鳴をあげている」 淡々とした受け答えを行っている間にも、ズキズキと痛む。 服を脱げたさぞかし胸に青い打撲跡が広がっているだろうと想像できた。 ふと、ロウの脳裏によぎる。頭突きの話。 「あ、思い出した。北海道の……」 ジムがそれに応えるように豪快に笑った。 北海道遠征、ディラックの落とし子を追いかけた際にミラーヘンジという鉱物を破壊する機会があった。 ロウの方では、数人のロストナンバーの力を結集した結果としてようやく破壊することができたのだが、事もあろうか、それを頭突きで破壊したオオバカヤロウがいると聞いた。 「確か、そいつがジム・オーランド」 「おうよ! 俺の事だぜ」 「……試合に出るんじゃなかったなぁ」 弱気な言葉と裏腹に、ロウの顔も楽しそうに輝いていた。 闘技場の扉が開く。 観客席ではない、闘技場そのものの扉だ。 飛び込んできたのは鵜城木天衣と、アコナイト・アルカロイド。 「ふわぁ、な……、なにこの、壁。どうやったらこんな風に壊れるの?」 「あ、ジムさんだ。ごめんね、私、負けちゃった」 先ほどジムが不本意な体当たりで破壊した壁を見て、天衣は驚嘆する。 アコナイトのほうが、面目ない、とばかりに頭を掻いた。 「いいってことよ、それよりてめぇらも楽しいケンカできたか?」 ジムの言葉に女性二人は顔を見合わせ、にっと微笑みあう。 返答はもちろん。――うん! 「余所見しているとつまらない試合になるぞ」 女性二人に視線を向けたその死角から、ロウの拳が迫る。 ジムの方では、その拳を『頬で受け止めた』 がきっと固いものを殴った衝撃で、ロウは思わず拳を引っ込める。 信じられない、という表情でロウは己の手を見つめた。 「組み合えば、体格差で押さえ込まれるだろうし、近距離で殴り合えば浮かされて飛ばされるかも、殴ればこのふざけた固さ、そんでもって重戦車のクセにスピード勝負は得意、か。さぁて、どうしたもんかな」 こちらをふてぶてしく見つめてくる巨漢。 不意打ちに近い拳の一撃を、頬で受け止めた光景を思い返すと、ロウは「ううん、手詰まりか」と呟いた。 観客席の最前列、幻の観客を強引に押しのけるとベルゼはどっかりと腰を下ろした。 「キシシシッ、特等席だ。俺様があそこに立ってねぇのが残念だぜェ!」 「そうですねぇ、ご主人様ぁ」 蝙蝠を彷彿とさせる男の横に、今度は金髪ツインテールの少女。 当然、メイド服。 ベルゼはその様子を半眼ジト目で睨みつける。 「もう騙されねぇからなッ!?」 「はっはっはっ、汝に罪なし」 「少し黙れェ!! ちくしょう、クアールが観戦しにきてたりしねぇだろうな」 火柱があがる。 ロウが手を翳した先、数箇所に炎が立ち上った。 彼の特殊能力のひとつである。 「素手だからって殴り合うだけとは限らないだろう? 卑怯だというなら、やめるが」 「ああぁん!? そんな細けぇこたぁ気にしねぇ!!」 すっと腰を落としたジムは火柱を避けない。 それどころか一直線につっこんでくる。 拳で炎を殴り飛ばすかのごとく、熱気を散らした。 当然、火柱はその程度で消えはしない。 だが、ジムの巨体はその炎をくぐりぬけて、ロウに迫ってきた。 ちりちりと髪の一部がこげ、ズボンもあちこちに焦げ目ができている。 その顔は、ロウの正面にあった。 ほんの一瞬、ジムは楽しそうに嗤う。 「ほら、な? 気にする必要ねぇだろ?」 そう言って、ジムの拳がロウの下腹に突き刺さった。 「あん?」 ジムの拳に違和感が走る。 確かに渾身の力をこめて殴りこんだはずの拳に手ごたえがなかった。 彼の心積もりでは、この一撃で勝負は決したはず。 だが、ロウはと言えば、今の打撃点を抑えつつしっかりと立ち上がっている。 思わず、ジムは己の拳を見つめた。 ふふっ、と笑ったのはロウ。 「来ないのか? なら此方から行くぞ」 「おいおい、俺のパンチをまともに食らって立つなよ。死んでも知らねぇぜ?」 「心配するな、念動力で、できるかぎり威力を殺した」 「けっ、ミョーな武術に、火柱に、今度は念動力か? 手品の多いヤローだぜ」 「君なら軽く避けられると」 避けられると困るんだが、と付けたして、構えなおす。 この一瞬に、ロウの治癒は発動する。 彼と立ち会ってから数分、屈強の戦士でも立っていられない程のダメージを受けた。 覚えているだけで、骨を折られ、内臓を思い切り痛めつけられている。 直接、彼を殴ったがゆえに拳も痛めていた。 涼しい顔をして受け流すその裏で、ロウの治癒術がフル回転していた。 そして、それは彼にひとつの可能性を示唆する。 つまり。 「本当に、パンチをまともに食らってたら、それだけで死ぬかもな」 と、いう目の前の現実。目の前の恐怖。目の前の――極上のスリル。 ロウは目の前の巨漢に告げる。 「悪いな、もう手加減する余裕がない」 「へへっ、これまで、ヨユーがあったってのかよ!」 凄絶な微笑を浮かべたロウの身体を包むように炎があがる。 ジムの方は待ちきれないというように、身体を震わせた。 「行くぞ」 火柱から、炎の弾丸が幾筋も迸った。 ジムの身体を焼き、焦がし、貫く。 「うおおおお!? あちっ! あちちちっ! あちぃじゃねぇか、てめぇ!」 「……人の必殺技のひとつを、熱い、で済まさないで欲しいものだ」 「うわ、火柱があがってるよ! 何、あれ。私のマネ?」 日和坂がロウの炎に嘆息する。 炎の武闘派女子高生としては、やっぱり気になるらしい。 サングラスをかけて尚、炎が発する光は眩しいのかナオトは帽子を目深に被りなおした。 「って、あそこ! E・Jさんがいる! なんで!? 壊したはずなのに! ちょ、ちょっと今から行って、もう一回壊してくる」 「いやいやいやいやいや、世界司書さん、そう何回も壊したらマズいよね!? ってか、なんか俺のところに請求書着てたんだけど、どういう事!? ベッドの頭のとこにE・Jの修理費だか何だかって、ってか、修理!? 世界司書さんって修理できるの!?」 「……随分、賑やかな陣営だな」 「お互い様だ。おっと、これで八人、勢ぞろいじゃねぇか。んじゃ、いいトコ見せてやんねぇとな!」 構えて、思い切り大きなフォームでジムの拳が突き出される。 「うるぁぁぁぅぅらぁぁぁぁぁぁーーっ!!!!!!」 直前に思い切り跳ねたロウの足の下を、猛スピードで拳骨が駆け抜けた。 ごん、と壁に拳が沈む。 地鳴りのような音が周囲に響いた。 振動となり、直近の観客席まで震える。 そのまま、パンチは闘技場の壁へ突き刺さり、丈夫な石造りの壁が丸く崩壊した。 瓦礫から拳を引き抜いたジムに、ロウの放った火炎弾が何十発も突き刺さる。 土煙があがる。 砂塵に視界が封じられ、崩れた壁が完全に崩壊する音がコロッセオを揺るがした。 まだだ。 まだ、倒れていない。 どちらが? ――どちらも、だ!!! 「負けるなぁー! そんなんじゃ私が出てってやっちゃうよー!」 「良いね! 必殺技! 破壊力! 俺もなんか疼いてきたよ!」 「うんうん。青春だね。どちらにも光あれ。二割増くらいで」 「キシシシッ! たまんねぇ! おい、まだヤれるヤツはいるか!」 「しょ、しょーぶの行方は任せたからねぇ!」 「頑張ってね。二人分じゃなくて、八人分のケンカができる大舞台よ」 『 任 せ と け ! 』 ロウとジムの声が重なった。 腰溜めに構えた体勢から放たれた渾身のパンチがロウの右肩を貫く。 ロウの左手にあがった炎が、ジムの胸板を焼き焦がす。 互いを襲った技の威力をふんばり、倒れない。 二人の位置は同じ距離のまま。 どちらも僅かたりとも引いてはいない。 一歩分もないほどの接近距離で、ジムの拳とロウの拳が打ち合う。 防御を考えずに打たれるだけ打たれ、強靭な防御力で弾き返すジム。 一発一発の威力を念動で最小限まで殺し、ヒット部分をたくみにずらすことで威力を徹底的にそぎ落とすロウ。 「へへっ、おい。楽しんでるかぁ? 俺ぁまだまだ負けねぇぜ?」 「もちろん。君みたいな化け物とやりあえて光栄だ」 「けっ、気取ンじゃねぇぇっ!!!」 ジムの拳がロウの顔面を捉えた。 その腕にロウの両手足が絡みつく。 「こういう格闘術もある。悪いな、力は俺も自信があるんだ」 相手が通常の人間ならな、と思いつつ、ロウはその拳を絞り上げる。 うぐっ、というジムのうめき声。 ロウの身体にごきっと鈍い音が伝わってきた。 そのまま重力に任せ、身体を地面へ横たえる。 とは言え、ジムの足腰ががっしりと地面を捕らえており倒れない。 追撃を避けるためロウは素早く立ち上がった。 「ちっ、折れたか」 右腕を眺め、大した事はないとでも言いたげにジムが呟く。 それどころか、言い終わらないうちに左腕がロウの右足を捉えた。 体勢を崩したロウに、再び頭突きが襲う。 念動は完璧。 命中箇所も急所を避けた。 それでもなお、コロッセオの端から端まで吹っ飛ばされる。 「がっ……」 ひとつ呻いて、げほげほと咳き込む。 「あ、悪い。殺しかけた」 「俺もだ。折るつもりはなかった。……君の腕ごと体を引き裂くつもりだったんだ」 「はっはっはっ、俺ぁ、硬ぇだろ!」 「まったくだ」 僅かな間にロウの治癒は完成する。 今の僅かな会話のうちに、たった今、折られたアバラの修復は完了していた。 しかし、それでもなお、体力の消耗が激しい。 かつ、ロウの通常攻撃は一切が鋼鉄の身体に遮蔽されるときている。 「アマノ」 「はい」 どこにいたのか、世界司書アマノはすぐ傍でロウの呼びかけに応える。 「俺の負けだ。降参する」 「いいんですか? ――いいんですか?」 ロウに問いかけ、今度は呆気に取られた顔のジムにも問いかける。 ジムの方では不満があるようだったが、ロウの方は頷いた。 「ケンカは俺の負け。あんな化け物、殺す気でかからないと勝てるもんか」 それは例えば。 ――防御力のおよばない、体内から炭化させる。 ――あるいは肺の腑を直接、水で満たす。 勝負ではない手段を持って挑まないと、あの化け物は平然と笑うだろう。 では、そんな手を使ったら勝てるのか? 目を閉じて僅かなシミュレート。 その結論はあえて考えない事にする。 「おいおい、こっちは相方に蹴り出されてまでヤりに来てんだ。これで終わりって事ぁないだろ!?」 ジムが叫ぶ。 その背後で、医療スタッフがこん、と腕を叩いた。 びきっと電撃のように走る激痛にジムは、今度こそ地面に膝をついた。 三度の食事より好きな戦闘中であれば、アドレナリンが痛みなど消し飛ばす。 だが、気の緩んだ時に傷口を抉られると、己のダメージがはっきりと分かった。 「右腕、骨折。これは綺麗に折れてるからすぐ治るよ。全身の火傷に、擦過傷、打撲。……ジム・オーランド、君は勝者ではあるが、十分に重態だ」 医療スタッフの宣告に、ジムは「そんなもんかねぇ」と頭を掻いた。 その光景を見て、アマノが手をあげる。 「第肆の輪の承認者、世界司書アマノ。ジム・オーランドさんの勝利を承認します。これにて流転肆廻闘輪、終了です。勝敗は一勝一敗二分、いかがです? いい訓練になりましたか?」 ケガだらけの八人に、アマノはにっこりと無邪気に微笑んだ。 「あのね、リベルさんっ! ポラン、とっても心配だったの!」 リベルの前で腕を組み、目をきらきらさせつつポランが叫ぶ。 アマノは困ったような表情で、あははと笑っていた。 クロハナは、はっはっ、と息をしつつ無邪気に尻尾をふっている。 この状態で。 「もう一人いないようですが」 リベルに目をつけられるのはE・Jである。 世界司書リベルが、流転肆廻闘輪の承認者を集めた時、E・Jの姿はそこになかった。 追っ手を仕掛けるよう司書に連絡したリベルは、流転肆廻闘輪の参加者を見渡す。 「流転肆廻闘輪、……これに限らず、あまりロストナンバー同士の試合は推奨されません。それは、ロストナンバー同士の遺恨を残す結果に他ならないからです」 こつん。 横から、リベルの頭がこづかれた。 そちらに目を向けると、ジムが豪快に笑っている。 「おいおいおい、遺恨を残す? なにバカな事言ってんだよ」 「そーだそーだ」と日和坂が応じた。 小突かれて、きょとんと目を見張るリベルの眼前で、八人が八人とも、てんでバラバラに集まっている。 それは最初からひとつのチームだったかのような『輪』。 二つの陣営に分かれて争っていた、というのは、あくまでチェスか何かの試合だったかのように、先ほどまで命のやり取りを行ったもの同士が笑いあっていた。 「こんな化け物と知ってれば、北海道の時に、意地でも近くで戦うんだったな」 と、ロウも苦笑する。 リベルの思考回路にはない光景。 ふと、彼女の脳裏にリュカオスの言葉が過ぎった。 『ああ、楽しい。こんなに強い相手と闘えるなんて! かな?』 ふぅ、とリベルはため息をつく。 彼女は少年漫画じゃあるまいし、と呟くと顔をあげると『私には理解できませんがそういう世界もあるのですか』と問いかけた。 返事はない。 参加者の晴れ晴れしい笑顔。 それが何よりの答えだった。 ……そして、話はEJの逃亡劇へと続く。
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